フライト日記 (Osaka) つづき

 
虚ろな目でこちらを見つめる青白い顔をしたオランダ人のおじいちゃまの横に、奥様と思われるオランダ人女性が立っていらっしゃいました。
(↑おじいちゃまは通路側のお席)
医師呼び出しのアナウンスに応じて下さった日本人のお医者様がおっしゃることをオランダ語に訳して伝え、
おじいちゃまが息も絶え絶えに答えること、奥様と思われる方がおっしゃることを日本語に訳してお医者様に伝えました。
 
急に具合が悪くなられたそのお客様は、もともと心臓が悪く、心臓病用のお薬を何種類も飲んでいらしたところに、
機内で良く眠れるようにと、睡眠薬を服用されたそうです。
脈が非常に弱くなっているので、念の為、メディカル・キット(=機内で治療が必要になった際に医師が使用する救急道具)とAED(=自動体外式除細動器)を準備し、到着後は車椅子で空港内のメディカル・センターへお連れした方が良いでしょう、とのこと。
 
その旨パーサーに伝え、お医者様に深くお礼をし、
(万が一、AEDを使わなければならない事態になったら、もしかしたら別の空港に緊急着陸することもあるかもしれない・・・)
と覚悟しつつ、ビジネスクラスのサービスに戻りました。
 
私が通訳をしている間、今回エコノミークラス担当だった2本線(=制服の袖口の白線が2本あるCA=ビジネスクラスのサービスの訓練を受けているCA)のオランダ人同僚が代わりにサービスをしてくれていたので、そのお陰で、お客様をお待たせすることなくサービスを終えることができました。
 
毎フライト、いつも思うのは、この会社は本当に
チームワークが素晴らしい!
・・・ということ。
 
入社して間もなく18年が経ちますが、湾岸戦争や911テロがあり、乗務人数の削減や経費節約、スケジュールの短縮などで乗務環境が厳しくなっているにもかかわらず、入社当時と変わらず楽しく乗務できるのは、同僚想いの同僚達のお陰。
 
日本人の同僚達も魅力的な方ばかりで、終身雇用の先輩方からは今でも多くのことを勉強させていただいていますし、新しい方々も、日本ベースは3年契約になって入れ替わりが激しくなってしまったにもかかわらず、本当にいつも、一緒に働きやすい人達が入ってくるなぁ・・・感心しています。 3年で退社させてしまうのは実にもったいない(→EU内の法律が変わって以来、契約終了後のオランダベース移行はできなくなってしまったのです)・・・と心から残念に思います >_<)。。。
 
同僚達への感謝の気持ちを忘れずに、これからも楽しく乗務したいと思っています・・・
 
朝食のサービスが終わってからエコノミークラスに様子を見に行くと、おじいちゃまの顔色が幾分良くなってる・・・よかった、大丈夫そうです。
 
出発は2時間近く遅れていましたが、飛行時間が短かったので、大阪到着は1時間弱の遅延で済みました。
お客様が皆様お降りになった後、私達も降機し、空港内を歩いていると、先程のおじいちゃまが車椅子でメディカル・センターへ向かっていました。
何事もなく日本で楽しく滞在できるよう祈りながら、クルーホテルへ向かいました。
 
ホテルで2時間仮眠を取った後、ホテル前の川沿いの桜並木をしばらく歩きました。
きれいですねぇ~日本の桜・・・桜はやっぱり日本で見るのが一番趣きがあります。
周りの風景や空気とマッチしているのでしょうね。
チューリップはオランダで見るのが一番美しい・・・と思うのと同じ感じ?
 
見とれているうちに梅田行きのシャトルバスに乗り遅れ(恥)、タクシーで梅田へ。
駅の近くにある専門店で、ミハーリ用の新しい柔道着と帯を買いました。
 
その後、友人M子さん、TさんとE~maの最上階にある卯乃家というお店で関西風創作野菜料理の数々を堪能しました♡
素敵なお店に連れて行っていただき、ありがとうございました、Tさん♡
M子さんは、以前、ユトレヒトでご近所だった方。 わざわざ京都から会いに来て下さいました。 
子供達に美味しい&珍しい関西のお菓子のお土産ありがとうございました♡
(「イカの姿焼き」おいしかったデス)
 
M子さんは小さいお子さん連れだったので、先にお帰りになり、
Tさんと、今回初めてお目にかかるOさんと一緒に、タクシーでクルーホテルへ。
オランダ人の同僚達とホテルのバーで合流予定だったのですが、副操縦士から電話があり、彼らの待つレストランへ向かいました。
 
ホテルから歩いて10分くらいでしょうか・・・
(オランダ人だけでよく見つけたなぁ・・・)
ご親切にも店長さんがお店の外に出て待っていて下さいました(感動)
TさんとOさんは大のKLM+オランダファンということで、オランダ人同僚達もお二人の話を聞きながら「光栄だな~」と喜んでいました。
Tさん、Oさん、遅くまでありがとうございました。 本当に楽しかったです♪
 
ここでお知らせ
Oさんは神戸で、エアラインデザインをテーマにした
『NOTAM』という雑貨屋さん
を経営していらっしゃるのですが、
今月25日~5月8日
大阪の梅田LOFTにて
KLMオランダ航空オフィシャル・イベント
『Travel Style Market ~Hello Netherlands 』
を開催されるそうです。
旅をテーマにオランダにスポットをあてたイベントで
KLMオランダ航空のデザインの遍歴をポスター中心に
ステッカー、バッグなどのヴィンテージコレクションなど
貴重なアイテムを特別展示するとのこと。
Oさん、ご成功をお祈りしています!
 
翌朝は7時に起きて支度をし、7時55分のコーリング(=Wake Up Call)の後、朝食に下りました。
日本では、白いご飯とお味噌汁の日本の朝御飯をいただけて、とても嬉しい!(✿ฺ^-^✿ฺ)
ふと見ると、昨日の心臓病のおじいちゃまが!・・・同じホテルに滞在されていたのですねぇ。
すっかりお元気そうで安心しました。
 
クルーバスの中で、前の晩に買っておいたリポビタンDを飲み、Tさんの差し入れの美味しい胡麻パンをいただきながら(←ホテルの朝食でお腹いっぱいだったのにもかかわらず・・・)、関西空港到着。
ゲートで大阪ベースの日本人同僚達と合流。
日本路線には3人の(日本ベースの)日本人CAが乗務するのですが、この日は一人急な病欠で、一人欠員のまま飛びました。
 
ドリンク・サービスが終わって、最初のお食事のチョイスを伺いに出ようとメニューを見たら・・・
鶏肉のお料理のはずの和食メニューが、「刺身と金目鯛の幽庵焼き」になってる・・・( ̄_ ̄|||)
 
お客様お一人お一人にメニューの間違いをお詫びしながらチョイスを伺い、オーブンのセットをして、前菜のサービス。
 
いざ、温まった主菜をオーブンから取り出して・・・と思ったら、
オーブンの(タイマーだけセットして)スイッチ入れ忘れてました・・( ̄_ ̄|||)
 
