フライト日記 (Montreal)

 
フライト・セイフティーの試験勉強(←無事100点満点で合格しました♪)や、日本語補習授業校の保護者会役員の仕事(←今月は茶話会や保護者総会があるので準備が忙しいのです)や、引越しの片付け(←まだ終わってない・・・(^^ゞ)で、
更新がまたまた遅くなってしまいましたxxx
 
2009年8月
(YUL)
 
4月にトロント便とバンクーバー便が付いて、今度はモントリオール便・・・
今年はなんだかカナダ路線にご縁があります。
 
機種はMD11。
担当はエコノミークラスです。
 
以前にも説明したことがあったと思いますが、
MD11はエコノミークラスを6名のCAで担当するのですが、ギャレーが客室の最後部に1つしかなく、
6人が1つのギャレーで働きます。
 
客室には通路が2本。 そこにCAが3人ずつ、前・中・後部に分かれてサービスします。
 
後方部担当者(2名)は・・・まず、ギャレーでの全員分のトローリーの準備を担当し、前方部と中間部を担当する同僚達をキャビンに送り出してから客室後方よりサービススタート=ギャレーでの手際良い働き振りが要求されるポジション 
 
中間部担当者(2名)は・・・前方部担当者が担当エリアのサービスを終えたら、自分のエリアを引き継いでもらい、自分は後部担当者の残りのエリアを引き継ぎ、後部担当者が先にギャレーに戻ってトローリーの片付け&次のサービスの準備に取り掛かることができるよう配慮する(←6人が同時に戻るとギャレーが混雑してトローリーの片付けが大変なので)=臨機応変な対応を要するポジション
 
前方部担当者(2名)は・・・サービス開始ギャレーからエコノミークラス最前列まで、トローリーを延々と引っ張って行き、自分のエリアのサービスが終わったら、中間部担当者のエリアを引き継ぎ、最後部のギャレーに戻るまでの帰り道に同僚の担当エリアのお客様のおかわりの要求にお答えしながら戻る=体力と気力(?)を要するポジション(笑)
 
MD11のエコノミークラスのサービスがスムーズに運ぶか否かは、チームワークの良し悪しで決まると言っても過言ではありません。
今回は、私は中間部の担当。 
本当は前方部担当が好きなのですが・・・沢山歩くと痩せるので(笑)
 
オーバーブックで満々席のフライトでしたが、パーサーのクラリサが本当によくフォローしてくれた(=ギャレーからこちらの様子を伺い、ギャレーから何か必要な物があると、すぐに察して届けてくれた)お陰で&最高のチームワークで、気持ち良くサービスすることができました。
 
モントリオール到着後は、クルードリンク+夕食へ。
クルーホテルに到着して30分後にロビー集合(←オランダ人は支度が早い・・・)だと言うので、(そんなに早くシャワーを浴びられない私は)行き先を聞いて、後からレストランへ向かいました。
 
最後にモントリオールに来た時(少なくとも5年以上前)は、別のクルーホテルだったので、なんだか知らない街に来たようでした。
ホテルから3ブロック先のCrescent通りにある、Winnie’sというレストランが、どうやら彼らのお気に入りらしい・・・(←クルーホテル内に好みのバーがないと、彼らはどこかしらホテルの近くにお気に入りのバー/レストランを見つけて、行きつけの店にする習性があります)
のですが、通りに面したテラスには同僚達が見当たらない・・・( ̄_ ̄|||)
どうしようか悩んでいると、シニアパーサーのシリルが
「あんまり混んでたから、斜向かいのお店に変更したんだよ」
とわざわざ迎えに来てくれました。
斜向かいと言ってもかなり遠い・・・よく見つけられたなぁと感心。
お店の名前を忘れてしまいましたが、ホウレン草のサラダをいただきました。 とっても美味しかったです!が、とっても高かったですxxx
 
翌日は、同僚達とホテルで朝食後、楽譜を探して本屋とHMVへ。 結局楽譜は置いていませんでした。
つい、全然安くもないのに、HMVでDVDを買ってしまいました。
の5本。
『Sliding Doors』と『Chances Are』はお気に入りの映画の一つ。
『The Man in the Iron Mask』は三銃士の続きのお話しで、子供達に見せたいなぁと思って。
『Alfie』は大好きな歌と同じタイトルだったからつい。
『Shall We Dance?』はなんとなく。
お店の人に
「カナダのDVDを見られるプレーヤーを持っていますか?」
と聞かれて、
「アメリカと同じNTSCですよね? 大丈夫です」
と買ってきましたが、家で再生しようとしたら再生できない・・・( ̄□ ̄;)!!
リジョンコードというのを初めて知りました。 
確かにアメリカとカナダは一緒ですが、日本やオランダとは別なんですネ。 (←日本が、アメリカでなくヨーロッパと一緒のリジョンというのも意外でした)
PCのリジョンコードを変更して何とか見ることができましたが、これからはアメリカやカナダではDVDは買わないようにしないとxxx
 
帰りの便も満席。
夜のフライトだったので、サービスの合間にコックピットで星を観ました。 木星が相変わらずとってもきれいでした 星
 
今回、エバリュエーション(=人事評価=パーサーに仕事ぶりをチェックされる)だったのですが、
シニア・パーサーのシリルが、ものすごく高く評価してくれて、過去最高のレポートをいただきました。
これからも、がんばろう!と思いました。 シリル、ありがとう!!
 
次のフライトは、明日から・・・ラゴス便です 飛行機
 

ギリシャ料理『Gemista(イエミスタ)』の作り方

 

ギリシャへ行くといつも、伯母が私の為にイエミスタ(Gemista)を作ってくれるのですが、
今回、作るところを見学&お手伝いさせて頂きました。
( 写真はフォトアルバムをご覧下さい 写真 )
 
材料: 大き目のトマト 9個(うち1個は丸々すりおろしてピュレーにしておく)
     大き目のピーマン 9個
     大き目の茄子 4個
     大き目の玉ネギ 1個
     牛ひき肉 500gくらい?(ギリシャ語で質問できなかった・・・(^^ゞ)
     米(Trachanaという名前らしい・・・トルコのクスクスに似てる?) 
                          片手大盛り3杯分くらい?
     イタリアンパセリ(葉が縮れていないパセリ) 1株(細かく刻む)
     オリーブオイル 適量
     バター 適量
     水 適量
     塩・コショウ 適量
     砂糖 適量
 
(伯母さん、全く量らず全て目分量だったので分量が適当ですみません)
 
作り方: 
① 玉ネギをみじん切りにして、フライパンでしばらく水に浸しておく。
 
② ナイフ(=ヘタの部分を切る)とスプーン(=中身をくりぬく)を使って、
   トマト・ピーマン・茄子の容器を作り、オーブン用のトレイに並べる。
  (注: トマトとピーマンは、蓋の部分を切り取らないように注意して切り込みを入れます。)
  (注: 茄子の中身をくりぬく作業はかなりの力仕事です。)
 
③ くりぬいた中身で具を作る。 トマトとピーマン(種は除く)はおろし器ですりおろし、茄子はナイフで小さく刻む。
 
(伯母さんが作っているところをビデオに撮らせて頂きました↓)
(WMPの音楽をとめてから再生して下さいネ♪)
 
            
      
④ 玉ネギと水が入ったフライパンをそのまま火にかけ、煮たったら火を弱めてオリーブオイルを回し入れる。
  (注: 玉ネギは、炒めるのではなく、煮ます。 煮える前に水がなくなりそうな時は水を足します。)
      
⑤ 玉ネギが煮え、水気がなくなったら、ひき肉をちぎり加え、一緒に煮る/炒める。
      
⑥ お肉の赤みがなくなってきたら、③の具を加えて、塩コショウし、バターを一切れ入れ、よく混ぜる。
  (注: バターは、溶けやすいように、ちぎって入れます。)
      
