フライト日記 (Tokyo)

2006年9月
(NRT)
 
昨年末に乗務して以来の東京便。
毎月毎月リクエストしていますが、だいたい年に1~2回しか通りません。
日本路線はオランダ人クルーからも人気の路線なのです・・・
 
朝はいつもどおり起きて子供達を学校へ送り出し(・・・乗務の時だけでも、夫に代わってもらえると非常に助かるのですが・・・オランダ人のご主人を持つ同僚達は、乗務の時だけでなく普段から、ご主人が家事を手伝って下さるんだそうデス・・・我が家のギリシャ系オランダ人の夫は「家事が手抜きになるなら仕事は辞めろ」と申しますので・・・頑張らねば!!)、支度をして、電車でスキポール空港へ。
 
リポーティングをして、スーツケースを預けに行きます。 入り口の所に管理官がいて、フライト・ナンバーと名前を告げ、IDカードを提示します。 
「OXOXOXOX!」
急に管理官が意味不明な言葉をおっしゃるので、
「それは何語ですか?」
と聞くと、
「日本語!」
とニッコリ
もう一度繰り返していただきましたが、どんなに大目に見ても日本語ではないので
「・・・中国語では・・・?」
と申し上げると、
「えぇつ?!  ・・・誰かを送り出す時、日本語では何と?」
と聞くので、
「いってらっしゃい!」
と紙に書いて差し上げました。
何度か練習して、かなり上手に発音できるようになったので、
「"いってらっしゃい!"に対して、日本人乗務員は"いってきます!"と返答すると思いますよ。」
と教えたら混乱してしまった様で、今度はしきりに
「いってきます!」
を連発していらっしゃいましたxxx
 
ブリーフィングを終えて、ゲートへ向かいます。
機種はボーイング747-400。
担当は1階のビジネス・クラス。
 
飛行機に乗り込んでから、まず、チェック・リストを見ながら自分の担当ドア・担当エリアの非常用設備のチェックをします。
それが済むと、今度はセキュリティー・チェック。  客室やギャレーに不審な物はないかチェックします。 これは、911のテロ以降始められたチェックです。
それからはギャレーの準備。 お客様にお配りする物(イヤホン・スリッパ・メニュー・日本語の機内誌etc.)を用意します。
ビジネス・クラスでは、ウェルカム・ドリンクとしてシャンパンやフレッシュジュースをお出しするのでその用意と、離陸後にサービスするワインの栓を抜いたり、おつまみを小皿に分けたり、といろいろな準備があるので、お隣のギャレーにいるエコノミー・クラス担当の同僚が手伝ってくれることになっている・・・はずなのですが、今回ヘルプがなかった(+私は動作がノロい)ので、ギャレーの準備に取りかかる前にパーサーからの搭乗開始のアナウンスが!
 
・・・と思ったら、機長からのアナウンス。
「故障個所が見つかり、修理に時間がかかるので、機材変更する(別の飛行機に変更する)。」
とのこと。 
準備が終わっていた同僚達は、それをまた全て元の場所に片付け始めました。
準備が全然できていなかった私は、既に(別の飛行機に移動する)準備万端でした。
が、その別の飛行機が整備を終えてお隣のゲートに到着するのは2時間後・・・それまで自由時間となりました。
オランダ人同僚達は、
「どうせ隣のゲートだから、機内で待って、飛行機が隣のゲートに入るのを見てから移動する。」
と言って、ビジネス・クラスに座って新聞を読んだり、持参したサンドイッチを食べたりし始めました。
私は、空港内のカフェにお茶でもしに行こうと思ったのですが、
「今出ていったら、乗客からの質問攻めに遭うからやめた方がいい。」
と止められました。
(スキポール空港の地上職員があまり好印象を持たれていないと聞いていましたし、夏の一時帰国時、日本語のアナウンスが全く入らず日本人乗客の多くが英語のアナウンスを理解できずにお困りになっていらした・・・この時は、会社のIDを見せて日本語のアナウンスのボランティアを申し出たのに地上職員から断られましたxxxので)質問攻めに遭っても全然構わない、それでお役に立てるなら喜んで・・・と思ったのですが、(皆がやめろと言っている中)私一人がそれをしてしまったら、もしかしたら乗務員全体の一体感(チームワーク)が崩れるかもしれない・・・と考え直し、私も機内で待機することにしました。
 
そして約2時間後。
隣のゲートに別のボーイング747-400が入って来ました。
皆で隣の ゲートへ。 
機内で再びチェックと準備を済ませ、お客様をお迎えしました。
 
(地上職員の対応が良かったのか)お怒りになっていらっしゃるお客様はいらっしゃいませんでした、お一人しか。
そのお客様(20~30代の日本人男性客)(エコノミー・クラス)は、遅延のことではなく、お座席のことでお怒りのご様子。
「プラチナ・メンバー(フリークエント・フライヤー・プログラムの会員)なのに、行きも帰りもアップグレードしてもらえなかった。 同じプラチナ・メンバーで、一緒に旅している友人は、行きも帰りもアップグレードされた。 どうして自分はアップグレードしてもらえないのか。 ズルイではないか。」
と下を向いて小声で怒っていらっしゃいます。
お連れの方(=アップグレードされてビジネス・クラスにお掛け)とも離れてしまってお気の毒だったので、何とかして差し上げたかったのですが、生憎の満席。
「満席の為、他にお席をご用意できないこと、搭乗前のアップグレードに関しては乗務員は一切関知しないこと。」ご説明申し上げましたが、ダメ。
パーサーを呼んでみましたが「我々の責任外のこと。」と取り合ってもらえず。
「社長宛ての手紙をお書きになりますか?」とお勧めしても、ダメ。
「では、私が日本支社宛てに手紙をお書きしましょうか?」で落ち着きました。 お名前と会員番号を伺って、エコノミー・クラスのお席に着いていただきました。
さっきは、「我々の責任外のこと。」と取り合ってくれなかったパーサーでしたが、乗客リストを調べてくれて、
「リストには、彼の連れは確かにプラチナ・メンバーとあるが、彼の名前は会員顧客リストに載っていない。 会員の有効期限が切れているとか、あるいは本当は会員ではないのでは??」
・・・もし、そうなら、(お気の毒でしたが)仕方がなかったことですねぇ・・・(今頃は日本支社の方から返答がいってることでしょう)
 