オーブンのスイッチ入れ忘れ・・・
オランダ人の相棒が忘れたことは何度かありましたが、自分が忘れたのは初めて・・・(;-_-)
「ごめんなさい!」
と謝りながら、オーブンのスイッチを入れると、相棒の日本人の同僚が
「大丈夫ですヨ。 ミールを温めている間に、日本茶をお出ししたり、パンやワインのおかわりを持って行ったり、前菜のお皿を下げたりすれば、きっと丁度良いタイミングでミールが温まりますヨ。」
・・・いつも相棒にかける言葉そのままorz
でも、全くその通り・・・慌てない、慌てない。
 
そして、お客様には(オーブンのスイッチ入れ忘れに)気付かれることなく、主菜のサービスを始めることができたのですが・・・
 
(オーブンで温めたにもかかわらず)凍ったままのミールが!?
相棒のエリアのお客様だったのですが、オランダ人のお客様だったので行ってみると、ローストチキンの、中が赤く、確かに凍ってる・・・( ̄_ ̄|||)
そのミールをオーブンで更に10分加熱している間に、それまでに主菜をお出ししたお客様方に、ミールが凍っていないか確認。
そうしたら、今度は「和食のご飯が凍っている」というお客様が・・・( ̄_ ̄|||)
それもギャレーに持って行って再加熱。
それ以降は、お一人お一人、主菜をお出ししては「ミールが凍っていないか」確認しながらのサービスとなりました。
 
サービスがすっかり遅れてしまったので、(とっくにサービスが終わっていた)エコノミークラスの同僚達に手伝ってもらってデザートのサービスを終え、休憩時間になりましたが、メニューの件と冷凍の件のサービス・リマークス(=機内で搭載ミスなどがあった際、特別な用紙に記入して会社に提出します)を書いていたら、結局OCR(=Over head Crew Rest=機内にある乗務員用休憩室)に行く時間はなくなってしまいました。
 
到着前のサービスは何事も無く順調に終え、アムステルダム到着。
帰宅後、メニューの間違いに関して、翻訳会社と会社(オランダ本社と日本支社)、それから日本ベースの同僚にメールしました。
横だけでなく、縦のつながりも大切・・・連絡を取り合って、皆で協力し、より良いサービスを目指したいと思っています。
 
次はまた大阪便です♪
(到着後、仮眠を取って、夕方から私も梅田LOFTへ行く予定です!)
 

フライト日記 (Osaka)

2007年4月
(KIX)
 
大阪便のリポーティングは午後1時45分。
本当は午前10時くらいまで休めたら嬉しかったのですが子供達の学校がありますので、
(日本語補習校は春休みですが、オランダの学校はお休みではありません)
いつもどおり朝は7時に起きて朝食とお弁当(←パンなので楽です♪)の用意をし、
子供達を学校へ送り出すとなんだかんだ9時になってしまい、
1時間仮眠を取るのも億劫で、早めに乗務の準備を始めました。
 
空港にはお昼前に到着。 
リポーティングするには早過ぎたので(→コンピューターが受け付けてくれないのデス)、スーツケースだけ預けて、クルー・サービス・センターへ。
 
今度、機内で着用する女性用エプロンが変わるのですが、会社からのお知らせには
「もう大半の女性乗務員の自宅に、新しいエプロンが届いていることと思いますが、万が一、サイズが合わなかった場合は、クルーセンター内の仮設ルームで取り替えて下さい。」
としか書いておらず、私の家にはまだ届いていなかったので、
①いつから新しいエプロンになるのか確認し、
万が一今月からなら、
②どこかでエプロンを借りないといけないのか、
③あるいは今までのエプロンを使用してもよいのか、
知りたかったのです。
 
サービス・センターに入ると
「misae! ケーキ食べる?」
ここでサービス・エージェントとしても働いている、パーサーのペーター
(以前、ランディング中に急に親指が内出血をした時、到着後メディカル・センターまでのアテンドと、ユトレヒトまでの車の手配をしてくれたのがペーターでした→http://fromholland-withlove.spaces.live.com/?_c11_BlogPart_FullView=1&_c11_BlogPart_blogpart=blogview&_c=BlogPart&partqs=amonth%3D1%26ayear%3D2006参照)
が話しかけてきました。
「ペーター、お誕生日なの? おめでとう!!」
オランダでは、誕生日の本人が、家族・友人・知人を招いてケーキや飲み物をご馳走するので、職場でもケーキを配ったりするのです。
サービス・センターの奥に腰掛けて、オレンジ・ムース・ケーキとカプチーノを頂きながらペーターとおしゃべりしていると、これから乗務でサービスするはずがサービスしてもらって、なんだか変な気分でした(笑)
 
エプロンが新しくなるのは来月、と聞いて安心し、再度リポーティングを試みましたが、まだ Too early の表示が出てダメ・・・
今度は、Schiphol Plaza (=空港内のショッピング・センター)へ。
大阪で会う予定の友人から頼まれていたレオニダス・チョコレートを購入し、クルー・センターに戻り、既に預けてあったスーツケースに入れることができるか聞きに行くと、
「本当は一旦(クルー・センター内の)税関を通してスーツケースを出し、チョコレートを入れた後再びセキュリティー・チェックを受け直して預けないといけない」
のですが、
「チョコレートだけセキュリティー・チェックを受け、係官が見ている前でスーツケースに入れればよい」
とおっしゃって下さったので、係官の前でスーツケースにチョコレートを入れ、新しいセキュリティー・シール(=セキュリティー・チェックを受けると貼られるシール)を貼っていただきました。
 
日本(東京・大阪)ベースの同僚達も到着し、リポーティング、アローワンスの引き出しを済ませ、パーサーに挨拶。
 
ブリーフィングを終え、ゲートへ。
東京便のゲートF02で、東京ベースの同僚達に手を振ると、お客様にも手を振る人が・・・? 同じオランダベースのY子さんでした。 お子さん達と一緒に一時帰国されるとのこと。
 
大阪便のゲートF06で日本語アナウンス担当の職員(日本人2人と日本語を話す外国人2人がシフト制で勤務していらっしゃいます)に挨拶を・・・と思ったのですが、どなたもいらっしゃらず、「ディレイがないといいけれど・・・(*)」と思いながら機内へ。
 
(*) 以前、一人で一時帰国する際、ディレイのアナウンスが
英語とオランダ語でしか入らず、
アナウンスを聞いた外国人客が次々ゲートを離れて行く中、
日本人客だけいつまでもゲートで待機しているのを見て、
思い余って、近くにいたオランダ人地上職員に
クルーのIDを見せながら、
「日本語アナウンスをいれましょうか?」
と申し出たのですが
「この便は自分の担当ではないから」
と断られ、
(担当の地上職員とトランシーバーで連絡を取ってくれることを
期待したのですがそれもなく)
気になりつつも、夫と子供達がいた空港内のレストランへ向かった・・・
ということがあったので。
 
機種は、ボーイング777。
担当は、日本人の同僚と組んでのビジネスクラスです。
(日本語で仕事ができて、とっても楽でした♪♬♫) 
 
機内では、まず、プリフライト・チェック(=自分が担当するドア付近の非常用設備の確認)、キャビン・チェック(=客室内に不審な物がないか確認)、ケータリング・チェック(トローリーやコンテイナー内に不審な物がないか確認)などを済ませます。
以前は、私達乗務員はプリフライト・チェックだけをすればよかったのですが、2001年のテロ以降、キャビンやケータリングも私達が再チェックするようになりました。
良いサービスも、安全飛行あってのことですからネ。 しっかりチェックします!
 