⑦ バターが溶けたら、米を加え、よく混ぜながらしばらく煮る。
  (注: 米は、手で、撒くようにして入れます。)
      
⑧ パセリを加え混ぜ、砂糖を少々ふりかける。
      
⑨ ひき肉や野菜から出た水分がなくなるまでよく煮る。
      
⑩ フライパンを火から下ろし、オーブン用トレイに並べてあった野菜の容器の中に、具を詰める。
 
(動画は、玉ネギにお肉を加えるところから ↓ )
 
(どういう訳か、時々動画が落ちてしまうので、
動画が見られない場合は・・・http://www.youtube.com/watch?v=RogZK_aLPcA )
 
⑪ 空になったフライパンに少し水を入れ、一回しして、野菜の容器にかからないように注意しながら、オーブン用トレイに流し入れる。
 
⑫ すりおろしてあったトマト1個分のピュレーを、野菜の容器にかからないように注意しながら、オーブン用トレイに流し入れる。
 
⑬ 野菜の容器、それぞれの蓋の上にオリーブオイルrをかける。 蓋のない茄子だけは、具にかからないように、茄子の部分にだけかける。
 
⑭ 野菜の容器、それぞれの蓋の上にバターを少しずつのせる。 蓋のない茄子だけは、具の上でなく、茄子の部分にのせる。
 
⑮ 塩コショウして、オーブンへ
 
(動画が見られない場合は・・・http://www.youtube.com/watch?v=1l1hV9S6KJ0 )
 
古いオーブンだったので、オーブンの温度が何度だったのかわからないのですが、中温(180~200度くらい?)で1時間30分くらい焼くようです。
(注: 出来上がった時のオーブン用トレイが、最初のトレイと違っているのは、出来上がってすぐ、伯母さんが先にピーマン2個と茄子1個食べて、小さめのトレイに移したからデス・・・(^^ゞ)
    
ギリシャの家庭料理の一つであるイエミスタ。 
それぞれの家庭で少しずつレシピや作り方が違う(→ニンニクを入れたり、チーズをのせたり、オーブンでなく鍋でつくったり・・・)そうですが、私は、どこのレストランで食べたイエミスタよりも、伯母が作るイエミスタが一番美味しい!と思うので、この作り方をマスターしたいと思っています♪
 
追伸
ところで・・・イエミスタの英語の綴り、どうしてYemistaではなくGemista?・・・と思われた方、いらっしゃったでしょうか???
ギリシャ語のスペルが Γ(gamma/ガンマ)=Gから始まるのです。
ギリシャ語のG、ガンマは、単語の頭文字になっている時は、英語のYのような発音になり、
例えばGeorge(ジョージ)という名前はギリシャ語だとΓεοργο(ヨルゴ)と発音されます。
 

スロヴェニア~ギリシャの旅

7月初めのシンガポール便乗務の後、7月末まで子供達と一時帰国し、
一時帰国から戻った翌日から東京便乗務。
(→1ヶ月の間に70時間以上飛行機に乗っていた計算・・・ 飛行機 )
そして東京便から戻った翌日から、
今度は車でスロヴェニアへ向かいました。
運転手は元夫です。
今年の4月で、離婚して1年が経ったのですが・・・
「昔のこと、本当に後悔し、反省している。
 どうして君に暴力を振るったりしたのか、今ではわからない。
 もう二度と暴力は振るわないと約束する。
 本当に心から愛している。
 僕には君しかいない。
 これから、今まで辛い思いをさせた17年間を償うように努力する。
 君と一緒に年をとりたいんだ。
 結婚して欲しいとは言わない。
 でも、どうか僕とまたやり直して欲しい。」
と、まるで『ねるとん紅鯨団』(←古い?)の告白タイムのように、
ひざまづいて手を差し出されました。
「・・・離婚する前にそう言って欲しかった。
 もう暴力は振るわないという言葉を信じたいけれど、
 昔受けた心の傷はまだ癒えていなく、
 やっぱり怖い。
 ストレスでまた病気になるのも怖い。」
と、私がためらうと
「もしもまた暴力を振るったり、
 君がストレスで病気になるようなことがあったら、
 すぐに別れていいから。
 今まで傷付けて本当にごめん。」
本気だと感じました。
だから、
「一緒には暮らさない」
という条件で、OKしました。
実際、穏やかになりました。
フライト先でプレゼントを買ってくるようになりました。
(↑・・・あ、決して物に釣られている訳ではありません)
まだ、心のどこかで警戒はしているものの、
彼を信じられつつある自分がいます。
何人かの友人には報告したのですが、
ほぼ全員から反対されました。
暴力癖は治らないと。
でも、チャンスは与えたいと思うのです。
それで、今回、
(当初は、父の体のこともあったので、緊急時にはすぐ日本に戻れるように8月中はオランダで待機していようと思っていたのですが)
父の手術予定日の8月12日まで、
2年ぶりに一緒にギリシャ(←彼はギリシャ人とオランダ人のハーフなので、離婚前までは毎夏ギリシャへ行っていたのです)へ行くことにしたのです。
行きは車だと聞いたので、高校時代の友人Yちゃんがいるスロヴェニアを経由してもらうことにしました。
スロヴェニアでは、Yちゃんお勧めのブレッド湖(Bled湖)のある村のホテルに1泊。 家族4人で泊まれる大きな屋根裏部屋風のお部屋でした。
夕食はYちゃんお勧めの湖畔のレストランで。
デザートには(やっぱりYちゃんお勧めの)ブレッド名物のクリームケーキ ( kremna rezina あるいは kremšnita と呼ばれています) を頂きました。
翌朝は、朝食を頂いた後、手漕ぎの舟で、湖に浮かぶブレッド島に建つ教会マリア教会へ。
「この教会の鐘を鳴らすと願い事が叶う」
というYちゃん情報です。
家族4人、順番に願い事をしながら鐘を鳴らしました♪
湖の色がまるで翡翠のような神秘的なグリーンで印象的でした。
それからスロヴェニアの首都Ljubljanaへ。
Yちゃんと合流し、お勧めのレストランでランチをいただき(デザートのマンゴーケーキと苺ケーキがまた格別に美味しかったです!)、
その後、街を案内してもらいました。
詩人の恋のお話や街のシンボルのドラゴンのお話etc.も、とっても面白かったです。
最後にYちゃんお勧めのアイスクリーム屋さんで、これまたとっても美味しいアイスクリームをご馳走になりました。
Yちゃん、本当にありがとう!!
短い時間だったけれど、とっても楽しかったし、久し振りに会えてとっても嬉しかったです。
彼女は近々、ご主人のお仕事(→スロヴェニア大使をなさっていらっしゃいます)の関係でインドのニューデリーにお引越し・・・
デリー便が付いたら、今度はインドで会いましょうと約束しました。
スロヴェニアを後にして、クロアチアを通り、セルヴィアへ。
首都ベオグラードに1泊。
ホテルモスクワというホテルが(「ベオグラードに行くなら1泊はホテルモスクワに泊まれ」と言われる程・・・なんて聞いたことありませんがxxx)
有名らしいのですが、
元夫が
「20年くらい前にユーゴスラビア人(当時)の元カノと泊まったことがあるから・・・」
と気にするのと(私は全然気にならないのですが)(・・・でも気遣ってくれて嬉しかったです)、
有名なだけあってちょっとお高かったので、
ホテルモスクワのお向かいにあるホテルバルカンに泊まることにしました。
ホテルに荷物を置いてから、夜遅かった(午後10時くらい)のですが、みんなでちょっと街へ。
元カノが住んでいた街だけあって、元夫が街に詳しく、いろいろ案内してくれました。
ちょっとモスクワに感じが似てたかな・・・(と言っても、私がモスクワに行ったのは20年近く前の話なので、今は全然違うと思いますが)
翌朝早くにホテルをチェックアウトして、セルヴィアからマセドニア(←ギリシャの英雄アレキサンダー大王のマケドニア王国を誇りに思っているギリシャの人々は、ギリシャでない国がマセドニアと名乗っていることを良く思っていなく、彼らはマセドニアと呼ばずにスコッピェと呼んでいます)を経由してギリシャへ。
オランダ~ドイツ~オーストリア~スロヴェニア 約11時間
スロヴェニア~クロアチア~セルヴィア       約5時間
セルヴィア~マセドニア~ギリシャ          約7時間
(オランダ~スロヴェニアは、オランダ~日本の飛行時間とほぼ同じ!)
 トータル約23時間かかってギリシャに到着。
1992年から毎夏行っていたギリシャ。
去年は行かなかった(←離婚したばかりだったので同行しなかったのです)ので、
今年は2年ぶり。
ギリシャの親戚も友人達も(←彼らはギリシャ語しか話さないので、ほとんど会話はできないのですが)
再会をとても喜んでくれているのが(目を見れば)わかり、私も嬉しかったです。
特に伯母(亡くなった義理父のすぐ上のお姉さん)は、初めて会った時から私にとても気を掛けてくれていた人で、

