近況報告

今年はなんだか、いつもに増して、フライト・リーブ中ほとんど休まずに動き回っていて・・・

特に震災以降は、
チャリティーイベントのお手伝いや会社と協力しての支援物資運搬プロジェクトのアレンジ、
7月は、子供達と一時帰国→Flight Safetyの試験(機種別)→乗務(パラマリボ)
→両親を迎えに一時帰国、
8月は、両親を連れてオランダへ→Flight Safetyの試験(一般教養)→乗務(ニューヨーク)
→両親と(子供達のいる)ギリシャへ→乗務(リマ)→両親とパリへ→両親を連れて日本へ・・・

ブログを書く時間がなかなか取れずにいました。
(メールもですが、何かを言葉にするのには出来る限り時間をかけたいと思っているので、まとまった時間がないとブログも書けなくて・・・)
(Twitterでだけは、つぶやいていましたが・・・)
(フライト先や旅先での写真は先にアップしてありますので、よかったら見に行ってみて下さいネ)

この2ヶ月間、
オランダ→(東へ)日本→(西へ)オランダ
→(西へ)スリナム→(東へ)オランダ
→(東へ)日本→(西へ)オランダ
→(西へ)アメリカ→(東へ)オランダ
→(東へ)ギリシャ→(西へ)オランダ
→(西へ)ペルー→(東へ)オランダ
→(南へ)フランス→(北へ)オランダ
→(東へ)日本→(西へ)オランダ
と、オランダを原点に休みなく東西へ行ったり来たりして、
時差ボケする暇もなく、
気温差で風邪もひき、
日本から戻る便ではジャンプシートで腰も痛めてしまったので、

9月は、
毎夏実施していたユトレヒトでの日本人の集い『浴衣ナイト』等のイベント企画も、
自分の誕生日会
(↑オランダでは誕生日の本人がパーティーを開いて家族や友人をもてなすのですが)
も、何もせず
(・・・ユトレヒト日本人会の皆さん、ごめんなさい、気力が足りません(>_<))、
空いた時間には、ものを書いたり(ブログやメール)、ゆっくり絵を描いたり、ピアノを弾いたりして
心と身体を休ませようと思っています。

両親は8月1日成田発、8月31日に成田着・・・と今回は丸々1ヶ月ヨーロッパに滞在しました。
オランダでは部屋が狭くて申し訳なかったけれど、楽しんでもらえていたら嬉しいです・・・(*^-^*)

子供達も順調です。
8月22日から新学期が始まりました。
(今年、ユトレヒト州を含むオランダ中部は、夏休みのスタートが7月2日からと1番早かったので、
新学期のスタートも1番早かったのデス)
マリアも無事、ミハーリと同じSt.Gregorius CollegeのTTO(2ヶ国語教育科)に進学し、
お友達もすぐできたみたいで、
「クラス全員お友達♪」、授業も「全部楽しい♪」、先生も「全員いい先生♪」だそうで、安心しました。
ミハーリも相変わらず、彼女のリシアちゃんと、学年1位を競っています。

・・・私も頑張らないとネ(^-^)/

ありがとう ごめんなさい 許して下さい 愛しています (*^-^*)
(↑ 今この本を読んでいます)

フライト日記 (Singapore)

(7月初めに子供達と一時帰国し、その後フライトセイフティーの試験があったりして、またまた1ヶ月送れのフライト日記になってしまいました・・・すみません・・・(^^;;)

2011年6月
 (SIN)

夏の休暇明けのフライトは、久し振りのシンガポール便。
しかも9日間のロングトリップ。

本当はいつものように東京便と大阪便をリクエストしていました。
(東日本大震災後、ひたすら東京便だけが付いていたので、休暇明けも?・・・と期待していたのですが)
付いたのは、長~いシンガポール便でした。

いつもなら、長く家を空けたとしても、その分お休みも長いし、
9日間トリップでも全く構わないのですが、
今回は必死にスケジュール・チェンジを試みました。

なぜなら、娘のマリアの小学校卒業ミュージカルを観に行かれなくなってしまうからです。
(↑オランダの小学校は卒業式がありません。代わりに卒業生がミュージカルを公演します→長男ミハーリの卒業ミュージカル)

あちこち電話したりメールしたりしましたが、結局変更叶わず・・・(;_;)
歌の指導や大道具・小道具・衣装の作成のお手伝いもしていたので、マリアの同級生の子供達も皆
「私達も会社にお願いしてみるから!!」
と言ってくれて感動・・・。・°°・(>_<)・°°・。

マリアを悲しませることになってしまって胸が痛みました・・・
(オランダ人はもしかしたら仮病で休んでしまったりするのかもしれません)
が、仕事は仕事。
今まで学校行事にお休みを頂けていたことの方がありがたいと思い、
こういうことがあって然りの仕事を選んだのは自分なのだからと言い聞かせ、
乗務に出掛けました。

子供の頃からの夢だったこの仕事、就職して22年経った今でも毎回フライトに出るのは嬉しくて楽しくて幸せなのですが、
正直、今回初めて、家を出る時に「行きたくない・・・」と思いました。

が、落ち込んではいられません。
空港へ向かう電車の中で気持ちを切り替え、笑顔でクルーセンター到着(^-^)

今回は国際色豊かなクルーでした。
シニアパーサーのペーターはオーストラリア人、タイ人のタム、タンザニア人のアンスベルト、そして日本人の私。
外国人が私だけじゃないというのは珍しくはありませんが、大抵はオランダに多い移民(=トルコ人、モロッコ人、スリナム人、中国人、韓国人)。
オーストラリア人とかタイ人、そしてタンザニア人というのは初めてでした。

機種はB777-300。
担当はビジネスクラス。

久し振りの満席フライト。

B777のビジネスクラスは、他の機種よりも座席数が多いので、満席だと超忙しくなることで有名なのですが、
パーサーのペーターが頻繁に手伝いに来てくれて、本当に助かりました。
それから相棒のエスメラルダがまたとても陽気な人で、本当に楽しく仕事ができました。

シンガポール到着は現地時間の夕方。
クルーホテル到着後、シャワーを浴びて、いつものバー(シンガポールでは、eMというバー)でクルードリンク。
(全世界、どこのステイ先にもお決まりのバーがあって、いつも夕食前にそこにに集ります。成田ではクルーホテル内のバー。)
・・・の前に、タイ人のタムが、クルーホテル近くのショッピングモールにお寿司を食べに行くというので、連れて行ってもらいました。

腹ごしらえをしてからクルードリンクへ(^-^)

女性は相棒のエスメラルダしか来ていませんでしたが、楽しく飲んで、夕食へ。
夕食はLau Pa Satで。
そして夕食後は予想通りChijmesのInsomniaへ。

もう何年も前に香港のInsomniaで演奏していたCharcoalという香港のバンドが、
数年前にもシンガポールのInsomniaで演奏していたのですが、
今回もまた丁度遠征して来ていらして、
光栄なことに私のことを覚えていて下さって
(日本でも演奏されたことがあるそうで、日本語も少しお話しになっていました)
一緒に写真を撮らせて頂いちゃいました・・・(#⌒・⌒#)ゞ
(この方です↓)
http://www.youtube.com/watch?v=kRIsPjNoNlg&feature=related

ホテルに戻ったのは明け方5時?
でもお昼には目が覚めて(お腹が空いてしまってxxx)
ルームサービスで(フライト先ではできるだけ現地のお料理を・・・と思って選んだら)朝からいきなりカレーを食べてしまいました。

9日間トリップですが、往復共に飛行中に日付が変わる為、シンガポールには6泊しかしません。
つまり、
シンガポールへの往路乗務、到着日、オフ、デンパサール(バリ島)への往復乗務、オフ、デンパサールへの往復乗務、オフ、オランダへの復路乗務
となります。

途中2度入ったデンパサールへの往復乗務が、今までの22年ちょっとの乗務暦で恐らく最も大変なフライトでした。
それまでは、10年くらい前にボランティアでお手伝いしたヨーロッパ路線(例えば飛行時間1時間で温かいお食事をサービスするフライト)が一番大忙しなフライトだったと記憶していたのですが、
年のせいもあるのかなxxx今回のデンパサール便のサービスには驚きました・・・(◎_◎;)

飛行時間2時間(離着陸前後の時間を除くと正味1時間半くらい?)の間に、
おつまみ付きのドリンクサービス、
2Stepのミールサービス(前菜と主菜と分けてお出しするサービス)でしかもホットミールのチョイスも3つあり、
食後酒のサービスもして、
機内販売、お土産のデルフト焼のミニチュアハウスもお配りし、
合間にコックピットのケアもする(=最低30分おきにパイロットの無事を確認し、飲み物や食べ物を運ぶ)という、
本当に休む暇の全くないフライトでした。

デンパサールでは、約1時間の停泊時間中に機内で夕食をとり、
食べ終わったらすぐにまた往路の出発準備(=客室のチェックや、アメニティーキット・ウェルカムドリンクの準備etc.)に取り掛からねばならず、
ゆっくり座っている暇がないxxx
しかも、夕方からの乗務で、時差調整が苦手な同僚達は辛そうでした。

シンガポールのクルーホテルに戻ったのは午前1時過ぎ。
でしたが、それでもやっぱり乗務の後はeMでクルードリンク。
お店の方のお勧めで、私はずっとWodka+Lime Cordialというカクテルを飲んでいました。
モスコミュールのジンジャーエール抜き、という感じ・・・お勧めです(^-^)

お夕食は、最初のうちはLau Pa Satへ行っていたのですが、
後半はもっぱらNewton Circusへ。
こちらの方がお料理はずっと美味しかったので、いつかまたシンガポール便が着いたら、最初からNewton Circusに食べに来ようと思います。

相棒のエスメラルダがカラオケに行きたい!と言うので、
シニアパーサーのペーターとタンザニア人のアンスベルトと4人で、
Party World KTVというカラオケに行きました。
選曲や入力の仕方が日本より面倒でしたが、
英語はもちろん、ちゃんと日本語の歌も入っていて楽しめました♪

それから、Plaza Singapuraというショッピングモール内にヤマハ音楽教室を発見し、
お部屋を借りてピアノの練習もできました♪
(アップライトのピアノで1時間1500円くらい・・・他の国と比べると割高?)