2時間遅れで離陸して、サービスが始まりました。
1階ビジネス・クラスは、18名のお客様を一人で担当します。
日本人のお客様が半分、オランダ人とドイツ人のお客様が半分。
日本人の老夫婦がいらして、「2時間遅れたお陰で、バーで美味しいワインを沢山飲めたよ。」と上機嫌のおじいちゃま。
機内でもいろいろなワインを楽しんでいらっしゃいました。
が、このおじいちゃまから後でお叱りを受けてしまいました。
実はこの日、ケータリングの搭載ミスがあって、ビジネス・クラスのデザートの3つのチョイスの一つ、アイスクリーム・ケーキが搭載されていなかったのです。
残りの2つのチョイス(=フルーツ・サラダとチーズの盛り合わせ)はあったのですが、おじいちゃま曰く、
「搭載ミスがあること自体、ビジネス・クラスとして成ってない!」 
全く仰る通りです。
「会社からの正式な詫び状が欲しい!」
それはそれは長いことお叱りを受けたのですが、仰ることはご尤もでしたので、日本支社にご報告することにしました。
後から奥様が、
「お酒が入っていたせいで、くどくどと失礼なことを申し上げてしまって、ごめんなさいね。」
と、わざわざギャレーまで誤りに来て下さいました。
「ご主人様の仰ることはご尤もですので、きちんと会社にご報告させていただきます。 申し訳ありませんでした。」
と、改めてお詫び申し上げました。
おじいちゃまの方は、それからご朝食のサービスまでお休みになられ、ご朝食の頃にはすっかりご機嫌になられてホッとしました。
 
成田は雨でした。
仮眠を取った後、横殴りの雨が降る中、成田市内の大きなショッピング・モールへ買い物に。
オランダ在住の友人達からの頼まれ物と、子供達用にふりかけ等を購入。
夕食は、オランダ人同僚達と(いつもの)鉄板焼き屋さんへ。 彼らは餃子が大好きです。
 
翌朝は、NHKのニュースを聞きながら、スーパーで買っておいたおにぎりをお部屋でいただき、成田空港へ。
今回は、2時間遅れて到着した為、24時間もなかった成田ステイでしたが、それでもやっぱり楽しかったです
 
帰りの便は、定刻で出発しました。
機種はボーイング777。 (東京路線は、曜日によって機種が異なるのです。) 
担当はエコノミー・クラス。 (777は、ビジネス・クラスが35席しかない=747は42席=ので、ビジネス・クラス担当者も少なくなるのです。)
 
今日は、ビジネス・クラスのケーキもちゃ~んと載っていました。 (ま、それが当然なのですがxxx)

今日は、かなり北のルートを飛行した様で、初めてノルウェーの西海岸沿いを南下飛行しました。

(ノルウェー上空)

アムステルダムに着いて飛行機を降りると、外はとても良い天気
日本からオランダに戻って来た時は、オランダ人の同僚たちの様には「あ~帰って来た~~!!」と喜べない(・・・他の路線の時は、一応私も「帰って来た!」と思えるのですが・・・)私ですが、今回は成田があまりに酷い天気だったので、珍しく"帰って来た"気分になりました。
ゲートから外を見ると、機体に「マチュピチュ」の文字が。

飛行機にはそれぞれ"ニックネーム"が付いていて、機種によって、音楽家の名前(CD-10:今はもう所有していない機種/ショパンやベートーベン、バッハといった名前が付いていました・・・ベートーベンはよく故障していた気がする・・・)だったり、女性著名人(どの機種だったか忘れてしまいましたxxx)だったりします。
B777は世界の遺跡がある都市の名前だったりするのかしら・・・今度確認してみますネ。
 
次のフライトも東京便です 

フライト日記 (Bonaire)

2006年9月
(BON)

(ホテルのビーチから眺める
幻想的な夕焼け)
 

2月、4月、6月に続いて今年4回目のボネール便。

1年の内に同じ国へのフライトが4回も付いたのは初めてです。 ( 路線の多いアメリカでさえ、1年に4度は行きません。)

ボネール便は、7泊9日/4泊6日と長い(・・・現在は、日本路線も含めて、ほとんどの便が1泊3日の短いスケジュールとなっています)ので、夫も渋い顔
「ボネール便ばかり4回も付いているから違う便を付けて欲しい、とスケジューラーにメールしたら?」
と言うので、(仕事なのに、行き先に文句付けていいのかナ・・・)と困惑しながらメールすると、
「了解。 ボネール便はこれで最後です。  今度アップルドールン便 (注 : そんな便はありません)はいかがですか?」
という返信。 アップルドールン ???  (あぁオランダ王室の宮殿がある場所・・・日本の皇太子ご一家がいらしていたから・・・!)
こんな返信がくるとは・・・地上職も募集要項に"ユーモアのある人"という項目があるのかしら・・・?!(ちなみにキャビンアテンダントの募集要項には、昔も今も本当にそう書いてあります)。
 
4度目のボネール便乗務でしたが、今までは午前中に出発する"ボネール経由リマ(ペルー)行き"の便だったのが、今回は初めて深夜出発の"ボネール経由キト&グアヤキル(エクアドル)行き"。
リポーティングは午後10時過ぎです。
スーツケースを預けに行くと、もう私達の便のカートしか残っていない・・・最終便・・・
いつもなら、各便のフライトナンバーが付けられたカートがズラリと並び、"間違ったカートにのせてしまって到着地に自分のスーツケースだけ届かない"という事態に見舞われる(例えば597便と579便・・・私も一度やってしまいましたxxx)ので、十分に気を付けないといけないのですが、今回はその必要はありません。
 
 いつものようにブリーフィングルームへ先に行って、楽譜(今回持って行ったのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の連弾譜)を読みながら待っていると、続々と同僚たちが集まってきます。
他の時間帯だったら、部屋に入ってきた途端、私を見て(アジア路線かと思い)
「部屋を間違えた・・・」
と出て行ってしまう人が多いのですが、こんな時間にブリーフィングがあるのは私達の便だけだったので、今回はそれはありませんでした。
最後に入ってきたジュニア・パーサーのジョンが、楽譜を広げていた私に
「おぉ~~~! misaeは,もうフライトの準備をしてるよ~」
と冗談を言ってブリーフィングが始まりました。
 
