初恋の人からの手紙

 
ちょっと前になりますが
「初恋の人からの手紙」
というのをやってみました。
 
性別と生年月日を入力した後いくつかの質問に答えると
そこから恋愛スタンスが診断され、
結果が"初恋の人からの手紙"として表示される
というものです。
 
私のは、こんなお手紙でした ↓
 
<初恋の人からmisaeさんへお手紙が届きました>

 
misae、元気?
今でも玉の輿に乗る夢を追いかけていますか?
「私は勝ち組になる」
って毎日言っていたmisaeをなつかしく思います。

別れたくないおれに、misaeが

「別れても連絡するから大丈夫だよ」
と言いつつパッタリ連絡が来なくなったあの日から、
もう26年が経ったんだね。
月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、手紙を書いたのには特に理由はないんだ。

ただ部屋の掃除をしていたら
misaeからの昔の手紙が出てきたから、
なつかしくなって。
びっくりさせたかな。

あのころの付き合いを思い返してみると、

かなり自分だけが空回りしていたなぁと思います。
misaeのほうがだいたいいつも余裕があって、
電話できなかったり会えなかったりすると、
なんだかんだとおれのほうが不機嫌になっていたなぁと。
「好きな人ができたら言ってね」
と言うmisaeの余裕が、
やけに自分には痛かったものです。
というか別れるのを推奨されていたような…。

そういえばmisaeにとって、

おれが初恋の相手だったのかな?
misaeは表情には出さないようにしていたけど、
最初のころはやけにガチガチだった印象があります。
今ごろ男慣れしたんだろうなぁと思うと少し切ないです。

付き合い始めのラブラブのころは、misaeが

「時間が止まればいいな」
って言ってくれたのを覚えています。
あのmisaeの幸せそうな顔は今でも忘れません。
思えば最初はかわいかったなぁ。

恋愛を総括して言えば、

きっとおれはmisaeと付き合うことができてよかったのだと思います。
いつもどこかにいってしまいそうなmisaeと付き合って、
最終的には自分との戦いだということを学びました。

いろいろ書いたけど、

おれはmisaeが大好きでした。
これからもmisaeらしさを大切に、
あと、Gカップになるという夢もそのまま追いかけながら(笑)、
新しい誰かと幸せになってください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. うちに黒魔術の本を忘れていったよね?

そのまま持っているので返します。
 
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<misaeさんについての分析結果は以下の通り>
 
【短評】
 
しっかり者で、男性を守る側になることも。
相手の気持ちに配慮もできて精神的にタフ。
弱味を見せないところがある。
 
【あなたの恋愛事情を考察】
misaeさんは、よく
「付き合った男性がみんな弱っていく」などと感じませんか?
または、長く付き合ううちに
「私はあなたの母親じゃない」と言いたくなることはありませんか?
逆に、misaeさん自身が甘える場面というのは
少ないのではないでしょうか。

基本的にはmisaeさんは、わりと恋愛では「強い」ほうだと思います。

周りの人からは、悩み事がないかのように思われる可能性もあります。
確かに精神的には比較的タフだとは思われますが、
一方で、そういう役割にばかり追われると、
もっと子供のように甘えたい気持ちが内側に蓄積するものです。

素直さや隙がないために、

相手がmisaeさんをどう愛していいのか、
どこをとっかかりとして幸せにしていいのか、
よく分からないことでしょう。
そして相手男性が弱くなっていくか、
逆に針が振れて、
自分に振り向かないほどの男性(彼女持ちとか)を
いつのまにか選んでしまう可能性もあります。

ここから言える、misaeさんにありそうな問題点を列挙します。

◆自由人でしっかり者だが、男性からしてみると近寄りがたい。
◆なぜか少し弱々しい男性に好かれる。そしてドキドキできない。
◆素直に甘えられる(ドキドキできる)男性を求めると、しんどい恋愛に変わる。

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結構当たっているような・・・???
でも、26年前にはまだ恋人はいませんでした(笑)
それにGカップは、(恐らく乗務の差し支えになると思うので)夢見たことありません(笑)
それから、黒魔術の本は持ってません・・・(^^ゞ
が、白魔術の本なら実家にあります(笑)
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ミハーリもやってみたいと言うのでやってみました ↓
私のよりずっと面白いです(笑)
 
 
<初恋の人からミハーリさんへお手紙が届きました>
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ミハーリ、ひさしぶり。
もう旅先で模造刀を買うクセは治りましたか?
修学旅行の貴重なおみやげ代を
模造刀に注ぎ込んだミハーリを思い出すと笑ってしまいます。

ミハーリに私が「何かドキドキしないのよね。最初からだけど」

と冷たく言ってお別れすることになったあの日から、
もう2年が経ったのですね。
月日が流れるのは早いものです。

お手紙を書いたのは、とくに用事があるわけではないんです。

ただふと思い出して懐かしかったので、
思いつくままに手紙に書こうと思いました。
ふふ。驚いたかな?