クルーホテルの部屋では、子供達とスカイプで話したり、テレビでNHKを見たり、
フラメンコの練習をしたり(←オランダ戻った当日の夜、初めてのフラメンコの発表会があったので、練習しておかねばと衣装と靴も持って来ていたのデス)
と充実していました。

デンパサール往復乗務はあまりの忙しさに驚きましたが、
同僚達にも恵まれ、本当に楽しいフライトで、
マリアの卒業ミュージカルを見ることができなかった悲しさも紛らすことができました(感謝)

《おまけ》
フラメンコの発表会のビデオです↓


(タブラオ風の会場の後ろの方からの撮影)


(舞台袖からの撮影)

フライト日記 (Tokyo)

(この乗務の後、友人の結婚パーティーと高校の同窓会の為、再び一時帰国。戻った翌日からは娘のマリアの卒業ミュージカルのお手伝いをすることになって、毎日マリアと一緒に登校、ミュージカルの歌の指導や大道具・小道具作りをし、家に帰ってからも編曲や、衣装縫いなどをしているうちに、次の乗務が入り・・・と、またまた1ヶ月遅れのフライト日記になってしまったことをお許し下さい・・・m(_ _)m)

2011年5月
(NRT)

一時帰国(←毎年、日本のゴールデンウィークと同時期の『チューリップ休み』というオランダの学校のお休みに合わせて子供達と一緒に一時帰国するのですが、今年は原発事故のこともあり私一人で帰国しました)
から戻った4日後から再び東京便乗務。

今回も、会社のボランティアグループWings Of Supportからスーツケース2個余分に借りて、自分のスーツケースを含めて合計スーツケース3個分の救援物資を日本へ。
・・・と思っていたら、スーツケース3つに入りきらず、もう1個スーツケースを借りて、今回はスーツケース4個持って出発。

機種はボーイング747-400型機。
担当はAゾーン(=1階のビジネスクラス)。

震災後、前回までは、こんなに乗客が少なくて大丈夫なのだろうかと心配になるくらい空いていた東京便でしたが、
今回はかなり混んでいました。
外国人乗客数も大分戻り、ちょっと安心しました。

久し振りのビジネスクラス担当。
和食のミールサービスが変更されて(→元々そうあるべきだった本来のサービス方法になって)からは初めて・・・ですが、
和食を前菜と主菜に分けずにお出しする方法は、私は既に昔から試験的に度々実行していたことなので、
ようやく堂々と、見た目も美しい和食トレイをお客様にお出しできるようになって、本当に嬉しいです(*^-^*)
お客様からも好評でした♪

しかしながら、この和食トレイの出し方が変わったというお知らせが、
ギャレーに貼られるギャレーブリーフィングというものにしか記載がなく、
貼り忘れるパーサーも多いし、貼られても読まない同僚が多いので、
前回もそうでしたが、皆、変更があったことを知らない・・・(^^;
只今、会社に、社内報や社内ウェブサイトにも記載して欲しいと交渉中です。

満席でしたが、同僚達も手伝いに来てくれ、和気藹々と楽しくサービスできました(^-^)

成田空港の薄暗さにも慣れました。
今まで随分と電気の無駄遣いをしてきたのだろうな・・・と思う反面、
いつかあの明るさが戻る日が来ますように、とも願う・・・

成田のクルーホテル到着後は、いつものように、まずは救援物資の発送手続き。
より多くの救援物資を送れるようにと、会社がダンボール100箱分の箱代と送料を持ってくれることになっていたのですが、
(こちらから問い合わせた訳ではなく、私が乗務の度に救援物資を持って行っていると人伝に聞いて、是非協力したいと会社の方から声をかけてくれたのでした・・・感謝)
それは他のオランダ人の同僚達が利用できるように、私は別料金で。

スーツケース4個にぎっしり詰まっていた荷物を、種類別にダンボール箱に詰め替え、
(できるだけ送料を安くできるよう、ダンボール箱数を減らす為、隙間なく詰めるパズルをしているようでした・・・笑)
宛先を書き(福島県南相馬市の学校の校長先生宛)、
発送手続き完了。

シャワーを浴びて、2時間ほど仮眠を取り、実家へ。

翌日は例の如く朝から同僚達の東京案内。
雨模様だったので、今回は範囲を狭めて、
明治神宮→竹下通り(100円ショップ)→表参道(回転寿司)
のみで早々にクルーホテルに戻りました。

帰りの便もほぼ満席でしたが、
和食サービスが好評で、とても嬉しかったです(^-^)
(以前は、小鉢類を前菜として出し、後からご飯とお味噌汁を主菜として出すという、洋食サービスに合わせた変なサービスをしていた為、お客様からよく「ご飯は付かないのですか?」と質問されたりしたものです・・・(^^;;)

こちらは4月末に発行された社内報の記事↓

オランダでのチャリティーコンサートのこと、毎フライト救援物資を運んでいること
(震災後、3ヶ月間ずっと東京便だけをアサインしてくれた会社に感謝・・・!)
を紹介してくれ、
5月末まで、段ボール箱100箱分とその送料を会社負担にしてくれる旨書かれています。
大勢の同僚達が協力してくれ、会社が用意したダンボール箱は、東京・大阪共に、数箱を残して全て使用されたとのこと。

オランダからの救援物資として同僚達にお願いしたのは、説明がオランダ語で書かれていても困らない物。
大抵の救援物資受付窓口が、同じ都道府県内からのみの受付となっていた中、
チャリティーコンサートやチャリティーバザー、そしてこの救援物資に関しても
オランダ人の協力体制には心底感激しました・・・

東日本大震災に対する慈善イベントとしては世界最大(日本を除く)規模だったとされる『アヤックス対清水エスパルスの慈善試合』(←義捐金の総額は600万ユーロ強)では、清水エスパルスの選手達を無料でオランダに招いたと聞いています。

義捐金や救援物資への協力体制ばかりでなく、
私達日本人乗務員に対する会社の心遣いにも感動。
時々会社から電話がかかってくるのです、精神的に大丈夫かと心配して。
「自分の家族は皆無事だったけれど、祖国がこんなことになってしまって悲しいし、
原発事故のことは、離れていても毎日不安て、
正直、心配疲れを感じる。
乗務の時はもちろん笑顔でサービスするけれど、心の中は・・・。
本来日本人は、感情を表に出さないので、
こうしてそちらから聞いてもらえるとありがたい。
日本ベースの日本人の同僚達も同じだと思うので、
どうか十分にケアして欲しい。」
と話しました。

こんなに働きやすい会社とご縁があったことに改めて感謝しています。

フライト日記 (Tokyo)

2011年4月
(NRT)

(すみません、こちらは約1ヶ月前のフライトのお話です・・・(^^;;)

震災後、多分、自動的に毎回東京便を付けて下さっています・・・会社に感謝。・°°・(>_<)・°°・。

ヨーロッパの他の会社が東京に飛ばさなくなってからも東京に飛ばし続け(オランダ人乗務員を大阪で交代させていた為、成田発は関空経由アムステルダム行きでしたが)、
(会社からの説明によると、他社が東京に飛ばさなくなった理由は、危険だったからではなく、選挙が近かった為、国民の印象を良くする必要があったからだったとか・・・)
4月初めには東京直行便を復活。

震災後、初めて成田空港で飛行機を降りました。
(大阪経由の時は、成田空港に飛行機は降りても、私達は飛行機から降りられなかったので、なんだか感無量でした・・・)

