(本当は先生とミハーリのツーショットを
と思っていたのですが
手前の子の頭にオーブ=たまゆら
が写っていたので・・・・)
(先生と一緒に)
(ミハーリが持っているのが
オレンジ色のスリップ)
![]()
(旧運河沿いの素敵な家)
(玄関は運河の反対側、
道路にめんして上の階にあります)
(お庭も素敵!)
(もうしばらく歩くと
こんな素敵な長屋?を発見)
(こちらは
ユトレヒトで私が1番気に入っている家)
(その昔、王女様がお住まいだったとか・・・)
(小粒です)
(ローマ遺跡前で)
(本当は先生とミハーリのツーショットを
と思っていたのですが
手前の子の頭にオーブ=たまゆら
が写っていたので・・・・)
(先生と一緒に)
(ミハーリが持っているのが
オレンジ色のスリップ)
![]()
(旧運河沿いの素敵な家)
(玄関は運河の反対側、
道路にめんして上の階にあります)
(お庭も素敵!)
(もうしばらく歩くと
こんな素敵な長屋?を発見)
(こちらは
ユトレヒトで私が1番気に入っている家)
(その昔、王女様がお住まいだったとか・・・)
(小粒です)
(ローマ遺跡前で)
(帰りの便では私もコックピットに・・・!)
(真っ平らなオランダ上空)
(お天気が良かったので
湖はセイル・ボートでい~っぱい!)
(クルーホテルのビーチから)
(着陸する飛行機)
(海の青、空の青、に美しくマッチした
ブルーの飛行機!)
それでは、乗務のお話は後日改めて・・・![]()
(ショパン・ピアノ協奏曲第2番を演奏中の
智子さんと弦楽クィンテット)
(Giacometti先生と智子さん)
今日は、カイロ滞在中に訪れたメンフィス(Memphis)とサッカラ(Saqqara)のお話を・・・
MEMPHIS メンフィス
メンフィスは、エジプト第一王朝(BC3100~BC2100年頃)の首都として建設された古王国時代の首都。 新王朝時代トトメス三世によって都がテーベ(=ルクソール)へ移されるまで、政治・経済の重要都市として栄えていました。 残念ながら、度重なるナイル川の氾濫により破壊し尽くされ、現在ではプタハ神殿の跡地にこじんまりとした遺跡が残っているだけとなっています。
メンフィスのスフィンクス
(ニコニコ顔のスフィンクス)
BC1200年頃に作られた、体長10mのアラバスター(雪花石膏・せっかせっこう・Alabaster)製。
ギザのスフィンクスには鼻もヒゲもないけれど、こちらのスフィンクスは、付け髭もある非常に端正な顔立ちのとても美しい像(ニコッと笑っています!)です。
ラムセス2世の巨像
(18年ぶりの再会!)
(相変わらず大きい・・・)
BC1290~BC1224年頃に制作された新王朝のラムセス2世の像です。
高さ15m(1000t.くらい)の花崗岩製。
プタハ神殿の前に立っていた巨大な立像で、体の各部の筋肉の様子など細部まで精巧に造られています。
現在ある場所で,、畑の中から横たわった形で発見されたそうです。
かつての立像は、メンフィスの遺跡の入口を入ってすぐ右の建物内に横たえて保存されており、2階の回廊から見下ろして全容を眺められるようになっています。
(天井はありますが、二階の窓にガラスが入っておらず、いわゆる”吹きさらし”状態になっています・・・これではいくら掃除してもすぐ砂埃まみれになるのでは・・・?)
