川・・・いつか海へ・・・ つづき

 
・・・見つけました~♪
 
前のブログに書いた
NHKのテレビ放送50周年記念ドラマ 「川 いつか 海へ」
に出てきた

"森の緑の中で、真っ青に澄み切った、この世のものとは思えない程きれいな泉"を・・・!!!

 
最終話を見終わったところで、テロップにロケ地が出ていることに気付き(←遅すぎxxx)、
第1話のロケ地をチェックしたところ青森県岩崎村とあって・・・Googleで調べているうちに津軽国定公園の「十二湖」に
「青池」という神秘の湖があることを発見・・・(✿ฺ^-^✿ฺ)
 

そう、これです!!!
 
あぁ~、いつか行ってみたい!!
(東京からツアーがあったりするのだろうか・・・)
 

川・・・いつか海へ・・・

 
NHK・テレビ放送50周年記念ドラマ
「川 いつか 海へ」(2003年製作)
のビデオを(今頃・・・)見ました♪
 
全6話で、まだ第1話目しか見ていないのですが、
そこに出てきた泉の色がとても印象的で・・・
 
主役(?)はガラスの「浮き球」(=漁で使用する「丸い浮き」のことで、最近はプラスチック製の物が多いとか)。

   

(これが浮き球)

(番組ではキレイなブルーの浮き球が使われていました)

第一話で、その ガラスの「浮き球」を"海から山への贈り物"として山の上の水源に浮かべに行く、というシーンがあったのですが・・・

 
海に注ぎ込む川をさかのぼって、
川に最初の一滴をもたらす水源へ・・・
辿り着いたのは
森の緑の中で、真っ青に澄み切った、
この世のものとは思えない程
きれいな泉・・・
 
この泉の色が、まさに私の一番好きな色そのものだったのです!
うっすらと紫と緑が混ざり合ったような濃い青色・・・
(私は勝手にコバルト・ブルーと呼んでいましたが)
正式には何色というのでしょうか・・・?
(どなたかご存知ありませんか??)
 
空の色とも海の色ともちょっと違う、透明な深いブルー・・・
水源の泉の色だったのですね。
どこにある泉なのかしら・・・?(どなたかご存知ありませんか?)
いつか行って実物を見てみたい・・・
 
子供の頃に家族旅行でよく行ったホテルのルームキーに、部屋番号が書かれた細長い四角柱のキーホルダーが付いていたのですが、そのキーホルダーがこの色で・・・目を近づけて中を覗き込むと(→見えるのは、ひたすら深い濃青色だけなのですが・・・)、まるで宇宙を覗いているような気分になって・・・それ以来、ずーーっとこの色のファン♡なのです。
 
さて、水源に浮かんでいたそのガラスの浮き球・・・
これが再び川を下って海へ向かって流れて行きます。
第ニ話以降も楽しみデス♪
週末、夫がフライトに出るので、ゆっくり続きを見たいと思います・・・
 

イースター(復活祭)

 
昨日はイースター(復活祭)でした。
最後の晩餐のあった木曜日から今日・月曜日まで、子供達の学校はお休みです。
オランダでは、日曜日が「第一イースター(Eerste Paasdag)」、翌日の月曜日も「第二イースター(Tweede Paasdag)」でお休みなのです。
 
そういえば、オランダでは、クリスマスも25日が「第一クリスマス(Eerste Kerstdag)」、翌26日が「第二クリスマス(Tweede Kerstdag)」と二日間が祭日になっています。 
どうしてかしら・・・と調べてみましたら、これらは元々は宗教とは無関係の祝日だったそうです。 オランダ宗教史のファン・デル・ポル教授の説では、たまたま前日がキリスト教の祭日だったので、中世の頃から「第二OOOO」と呼んで連休にしたということ。 
 