目に涙を浮かべて抱きしめてくれ、感動しました・・・(>_<。。。
生前オランダで 「外国人同士だね♪」と言ってやっぱりとても優しくしてくれていたギリシャ人の義理父を思い出しました。

2年ぶりに美味しいギリシャ料理を沢山食べましたレストラン
(3年前にギリシャ料理を紹介するブログを書いてありますのでよかったら見てみて下さい→ http://fromholland-withlove.spaces.live.com/blog/cns!945B0BC82EE67D38!1622.entry )

離婚前と打って変わって、掃除、洗濯、料理、全部一緒に手伝ってくれた元夫。

こんなに平穏に楽しく過ごせたギリシャは初めてでした。
後ろ髪惹かれる思いでしたが、
父の手術日にはオランダに戻っていたかったので(←万が一の時、ギリシャからは日本への直行便がないので)、私だけ先にギリシャを後にしました。
子供達はあと10日間程パパと一緒にギリシャに滞在します。
追伸
お陰様で、父の手術は無事終了しました。
8月20日までは声を出してはいけないらしいので大変そうですが、
元気にしているとのこと。
心配して下さった皆様、ありがとうございました!
・・・お父様、話せなくて辛いと思うけれど、がんばってね!!

フライト日記 (Tokyo)

 
先月末、一時帰国から戻ってすぐの東京便のフライト日記です。
 
2009年7月
(NRT)
 
ようやくリクエストが通りました。
前々日に子供達と一時帰国から戻ってきたばかりでしたが、
それでも嬉しい日本路線です♪
 
機種はボーイング777-200型機。 (日本路線にはB777-300型機は就航していません)
担当はビジネスクラス。
大大大先輩のSさんが相棒です。
緊張しました。 
日本人乗務員だった頃は、日本人同士で同じギャレーになることはありませんでしたからね。
 
大先輩のサービスを間近で見ながらの乗務、いろいろ勉強させて頂きました。

乗務歴20年とはいえ、まだまだ学べることは沢山ありますから。
「自分もいつか先輩のようなプロの日本人乗務員になりたい・・・!」
と夢見ていた頃を思い出しました。
 
オランダベースでオランダ人乗務員としてしか会社に残ることができないことになり、
ベースを移してからは、路線毎に、その国の習慣に合わせて臨機応変に対応するというサービスをするようになって、
日本路線ならではのサービスの仕方を、やはりだんだんと忘れてきてしまっているのだなぁと思い知らされ、
「本当は、先輩方のように日本路線のプロになりたかった!
・・・(>_<。。。」
とちょっと悲しくなりました。
 
私が外資系のCAを希望していたのは、
外資系航空会社で、日本人CAとして、外国人の同僚と日本人のお客様の間の"橋"の役目がしたかったからです。
16年前、日本人乗務員としての4年の契約が終了した時、
他社に移ることもできました。 
他社に移っていたら、もしかしたら、今もまだ日本人乗務員として日本路線を専門に乗務できていたかもしれません。
でも・・・
辞められなかった。
この会社が、オランダ人の同僚達が、本当に好きだったから。
日本路線になかなか乗務できないのは本当に本当に残念だけれど、
こうして今もこの会社で乗務を続けられていることは本当に本当に嬉しいです。
 
20年前に入社した私の期から、日本人乗務員は契約社員となり、
契約終了後オランダにベースを移すというオプションもなくなってしまった今、
終身雇用の先輩方(←私の期の前の期までは、終身雇用の採用だったのです)以外の日本人の同僚達は
契約が終わると辞めていってしまいます・・・本当に悲しい(T_T)
 
航空業界もこれからいろいろ変動がありそうですが、
65歳の定年まで、この会社で乗務が続けられるように、体調管理をしっかりしながら頑張りたいと改めて思いました。
 
さて、成田でのステイは、カラオケをしなかった(←行き付けだったクルー・ラウンジが2月で閉店してしまった為)以外はいつもと同じ。
仮眠を取った後、ホテルで自転車をレンタルし、同僚達を引き連れて100円ショップへ。
2時間程で戻ってホテルのバーでクルードリンク。
夕食はホテルの近くの和食レストランで。
ここでは毎回、豚の生姜焼き定食と梅酒をいただきます♡
 
フライト先では時々、ジョークで青いカラーコンタクトレンズを入れることがあるのですが、
今回も入れてみたら、パーサーのマルクが
「色が制服にとても良く合うじゃないか! そうだ、明日の乗務の時も入れてみなさい!」
「・・・でも、パスポートの写真の目の色と異なったらいけないのでは?」
「何か言われたら取ればいいヨ。」
「・・・でも、先輩がご一緒だったらちょっと・・・」
「明日はみんなジュニアだから大丈夫。」
「・・・でも、機長に何か言われるかも・・・」
「制服の規則にも違反してないし、何か言われたら僕が責任を取るから、心配しないで。」
食後の別れ際に
「明日、ちゃんとコンタクト入れるんだぞー!」
と再度念を押されて、一晩悩み、
翌朝もcallingの後、悩みに悩んだ末、
今回初めて、乗務の時にカラーコンタクトをしてみました。
 
成田空港の地上職員の方々に何か言われるかしら・・・とドキドキしましたが、
(明るい場所でないとあまり色が出ないようで)どうやらお気付きにならなかったご様子?
 
帰りの便の機種はボーイング747-400型機。
満席。
担当はAゾーン(=1階のビジネスクラス)です。
ここは18名のお客様を一人で担当するので、相棒はなし。
 
ドアの前は暗くて見えなかったコンタクトレンズの青い色も、明るいキャビンではよく見えるようで、
度々お客様方から目を見つめられましたが、
もともと目の色が人それぞれのヨーロッパからのお客様方は、
「普通に青い目の日本人なんだ」
と思ったのか(?)、何も言われず。
日本人のお客様お一人だけ、
「とても綺麗な色の目ですねぇ! 魅力的ですよ!」
と度々褒めて下さいました。
 
OCRで休む時にはコンタクトを外さないと・・・と思っていたのですが、
サービスリマーク(←日本語訳、特に、離陸後最初に上映する機内サービス紹介ビデオの日本語字幕があまりにヘンテコなので)を書いたりしているうちに時間がなくなり、
結局、そのままアムステルダムに到着。
クルー用のパスポート・コントロールで何か言われるんじゃないかとビクビクしていたのに、
「おっ! 綺麗な目だね!」
と、ここでもまた褒められ、なんだかちょっと気が抜けました(笑)
 
カラーコンタクトを入れて乗務しても全く問題ないということがわかったフライトでした(笑)
でも、今回のようにパーサーからリクエストがない限り、やめておくつもりデス(笑)
 
次のフライトはモントリオール便(なんだか今年はカナダ便が多い?)。
その前日に、年に一度のフライト・セイフティーの試験があるので、来週は試験勉強に励みます!
 