ウェルカム・ドリンクの準備なども全て終えた頃、コックピット・クルーが搭乗し、各ギャレーを回って皆に挨拶(=握手をして自分の名前を伝える)。
日本路線の操縦士は3名のはずが・・・7名???
4名は、デッド・ヘッド・クルー(=乗務はしないクルー)とのこと。 内3名は翌日私達がオランダへ戻る便に乗務し、もう1名は大阪からの貨物便に乗務するとのことでした。
パイロットが大勢いるのは心強い(笑)
 
お客様を迎える準備はとっくに整っていたのですが、なかなかパーサーからの"お客様搭乗開始"のアナウンスがない・・・ 
パーサーに聞くと、どうやら機体に故障箇所が見つかったらしい・・・そう言われて見れば、操縦士と整備士がコックピットを出たり入ったりしています。 
副操縦士がギャレーを回って説明しに来てくれました。 
「故障が見つかったのは操縦室のコンピューターで、新しいソフト・ウェアをインストールし直している」
「出発できるまでどれくらい時間がかかるか、今の時点では全くわからない」
とのこと。
 
やっとリクエストが通った日本路線なのに、どうして出発が遅れるかなぁ・・・ただでさえ1泊しかないのに・・・(T_T)
 
お客様へのアナウンスはどうしているんだろう・・・
と思っていたら、パーサーが
「misae! ゲートで日本語のアナウンス入れてきて!」
 
オランダ人の地上職員とゲートへ戻り、オランダ人職員のオランダ語・英語のアナウンスに続き、遅延をお知らせする日本語のアナウンスを入れました。 すぐに「お手洗いへ行きたい」というお客様が続出したので、地上職員の指示で
「故障箇所の修理・点検作業が終わり次第搭乗開始となるので、なるべくゲートで待機し、お手洗いに行きたい場合は、地上職員に搭乗券を預け、少人数ずつ順番に行くように」
というアナウンスも。
 
機内アナウンスとはまた異なったアナウンスで、もちろんマニュアルもありませんでしたから、その場で訳してのアナウンス・・・注意深く聞いたら、可笑しな言い回しをしてしまった箇所もあったかと思いますが、とにかく心をこめて、ゆっくりと、お客様全員に話しかけるように、アナウンスしました。
 
一旦機内に戻り、待機し、出発予定時間を1時間半程過ぎたところで、再びゲートへ。
オランダ人地上職員に
「10分くらい前に、"あと10分程で詳細がわかる"とアナウンスしたのだけれど、10分たった今、まだ詳細がわかっておらず、整備の方からは"あと10分"と言われた。 そうアナウンスすべきか否か・・・」
と聞かれ、
「詳細がわかっていないのなら、かえって混乱を招く恐れがあるので、アナウンスは入れない方がいいでしょう。」
とアドバイス。
 
「他からの乗り継ぎで、朝から何も食べていないのですが・・・」
というお客様もいらして、
「ゲートで軽食をお配りするか」
「お客様ご自身で、ゲートの外で軽食を買って来ていただき、ゲートに戻って食べていただくか」
地上職員の間で話し合われましたが、
「故障箇所の修理・点検作業が終わり次第、搭乗開始となる」
という状況は変わっていないので、
「あと10分、このまま待機」
ということになりました。
朝から何も食べていない、というお客様には、たまたまポケットにチョコレートが入っていたのでそれを差し上げました。
 
そして10分後。
インストールしなおしたソフト・ウェアが正常に作動したらしく、搭乗が開始されました。
搭乗開始のアナウンスを日本語で入れ、私も大急ぎで機内へ戻りました。
 
満席でしたが、最前列の4名はデッド・ヘッドのパイロット。 
ミールのチョイスで不足が出ても、彼らに変更してもらったらいいと思うと、気が楽です。
 
最初のドリンク・サービスの時、相棒のエリアにお座りの、カップルで乗っていらした外国人の男性客が
「ピンク・シャンパンを頼んだのに違うものを注がれた」
と怒ってグラスを差し出してきました。
ここ数ヶ月、特別シャンパンとして、Piper-Heidsieck Rose Sauvage という、ワインのロゼのような濃いピンク色のシャンパンを搭載しているのですが、
「メニューに"pretty pink colour"とあるが、これはピンクではない! 味もフランスのシャンパンと違う! これは違うシャンパンだ!」
とおっしゃるので、
「いいえお客様。 こちらがピンク・シャンパンでございますよ。 確かにお色はピンクというよりバラ色ですが・・・。 もう1種類のシャンパンは、ご搭乗いただいた際にお持ちした、中国産のスパークリング・ワイン(←今、中国フェアーをやっていて、ワインも、珍しい中国産のものを載せています)となりますが・・・」
と申し上げると、
「ボトルを見せろ!」
そのお客様はビジネスクラスの最後列にお掛けだったのですが、ボーイング777ではサービスを最後列から始めるので、私が担当するお客様が後にまだ15名もお飲み物のサービスをお待ちでしたから、
(あら困ったわ・・・)
と思いながらも、ギャレーに戻って中国産のものと、相棒がそのお客様に注いだピンク・シャンパンのボトルを持って行きました。
ボトルを見比べて暫く黙っていらっしゃったので納得して下さったのかと思いきや、
「パーサーを呼んで来い」
とのこと。
パーサーに事情を説明し、お客様のところへ行ってもらい、私はドリンク・サービスに戻りました。
程なくしてパーサーが
「シャンパン2種類のボトル貸してくれる?」
と再びボトルを取りに来ました。
まだ「違うシャンパンだ!」とおっしゃっているらしい・・・(;-_-)
 
ドリンク・サービスを終えてからパーサーに様子を聞くと
「ボトルを見せて、目の前で改めてグラスに注いでもまだ、これはピンク・シャンパンじゃない、と言い張るので、
それではシャンパン以外のサービスで、アップ・グレードの旅をごゆっくりとお楽しみ下さい!
って言っちゃったよ(笑)」
そのお客様は、エコノミークラスからのアップ・グレード(=エコノミークラスが満席でビジネスクラスに空席がある場合に、エコノミークラスのお客様の中からマイレージ・プログラムの会員の方を優先してビジネスクラスにお席をご用意することがあります)だったのでした。