テレビでも連日復活祭関係の映画を放映していて、昨日は、ずっと見たいと思っていた映画、メル・ギブソンの
をやっていました。

 
"アメリカで、この映画を観てショック死した人がいた"という噂を聞いていたので、一体どんな残酷なシーンがでてくるのかと思って観ておりました。 
キリストが捕らえられて十字架に付けられ三日後に復活する、という"いつもの"ストーリーであることは知っていましたから、この映画が話題になった理由は、てっきり、"ショック死する人が出た"程の残酷なシーンにあるものとばかり思っていたのです。
ところが、拷問シーン自体はホラー映画に比べたら残酷ではありませんでした(当たり前か・・・)。
でも、人々の「心の痛み」が、押し寄せる波のように、次々と雪崩れ込んできて、心が痛くて痛くて、涙が止まりませんでした。 
悲しい映画でもらい泣きしたり、ハッピーエンドで嬉し泣きしたことはありますが、悲しくも嬉しくもないのに、ただただ心が痛んで・・・というのは初めてでした。
小さなテレビで観ていてこれですから、映画館の大きなスクリーンで観ていたら、その痛みもより大きかったことでしょう・・・(心臓が止まることもあるのかもしれない・・・)。 
今までに観たキリスト復活の映画とストーリーは同じなのに・・・観ている人の「心」をこんなにも揺り動かすことができるなんて・・・すごい映画だなぁと思いました。

節分

先日の節分・・・皆様、豆まきされましたか?
我が家は(オランダに来て初めて)豆まきしました。

子供達を寝かしつける際いつものように「一日一話・おはなし366」という本の読み聞かせをしていましたら、2月3日はもちろん「豆まき」のお話。
読んでいるうちに、前の週の土曜日にアムステルダム日本語補習校で「鬼のお面」を作り、豆も(20粒くらいでしたが)もらって来ていたことをマリアが思い出し、急遽豆まきすることになったのです。

「鬼のお面」はマリアが被り(彼女にしかサイズが合わなかったので)、豆を等分(一人5~6個づつ)して、「鬼は~外!福は~内!」と叫びながら、全て外に投げました。

(・・・掃除が大変かナ、と思ってxxx) 

大満足の子供達が眠りについてから、ふと、自分の子供時代を思い起こし、「思いっきり家中に豆まいてたけど、あの後、掃除大変だっただろうなぁ・・・」と改めて母を敬ってしまいました。 

ちなみに私の両親は、豆と一緒にお金やお菓子もまいていました。 中身が見えないよう紙に包まれているので、包みを開けた時に大好きなお菓子が入っていたり、50円玉とか100円玉ではなく、小さくたたまれた10000円札(!)が入っていた時は嬉しかったものです。
 (来年はオランダ人の子供達も呼んで、これ、やってみようかな・・・お札は入れられないけどxxx)

節分の由来が気になって「語源由来辞典」で調べてみました。

 
節分=「立春の前日」
でも元々は
「季節の分かれ目」という意味で、
「立春」「立夏」「立秋」「立冬」全ての前日
をさしていたそうです。
節分が現在のように「立春の前日」
だけをさすようになった由来は、
冬から春になる時期を一年の境
と考えられていたからだそう。
 
豆まきは
「追儺(ついな)」
(厄病などをもたらす悪い鬼を追い払う儀式)
という中国の風習が伝わったもので、
文武天皇の時(706年)に
宮中で初めて行われたのだそうです。
 
そして!
(私は全然知らなかったのですが)
主に関西地方で行われていた
「節分に巻き寿司を食べる習慣」には、
福を巻き込む&縁を切らない
という意味が込められ、
恵方に向かって巻き寿司を丸かぶりする
とのこと。
大阪海苔問屋共同組合が
道頓堀で行った
「巻き寿司の丸かぶり」行事を
マスコミが取り上げて以来、
食品メーカーが便乗して
今では全国へ広まったのだそう。
(東京でも今は
巻き寿司食べてるのかしら・・・)
 
(来年は子供達と、巻き寿司も作ろうかな・・・) 

オランダへ戻って来た日に・・・

オランダへ戻る日・・・大寒波が訪れていた日本。 東京は気持ちの良い快晴。 朝6時30分に起きて、ゴルフへ出掛ける父を見送り、
(母が私の起床時間に炊き上がるようにセットしておいてくれた)炊き立てご飯をいただいた後、
妹が、丁度出勤時間の夫を最寄り駅に送りがてら、私を青砥駅まで車で送ってくれました。
 
青砥駅から成田空港まで、
(本当は映画を見る前に読み終えたかった)「さゆり」の下巻を読んでいると、1時間もあっという間でした。

(映画「SAYURI」ですが・・・とっても良かったです! 
俳優陣の演技も素晴らしかったですし、
何より映像がそれはそれは美しくて・・・
海外ではきっと
日本のイメージアップとなることでしょう・・・
オランダで公開になったら、また見に行きたい
と思っています。)
 