今振り返って考えてみると、

あのころの私ってミハーリに迷惑かけてばかりでしたよね。
でも、いつもツンツンしてる私にミハーリは
「おまえの純粋さは分かっているから」
なんて言ってくれて、
少し引いたけど、
なんだか心温まったのを覚えています。
当時クラスメイトと浮気していた私は
フクザツな気持ちではあったけれど、
そんな風に言ってくれる人はいなかったから。

そうそう、私はともかく

ミハーリにとっては初恋の相手が私だったんですよね。
なんだか最初のころからやけに私に馴れ馴れしくて、
やたらと私の体を触っていましたね。
絶対将来タイホされるって思ったけど、
まだ警察沙汰にはなっていませんか?

まだ付き合い始めたころ、

ミハーリは気分が盛り上がって
「いつか必ず結婚しような」
って言っていましたよね。
私は適当にごまかしましたが、
嬉しそうなミハーリの顔を忘れません。
今思えば完全に詐欺ですけど、
今でもみんなにそう言っていますか?

ミハーリと付き合えて本当によかったなぁと思うところは、

「恋愛をしないほうが楽なときもある」
ということを学べたことです。
ミハーリと別れた後、
恋愛依存の私が
「もうしばらくは恋はいいや」
と思えたのは、
とても大きいことです。ありがとう。

いろいろ書きましたが、

私はそんなミハーリのことが好きでした。
これからもミハーリらしさを大切に、
当時本気でやっていた透視の練習も続けて(笑)、
新しい誰かを幸せにしてあげてください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. ミハーリが貸してくれた秘孔の本(北斗の…)、

もう売っていいですか?

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気が向いたら、やってみて下さいネ。
 
私はこれからまた引越しの片付けに戻ります・・・ダンボール箱残り50箱・・・頑張ります! 
明日は、遣り残していた廊下のペンキ塗りをして、
明後日、IKEAにミハーリ用のロフトベッド(=2段ベッドの上段だけのもの→ダブルベッド・サイズのソファーベッドを下に置いて、ミハーリが上、マリアと私が下に寝る予定)を買いに行きます。
今月中に何とか終わらせたいです。
 

フライト日記 (Lima)

2009年3月
(LIM)
 
7ヶ月ぶり、2度目のリマ便
 
機種はボーイング777
担当はエコノミークラス前方エリア。
 
ブリーフィングルームには、いつもは早めに、大抵同僚達よりも先に行って、楽譜を読んだりしながら皆が集まるのを待つことが多いのですが、
今回はブリーフィング開始5分前くらいに行ったので、パーサー達(←全体を仕切るシニア・パーサーと、エコノミークラスを仕切るジュニア・パーサーあるいはアシスタント・パーサー)以外はもう皆揃っていました。
 
私がブリーフィングルームに入っていくと、皆一瞬
びっくり??? どうしてここに Local Cabin Crew (=日本、韓国、中国路線に乗務する現地ベースのCA)が???
と、困惑顔に。
 
私の方が先にブリーフィングルームにいれば
びっくり??? Local Cabin Crew が部屋にいるということは・・・ブリーフィングルームを間違えた???
と動揺され、
後から行けば、私が、
"間違ったブリーフィングルームに来てしまった Local Cabin Crew"
 だと誤解され(笑)
 
オランダ語で話しかけるとすぐに安心されますが、いつもこれが可笑しくて、毎フライト、こっそり楽しみにしていたりもします (*^-^*)
 
ブリーフィングの後、ゲートへ向かい、プリ・フライト・チェックセキュリティー・チェックを済ませ、搭乗開始。
今回、搭乗時のポジションが搭乗口だったので、パーサーと並んでお客様をお迎えしていたのですが、
搭乗口に立つ私を見て、沢山のお客様が、
びっくり??? この飛行機・・・リマ行きですよね???」
と心配そうに尋ねていらして・・・このパターンは初めてでした (*^-^*)
 
リマまでの飛行時間は12時間30分。
 
 この日、エコノミークラスは満席でしたが、ビジネスクラスはがらがら・・・
休暇で3ヶ月ペルーへ行くというオランダ人の同僚(男性)が友達(男性)を連れて乗って来たのですが、エコノミークラスは満席でしたので、自動的にビジネスクラスに。
飛行時間も長いし、アップグレードしてもらえてよかった!
 
・・・と私達も喜んでいたのですが、エコノミークラスは満席で大忙しだというのに、
「ビジネスクラスはサービス中で悪いから、代わりにちょっと写真撮ってくれない?」
と頻繁にカメラマンを頼まれ・・・(;-_-;)
 
確かにサービス中ですが、この日非常に空いていたビジネスクラスでは、CA2人に対して6名しか乗客いなかったんですから・・・(^^ゞ
満席で、CA1人あたり50人近く担当しているエコノミークラス担当の私達もサービスの真っ只中で、こちらはマジで忙しいのにxxx
・・・もちろん写真はニコやかにちゃんと撮って差し上げましたが。
 
キャビンの状況を判断できない=キャビン・クルーではなくコックピット・クルー???
だったら仕方がないか~(^^;)
と思っていたのですが、
聞いてみたらキャビンの同僚だとのこと・・・
同じキャビン・クルーなのに、状況がわからない彼にちょっとガックリ ε-(-_-;)
 
飛行時間が長いので、最初のサービスの後、前半後半に分かれて3時間ずつ休憩を取ることになりましたが、
いつものことながら、私は OCR (=Overhead Crew Rest) には行かず、お食事レストランをしたり、お食事レストランをしたり・・・お食事レストランをしたりしていました(笑)
 
