日光~日帰りの旅~ほか・・・

今日は、(遅ればせながら)今月初めの一時帰国中のお話を・・・


上海便乗務から戻った翌日から約一週間、一時帰国したのですが、今回は夫の姉の旦那さん(=義理の兄)とその娘(=姪っ子)も連れ、珍しく夫も同行・・・連日観光案内で忙しく過ごしました。

 

1日目 

KL861便で日本へ。

2日目 

成田到着。

3日目 

皇居・明治神宮・表参道を案内。 

皇居は、私も実は初めて行きました。  
江戸城跡で、マリアが、
(顔から血を流した)女の子の幽霊を見た
と言うので
「あ~本当~? 
戦(いくさ)で死んじゃった子が
いたのかもしれないね~
天国に行ける様にお祈りしてあげようね~」
な~んて言ってたのですが、
家に帰ってから
インターネットで皇居のサイトを見ていたら、
「江戸城内で行方不明になっていた女中が、
何者かに体中刃物で傷つけられて
城外に投げ落とされた」
という事件があった、という記載が・・・

4日目

 
早朝から日光へ。 
本当は一泊したかったのですが、夫が嫌だ
というので、
日帰りの強行軍。 
特急は満席で乗れず、
急行列車で約2時間かけて行きました。 
しかも最初の1時間半は立ったまま・・・。
 
東武日光駅到着後、案内所で
「日帰りなのですが、どういうルートで回ったら
一番効率が良いでしょう?」
と聞くと、
「今日は混んでいるので、日帰りなら、
駅に近い東照宮は後にして、
最初に遠いところから回った方がいいでしょう。」
とのことだったので、バスで中禅寺湖へ。 
「所要時間、通常45分のところ、
今日は90分かかります。」
とのアナウンスが入っていましたが、
結局2時間半かかって中禅寺湖に着きました・・・
しかも、これまた最初の1時間は座れなかった・・・
それでも、バスからの眺めが良かった
(日光では桜がこれからだったのです!)ので、
退屈することなく過ごせました。
中禅寺湖畔でお昼をいただき、華厳の滝を見学。 
昔のままでした・・・なつかしかった!
時計を見るともう午後4時・・・
東照宮は中にはもう入れないかもしれないけど、
行くだけ行ってみよう!
とバス停に戻ると、もちろん長蛇の列。 
予想では、3台目くらいのバスに
乗れるか乗れないか、というところ。 
その上、バスは30分に1台来るか来ないか・・・。 
前に並んでいたご夫婦(40~50代くらい?)
とお話しながら30分ほど待った頃、
ふと「このまま待っていても、
バスが来た時に列の最初の方でなかったら
また座れないのでは・・・?!」
ということに心配になり、
「・・・だったら、もしかしたら、
同じく30分おきに来る逆方向行きのバスで
湯元温泉まで行って折り返して来た方が
確実に座れるのでは・・・?!」と思い、
その数分後に到着した
湯元温泉行きバスに乗りました。 
再びバスからの景色を楽しみながら
湯元温泉まで行き、
折り返して中禅寺湖に戻って来ると、
さっき私達の前に並んでいたご夫婦が、
私達と同じバスにぎりぎりで乗って来ました。 
=つまり、あのまま並んで待っていたら、
このバスにも乗れなかったわけです・・・ 
「misaeよくやった!」とみんな密かに大喜びです。 
不思議そうにしているそのご夫婦に
「待っている時間がもったいないと思って、
湯元まで行って来ました。 
湯ノ湖や戦場ヶ原も見られてよかったです。」
と申し上げましたら、
「あんた達、頭いいねぇ! 
われわれは1時間半、立って待っとったよ~!」
と感心されました。
東照宮にたどり着いた時には
もう午後6時を回っていましたので、
当然中には入れませんでしたが、
夕闇のお寺というのも、なかなか趣がありました。 
暗くて写真には撮れませんでしたが、
五重塔と月・・・綺麗でした!

