フライト日記(Bonaire) つづき

それでは、お待ちかね(?)の
摩訶不思議体験
のお話を・・・

2006年4月 つづき

(BON)
 
ボネール滞在4日目の夜のこと・・・
 
深夜、大勢の人々の話し声で目が覚めました。 数名の男女がオランダ語で何やらしゃべっています。
最初、リマ往復便に乗務したクルーが戻って来たのかと思いましたが、それにしては声が大き過ぎる・・・声は部屋の中、ベッドの両脇から聞こえてくるのです。 
目を開きましたが誰もいません(いつもバスルームの電気を点けてあるので部屋は真っ暗ではないのです)。 話し声だけが聞こえています。 
体は金縛りにあっていて動きません。 「Hou op!(ハウ オップ!)(やめて!)」と(相手がオランダ語でしたので、こちらもオランダ語で)言おうとしましたが声になりません。 全身の力を振り絞って、やっとのことで金縛りを解き、なんとか「Hou op!」と言えたと同時に、声は止みました。
体を起してベッド脇の時計を見ると、午前4時。 この時計、30分進んでいるので、正確には午前3時半・・・これって「丑三つ時」??
  
1日を2時間ごとに区切り
干支で表現する方法
(深夜12時から午前2時までが子の刻。
以下、丑の刻、寅の刻…と続く)
が始まったのは戦国時代である。
「草木も眠る丑三つ時」などと言う時は、
干支と干支の間をさらに4つに分け、
丑一つ(2:00~2:30)、丑二つ(2:30~3:00)、
丑三つ(3:00~3:30)、
丑四つ(3:30~4:00)となり、
つまり丑三つ時は
午前3時から3時半ということになる。
(子の刻を午後11時~午前1時とする説もあり
この場合丑三つは午前2時~2時半の間となる)
 
声が止んで、辺りが再びシンと静まり返ったので、もう一度寝ることに。 
・・・なぜかとても冷静な私・・・慣れ(*)もあったのかもしれません。 
しかし、超現象はこれだけではなかったのです・・・
 
布団の中でうとうとしそうになった時、急に体の左側がしくなり、ハッと気付くと、お腹の上にあった私の右腕(手首と肘の間)を誰かがつかんでいる・・・恐る恐る左手を伸ばし、私の右腕をつかんでいるその冷たい手(多分相手は左手)をそ~っとつかみ、私の右腕からゆ~っくり離し、左側にそ~っともっていきました。 
それからしばらく左側がたかったので、しばらく隣にいたのでしょうか・・・(普段は、寝る前に冷房を切ってしまう為、暑苦しくて目が覚めることの方が多いのに)寒くて寒くて良く眠れませんでした。
 
そして朝、朝食を食べに部屋を出ようとしたら、なんとドアが開いていました・・・幸いチェーンは外れていなかったので、全開にはなっていませんでしたが・・・ドアノブについている内鍵はちゃんとかけていましたので、外からは開けられなかった筈・・・ということは・・・??? (私は開けてませんよ~!)
 
(*)実は、小さい頃(3~4歳の頃)から、よく、
   こういう体験をしていたのです。
    ほとんどの場合、今回同様、人の話し声
     聞こえただけでしたが、そうでないパターンも。
    そのお話は、また改めて・・・
 
朝食をいただきながら、同僚達に昨晩の話をすると、"霊気"を勉強中だというCoralieが
「あなた、マッサージするときに"気=エネルギー"を伝えるようにやってるって言ってたわよね? エネルギーを伝えた後、ちゃんと回路を閉じないと、が集まってきてしまったりするのよ。」と言う・・・
 
"霊気 Reiki レイキ"
 
レイキは、大正末期に臼井甕男氏が創始した
霊気療法」 が源流。
戦前にハワイへ伝わったものが、
1980年代以降アメリカから全世界に普及し、
ウスイ式レイキ(またはウスイ・レイキリョウホウ)
としてよく知られています。
イギリスやオランダでは、
健康保険の対象として公認されつつあります。
日本では最近、
逆輸入されたレイキ
が話題になっているようです。
レイキは、宗教とは無関係の太古から伝わる
誰にでもできる自然療法(手当療法)の一つ。
私たちが幼い頃、どこかに痛みを感じた時、
母親に痛みのある所に手を当ててもらったり、
無意識にその場所に手を当ててていた・・・
というのが手当療法
霊気エネルギーは私達の周りに常に存在し、
いつでも使える状況にあるにもかかわらず、
その使い方を私達は忘れてしまっているのです。
気功でいうところの「外気功」のようなもので、
中国の気功術にも取り入れられています。
レイキを伝授すると
自分の手からエネルギーを出せるよになり、
脳の回路が開くので、
本人の持って生まれた潜在能力の開花や
霊能力の目覚めなど、
説明のつかない不思議な体験をする人も・・・。
 
回路を閉じなきゃダメだ」と言われても、どうやったらいいのか分からない~
それに、オバケも久し振り(・・・もしかして、小さい時も"回路開けっ放し"だったってこと・・・?)で懐かしかった(?)し、まぁいいや・・・と放っておいた私。
 