機種は、MD-11。
(今年の3月に、私のファーストフライトから約17年振りにサンパウロ便で再会した)アネケと一緒にビジネスクラスを担当。
相棒のアネケをはじめ、ジュニアパーサーのジョンは、何年か前にヒューストン便を一緒に乗務して知っていたし、機長のパトリックも、私が日本人乗務員として飛んでいたころ(=彼が副操縦士だった頃)よく一緒に乗務して、よく知っていたので、いつもに増して楽しく仕事ができました♪
 
ボネールに到着したのは現地時間で午前2時頃。
クルーホテルは、今までいつも泊まっていたホテルの並びにある別のホテルです。
以前ボネール便のフライト日記にも書きましたが、ボネールには、
1) "ボネール経由リマ行き"の便でアムステルダムから到着するクルー
2) "ボネール経由キト&グアヤキル行き"の便でアムステルダムから到着するクルー
3) ボネールからリマへの往復乗務をするクルー
4) ボネールからキト&グアヤキルへの往復乗務をするクルー
5) リマから戻ってきた便を引き継いでアムステルダムへ戻るクルー
6) キト&グアヤキルから戻ってきた便を引き継いでアムステルダムへ戻るクルー
が(一日につき6組)いますので、すごい人数になりますから
1) 最初に "リマ行き"で到着したクルー
2) 最初に"キト&グアヤキル(エクアドル)行き"で到着したクルー
の2組に分かれて、別々のホテルに滞在しているのです。
 
私も今回は今までと違う便で到着したので、ホテルも別のホテル。  一度泊まってみたいと思っていたので、嬉しかったデス。
ホテル到着後はいつものようにクルードリンク。
ホテルのビーチに集まって、満点の星空の下、皆でワインをいただきました。
気が付くと、空が白み始め、海に面したレストランでは朝食のサービスが始まった様子。 (乗務の後、朝まで飲んでしまったxxx)
折角なので朝食をいただいて、午前8時半頃ベッドに入りました。

(ここで朝食をいただきます)

(時折、海鳥が来て、お砂糖の袋をつついて穴を開け、
中のお砂糖を上手に食べていました)

(奥に見えている、一番左端のパラソルの下
・・・ここで朝まで皆で飲んでました)

(6~7時間眠ると、お腹が空いて目が覚めてしまうので)もともとあんまり睡眠は取らないタチですが、12時半(=床についてから4時間後)に部屋をノックされて起きた時は流石にまだ眠かったxxx
ドアの覗き窓(?)から外を見ると、ジョギングウェア姿のパトリックが・・・あ、そう言えば、昨日、一緒にホテルのスポーツジムへ行くって約束してたっけxxx
ドアを開けようとして、ふとわれに返る ・・・あ、そう言えば、何も着てなかったxxx
「先に行ってて!」
と、ドア越しに伝え、急いで支度をしてジムへ。
 オランダ人の同僚には、フライト先で毎日ジムへ通う人が多いのですが、私は初体験。
パトリックにやり方を教えてもらって、自転車を30分こぎ、それから1時間ベルトコンベアーのようなもの(器具の名称がオランダ語でしかわかりませんxxx)の上を走りました。
ホテルのスポーツジムは、クーラーも効いていて気持ち良く、テレビもあるし、何だかとても居心地がよかったので、決めました・・・今回のボネール滞在中のテーマは
"スポーツ&美白"
 
常夏のカリブの島で美白?!
と思われたかもしれませんが、もう今年4回目なのです、ボネール・・・2月に来た時に既に真っ黒に焼けて、4月、6月にも焼いて、ボネール以外でも、カイロやデリーで焼いてましたから・・・今年は本当に一気にシミが増えましたxxx
それで、今回は、夕方まではなるべく外に出ないようにして、持参した美白用化粧品(ホワイトニング・パックやら何やら)で真面目にお手入れすることにしたのです。
(ちゃ~んと行きよりも白くなって帰ってきましたヨ!)
御篭り(?)ついでに手足の爪にも、シールを貼ったりしてみました。
乗務したらほとんど取れてしまいましたがxxx

(左手の小指&右手の親指)

途中一日だけ、リマへの往復乗務が入りましたが、それ以外は、毎日ジムへ行って、自転車こいで&走りました。
(誰もいない時には、デューク更家のウォーキング・ダイエットのウォーキングもこっそり・・・) 
 
リマへの往復乗務では、サービスを終えてから、余ったミールを休憩中にいただいたのですが、ビジネスクラスの機内食の美味しさに感動・・・!
アムステルダム-ボネール間で、既に2回お食事をお出ししてありましたし、長い飛行時間でお疲れだったこともあり、お客様のほとんどが食事は取らずにお休みになっていらしたので、沢山のミールトレイが余っていたのです。
ボネールは食べ物が美味しい!

(前菜 : ペッパー・スモークサーモンと車海老)

(主菜: チキンカレー、鮭のコリアンダーバター焼き、
マッシュルームのクリームソース・パスタの中からのチョイス)

 パーサーのミイケ(オランダ人女性の名前には、最後が"~ケ"で終わる名前が沢山あります。 日本語でいう"~子"みたいな感じなのでしょうか???)に誘われて、リマ往復便の翌日、(機内で余ったパンをお土産に)ロバ牧場なる場所へも行きました。
ここでは、島で露頭に迷ったり怪我をしたりしたロバを保護しています。

(ロバの赤ちゃんって、体毛が長いのですねぇ~
・・・知りませんでした)

次のフライトは、お正月以来の東京便
東京便乗務の前日に、年に一度のフライト・セイフティーの試験があるので、頑張らないと・・・!  (試験に落ちると乗務停止になってしまうのデスxxx)

とりあえず

ボネールへの乗務から戻って、あっという間に10日間も過ぎてしまいましたxxx
今月は忙しい~~~!
 