ボーイング777のエコノミークラスにはギャレーが2つあって、各ギャレーにCAが3人ずつ入るので、
休憩時には、前のギャレーから2人休む時は後ろのギャレーからは1人、後ろのギャレーから2人休む場合は前のギャレーからは1人、休憩に入る
というふうに、
常に、前後のギャレーから合わせて3人が休憩に入り、3人がギャレーに残る
・・・ようにお互い相談して、休憩を取ります。
 
前のギャレーでは私1人が休憩中で(=つまり、前のギャレーには2人残っている)、後ろのギャレーにはナーディア1人しか残っていなかったので、
食後にちょっと後ろのギャレーにおしゃべりに行くことにしました。
しばらくして、トレイ・ドリンク(=トレイにジュースetc.を注いだグラスを並べてお客様にお配りする)の時間に。
2人休憩に行ってしまって1人しか残っていないギャレーには、通常、シニア・パーサーあるいはジュニア(アシスタント)・パーサーのうち休憩に入っていない方がお手伝いに来てくれることになっています。 その時、休憩でなかったのはシニア・パーサーのヘニー。 
 
休憩中の私は、(OCRに寝に行くか行かないかは自由だけれど)規則上、仕事はしてはいけないことになっているのですが、
たった1人でトレイにグラスを並べ、ジュースを注ぎ、トレイ・ドリンクの準備をしている同僚を放っておくわけにはいかず・・・
まず、エコノミークラス前方のギャレーに(→このギャレーの横にPWS =パーサー・ワーク・ステーションがあるので)ヘニーを探しに行ったけれど見付からずxxx
ビジネスクラスのギャレーも見に行ったけれど見付からずxxx
 
そんなことしているうちにサービスの時間に・・・
後ろのギャレーに戻ってナーディアを手伝うことにしました=私がギャレーでトレイを準備して、ナーディアが配る。
ナーディアがエコノミークラス後方の左側のサービスを終えた頃、やっとパーサーのヘニーがギャレーに。
コックピットでおしゃべりしていたらしい・・・(;-_-;)
そして私を見た途端
「misae! あなたは休憩中なんだから働かないで! 規則なんだから、誰かが会社に通報でもしたら私も責任を問われることになって困るわ!」
 ・・・(-_-|||)
「ごめんなさいね、トレイ・ドリンクの時間をすっかり忘れていて・・・休憩中だというのに、代わりに手伝ってくれてたのね、ありがとうmsiae!」
・・・じゃないのね。
 
確かに規則は規則ですが、通常3人で担当するエリアをたった一人でカバーしなければならない同僚を目の前にして、休憩中だから何もしないで見てるだけ
・・・なんてことができる人は、チームワークが大切なこの仕事に向いているとは思えません。
一応規則を考慮して、(お客様からは見えない)ギャレーでトレイを用意するだけに留め、キャビンに出て配ったりはしなかったのだし・・・
 
それに第一、パーサーがちゃんと時間通りに手伝いに来てくれていたら、私は手伝わなくてもよかった訳なので、
彼女の言葉は非常~に腑に落ちませんでした。
が、パーサーに対して
「あなたが時間通りに来なかったからでしょ?激怒
とは、さすがに言えないので、
「規則はわかっていますが、彼女一人でこのサービスをこなすのはとても無理だと判断しました。
 彼女がもし一人でなかったら(=あなたが時間通りに来ていたら)手伝っていませんでしたヨ。」
と遠回しに、言っておきましたが・・・
 
笑顔を絶やさないパーサーで、印象良かったんだけどなぁ・・・
でも、他の同僚達が言うには、
「どうしていつもニコニコしているのかわからない。 なんでもない時にもニコ~っとされて、その笑顔の裏で何を考えているのか、全然理解できない。」
らしい・・・
(私を含め、日本人もよく理由なくニコニコしていると思うので、ちょっとドキッとしました・・・(^^ゞ)
 
ペルーのお客様は、私に対してもごく"普通に"、スペイン語でお話しされます。
ペルーのお客様に限らず、大抵の場合、スペイン語圏のお客様はスペイン語フランス語圏のお客様はフランス語ドイツ語圏のお客様はドイツ語で、"普通に"話しかけてきます。
日本路線では、外国人のお客様は皆さま英語を話されるし、日本人のお客様も、オランダ人クルーに対して"普通に"日本語で話しかけたりはしない、努力して英語で話されていると思うのですが、
オランダ人が語学に優れているからか、オランダベースになってから、他の国々への便に乗務すると、お客様が"普通に"自分の言葉で話しかけてきて面白いです。
お陰でスペイン語も随分わかるようになりました(笑)
 
今回なぜかフィンランドからの団体客が乗っていらして、ワインやカクテルを飲むわ飲むわ ワイングラス
でも、さすが北欧の方、お強い。 全然酔っている風ではありませんでした(感心)
 
住んでいるのはリマだけど、本当はイタリア人だというおばあちゃまとは少しイタリア語でお話ししました。
イタリア語は(かれこれ22年程前になりますが)東京で初級コースを終了して、日常会話くらいはできたのですが・・・使わないとどんどん忘れますねxxx
 
リマ到着後、出口のところでご挨拶していたら、
フィンランド人のお客様方が
「君のお陰で、いつもとは違う、本当に快適なフライトになったよ、どうもありがとう!」
と両手を添えて握手して下さり、
先程のイタリア人のおばあちゃまは、姿が見えなくなるまで何度も何度も振り返りつつ、イタリア語
「本当にどうもありがとう」
を、何度も何度も繰り返して下さって、感激しました (>_<。。。
 
喜んでいただけてよかった!
 