飛行機は満席だったのですが、地上職員の皆様とパーサーのお計らいで何とかお席を(しかもビジネスクラスに!)いただき、「いつもどこかでどなたかにお世話になって・・・なんとありがたいことでしょう・・・」とつくづく感謝したのでした。
 
間もなく離陸・・・という時に、担当のオランダ人スチュワーデス(もう日本ではこう呼ばないそうですが、オランダでは普通にスチュワーデス・スチュワードと呼ばれています)が客室のチェックに回って来て、私の後ろの席におかけの日本人客に「お手荷物は、頭上の荷物入れか、前のお座席の下にお納め下さいね。」と(英語で)言っている声が聞こえ、
そしてスチュワーデスが通り過ぎた直後「どこに置いたって、いいじゃない、ね~ぇ」(乗客A)「ね~ぇ」(乗客B)という(日本語の)声・・・
「いいえ、お客様。 まず事故など起こらないとは思いますが、万が一の場合に、お手荷物がきちんと収納されていないと、事故の衝撃で宙に舞い、お客様にぶつかってお怪我をされるかもしれません。 お客様ご自身の安全の為なのですよ。」と、よっぽど振り返ってお伝えしようかと思いました。 (もしお隣にお掛けの方だったら、さりげなくお伝えしていたと思います・・・)
 
でも・・・お客様がそう思われるのもわからなくはありません。 
実際、何事もなければ、手荷物がどこに置いてあろうと問題ないのですから。 車のシートベルトと同様です。 何か起こった時に違ってくるのです。
私共は年に一度のフライト・セイフティー・トレーニング(機内で非常事態が発生した場合の対処法を訓練する)で、毎年毎年、様々な航空事故の検証ビデオを見せられますから、実際に事故を経験していなくても、事故が起きた際、機内で一体どんなことが起こるのかわかっています。 
ただ床に置いてあるだけの手荷物は、飛びます。 手に持っている物(ハンドバッグや雑誌類)も、何か起これば手から離れて、飛びます。 
小さな物でも、勢いよく飛んで来れば十分に凶器となります。 (例えば靴とか・・・)
でも、そんなことお客様はご存知ありませんものネ。 (ですから、乗務の時は、なるべくその理由もお話するように心がけています。)
皆様もお気を付け下さいネ。  
 
さて、離陸後は、窓際の席だったのでしばらく外を眺めていました。
以前は、大抵、太平洋へ向かって離陸し、太平洋上で旋回して新潟方面へ向かったので、お天気の良い日には最初に飛行機の右手に富士山が見え、旋回後、再び左手に富士山が見えたものですが、(いつからかわかりませんが)この頃は、最初から西へ向けて離陸するようですね・・・
しばらくすると左手に朝靄に包まれた新宿の高層ビルが見え、そして(いつ見ても神々しい!)富士山が見えてきました。 左側のお席にお掛けの外国人客がカメラを取り出し、早速写真を撮っています。 「あぁ私も撮りたい・・・」と思いましたが、(右側の窓際の席からわざわざ身を乗り出して富士山を見ようとしている私は、既に外国人客から不審な目で見られていましたから、)ぐっと我慢し、右側の席だったことを悔やみました。 
 
・・・が、その数分後には、右側の席だったことを感謝していたのです。
と申しますのも、飛行機は再び右へ旋回し、鹿島浦辺りから太平洋岸に沿って北上を始めたのです。
このルート、(私は)初めてのルートでした。 陸地と海のコントラストが美しく、また、海の色が"日本の海"の色なのです。 今度は右側のお席にお掛けの外国人客が(外国人ではありませんが私も・・・)しきりに写真を撮っていました。
 

   

(茨城県上空?)
 
福島県上空だったでしょうか、陸の色が突然、白く変わりました。 一面雪景色です。
 

(宮城県上空?)
 
 

(岩手県上空?)
 
