オランダのクリスマス

皆様、楽しいクリスマスを過ごされましたでしょうか?
第二クリスマスが明けた今日、
オランダは雪景色です。

(マリア作 クリスマスの飾り)
オランダにはクリスマスが
12月25日と26日の二日間あります。
25日が第一クリスマス(Eerste Kerstdag)
26日が第二クリスマス(Tweede Kerstdag)
です。
イースターも第一と第二の二日間あります)
夫曰く
「父側・母側の両家族とクリスマスを過ごす為ではないか」
とのこと・・・なるほど!
我が家では、25日は家で家族4人で
(子供達からのリクエストで)
日本のカレーライスをいただき、
26日は夫の実家に親戚が集まって
クリスマス・ディナーをいただきました。

教会でのミサは
24日のクリスマス・イヴからあります。
11月に、シント・ニコラース(Sint Nicolaas)のお話
をしましたが、
本来オランダでは、
12月6日の聖ニコラースの祝日(の前日)に
子供達がシント・ニコラースからプレゼントをもらったり
パーティーでプレゼント交換をしたりするのですが、
最近は25日にもサンタ・クロース
(オランダでは、
シント・ニコラースと区別する為
ケルストマンKerstman
=クリスマスマン
と呼ばれています)
からプレゼントをもらうようになってきているようです。
アメリカから逆輸入です。 
・・・というのも
その昔、
17世紀にアメリカに植民したオランダ人が、
シント・ニコラースのお祭りをアメリカに伝え、
それがサンタ・クロースの語源になった
そうなのです・・・(ミハーリが教えてくれました)。
サンタ・クロースとシント・ニコラースが
どちらも同じ聖人聖ニコラス
が元になっているんだろうな~
とは
うすうす気付いていましたが・・・
(そう言えば
ニューヨークは当時
ニューアムステルダムと呼ばれていた
んですよね・・・)
本来、キリスト教国でのクリスマスは、
純粋にキリストの誕生を祝う日で、
プレゼントの習慣はなかったのです。
(我が家もプレゼントは
シント・ニコラースからのみで、
クリスマスに日本へ一時帰国した時だけ
サンタ・クロースからももらえる!
ということになっています。
アメリカナイズされているのは日本だけじゃない
のですね~
(ちょっと悲しい気もします・・・)

今年もあと数日・・・
皆様
お健やかに
新年をお迎えになりますように・・・ 
良いお年を!

オランダへ戻って来た日に・・・

オランダへ戻る日・・・大寒波が訪れていた日本。 東京は気持ちの良い快晴。 朝6時30分に起きて、ゴルフへ出掛ける父を見送り、
(母が私の起床時間に炊き上がるようにセットしておいてくれた)炊き立てご飯をいただいた後、
妹が、丁度出勤時間の夫を最寄り駅に送りがてら、私を青砥駅まで車で送ってくれました。
 
青砥駅から成田空港まで、
(本当は映画を見る前に読み終えたかった)「さゆり」の下巻を読んでいると、1時間もあっという間でした。

(映画「SAYURI」ですが・・・とっても良かったです! 
俳優陣の演技も素晴らしかったですし、
何より映像がそれはそれは美しくて・・・
海外ではきっと
日本のイメージアップとなることでしょう・・・
オランダで公開になったら、また見に行きたい
と思っています。)
 
飛行機は満席だったのですが、地上職員の皆様とパーサーのお計らいで何とかお席を(しかもビジネスクラスに!)いただき、「いつもどこかでどなたかにお世話になって・・・なんとありがたいことでしょう・・・」とつくづく感謝したのでした。
 
間もなく離陸・・・という時に、担当のオランダ人スチュワーデス(もう日本ではこう呼ばないそうですが、オランダでは普通にスチュワーデス・スチュワードと呼ばれています)が客室のチェックに回って来て、私の後ろの席におかけの日本人客に「お手荷物は、頭上の荷物入れか、前のお座席の下にお納め下さいね。」と(英語で)言っている声が聞こえ、
そしてスチュワーデスが通り過ぎた直後「どこに置いたって、いいじゃない、ね~ぇ」(乗客A)「ね~ぇ」(乗客B)という(日本語の)声・・・
「いいえ、お客様。 まず事故など起こらないとは思いますが、万が一の場合に、お手荷物がきちんと収納されていないと、事故の衝撃で宙に舞い、お客様にぶつかってお怪我をされるかもしれません。 お客様ご自身の安全の為なのですよ。」と、よっぽど振り返ってお伝えしようかと思いました。 (もしお隣にお掛けの方だったら、さりげなくお伝えしていたと思います・・・)
 