クルーホテル到着後は、シャワーを浴びた後、いつものようにクルードリンクに参加した後、休みました。
ペルーには、CAはカメラやコンピューターを持って入れないことになっているので、写真は全て携帯電話のカメラ機能で。
(引越しの片付けが終わり次第アップしますネ)
 
翌日は、朝食後、ビジネスクラス担当だったマルロンと一緒に、まずインカ・マーケットへ。
その日(3月15日)誕生日だったミハーリ(14歳になりました)へのプレゼントを探しました。
ペルーといえば、ナスカの地上絵。 それが、ちょっとポップな色調で描かれた30cm四方くらいの絵を見つけたので、それに決めました。
マルロンは、ショールとロウソクを買っていました。
一旦ホテルに戻って荷物を置いた後、他の同僚達が朝食後(・・・といっても朝食が終わったのはお昼近くでしたが)すぐに向かったビーチへ。
遅め(=午後3時過ぎ)のランチに合流しました。
イカやタコ、エビのお料理も美味しかったですが、私が一番気に入ったのは、前回食べそびれたペルー料理のセビッチェCebiche
激ウマでした!(>_<。。。
 
ランチの後ホテルに戻り、まだ午後6時なのに、ほとんどの同僚達はもう休むとのこと・・・時差(=オランダ時間マイナス6時間=日本時間マイナス14時間)のせいで(→オランダ時間では確かに午前0時過ぎ)、もう眠いのだそう・・・ちなみに日本は翌朝の8時過ぎで、そう考えたら私はすっかり目が覚めてしまいました(笑)
仕方がないので、部屋でテレビを見ることに。
 
残念ながらNHKは受信されていなかったのですが、日本のアニメ(=『ポケモン』『カードキャプターさくら』などなど)が沢山やっていて、スペイン語でしたが結構わかったので、ついつい見入ってしまいました。
チャンネルを変えたら、山小屋の中で小熊に襲われそうになっている子猫の映像が・・・勇敢にも威嚇して、小熊が退散すると、今度は木の上で蛇に襲われ・・・威嚇しているうちに木の枝が折れ、落ちたところが大きな穴の中・・・(本当に災難続きxxx)
ジャンプしてもジャンプしても届かず・・・と、そこに通りかかった子犬・・・子犬が穴の中に落とした木の枝を伝って上に上ろうとする子猫・・・惜しいところで穴から出られない・・・次に子犬が持ってきたのはロープ(←賢い!)・・・ロープを穴の中に投げ入れ、それに子猫がつかまり、反対側を子犬がひっぱり・・・ついに脱出成功!
すっかり仲良くなった子猫と子犬・・・が、そこに美しい真っ白なメスの子猫登場・・・寂しそうに立ち去る子犬・・・
大自然の風景が、なんとなく北海道に似ているなぁ・・・と思って見ていると、丹頂鶴の映像が・・・やっぱり北海道に違いない! 懐かしい・・・!
すると今度は日本語の詩が画面に。
子供が大人に変わっていく様子を詠った、心打たれる詩でした。 
詩に合わせて、スペイン語訳の音声が入っていました。
子猫は成長し、白猫との間に子供が生まれ・・・季節は巡り、キタキツネが登場して場所が北海道であることに確信を持って、最後まで見てしまいました。
最後にタイトルが出ました・・・
『子猫物語』 監督: ムツゴロウ(畑畑正憲)
        音楽: 坂本龍一
        詩: 谷川俊太郎
        朗読: 小泉今日子 
             
その翌日も、朝食後、インカ・マーケットへ。
マリアにも何かお土産をと思い、木の実で作られたビーズのキーホルダーを買いました。
あとは、引越し先のご近所さん達にクスコの街で作られているという色鮮やかなロウソクを(→新居のマンションは13世帯あるので、12本)購入。
 
ホテルに戻って、プールサイドで皆でランチをしたあと、Callingまで仮眠を取りました。
 
帰りの便は幾分空席があり、また、夜間フライトだったのでお休みになるお客様も多く、楽だけれど、やることが少なくてちょっとつまらない(?)フライトでした。
休憩中はコックピットに星を見に行きました。
同僚に獅子座獅子座の人が多かったので、獅子座の見つけ方を教えてあげたりしました。 獅子座の1等星レグルスのすぐ横に土星が見えて、とても綺麗でしたヨ♪
 
次のフライトは来月に入ってから・・・それまでは引越しに専念します。
 
 

引越し

 
リマへの乗務から戻って間もないので、
まだ少しボ~ッとしています・・・(-_ ゞゴシゴシ
が、予定通り、3月20日に引越ししました。
引越しの前日にようやくなんとか荷造りを終え、賃貸アパートで最後に1時間、ピアノを弾きました ♪
築100年以上の建物だったので、天井がとっても高くて、ピアノの音がとってもよく響く、本当に素敵なアパートでした ぴかぴか(新しい)
(ちょっぴり名残惜しい)