そのうち真っ暗になってしまったのですが、
東照宮を一通り外から見学した後、
歩いて日光駅へ。
 
結局、電車に往復約4時間半
&
バスに往復約4時間半・・・
「ゴールデン・ウィーク中は、
日帰りで日光には行かない方がいい」
ということを学んだ一日でした。

5日目

 
浅草・銀座・秋葉原を回りました。 
浅草寺もものすごい人出でした。 
義理兄は大喜びで
(人の頭で黒々とした仲見世通りなどの)写真
を撮りまくっていました。

6日目

 
お台場の大江戸温泉物語へ。 
夜は、弟夫婦と妹が来て、
皆で夕食&弟の誕生日会をしました。
 
7日目 
 
後ろ髪ひかれながら
オランダへ・・・
 
次は夏、帰れといいなぁ~


デリー便のフライト日記も、近日中に必ず・・・! 

どうぞお楽しみに

スペイン旅行記 その3

バルセロナ編
グラナダからバルセロナまで、夜行列車で約12時間・・・定刻より15分程遅れて翌朝の10時5分バルセロナ駅到着。 
グラナダ駅の食堂で出会った中国人青年が「ハロー」と声をかけてきました。 彼も同じ夜行列車に乗っていたんですね~偶然! 
 
ホテルは駅のそばの4つ星ホテル。
マドリッドと同じ4つ星ですが、マドリッドよりず~っと綺麗で、スタッフの対応もきちんとしていました。
マーガレットの花がホテルのロゴマークらしく、スタッフのユニフォームの襟元にはかわいらしいマーガレットのピンバッジが。
「素敵ですね!」
と褒めたら、サッとはずして一つ下さいました。
優しい
チェック・インの時間前だったので、荷物だけ預かっていただいて街を散策・・・と思っていたのですが、もうお部屋の用意ができているとのこと。
荷物は部屋に置き、父がシャワーを浴びている間に、翌日の「
バルセロナ半日ツアー」の予約を入れ、
父が「和食が食べたい」と言うので、散策へ出る前にホテル近くの「長瀬」というレストランへ行きました。
従業員はフィリピンの方でしたが、味の方は
本物の日本食でした!

昼食後、地下鉄でカタルーニャ広場へ。
そこから「
世界で最も美しい通り」と称されるランブラス通りを、大道芸人の芸(チャップリンの真似をしている人と、カエルの操り人形にピアノを弾かせている人が、とっても上手でした!)を楽しみながら、海へ向かって下りました。 
ランブラス通りの南端に、約60mの塔の上に立つコロンブスの像があり、その前がバルセロナ港です。
桟橋を渡っていると湿った生暖かい風が・・・空を見上げると低い黒い雲がどんどん近づいてきてきます。
急いで桟橋の先のショッピングモールへ。 入った途端、どしゃぶりの雨になりました。
スターバックスがあったので、しばらくお茶をして、雨がやむのを待ちました。
 
夕食は海の近くのレストランで、カタルーニャ名物・イカ墨のパエリア「Arros Negros」(美味しかった!)とショートパスタのパエリア「Fideua」をいただいて、いざタブラオへ。
バルセロナでは2泊。
2日目の晩はもともと
フラメンコ・ショーを見に行く予定になっていましたが、グラナダのショーがとても印象的だったので、最初の晩も(2日目とは別の)タブラオでのフラメンコ・ショーを見ることにしたのです。
ホテルのスタッフもお勧めの
EL CORDOBESというタブラオです。
EL CORDOBESはランブラス通りにあります。
店内は、入り口は
グラナダのアルハンブラ宮殿、ショーの会場はグラナダの洞窟に似せて作ってありました。 
私達は午後8時15分からのショー(ワン・ドリンク付き)を見たのですが、素晴らしかったです!!
グラナダのタブラオLOS TARANTOSと違ったのは、女性ダンサーがとてもモダンで普段着にもできそう(ちょっとヒラヒラが派手だけど)な衣装を着ていたことと、踊りも繊細で都会的だったこと。
それから
男性ダンサーが大活躍していたことです。
二人の男性ダンサーは、年齢は40~50歳(?)、一人はちょっと太め、もう一人は頭がかなり薄かったりしていたのですが、それでもカッコイイのです、これが!
”おやじ(?)”が格好良く踊る姿を見て、父がも~すっかり感動してしまい、
「日本に帰ったらフラメンコを習う!」
とまで(笑)
・・・大満足の父でした。
 