(こちらがPiper-Heidsieck Rose Sauvage)

 

お食事のサービスも終わり、相棒がOCR(=Overhead Crew Rest)に休みに行っている間に、朝食のサービスの準備をしました。
今回、ケータリングのミスが多く、ただでさえ大変な"朝食アラカルト"(→日本路線の朝食サービスは、お客様ご自身でアレンジできる"アラカルト・スタイル"で、お一人お一人ご希望通りのトレイをご用意します)の準備に余計に時間がかかりました。
出発前にチェックした時点で、ミールトローリーに搭載されているはずのリネン(=テーブル・クロス)、日本茶の湯呑茶碗、朝食アラカルト用のオーダー・フォーム(=注文カード)が全くなく、また朝食用のスモーク・サーモンとチーズの数が足りなかったので、ケータリングに電話して搭載をお願いしてあった(+2時間ディレイした分時間もあった)のに、結局搭載されなかったのです。
 
オーダー・フォームがなかった為、(ホットミールのチョイスだけは、口頭でお一人ずつ伺いましたが)シリアル・ヨーグルト・ジャムなどのチョイスはお伺いできないまま、トレイをご用意することに。
「あのお客様はきっとコーンフレーク・・・こちらのお客様はきっとミュズリ・・・あちらのお客様は苺ジャム・・・そちらは杏ジャム・・・」
と、それまでのサービスで受けた印象を元にお好みであろうものを選んで、またお隣同士が同じ内容になるように考慮しながら、トレイを作りました。
 
ボーイング777とMD-11ではビジネスクラス担当者、ボーイング747ではアッパー・デッキ(=2階席)担当者が忘れてはならない、もう一つの重要な仕事が、コックピット・ケア。
操縦士の飲み物や食事を用意する他、30分毎にインターフォンで無事を確認することになっています。
満席の時は、客室のサービスが忙しく、30分毎のケアは大変です。 
毎フライト、出発前に操縦室に運んでおくミネラル・ウォーター(1ℓボトル)とオレンジ・ジュース(500mℓボトル)とクルー・ボックス(=乗務員用のお弁当箱のようなもの)で、最初のミールサービスが終わるまで「何もいらない」と言ってくれる(ありがたい)操縦士もたまにいるのですが、こちらのサービスの進み具合に関係なく色々注文してくる場合の方が多いですxxx今回も然り。
 
朝食トレイ作成中に頼まれた副操縦士用の食事をコックピットに運んでギャレーに戻ると、相棒の担当エリアの最前列の窓側におかけのベルギー人のお客様が眠たそうに、且つ、超不機嫌そうに立っていらっしゃいました。
お話を伺うと、
「隣に座っているデッド・ヘッドのパイロット達がいつまでも起きていて、うるさくて眠れない! 明日は到着後仕事で、機内で寝ないといけないんだ! パーサーを呼んで来い!」
少々お待ち下さい♡と微笑んで、パーサーを呼びに行くと、休憩でOCRへ行ってしまっている・・・それで、ジュニア・パーサー(=シニア・パーサーの補佐をしながらエコノミークラスを仕切るパーサー)に代わりに行ってもらいました。 が・・・
「飛行中、寝ようが寝まいが、それは自由なので、文句をおっしゃられても・・・」
と、ますます怒らせてる・・・(;-_-)
 
OCRから戻ったパーサーが引き継いで、きちんとお詫びし、お客様もご機嫌を直して一件落着・・・ε=(-_-;)ホッ
流石だな、パーサー・・・と感心。
 
大阪到着の1時間半前から、朝食のサービス開始。
ホット・タオルに続いて、フルーツ・ジュース、ヤクルト(←余った時は私も1本いただきます♪)、ヨーグルト・ドリンク、ビタミン・ドリンクなどをお配りし、これからミール・トローリーでキャビンへ・・・
というところで、パーサーが慌てた様子で
「misae! 通訳を頼む! エコノミークラスでオランダ人の急病人だ! でも、呼び出しに応じて来てくれた医師が日本人なんだ!」
急いでエコノミークラスの客室へ・・・すると、60~70歳と思われるオランダ人男性客が真っ青な顔で虚ろな目をこちらへ向けていました。
 
(つづく・・・)

長男とデート♡

無事、大阪から戻りました。
フライト日記、執筆中です。 もうしばらくお待ち下さい・・・m(_ _)m
先日、夫が友人と旅行に出かけていた時に、マリアがお友達のお誕生日会に呼ばれて、
ミハーリと一緒にマリアをお友達の家へ送り、その帰り道、お天気がものすごく良かったので、ミハーリと近所を散策することに・・・
歩いていたら、第1回ノーベル物理学賞を受賞したヴィルヘルム・レントゲンが住んでいた家を発見。
ユトレヒトに住んでいたこともあったのですね・・・

 

その近くには、私のお気に入りの家があります。
1958~1962年に、オランダ王室の第二王女イレーネ(=現女王ベアトリクスの妹)が住んでいた家です。

この家の前を通ると
「ここなら余裕でグランド・ピアノが置けるのになぁ・・・」
といつも思います(笑)
(↑ 夫に「大き過ぎる」という理由でグランド・ピアノの購入を渋られているものでxxx)
ミハーリとのデート♡中に撮った、春らしい写真を、何枚かフォトアルバムにアップしましたので、見てみて下さい。
家の庭では、今、梅(プラム)の花が満開です。
桜(さくらんぼ)も咲き始めました。
オランダが、いつも、こんな喉かなお天気だったらいいのになぁ・・・

結婚記念日

オランダでは、どういう訳か、結婚12年半の記念日を祝うしきたりがあって、私達は今日がその日に当たるのですが・・・

4月1日・・・エイプリル・フールに結婚記念祝いというのも・・・

 (夜、二人でシャンペンを飲みました♡)

 

今日から丁度12年6ヶ月前の1994年10月1日、
ユトレヒト郊外のザウレン城/Slot Zuylen/Oud Zuylenで
私達は結婚式を挙げました。 

 

(Slot Zuylen)

同じユトレヒト郊外にあるデ・ハール城/Kasteel de Haar/Haar Zuylenの方が観光地としては有名なのですが、

森の奥にひっそり佇む古城ザウレン城の方が趣があって、私は気に入っています。
 
お城に絡まるツタの葉が、秋になると美しく色づいて、まるでおとぎ話に出てくる古城のようなんですヨ!