大阪経由だった頃、
オランダ人乗務員は、
成田到着後に東京ベースの日本人乗務員の交代があり、
給油をし、それから更に(アムステルダムからの長時間乗務の疲れた体に鞭打って)大阪まで乗務、
日本人乗務員は、
(交通網の乱れもあったので、余裕を持って早朝から空港へ向かい)成田で乗り込んでから関空まで乗務し、
関空でオランダ人乗務員の交代とケータリングの搭載等を待って、
それから(通常の成田発直行便だったら最初のサービスが終わって休憩時間に入るくらいの時間になってから)
関空を出発してアムステルダムまで乗務、
という激務をこなしていました。
本当に大変だったと思います・・・就労時間制限ギリギリだったはず・・・
本当にお疲れ様でしたm(_ _)m
(元々寝不足に強い私は案外平気でしたが、疲れて辛そうな同僚達を見るのは辛かったです)

久し振りの成田空港は、至る所で電気が消されていて暗い・・・節電・・・関空とはえらい違い・・・
大阪では(テレビを見ない限り)あまりに変わりなく、まるで何事も起こっていなかったような錯覚に陥りましたが、
成田は、暗くなった街の照明が、大震災はやはり現実に起こり今も進行中なのだ・・・と実感させ、なんだか心も暗くなってホテル到着。

今回は、社内のボランティアグループWings Of Supportから、スーツケースを2個レンタルし、
合計スーツケース(自分のスーツケースを入れて)3個分の救援物資を運んできました。
(自分の荷物は最低限に控えて全てキャリーバッグに入れました)
中身は、オランダでの支援活動グループの仲間が用意した品々で、
南相馬の高校へ送る品々です。
まずはそれらをスーツケースからダンボール箱に詰め替えて発送する作業をしました。

その後は仮眠を取って東京の実家へ・・・行きたかったのですが、
ステイ中の行動範囲が
”1時間以内にクルーホテルに戻ることができる範囲”
(クルーホテルには緊急脱出用のクルーバスが24時間待機しており、非常事態発生時には、1時間以内に安全な場所へ全員で脱出することになっているとのこと)
とされていて、残念ながら実家へ帰ることはできませんでした。
空港職員の方は、都内であれば実家へ帰っても構わないとおっしゃって下さっていたのですが、
万が一何かあった場合、同僚達を待たせることになってしまうのはよくない、
今回は乗務員として来ているので、会社の指示に従うべき、
と判断しました。

実家へ寄れなかったのは残念でしたが、オランダ人の同僚達と過ごす成田もなかなか楽しかったです♪

夕方、ホテルのバーでのクルードリンクの後、
夕食は(いつも鉄板焼き屋さんに行きたがるオランダ人達を引き止めて)ホテルの斜め向かいの『やまと』さんで、いつものメニュー(=豚の生姜焼きセットと梅酒)。
夕食後はホテルのバーで皆でカラオケ。

翌日は、朝食後、1泊のスケジュールだった同僚達を見送った後(←私を含めて3名だけが2泊のスケジュールだったのです・・・これも恐らく会社が考慮して長いスケジュールの方を入れて下さっています(>_<))
その居残り組(?)3人で成田山新勝寺へ。
少しだけでしたが桜が咲いていて(大阪で惜しくも見ることができなかったので)嬉しかったです・・・やっぱり桜は日本で見たい(*^-^*)
帰りにショッピングモール・イーオンに寄り(イーオンも節電で暗~くなっていました・・・感心)、100円ショップで子供達へのお土産を買って、ホテルへ。

その日の朝到着した、翌日私達と一緒に乗務するクルーにジョインして、
クルードリンク以降は前日と同じスケジュール(笑)

ホテルの部屋では、乗務の時に救援物資を運ぶ活動(?)に関して会社や大阪のクルーホテルとのメールや電話の遣り取りがあってほとんどのんびりできませんでしたが、
楽しい成田ステイでした(*^-^*)

ご縁というのは面白いなぁ・・・といつも思うのですが、
100名近くいる日本ベースの日本人の同僚の中でも、(あたかも私がその方が乗務する日を狙ってリクエストしているかのように)何度も何度もお会いできる方もいれば、
一度もお目にかからないまま契約を終えて退社されてしまわれる方も・・・
今回驚いたのは、副操縦士のパスカル。
3月に乗務した東京便2本(どちらもステイは大阪)ご一緒して、それだけでもビックリしたのに、今回また一緒だったのです。
これでパスカルが独身で私の好みのタイプとかだったら”運命の人”だったかもしれません(・・・が、私はやっぱり日本人の方がいいです・笑)

よし! 明日(もう今日ですが)からの乗務の前に書き終えた~!!

今回もスーツケース3個分の救援物資を持って行きます(*^-^*)

フライト日記 (Tokyo/Osaka)

2011年3月
(NRT-KIX)

(すみません、1ヶ月半前のフライトのお話です・・・(^^;;)

休暇明けのフライト(3月15日)を(トロント便から)東京便に変えてもらい(ステイは大阪でしたが)、
戻った当日、再び会社がアレンジしてくれて、
最短のフライリーブで再び日本へ。

東京便でしたが、当時はまだ原発事故の詳細が明らかでなかったこともあり、
成田は経由するだけで、乗務員のステイ先は大阪でした。
成田が危険だから、という理由ではなく、
(危険だったら経由もしない、とのこと)
地震の危険性も考え、万が一の時に、乗務員が日本国内の1ヶ所、同じ場所にステイしていた方が便利だから、とのこと。
(↑ 注意: 4月6日より成田ステイに戻っています)

前回は出発直前に急遽大阪へ直行することになってしまったこともあり、
成田空港に着陸した時は、ちょっと感無量でした。
折角成田に着陸したのに、飛行機を降りられなかったのはやはり悲しかったです・・・(;_;)

成田では、お客様が降りられた後に、東京ベースの日本人乗務員の交代があり、
給油後、大阪へ。
成田~関空間で富士山が見られるかと楽しみにしていたのですが、残念ながら雲が厚く、拝めませんでした。
でも、関空到着前の景色は素晴らしかったです。

午後2時くらいだったでしょうか、クルーホテルに着くと、
会社とのコンタクトパーソンとして長期滞在している機長が出迎え、
チェックイン前に、地震や原発の現状と、滞在中の注意事項などをブリーフィング。

ブリーフィング後チェックイン。
通常は成田までで乗務が終わり、とっくにホテルで休んでいる時間でしたので、
成田での停泊後、更に関空まで乗務があり、お飲み物とおつまみのサービスをきちんとしましたから、
オランダ人の同僚達はもうクタクタの様子でした。
私も、今回は、いつもならまだフライトリーブ中のところ飛んできましたし、
短いフライトリーブ中も、オランダでのチャリティーイベントのお手伝い等あったので、
疲れていたと思うのですが、
気が張っているせいか全く眠くありませんでした。

オランダ人の同僚達が皆部屋に上がってしまってから、
オランダから持ってきた救援物資の発送手続きをし、
それから夕方まで2時間ほど仮眠を取りました。

夕方、母から電話。
前回に続き、今回も大阪ステイとなり、両親と妹と甥っ子が大阪まで会いに来てくれました。
・・・というか、本当のところは、私が原発と地震を心配して、
詳細がはっきりするまでは念の為東京からも離れていた方がいいのではないかと思って、
せめて私が大阪に滞在している間だけでも大阪に会いに来てもらいたいと頼んだのです。

今回の東京便(ステイは大阪ですが便名は東京便のまま)は、
冬のスケジュール最後の成田3泊5日のスケジュール、
3月末からの夏のスケジュールにはないロングステイ・フライトで、
リクエストしたけれど頂けなかった便だったのですが、
結局その便に乗務できることになった廻り合わせに、これもまた運命なんだろうな・・・としみじみ感じました。

夕食は、両親と妹と甥っ子、そしてオランダ人同僚達と、
大人数でわいわいとお好み焼きを頂き、
夕食後は両親が宿泊している部屋で家族で梅酒を飲みました。
(甥っ子は小学生なので牛乳)

翌日は、前回同様、オランダ人の同僚達を連れて京都へ。
1週間前に訪れたばかりでしたので、道案内はバッチリ(^-^)/
桜がぎりぎり咲いていなかったのだけが残念でしたが、
日本行きを怖がっていた同僚達の心も、
(前の晩のお好み焼きと、穏やかな京都の町並みで)和んだ様子・・・よかったです。

京都では、着物で散策しているカップルを何組か見かけました。
素敵でした・・・私もいつか・・・

もう何度も訪れている京都でしたが、
「本物の芸者を見てみたい」
という同僚のリクエストで、
今回初めて祇園・花街を観光ルートに取り入れてみました。
清水寺近辺で見られるのは、観光客が扮した舞妓さんですのでネ(*^-^*)

以前、前世を見て頂いたお話をしましたが(→ https://greetingsfromhollandwithlove.wordpress.com/2010/05/19/%E5%89%8D%E4%B8%96%E3%81%A8%E5%AE%88%E8%AD%B7%E9%9C%8A/ )
私の前世の一つに花街が出てきます。
初めて通った道なのに、初めて見た建物なのに、なんだか知っているような気がしてドキドキしたのは、
そのせいなのか・・・???