翌日は早朝から「バルセロナ半日ツアー」へ。
カテドラル教会近くの集合場所に30分程早く着いたので、集合時間までカテドラル教会の中を見学することに。
平日でしたが、教会ではミサが行われていました。

そしていよいよ、日本語が本当に堪能なスペイン人のハビエールさん(秋田出身の奥様としばらく日本にお住まいだったそうです)のガイドで、バスツアーが始まりました。
コースは、スペイン広場~オリンピック競技場~モンジュイック展望台~パセオ・デ・グラシア通り~バトリョ邸~ミラ邸~グエル公園~サグラダ・ファミリア
。
特に
グエル公園とサグラダ・ファミリアは、想像していた以上に見ごたえがあり、すっかりガウディのファンになってしまいました
ツアー解散後、昼食を取り、サグラダ・ファミリア前からバスでスペイン村へ。 
このスペイン村内にあるタブラオに、夕食+フラメンコ・ショーの予約を入れてあったので、予約の時間までこのテーマパークを見学。
スペイン各地の伝統的な建築物やアンダルシア地方の白壁の家並みなどが忠実に再現され、お土産屋さんも(割高でしたが)沢山あって楽しめました。

TABLAO DE CARMENのフラメンコ・ショーも良かったです。
が、前日の
EL CORDOBESの方が、見ごたえはあったかな・・・
すっかりフラメンコにはまってしまった父は、ショーの間(観客でただ一人)一緒になって手拍子を打ち「オーレッ!」
と掛け声を掛け、その掛け声のタイミングが良かったとギターリストに褒められ(!)超ご機嫌でした。
楽しんでもらえて私も嬉しかったです
 
以上、両親とのスペイン旅行記でした!
おまけ
両親が日本へ帰る同じ便で、今度は(秋休みで学校がお休みになった)子供達も連れて帰国したのですが、
父の為に「DVD付きのフラメンコ入門はないかしら・・・」と探していましたら、
(バルセロナで父が感動していた)例の”おやじ”ダンサー(EL TOLEOさん)がDVD付きの入門書を日本で出版していたんです!!
感動の再会(?)でした。
新星出版社 「DVDで覚える~シンプル・フラメンコ」 (¥1600+税)
という本です。
彼は、新宿の伊勢丹会館6Fにあるエル・フラメンコにも出演しているようです。
ビックリしました

スペイン旅行記 その2

ドバイへの乗務から戻って来ました。 フライト日記を書く前に、まずはスペイン旅行記のつづきを・・・
 
グラナダ編
特急TALGOからの景色を楽しみにしていたのですが、あいにくの雨模様で何も見えぬまま6時間後にグラナダ到着。 
両親は・・・よ~く眠っていました。 私は車内映画を2本(音声はスペイン語で字幕無し)見ました。 (ほとんどわかりませんでしたがxxx)
 
どしゃぶりの雨だったので、グラナダ駅前にはタクシーを待つ長~い行列ができていました。 そこで、とりあえず駅の食堂で昼食をとることにしました。 
 
ふと見ると、カウンターで中国人青年が注文しようとしています。
カウンター内には若い(アフリカ系?の)女性スタッフが一人。
様子を見ていると英語は全く通じず、その上、中国人青年が注文している最中でも後から白人客(スペイン人であったり、アメリカ人観光客であったり)が来ると、あからさまに彼らを優先しています。
でも、ど~も、意地悪をしている、というのとはまた違うのです。 まるで「
本能(?)で、知らず知らずのうちに有色人種よりも白人を優先」してしまっている・・・といった感じでした。
中国人青年が注文を終えたので、私達もチョリソー入りサンドイッチ・トルティージャ(スペイン風オムレツ)入りサンドイッチなどを頼みました。 英語は通じないことがわかっていたので、スペイン語入門を片手にスペイン語で注文しました。
頼んで間もなく、
トルティージャ入りサンドイッチを手渡されましたが、中国人青年も同じものを先に注文していたのを知っていたので、そのまま彼に手渡しました。 
・・・悪い予感はしていたのですが、心配していたとおり、私達の分のトルティージャ入りサンドイッチはきませんでした。 でも、他のメニューでもうお腹がいっぱいになっていたのでお会計を頼みました。
・・・心配していたとおり、トルティージャ入りサンドイッチもちゃんと加算されていました。 忘れられたのは、中国人青年の分だったのです(・・・やっぱり意地悪されていたのかしら??)。 お店の人に言っても理解してもらえないと思い、中国人青年に事情を話して彼から直接代金をいただき、(彼が再度請求されては気の毒なので)レシートは彼に渡しました。 
 