でも・・・お客様がそう思われるのもわからなくはありません。 
実際、何事もなければ、手荷物がどこに置いてあろうと問題ないのですから。 車のシートベルトと同様です。 何か起こった時に違ってくるのです。
私共は年に一度のフライト・セイフティー・トレーニング(機内で非常事態が発生した場合の対処法を訓練する)で、毎年毎年、様々な航空事故の検証ビデオを見せられますから、実際に事故を経験していなくても、事故が起きた際、機内で一体どんなことが起こるのかわかっています。 
ただ床に置いてあるだけの手荷物は、飛びます。 手に持っている物(ハンドバッグや雑誌類)も、何か起これば手から離れて、飛びます。 
小さな物でも、勢いよく飛んで来れば十分に凶器となります。 (例えば靴とか・・・)
でも、そんなことお客様はご存知ありませんものネ。 (ですから、乗務の時は、なるべくその理由もお話するように心がけています。)
皆様もお気を付け下さいネ。  
 
さて、離陸後は、窓際の席だったのでしばらく外を眺めていました。
以前は、大抵、太平洋へ向かって離陸し、太平洋上で旋回して新潟方面へ向かったので、お天気の良い日には最初に飛行機の右手に富士山が見え、旋回後、再び左手に富士山が見えたものですが、(いつからかわかりませんが)この頃は、最初から西へ向けて離陸するようですね・・・
しばらくすると左手に朝靄に包まれた新宿の高層ビルが見え、そして(いつ見ても神々しい!)富士山が見えてきました。 左側のお席にお掛けの外国人客がカメラを取り出し、早速写真を撮っています。 「あぁ私も撮りたい・・・」と思いましたが、(右側の窓際の席からわざわざ身を乗り出して富士山を見ようとしている私は、既に外国人客から不審な目で見られていましたから、)ぐっと我慢し、右側の席だったことを悔やみました。 
 
・・・が、その数分後には、右側の席だったことを感謝していたのです。
と申しますのも、飛行機は再び右へ旋回し、鹿島浦辺りから太平洋岸に沿って北上を始めたのです。
このルート、(私は)初めてのルートでした。 陸地と海のコントラストが美しく、また、海の色が"日本の海"の色なのです。 今度は右側のお席にお掛けの外国人客が(外国人ではありませんが私も・・・)しきりに写真を撮っていました。
 

   

(茨城県上空?)
 
福島県上空だったでしょうか、陸の色が突然、白く変わりました。 一面雪景色です。
 

(宮城県上空?)
 
 

(岩手県上空?)
 
宮城県上空にさしかかった頃からが増えてきました。 ふと、子供の頃、北海道(母の出身地)へ向かう飛行機の中から見ていた景色を思い出しました。 雲の形が、子供の頃の記憶と同じなのです。 (東北地方独特の雲の形というのがあるのでしょうか・・・) 「自分も将来、空の上で仕事がしたい!」と思いながら眺めていた雲でした。

 

それにしても一体何処まで北上し続けるのだろう・・・フライト・トラッキング・システムの画面を見てみると、飛行機は下北半島を過ぎまっすぐ北海道へ向かっていました。
機長から「間もなく北海道上空」とのアナウンスが入り、窓の外を見ると、雲が晴れ、日を浴びて美しく輝く日高山脈が遠くに浮かび上がってきました。 その美しいこと! 
 

  

(太平洋の後ろに浮かび上がる日高山脈)
 
「"蝦夷富士"羊蹄山も見られるかしら」と期待していたのですが、生憎、雲海に飲まれてしまいました。
その後飛行機は、北海道を縦断してから左へ旋回して日本海を渡り、西へ向かったのでした。
 

  

(フライト・トラッキング・システム画面)
 
お食事をいただいた後、見慣れたシベリアの景色に目を遣って、一瞬ビックリ
 

(シベリア上空の龍?)
 
?!・・・かと思いました(つい最近、子供達と「千と千尋の神隠し」のビデオをみたせいかしら・・・)が、飛行機と並んで"飛んでいた"のは、飛行機と飛行機雲の影でした。
 
 

バトン

今日は、Mayaさんからいただいたバトンというのをやらせていただきますネ。
 

Q1: 小さい頃、何になりたかったですか?

幼稚園の頃、最初に「なりたい!」と

思ったのは画家

両親のアドバイスで考え直し、

6歳の時に

スチュワーデスになりたい

と思うようになりました。

(ブログ「スチュワーデス物語」

"小さい頃の夢"参照)

 

Q2:  その夢は叶いましたか?

(しつこく諦めなかったお陰で)

叶いました!

 

Q3:  現在の夢は?

(夢はいろいろありますが・・・)

「人をし、

平和に生きることの喜びと大切さ」

を子供達に伝えられたら・・・

と思っています。

 

Q4:  宝くじで3億円当たったら?