フライト日記 (Singapore)

先月末、一時帰国から戻り、東京便の乗務を終えた翌日から、車でスロヴェニア~ギリシャへ行き、
昨日、飛行機でオランダに戻って来ました。
ギリシャの村にもいよいよインターネットが開通したと聞き、PCを持って行っていたのですが、
村に落雷があり、インターネット不通となってしまいました・・・
そんな訳で、すっかり遅くなってしまいましたが、これから
シンガポール便、東京便のフライト日記と
スロヴェニア~ギリシャ旅行記、
できるだけ急いで書き上げたいと思います!
2009年7月
(SIN)
久し振りのシンガポール便。
機種はボーイング777-200型機。
 
担当はビジネスクラス。 満席。 
相棒のカリン、笑顔が魅力的なのですが・・・仕事が荒いというか雑というか・・・(^^;
ビジネスクラスでは、ドリンクサービスやミールサービス時に、乗客リストを持参し、お客様をきちんとお名前でお呼びしてサービスすることになっているのですが、
(きちんと毎回そうしていると、到着する頃にはもう皆様のお名前を覚えてしまって、リストは不要になったりもしますが)
「面倒くさい」
と言って持っていかないカリン・・・(^^; 

なんだかやたらに彼女のエリアだけサービスが早いと思ったら、
紙ナプキンを差し上げていなかったり、お皿の下に受け皿を付けずにお出ししていたり・・・(^^; 

でも、話術に長けているのか、お客様からクレームが来るような様子もないので、
これが”彼女のサービス”なのでしょうネ(*⌒―⌒*)
シンガポールまでは飛行時間が12時間を越えるので、休憩時間があります。
各ギャレーに必ず1名はCAが残るように全体を2グループに分けて、順番にOCR(=Overhead Crew Rest)で休憩を取ります。
休憩に入る順番は、CAML(=CAの名前と担当ドア、担当エリア、担当ギャレーなどが記載されたシート)に、
AまたはBで表示されており(←Aグループが先に休憩に入ります=ファーストシフト)、同じギャレーのCA同士で交換することも可能です。
大抵の場合、行きの便で最初に休憩に入った人が、帰りの便では後に休憩に入るので、
遠くから通ってきている同僚の中には、帰りの便でのセカンドシフト(=後に休憩に入るグループ=Bグループ)を希望する人が多く、
その場合は大抵、行きの便で自らファーストシフトを取ります。
カリンも、本当はB(→行きの便がセカンドシフトで帰りの便がファーストシフト)でしたが、シンガポールから戻った当日、3歳の娘をピックアップしないといけないから・・・と、
帰りの便でのセカンドシフトを希望し、行きの便では最初に休憩に入りました。
カリンが休憩に入っている間に、到着前の朝食のサービスの準備をできる限りやっておくようにしました。
(彼女の仕事ぶりからして、彼女の準備してもらうのはちょっと不安・・・というのも正直ありました・・・苦笑)
お客様、それからコックピットのケア(←ビジネスクラス担当のCAは、コックピットクルーの飲み物や食事の用意もします)をしながら、
お客様がそれぞれ記入された朝食オーダーフォームを見ながら、朝食トレイを準備し、
朝食のホットミールの数を確認し、
朝食用のパンをコンテイナーからオーブンに移し(ミールの方は、ギリギリまで冷蔵庫に入れておいた方がよいので、休憩から戻ったカリンにお願いすることにして)、
別のギャレーに搭載されている、朝食用のアイオープナー(=ヤクルト、ヨーグルト・ドリンク、野菜や果物のビタミン・ドリンクetc.)を予めビジネスクラスのギャレーに移しておきました。
余った時間で、到着前にお配りするデルフト焼きのミニチュア・ハウスの準備もし、不要になったトローリーの入れ替えもして、
「ファーストシフトの休憩から戻ってきた時に、同僚がここまでやっておいてくれていたら、感激!」
と自分が思えるだけの準備を完了。
休憩を終えて戻ってきたカリンに、
「あとは、ホットミールをオーブンに入れて、新しいコーヒーを入れ、おしぼりを準備するだけヨ」
と伝えて、私も(普段は滅多に行かないのですが、今回は乗務から戻った翌日から子供達と一時帰国予定だったので久し振りに)OCRへ。
数時間後・・・休憩を終えてギャレーに戻ると・・・
朝食のサービスの準備(=ミールトローリーを出して、上にコーヒーカップやコーヒーポット、ジュース、ミルクなどをセットしたり、アイオープナーをトレイに並べたり、おしぼりを温めておいたりetc.)が全然できてない・・・( ̄_ ̄|||)
満席でなければ、エコノミークラスよりも少々遅れてサービスをスタートしても差し支えありませんが、この日は満席。
それに、単純な朝食サービスではなくアラカルトのサービスなので、コーンフレークやミューズりを召し上がるお客様には牛乳を注いで差し上げたりと、時間も余計にかかるし、
朝食のサービスの後にはデルフト焼きのミニチュア・ハウスをお配りしなければならないし(・・・カリンが休憩中に準備をしておいてよかった)、
シンガポールは到着前に、全てのアルコール飲料の数を(栓が開いているものと開いていないものと別々に)数えて、特別な用紙に記入するという面倒な作業もあるのに・・・
カリンはというと・・・
パーサーとお隣のギャレーの同僚に慰められながら、泣いてる…(T_T)
とにかく、とりあえずサービスの準備を始める私。
準備が整ったところで、カリンに
「どうしたの? 大丈夫?」
と声をかけてみたけれど、
「何でもない」
とだけ言って、お化粧室へ行ってしまった・・・
それで、その場にいたパーサーに
「私は彼女の相棒です。 チームワークが大切なこの仕事、相棒が泣いている訳を教えて下さい。」
と言ってみたところ
「・・・旦那さんから離婚を切り出されて、今、辛い毎日を送っているのですって。」
とのこと。
・・・思い切り公私混同( ̄_ ̄|||)
仕事に家庭を持ち込むなんて、日本ではあり得ませんが、こちらではよくある光景・・・
カリンを心配したパーサーや他のギャレーの同僚の助っ人を得て、なんとか時間通りサービスを終えることができましたが、
自分は同僚にこういう私的な迷惑をかけるようなことはしないようにしたい、と心から思いました。
シンガポールでは、客室の同僚達はほとんど皆お買い物に出かけてしまったので、私は残ったコックピットの同僚達と相棒のカリンとで
クルードリンクの後、お食事へ。
川沿いの、とってもロマンチックなレストランIndoChine。
シンガポール便がよく付くという副操縦士フーベルトのお勧めのレストラン。
さり気なく流れるボサノヴァやジャズのLive Musicを聴きながら、
多国籍料理風の凝ったお料理を頂きました。
ワインも美味しかったです!
夕食後は、(やはりフーベルトお勧めの)シンガポール名物Night Safariへ。
夜、開園している動物園です。
これが予想以上に面白かったです。
昼間の動物園では動いている姿を見ることができない夜行性の動物達を、間近で見ることができます。
オオコウモリ(←本当に大きい)がミニバナナを食べるところとか・・・
それからムササビがよかった!
意外と大きくて、一見アライグマのようなのですが、木々を伝って高いところに登っては、見学している人間達の頭スレスレのところを、
ビューーーーン!!!
と飛んでいきます。 非常にスリリングでした。
フェレットのようなの(暗くて良く見えなかったxxx)の赤ちゃんが2匹でジャレ合ってる姿も可愛かった♡
ここはいつか子供達を連れて来たいです。
副操縦士のフーベルトがまたとっても紳士で優しくて、
シンガポールへ来るのは今回が初めてだという後輩、セカンド・オフィサーのヨルンの面倒を本当に良く見ていて、感心しました。
彼がゲイでなかったら恋をしてしまいそうでした(笑)
KLM フーベルト&ヨルンと
(左がヨルン、右がフーベルト)
2日目の夜は、夕食後、(これまたフーベルトお勧めの)、InsomniaというBar/ClubでLive Musicを楽しんだのですが、2組目のバンドに見覚えが・・・
2006年の2月(←ブログを遡って確認)、香港のWan Chai(灣仔)にある”Dusk till Dawn“というBar/Club(←Insomniaと同系列のBar/Clubらしい)で演奏していたバンドでした!!
(普段クラシックしか聴かない私でさえ感動するくらい)ものすごく上手な演奏だったので、とても印象に残っていたのです。
とっさに近くにあった紙ナプキンで薔薇の花を作ってボーカルの人に差し上げたら(←我ながら思い切った行動でしたがxxx)ちゃんと受け取って下さって、耳にかけて歌って下さってました。
バンドの演奏が終わって、お化粧室に行った帰り、丁度そのバンドのメンバーの方々が立ち話をされていたので、(思い切りついでに)話しかけてみました。
 