外を見ると、いつの間にか雨も上がり晴れ間が見えていました。 が、タクシーを待つ人々の行列は相変わらずで、私達もしばらく並んで待っていましたが1台も来ない(!)ようなので、地図を頼りに歩いてホテルまで行くことに。
地図の上では、「やっと半分まで来た」というところだったのですが、もうホテルの看板が見えるのです。 試しに行って見るとそれが宿泊先のホテルでした・・・(旅行代理店からもらった)地図が間違っていたのです。 (ホテルの看板に気付いて本当によかった・・・)
 
3つ星のホテルでしたが、マドリッドとうって変わってスタッフのにこやかなこと!!
グラナダは1泊2日。
翌日の
アルハンブラ宮殿見学しか予定していませんでしたが、折角なので、夕食をタブラオ(フラメンコ・ショーを見ながら食事ができる)でとることに。 その昔ジプシーの隠れ家だったという洞窟をタブラオに改装したというロス・タラントスを予約しました。
 
タブラオは午後8時からだったので、その前にグラナダの街を散策することに。
カテドラル教会を見学した後、教会から四方にのびる路地を気の向くままに歩き回りました。
独特だなぁと思ったのは、お土産屋さんに
スペインのもの(フラメンコの衣装など)と並んでアラビアのもの(モロッコの民族衣装?)が置いてあったこと。
グラナダはイスラム時代最後の王朝、ナスル朝の王都だったところ・・・それに、ジブラルタル海峡を渡れば、モロッコはすぐそこですからネ・・・(*⌒―⌒*)
タブラオはホテルからの送迎付きだったのですが、20分遅れで(でも平然とした顔で)お迎えが来ました。
遅れるのは普通のことのようです。 
白い家の間を迷路のように入り組んだ急な細道(これは、敵の侵入を防ぐ為、イスラム都市構造の特徴なのだそうです)をしばらく進むと、闇の中に、ライトアップされたアルハンブラ宮殿が。
タブラオは
アルハンブラ宮殿に対面する丘の上に掘られた洞窟跡にありました。

アンダルシア地方独特のお料理を楽しんだ後、いよいよフラメンコ・ショーが始まりました。
初めて見ましたが、思っていたよりも
素朴で”質素な中に情熱が込められた踊り”という印象でした。
(ここでのフラメンコは、
ジプシーの影響もあったりするのかもしれません・・・)
翌日は早朝からアルハンブラ宮殿見学へ。 
英語のガイド付きの見学ツアーだったのですが、ガイドのホセさん、地元の方なのですが、もう10年以上、ほぼ毎日、アルハンブラ宮殿のガイドをなさっているそうで、
「毎日ガイドをしていて飽きませんか?」
と伺うと、
「
四季の移り変わりや天候によって宮殿も表情を変えるので、全然飽きない。 アルハンブラは本当に美しい!」
と目を輝かせておっしゃっていました。
各所でじっくり時間を取って、とても詳しく、(裏話などを入れて)楽しく、(
アルハンブラ宮殿に対する)愛情あふれる説明をして下さり、
本当に良かったです!