(一生懸命お掃除なさってますが・・・)
同時に2体発見されたこの像のもう1体は、カイロ市内のラムセス中央駅前に建っているそうです。
SAQQARA サッカラ
カイロの西南約20キロ、ギザの南約15kmにある、砂漠に囲まれた町サッカラ。 ギザ台地に連なる石灰岩の台地にあり、第一王朝のころから数多くのマスタバ(土や日干し煉瓦製の墓。 平面は長方形で、死者はその地下室に葬られたそう) やピラミッドが造られた、古代エジプトの都メンフィスのネクロポリス(死者の町)でした。
階段ピラミッド
(犬が沢山いました)
サッカラにある多数のピラミッドの中で、最も有名なのは、古王国第三王朝時代(BC2686~BC2613年)の2代目のファラオ・ジョセル王の階段ピラミッドです。
階段ピラミッドは、世界最古(=ギザのピラミッドより古い)の石造建造物。
6重の階段状になったこのピラミッドは、(第一、第二王朝の王達の墓が土や日干し煉瓦製のマスタバ墳であったのに対し)初めて石灰岩の石材が使用されました。 高さ約60m、底辺は140×128m(=長方形)(ギザのピラミッドより少し小さい)
階段ピラミッドは、BC2650年頃、臣下の有名な建築家イムホテプが、王を埋葬する為に建造したものと言われています。
イムホテプは、従来からあったマスタバ墳(地下深くに墓を作りその上に日干し煉瓦を積み上げたもの)の上に石を4段積み重ねて最初の階段ピラミッドを造り、その後設計をやり直して西側を拡張し、最終的に6段の階段ピラミッドになった、ということです。
ジォセル王のピラミッド・コンプレックス
(葬祭殿柱廊・ピラミッド・コンプレックス入り口)
ジョセル王の階段ピラミッドは、ピラミッドを中心として中庭、葬祭殿、神殿etc.が作られたピラミッド・コンプレックス(複合建設)となっており、周りは高さ10mの周壁で囲んでありました。
テティ王のピラミッド
(昔は四角錐だったテティ王のピラミッド)
第六王朝最初の王・テティ王のピラミッドは、外から見ると、(はっきり言って)”単なる砂山”にしか見えませんxxx
・・・が、このピラミッドの中には「ピラミッド・テキスト(王が死から蘇生して来世で復活する時の儀式で唱えられる呪文)」があるのです! (ちなみに、ギザにある第四王朝の王達のピラミッドには、「ピラミッド・テキスト」はありません。)
最初に書かれた「ピラミッド・テキスト」は、ジョセル王のピラミッド・コンプレックスの南隣にある、第五王朝最後の王・ウナス王のピラミッド(こちらも崩れかけて、まるで”瓦礫の山“のようになっていますxxx )内にあります。
(ウナス王のピラミッド)
・・・でも、「ピラミッド・テキスト」を見学できるのは、テティ王のピラミッドだけだそうです!
天井の低~い下降通路を下りると、左右に部屋があります。
右側の部屋の奥に、黒い石棺が置かれていました。 (石棺の蓋が壊れていて、中を覗けます・・・何も入っていませんがxxx)
(よく磨かれた石棺)
この玄室(=古墳の中の棺をおさめる室)の壁には「ピラミッド・テキスト」がぎっしりと書かれていて、テティ王の名前がた~くさん彫られてあります。 もちろん読めませんが、なんとなく、王を称える詩のように見えました。
(読めたら面白かったんでしょうねぇ・・・)
玄室の天井は切妻屋根で、一面に星が彫り込まれています。
(一見ヒトデのような星)
ぐるりと見渡すと、所々天井部分の石がずれていて(=地震で崩れてしまったのだそう・・・)ドキッとします。
次に左側の部屋に入りますと、こちらは何もありません。 玄室に比べると天井も低く、湿った匂いがしました。
現地のガイドさんは、「右側が王の墓で、左側は王妃の墓」だとおっしゃっていましたが、ピラミッドの中にいたガイドさんは、左側の部屋を「王が食事をする部屋」だと説明していました(・・・どっちなの???)
メレルカのマスタバ
(マスタバの入り口)
テティ王のピラミッドの入り口の向かい側に、テティ王の宰相であったメレルカのマスタバがあります。 なんでも、テティ王の長女の旦那様だったとか(・・・と現地のガイドの方がおっしゃっていました・・・ホントかな?)。 古王国時代最大の墓で、サッカラで一番規模が大きく、32部屋から構成されており、各部屋の壁には、メレルカの肖像画が描かれています。 隣に必ず(!)奥様も描かれているのですが、メレルカの威厳を示す為に、奥様の方は彼の膝下(!)くらいの背丈で描かれ、奥様は片手に必ず蓮の花を持ってその匂いを嗅ぎ、もう片方の手は必ずメレルカのふくらはぎの辺りに添えられていて、面白いなぁ~と思いました。 メレルカの肖像画以外には、ナイル川での漁の様子(網の中には様々な種類の魚が沢山描かれていました)や、カバ狩の様子、水辺の植物やカエルなどの生き物の絵などが非常に精密に描かれていました。
(ナイル川での漁の様子を描いたレリーフ)
玄室近くの部屋になると、奥様と手をつないだ肖像画に変わり(ここからは奥様もメレルカと等身になります・・・でないと小さ過ぎて手がつなげないからだそうです)、メレルカの指揮に合わせて奥様がハープを奏でる絵があったりして、胸にジ~~ンときました。
(本当は私も、夫と一緒に音楽を楽しみたかったなぁ~・・・)
隣接して奥様用のマスタバがあり、各部屋に奥様の肖像画(彼女の両隣には、ミニサイズで描かれた子供達の肖像画)が描かれ、また、子供達用のマスタバでは、玄室前の部屋に、「死の国を恐れるな」と勇気付ける父メレルカと手をつないだ子供達が描かれていました。 これまた感動的!