皆さんとっても気さくな方々で、香港がベースの方々らしいのですが、バンドのメンバーの方々の名前やら、メールアドレスやら携帯電話の番号やら書いて下さいました。
バンド名は、charcoal。 日本で演奏したこともあるとか。
「hk charcoal band」で検索すると、YouTubeに動画も載ってました。
ご親切にも打ち上げパーティーにまで誘って下さったのですが、他の同僚達も一緒でしたし、遠慮しておきました。
いつかまたどこかで彼らの演奏を聴く機会があることを願っています♪
今回いろいろお勧めの場所に連れて行ってくれたフーベルトが、10月にヨルンと二人で一緒に東京便をリクエストするかもしれないとのこと。
私が丁度秋休みで一時帰国中だったら、お礼に東京を案内してあげようと思っています (*^-^*)

父の忘れ物

 
只今、一時帰国中です 飛行機
 
実家の引越し後、初めての一時帰国・・・なんだか知らない家に来たみたいで、変な感じです。
でも、日本のマンションの充実したセキュリティーシステム、超使い勝手の良いシステムキッチン、ドアを開けると自動的に蓋が開く(上、使用後も自動的に流れて、しかも水に洗剤が混ぜてあって流す度に掃除までしてくれる!)トイレetc.etc.に、感動しきり。
最寄駅(綾瀬のままです)までは徒歩8分・・・前より駅は近くなりました。
 
前の家は、まだ改装工事が入っていないとのこと。
不動産屋さんにお願いして、父の忘れ物を取りに行って来ました。
一緒に行った母は
「もう自分の家ではないみたい」
と言っていましたが、私には今でもやっぱりこっちの方が自分の家という感じです。
 
で、父の忘れ物ですが・・・
寝室の柱に毎年付けていた、孫達の身長の印。
これをメモってきて欲しいとのこと。
マンションの柱に印を付け直したいんですって。
ちゃんと残っていました。 メジャーで測って、メモってきました。
 
今回の日本滞在、あまり予定を入れていません。
父に喉頭癌が見付かって、来月手術をすることになったので、なるべく沢山孫達と一緒に過ごしてもらえたら・・・と思って。
 
両親と子供達は昨日から館山の別荘に行っています。
私は昨日、ピアノ連弾のオフ会があった為、一日遅れて今日、これから館山に向かいます。
 
冷蔵庫を開けたら、ヤクルトが一つだけ残されていて、
「ママに Yakult ヤクルト まりあより」
というハート型の手紙が・・・
テーブルの上にも
「ママヘ 朝ごはん パンでーす。 マリアより」
という(同じく)ハート型の手紙と一緒に、マリアの大好物のパン(十勝バタースティック)が・・・
優しい子に育ってくれて・・・(感涙)
 
シンガポール便のフライト日記は、館山から戻ったら書く予定です。
 
 
 

フライト日記 (Mexico)

2009年
(MEX)
 
久し振りのメキシコ便。
最後に乗務したのがいつだったかは例によって思い出せずxxx
(会社から毎月配布される乗務記録シートは、20年前のファーストフライトからずっとファイルしてあるので、それを見ればいつだったかわかるのですが、なかなか時間がなくて・・・(^^ゞ)
 
行きは乗客として搭乗するデッドヘッド(Dead Heading/Deadhead Crew)。
私服で行ってもよかったのですが、メキシコ入国時に制服でないといけないことになっているので、機内で着替えるのが面倒で、最初から制服で出社しました。
 
最初は私一人だけがデッドヘッドなのかと思ったら、前回のアクラ便の帰りにオフィスで確認したところ、デッドヘッドは4人いるとのこと。
じゃあ、行きと帰りで機種が異なる為の追加要員なのかな・・・
と思っていたのですが、結局ボーイング747-400型機コンビ(=機体の後部が貨物室になっている飛行機)のキャビン・クルー全員(=9名)がデッドヘッドでした。
全員がデッドヘッドということで、パーサーの意向で私達もブリーフィングをすることに。
 
制服と私服が混ざった珍しいブリーフィング。
最初に、キャビン・クルー全員がデッドヘッドでメキシコに送られる理由が説明されました。
『新型インフルエンザ』(→オランダでは『メキシコのインフルエンザ』と呼ばれています)の流行により、
2泊4日だったメキシコ便のスケジュールが1泊3日に変更されていたのですが、
安全宣言に伴い、丁度その日出発の便から、スケジュールが元の2泊4日に戻ることになり、
つまり、その日乗務をしてメキシコに到着したクルーは2泊することになった訳です。
しかしながら、メキシコ便はデイリーですので、その翌日にもメキシコに到着して折り返しオランダに戻る便がある訳で、
その便に乗務するキャビン・クルーが必要となる為、私達がデッドヘッドでメキシコに送られ、メキシコに1泊だけして翌日の便に乗務して戻ることになった・・・
のだそうです。
 
ブリーフィングの後は、私服の同僚達は一般の乗客と同じルートでゲートへ向かい、私を含めて制服を着ていた同僚達は、乗務の時と同じルートでゲートへ。
ボーディングは始まっていませんでしたが、制服着用の私達は、乗務する同僚達と一緒に先に機内へ・・・制服の上着だけ脱いで、私服のジャケットを羽織り、着席。
全員ビジネスクラス(→2階席の後方)です。
 
乗務でない時の楽しみは、機内食(←乗務の時も楽しみですが・・・(^^ゞ)。
6月からメニューがまた新しくなりました。 
今度は、Jeunes Restauranteurs d’Europeの一つでもあるオランダのレストランDe Beukenhofと提携したメニューです。
南アフリカメニューも非常に美味しかったですが、こちらもまた面白いメニュー。
マグロにわさびソースという和風の前菜の後、主菜にはタイカレーを選びました。
デザートはマンゴーのムース・・・どれも、と~っても美味しかったです指でOK
 
食後は休もうと思っていたのですが、ついついまた機内映画を観てしまいました。
今回観たのは、
『He’s Just Not That Into You』・・・なかなか良かったです。
『Body of Lies』・・・う~ん・・・俳優は良かったけれど、内容は・・・あんまり好みではなかったです。
『Taken』・・・スリル満点でした・・・娘がいる人は尚更、心臓ドキドキだと思います・・・マリアが中学生になったら一緒に見て話し合いたいと思いました。
そして
『愛を読むひと』・・・到着間近となってパーソナルビデオシステムが終了してしまい、後半30分くらい観られませんでしたxxx 主人公の少年がミハーリと同世代なもので、なんとも・・・(^^ゞ
でも、後半がとても良いとの評判なので、次回続きを観たいと思っています。
 