フライトから戻った翌日、(いつものように)大掃除+山のような洗い物+山のような洗濯を済ませた後、
(例年通り)ケーキを(4つ)作って誕生日パーティー。
(=オランダでは、誕生日の当人が、人を招いて、いろいろとご馳走することになっているのです)
翌日は1日お片付け。
 
その翌日から3日間、長男の学校のキャンプに同行。
お寿司を作ったり、日本の遊び("ハンカチ落とし"と"伝言ゲーム"をしました)を教えたりしました。
 
その翌日は、長女のお誕生日会=子供11人相手にテンテコマイ・・・
 
・・・と、そんな訳で、とりあえず、ボネール便の写真だけアップしました。
 
フライト日記と、それから、同行した学校のキャンプのことも、これからおって更新していきますので、今しばらくお待ちくださいxxx

ギリシャ料理

PCが落雷(前のブログ記事をご参照下さい・・・)で壊れてしまい、
保存してあった(ギリシャ滞在中に撮影した)ギリシャ料理の写真も消滅してしまったのですが・・・(T_T)
折角ですから、お勧めのギリシャ料理をご紹介したいと思います♪
ギリシャ料理で有名なのは、多分・・・
スブラキはオレガノ風味の串焼き、ムサカはパスタの代わりに茄子を使ったラザニア風のお料理です。
スブラキは村のレストランにもありますが、ムサカは観光地のレストランでないとないようです。
私達が村のレストランでいつもオーダーするのはスブラキやムサカではなく・・・
ツァツィキ(Tzatziki)

ヨーグルトにニンニク、キュウリなどをいれて作ったペースト。
タラマ(Tarama)

ジャガイモと鱈子で作ったペースト。
メリザノ(Melitzano)

ナスで作ったペースト。
これらはパンに付けていただきます。
 
ホリアティキ(Horiatiki) 
たまねぎ、にんじん、トマト、オリーブ、フェタ・チーズが入ったサラダで、塩、胡椒、オリーブオイルとビネガーをお好みでかけていただきます。
カラマリ(Kalamari)

いわゆるイカ・リング。 世界中で食べられるのに、ギリシャで食べると何故か特別美味しい!
オフタポディ(Ohtapodi)

ゆでダコのグリル。
ミディア サハナキ(Mydia Sahanaki)

ムール貝のマスタード・トマト・ソース煮で、あまったソースもパンに付けていただきます。
ヴリタ(Vlita)

ビタミンAがたっぷり入っていそうな野菜(ホウレン草の仲間らしい)料理。
クリタマ(Kritama)

海岸で取れる野菜。 海草に近いのだそう。 さっぱりしていて美味しい!
そして、私が一番好きなギリシャ料理は・・・
村に住んでいる伯母が作ってくれるイエミスタ(Gemista)。
 
大ぶりなトマトなどの中に調理した米を詰めてオーブンで焼いたもので、
私は特に茄子のイエミスタが好きなのですが、
レストラン(これも大抵観光地のレストランでしか頼めません)にはトマトとピーマンのイエミスタしかないことが多いです。
 次に好きなのは、アヴゴレモノ スープ(Soupa Avgolemono)。

卵とレモンのスープで、スープの中にご飯も入っています。
ちょっぴり酸っぱくて不思議な味ですが、一度飲んだら忘れられない美味しいスープ。
このスープも置いてあるレストランが少なく、私はアテネのシェラトンホテル内のレストランとアテネの空港内のレストランでいただきました。
・・・こんなところでしょうか。
また何か思い出したら追加するかもしれません。
それから写真も・・・
さて、明日で長かった夏休みも終わり、明後日から乗務に出ます 飛行機
今年4回目のボネール島・・・もうこれ以上日焼けしないように、夕方から出歩こうと思っています。
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高校時代の友人さぶのお陰で、落雷で消滅したと思っていた写真が生き返りました♪ (さぶ、本当にありがとう♡)

但し、TzatzikiとMelitzanoの写真は借り物です・・・(写真を撮る前にうっかり食べてしまって・・・(^^ゞ)

落雷

美味しいギリシャ料理をご紹介しようと思っていた矢先、
落雷でコンピューターが壊れてしまいました・・・
 
このところ、オランダは天候が不安定で、毎日のように雷が鳴っているのですが、先日、家の前の大通りの街路樹と、ご近所の庭の大木(我が家とは庭同士が隣合っています)、それからお隣さんの家の屋根に同時に雷が落ち、我が家では、私の(日本製)ノートブック・コンピューターとADSLのルータ、寝室のテレビ、それから防犯システム(日本のセコムのようなもの)がバチッッッッッという大きな音(と焦臭いニオイと共に)感電死してしまいました・・・

そんな訳でまた1週間程インターネットなしの生活をしておりました。  
 ギリシャで"何もしない"日々を過ごしてきたばかりでしたので、それ程苦には感じなかったのですが、ADSLが復旧してインターネットできるようになると、日本語表示も入力もできない夫のコンピューターが不便で不便で・・・(貸してもらっている身分なので文句を入ってはいけないのですがxxx)
あれこれ試みて、何とか日本語の表示はできるようになったのですが、日本語IMEがどうしてもダウンロードできず(・・・義理兄が改造したコンピューターだからでしょうか・・・)、Ajax IME: Web-based Japanese Input MethodというWebベースの日本語入力サービスを使って、コピー&ペーストを繰り返しながら日本語入力しています。 (大変デス・・・)
 
 オランダに引っ越してきてからずーっと気になっていたのですが・・・この国には避雷針がない。 
夫曰く「重要な建築物にはちゃんと避雷針を付けてある」そうですが、"建物"を守る避雷針はあっても、人間を守る為の避雷針はない=街路樹や庭の木に落ち放題状態な訳です。
数日前には、教会での葬儀の参列者に落雷して、二人(うち一人は14歳の少女でした)亡くなりました。
避雷針を付けて欲しい・・・と真剣に思いました。
 
コンピューターと共に、保存してあった写真も消滅してしまった訳ですが、(1年前に買ったコンピューターだったので、1年経ったところでバックアップを取っておこうと思っていた矢先にやられてしまい、データは全滅なのデス・・・)このブログにアップしてあった分は助かったので、沢山アップしておいて(特に今回のギリシャ旅行の写真は「ちょっとアップし過ぎたかしら・・・」と思ったくらい沢山アップしてありましたから・・・)良かった!
 