新居のお掃除は、リマから戻った翌日、引越しの前日、と二日間、(友人達にも手伝ってもらって)朝からやっていたのですが、

窓掃除の手順を間違えてしまったこと(←窓枠と窓ガラスに付いたペンキを削り取る作業をする前に窓ガラスを磨いてしまい、二度手間になってしまったxxx)と、
台所がとてつもなく汚くて・・・ふらふら
(パッと見ただけではわからないのですが)よくよく見ると食器棚の扉の外側も、扉の内側の棚も、油汚れでベトベト・・・
どうしたら棚の中までこんなに汚れるのか・・・食べ終わった食器を洗わずにしまっていたのか???
オーブンも凄まじくドロドロに汚れていて・・・( ̄_ ̄|||)
(↑ 友人の旦那様がまるで新品のようにピカピカにお掃除して下さいました・・・ありがとう♡太郎さん)
冷蔵庫の下の棚の中にオーブン用トレイが3枚しまってあったのですが、それもよく見たら汚れたまま重ねてあって・・・裏も表もベトベト・・・一部はカビてるし げっそり 
(↑ しまってあったと言うより、隠してあったという感じxxx )
結局引っ越し前に掃除し終わりませんでした・・・ε-(-_-;)
 
当日は、朝7時半に引越し業者の方々(男性3人)が到着。
アパートの一番大きな窓を取り外し(←オランダでは、玄関が小さく、階段も狭くて急なので、引越しは窓を経由することが多いです)、
そこに、クレーン・リフト(?)を伸ばして、ダンボール箱84箱、全ての家具と洗濯機、ピアノを手際よく降ろしてはトラックに詰め込み・・・
どんな仕事でも、プロの仕事は見ていて気持ちがいいなぁ ぴかぴか(新しい)
と感動しながら見学させていただきました。

3時間後、すっかり蛻の殻となったアパートを後にし、新居へ。
新居でも、大通りに面したベランダのドアから、クレーン・リフトを使って次々と荷物が運び込まれました。
ただし、ピアノだけは、(賃貸アパートは2階でしたが、新居は4階なので)万全を期して(?)アパートのエレベーターを利用して運び込みました。

引越し業者の方々が帰られたのが午後2時過ぎ、それから洋服ダンスや本棚の組み立てをし、

引越し翌日は、朝から(再び友人達にも手伝ってもらって)賃貸アパートの方の掃除、それから新居に戻って、新居の掃除の続きを。
 
残るはキッチンと廊下(こちらはペンキ塗りと絨毯敷きが終わってからになりますが)のみ・・・
来週からは、引き続きキッチンの掃除&荷解き&片付けしていく予定です。
キッチンが古く(&前の住人があまり丁寧に使っていなかったようでがく~(落胆した顔)
冷蔵庫と換気扇が壊れていた為、新しいのを注文してきました。
本当はキッチン全部まるごと新しくしたかったのだけれど・・・予算が足りず涙
でも、頑張って貯金して、いつか、自分好みのキッチン(←元夫の家のキッチンは私がデザインしました)に、
そして、できればバスルーム(←元夫の家のバスルームも私のデザインです)も改装にしたいですぴかぴか(新しい)
 
まずは今月中に掃除&荷物の片付けを終わらせることを目標に、頑張りますぴかぴか(新しい)手(グー)ぴかぴか(新しい)
リマのフライト日記も、近いうちに・・・!

家の鍵

 
ついに家を購入しました スマイル
3月3日、公証人のもと、購入契約書にサインし、新居のぴかぴか(新しい)パスワードぴかぴか(新しい)を受け取りました♪
 
本当は、離婚してすぐに家を買いたかったのですが、
昨春はまだユーロが強くて(←1ユーロ=170円近かった)、日本に置いてあった預金をオランダに送金できず・・・(T_T)
とりあえず賃貸のワンルーム・マンションに引っ越したものの、
オランダ(特にユトレヒト)は家が高いので、月給のほぼ全額が家賃に消え・・・(T_T)
日本語レッスンetx.のアルバイトをしてどうにかこうにか切り盛りしていたところ、
世界経済悪化に伴い、昨秋やっとユーロが下がり始め(←今1ユーロ=125円くらい)、そして、家の値段も(少しだけですが)下がり始め・・・(*^-^*)
 
家といっても小さなマンション(1LDK)ですが、子供達の学校にも近く(=徒歩5分)、バス停(=徒歩2分)にも、スーパー(=徒歩1分)にも、薬局(=徒歩2分)にも、ホームドクター(=徒歩2分)にも近いので便利です。
また、元夫の家からも近い(=徒歩3分)ので、子供達が行き来しやすくなります。
 
引越し用のダンボール箱が80箱届き、(子供達の学校や習い事の送り迎え、家事の合間に)少しずつ荷造りをしています。
引越し業者が来るのは3月20日です。

先週は、新居の床のタイル剥し、壁と天井のペンキ塗り作業をしました。

( ↑ オランダの家は、かなり大掛かりに手直ししないと入居できないのです・・・(;-_-;))

(今月中は引越しの為お休みするのですが)4月からは再び、乗務の合間の日本語レッスン・お習字レッスン・ピアノレッスンのアルバイトを再開します。
ローンの方が家賃より安いとはいえ、(年に数回、子供達と一緒に一時帰国しようと思うと)家計が非常~~~に厳しいものですから・・・(^^ゞ
その他に、(毎週ではありませんが)日曜の午前中も、アムステルダムで、2~9歳のハーフのお子さん達対象の日本語学校の講師として働くことにしました。 