宮城県上空にさしかかった頃から雲が増えてきました。 ふと、子供の頃、北海道(母の出身地)へ向かう飛行機の中から見ていた景色を思い出しました。 雲の形が、子供の頃の記憶と同じなのです。 (東北地方独特の雲の形というのがあるのでしょうか・・・) 「自分も将来、空の上で仕事がしたい!」と思いながら眺めていた雲でした。

 

それにしても一体何処まで北上し続けるのだろう・・・フライト・トラッキング・システムの画面を見てみると、飛行機は下北半島を過ぎまっすぐ北海道へ向かっていました。
機長から「間もなく北海道上空」とのアナウンスが入り、窓の外を見ると、雲が晴れ、日を浴びて美しく輝く日高山脈が遠くに浮かび上がってきました。 その美しいこと! 
 

  

(太平洋の後ろに浮かび上がる日高山脈)
 
「"蝦夷富士"羊蹄山も見られるかしら」と期待していたのですが、生憎、雲海に飲まれてしまいました。
その後飛行機は、北海道を縦断してから左へ旋回して日本海を渡り、西へ向かったのでした。
 

  

(フライト・トラッキング・システム画面)
 
お食事をいただいた後、見慣れたシベリアの景色に目を遣って、一瞬ビックリ
 

(シベリア上空の龍?)
 
龍?!・・・かと思いました(つい最近、子供達と「千と千尋の神隠し」のビデオをみたせいかしら・・・)が、飛行機と並んで"飛んでいた"のは、飛行機と飛行機雲の影でした。
 
 

ガイア・ハート・プロジェクト

昨日、子供達が通うアムステルダム日本語補習授業校の「学習発表会」というのがありました。
(いわゆる「学芸会」です・・・私が小学生の頃はそう呼ばれていましたが、今はどうなのでしょう・・・?)
マリアはまだプリクラスなので参加していませんでしたが、
ミハーリのクラス(小学5年生)は
「ガイア・ハート・プロジェクト ~地球の声を聴きながら~」
というタイトルで、
子供達がそれぞれ自分で選んだ環境問題に関する論文を発表しました。 
ミハーリが選んだテーマは酸性雨です。
「皆さん、酸性雨という雨を知っていますか?
酸性雨というのは、
車の排気ガスや
工場の煙に入っている
有毒なガスが混じってしまった雨のことです。
酸性雨が降ると、その強い酸性の毒で、
木が枯れてしまったり、
コンクリートや銅像が溶けてしまったりします。 
また、この写真のように、
毒によって緑の葉っぱが
病気になって白くなってしまったり、
湖や沼にも酸性の毒が増えて
魚が住めなくなってしまったりします。
今、酸性雨の被害が増えています。 
車や工場が増えているからです。
酸性雨が降り続けると、森がなくなって、
ぼく達の地球が砂漠になってしまいます。
ぼくは将来、地球を守るグループを作りたいです。 
そして、お金を集めて、
空気をきれいにする機械を作って、
車や工場に取り付けます。 
そうすれば、酸性雨がなくなって、
地球を救うことができると思います。
皆さんも、大きくなったら、
地球を守るグループに入りませんか?」
これが原稿です。 何度も何度も練習して、暗記し、昨日はつっかかることもなく、大きな声でゆっくりと気持ちを込めて、本当に上手に発表できました。 (よかったネ、ミハーリ!)
今回私も子供達の発表のお手伝いをさせていただきました。
子供達が歌った「いのちの森」(石田桃子作詞・作曲)という曲のピアノの伴奏を担当したのです。
ピアノの伴奏譜がなかったので、先生からCDをお借りしてオーケストラ伴奏からピアノ譜を起し、練習を重ねました。
ただでさえ、人前で弾くのは久し振りでドキドキしていたのに、ミハーリの同級生のお母様にプロのピアニストの方がいらしたり、補習校の先生方には本職が音楽関係の方が多いので、余計に緊張しましたが、何とかとちることなく弾くことができました・・・よかった・・・(ミハーリが上手にできたのに、ママがとちっては、やっぱり格好が悪いですからねぇ)
他の子供達の発表も素晴らしかったですよ。
「失われていくアマゾンのジャングルの話」「WNFの話」「地震の話」「死にゆく珊瑚礁の話」「人間が捨てたプラスティックを餌のクラゲと間違えて飲み込んで死んでしまうウミガメの話」「海の汚染・水道水の汚染の話」「地球温暖化の話(・・・人間に例えて、地球が熱を出して死にそうになっている、と上手に説明していました!)」
特に面白いなぁと思ったのが、「水道水を凍らせてもきれいな氷の結晶ができない」というお話。
なんでも、「湧き水など、きれいな水を凍らせるときれいな六角形の氷の結晶ができるのに、水道水や汚染された水を凍らせてもぐちゃぐちゃな形の結晶にしかならない」というのです。 
これに関しては、授業中に見たという実験ビデオと資料(「水からの伝言」)を私も見せていただいたのですが、湧き水に「ありがとう」という言葉を何度も聞かせたり美しい音楽を聞かせると、これまた美しい形の結晶ができるのに対して、同じ湧き水に「ばかやろう」などネガティブな言葉を聞かせると、驚いたことに醜い形の結晶になってしまう上、腐る速度が速まる(!)のです。 
人間の体の約70%は水分
・・・ということは、私達の体内の水も、
優しい言葉や美しい音楽を聞くと浄化され、
ネガティブな言葉を聞くと腐る?
・・・他の人に対して
醜い言葉ばかり発している人の
体内の水を凍らせたら、
醜い結晶ができる?
・・・ということ?!
 