京都からホテルに戻り、同僚達は疲れて休んでしまい、私は
(私達が京都へ行っている間、甥っ子を連れて水族館へ行っていた)両親&妹、甥っ子と合流し、夕食。
4人は翌日東京へ・・・
原発問題が収まるまで暫くオランダに連れて行くことも考えていましたが、
仕事を休んだり、学校を休んだり・・・というのは、やはり難しいですね、日本人には。
家族の誰か一人でも残っていたら、その人を置いて自分だけ避難する・・・というのも辛いですしね。

家族を見送った後、
(オランダ人同僚達も、出発前日なのでホテルでゆっくりしているとのことだったので)
急遽、(神戸のNOTAMさんというエアライングッズを主に扱う雑貨屋さんの店長さんの計らいで)
会社の大阪支社で働く友人達に会いに行くことにしました。
(Oさん、本当にありがとうございました!)
(NOTAMさんのホームページです→ http://notamkobe.com/ )
私が日本ベースで乗務していた頃はバブル絶頂期だったので、
毎年社員旅行なるものがあり(懐かしい・・・!)、
普段お話することのない日本支社の色々な部署の方々と知り合うことができたのです。
同じ会社でも、他の部署の方々からお話を伺う機会なんて滅多にありませんから、本当に貴重な、有意義な時間でした。
オランダにベースを移してからも、時々大阪に遊びに行かせて頂いたり、
関空に就航してからは大阪便が付く度にオフィスに寄らせて頂いたりしていたのですが、
いつからか大阪ステイが1泊になり、フライトが付いても
(朝到着して、仮眠を取り、夕食を食べて寝て、翌朝出発・・・と)時間がなく、
長らくお会いできずにいた大阪支社の皆さま・・・
久し振りにお会いできて嬉しかったです。・°°・(>_<)・°°・。
震災後、当然大きな打撃を受け、皆さま大変そうでしたが、
日本とオランダと遠く離れていても心は一つ、皆で一緒に頑張ろう!
という気持ちが伝わってきて、心底感動しました・・・!(←チームワークに弱い私)

夕食は、NOTAMさんが企画されていた
間もなくオランダに引っ越されるTさんのお別れ会にジョインさせて頂きました。
Tさんには以前ユトレヒトでお目にかかったことがあるのですが、
スケジュールが変わったことによって彼女の日本でのお別れ会に出席できることになるなんて・・・
ご縁があるのですねぇ・・・(*^-^*)
(オランダでの生活を満喫されているTさんのTwitter→ http://twitter.com/#!/bebepowder )

京都から戻った日も、この日も、
ホテルの部屋に戻るとメッセージランプが点いていて、確認すると
他の便で到着したオランダ人の同僚達が救援物資を持って来てくれているとの連絡。

「私の日本滞在中に日本へのフライトが付いている同僚で、
救援物資(=救援物資受付窓口で受け付けている物資に限定)を
持って来られる人は、ホテル到着後、私に連絡下さい。
ダンボール箱の手配、梱包、発送は私が全て引き受けます。」

というメッセージを、今回出発前にFacebookの会社のグループに流しておいたのです。
予想以上に協力してくれる同僚が大勢いて、感動しました・・・(T_T)

乗務の時に救援物資を運ぶ・・・それくらいしか今の私にはできないxxx
そう思って始めた活動に、
同僚達が次々協力してくれ、いつしかそれが会社の耳に入って、会社から連絡があり、
現在は、箱代と送料を会社が持ってくれています。
感謝!!

帰りの便では、3月26日の夏のスケジュールの開始と同時に新しくなったビジネスクラスの食器の実物を初めて見ました。
マーセル・ワンダースというオランダ人デザイナーによる作品。
ゴージャスな感じでなかなか素敵・・・(*^-^*)

ただ・・・洋食用のアンダープレートのサイズが小さくなって(←以前のアンダープレートが、お皿に比べてかなり大きかったのが、ほぼピッタリのサイズになり)
(最初から無理があったと思うのですが)
(楕円形をした)和食のホットミールが、(円形の)洋食のアンダープレートにいよいよ乗らなくなり、
和食の主菜(?)を出す時に困ることになりました。

実は私は、(以前 https://greetingsfromhollandwithlove.wordpress.com/2010/11/25/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E6%97%A5%E8%A8%98%E3%80%80tokyo-8/ にも書きましたが、)
ホテルオークラの和食サービスが始まった当初から、
これを前菜・主菜に分けて出すのはおかしい・・・
(それより何より、楕円形の和食器を円形の洋食器に乗せて出すのは、見た目も悪過ぎる・・・)
と思っていたので、
私が日本路線に乗務し、Aゾーン(=CA1人で担当する、1階のビジネスクラス)にアサインされた時は、自分で工夫をして、
洋食は前菜ー主菜と分けて、和食は分けずに一度に、お出ししていました。
和食トレイの食器の形や配置を見たら、そのように(前菜・主菜に分けずに出すように)デザインされているのが一目瞭然だったからです。

昨秋KLM OPENではオークラの総料理長様にお目にかかる機会があり、やはり沢山のクレームがきているというお話を伺い、
度々サービスリマークスを書きましたが、
「洋食と和食で別の手順でサービスすることはできない」
と会社には聞き入れてもらえずにいました。

が、今回、実際問題として、前菜ー主菜に分けてサービスすることが不可能となり、
また、たまたまプライベートで乗っていた同僚のYさんが、
PVS(=パーソナル・ビデオ・システム)に和食サービスの紹介ページがあり、
そこに、ホットミールも一緒にセットされた、美しい和食トレイの写真が掲載されているのを発見、教えて下さり、

(↑ これです・・・この写真を見た後に、ホットミールが乗っていない和食トレイを見ると、本当にみすぼらしく見え、また、ホットミールだけが乗ったトレイも然り)
そのことも追記し、自分で撮った写真やイラスト、(実際に自分が試してみた)サービス手順例も加えて
改めてサービスリマークスを書いたところ、
ようやく聞き入れてもらえ、
現在は(オランダ人の同僚達が混乱せずにサービスできていれば・・・ですが)
和食は前菜・主菜に分けずにお出ししているはずです・・・よかった(*^-^*)
なんだか盛り沢山の長~いフライト日記になってしまいましたxxx
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
明日からまた東京便乗務なのですが、4月の東京便のフライト日記もできるだけ早くアップできるように頑張ります・・・(^^;;

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チャリティーコンサート@アムステルダム&ユトレヒト

長らくブログが滞ってしまっていてスミマセンxxx

乗務の前後は、オランダでのチャリティーイベントの準備のお手伝い、救援物資輸送のお手伝いで忙しくしていたところに、
3月から個人的にオランダ人同僚の有志と細々と続けていた『救援物資を日本路線乗務時に持参して救援物資窓口へ送る』活動を会社が援助してくれることになり、
(それまで自己負担だった、クルーホテルで購入するダンボール箱代と、送料を、ダンボール100箱分まで会社が持ってくれることになったのです・・・感謝!)
そのアレンジのお手伝いが入って、
もともと文章がスラスラ書けないたちなので、ここ数週間、連日3時間睡眠で、日本語とオランダ語のメールの遣り取りに追われていました。

そんな中、オランダでのチャリティーコンサートでピアノ演奏させて頂きました♪

4月10日にアムステルダムで行われた
Vogels Zingen Charity Concert
では、
長男ミハーリとの連弾と、友人達(うち2人はプロのピアニスト)の協力を得て1台8手連弾を演奏しました。
(どちらも演出重視作品です♪)

4月15日にユトレヒトで行われた
Japan Helpen Kan! Benefiet Concert
では、
長女マリアのバイオリンの伴奏をしました。
第2バイオリンの代わりにプロのリコーダー奏者の松田あゆみさんにリコーダーを吹いて頂き、とても温かい演奏となりました。
(NHKワールド用に撮影されたビデオがあるらしいので、入手でき次第UPしますね)

ユトレヒトのコンサートでは司会を担当させて頂いたのですが、
私の声が、ブライアン・イーノという方の音楽に似ていると言われ、ものすごく光栄でした。

神秘的で懐かしい不思議な音楽・・・私の声が、この音楽のように、聴く人の心に心地よく響くとしたら、どんなに嬉しいことでしょう。
久し振りの、しかも最高のCompliment、ありがたく受け止め、これからも頑張りたいと思いました。

『水からの伝言』

昨日書いた

『水からの伝言』の著者として有名な江本勝氏より
”世界のみなさまへお願い
愛と感謝の祈りを福島原発の水たちに送ってください!!
http://ameblo.jp/emotopeaceproject/day-20110327.html ”

というTwitterのツイート、
日本時間ではもう正午をまわってしまっていたので無駄だったかもしれませんが、
オランダでは多くの友人・同僚達から
「私も祈りましたよ!」
というメールを頂きました。

「ばかばかしい」
と思った人も当然多かったと思います。
科学では証明できないこと、仕方ありません。

でも、
科学では証明できないこと=スピリチュアルなこと
私は結構信じるタチなのです。

『水からの伝言』・・・ミハーリが補習校の小学部5年生の時の担任の先生が
『ガイア・ハート・プロジェクト』として授業に取り入れて下さって、私は知っていました。
当時のブログにも書いたのですが、
(https://greetingsfromhollandwithlove.wordpress.com/2005/11/27/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88/)

>湧き水に「ありがとう」という言葉を何度も聞かせたり美しい音楽を聞かせると、
>美しい形の結晶ができるのに対して、
>同じ湧き水に「ばかやろう」などネガティブな言葉を聞かせると、
>驚いたことに醜い形の結晶になってしまう上、腐る速度が速まる

という実験ビデオを見ました。

>人間の体の約70%は水分
>・・・ということは、私達の体内の水も、
>優しい言葉や美しい音楽を聞くと浄化され、
>ネガティブな言葉を聞くと腐る?
>・・・他の人に対して
>醜い言葉ばかり発している人の体内の水を凍らせたら、
>醜い結晶ができる?