1億円は寄付

1億円は老後の為に貯金

残りの1億円でグランドピアノを買い、

まだ残っていたら

女友達と

日本の温泉巡りをする

・・・かな?

 

Q5:  貴方にとって夢のような世界とは?

世界中の人々が幸せで

心配事もなく、

許し合い、

微笑み合っているような世界

 

Q6:  昨晩見た夢は?

昨日見た夢で覚えているのは・・・

(私は毎晩沢山夢を見るタチなのです) 

 

1.芸者姿でお座敷でお酒を注ぎながら

殿方のお話を伺っている夢

(昨日、妹と映画「SAYURI」

見に行ったので

・・・映画を見ると大抵夢に出てきます)

 

2.星空の下、舗装されていない道路に

寝そべっている(?)と、

急に大地震がくる予感がしたので

心配になって

子供達が寝ているペンションに

迎えに行くと、既に

(なぜかドレス姿)の母が

子供達を支度させてくれていた

という夢

 

3.フライトのステイ先の交差点で

発砲事件が起こる・・・

乗務中、エプロンのポケットの中に

なぜかそのピストルが入っている

ことに気付き、

「私のじゃないけど、指紋が付いていたら

疑われてしまうなぁ・・・

指紋を拭き取らないと・・・」

と思ったけれど(案外落ち着いている)、

次のサービスまで

あまり時間がなかったので、

まずミールトローリーの準備をしてから

トイレへ行き、

ピストルに付いた指紋を

よ~く拭き取ってから

紙に包んで袋にしまい、客室に出ると

同僚が私のトローリーを通路まで

出して来ていてくれていたので

お礼を言って、

急いでミールサービスを始めた

という夢

乗務の夢は毎晩必ず見ます)

  

Q7:  この人の夢の話を聞きたいと思う5人は?

がんぶぅさん

Reikaさん

Booさん

こずえさん

Michaliくん

(私、MSNスペースに、まだ

選ぶ程知っている人がいないのです・・・) 

 

よろしければ、バトン、受け取って下さい 

マリアのバレエ教室・公開レッスン

昨日、マリアが通っているバレエ教室の公開レッスン
がありました。
(写真はフォトアルバムをご覧下さい
 
・・・上手なんですよ~これが。 私はバレエもダンス
やったことがないのですが、
夫側の親戚には踊りをやっている人はいないし、
やっぱり私側の家系に違いありません!
・・・何を隠そう、叔父が「チャチャ遠藤」という
有名な振付師だったのです!
 
私もやってみたら実は上手だったりして?!
何か習ってみるかしら・・・
気になっているのは
サルサフラメンコですが・・・
(腰を痛めるかナxxx)
 
これから空港へ向かいます。
コメント下さった皆様
(ありがとうございます!)
日本からお返事しますので
少々お待ち下さいネ。
 

フライト日記(Manila)

2005年12月
(MNL)
丸1ヶ月あった冬の休暇が空け、待ちに待った最初のフライトはマニラ・・・
マニラへは、学生時代、エジプト・ギリシャへの一人旅の時に経由しただけ(当時、東京~カイロは南回りで、マニラ、バンコク、・・・あとは眠ってしまった為覚えてないxxxなどを経由して、ほぼ一日かかって行っていましたが、今では直行便が飛んでいるそうですね・・・道理でアムステルダム~カイロの日本人団体客を見かけなくなった訳だ・・・)だったので、実際のステイ、とても楽しみでした。
 
機種はボーイング777。 アムステルダムから直行便です。
担当はエコノミークラスです。 
満々席でしたが、飛行時間が14時間近ありましたから、慌てることはない、リラックスしてサービスしたらいい・・・と思っていたのですが、同僚達の速いこと速いこと! エコノミークラスは6名で担当するのですが、ドリンク・サービスもミール・サービスも、気が付くといつも私だけがキャビンに残り、他は皆ギャレーに引き上げてしまっているのです。 
「休暇空けでテンポが遅くなってる・・・?」と一瞬不安になりましたが、客観的にテンポを気にしながらサービスしてみると、やっぱり私は遅くない(乗務歴10年以上は私だけでしたしネ)・・・やっぱり同僚達が超速いのです。 
サービスが早く終わったお陰でレストが3時間半も取れました(飛行時間の長い路線では2~3時間の休憩時間が取れ、ボーイング747-400とボーイング777には乗務員用のクルーレストにベッド用意されています)が、固い表情で黙々とサービスする同僚達を見ていて「これでいいのか・・・?接客で一番大切なのは笑顔なのでは・・・??」と疑問に思っていました。 
到着1時間前頃でしょうか、同僚達がパーサーに呼ばれて何か言われた後何やら相談しています。 どうしたのかパーサーに聞いてみると「お客様から乗務員の態度に関して苦情が来た」とのこと。 同僚達がそのお客様に謝りに行くと言うので、私も一緒に行こうとすると、パーサーに「お客様は、君だけが笑顔でサービスしていたと、君の事は褒めていたから、君は行く必要ないよ。」と止められました。 
接客業をしている皆さん、また目指している皆さん、やっぱり笑顔が大事です!!
マニラに到着後、例の如く、クルーバスでジャングルジュース(=半端に残ってしまったアルコール類を混ぜて作った秘密の飲み物?)を飲みながらクルーホテルへ。
今回久し振りにカメラを持っていったので、お部屋の写真を撮ってみました。

(703号室・NHKも見れました!)