考えさせられます・・・

小さな幸せ

綾瀬から愛を込めて~再び~
 
この間オランダに戻ったばかりですが、急遽また帰国しています。 
昨日着いてもう明日オランダに戻るという強行軍です。
 
急だったのと滞在がとても短いので、地元の友人(=小学校の同級生)にだけ帰国予定を知らせま
した。
急だったのにそれでも集まってくれた小学校時代の友人達と一緒に飲みながら
「私はなんて幸せなんだろう。゚(゚ノД`゚)゚。 」
と、つくづく思いました。

そして、午前様で帰ったのに起きて待っていて
「話そう、話そう!」
と嬉しそうに出迎えてくれた両親と、朝まで語り明かしながら
「私はなんて幸せなんだろう。゚(゚ノД`゚)゚。 」
と、またしみじみ思いました。
 
異国での生活はやっぱり辛いことも沢山あって、時々不幸の波に飲み込まれてしまいそうになることがあります。
・・・
そんな時いつも私を救ってくれるのが、
普通の
何ていうことのない幸せ=お天気が良く空が青くて気持ちがいいこと、夜中に子供達がベッドにもぐり込んできて抱きしめながら眠ること、妹からメールがくること・・・etc.
普通の何ていうことのない日常の中にも、幸せ・喜びは、た~くさんころがっています。

それに気付かせてくれたのが、相田みつをさんの
「しあわせは いつも 自分の心がきめる」
という言葉です。 
(福満先生に感謝!)

小さな喜びを幸せと感じるか感じないかは、その人次第なんですよネ(*⌒―⌒*)
 

年賀状といえば・・・

去年、友人との会話の話題にあがるまで
それが“普通(=みんなそうしている)”
だとばかり思っていたのですが、
毎年450枚年賀状を書いているのって
“普通”ではないんですってね~
(友人に「おまえはどこかの社長か?!」
と大笑いされました・・・)
 
住所も全部手書きです。
正直すっごく大変です。
「来年は住所だけは印刷にしよう」
と毎年思いつつ
気が付くともう秋も終わり・・・
毎年友人が増えるので、
なんとか枚数を抑えられるようにと
調整を試みるのですが、
それでもやっぱり毎年10枚ずつくらいは
増えていってしまいます。
特にオランダに引っ越してからは、
「年賀状くらい出さないと
忘れられてしまうのでは・・・」
という不安も(心のどこかに)あるのかもしれません。
 
そういえば・・・
オランダに来て間もない頃、
気が付くと
「さっちゃんがね~ 遠くへ行っちゃうって本当かな~ 
だけどちっちゃいから 僕のこと忘れてし~まうだろ~
淋しいな さっちゃん・・・」
(童謡「さっちゃん」の3番)
という歌詞がいつの間にか頭の中に流れていて、
勝手にシュンとしていたものです。
 
「気が付くと頭の中に流れているメロディー」
ってありますよね~

年賀状用の写真

今日、両親の年賀状用の写真を撮りました。 

両親&孫達(=私の子供達+妹の子供)
の写真です。
 両親は結婚以来、毎年、家族写真で年賀状を作って
います。 
年賀状は1枚ずつ保存してあって、パネルに入れてアトリエ
に飾ってあります。
 
1年目は二人きり
2年目に私が生まれて三人
4年目に弟が生まれて四人
6年目に妹が生まれて五人
・・・と人数が増え、
年々子供達が成長する過程/家族の歴史が
年賀状に残されています。
 