メキシコ到着前に、「デッドヘッドクルー全員、目を通すように」と会社からパーサーに渡された一枚の手紙が回ってきました。
『新型インフルエンザ』に関する注意事項です。
「オランダ帰国後、4~7日以内に、咳が出たり、37.5度以上の熱が出た場合は、直ちにホームドクターに行くこと。」
オランダ人の平熱は37度ですから、37.5度といったら、本当にほんのちょっとでも体温が上がったら、ホームドクターに行かないといけないことになります。
頭にインプット。
 
下降体制に入り、シートベルト着用のサインが付く頃には、デッドヘッドクルーも全員制服姿に。
到着後、飛行機を降りる時に、(いつの間にかビジネスクラス後方を占領した)制服姿の私達9名を見て、ビジネスクラスお客様がビックリされていました(笑)
 
クルーホテルは、シェラトンホテル。 20年前からクルーホテルが変わっていないのは、恐らくここメキシコだけではないかしら・・・
でも、宿泊する棟が変わっていました。 
お部屋に入った途端、バスルームから、お隣りさんがお手洗いを使っている(ぷぅ~~~っ!というあせあせ(飛び散る汗))音が・・・
バスルーム同士の音が聞こえやすいのは、まぁ、よくあることなので、自分も注意せねばと肝に銘じました ウッシッシ
 
ところが、お隣りさんの音が聞こえやすいのは、バスルームだけではなかったのです がまん顔
夕食後(→ちなみに夕食はホテルの近くのレストランでいただいたのですが、これまたとっても美味しかったです。 ライブのメキシコ音楽もすごく良かった♪)、
いざ寝ようと思ったら、お隣りさん、咳が酷くて・・・
本当に一晩中、頻繁にむせ返るほど酷い咳で・・・聞いているこちらまで息苦しくなって眠れず ( ̄_ ̄|||)
お隣りさんが『新型インフルエンザ』だった場合、感染の危険はあるのだろうか・・・げっそり
とか、いろいろ考えているうちに朝になり、
「これからチェックアウトに降ります」
という声が聞こえてきて(←電話の声もつつぬけ (;-_-;))、
間もなくお隣のドアの音がしたので、ついついドアの覗き穴から見てしまいました。
黒いスーツケースをひいたスーツ姿の男性の後姿が見えました。
 
15分くらい後に朝食に降りたのですが、やはり気になって、フロントに立ち寄って
「xxx号室の者ですが、15分くらい前にお隣りのxxx号室の方がチェックアウトされたと思うのですが、
(フロントの人がコンピューターで確認して頷く)
 昨晩、一晩中、激しく咳き込んでいらっしゃいました。 
 単にお風邪を召していらっしゃっただけなのかもしれませんが、
 万が一『新型インフルエンザ』に感染されていらした場合に備えて、
 お掃除に入られるハウスキーピングの方の為にも、
 その旨お伝えしておいた方がよいかと思い、
 こちらに報告させていただきました。」
と伝えてからレストランへ。
 
どこのクルーホテルにも、"KLMクルーが集うテーブル"のようなのがあって、そこにジョイン。
お互いに
「良く眠れた?」
と聞くのが挨拶代わりです。
お隣りの宿泊客の『新型インフルエンザ』疑惑の話をすると、
同僚達 「え~げっそり 何階??」
私    「8階」
同僚達 「よかったー、違う階だ・・・ε-(^。^;)ホッ」
私    「隣りは危険かしら・・・げっそり」
同僚達 「・・・」
 
新鮮な果物がズラリと並んだビュッフェ式の朝食。
パパイヤが美味しかったです。
サボテンジュースはイマイチ・・・
メキシコ風の朝食メニューはどれもスパイシーで美味しかったです。
 
食事の後は、同僚達と近くのマーケットへ。
オランダに戻った日に、日本語補習校で仲良くさせていただいていたご一家のお別れ会(←赴任の任期が終わって日本に本帰国されるのです)があるので、
そのご一家と、お別れ会に出席される方々に、何かお土産を・・・と思って、一緒に行ってみました。
これも『新型インフルエンザ』の影響でしょうか、いつも観光客で賑わっていた100軒以上のお店が入った広~いマーケットも、今回はガラガラ・・・恐らく客は私達しかいませんでした。
お別れ会用のお土産に、素敵な焼き物のお皿を購入。 
 
ホテルに戻り、昼食(またメキシコ料理)を頂いてから、いつものようにCallingまで仮眠を・・・
取りたかったのですが、今回は本当にアンラッキーで・・・(T_T)
寝ようとしたらどこかから、
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
と、壁を金槌か何かで叩いているような音が・・・
しばらくしたら収まるかも・・・という期待は見事に破られ、30分経っても騒音は続き・・・
思い余ってフロントに電話。
「今晩、夜間の乗務なので、Callingまで仮眠を取りたいのですが、どこかでどなたかが壁を強く叩いているようで、眠れません。
 なんとかしていただけないでしょうか?」
とお願いすると、しばらくして音は止み、ホッとしてウトウトしてきたころに・・・(-_ ゞゴシゴシ
今度は
ガチャンッ!!
という(ドアが開いてチェーンキーが掛けてあった為に激しい音を立ててドアが止まった)音が・・・ふらふら
ハウスキーピングが間違って入ってこようとしたのか、なんだかわかりませんが、
とにかく(丁度ウトウトしてきていたところだったこともあって)心臓が飛び出るほどビックリして、それ以降もう眠れませんでしたxxx
 
出発前にロビーで集合し、シニアパーサーに
「前夜も、そしてCalling前も眠れず、睡眠が不足しているのを感じる。 
 乗務できない訳ではないが、いつものフライト前と比べると、体調は思わしくない。」
と正直に伝えました。
 
私の隣りの部屋だった(←『新型インフルエンザ』疑惑の宿泊客とは反対側のお隣りウインク)ジュニアパーサーのマルゴーが
「あなたの隣りの部屋の騒音、あれは、新しい風呂桶の設置工事よ! 
 私が部屋に戻った時、新しい風呂桶が運び込まれたのを見たわ!
 幸い私の部屋では、眠れない程の騒音ではなかったけれど、すぐお隣のあなたの部屋は煩かったでしょう・・・
 クルーホテルとして指定されているホテルなのだから、
 Calling前にあんな騒音を立ててはいけないことはわかっているはず。
 それに、ドアには『Don’t Disturb』カードを掛けていたのでしょう?
 なのにハウスキーピングが入ってこようとした、というのもおかしい。
 フロントに文句をきちんと言っておいた方がいいわ!」
と一緒にフロントまで文句を言いに行ってくれました。 
 
寝不足には強い私ですが、このところ(自分の引越しや実家の引越しで)忙しい日が続いていた上、
現地に1泊しかしないスケジュールで、唯一の夜にきちんと睡眠が取れず、しかもCalling前の仮眠も取れていないとなると、
やはり流石にキツイですふらふら
乗務には、いつでもベスト・コンディションで臨めるよう努めていましたから、予定外の睡眠不足は本当に無念でした。
が、頑張って気持ちを盛り上げて、飛行機へ。
 
お客様が乗っていらっしゃると、自然と笑顔になって、その笑顔からエネルギーが体内に広がるかのように自然と元気になっていくのは本当に不思議です。
相棒のイヴォンヌも、とてもリラックスした、非常にチームワークを組みやすい同僚だったので、助かりました。
本当に同僚に恵まれた職場だとつくづく思いました。
 