 
・・・ということは
月曜日から金曜日は子供達のお弁当作りとマリアを学校へ送るのに朝7時起き、
土曜日も補習校で朝7時起き、
日曜日も朝7時起き・・・
・・・休みがない あせあせ(飛び散る汗)
 
その上、4月から半年間、子供達が通う日本語補習授業校の保護者会の役員(しかも会長・・・)をすることになり、
4月5月のオランダ観光シーズン中は、毎年ユトレヒトのツアーガイドのお手伝いもすることになっているので、
毎日の予定をしっかり把握しておかないと・・・( ̄_ ̄|||)
あんまり深く考えると、
あんまりにもやることが多過ぎて気が遠くなるので、
あんまり先のことまで考えないようにして、
その日その日にできることを、
抜かりなくコツコツしっかりこなしていこうと思っています。
 
さぁ、明日も荷造り頑張るぞ!
(目標=フライトに出る14日までに荷造り完了→フライトから戻ったら18、19日に新居の掃除→20日引越し)

小さな贈り物 フライト日記 (Tokyo) おまけ

 
先週、東京便で一緒だった、ボーイング747-400の操縦士3人から、お礼のメールが届きました。
2日間のステイ中、私が書いたインフォメーションを元に、浅草原宿、そして『大江戸温泉物語』に行って来たとのこと。
『大江戸温泉物語』もとても楽しかったようで、喜んでもらえて私も嬉しかったです。
 
「今度空港に行ったら、Autodienst (=乗務員用の有料送迎サービス)に寄るのを忘れないで! 
小さな贈り物を預けてあるから ウインク
 
とメールに書かれていたので、先週の土曜日、子供達をアムステルダム日本語補習校に送り届けた後、空港まで行って来ました。
次のフライトまで待っていたら、2週間も後になってしまい、そんなに長く、きちんと保管してくれているか心配で・・・(^^ゞ
 
空港のメールボックスにも、3人からお礼の手紙が入っていて、そこにも
小さな贈り物を受け取るのを忘れずに!」
 
Autodienst で
小さな贈り物を同僚が預けたそうなのですが・・・」
と聞くと、手渡されたのは、成田空港の免税店の袋に入れられた大~~きな贈り物
和菓子の詰め合わせでした♪
 
和菓子(→補習校からの帰り道、電車の中で子供達と一緒にいただきました)も嬉しかったですが、
それよりも、
3人のメッセージが書かれたボーイング747-400の絵葉書が、
何より嬉しかったです。
 
日本でのステイが長いオランダ人の同僚達に日本のインフォメーションを書いて渡すのはいつものことなので、
こんなに喜んでもらえるなんて思っていませんでした。
よかった!! (*^-^*)
 
そして、お礼のメールやお手紙だけでなく、わざわざ贈り物まで用意してくれた彼らの心遣いに、心底感動しましたぴかぴか(新しい)
 
 
 

フライト日記 (Tokyo)

2009年2月
(NRT)
 
今年初めての日本路線・・・ようやくリクエストが通りました♪ (←毎月2~4本ずつ日本路線をリクエストしているのですが、なかなかいただけないのデス 涙
日本路線で仕事ができるのも嬉しいし、(1泊しかできないとはいえ)日本に滞在できるのも嬉しいし、日本人の同僚と再会できるのも嬉しいし・・・いつも嬉しい事ばかりの日本路線です ♡
 
日本路線には(日本ベースの)日本人乗務員が3名乗務しているのですが、今回、3名のうち2名が、私が日本ベースで飛んでいた頃からお世話になっている大先輩のSさんとTさん!・・・久し振りにお会いできて本当に嬉しかったです。 
先輩方は何年経ってもお美しく、(そして、見た目だけでなく)サービスに対する姿勢も全然お変わりなくて、すごいなぁ~といつも尊敬してしまいます・・・私も定年まで、先輩方のように、より良いサービスを追及して頑張れたらいいなぁ・・・ぴかぴか(新しい)
 
行きの便の機種はボーイング747-400。
担当は、Bゾーン(=1階エコノミークラス最前エリア)です。
 
日本路線では、他の路線にはないサービスが多々あるので、本当は、Aゾーン(=1階ビジネスクラス)を担当させていただけたらよかったのですが、オランダ人同僚のライン(←Tommy Lee Jones そっくりのスチュワード)がAゾーン担当希望だったので、つい譲ってしまいxxx
Bゾーンでできる限りフォローしようと思っていたのですが、エコノミークラスも満席で忙しく、フォローしきれませんでした・・・(後悔)
 