改めて『言霊』について考えさせられたことを思い出しました。

昨日の正午、全世界でどれくらいの人が福島の水に対して祈りの言葉を投げかけてくれたのかわかりませんが、
祈りが届くことを心から願っています。
_____________________________________

一昨日の夜、オランダに戻りました。
久し振りに100%のスケジュール(=最短のフライトリーブ)で、しかも2本連続で現在勤務時間最長路線となっている東京/大阪便だったせいか、
(機内や大阪ステイ中は元気だったのですが、)今日になってぐったりしています。
でも、子供達の学校や習い事は普通にあるので、あんまりダラダラしてはいられません。
フライトに出ている間に溜まった洗濯物(洗い物は最近マリアがやってくれるので助かってます)だけは今日やらねば・・・

次のフライトも、最短リーブで来週早々また東京/大阪便に乗務予定でしたが、
私が頻繁にフライトに出る=元夫が子供達の面倒を見る
→彼から苦情が出た為、
通常の50%のリーブ(※)を消化した後、 4月20日からの東京/大阪便(原発騒動が治まっていたら成田ステイ)に乗務することになりました。
救援物資を送るのにオランダ人の同僚達がとても協力的だったので、私がいないと(宛て先を日本語で記入するなどの)発送のお手伝いができなくて心苦しいのですが、
来週はマリアの小学校でチャリティーバザーを企画することになり、
また4月10日のアムステルダムでのチャリティーコンサートのピアノの練習もしないといけないので、
これでよかった(=元夫に感謝すべきな)のかもしれません。

私もですが、皆さんも、精神的にも肉体的にも疲れが出始める頃だと思うので、
ご自愛下さいネ。

フライト日記と写真もこれから少しずつ書こうと思っていますので、もうしばらくお待ち下さいxxx

(※) 各フライト、トリップサイクルというのがあって、
今回の東京/大阪便は乗務3泊5日でリーブ7日間のトリップサイクル12日間のフライト。
100%で乗務している場合は、7日間お休みした後4月7日からまた次のフライトに出ますが、
50%で乗務している場合は、トリップサイクルが2倍となって(=トリップサイクル24日間)、
フライトリーブは19日間となり(そこに前回の東京/大阪便の遅延の時に頂いたエクストラリーブ1日が付いて)
20日からのフライトとなっています。

東北関東大震災被災者の為のイベント情報@オランダ(2011年3月24日現在)

オランダで今後予定されている支援活動です。
(オランダにお住まいの方、オランダ人のご家族やご友人にも是非知らせて下さいネ!)

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Japanese Film + Japanese hapjes
日時:3月24日(木) · 16:00 – 19:00
場所:POP UP GALLERY
(Pretoriusstraat 69, 1092GB Amsterdam http://popupgallery.moonfruit.com/)
主催・連絡先:宮地さち http://www.sachimiyachi.com
入場料:ご寄付(すべて義援金となります)
内容:アーティスト謹製のお鮨をつまみながら映画鑑賞をどうぞ。寄付はすべてJCCへ義援金として送ります。
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Casual Friday Radio for Tsunami Relief @Zuidas
日時:3月25日(金) · 17:00 – 19:00
場所:Grand Café Amsterdam Bright City (Claude Debussylaan 2-8, 1082MD Amsterdam)
主催・連絡先:Japan Helpen Kan! http://www.japanhelpenkan.nl/
入場料:無料
内容:WTC周辺のビジネスマンが集まるラジオショーに出演し、会場で折り鶴のワークショップ、チャリティオークション、ミニコンサートなどを開催します。どなたでもご参加いただけます。オークションへの出品、折り鶴のインストラクターなどのボランティア大歓迎。
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piano concert ‘Sonic Tapestry’ by Tomoko Mukaiyama
日時:3月25日(金) · 20:30 – 22:00
場所:KORZO theatre (Prinsestraat 42, 2513CE Den Haag http://www.korzo.nl/)
入場料:€17.50
内容:世界的ピアニスト、向井山朋子さんのソロコンサート。アサヒ・アート・フェスティバル(http://www.asahi-artfes.net/)へ義援金を送ります。
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Steun Japan actie Almere
日時:3月26日(土) · 10:00 – 16:00
場所:Stadhuis Almere (Stadhuisplein 1, 1300AE Almere)
主催・連絡先:今井憲子 06-13949858
入場料:無料
内容:書道、邦楽演奏、折り紙などの文化イベントを行い義援金を募ります。
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JWC 東北地方太平洋地震救済バザー Bazaar @囲碁会館
日時:3月26日(土) · 10:30 – 14:30
場所:囲碁会館 (Schokland14, 1181HV Amstelveen)
主催・連絡先:JWC (Japan Women’s Club) http://www.jwc-holland.org/
入場料:€2
内容:物品販売(手作り和風手芸品、手作り食品、不用品)
*バザーでの売り上げはすべて今回の東北地方太平洋地震への義援金として日本赤十字社に送ります。
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震災被災者支援バザー@ロッテルダム
日時:3月26日(土) · 11:00 – 14:00
場所:ロッテルダム日本人学校 (Verhulstlaan 19, 3055WJ Rotterdam)
主催・連絡先:羽津元之 windmill@gmail.com
入場料:無料
内容:ロッテルダム日本人学校の校舎をお借りして、支援バザーを行います。ロッテルダム日本人学校、ロッテルダムはくよう会、ロッテルダム地区及びライデン地区の日本人有志の方々の協力で行われます。
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マーストリヒトでのチャリティイベント
日時:3月26日(土) · 27日(日) · 11:00 – 18:00
場所:Vrijthof広場
内容:折り鶴ワークショップ,日本の紹介・東北地方太平洋沖地震情報の展示,Hogeschool Zuyd音楽学院によるコンサート(会場・時間未定)
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Snel en Lening Judo Sponsorloop
日時:3月26日(土) · 13:00 – 13:30
場所:Judo-Dojo (Fabritiuslaan 2, Wassenaar)
主催・連絡先:Sportvereniging Snel en Lenig Wassenaar vechtsport@snelenlenig.nl
入場料:無料
内容:1周400メートルの柔道場を30分間なるべくたくさん走り、スポンサーになってくれる家族や友人をできるだけ集め、周回数に応じて寄付を受けます。関心のある方はどなたでも歓迎です。
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LIVE AID JAPAN @Mediamatic
日時:3月26日(土) · 15:00 – 22:00
場所:Mediamatic Bank (Vijzelstraat 68, 1017HL Amsterdam http://www.mediamatic.net/page/204026/en)
主催・連絡先:秋津さやか http://www.sayaka-akitsu.net/en/Top.html
入場料:€5(すべて義援金となります)
内容:音楽家やアーティスト、パフォーマー、ダンサーが集まり、支援パフォーマンスを次々と上演致します。
会場では食べ物の販売、アート系グッズの販売、折り紙コーナーなども予定しており、売上げは義援金となります。
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Stille tocht – 静かな祈りの行進
日時:3月26日(土) · 20:00 – 21:30
場所:アムステルダム中心部、20:00までにSpuiのアメリカンブックストア前に集合の後、ダム広場まで行進。
主催・連絡先:Japan Helpen Kan JapanHelpenKan@gmail.com
内容:地震・津波の犠牲になられた方々を悼み、被災地で生活される皆さんのご苦労を思い、Spui からダム広場まで、キャンドルを手に静かに行進します。多くの方々のご参加をお願いいたします。義援金寄付の場も設けます。
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Play for Japan – Charity concert for the Earthquake victims in Japan
日時:3月26日(土) · 20:00 – 23:00
場所:Church of Our Saviour (Bezuidenhoutseweg 157, Den Haag)
主催・連絡先:夏山美加恵 mikae.lalba@gmail.com
入場料:無料
内容:バロック、弦楽四重奏、邦楽、即興+モダンダンスなどカラフルなコンサート
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Benefit concert-earthquake in Japan
日時:3月27日(日) · 16:00 – 17:00
場所:Conservatorium van Amsterdam (Oosterdokskade 151, Amsterdam)
主催・連絡先:japan.charityconcert@gmail.com
入場料:無料
内容:アムステルダム音楽院の教官・学生によるコンサート。世界的に著名なウィレム・ブロンズ教授の演奏もあります。
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Benefiet Concert voor Japan
日時:3月30日(水) · 12:30 – 13:00
場所:Theaterzaal , Basisschool Jan van der Heijdenhuis (Tweede Jan van der Heijdenstraat 75, Amsterdam)
主催・連絡先:江黒真弓 http://www.mayumieguro.com
入場料:無料
内容:公立学校でのチャリティコンサート(出演 小川朝子:ヴァイオリン、松田あゆみ:リコーダー、江黒真弓:ピアノ)
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Benefit Concert for Japan
日時:3月30日(水) · 18:00 – 23:30
場所:Pulchri Studio (Lange Voorhout 15, 2514EA Den Haag http://www.pulchri.nl/)
主催・連絡先:Genzo Okabe http://www.genzookabe.com
内容:ハーグでも名高いPulchri Studioにて震災・津波の被災者のためのチャリティーコンサートを行います。
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Charity Pop Concert SOS Japan P60 Amstelveen
日時:4月1日(金) · 20:30 – 23:30
場所:Poppodium P60 (Stadsplein 100a, Amstelveen)
主催・連絡先:http://www.sosjapan.nl/index_ja.html
入場料:€15
内容:オランダの一流アーティストたちによるコンサート(ジャズ、ロック、ラテン、ポップ)
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JAPAN HELPEN KAN! in Amstelveen
日時:4月3日(日) ·20:30 – 21:30
場所:Cultuurcentrum Griffioen Vrije universiteit Amsterdam (Uilenstede 106, 1183 AM
Amstelveen http://www.griffioen.vu.nl/)
主催・連絡先:小川朝子 asako_ogawa@yahoo.co.jp
入場料:€15(子ども€10、すべて義援金となります)
内容:ヴァイオリントリオ、リコーダーアンサンブル、トロンボーンクワルテットによる多彩なコンサート
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Vogels Zingen Charity Concert
日時:4月10日(日) · 15:00 – 16:30
場所:Maarten Luther Kerk (Dintelstraat 134, Amsterdam http://www.luthersamsterdam.nl/)
主催・連絡先:松田あゆみ genmatsuda@hotmail.com
入場料:€10(すべて義援金となります)
内容:さまざまな年齢・ジャンル・楽器のミュージシャンによる、楽しいコンサート
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Japan Festa Casual Friday Radio @Zuidas
日時:4月22日(金) · 17:00 – 19:00
場所:Grand Café Amsterdam Bright City (Claude Debussylaan 2-8, 1082MD Amsterdam)
入場料:無料
内容:3月25日に続き、ラジオショーで各種ワークショップ、チャリティオークション、茶道や生け花の実演、コンサートなどを開催します。どなたでもご参加いただけます。催し物のボランティア募集中です。
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Tabula Rasa for Relief Japan
日時:4月27日(水) · 20:00 – 23:00
場所:Maarten Luther Kerk (Dintelstraat 134, Amsterdam http://www.luthersamsterdam.nl/)
主催・連絡先:松本和志 santikazushi@gmail.com
入場料:ご寄付
内容:音楽とダンスの即興によるパフォーマンス(John Dikeman – サックス、Alan Purves – ドラム&パーカッション、松本和志 – バストロンボーン、Marije Nie – タップダンス、伊藤真喜子 – ダンス、他ゲスト)
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栗コーダーカルテット アムステルダム公演
日時:5月18日(水) · 20:00 – 23:00
場所:Maarten Luther Kerk (Dintelstraat 134, Amsterdam http://www.luthersamsterdam.nl/)
連絡先:松本和志 santikazushi@gmail.com
入場料:€10+ご寄付
内容:NHK教育テレビ「ピタゴラスイッチ」の作曲も手がけるリコーダー奏者、栗原正己氏率いるユニークな癒しのアンサンブル、栗コーダーカルテットのオランダ初公演です。収入の一部は震災・津波の義援金に充てられます。http://www.kuricorder.com/
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〔財〕日蘭シルバーネット・義援金サポートバザー
日時:5月29日(日) · 10:30 – 14:00
場所:囲碁会館 (Schokland14, 1181HV Amstelveen)
主催・連絡先:Chieko van Santen info@nichiran.org http://www.nichiran.org/
入場料:€2
内容:隔年での恒例行事となっているバザー&日本文化紹介イベントにて、義援金サポートを行ないます。