ギリシャから戻りました

すっかりご無沙汰してしまい、失礼しました・・・
昨晩、休暇先のギリシャから戻りました。
別荘のあるPaliouri(パリウリ)という村は、未だに時々水や電気が止まる長閑な(?)所で、
当然インターネットなどなく(隣村までは来てるらしいのですが・・・)、
一週間、ビーチで波の音を聞きながら、子供達の笑顔と美味しいギリシャ料理を楽しむ以外は”
何もせず”に過ごして参りました。
飛行機でギリシャ第2の都市Thessaloniki(テサロニキ)(=ギリシャ北部にある、その昔マケドニア王国があった場所で、海辺にアレキサンダー大王の銅像が建っています)へ飛び、
そこから車でHalkidiki(ハルキディキ)地方(=「海神ネプチューンの三叉鉾」の鉾先のような形の半島で、先端がカッサンドラ、シトニア、アトスの3つの半島に分かれています)へ向かいます。 
その3つの半島の一つ、Kassandra(カッサンドラ)半島の先端辺りにある村がPaliouri(パリウリ)です。
以前はカッサンドラ半島一の大きな村だったそうですが、今は隣村のPefkohori(ペフコホリ)の方が(ドイツや東欧諸国からの)観光客で賑わっているとのことです。


(テサロニキの斜め右下にあるのがハルキディキ半島)
(ハルキディキ半島の3つに別れた先っぽの一番左側にあるのがカッサンドラ半島です)

初めて訪れた1992年の夏から1999年までは、テサロニキの空港(マケドニア空港)での入国審査の度に
「日本人は初めてだ」
と毎年(!))言われ
ていましたが、
シェンゲン協定が実施された2000年以降は、オランダからギリシャへ入る際の入国審査がなくなった為、珍しがられることもなくなってしまいました。
空港も、オリンピックとサッカーのヨーロッパ・カップ開催を機に、随分キレイになって・・・目に見えて開発が進んでいます。
そんな中で、14年前とほとんど変わらないパリウリの村・・・
人口400人にも満たないこの村の村人達は、親戚同士の人達も多く、
み~んな知り合いです。
ギリシャでは、子供に祖父母の名前を付ける“しきたり”がある(=長男には父親方の祖父、長女には父親方の祖母、次男には母親方の祖父、次女には母親方の祖母の名前を付けることになっています)ので、
同じ名前の人がうじゃうじゃいて、ややこしい反面、覚え易くて便利です(?!)。
ちなみにMichali(ミハーリ)とMaria(マリア)も、ギリシャのしきたりに従って、夫の両親と同じ名前になっています。
もしも、次男、次女が生まれていたら、私の両親と同じ名前(MitsuoとSadako)になることになっていたので、「そうなっていたら面白かっただろうなぁ・・・」と思う一方、「そうなっていたらやっぱり変な気分だっただろうなぁ・・・」とも思う(^^ゞ
驚いたことに、Mitsuoという名前はギリシャ名にもあって、Dimitoriという名前の略称らしいのですが、
「父の名前はミツオです」と言うと「君のお父さんはギリシャ人なのか??」とよく聞かれます(笑)
別荘では今年も巨大ムカデ(長さ20cm、太さ1.5cmくらい)が出たり(シャワーを浴びている時に排水溝から這い出てきた)、毎年スリル満点・・・!?
(台所にサソリが出たこともありマス・・・)
後日改めて、美味しいギリシャ料理の紹介をしますネ・・・お楽しみに♪

フライト日記(Hong Kong)