MS 多発性硬化症

前に、病院で検査を受けている、というお話をしたことがあったと思うのですが・・・
『MS』かもしれないそうなのです、私。
『Multiple Sclerose』
日本語名は『多発性硬化症』
(あ、これはエイプリル・フールの冗談ではありません・・・)
発症したのは、恐らく2004年の9月、急に左目の裏側が(目を開けているのでさえ辛いくらい)痛くなった時です。
痛みは数日でなくなったのですが、それ以降、ものが2重に見えたり、水の中にいるかのように景色がユラユラ揺れたり(→歩いているだけで船酔しそうでしたxxx)・・・
というのが約1ヶ月続き、眼科で検査を受けても何も見つからないまま・・・
2カ月経った(忘れもしない)11月13日の朝、目覚めたら、右の肩から右手の指先まで、ビリビリに痺れていました。
夫は
「右腕を下にして寝てたんじゃない?」
と笑いましたが、私は寝相がとても良いのです(笑)
卒業旅行や合宿などではよく友人達に
「死んでるのかと思った・・・」
と言われたものです・・・(^^ゞ
そう言う夫も、
夜中に私の口の上に手をかざして何をやってるのかと思ったら
「ちゃんと息してるか確かめてた」
と・・・(^_^;)
痺れは結局何日たっても何週間たっても取れず、
「安静にしていた方がいいのかな?」
と思って右手を使わないでいたら、硬直して箸が使えなくなってしまい・・・
思い切って日本の実家に電話を入れ、父に相談したら、
「すぐ帰ってきて日本で検査を受けなさい!」
(↑昔、吉永小百合演ずる少女が脳腫瘍で死んでしまうという映画があって、それも最初は目の痛みから始まったらしく、父は私も脳腫瘍かもしれない!・・・と心配になったのだそうデス)
と言われて、検査の為に急遽一時帰国し、CTスキャンやMRI検査を受けたものの、結局原因がわからないまま(巨額の検査費だけ払って)オランダへ戻りました。オランダでは、ユトレヒトの大学病院(ベアトリクス女王様の旦那様も入院していた病院です)で、日本の脳外科でやったのと全く同じ検査と、血液検査(試験管8本分!)ならびに髄液検査(日本では1日入院するそうですが、オランダでは直後に普通に歩いて帰らされますxxx)をした結果、
『MSの疑い』という診断がおりたのでした。
…………………………………………………………………………………….
多発性硬化症の診断基準(厚生省、1988年)
① 中枢神経内の2つ以上の病巣に由来する症状がある。(空間的多発)
② 症状の寛解や再発がある。(時間的多発性)
③ 他の疾患による神経症状を鑑別しうる。臨床的診断確実例: 上記3つをすべて満足するもの
疑い例: 上記3つを完全に満足しないが、
強く多発性硬化症が考えられるもの
…………………………………………………………………………………….
私は後者で、①の「中枢神経内の病巣」が1つしか見つからなかった為、
確実とは言えないけれど、恐らく『MS』であろう、ということでした。病名を聞いたオランダ人の友人が(夫はギリシャに遊びに行っていていなかったので友人に付き添ってもらっていたのです)ひどくショックを受けていたので、一体どういう病気なのか先生に聞くと・・・
オランダ語の医学用語がさっぱりわけわかりませんでしたが、
「症状が人それぞれで、病気の進行も人それぞれで、進行が早い人は3ヶ月程で車椅子になる」
というのと
「今現在、原因も治療方法もわかっていない病気である」
ということだけは理解できました。「治らないんですか?」
「治りません。」
「3ヶ月で車椅子ですか?」
「病状によります。 進行が遅い場合は、それ程悪化しないこともあります。
・・・が、良くはなりません。」・・・と聞いて、最初に頭に浮かんだのは、
「悪化したら、もう乗務はできなくなるな・・・仕事どうしよう・・・」
意外と冷静だったんですが、
「・・・ピアノも弾けなくなるのか・・・」
と思ったら流石に動揺しました。実は、私は先天性股関節脱臼で、毎年検診に行かなければならなかったり(←全然行ってませんがxxx)、股関節に負担がかかるスポーツはもともとしてはいけなかったりした(例えばスキーはできません)ので、”足“が使えなくなることに対してはあまり抵抗がなかったのですが、”手“が使えなくなるということはそれまで考えたことがなかったのです。「指が動くうちに=ピアノが弾けるうちに、いつか弾きたいと思っていた曲を、できるだけ沢山弾きたい・・・!」

と思って、その翌週からピアノのレッスンを再開ました。
2年以上経った今、右腕の痺れにも(痺れていなかった頃の感覚が思い出せないくらい)慣れてしまったのですが、
半年ほど前から、朝(あるいは乗り物内で眠った後)目が覚めると、右腕だけでなく左足も(足の付け根から指先まで)(まるで寝てる間ずっと正座していたかのようにビンビンに)痺れていることが多くなって・・・常に痺れている右腕と違い、幸いこちらは起きてしばらくするとスーッと解けて動かせるようになるのですが。
右腕の痺れも時々悪化するようになり、(ダラリと下に下ろしている分にはジンジンしているだけで支障はないのですが)ピアノを弾いているうちに、腕を上げていることも辛くなってくる&右手の指の動き(反応)が鈍くなってくる・・・ことに気が付きました。
右腕&右手が自分のものではないような、まるで義肢でも付けている様な感覚で・・・取り外せるものなら、ちょっと取り外して横に置いておきたい!と思うくらい痛くなることも。
「病状が悪化したら再検査に来て下さい」
と言われていたので、再びユトレヒト大学病院へ。
病院で、先生に
「今は”MSの疑い“があるだけなのに再検査を受けて”MS“と確定してしまってショックを受けるより、病状が悪化するまで検査を受けずにいた方が、気が楽なのでは?」(←オランダ人らしいご意見?)
と言われたのですが、
「私は早く病名がはっきりした方が嬉しいです」
と申し上げて、MRIの再検査を受けたのですが・・・結局結果は変わらず、
『多発性硬化症の疑い』
のままでした・・・(;-_-)
先月は、針筋電図検査(←痛かったデス)、誘発筋電図検査、脳誘発電位検査というのを受けたのですが、
予想としては、今回もまた原因不明のまま
「病状が悪化したら再検査に来て下さい」
(悪化したから検査をお願いしたのに・・・)
と言われるんだろうなぁ・・・(_ _;)何度検査をしても決定的なものが見つからず、原因不明・病名不明のまま2年も経つと、なんだか慣れてしまって(+オランダの病院の検査はザツで怖いので)
「もう原因や病名を追究しなくってもいいか!」
という気になってきました。手が痺れている状態にもすっかり慣れてしまって、痺れていなかった頃の感覚が思い出せないくらいだし・・・

痺れが悪化している時は辛いですが、それ以外は生活に支障も出ていないので、このことはなるべく考えないようにして、明るく過ごした方がいいかな・・・と最近思うようになりました。

考えてみれば、『MSの疑い』という診断がきっかけで、(夫を説得して)ピアノのレッスンも再開できたのですしネ!
「もしかしたら、いつか弾けなくなるかもしれない・・・」
という不安をバネに、ピアノの練習に励もう!
そして
「もしかしたら、定年まで飛べないかもしれない・・・」
という不安をバネに、乗務も精一杯頑張ろう!
・・・と思っています。
明日は大阪便の乗務♪ 桜の花が待つ日本へ・・・!