11年前に私が結婚して一人抜け、

 その3年後に弟が結婚してまた一人抜け、そのまた
3年後に妹が結婚してもう一人抜けて、
(結婚式の年だけは、新郎も加えて家族全員の写真で
年賀状を作っていましたが)
ついにまた”二人っきり”の年賀状に戻ってしまったか!?
と思われたのですが、
やはり二人きりでは寂しいと、
その年から孫と一緒に写真を撮るようになったのでした。
私達はほぼ毎年、子供達の学校の秋休み(10月末頃)
に一時帰国しているので、
それに合わせて両親も年賀状用の写真を撮ってます。
一昨年より妹の長男が加わって、
とても賑やかになりました。
 
両親の影響で、私も弟夫婦も妹夫婦も
家族写真で年賀状を作っていて、
実家に帰ると、
みんなの年賀状が壁にズラ~っと貼ってあります。 
 
 私も年賀状作成は
一時帰国中に日本でお願いしています。
「あけましておめでとうございます」と日本語で入れ、
写真もなるべく着物で撮るようにしていて、
オランダ人はじめ外国人の友人達からも毎年
「楽しみしてるヨ!」と言われるので
止められなくなってしまった・・・
というのも多少ありますが、
子供達の成長記録にもなるので
毎年楽しんで作っています。

綾瀬より愛を込めて

台風が近づいているとかで東京は連日雨・・・普段は雨の多いオランダでは秋晴れが続いているとのこと・・・
お天気が悪くても、それでも日本はやっぱりいいです!!
スペイン旅行も楽しかったし(旅行記はまた改めて・・・)、乗務で訪れる国々も魅力的だし、オランダでの生活も悪くはない・・・けれど、やっぱり住むのは母国・日本!とつくづく思います。
旅行や仕事で”観光客・ビジネスマンetc”として一時的に滞在するのと、
”在O外国人”として外国に住むのとでは、
居心地(観光客として外国に滞在するのが居心地としては一番いい=楽かも?)が全然違いますし・・・
外国に永住するに当たり一番つらいなぁと思うのは、
母国にいたら当たり前のように存在している人や物をmiss(=恋しく思う)しなくてはならないこと。
家族、親戚、友達、食べ物、飲み物、テレビ番組、雑誌、言葉、そして習慣etc…..
だから、たった一日でも日本へ帰って来られたら、私は心底Happyなのです!
今回は子供達の学校の秋休みに合わせて帰国しているので約一週間の滞在です。
オランダへ戻る日まであと5日・・・家族との会話、食事、テレビ(昔は敬遠していたNHKが今では一番面白かったりします)と、エンジョイしたいと思っています。
昨日「つくばエクスプレス」に乗りましたヨ! 秋葉原まで乗り換え無しで行けるのは本当にありがたいことです。
帰りに久し振りに北千住に寄ってみたら、あの北千住がまるで新宿のようになっていて(大袈裟?)驚きました。 (前日に、新宿の高島屋へ行って「オ~!東急ハンズと紀伊国屋もある!」と感動したばかりだったので、北千住駅前の丸井に同じように東急ハンズと紀伊国屋が入っていたのを見て、余計に感動してしまったのです。)
ルミネにはディズニーショップまであって本当にビックリ。
綾瀬もがんばれ!! 隣町に負けるな?!
明日は家族(子供達、両親、妹一家)とカラオケに行きます♪
以前は苦手だったのですが、オランダに引っ越してからカラオケが良いストレス発散になることに気付いて
今では帰国する度に歌ってます。 (・・・実はオランダの自宅にもカラオケがあったりする・・・)
(渋谷のカラオケボックスで100点満点を出したことも何度か・・・私の数少ない自慢の一つです?!)
歌う曲は~(高校にあがるまでクラシックしか聴いていなかった上、日本を離れてしまった為、最近の日本の曲はほとんど知らないので) 母に撮ってもらった「紅白歌合戦」のビデオに出てきた曲や、友人から貰った「テレビドラマ」のビデオで主題歌として歌われていた曲、あるいは自分が小さい時に見ていたアニメの主題歌が主です・・・
明日は、妹と「万華鏡キラキラ」のデュエットに初挑戦予定です。
いつか一緒にカラオケする機会があったら披露しますのでお楽しみに!