それに引き換え・・・
(途中、日本人の団体客に追い越された際驚いてしまったのですが、)
日本語のガイドは相当ヒドそうでした・・・(^^;
追い越し際に私達のグループの隣でしばらく止まっていたかと思ったら
「ハイ、今の説明、聞きましたか?」(英語のガイドの説明ですから、説明は英語だったのに・・・)
しか言わないのです。
その後、私達のガイドを指しながら
「
ハゲ、ツルツル、ピカピカ、バカ」
と言っただけで(確かにホセさんは頭の薄い方でしたが)、
日本人の団体客が大笑いすると、他には何の説明もなく、さっさと私達を追い越して行ってしまいました。
唖然・・・(◎-◎;)!!
「日本語のガイドだったら、いちいち両親に訳さなくて済んで楽だったかもしれないな・・・」
と思っていましたが、とんでもない!
英語のガイドで良かった!! 
見学ツアーの後、アルハンブラ宮殿敷地内にあるパラドール(=古城や修道院、貴族の館をホテルに改装したもので、歴史の重みを感じさせる壁画やシャンデリアなどの内装も楽しめ、地元の食材を使った郷土料理をいただくことができる)で昼食をいただきました。 
食後に父がアイスコーヒーを飲みたいと言うので聞くと、
「
カフェ・フリオ(=アイスコーヒー)はないが、カフェ・コン・イエーロ(=氷入りコーヒー)なら・・・」
とのことだったのでそれを注文すると、(普通の、小さいカップに入った)
エスプレッソ・コーヒーに続いて氷入りのグラスが運ばれてきました。 コーヒーを氷入りグラスに移してアイス・コーヒーにしていただきました。 
最近は、(スターバックスの進出に伴い?)ヨーロッパでもアイスコーヒーを置くお店が増えてきましたが、基本的にはヨーロッパ(ただしギリシャを除く=ギリシャには、フラッペというアイスコーヒーがあります)では「コーヒーは当然ホットで飲むもの」のようです。
(日本へ初めて来たオランダ人の同僚達も「アイスコーヒー」と聞くと最初は口々に「気持ち悪~い」と言いますから・・・) 
昼食が済むと外は再びどしゃぶり・・・。
一旦ホテルに帰り、雨でもOKのショッピング・センターへ。
母は暖かそうなピンクのカーディガン、父は(スペインに来てから探し続けていた)”スペインらしい(?)”シャツ(本来20代くらいの男性が着ると思われる黒いシャツ)を、(お店の人に「えっ!? お客様がお召しになるのですか・・・?!」という顔をされながら)購入。 
その後、夜10時5分発の夜行列車でバルセロナへ向かいました。 (つづく・・・) 

スペイン旅行記 その1

昨日、日本からオランダへ戻って来ました。 
オランダは朝から雨です・・・今日の最高気温は12度(・・・北海道と同じくらい?)。 
 
では、先日両親と行ったスペイン旅行のお話を忘れないうちに・・・
 
アムステルダム~マドリッド
10月8日(土)、成田から到着するKL862便の到着予定時刻をTELETEKST(=オランダの文字放送: とっても便利!)でチェックし、午後2時過ぎに夫に来るまでスキポール空港まで送ってもらい(夫はそのまま、日本語補習授業校へ通っている子供達を迎えにアムステルダムへ・・・)、チェック・インと出国手続きを済ませて、KL862便の到着ゲートへ。 数分後に到着した飛行機から降りてきた両親を出迎えました。
 
マドリッド行きの便の乗り継ぎまで4時間近くあったので、両親を連れて入国手続きをし(・・・私は出国しないまま再入国した形になりますが・・・)、到着ロビーで夫と子供達と合流。 
しばらくお茶した後、空港に隣接しているシェラトンホテルのレストランで皆でお食事しました。
 
夫と子供達に見送られながら(乗務以外で子供達を置いて家を離れるのは初めてだったので、ちょっと辛かったです・・・学校がなかったら子供達も一緒に連れて行きたかったナ・・・)両親と出国手続き(・・・といってもヨーロッパ内は搭乗券だけでパスポートは見せず、あとは手荷物のX線検査を受けるだけなのですが・・・)をして、マドリッド行きKL1707便の出発ゲートへ。
幸いそれ程混んでいなかったので、両親の隣のシートをいただくことができました。 離陸してから見えるアムステルダム近郊の景色を説明したり、機長のアナウンスを訳したりしながらマドリッドへ。
アムステルダム出発時、チェック・インしたのに搭乗していらっしゃらないお客様がお一人いらして、その方の荷物の積み下ろし作業(単に出発時間を間違えたり空港で迷子になっていたりした為だったりもするのですが、爆弾テロなどの可能性を考えて、搭乗して来ない乗客の荷物は、どんなに時間がかかっても探し出して飛行機から降ろすことになっているのです)に時間がかかり、出発が1時間近く遅れたのですが、飛行時間が短かったたのでマドリッドには定刻に到着しました。 
 