水泳資格試験 Zwemdiploma

 
(ちょっと前のお話になりますが)
子供達が水泳の資格試験を受けました。
 
日本で子供の習い事といったら、 音楽教室・英会話・バレエなどでしょうか・・・?
オランダでは、子供達は、まず全員と言っていいほど、み~んな水泳を習っています。
 
恐らく・・・
① オランダは土地が低く、昔はよく洪水に悩まされていたこと
② どの街にも至る所に運河がはり巡らされていること (←しかも、柵が全くなかったり、あっても非常に低かったりして、見るからに危なそう・・・)
・・・からきている???
 
子供の水泳資格には、diploma A、 diploma B、 diploma C があって、(この先に「救助資格」などのdiplomaもありますが、)diploma B あるいは  C まで取れば十分とのこと。
いえ、本当に十分です。 
試験の様子(↓)を見ていたら、A でも十分スゴイ・・・w(゚0゚)w
 
 
Diploma A
 
* 水着の上に衣類(=半袖のシャツ+膝までの短パン+運動靴)
   を着用のまま、プールに飛び込み、頭まで潜ります。
 
*  15秒間その場で立ち泳ぎをした後、12.5mを平泳ぎし、
   途中の障害物(=水に浮かべてあるマット)を潜り抜け、
   12.5mを(手は腰に当てたまま足だけで)仰向けの平泳ぎ(?)
    (正式名称がわかりませんxxx)で泳ぎきり、
   階段を使わずに(←ここがポイント!)プールから上がります。 
 
* 濡れた服を脱いで水着だけになり、再び25mプールに飛び込み、
   潜水したまま3メートル先の障害物の下を潜り抜けた後、
    平泳ぎで50m、仰向けの平泳ぎで50m、
    (ゆっくりですが)ぶっとおしで泳ぎ、プールから上がります。 
 
* 再びプールに入り、うつ伏せで(手足は全く動かさずに)
     10秒間静かに浮んだ後、数m平泳ぎ、
   今度は5秒間静かに浮かんだ後、数m平泳ぎします。
 
* 続いて、仰向けで10秒間(手足は全く動かさずに)
     静かに浮んだ後に数m仰向けの平泳ぎ、
     というのを2回繰り返します。
 
* クロール8m、背泳ぎ8m。
 
* 最後に、60秒間その場で立ち泳ぎ(途中2回方向転換する)
     をして、終了・・・
 
 
Diploma B
 
* 水着の上に衣服(=長袖のシャツ+長ズボン+運動靴)を着用のまま、
     プールに飛び込み、水中で一回転します。
 
*  30秒間その場で立ち泳ぎをした後、25mを平泳ぎし、
     途中の障害物を潜り抜け、 折り返し地点で水中で一回転し、
   (手は腰に当てたまま足だけの)仰向けの平泳ぎで25m泳いで、
     階段を使わずにプールから上がります。
   (↑長袖・長ズボンが水を吸って重そう・・・)
 
* 濡れた服を脱いで水着だけになり、再び25mプールに飛び込み、
   (途中、水中の障害物の中をくぐりぬけて)6m潜水します。

 
* 潜水からそのまま75m平泳ぎ。
   途中3回(先生から指示があった時に)腕をまっすぐ上に伸ばして
   直立した状態で(指先が水中に沈むまで)潜り、
   続いて75m仰向けの平泳ぎをして、プールから上がります。

    
* 再びプールに入り、うつ伏せで10秒間(手足は全く動かさないで)
     静かに浮んだ後、数m平泳ぎ、
   今度は7秒間静かに浮かんだ後、数m平泳ぎします。
 
* 続いて、仰向けで10秒間(手足は全く動かさない)
     静かに浮んだ後、数m仰向けの平泳ぎ、
     今度は15秒間静かに浮かんだ後、数m仰向けの平泳ぎをします。
 
* クロール10m、背泳ぎ10m。
 
* 最後に、30秒間立ち泳ぎをした後、30秒間手だけの
    (足は使わないで手だけで)立ち泳ぎをして、終了・・・
 
 
Diploma C
 
* 水着の上に衣服(=長袖のシャツ+長ズボン+ジャケット+運動靴)を
   着用のまま、プールに飛び込み、30秒間その場で立ち泳ぎをし、
     プールに投げ込まれたボールを抱えて30秒間静かに浮かびます。
 
* (ボールをプールの外へ投げ返して)50m平泳ぎし、
     (途中、水に浮かべてある障害物=マットの上を乗り越えます)
   続いて50m(手は腰に当てたまま足だけで!)仰向けの平泳ぎ
   をして、階段を使わずにプールから上がります。 
  (↑長袖・長ズボンだけでなく、ジャケットも水を吸って重くなっていて
   大変そう・・・)
 
* 濡れた服を脱いで水着だけになり、再び25mプールに飛び込み、
   (途中、水中の障害物の中をくぐりぬけて)9m潜水します。
 
* 潜水からそのまま125m平泳ぎして、4回ある折り返し点では、
     2回水中ターン、2回逆立ち(足の先まで水中に沈む)し、
   続いて100m仰向けの平泳ぎをして、プールから上がります。
 
* 再びプールに飛び込み、うつ伏せで(手足は全く動かさないで)
   10秒間浮かんだ後に数m平泳ぎ、というのを2回。
 
*  今度は、仰向けで10秒間(手足は全く動かさない)浮かんだ後に
     数m仰向けの平泳ぎ、
   次は、20秒間仰向けで浮かんだ後に数m仰向けの平泳ぎ
     をします。
 
* 仰向けの"気をつけ"の姿勢で(足と腕は使わずに!)
    手首から先だけで5m泳いで、プールから上がります。
 
* クロール15m、背泳ぎ15m。
 
* 最後に、スクワットのような格好のままジャンプして水に入り、
   そのままの体勢で30秒間立ち泳ぎ、
   続いて30秒間その場で手だけの(足は使わない)立ち泳ぎ
    をして、終了・・・
 
 
水深は1.6mくらい(?)=子供は足が付かない深さです=ズルはできません。
 
16時45分に始まって終わったのは18時・・・見ていた私が(泳いでもいないのに)息切れしてしまった・・・orz
 
子供達が受けたのは、マリアが diploma B、ミハーリが diploma C。
二人とも無事合格しました♪
 
 ・・・私は、(体力が落ちた今) A さえ受からなそうデス・・・(;-_-) 
(運動靴を履いたままというのがツライ・・・)