情報サイト・義援金受付け
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Japan Helpen Kan!
http://www.facebook.com/home.php?ref=home#!/home.php?sk=group_160106030711715&ap=1
(ウェブサイトは現在オランダ語のみ)
http://www.japanhelpenkan.nl/
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ばいばいねっと
http://www.baibainet.com/
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ポートフォリオ・ベルギーニュース
http://www.portfolio.nl/article/show/4153
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在オランダ日本国大使館(英語のみ)
http://www.nl.emb-japan.go.jp/e/earthquake_tsunami/solidarity_events.html
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在蘭日本商工会議所
http://www.jcc-holland.nl/
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どこに寄付をしたら、どこにお金が行くのか
http://irritantis.info/
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日本財団カンパン
https://canpan.info/open/news/0000006465/news_detail.html

(情報をまとめて下さった松本さん、ありがとうございました!)

(私は4月10日のチャリティーコンサートで演奏させて頂く予定です♪)

フライト日記 (Tokyo/Osaka)

3月11日に発生した東北関東大震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、被災された皆様、そのご家族、関係者の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

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2011年3月
(NRT/KIX) 

3月15日、休暇あけのフライトは、
(いつものように東京便と大阪便をリクエストしていましたが通らず)
トロント便の予定でした。

3月14日(月)朝のニュースで福島原発の2度目の爆発を知った時、頭に浮かんだのは、
「明日の東京便が付いているオランダ人の同僚達は、さぞ不安に思っていることだろう・・・」
ということ。

思わずCrew Control (病欠を取る時などに連絡を入れたり、スケジュール変更があった時に連絡がくる部署)に
  私は15日からトロント便に乗務予定だけれど、今の日本の状況から、
  東京便に乗務予定のオランダ人クルーの中に、
  もしも、「できれば行きたくない」という同僚がいたら、
  私は東京に家族もいるので、よろこんで替わります・・・!
と電話を入れました。

でも、例え「行きたくない」と思っていても、ただ「行きたくない」という理由だけでは会社に連絡し辛いかもしれないと思い、試しにFacebookのコミュニティーに
  私は明日トロント便に乗務予定だけれど、
  もしも明日東京便に乗務する同僚の中に、
  できれば行きたくない、という人がいたら、
  私は日本に行かれれば家族にも連絡できるし、
  不足している物も届けられるし、
  必要なら両親をオランダにも連れて帰って来られるから、
  是非替わりたいので連絡下さい・・・!
と投稿してみたら、予想以上に(知らない同僚達からも)同情と応援のコメントやメッセージが来て、いつの間にか
  “misaeが日本に行けるように、みんなで協力しよう!”
という流れになり、
彼ら経由でこの話を耳にした東京便乗務予定のパーサーから
「明日の便は、東京経由大阪行きに変更になったので東京にはステイできないけれど、それでも構わないなら、なんとか君が東京便に乗務できるように手を尽くす」
というメールが・・・
「ステイ先が大阪でも構いません。今の状況だと、例えステイ先が東京(成田)だったとしても、ホテルの外に出るのは禁じられていたでしょうし、家族に連絡したり、物を送ったりするのは大阪からでもできますから。」
と返信し、待機していました。 

しかし、その日の夜には
「残念ながら、変更できません」
という電話がCrew Controlから(そして、「交通機関のマヒで成田空港に辿り着けない日本人クルーもいるのではないかと心配して別の同僚が連絡を取ってくれたJapanese Division =日本人乗務員が所属している部署のリタからも同様のメールが)あり、
諦めてトロントへ行くつもりで準備していたのですが、
翌朝=出発当日の朝、CCM(=Cabin Crew Management)から
「Working Crew (=乗務するクルー) になるか Dead Heading Crew (=乗客としてフライトに同行するクルー)になるかまだわからないが、君が東京便に乗務できるように必ずアレンジするので連絡を待つように」
という電話が入り、日本へ行けることに。
先述のパーサーが、CCMのマネージャー達にメールを送ってくれていたのです。

人助けのつもりが助けられて、日本に行けることになったので、
両親と弟妹、友人達に連絡して、
日本で不足しているものをオランダで買って持って行き、大阪から送ることにしました。

家族や友人へ必要な連絡をした後、(前日も結局3時間しか寝られなかったので)1時間半仮眠を取り、買出しをしてスキポールへ向かいました。

途中、WTC駅で(日本語補習校のママ友であり、mixiでのマイミクである)LUNAさんから、(日本で在庫がなくなっているという)ビニール合羽と(懐中電灯代わりになる)自転車用ランプを受け取りました。
(LUNAさん、本当にありがとう・・・!)