到着ロビーに、両親と同じツアーのロゴが入ったボードを持った旅行代理店の現地スタッフ(日本語を話せるスペイン人)が何人か立っていました。 空港~ホテル間の送迎サービスです。 両親も送迎サービスを頼む予定だったのですが、片道一人8300円(=二人で16600円=約120ユーロ)もするというのでやめて、タクシーで行きました。 案の定、空港からホテルまで(チップも入れて)55ユーロで済みました。 
 
マドリッド編
宿泊したホテルは、Gran Via 沿いの4つ星のホテルだったのですが、スタッフが笑顔を見せないことにビックリ。 受け答えは親切なのですが笑わないのです。 いろいろ面白いことを言ってみても、ちょっとニヤリとするくらい。 後から聞いたのですが、スペイン北部の人達は南部の人達に比べて愛想が悪いとか・・・ニコリともせずに親切にしてくれる人々・・・面白いくらい、本当にその通りでした。 
もう一つビックリしたのは、このホテルのエレベーター。 小さくって三角なのです。 広さは畳半分くらい? 両親と私の三人、伸び上がってやっと乗れる大きさでした。 義理母(夫の母)が一緒だったら、多分一人でも乗れなかったでしょう・・・義理母はバスト100cm以上、ウェストはそれ以上あるのです・・・
マドリッドでは、(夜遅く到着し、早朝に出発したので)中一日フリータイムがありました。 朝食では朝からチョリソー(スペインのソーセージ)を食べ、ここ特製だというトースト(トーストの上にまずガーリック入りオリーブオイルをかけ、その上にトマトのみじん切りにハーブを加えたようなものをのせたもの)をいただき、それからプラド美術館へ。 
日曜日だったので入館料は¥0! 美術にはあまり興味がなく途中で「疲れた」と言って外に出てしまった父をよそに、母と二人でベラスケスやゴヤの絵を鑑賞しました。 私はいろいろ見た中で、ムリーリョの絵が一番好きでした。
そういえば、入館する際に手荷物検査があり、壁にも「カメラにバツ印」の表示があったので、てっきり手荷物検査でカメラを没収されるのかと思いきや、没収されたのは母が持っていたバナナとペットボトル入りジュースだけで、館内でもみんな写真やビデオを自由に撮っていました。 いいのかなぁ~?と思いつつ、私も数枚撮ってしまいました。
 
マヨール広場で昼食(ガイドブックに載っていた写真を見せながら、いろいろなタパスを注文しました)をとり、スペイン広場にてドン・キホーテ像の前で写真を撮り、父が楽しみにしていた闘牛見学へ。
ラス・ベンタス闘牛場~スペインで最も歴史があり、闘牛士であれば誰しもここで闘牛をしたいと願い、ここで闘牛をしたということがステータスになる、スゴイ闘牛場だそうです。 その日は、闘牛祭りの最終日で、スペインで最も優秀な闘牛士&最も強い牛が出場するとのことで、闘牛場は満々席でした。
闘牛を見たのは初めてでしたが、ルールの説明を受けてから見たので一層楽しめました~観客席が10のエリアに分かれていて、エリア1に主賓が座り、エリア7には”ブーイング”(緑色のハンカチを振りながら”「牛替えろ!」コール”をするらしい)専門の観客が座るとか~実は、闘牛は、マタドール(難しい資格試験にパスした闘牛士で、金色の刺繍が施された衣装はマタドールにならないと着てはいけないそう)一人に、二人のピカドール(騎馬の闘牛士)・三人のバンデリリェーオ(マタドールの助手)で一チームのチーム戦で、マタドールが怪我をしたり死んでしまったりすると助手達は仕事が無くなってしまうので、マタドールが不利になる(=牛にやられそうになる)と助手がヘルプに飛び出してくる、といった裏話とか~
面白かったです。
 
翌朝は6時起きで、8時10分発の特急TALGOに乗ってグラナダへ。 (つづく・・・)