2006年7月
(HKG)
アムステルダム・スキポール空港内にある、クルー・センター。
乗務の前には、ここの1階(オランダでは0階)でリポーティングをし(パスポートをコンピューターに読み込ませて、各便に乗務する乗務員のデータを作ります)、スーツケースを預け、メールボックスをチェックし、アローワンス(滞在先での食費など)を引き出し(専用のATMがあります)、2階(オランダでは1階)へ上がります。
時間がない時は、そのままブリーフィング・ルームへ直行。 時間があれば、ここでお茶したり(コーヒー・紅茶・ジュース・お菓子・スープなどが売っています)、クルー用の免税店でお買い物をしたり、コンピューターでスケジュール・チェックしたりします。
ブリーフィング・ルームの手前に、パーサー用のブリーフィング・ルームがあって、パーサー達はCAよりも30分早くリポーティングして、それぞれの便のテーブルに分かれて打ち合わせをし、CAML(誰がどこで働くかなどが指示されたプリント)を作成します。 
私は大抵少し早めに空港に入るようにしているので、1階でのリポーティングなどを済ませた後、2階のパーサー用のブリーフィング・ルームへ行って、ブリーフィング前にパーサー達(シニア・パーサーと、パーサー又はアシスタント・パーサー)に挨拶し、簡単に事情(日本人だけれどオランダベースで乗務していることなど)を説明しておきます。
今回も、そんな訳で、ブリーフィング前にパーサーに挨拶に行くと、丁度、中国人の同僚達も挨拶に来ていました。 (日本人・中国人・韓国人等、外国ベースの外国人乗務員は、ブリーフィング前に必ず挨拶に行くことになっています。)
「あら? 3人目の中国人??」と顔を見合わせるパーサー達と、「誰?!」と驚いている中国人の同僚達に挨拶(=握手をしてお互いの名前を伝える)し、「オランダベースの日本人CAで、中国語は話せない」旨、オランダ人にはオランダ語、中国人には英語で説明。
他のオランダ人の同僚達へは、ブリーフィングの最初に、パーサーが事情を説明してくれました。
機種はボーイング747-400。
担当は、Aゾーン(1階席の最前部)。
ここは、その昔、ロイヤル・クラス(=ファースト・クラス)だったエリアで、現在はビジネス・クラスになっているのですが、その日はエコノミー・クラスがオーバーブックだった(=予約数が座席数を超えていた)為、エコノミー・クラスになっていました・・・と言っても、サービス内容がエコノミー・クラスになるだけで、座席はビジネス・クラスのままですので、Aゾーンにお席をゲットしたお客様は”ラッキー”な訳です。
ほとんどのお客様がご搭乗された頃、Bゾーン(1階席、Aゾーンのすぐ後ろの、一番前のドアと二番目のドアの間のエリア)にお掛けのオランダ人男性客が「自分はゴールド・エリート(=フリークエント・フライヤー・プログラムの会員/獲得マイル数によって、ブルー→シルバー→ゴールド→プラチナの順に昇格)なのに、どうしてビジネス・クラスのシートのエリアに席をもらえないのか」と聞いていらっしゃいました。 続いてもう一人、オランダ在住らしき中国人男性も「自分はプラチナ・エリートだが、マイルのポイントで、ビジネス・クラスのシートのエリアに席を替えてもらえないだろうか」とおっしゃる・・・
地上職員は、チェック・インの時、フリークエント・フライヤー・プログラムの会員(しかもゴールドやプラチナの)であるような大切な顧客を優先してAゾーンにするなど、考慮しないのか(?!)・・・ちょっと驚いてしまいました。
パーサーに伝えると、彼も(当然、会員優先だと思っていたので)驚いて、地上職員に連絡。
地上職員からは次のような返答がありました。
「Aゾーンがエコノミー・クラスになった場合、コンピューター上は、Aゾーンを他のエコノミー・クラスと同じ扱いにするように設定されている為、特に会員優先とはならない。
通常(=Aゾーンがビジネス・クラスの場合)は、Bゾーンが(エコノミー・クラスで予約した)会員優先エリアとなっている為、Aゾーンがエコノミー・クラスに変更された場合でも、(エコノミー・クラスで予約した)会員はBゾーンに優先されてしまう。」
とのことでした・・・知らなかった。 
Aゾーンのビジネス・クラスのシートに感激していらっしゃる(会員でない)お客様に今更「席を替わって下さい」なんて言えませんので、Bゾーンの会員のお客様お二人にその旨説明して今回は諦めていただきましたが・・・コンピューターの設定を変えればいいだけのことなのに・・・
そのお二人のお客様も苦情の手紙を書いていらっしゃいましたが、パーサーも会社にサービス・リマークス(機内で発生した問題を報告する書類)を書いていました。
早期改善を願うばかりです。
今回の香港滞在のメイン・イベントは、元同僚のM君との再会。
クルードリンクからジョインしてもらって、美味しい四川料理のお店に連れて行ってもらいました。
オランダ人も大喜びでした。 
M君、ありがとう~!!
日本での強行軍の後、オランダで2泊しかしないで香港便に乗務したせいか、香港では変な夢を沢山見ました。 特に面白かったのは、2泊目の夜に見たUFO試乗の夢・・・お友達の宇宙人が「乗っていいヨ」というので彼のUFO(二人乗り)に同乗する、という夢です。 あまりの速さに驚きながらも、貴重な体験に感謝感激でした・・・?!
帰りの便は、Aゾーンはいつもどおりビジネス・クラスでした。 
ついにこの数週間の疲れが出たらしく、この日は変な失敗ばかりしていました・・・
ワインとお水を頼まれて、トレイの上に普通のグラスとワイン・グラスをのせたところまではよかったのですが、ワインを普通のグラスの方に注いでしまったり・・・コーヒーとコーラを頼まれて、トレイの上に普通のグラスとコーヒー・カップをのせたところまではよかったのですが、氷をコーヒー・カップの方に入れてしまったり・・・
Aゾーンは客室の中央辺りで一人でサービスするので、↑のような失敗をしては、回りを見渡し(幸いお客様は誰も見ていらっしゃらなかったようなのですが)、一人で赤くなっておりましたxxx
これから9月まで夏休み。
次のフライトまでは、自宅でのプライベート・スチュワーデス(=ソファーに寝そべった夫からの食べ物や飲み物の注文を承る仕事)に忙しくなりそうです・・・実は家の方が機内よりも忙しかったりして(!?)

雨音を聴きながら・・・

日本の雨は風情があっていいですねぇ~♡

梅雨空を楽しんでおります。

雨音を聴きながら、
さっきまでピアノを弾いていました。
 

昔と変わらぬ実家のピアノの音・・・
心が落ち着きます。
 
日曜日に、
心待ちにしていた
「クラシックピアノ・連弾オフ会」
があり、
本当に楽しい一時を過ごしました。
出席者は19名。
プログラムもきちんと作ってあって
「連弾 第1部」 (10曲)
「ソロ 第1部」 (5曲)
「くじびき初見連弾」 (11曲)
「ソロ 第2部」 (5曲)
「連弾 第2部」 (10曲)
というふうになっていました。

(プログラムは当日発表されました)

 
私が演奏したのは
エルガー 「愛の挨拶」
ドヴォルザーク 「スラブ舞曲 第10番」
ブラームス 「ハンガリー舞曲 第1番」
ブラームス 「ハンガリー舞曲 第6番」
 
「愛の挨拶」は
「連弾 第1部」の最初の曲。
ほぼ初見(リハーサルで1度弾いただけ)でしたが
なんとか上手くごまかせて(?)
なかなか美しく仕上がったと思います。
大好きな曲なので
弾かせていただけて嬉しかったです。
 
「スラブ舞曲 第10番」
「ハンガリー舞曲 第1番・第6番」は、
パートナーを引き受けて下さった方々3名に
前日、家に来ていただいて
こっそり&しっかり練習してあったので
&
皆様とてもお上手な方々だったので
かなり良い出来だったのではないかと思われます。
 
全てセコンド・パート(=低音部を担当=主に伴奏)
を担当したのですが、
「ご自身のパートを演奏されながらも、
プリモ(=高音部を担当=主に旋律)
の方の素晴らしい面を、
スッと引き出されるような演奏で、
素晴らしかったです」
というコメントをいただき、 
まさに、それが、
私が
連弾のセコンドでいつも心がけている点
だったので、とっても嬉しかったです。
 
 「くじびき初見連弾」
(=くじびきで曲とパートナーを決め、
受け取った楽譜を練習なしですぐ演奏する)
で当たったのは
ミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」の
「アメリカ」という曲。
譜面を見てサーッと血の気が引きました・・・
8分の6拍子と4分の3拍子が
混ざっている上、
しかもそれが不規則に出てくる
難しい曲だったのです・・・
なんとか弾くことはできましたが、
初見の練習ももっとしないといけないなぁ
と反省しました。
(高校時代は友人達と初見で連弾
よくやっていたので割りと得意だったのですが・・・)
 