東京行き直行便は、
「オランダ人クルーを成田にステイさせない為、成田空港経由で関空へ飛ぶ」
と聞いていたのですが、
成田空港の安全が不確かであることを理由に
リポーティングの後に関空直行便に変更されました。

危ない場所にもギリギリまで飛ばす会社なので、成田に降りないという決定に心が震えました。

成田のクルーホテルにいたオランダ人クルーは15日(火)までに全員大阪のクルーホテルに全員移動したとのこと。

リポーティング時に、私の代わりにトロントへ行くことになった(=東京便と交換してくれた)同僚に偶然会い、直接お礼を言うことができました。(←偶然・・・ではない気がしています。) 

通常はキャビンクルーだけで行われるフライト前のブリーフィングですが、今回はコックピットクルーも全員、また、CCMのマネージャー3名と企業医師も出席し、
機長からは関空までのルートが放射能汚染の可能性のない南方ルートが取られること等の説明、
企業医師からは放射能汚染予防の為に機内にヨード薬が特別に搭載されたこと、
CCMのマネージャー達からは会社の方針の説明がありました。

こういう便での日本語のアナウンスは大変です。
幸い、日本人乗務員の中で最も乗務暦の長い大先輩のHさんがいらしたので、
安心でした。

お客様も、旅行に出ている間に日本がこんなことになってしまって、どんなにショックを受けているだろう・・・と、重苦しい雰囲気を予想して向かったゲート。

いつもと変わらぬ様子にちょっと気が抜けたのですが、
サービス中、やはりいつもと違う空気を感じました。

顔で笑って心で泣いている・・・?

そういう私達日本人乗務員もきっと同じだったと思います・・・私だって前日まで被災地の映像にショックを受け、家族を失った被災者の声に心を痛め、福島原発のことが心配で心配で、一人になっては涙していたのですから。 

外国人のお客様(皆様ジャーナリスト)の様子もいつもとは違っていました。
やけに明るく、無理にお酒を飲んで酔おうとしている感じ。
心の奥の恐怖心を隠そうとしているかのように・・・

今回のフライトで驚いたこと→機内のトイレからトイレットペーパーがいくつも盗まれました・・・東京便で機内の物が盗まれたのは初めてでした(→他の路線では時々あります)

関空到着は午後2時。
クルーホテルに着いたのは午後4時過ぎでした。

チェックインをしていると、様子を伺いながら近づいてくる私服の日本人女性に気付きました。
22年前に日本人乗務員として同期入社して、4年契約終了後、ニュージーランド航空に転職したMちゃんでした。 丁度乗務で来ていたとのこと。
彼女はニュージーランド、私はオランダに引っ越してしまったので、ずっと会えずにいたMちゃんに、こんなところで再会するとは! (←これも偶然ではないのでしょうね・・・)

翌日の朝食時は、東京ベースの方々(←大阪に一泊し、国内線で東京に帰られました)と、Mちゃんと一緒に。
いつもは日本人は私一人なのに(日本人乗務員は通常は帰国後は帰宅してクルーホテルに泊まることはないので)日本語でおしゃべりしながらの朝食・・・なんだか、日本ベースだった頃の、アンカレッジやアムステルダムでのステイ中の朝食の時間のようで、懐かしかったです。

大阪では、家族や、メールで連絡が取れていなかった友人達と電話で話し、
オランダから持ってきたものを郵送しました。

 ホテルの部屋ではついつい原発のニュースに見入ってしまい、
そんな折、会社から
「風向きが変わり、東京にも放射能が届く可能性が出てきた為、今後も東京便は、大阪行きに変更して運行する」
というメールが入り、ますます心配に・・・
(オランダ人には言いませんでしいたが、ホテルの部屋で一人になって、いつまでも不安が続く東北関東地方の人々を思うと悲しくなってしまって、涙が止まりませんでした(>_<。。。 )

オランダ人も
「2泊もしないで今すぐにでもオランダに帰りたい」
と不安そうだったので、自分の気分転換も兼ねて、雪の中、皆を京都に案内することにしました。
そう、3月半ばなのに、雪が降っていました。

半日しかなかったので、東寺(同僚の一人からのリクエスト)、清水寺、八坂神社の3箇所だけ回りました。 
思っていた以上に喜んでもらえて、私も嬉しかったです。
本当に美しい京都・・・癒しの威力はすごい・・・!
東寺で五重塔が特別公開されていて内部を見る事ができたのは、私も感激でした。
ミハーリとマリアにお守りを買いました。

京都から戻ると同行した同僚達はお腹が空いたとそのまま鉄板焼き屋さん(・・・と同僚達は言っていましたが、行ってみたら広島風お好み焼き屋さんでした)へ。

私は家族から連絡が入っているといけないと思い、念の為ホテルへ・・・と部屋へ戻るとドアの下に手紙が・・・
「19時より、地下1階のミュージックルームにて、3クルー合同ブリーフィングを行います」
という機長からの手紙でした。(その時、時刻は18時50分)

同僚達とは連絡が取れないので、一人で行ってみると、
(ミュージックルームというのがあるなんて知りませんでした・・・ヤマハのアップライトピアノが1台ありました・・・次回はここで練習させていただけるかな・・・?)
結局他のクルーも到着後既に眠ってしまっていたり、あるいは既に食事に出かけてしまっていたりで、数人しか集まっていませんでしたが、
会社から合同ブリーフィングをするように頼まれたという機長から、現在の状況の説明がありました。

① 今後は特別に雇った放射能の専門家が随時放射能の観測を行い、
   その数値により、その都度、成田便を成田に寄航させるかさせまいか決定する。
   現時点では、放射能の数値は危険なレベルにないので、
   成田寄航は問題ない。

② 成田は寄航問題ないが、万が一に備えて、
   オランダ人乗務員は1箇所に集めておいた方が連絡を取り易い為、
   暫くの間、日本でのステイは、東京便も大阪便も大阪ステイとする。

③ 成田空港から搭載される貨物に関しては、
   東京以北からの貨物は全て放射能測定を行い、
   汚染されていないことを確認してから搭載し、
   アムステルダム到着後も放射能測定を行ってから積み下ろし作業に入る。  

④ オランダの隣国(実際には国名を言っていましたがここでは伏せます)が
   成田に寄航しないことを早期に決定し、現在も寄航していないのは、
   放射能の危険性が理由ではなく、
   間もなく行われる選挙に備えた与党の政策の一環なので、心配しないように。

 ⑤ 今後会社から連絡がなければ、スケジュールの変更はない。
   「知らせがないのは良い知らせ」と思うように。

・・・とのこと。
それ以降も質疑応答が続いていましたが、忘れないうちに同僚達に知らせる為、(それに私もお腹が空いていたので)急いで同僚達の待つお店へ。

京都を案内してくれた御礼に・・・と、皆でワインをご馳走してくれました(*^-^*)

翌日は午前11時Calling(=Wake Up Call)だったので、その前に朝食を済まようと思い、9時に目覚ましをセット。

夜型の両親と1時くらいまで電話で話し、それからまたしばらくニュースを見ていると地震速報が・・・
あぁまだ収まっていないのか、まだ不安が続くのか、と思ったら心配で心配でたまらなくなり、気が付いたらまた涙があふれていました(T_T)

時間は長くありませんでしたが、十分睡眠をとり、帰りの乗務。
コックピットクルーが変わり(←私達キャビンクルーは2泊するのですが、コックピットクルーは1泊しかしない為)、新しい機長がクルーバスで皆に挨拶し、その日の飛行航路やオランダの天候などを説明、最後に
「やっと日本を脱出して家に帰れますね!」
と満面の笑顔で言ったのを聞いて、胸が苦しくなりました。

思わず
「私は日本人なので普段は気持ちを表に出さないけれど、今日は正直に言うので聞いてもらえる? あなた達はこれから家に帰るのでしょうけれど、日本人の私や(関空でジョインする)他の日本人乗務員にとっては、祖国を心配しながら家を離れるのです。 日本人の同僚達の中には、まだ家族と連絡が取れない人もいると聞いています。 日本人は仕事とプライベートをしっかり分けるので、いつもと変わらず笑顔で乗務しますが、心の中は不安や悲しみでいっぱいであることを忘れないで・・・(>_<。。。」
と伝えました。
みんなわかってくれたようでした。 

日本人乗務員は成田空港で交代、乗客も成田空港で乗り降りするので、
関空から乗り込んだのは私達オランダ人乗務員だけです。

つまり、現在、東京便は、
アムステルダム発
 ↓
成田着(成田行きの乗客降機)(成田行きの日本人乗務員降機)
成田発(アムステルダム行きの乗客搭乗)(アムステルダム行きの日本人乗務員搭乗)
 ↓
関空着(成田行きのオランダ人乗務員降機)
関空発(アムステルダム行きのオランダ人乗務員搭乗)
 ↓
アムステルダム着
という三角点飛行となっています。

アムステルダム発では、長い乗務の後、成田で降りず、そのまま関空まで乗務ればならないオランダ人乗務員が、
成田発では、(交通機関の運行が心配で念の為早朝に家を出て)早い時間から成田空港で待機後、まず関空まで乗務して、それから更にアムステルダムまで長時間のフライトをこなさなければならない日本人乗務員が、
通常よりも長い乗務時間となり、激務を強いられています。