現地時間の朝に到着したので、夕方まで仮眠をとって、ホテルのバーへ。
途中、ホテルが主催する、フィリピンの歴史ダンス・ショーが始まり、原始時代(?)のインディアン風踊りから、スペイン領時代のフラメンコ風踊り、現代のフィリピン民謡、最後はフィリピンのポピュラー・ミュージック(?)と、なかなか面白かったです。
夕食はコックピット・クルーお勧めのイタリアンへ。 シーフード・ウドン(!)をいただきました。 美味しかった!!
その後、ゲイのパーサー二人はゲイ・バーへ。 他はL.A.Cafeという所へ行って、飲んで踊ってビリヤードをして帰ったのですが、翌日、実はそこは”娼婦を買うお店”だったと聞き、本場の娼婦(1階にいたらしい・・・私達は2階で飲んでいたのです)を見そびれたことを悔いたのでした・・・実際、副操縦士は3人(!)買って帰ったそうです・・・
帰りの便では、パーサー(とっても優しく、面白くって、仕事もよくできる、ゲイのパーサーです)が、急にズボンの裾を捲りあげるので何かと思ったら、”現地の彼氏”にもらったアンクレットを見せてくれたのでした。 すごく嬉しそうでした Lovely!
 
次のフライトは、年末年始の東京便です!

バイオリンの発表会

昨日無事マニラから戻りました。
久し振りのフライト日記になりますが、
しばらくお待ちいただいても
いいでしょうかxxx
実は、今週末、
マリアの通っているバイオリン教室
発表会があるのですが、
マリアが演奏する曲(「ちょうちょ」)はもちろん、
他の子供達と先生が弾く曲の
ピアノ伴奏を頼まれてしまいまして、
急遽その練習をしないといけないのと、
その他に、音大卒の方との
ピアノの連弾の練習
(こちらの曲の方がもっと難しいxxx)
もしないといけなくって・・・
ちなみに曲目は
バイオリンの伴奏の方は、
エルガー 「愛の挨拶」
(ブログのBGMにしている曲です)
バッハ・グノー 「アベ・マリア」
フォーレ 「子守唄 Op.16」
 
ピアノの連弾の方は、
ブラームス 「ハンガリー舞曲 第1番」
「ハンガリー舞曲 第6番」
ドボルザーク 「スラブ舞曲 Op.72 No.2」
シューベルト 「ファンタジー Op.940」
です。
どれもとても素敵な曲ですので、
機会があったら
是非聴いてみて下さい。

オランダで”ご覧になれる”もの

昨日、夫の目の手術を見学したお話をしましたが、その他にも、オランダでは、日本ではあまり「ご覧になれない」ものを「ご覧になれる」ことが多い気がします。
例えば、出産の時も、分娩室に応接セットがあって、夫ばかりか、家族・親戚・友達も分娩中同じ部屋で応援(?)していいことになっているし、分娩中、大きな鏡を持った看護婦さんに「ご覧になりますか(=赤ちゃんが出てくるところを自分でも見ていたいか)?」と聞かれ、(私は断りましたが)「ご覧になりながら産む人もいるのかぁ・・・」と驚きました。
そういえば、TV番組も医療関係のドキュメンタリーもの、多いです。 
一般の人出産シーンや手術、動物病院での手術シーンを扱ったドキュメンタリーが、”特別番組”としてではなく”いつもの(=毎週O曜日のO時からと決まっている)番組”として放映されています。
そして私がオランダに来て一番びっくりした番組が、”お尋ね人探し番組”です。
警察や自治体がやっている番組のようなのですが、家出してしまった人強盗・殺人犯の写真やビデオ映像を見せて視聴者の協力を呼びかけるのは、まぁ日本でもあるかと思うのですが、すごいのは、身元のわからない死体の身元確認の為の協力の呼びかけです。 死体の写真が(顔もよ~くわかるように)思いっきり映し出されます。 
もう慣れましたが・・・最初はホントにびっくりしました
長い休暇が明け、明日から久し振りの乗務です! 嬉しい!! 
マニラは(空港は行ったことがありましたが)ステイするのは初めてなので楽しみです・・・