「ソロ」の部では
ショパンの「ノクターンOp.9-2」を弾きました。
この曲は、大好きな叔母の好きだった曲で、
中学生の時、叔母に聞かせたい一心で
独学で練習しました。
単純なのに奥が深く、
弾ける人は多いけれど、
美しく弾ける人は少ない曲なのだそう。
それで私も改めて練習し直しているのですが、
今回の演奏後
「私もこの曲は好きでよく弾きますが、
こんなに優しい音は出せません」と
いろいろな方に褒めていただき
嬉しかったです。
(Tomokoさん、Hazuさんのアドバイス
のお陰です!
ありがとうございました!!)
この曲は、これからも研究を重ねて
いつか
本当に満足のいく演奏ができるように
なったらいいなぁ~と思っています。
 
 会場は
西新宿にある
「白龍館」
 
ここにはオーストリア製の
べーゼンドルファー・フルコンサートグランド
(92鍵)
という素晴らしいグランド・ピアノがあります。
(フライト先の滞在ホテルなど、
いろいろな所でいろいろなピアノを弾いていますが、)
このベーゼンドルファーを弾いた時、
今まで弾いた数々のピアノからは感じられなかった、
ピアノからの愛情(?)
のようなものが感じられてドキドキしました。 
こんなに反応のいい
(=弾きたいと思った音がそのとおりに出て、
表現したいとおりに表現できる)
ピアノは初めてでした。
ベーゼンに恋しそうになっていると
「misaeさんのピアノの音は
ベーゼンに合ってますね」
とおっしゃって下さった方が何人かいらっしゃって
両想いになったようで嬉しかったです?! 
お食事も美味しかったし、
スタッフの皆さんもフレンドリーで、
本当に素敵なお店でしたヨ!
おすすめです スマイル
 
「白龍館」
このオフ会を通じて
同じようにピアノを愛する人達と知り合え、
日本での連弾の相棒を見付けることができました。
 
How happy I am !・・・  
 ますます練習に励まないと!!
 

フライト日記(Osaka)

2006年7月
(KIX)
1年3ヶ月ぶりに大阪便のリクエストが通りました!
今年初めての日本路線乗務 (*⌒―⌒*)
大阪で、美味しいお好み焼きをいただき、美味しい冷酒&梅酒を飲み、懐かしい友人に会い、本当に楽しいフライトだったのですが・・・行きの便に(オランダ人もビックリの)
ダイパー・マザーが出没!
・・・大変でした(^^ゞ
大阪便の機種はボーイング777です。
担当は、エコノミークラス。 
ビジネスクラスにアサインされていた日本人乗務員の方(昨年3年契約で入社されたばかりの、大阪ベースの乗務員)が、「交代しましょうか?」と気を遣って下さいましたが、(東京便乗務時に、大先輩がエコノミークラス、私がビジネスクラスにアサインされてしまった時には、やっぱり私も先輩に交代を申し出ますが、そういう時には先輩は決まって「あなたはオランダ人として乗務しているのだから、気にしないでビジネスクラスにお入りなさい」とおっしゃって下さるので、それを真似して)「私はオランダ人として乗務しているのだから、気にしないでビジネスクラスを担当なさって下さいね」と申し上げました。
オランダ人の同僚の中には、「エコノミークラスの担当が嫌だから、はやくビジネスクラスの資格を取りたい」というEenBander(=1本線乗務員=制服の袖に白線が1本だけ付いている乗務員=エコノミークラスしか担当できない乗務員)や、たまたまエコノミークラス担当にアサインされてしまったTweeBander(=2本線乗務員=制服の袖に白線が2本付いている乗務員=エコノミークラスとビジネスクラスの両方を担当できる乗務員)がエコノミークラスの担当を嫌がったり・・・ということがありますが、私は、どちらのクラスも好きです。
ビジネスクラスにはビジネスクラス、エコノミークラスにはエコノミークラスのサービスがあって、どちらも異なった遣り甲斐があって楽しいです。
お客様方との会話を楽しみながら、いつものようにサービスをし、飛行機は順調に大阪へ向かっておりました。
時々コールボタンがなって客室へ出ると、お座席(12ab)から身を乗り出して大きく手を振る、お子様連れの女性客がいらして(・・・最後の方に飛行機に乗って来られて、怯えた目をした2歳くらいのお子さんを抱っこしながら、ひどく乱暴にベビーカーを手渡してきたお客様だったので印象に残っていました)、「一体何事?!」と思いましたが、ご用件は「ジュース下さい」といった普通のことだったので、それ程気にしていなかったのですが・・・
最初のミールサービスが終わって一息ついていましたら、例の女性客を担当している日本人同僚が、「ちょっと変なお客様がいらっしゃるんです」と・・・その”大手を振る“お客様のことでした。 
なんでも、そのお客様、サービス中お手洗いに行っていらしてお席にいらっしゃらなかったので、同僚がとりあえず次のお客様に先にミールトレイをお出ししていたら、お手洗いから戻っていらっしゃったそのお客様に
「トイレに行ってただけじゃないのよっ!! なんで私を抜かすのよっ!!」
と怒鳴られたとのこと・・・
変わったお客様がいらっしゃるのだなぁ~・・・(何年飛んでも、新しい発見があります)
それからしばらくは(相変わらず、お座席から身を乗り出して手を振っていらっしゃった以外は)何事もなかったのですが、到着前の朝食のサービス中、ギャレーに戻ると、先程の日本人の同僚から驚きの報告が・・・なんと先程のお客様、お子様のオムツを座席で替えた上、その汚れたオムツをミールトレイの上にのせて同僚に渡してきた、というのです。
そう言われてみれば、飛行中、あの辺りを通るとなんとなく臭くて・・・お手洗いから近いところでしたので、どなたかご利用になった直後だからかと思っていたのですが・・・お座席でオムツ替えをしていたからだったのですね・・・
あ~それで、お隣のお席(12c)にお座りだったお客様が、いつの間にか別のお席に移っていらしたのか・・・
同じギャレーのオランダ人同僚とシニアパーサーに伝えたら、「えぇ~~~っ?!」と仰け反って驚いていました。
その時から、そのお客様には
ダイパー・マザー(オムツ・お母さん)
というニックネームが付けられました。
同僚は
「あまりの驚きに口も聞けぬままオムツを受け取り、処理した」
とのことだったので
「他のお客様にもご迷惑なことですから、きちんと吐袋に入れてトイレのゴミ箱に捨てるよう、ご注意した方がいいですよ」
と伝え、私は担当エリア(同僚の担当エリアよりもさらに後方のエリア)に戻ったのですが、
途中、ふと目を降ろすと、
例のお客様=ダイパー・マザーのお座席の下にまた新たに“使用済み”のオムツが・・・!
「お客様、オムツは吐袋に入れて、お化粧室内のゴミ箱に捨てていただけますか?」
と拾ったオムツを差し出しながら申し上げましたら、
「ちょっと落っことしちゃっただけじゃないのよっ!」(そうくるか・・・)
とイキナリ逆ギレされてしまいました。 
「では、恐れ入りますが、吐袋に入れて、お化粧室内のゴミ箱に捨てていただけますか?」
とそのオムツを手渡すと、そのままシートポケットに。 
「いえ、シートポケットではなくて、吐袋に入れて、お化粧室内のゴミ箱に捨てていただけますか?」
サービスの途中でしたので、それだけ申し上げて、私は自分のエリアでの仕事をし、ギャレーに戻るとまたコーリングボタンが・・・
ダイパー・マザーです。
「お呼びですか?」
と伺うと、
「オムツを吐袋に入れてトイレのゴミ箱に捨てなきゃいけないのなら
 乗って来た時すぐにそう言って吐袋を渡してくれなきゃわからないじゃないっ!」
と怒鳴られました・・・
「失礼なんだよっ! 責任者呼んで来なさいよっ!」
とおっしゃるので、シニアパーサー(女性)に来てもらったのですが 
ダイパー・マザー 英語はおわかりにならず・・・