次のフライトは・・・明日からシンガポールです 飛行機
 
追伸 アムステルダムに戻ってから4~7日間後、熱も咳も大丈夫でした指でOK 
 

フライト日記 (Accra)

2009年6月
(ACC)
 
約2年ぶりのアクラ。
最近はいつどこにフライトしたか全然思い出せないことが多いのですが、
2年前のアクラ便はよく覚えているのです。
 
2007年の8月、2連続でついたアクラ便。
当時のアクラのクルーホテルは、ピアノラウンジ(バー)があって朝から夜中までいつでも好きな時にピアノを弾いてよかったという、本当にありがたいクルーホテル。
その年は9月と10月に会社のパーティーがあり、私達はそれぞれ会社に願い事をしてよいことになっていたのですが、私のピアノを聴いていた同僚達が、
「会社のパーティーでピアノを弾いたら?」
と勧めるので
「普段は連弾のレッスンをとっているから、本当は連弾の方が好きなのヨ」
と言うと
「だったら、wibiと連弾したら?」
・・・と、『オランダの有名なピアニストWibi Soerjadiとの連弾』を願い事として、同僚達が私と一緒に応募してくれた結果、それが実現♪
そんな訳で、前回がいつだったか珍しく覚えているのデス。
 
昔は(ピアノがいつでも弾けたので)特別楽しみだったアクラ便ですが、クルーホテルが変わったと聞き、新しいホテルにもピアノがあることを祈りつつ空港へ・・・
 
機種はボーイング777-200型機。
担当はエコノミークラス。 
 
今回初めて最後方のギャレーにアサインされました。 
通常はEenbander(=制服の袖に白線が1本付いたCA=ビジネスクラスのサービス・トレーニングをまだ受けていないCA)がアサインされるギャレーなのですが、
今回は、Tweebander(=制服の袖に白線が2本付いたCA=ビジネスクラスのサービス・トレーニングを既に受けたCA)の人数が多かった為です。
通常、シニア・パーサー(=制服の袖に白線が4本)1名、(アシスタント)パーサー(=パーサーはシニア・パーサー同様に白線4本、アシスタント・パーサーは3本)1名、Tweebander3名、Eenbander5名で乗務することになっているボーイング777-200。 
今回は、シニア・パーサーが2名、Tweebanderが6名、Eenbanderが2名だったのです。
 
Tweebanderの6名は全員同世代で乗務年数も皆20年以上のベテランでした。
唯一、一回りほど若いEenbanderの2人と一緒のギャレーになった私・・・ちょっと若返った気分でした(笑)
 
やはり若人はサービスのテンポも速い! (Eenbanderはヨーロッパ路線での短時間でのサービスに慣れているからかしら・・・)(←Tweebanderになるとボーイング737の乗務がなくなる為、ヨーロッパ路線はほとんど乗務しなくなるのです)
一緒になってテキパキ動いて大変良い運動になりました(→2kgやせました)。
空いたグラスなどの回収で、後ろのエリアが終わってそのまま前のエリアまで手伝い、前のギャレーまで行くと
Tweebanderの3人が(←ボーイング777-200のエコノミークラスのギャレーにはCAが3名ずつアサインされます)
「あなた達、早いわねぇ!! やっぱり若いからかしら!!」
と言うので、私が
「まぁ、ありがとう! 若いだなんて嬉しいわウインク」
と笑うと
「もちろん、あなたを除いてねウッシッシ」
毎回違うメンバーなのに、こうやって毎回楽しく仕事ができるのは、本当にありがたいことです。
 
今回、アクラにお住まいの日本人客が1名、乗っていらっしゃいました。
それから、アクラからアムステルダム経由でヒューストンへ行こうとして、ヒューストンで入国を拒否され、再びアムステルダム経由で強制送還されることになった妊婦(ガーナ人)が乗っていらっしゃいました。 アメリカで出産して、子供にアメリカ国籍を与えたかったのでしょうか・・・
 
アクラ便は、機内販売時に、偽物のクレジットカードが使われることが全路線中で最も多い路線だそうで、ブリーフィング中にパーサーから注意がありました。
機内販売中、誰か100ドル(米ドル)札をくずせないかとパーサーに聞かれ、たまたま持っていたので両替しましたが・・・この100ドル札も偽札だったりしてたらーっ(汗)
 
また、ワインやビールも、瓶の蓋をきちんと開けたり、缶をきちんと開けてからお出しするようにしないと、どんどん"お持ち帰り用"にストックしてしまうとか・・・(^^ゞ
到着前も盗難防止の為、ギャレー内のトローリーとコンテイナーのほぼ全てをロックパスワード
(・・・したにもかかわらず、帰りの便では、結局ロックが開けられ、ウィスキーやリキュール、ワインなどが大量に盗まれていました・・・(;-_-;)→もちろん通報)
 

アクラに到着したのは現地時間の午後10時過ぎ。

空港が改築されて(日本や欧米の空港には及びませんが)見違えるようにきれいになっているのに驚きました。
クルーホテルも築1年の新しいホテル。 清潔な感じはとてもいいのですが・・・
 
バスルームにシャワーカーテンがない?! バスルームが広々として見えて、開放的ではありますが、シャワーを浴びる度にバスルームは水浸したらーっ(汗)
トイレットペーパー・ホルダーがきちんと固定されていなく、使用する度にホルダーごと落ちるたらーっ(汗) ・・・諦めてトイレットペーパーは汚物入れの上に置くことに。
(携帯電話の充電によく使う→)シェービング用のコンセントが横向きについてる・・・シェービング用のコンセントは目印に人の顔を模ったマークが描かれているのですが、それが横になっていてなんだかお茶目な感じでした・・・(^_^;)
 
翌日は、朝食後、Tweebander仲間と、ホテルのバスでビーチに行ったのですが・・・
以前ビーチに行ったことがあると言っていたパーサー2人とEenbanderの2人が同行しなかった訳がわかりました・・・
ホテルの人は「バスで20分くらい」だと言っていたけれど実際は30分以上かかり、
ビーチレストランでは、極小ホットサンド1コが6USドル近くし、
バスの運転手と、ピックアップ時間を15時と約束してあったのに30分以上遅れ・・・
ホテルからビーチまでの車窓は楽しめました(←街の中も近代的なビルがどんどん建てられていて驚きました)が、私も次回はビーチはパスしようと思いますxxx
 
ビーチから戻ってから、いつものように、Callingまで2時間程仮眠を取ろうと思っていたのですが・・・
外からプールの水をポンプで汲み上げる音、車の音、定期的にホテルの真上を通過する飛行機の音が煩くて、ほとんど眠れませんでした・・・(–;)
他の同僚達も然り。
空港へ向かうバスの中で、パーサーから
「クルーホテルには適さないホテルだと思われるので、各々会社に苦情を書くように」
と話がありました。
 
飛行機に乗り込んでセキュリティー・チェックをしていると、パーサーから
「今日到着したクルーから、新しいクルーホテルに泊まることになったらしい」
とのアナウンスが・・・
一日違いで・・・(T_T) 別のホテルに滞在できるとは羨ましい・・・(-_-|||) でも、変更になってよかった・・・ε-(-_-;)ホッ しかし、どんなホテルに変更になったのだろう・・・
 
帰りの便では離陸時にコックピットに座らせていただきました。
離陸して間もなく、遠くに稲光が見え始めました・・・夜のフライトで見る雷雲はとても幻想的です。
間もなくザァーッ!と雨とも雪とも見分けがつかないようなものが降ってきて、
コックピットのライトに照らされながら、窓に当たっては星のように後ろに流れていく光景が、またとても幻想的でした。
そのうちに、コックピットの窓枠から、
チリチリッぴかぴか(新しい) チリチリッぴかぴか(新しい)
と、線香花火のようなものが出始めたかと思ったら、
バッむかっ(怒り)バッむかっ(怒り)
とまるで珊瑚のような稲妻が、コックピットの窓に沿って現れるように・・・
これは初めて見ました。
「勢いよく雨や雪が降っていると、よく起こる現象だよ」
と笑いながらも、心持ち口数が少なくなった操縦士達を見てちょっとドキドキしましたが(笑)
とても珍しいものを見ることができてよかったです♪
 