早く通常のフライトになり、成田にステイできるようになりますように・・・

アムステルダム到着後、オランダ人の同僚達が、余った日本円や、アローワンスのユーロやドルを
「救援物資を買うのに役立てて欲しい」
と寄付してくれました。 

会社が考慮してくれ、次もまた東京便(ステイは大阪ですが)に乗務します。
これから暫くの間、最小限のフライトリーブで、できるだけ日本路線だけに乗務できるよう、会社との相談を続けるつもりです。
個人からの救援物資の受付も始まったので、オランダからの救援物資を大阪から送れたら・・・と思っています。

頻繁に乗務に出る事になり、在蘭日本人の友人達が企画している数々のオランダでのチャリティーイベントのお手伝いはできなくなってしまうかもしれませんが、
オランダでの活動は友人達に任せて、私は、私ができること、私だからできること、をやっていきたいと思っています。

今週末、再び乗務する東京/大阪便。
元々は、冬のスケジュール最後の3泊5日の東京便(夏のスケジュールでは、東京便は全て1泊か2泊)で、リクエストしたけれど頂けなかったフライトです。
大阪に3日間いられるので、翌日以降到着するオランダ人クルーの有志にも、インターネットに掲載されていた必要とされている救援物資のリストの中からオランダで購入して持って来てもらい、毎日私が代行して宅急便で送ろうと思っています。
また、時間があれば、不安な気持ちで滞在しているかもしれないオランダ人同僚達の観光案内等のケアもしてあげられたらいいなと思っています。

少しでもお役に立てますように・・・

フライト日記 (Beijing) その2

(つづき・・・)

翌朝北京到着。
と同時に盛大な拍手・・・着陸後に拍手をする国としない国がありますよネ・・・
確か南米の国々も拍手したような・・・

気温はマイナス5度。
この前のモントリオールがマイナス22度だったお陰で、全然寒く感じませんでした(笑)

クルーホテル到着後、ロビーのラウンジにあるピアノを弾いても構わないかフロントで確認。 OKが出たので、私はステイ中、買い物にも、(機長のヤン・ヨーストが皆の為に全てアレンジしてくれた)『万里の長城ツアー』(←万里の長城へは、初めて北京便に乗務した3年前?に既に訪れたので)にも行かずにピアノを弾く事にしました。

(↓ ラウンジのピアノ)

でも、まずは仮眠。
中国は丁度新年を迎えたばかりで、一日中花火の音が鳴り響き、結局1時間半くらいしか休めずxxx

幸い寝不足には強いので、気にせずシャワーして楽譜持参でクルードリンクへ。
ロビーのラウンジで、同僚達が飲んでいる間、私はピアノを弾かせて頂きました。
曲目は・・・
  シューマン 『トロイメライ』
  バッハ 『G線上のアリア』
  ベートーヴェン 『月光ソナタ(1楽章)』
  サティ 『ジムノペディ』
  ショパン 『ノクターン Op.9-2』
翌週マリアの小学校で子供達の為に演奏する曲です。
他に、同僚達からのリクエストで、
  ショパン 『ノクターン 遺作 (20番)』
  ショパン 『ワルツ Op.64-2』
  ドビュッシー 『月の光』
  中村由利子 『ウィスパリング・アイズ』
も。
最初にピアノを弾いてよいか尋ねた時は
「マネージャーに再度確認する」
「1曲だけ」
と渋っていたラウンジのスタッフでしたが、演奏を気に入って頂けたらしく、
「明日以降もいつでも弾きにいらして下さい(*^-^*)」
とおっしゃって下さいました。 よかった。

そんな訳で、夕食の後も、翌日の朝食後も、クルードリンクの時も、
沢山弾かせて頂きました♪
自身もバイオリンを弾く(←アムステルダムのタンゴ・オーケストラに所属しているそうです)という機長のヤン・ヨーストが、ちょっとだけですが(本当にちょっと・・・というか、ちょっと過ぎ・・・各曲10秒ずつくらい・苦笑)iphoneで動画を撮ってくれました。
(アップしようかと思ったのですが、iphoneで撮影したビデオはアップロードできないみたいデス)

ホテルの宿泊客も、ピアノの近くのテーブルで飲みながら、あるいは、ラウンジの上(←ラウンジは吹き抜けになっています)から、聴いていたと、同僚達が教えてくれました。
私の方は、翌週の練習を兼ねていたので、毎回同じ曲の繰り返しで申し訳ないと思いつつ・・・(^^ゞ

ホテルの部屋では、NHKを見ることができ、
花火の音も煩かったのですが(朝7時前から夜中の3時過ぎまで鳴りっ放しxxx)
いろいろ思うことあって眠れなかったので、助かりました。
『羽田空港開港80周年』の番組を見ました。
整備士の話の後に、空港案内をする”エアポート・コンシェルジェ”という仕事の紹介があって、
立ち止まることなく、困っている人を見つけてはお手伝いする、という仕事内容が、
学生時代にやっていたGoodwill Guideに似ているなぁと懐かしく思いました。
また、クラシック音楽専門チャンネルと思われるチャンネルがあって、
その時は丁度、これからバレエの放送が始まるところでした。
『天鵝湖』
わかりましたか??
チャイコフスキーの『白鳥の湖』です。
この日はチャイコフスキーの3大バレエ組曲を一挙に放送していました。

ホテルの部屋ではインターネットができたのですが、
Twitter も、Facebook も、YouTube も、skype も、ブロックされていて利用できないことに驚きました。
中国ではGoogle は使えない、というのは聞いた事がありましたが、
(ところが、そのGoogle は、香港経由で利用できたのですが)
他にもこんなにいろいろブロックされているとは・・・(O.O;)
sns、私はmixi、オランダ人の同僚達はhyvesを利用してました。 ローカルなsnsなら良いらしい(笑)

(↓ 夜中の2時半頃・・・ホテルの部屋の窓から花火の写真を撮ってみました)

北京滞在中に、4年契約を終えてアリタリアへ転職した後輩からメールが届きました。
アリタリアの先輩に、『スチュワーデスマガジン』(←今の『エアステージ』)の私の連載を楽しみに読んでいらした方がいらっしゃると、お知らせ下さったのでした。
まだ日本ベースで日本人乗務員として乗務していた頃、(1992年の夏だったと思うのですが、)インタビュー記事掲載後、しばらく小さなコラムを書かせて頂き、オランダベースに移ってからは1ページ分の連載記事『おらんだより』というのを書かせて頂いていました。
毎回心を込めて書いていたので、楽しみに読んで下さっていたと聞いて、とても嬉しかったです。

帰りの便も満席。
ノルウェイから自転車ツアーを企画しているというノルウェイ人の男性客がいらっしゃいました。
何度もギャレーに遊びにいらして、シルヴィアが話に夢中になってしまって困りましたが(笑)、私がピアノを弾くという話をしたら、
「コンサートホールの手配もしているから、是非ノルウェイでコンサートを開いて欲しい」
と言われてしまいました。
そうですねぇ~いつか、どなたかと連弾コンサートをノルウェイでできたら素敵でしょうねぇ~(*^-^*)
「グリーグの曲は必ず弾いて下さいよ!」
丁度グリーグの『ピアノ協奏曲』の連弾を練習中です♪
『ペールギュント』の連弾もいいかもしれません・・・
準備が整ったらご連絡させて頂くことになっています。
(彼の方からは既に催促のメールが届いていますが・・・まだ無理ですxxx)

アムステルダム到着が近づくと、シルヴィアが、
「もうすぐ家に帰って彼に会えると思うと嬉しくて仕方がない・・・もうすぐ彼と結婚できるんだと思うと感激で泣けてくる・・・(。♋ฺ‸♋ฺ。)うるるる 」
と本当に涙ぐんでいて、思わず”もらいウルウル”してしまいました。
愛する人のことを思うと嬉しくて泣けてくるなんて、なんて幸せなんでしょう!!

アムステルダム到着後、ゲートからクルーセンターまで機長のヤン・ヨーストとたまたま並んで歩いていたのですが、
「君、オランダでサウナ行ったことある?」
「サウナですか?! え~と、日本ベースで飛んでいた頃に1度だけ・・・アムステルダムのクルーホテルで先輩と一緒にホテルのサウナに行って、途中で裸の男性が入ってきてビックリして以来、行ってません(苦笑)」
「今度、サビナが話していたユトレヒトのサウナ(※)に一緒に行かない? 入る手順とか教えるよ(*^-^*)」
「はい・・・いいですけど・・・」
これは新手のナンパか??
でも彼は奥さんいるし、ナンパするようなタイプでは全くないし、もしかしたらオランダでは普通のことなのかも・・・?
・・・にしても、なんでサウナ??(笑)
フライトの後で疲れていて聞けなかったので、どうしてサウナなのか、今度聞いてみます(笑)

(※)パーサーのサビナが、夕食時に、ユトレヒトにとても良いサウナがあると話していて、偶然にもそのサウナ、私の家から徒歩数分の場所なのです。)

次のフライト(=休暇明けのフライト)は、シンガポール便の予定でしたが変更になってしまい、トロント便です。
(ようやく暖かい国へ行けると楽しみにしていたので、ちょっとガッカリ・・・)