「日本語がわかる責任者を連れて来てよっ!」
とおっしゃるので、
「申し訳ございません。 オランダの航空会社ですので、責任者は全員オランダ人でございます。」
「日本語がわかる責任者はいないのっ?」
「おりません」
それからは、日本語で機関銃のように捲り立て、
「他の赤ちゃん連れの乗客が、オムツをちゃんとトイレのゴミ箱に捨てているというのなら、証拠を見せろ!」
とか
「自分だって全部トイレに捨てていた。 トイレのゴミ箱を開けて見てみろ!」
とか
こちらが真剣にお話を伺おうという姿勢を見せても、訳のわからないことをおっしゃるばかりで埒があかなかったので、
そばで「???」状態で立っていたシニアパーサーにダイパー・マザーの言い分をオランダ語に訳して伝えると、
「言ってることはわからなくても、目を見れば 精神異常者であることはわかる。 話しても無駄だから、席に戻ってもらいなさい。」
との指示だったので
(精神異常者かもしれないと思ったらなんだか気の毒になって、余計に優しい口調で)
「おっしゃりたいことはよくわかりました。 間もなく到着いたしますので、お座席にお戻り下さい。」
と申し上げると
「何笑ってんのよー!」
「・・・これは地顔でございます」
「さっきはスッゴイ怖い顔してたじゃないっ! 鏡で見てみなさいよっ! 失礼なんだよっ!」

お座席に向かう間ずっと、汚い言葉を吐き捨てながら歩くダイパー・マザーの後姿を見つめながら、
「・・・これでいいのだろうか・・・?」
と考えてしまいました。
大阪到着後、パーサー(男性)にも報告しましたら、
「何があっても客を立てる日本人には難しいことなのかもしれないが
そういう場合、乗務員は、もっと強い態度にでないといけない。
知っていたら僕が対処したのに・・・残念!」
と言われてしまいました。
確かに、
周りのお客様に対する迷惑行為(座席でのオムツ替え+汚れたオムツの放置)をする
+乗務員の指示(汚れたオムツをトイレのゴミ箱へ捨てる)に従わない
=(出発前なら)強制降機
=(飛行中なら)逮捕した上、到着後警察に引き渡し
となるはずなのです・・・通常なら(=オランダ人パーサーが対応していたなら)。
・・・日本路線では、言葉の関係で、日本人乗務員がパーサーの役割を果たさないといけなくなってしまうことも多いので
こういった事態を想定した(パーサーが受ける)訓練を、日本人乗務員も受けるべきなのではないか・・・と思いました。
ご機嫌の悪いお客様、怒りっぽいお客様の場合、どんなに怒っていらっしゃっても、こちらが誠意を持ってお話を伺えば、必ずご機嫌は直り、到着時には気持ちよく飛行機をお降りいただける・・・そう信じています。
しかし、精神を病んだお客様(あるいは、泥酔状態のお客様)の場合は、優しくお話を伺うだけではダメな(だけでなく、かえってエスカレートさせてしまう)ケースもあり、そういう場合は対処方法を変えて、厳しい態度で臨まないといけない、ということを学んだフライトでした。
ダイパー・マザーが、一時帰国だったのか本帰国だったのかわかりませんが、万が一またご一緒することがあって、また同じことが起こったら、今度は(心を鬼にして)
「おっしゃりたいことはよくわかりましたが、他のお客様に対する迷惑行為をなさったこと、また、乗務員の指示にお従いいただけなかったことは事実です。 これ以上、私共の指示にお従いいただけず、騒ぎを大きくするようでしたら、業務執行妨害となりますので、直ちに逮捕し、到着後警察に引き渡すことになりますが・・・よろしいですか?」
とお伝えできるようにがんばります🌿

サイレン

正午、突然大きなサイレン音が・・・
毎月のことなのに、毎回飛び上がってビックリしてしまう。
 
オランダでは、毎月第一月曜日の正午に、このサイレンが鳴り響きます。
いわゆる空襲警報の類で、毎月、非常時に備えて常に訓練できるように、また、(本当に必要な時にちゃんと鳴るかチェックする)整備の為に鳴らしており、この警報が聞こえたら、家に入って窓を閉め(?)、テレビやラジオをつけて待機する、ということになっているらしい・・・
(実際に人々がそうしているのかどうかは知りませんが・・・)
 
このサイレンを聞く度に、「この国の人達にとっては、戦争の脅威は未だになくなっていないのか・・・?」と不安に思うと同時に、「この国は、こんなに平和そうなのにもかかわらず、きちんと備えているんだなぁ~」と感心し、「日本は(良くも悪くも)平和なんだなぁ~」とつくづく思います。