部屋によっては、絵(レリーフ)が下手(まるで子供の絵のよう?)だったりしたので、「この部屋の絵は完成していないのですか?」とガイドさんに尋ねると、「部屋によって担当アーティストが異なったので、あまり上手でないアーティストが担当した部屋の絵はいまいち」なのだとか。
サッカラは、ネクロポリスですから、有名なピラミッド・マスタバのまわりに、まだまだた~くさんのマスタバがあって、それらも見学できるようになっています。
(あるマスタバの中で、
現地ガイドに勧められて撮った
レリーフの写真)
(また別のマスタバの入り口前で)
(「もっと中に入っていいよ」とガイドに言われましたが、
とっても狭くて暗くて気味が悪かったので
やめておきました・・・お墓ですし・・・)
エジプト遺跡に興味のある方は、こちらのサイトも面白いですヨ!
(http://www.ohba.co.jp/poper/bunmei/egpt/egpt_03.htm)
(http://www.geocities.jp/kmt_yoko/WHE_MemphisPyramids-2.html)
2006年5月
(CAI)
カイロへ行って参りました・・・![]()
スケジュールは2泊4日。
リポーティングの時間が午後7時過ぎだったので、夫が子供達と一緒に車で空港まで送ってくれました。
不思議なもので、自宅で子供達に「じゃあ、ママ、お仕事行ってくるからネ!」と手を振って見送られる時は平気なのに、空港で、子供達を乗せた車が遠ざかって行くのを見送るのは、なぜか辛かったりします。
早めにブリーフィング・ルームへ行くと、先に来ていたスリナム系の同僚が私を見て「???」という顔を・・・アジア路線でなくても、(あれ? どうして日本人/アジア人クルーが? ブリーフィング・ルームを間違えた?)と思ってしまうようです。
私が「カイロ便よね?」とオランダ語で聞くと、途端に安心した顔になります。
彼女と二人で待っていると、次々に他の同僚達が入ってくるのですが、皆、私達を見て「え? ここ、カイロ便のブリーフィング・ルームよね? パラマリボ便とか東京便じゃないわよね?」と入り口で一瞬立ち止まるのを、そのスリナム系の同僚と楽しんで(?)いました。
ブリーフィングの終わりに、現在のエジプト情勢の説明があり、「外出禁止ではないが(観光客襲撃事件があった頃は、クルーホテルから出てはいけないことになっていました)、人出の多い場所には行かないように」とのことでした。
同僚達からの「日本人なのに、どうしてオランダベースで飛んでいるのか」といういつもの質問に答えながら(これだけは、かなり上手にオランダ語で説明できます!)ゲートへ向かいます。
機種はボーイング777。 担当はエコノミー・クラス。
担当ドアが、偶然にもこの前のフライト(デリー便)と同じドア22(=前から二つ目の左側のドア)だったので、プリ・フライト・チェック(=担当ドア付近に設置してある非常用設備の確認、並びに担当エリアのチェック)もし易かったです。
このドアポジションの時は、お客様の搭乗時、地上職員のお手伝いをすることもある為、機内でのボーディング・ポジション(=お客様をお迎えする際、立つ場所)がありません。
しかし今回は地上職員のお手伝い不要とのことでしたので、ビジネス・クラスのお手伝いに。
お客様の上着をお預かりしたり、ウェルカム・ドリンクをお出ししたり、メニューをお配りしたりしていますと、日本人のお客様が3名乗っていらっしゃいました。 東京・大阪からのお乗り継ぎとのこと。 大阪からお乗り継ぎでいらしたイイダ様(乗客リストはアルファベット表示なので漢字は不明xxx)に「日本路線以外の路線にも、日本人乗務員が乗ってはるんですか?」と聞かれ、事情を説明しながら、心はもう日本へ飛んでいました。