ビジネスクラスではお食事の和食のメニューが、ホテル・オークラ・アムステルダム和食会席料理レストラン『山里』のお料理で、本当に美味しくてお勧めなのですが、
洋食メニューと一緒にサービスしなければならず、また、和食の様式を理解していないオランダ人が考案したサービス・マニュアルを用いている為、
ある時は、お味噌汁前菜として先に出されてしまったり・・・(←オランダには中国人・韓国人が経営するJapanese restaurant もどきが多いのですが、そこで定食を頼むと、やっぱり最初にお味噌汁だけ先に前菜として運ばれてきます あせあせ
ある時は、ご飯(=オランダ人は主菜として認識)をお出しする際に、付け合せのお料理(=オランダ人は前菜として認識)が、(洋食の前菜同様に)全て片付けられてしまったり・・・
またある時は、お食事がすっかり終わった頃にお味噌汁が配られたり・・・
なんてことが多く、
折角、素晴らしいお料理が用意されているのに、もったいないなぁ・・・悲しい
といつも思うので、
日本路線でビジネスクラスにアサインされた時は、
「(洋食メニューのサービスを通常通りに行いながら)いかに和食メニューを最適な方法でサーブできるか」
を考えながら、ギャレーで奮闘しています。
 
一時帰国する際に乗客として乗ることも多い私としては、ビジネスクラスの和食メニューは、(懐石の献立が一度に出される)『略式懐石』に近いのではないかと考えているので、
乗務の時は、できるだけ、前菜主菜お味噌汁を同時にお出しできるように試みています。
前菜(=付け合せのお料理が入った小鉢)・主菜(=ご飯と温かいお料理)・お味噌汁が別々に(=順番に)運ばれて来るより、ずっと見栄えも良いので、私は
 
① オーブンの仕上がり時間を工夫して、前菜のトレイをお配りした直後に、和食をオーダーされたお客様だけ先に主菜もお出しし、すぐにお味噌汁もお持ちする。
② 日本茶をお出しする。
③ その後、洋食の主菜をミールトローリーにセットアップして、洋食をオーダーされたお客様が前菜を食べ終わる頃を見計らって、お済みの前菜をお下げしながら洋食の主菜をお出しする。 その際、全てのお客様のお飲み物のご注文を承る。
 
和食と洋食のオーダーの割合は毎回違いますので、お客様のお食事の進み具合を随時チェックしながら、臨機応変に対応することも必要です。
 
今回、Aゾーンを手伝っていたパーサーに、お味噌汁を出すタイミングを聞かれた際、
(前回の一時帰国時に、お味噌汁が本当に最後の最後に出てきて驚いたことが印象に残っていたこともあって)
前菜主菜の間」
でも、
前菜主菜お味噌汁はなるべく同時にお出しする」
よう伝えたのですが、どうもタイミングよくいかなかったようで・・・(^^ゞ
(私もサービス中だったので、どんな風にサービスしたのか確認できなかったのですが)
後からUD(=2階ビジネスクラス)を担当なさっていらした大先輩のSさんから
お味噌汁をお出しするのは、前菜の後ではなく主菜の後ですヨ」
と注意されてしまいましたxxx
 
マニュアルでは、和食も、前菜主菜、そしてお味噌汁・・・の順でサービスすることになっているそうですが、
それでもやっぱり私は、見た目も美しく、お客様にも喜んでいただけるよう、乗務の際には
前菜主菜お味噌汁は、できる限り同時にお出ししたいと思っています。
 
・・・もっと頻繁に日本路線に乗務できたらいいのに・・・(>_<。。。
 
成田ステイ中は、いつもと同じスケジュール。
お昼過ぎにクルーホテル到着後、2時間仮眠を取って、
午後4時、ホテルで自転車をレンタルし、
今回は1階エコノミークラス中間エリア担当だったオランダ人CAマリアンと一緒に、
自転車で5分位の所にある100円ショップへ。
 
オランダ在住の友人達から頼まれた品々と、子供達へのお土産を買って、
ホテルに戻った後は、
午後6時からクルードリンク
 
・・・のはずだったのですが、ジュニアパーサーのミヒールと、翌日のボーイング777の操縦士達が、
すぐに食事に行きたいとのこと。
一緒に到着したボーイング747の操縦士達がまだ揃っておらず、私は、成田に3泊ステイできる彼らに東京観光の情報をお伝えする約束をしていたので、
皆が揃うまでホテルのバーで待つことに。
 
間もなく操縦士3人(←うち2人は初めての東京便とのこと)が揃い、ホテルから東京までの行き方(=電車とバスの二通り)、お勧めの観光地(=浅草寺、明治神宮etc.)、簡単な日本語(=「おトイレ、どこですか?」etc.)などを書いた紙と、
(本当は私が行きたかった→)『大江戸温泉物語』の英語サイトをプリントアウトしたものを渡し、いろいろと説明しました。
 
説明が終わって、3人を連れて、他の同僚達が先に向かった日本料理屋へ行こうと思ったら、なんと彼らもう食べ終えて、丁度ホテルに戻って来たところに出くわしました。
皆さん、もうお休みになるとのこと・・・まだ午後7時過ぎなのに・・・時差もあるから、こんなに早く寝たら、きっと真夜中に目が覚めてしまうのに・・・と心配しつつ、私達は夕食に。
 
いつもは鉄板焼き屋さんへ行くことが多いオランダ人クルーですが、今回はホテルのすぐお向かいにある日本料理屋へ。
ここには梅酒があるので(←鉄板焼き屋さんにはないのデス)私も嬉しい♪
天麩羅定食と、どちらにするか迷ったのですが、豚肉の生姜焼き定食をいただきました。 美味しかった!
機長のエリックは刺身定食、副操縦士のパトリックはビーフステーキ定食、セカンド・オフィサーのフランクは照り焼きチキン定食、それからお決まりの餃子(←オランダ人クルーの大好物)を頼んでいました。
 