次のフライトはメキシコ便 飛行機
行きは デッドヘッド(Deadheading / Deadhead Crew=乗客として搭乗するクルー)で、帰りの便のみ乗務します。
子供達がしきりに
「新型インフルエンザは大丈夫・・・?」
と心配していますが、危険な場所へのフライトは会社がちゃんとキャンセルするはずなので、フライトがある、ということは大丈夫なはずデス (*^-^*) 
 

フライト日記 (Delhi)

 
デリーへのフライトの翌日から実家の引越しの手伝いの為帰国。
毎日平均2時間睡眠(うち2日間は徹夜)で朝から晩まで荷作り。
オランダに戻ってすぐ補習校の運動会の準備、翌日早朝から運動会。
その翌日は早朝からアムステルダムで日本語講師。
その翌日早朝歯医者へ行ってそのままアクラへのフライトに出て、
戻った当日から仮眠を取った後に午後はピアノのレッスン、夜は日本語レッスンのアルバイト。
(↑ 通常はフライトから戻った日には予定を入れないのですが、"荷作り帰国"でキャンセルしてしまった分の振り替え授業デス)
今日はようやく久し振りに、何も予定のない一日・・・ε-(^。^;)ホッ
 
遅ればせながらデリー便のフライト日記を思い出しながら書こうと思います。
 

2009年5月
(DEL)
 
機種はボーイング777-200型機。
担当はエコノミークラス。 エコノミークラス前方のギャレーに同じくTweebander(=制服の袖に白線が2本ある=ビジネスクラスのサービス・トレーニングを受けたCA)のディネケとダニエルと3人で入りました。
 
今回日本から戻ってきた時も、出発ロビーも免税店も(免税店の品揃えさえも)閑散とした成田空港に驚いたのですが、
スキポール空港も同様。
デリー便も行きの便は100席空いていました。
・・・お陰で私達はのんびりサービスできましたが、やはりちょっと不安を感じてしまうのが正直なところです。
 
飛行機が空いていると、お客様もリラックスできるので、サービスし易かったです。
が、アルカイダのメンバーであることが発覚してアフガニスタンに強制送還されることになったという男性客がお一人、空港警察官と共に乗っていたので、
いつもと違った緊張感もありました(汗)
 
アメリカなどからお乗り継ぎのお客様はアムステルダムでお乗りになられた時から既にもうお疲れのご様子で、ミールサービス時にはぐっすり・・・(-_-)zzz という方も多く、
ミールトレイが沢山余ったので、しっかり味見 (*^-^*)
日本路線のミール・チョイスに和食があるように、インド路線のミール・チョイスにはインド料理があって、これがまたとっても美味しい♡
エコノミークラスのお料理も、ビジネスクラスのお料理も、どちらもとっても美味しくて幸せでした (*^-^*)
 
休憩時間中(例の如くOCR=Overhead Crew Rest=天井裏にあるクルーの休憩室へは行かず)パーサーのジャクリーンといろいろ話しているうちに、
20年前の入社後のトレーニングの時の教官の一人だったことがわかり、当時の話に花が咲きました♪
 
デリー到着後、見違えるようにすっかり整備された空港にびっくり。
1年前に来た時は、人人人!で大変なことになっていたのに。
 
クルーホテルも超豪華なホテルに変わっていました。
お部屋も綺麗でしたが、何より、クルールーム(=クルーが集って飲んだり軽食を取ったり、コンピューターを利用したりする部屋)のあまりのゴージャスさに、
写真撮りまくってしまいました 写真
 
翌日は朝食で早速お目当てのドーサを頂き大満足。 
(→朝からカレーです・・・(^^ゞ)
 
その後、ビジネスクラス担当だった同僚のエスターと一緒に、タクシーで街中のカーテン屋さんへ。
アパートの窓に合いそうなレースのカーテンがあったので購入♪
ドルでの支払いも可能なお店も多いと聞いていたのでそのつもりでいたら、ルピーでないと支払えないというので、買うのは諦めようかと思ったのですが、
「お店の向かい側に銀行があるからそこで両替すればいい」
と店員さんに言われて外に出ると、
(気温35度を越えていて熱い晴れ)
確かにお向かいに銀行が見えるけれど、間には車がビュンビュン走っている3車線ずつくらいの大きな道路が2本・・・とても反対側になど渡れません。
というか、見渡したところ、人間が横断できるような場所は近くにはなさそう・・・
やっぱり諦めるか・・・
と思ったら、
「オートバイで送って行くから大丈夫」
と駐車場へ連れて行かれ・・・
ヘルメットもなさそうだし、私は膝丈のスカートにサンダル・・・こんなんでオートバイになんか乗っていいのか・・・?
転倒でもしたら・・・げっそり
これは神様がカーテンは諦めろと言っているのかも・・・
と、いろいろ考えているうちにNoと言えぬまま、(←乗務の後はどうしも疲れが残っていて判断力が鈍る気がする イヤミ)
「平気、平気、インドでは誰もヘルメット被らないから ウインク]
実際、確かに誰もヘルメット被ってませんでしたが・・・(^^;)
(でもターバンは巻いてました・・・笑)
言われるがままにオートバイの後ろに座って出発。
車線など無いに等しい超危険なインドの道路で、ヘルメットもせず、膝丈スカートにサンダルでオートバイに乗って、事故にでもあったら・・・げっそり
 
手に汗握りながらも、無事に銀行に連れて行ってもらい、無事にお店に戻り、無事にカーテンを買うことができましたが、
「こういうことは絶対にやってはいけない」
という悪い例・・・反省xxx
事故に遭わずに済んだことを、神に感謝するばかりです。
 
ホテルに戻ってエスターとランチ。 
今度は魚のカレー♡
これまたとっても美味しかった♪
 
帰りの便は一転して満席。
行きの便でも感じたのですが、ドリンク・サービスで、一人でいくつも注文する(「コーラとジュースと水」とか「トマトジュースと水とビール」とか)お客様と、順番を待てないお客様が多い・・・
アメリカ路線で、一人でいくつもドリンクを注文するお客様が多いのは有名でしたが、いつからインド路線もそうなったのか・・・?
大忙しのフライトでした あせあせ(飛び散る汗)
 
アムステルダム到着が早朝だったので、飛行中に夜が明けてきて、空がそれはそれは本当に美しかったです。
着陸時には("本日のベストCA賞"ということで)コックピットに♪
 
今回も優しい同僚達と楽しく仕事ができました(感謝)
 

荷作り帰国

 
昨日無事デリーへの乗務から戻りました。
今日の便で帰国する為、これからまたスキポール空港へ向かいます。
 
実家の引越し・・・ゴールデンウィーク中に終わらなかった荷作りの続きをします。
6月1日に集荷予定なので、3日間で荷作りを終えないと・・・終わるだろうか・・・(^^ゞ
 
処分しないといけないものも沢山出てくると思いますので、
6月2日にお時間のある方、よかったら見に来てみて下さい。
 
6月3日の便でオランダに戻ります。
デリー便のフライト日記は、オランダに戻ってからになると思います。
6月6日に補習校の運動会があり(=保護者会役員の仕事があり)、7日は日本語講師の仕事があるので、
もしかしたら、8日からのアクラへの乗務の前には書き終わらないかもしれません。
もうしばらくお待ち下さいネ。