続 子供の心と大人の誤解

*****    *****
ミハーリが日本語補習校のプリクラスに通っていた頃のお話。
ひらがなの「に」を使った言葉を書いて来て下さい
・・・という宿題が出ました。
ミハーリは
「にんぎょ」
と書いて提出しました。
ところが翌週、
「にんぎょ」
にバツが付けられ、
「にんぎょう」
と直されて返されて来ました・・・
「にんぎょであってるヨ (*⌒―⌒*)」
と、家でマルを付けてあげました。
*****     *****
昨年の11月、マリアが補習校で学習発表会の感想を書きました。
「かごめかごめ が たのしかったです。 
 うまくいったとおもうのです。
 わたしは、きもちいいとおもって うたうのわすれて。
 わらって で また うたったよ。」
翌週、保護者あてのお便りに、子供達全員分の作文が載ったのですが、
マリアの分の最後の部分が
「わらって ごまた(ごまかして) うたったよ。」
という風に直されていました。
マリアは見ないお便りだったので、放っておこうか・・・とも思ったのですが、
(他の生徒さんに、あるいはマリアに対して)同じ間違いを繰り返して欲しくないと思って、
連絡帳に・・・
「お便りに載せてあった作文ですが、
 『わらって ごまた(ごまかして) うたったよ。』
 とあって、おかしいなと思い、本人の作文を見直しましたら、
 『わらって で (それで) また うたったよ。』
 でした。
 『ごまかす』という言葉はまだ知らないと思います。
 大したことではないのですが、
『ごまかす』というのがあまり良い言葉ではないので、
 それを使っていないのに、使ったかのように書かれてしまって
 ちょっとかわいそうに思いました。」
 ・・・と記入しました。
「今後気を付けます。」
と先生からお返事をいただきました。
大人の目線で見ていては、誤解してしまうことの多い
子供の心・・・
子供と接する時は、
子供と同じ目線になって接しなければいけないな・・・
と、つくづく思う今日この頃です。
きちんと気にしていないと、気付かぬうちに
子供を傷つけることがあります。
きちんと気にしていると、自分が子供だった頃どうして傷ついたのか、今になってわかることも。
これからも、子供達と一緒に学んでいけたらいいな・・・
と思います

子供の心と大人の誤解

先日、子供達と一緒に、同じユトレヒトのSailさん宅へ遊びに行った時のこと。
その日は、整体師のKさんが出張サービスにいらしていました。
Sailさん宅に集まっていた友人達が順に整体施術を受けているのを見て、
マッサージが得意なマリアが(←本当に上手なんですヨ!)
「マッサージして欲しい人!」
と声をかけ、
整体の順番を待っていたHさんに全身マッサージをし始めました。
「自分で考えた」という頭マッサージ、ハンド・マッサージ、背中や足のマッサージをするマリアに、
Hさんが、
「すごく気持ちいい! C(=彼女の旦那様)が来たらやってあげて!
5ユーロもらったらいいわ!」
と言うのを聞いて、マッサージを続けながら嬉しそうに笑うマリア。
他の友人達も、
「そうそう! 5ユーロもらったらいい!」
私も(内心「マリア、本気にしちゃうのでは・・・」と不安を感じながら)
「そうね、女王の日(=4月30日→自由にお店を出してよい日で、この日は街中が蚤の市になります)に、お金をもらってやってもいいかもネ~♪」
と、笑いながら口を合わせていました。
皆への施術を終えたKさんが、
「子供には特別なエネルギーがあるから、お母さんの体のどこが具合悪いかわかるのよ。」
とおっしゃって、マリアとミハーリに

「お母さんにやってあげてね。」

と、特別なマッサージを教えて下さいました。
二人とも筋がいいそうです・・・(✿ฺ^-^✿ฺ)
右腕の痺れも治るかな・・・
二人が早速
「ママやってあげる!」
と言ってくれたのですが、
「ママはお家でやってもらうから。 今は他の人にやってあげてみて。」
二人から、習いたての特別マッサージを受けたMayitaさんとミツフィさん。
「背中に当てた手がものすごく熱く感じられた」
という感想・・・私が霊気を試みた時の相手の感想と同じ・・・?
二人は霊気治療ができるのかも・・・
しばらくして、仕事を終えた友人達の旦那様方も集まり、皆でお夕食をいただいた後、
「マリアちゃん、5ユーロで、Cにマッサージしてあげて!
きっと泣いて喜ぶから!」
と、再びHさんに言われ、Cさんにマッサージを始めたマリア。
マッサージしながらマリアが小声で
「泣いてないよ?」
Hさんが言った”きっと泣いて喜ぶ“というのを、
本当に”泣いて“喜ぶのだと思っていたマリア。
大人の私達はそれを聞いて大ウケでした・・・ヾ(@^∇^@)ノ
時間も遅くなり、子供達も寝る時間になったので、失礼しようとすると、マリアが
「まだ5ユーロもらってないよ?」
と言うので、慌てて
「あれは冗談ヨ~。 お友達にはお金もらわなくても優しくしてあげないとネ!」
と説明したのですが、
「でも5ユーロもらえるって言ってた」
と泣き出してしまった・・・
Hさんがお金を用意しようとして下さったり、
「代わりにトトロの飾りをあげようか?」
とミツフィさんも気を遣って下さったりしたのですが、
頂くわけにはいきませんので、そのまま失礼しました。
Sailさんのお宅を出てから、またマリアが泣き出したので、再度

「お金がもらえるっていうのは冗談ヨ~。 お友達同士は、お金をもらわなくっても優しくしないとね。」
と言うと、
「お友達にはGratis(=無料)でやった・・・お金もらわなくてもマッサージした・・・
でも、5ユーロくれるって、本当だと思った。 
冗談だって思わなかったから・・・」
“お金がもらえなかったこと“ではなくて、
“信じていたことが冗談だったこと“が悲しかったみたい・・・
子供ってやっぱり純粋なんだなぁと心打たれました。
大人はついつい「お金がもらえなくて泣いている」と思ってしまうものね。 私もそう思ったし・・・(恥)
子供の頃、私もこんなことがあったような気がしました。
大人の言うことを、こちらは真剣に受け取めたのに、後で冗談だと笑われる・・・
大人にとっては可笑しなことかもしれないけれど、子供にとっては訳がわからず、バカにされたようで悲しい・・・
ここで「いつまでも我侭言って泣いてるんじゃないの!」なんて怒ったりしたら、
信じることができない人間になってしまうかもしれない・・・
フォローしないと・・・と思って、

「他の人を信じられるって、すごいことだよ。 他の人を疑ってばっかりの人が多いからね。 だからマリアちゃん、えらいよ。」
と褒めました。

ふと頭に、
“信じ~られぬと~嘆く~よりも~ 人を~信じて~傷つく~方がいい~“
という海援隊の『贈る言葉』の歌詞が流れました・・・
(↑この歌詞、人を信じられなくなりそうになった時、よく思い出します・・・)

フライト日記 (Bonaire) つづき

 
午前4時からのクルー・ドリンク(=乗務の後などに同僚達と飲むこと)も、空が白み始めた午前6時にお開きとなり、部屋に戻って寝る支度をし、ベッドに入ったのは午前7時。
たまにはゆっくり休もうと、目覚ましをかけずに眠ったのですが、すっきり目が覚めて時計を見ると午前11時・・・4時間しか寝てないxxx
再度目を閉じて眠ろうと努力してみましたがダメでした・・・
時差ボケです(→オランダはもう午後4時でしたから)
最近、フライト先で時差ボケることが増えてきました。 老化現象だろうか・・・(不安)
 
仕方なくシャワーを浴び、音楽(=クラシック)を聴きながらのんびりスポーツ・ウェアに着替え、午後1時にホテル内のフィットネス・ルームへ。
 
今回のボネールステイのテーマ
① 日焼けしない(=ビーチは午後3時以降)(昨年は日焼けでヒドイ目に遭いましたので・・・)
② ダイエットに励む(=毎日10分間ある"秘密のダイエット"をする)(一時帰国中に増えた3.5kgを何とかしないと・・・!)
 