食後は、いつものCrew Lounge 『Yankee’s Bar』へ。
店内に「2月28日で閉店」との張り紙を見つけ、閉店前にヤンキーさん(=店長さん)にお目にかかれてよかった!と思いました。
その日は、飲み物もご馳走になり、カラオケも無料にしていただいて、
カラオケは初めてだと言う同僚達にも喜んでもらえて、本当に嬉しい、本当に楽しい、思い出深い夜となりました。
ヤンキーさん、ありがとうございました。
成田市内でまたお店を始められるとのこと。 またお目にかかれるのを楽しみにしております。
 
翌日は、callingは9時25分でしたが、8時に起きて支度をし、朝食に降りました。 日本のホテルでは、和食をいただけますからネ!
 
帰りの便はボーイング777(=トリプルセブン)。 
新しいコックピット・クルーが加わります。
到着便のコックピット・クルー(=エリック、パトリック、フランク)達は、これから東京観光・・・「病欠とって、僕らと一緒に東京観光しようよ~!!」
な~んて言ってくれていた彼ら・・・『大江戸温泉物語』にも無事行けるかしら・・・
 
帰りの便の担当はエコノミークラス前方エリア。
トリプルセブンには、ビジネスクラスのギャレーが1つと、エコノミークラスのギャレーが2つの、合計3つのギャレーがあり、各ギャレーに日本人CAが1人ずつ入ることになっているので、
私がアサインされたエコノミークラス前方エリアのギャレーには、日本人が2人とオランダ人1人。 
急ぎの用事を日本語で言えるので助かりました。
 
出発前のセキュリティーチェックが終わり、お客様の搭乗が始まってすぐ、
友人のNさんがもうすぐ2歳になるお子さんを連れて乗っていらっしゃいました。
今回の東京便、彼女が乗る便に合わせてリクエストしていたのです。
もっといろいろしてあげたかったのですが、この日のフライトは本当に最悪で・・・(後ほどお話ししますが)
唯一、コックピットにお連れすることができ、とても喜んでいただけて良かったです。
 
この日のフライト、過去最悪でした・・・(反省)
日本路線、行きの便でOCR(=Overhead Crew Rest=乗務員が横になって休める、ベッド付き休憩室)に行かないのはいつものことなのですが、
今回、帰りの便でもOCRに行かなかった為、やはり、到着前に疲れが出てしまいました・・・
 
これまたいつものことなのですが、オランダ人は皆セカンド・シフト(←ファースト・シフトとセカンド・シフト=前半と後半の2シフトに分かれて休憩します)を希望するので、よく揉めるのです・・・
(シニア・パーサーとジュニア・パーサーを除くと)CAは全部で8名。 つまり4名ずつ休憩に入らないといけません。
 その日のCAは日本人4名+オランダ人4名。 
オランダ人CAが皆セカンド・シフトを取ると、つまり日本人CAが皆ファースト・シフトを取らなければいけなくなり、
しかし日本路線では、"休憩時間中でも常に1人は日本人CAが客室に残っていること"という決まりがあるので、
オランダ人CAの誰か1人は、日本人CAの代わりにファースト・シフトで休憩を取らなければならないということになります。
で、誰がそのアンラッキーな1人になるか、で揉める訳です。
彼らがいつまでも揉めているので、そのうちファースト・シフトの開始時間となってしまい、
このまま長引いてしまうと、ファースト・シフトの人達(=ほとんど日本人CA)の休憩時間が少なくなってしまいます・・・
それでつい
「私はOCRに行かなくてもいいので、日本人全員がファースト・シフトにしたらいいですヨ。 私は休憩時間中も客室に残りますから、何かあれば、私が日本語の通訳なりアナウンスなりできます。」
と申し出てしまったのです。
 
確かに私は寝不足には強く、疲れたら寝るより食べた方が元気になったりするタチなのですが、
さすがに、長距離便の行き帰り、往復共に休憩を取らなかったのは体に応えて、
到着前のサービスは、やるべきこと以外のプラスアルファのことをすることができませんでした・・・
 
同じギャレーだったオランダ人CAのビアンカに
「misae、あなたはもっと自分自身のことを考えるべきだと思う・・・他の人は、親切にされたらもちろん嬉しいけれど、親切にされなかったからってあなたを恨んだりしないもの。
他の人に譲ってばかりいないで、もっと自分を大切にした方がいいわよ。」
と言われて、何日か前にマリア(=長女)にも
「ママは何でも、ママの好きなものでも、私やミハーリ(=長男)くんにあげちゃうけど、ダメだよ。 ママもちゃんと食べないと。 (←この時はお菓子の話をしていたのデス)」
と言われたことを思い出しました(笑)
 
でもね、他の人に喜んでもらえると、自分も本当に嬉しいんだもの・・・
 
しかしながら、今回そのせいで自分らしい仕事ができなかったことは、本当に反省しました。
次回は気を付けようと思いました。
子供の頃からの夢だったこの仕事、20年経っても変わらず大好きなこの仕事、常に自分らしく、満足のいく仕事をしたいですから。
 
次のフライトは、ラゴス便・・・が変更になって、リマ便です 飛行機