(そういえば日本路線、もう半年以上乗務してない・・・
)
夜遅い便だったことと、お客様の大半が別の国からのお乗り継ぎだったことから、皆様お疲れのご様子で、とても静かなフライトでした。
そしてカイロに到着してビックリ・・・![]()
空港が、超近代的な新しいターミナルに変わっていました。
前回来た時はまだ、(1988年に初めてエジプトを訪れた時と同じ、)古めかしい、でも、とてもエジプトらしい空港だったのに・・・
新しい空港ターミナルは、まるでドバイの空港の様に美しく、まるでエジプトではない場所へ着いてしまった様で・・・なんだかちょっと淋しかったです。
クルー・ホテルは相変わらず、空港からバスで10分のモーヴェンピック・ホテル。
ホテルの入り口で、空港同様のセキュリティー・チェック(荷物をX線に通す)があって驚きました。
クルー・インフォメーションにも、いつ・どこで・どんな爆弾テロがあって・死者が何名出た・・・というリストが綴じ付けてあって驚きました。 まだかなり危ないらしい・・・残念なことです。
このホテル、お部屋にいつも、いろいろ置いてあるんですヨ。
お花が飾ってあるのはもちろん、フルーツ・クッキー、お茶の種類も豊富、スリッパもあります(日本のホテルでは普通ですが、アジア諸国以外の海外のホテルでは珍しいのです)。
今回目を引いたのは、ベッドの端にちょこっと置いてあったバラの花びら。
(ベッドの隅にこれが・・・!)
それから、毎回「これ、いいなぁ~」と思うのが、バス・ルームのティッシュ・ペーパーとトイレット・ペーパーに押してある花のスタンプ! こうすれば、三角に折ったところがきちんととまるし、見た目もかわいい![]()
(三角に折ったところに
マーガレットの花がスタンプされています)
さて、今回のカイロ・ステイ・・・本当はまたギザのピラミッドに行きたかったのです(何度行っても感動できるので!)が、機長の指示もあって、ギザほどは観光地化されていないサッカラのピラミッドを見に行くことに。
翌朝9時に朝食を取り、10時ロビー集合。 現地ガイド付き貸切バスでメンフィスへ向かいました。 メンフィスの遺跡を見てから、サッカラへ。
(メンフィスとサッカラのお話は後日改めて・・・
)
古代遺跡を満喫して、夕方ホテルへ。
数時間ホテルのプール・サイドで過ごしてから、皆で食事に。
夕食は、ナイル川沿いにあるレストランで。
美しいナイル川の夜景を楽しみながら、エジプトのお料理を楽しみました。
翌日は、(本当はスークへ行ってみたかったのですが、市場も人出の多い場所ですので、断念して)一日プール・サイドでゆっくり過ごしました。
ホテルのレストランで夕食後、数時間仮眠を取って、帰りの便に乗務。
真夜中発の便でしたので、離陸後は軽食だけお出ししてなるべく早くお客様にお休みいただき、到着前にご朝食をお出しする、というサービス・スケジュール。
サービスがひと段落してから、ちょっとコックピットへ。
夜明け前の星空を見たかったのですが、残念ながらもうかなり明るくなってしまっていて、東の空に明けの明星・金星が見えるだけでした。
でも、とってもきれいでした・・・![]()
アムステルダム到着後、クルー・センターでスケジュールをチェックすると・・・
7月4日の大阪便のリクエストが(毎月毎月、東京便と大阪便をリクエストし続けて、ついにやっと!)とおっていました
・・・昨年末東京便のリクエストがとおって以来、今年初めて。
7ヶ月振りの日本路線乗務・・・今から楽しみです![]()
(その前にボネール便の乗務がありますが・・・こちらはなぜか最近よく乗務します・・・2月、4月、6月と、なんと2ヶ月毎に行ってます・・・もう日焼けしたくないのに~~~)