「あなたもきっとヒーリングができるんじゃない?」と言われるがまま、ちょうど扁桃腺が腫れて辛いと言っていたLisetteを実験台に、試してみました。
扁桃腺が硬く腫れて、熱を持った状態の彼女の首に、優しく右手を当て、エネルギーが、いつもとは逆に流れるように集中してみると、なんとなく指先から何かがゾゾゾーっと入って来た気が・・・。
5分程して手を離すと、「あー、ホントに良くなった!」とLisette。 改めて首に触れてみると、さっきまで硬く腫れていた部分がやわらかくなり、少し腫れがひいている?! 反対に私の右腕にしこりが!? (で、これはどうやって取ったらいいの~??)
翌日、アムステルダムに戻る飛行機の中で、もう一度試してみると、アムステルダム到着時には彼女、扁桃腺の腫れがすっかりひいて、本当に良くなってしまったのです。
そのかわり・・・なんと私の扁桃腺が腫れていました。 その上、機内でやったのがいけなかったのか、まるで乗客全員の「悪い気」を吸い集めてしまったかのように、体調がみるみる悪くなり、帰ってから3日間寝込んでしまいました。
 
嘘のようなホントの話・・・

フライト日記(Bonaire) つづき」への6件のフィードバック

  1. 凄いですねぇ。私は声までは聞こえません。先輩にトレーニングすれば・・・もっとその感が尖ると勧められているのですが・・・自分でそれをコントロールする自信が無いので、まだしていません。でも、私も摩訶不思議の経験はあります。(それは今度会った時に・・・)
    人の体に気を当てる事によってよくなるって凄いですね。一度取り込んだ物を吐き出す方法。。。なんだか難しいそうです。でも、慣れるまで、害の無いモノ、壁だったり、紙だったり、ゴミ箱だったりに手をあてて、送ってみてはいかがでしょう?!
    少しは体調よくなりましたか!? お大事にしてくださいね♪

  2. 追伸です♪
    一つ・・・気になった事・・・
     
    その話し声の内容って覚えてらっしゃいますか?!なにか・・misaeさんに話しかけられていたのかな?!それとも・・・彼らの会話が聞こえてきたのでしょうか!?

  3. >Mayitaさん
    体調はまだ本調子ではありませんが大分回復しました。 ありがとう。
    今回の声は、彼らの内輪話だったと思います。 オランダ語だったことだけは聞き取れましたが、内容までは(こちらも聞こうと思っていなかったので)覚えていません・・・
    以前、一度だけ、私に対して大勢から話しかけられた(怒鳴りかけられた)ことがあって、それは怖かったです~イギリス留学中で、英語で怒鳴られました~
    取り込んだ物を吐き出す方法・・・トム・ハンクスの「グリーンマイル」でも見直して勉強してみるかナ・・・ 

  4. うーむ。興味深い。
     
    子どもの頃、お腹が痛いよぉ・・・と言うと、祖母がお腹を「の」と言う字を書くように、優しくマッサージしてくれました。そして私は元気になった。だから私は「手当て」の力を信じているし、今でも具合が悪い時は「手当て」をします。好きな人にはどんどん触って、気持ちを伝える!(念力が足りなくて失敗する事もありますが・・・)
     
    人を助けてあげられる新たな術を身につけたみさ枝さん、でも吸い取った悪い気を吐き出す術も身につけないと、大変な事になりそうですね・・・。もしやみさ枝さんの右手には、これまで他人を癒してきた「しこり」みたいなものが貯まっているのでは!?
     
     

  5. 〝気〟と言うものはあるのでしょうね。人間の持っている〝力〟だと思う。脳はほんの一部しか使われていないわけで、その大部分が未知の潜在力かも知れないですよね。みさえさんが友達に言われたことは注意しましょう。開きっ放しという定義が正しいかどうかは判りませんが、コントロールできない恐さはあるような気がします。霊気、よく判らないけど、〝心〟の力が形を変えてみたり、深層心理の表現もあるでしょう。まだまだ不思議な世界はたくさありそうです。

  6. >恭子さん
    昨日はお電話ありがとうございました。
    いつか"悪い気"を吐き出す術を身に付けた時、右手の痺れが本当に取れたとしたら、これまた興味深いですよね。 
    ひとまず、恭子さんがおっしゃるとおり、観葉植物で試してみようと思います。 
     
    >がんぶぅさん
    そうですね。 余計なものまで体内に招き入れないよう、回路の開閉のコントロール術も身につけないと・・・。
    会社のトレーニングで、各自"自分の境界線を知る"というのがあった時に、私には「境界線が存在しない=どんなことでも、どこまででも受け入れられる」ということがわかって、自分でも「本当にそうだ・・・」と思ったのですが、これも、幼い頃からの不思議な体験から「未知の世界の存在を信じられるから」だと思うのです。 人間の存在自体、不思議なことですから・・・見えないもの、証明できないものの無限の可能性に、とても興味があります。

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