滞在中は、(初日は朝食をミスってしまいましたが)毎日午前8時~朝食終了時間の午前11時まで海に面した屋外朝食ホールで同僚達とおしゃべりを楽しみながら朝食、午後0~1時フィットネス・ルーム、午後3~4時ホテルのビーチでMP3を聴きながらピアノの譜読み、午後5~8時クルー・ドリンク、午後8時~島の中心街で夕食・・・というスケジュールでした。

(朝食ホールからの景色)

今まで、フライト先ではオランダ人の同僚達に合わせて行動していた私でしたが、今回は珍しく、食事とクルー・ドリンク以外は一人で過ごしていました。
 
特に、フィットネス・ルームへは、他の国ではなかなか一人で行こうと思わないのですが(←大勢人がいるのに、誰ともしゃべらずに黙々と運動する・・・というのがど~も苦手でxxx)、ここのフィットネス・ルームは昼間行くと私以外誰もいないのです。 
(ボネール島はカリブ海の島ですから、昼間は皆、当然ビーチへ行きます♪)

(フィットネス・ルーム)

誰もいないフィットネス・ルームで、MP3(→ここでは、Yumingや安室奈美恵、MAX、浜崎あゆみなど)に合わせて大声で歌いながら、自転車こいだり走ったりしていました・・・(^^ゞ
 
到着2日目の水曜日の午後は、リマへの往復乗務がありました。
アムステルダムからの直行便就航直前であることもあってか、とても空いていたので、サービス終了後、同僚達がトマトスープやトースティー(=オランダ風ホットサンド)を作ってくれました。
 
トマトスープ 

(ホットカップにトマトジュース1パック、お湯1カップ、トマトスープの素1袋、野菜スープの素1袋、赤ワイン少々、お砂糖2~3袋を入れてよく混ぜ、しばらく煮る)

 
トースティー

(食パンにバターをぬり、チーズをのせ、チキンブイヨンスープの素をふりかけ、ハムをのせて、もう1枚のバターをぬった食パンではさみ、オープンで8分焼く)
 
ビジネスクラス担当の同僚も、手作りカプチーノを持ってきてくれました。 
みんな同僚思いで感激・・・(。♋ฺ‸♋ฺ。)うるるる
 
今月末からリマへの直行便が就航すると、ボネールからのリマ往復乗務はなくなります。
そう思うと、貴重な乗務でした。

(今回、オランダ海軍が寄港していて、海軍兵達もホテルのバーに飲みに来ていたので、クルー・ドリンクの時は圧倒されました)

木曜日も夕食までは前述のスケジュールで。 
 
夕食は、同僚3人と、(同じオランダの航空会社)Transavia航空のパイロットとパーサーも一緒に、BAMBUというレストランへ。

(皆で記念撮影)

 以前マイアミに乗務した際も、(同じオランダの航空会社)Martinair航空のクルーと一緒に飲んだりしたのですが、
同じ国の別会社の同僚達と一緒に食事をしたり飲みに行ったり・・・というのは、日本でもあるのかしら・・・?
会社は違っても、同国の航空会社の同僚同士として、仲良く一緒に行動するのって、とても素敵だなぁと思いました・・・

(レストランの前で)

(ここの"海老とロブスターのリゾット"は超美味でした!!)
 
BAMBU
Kaya C.E.B. Hellmund #17, Kralendijk Bonaire N.A.
Tel: +599 7174166
 
夕食後、今夜ライブがあるというバーLittle Havanaへ。
丁度演奏が始まったところでした。

(メンバーは、ギターとキーボードとボーカルの3人)
 
素敵だなぁと思ってよくよく見ると、ギターを弾いている人に見覚えが・・・!
過去何度かお宅にお邪魔してピアノの練習をさせていただいたヨルンでした。 
同僚のボーイフレンドで、普段は学校の体操の先生とカイト・サーフィンのインストラクターをしている、と話していたはず。
 
ピアノの練習をさせていただいていた時に、一度、
「ギター合わせるから何か弾いてみて」
と言われ、クラシックじゃなんだからと中村由利子の曲を何曲か弾いたら、それにアコースティック・ギターを合わせてくれて・・・
それが素晴らしく美しく、感動したことを今でもよく覚えています・・・♡
その彼が、ライブ演奏していたのでした。
 
同僚達に「あのギターリスト、知ってる人なのヨ!!」と話していると、ヨルンも私に気付き、演奏しながら(こっちへ来い)と合図してきます。
(そんなとんでもない)と渋っていたのですが、いつまでも呼んでいるので、そろりそろりと前へ進み出ると、演奏途中なのに舞台から降りてきて
「会えて嬉しいよ!」とハグされてしまいました・・・(*^ ^*)
 
「後で是非何か弾いて!」
と言われたのですが、
「今日はかなり飲んじゃってるから無理・・・ごめんなさい」
と丁重に断りました。
クルー・ドリンクで既に、ピニャ・コラーダ3杯、ワイン2杯、夕食時にワイン3杯、バーに来てからジン・トニックも飲んでましたので・・・(^_^;)
 
ところが、演奏の休憩に入ってからも再度頼まれ、バーのオーナーにも頼まれてしまい、同僚達からも是非と言われて、結局弾くことに(汗)
・・・こんなことなら飲まなきゃよかった(T_T)
でもやるしかないと、フォーレの「シシリエンヌ」(=このブログのBGMの曲です)を。
ライブ用の設定になってますから、何しろボリュームが大きくてxxx 自分の音が煩くて集中できず後半の暗譜がすっとんで途中でストップしてしまったのですが、どうやら誰も気付かない様子・・・気を取り直してショパンの「ノクターン」・・・20年以上暗譜で弾いている曲なのに、アルコールが入るとダメですね・・・これまた最後のページの暗譜がすっとんでしまい、それでも何とか誤魔化して最後まで弾き終えましたが、ボロボロでした・・・( ̄_ ̄|||)
しかし、アルコールが入っていたのが私だけではなかった(=お客様も皆大酔っ払いだった?)ことが幸いし、盛大な拍手をいただいてしまいましたε=(-_-;)ホッ
その上、オーナーが「練習したいのなら、いつでも弾きに来なさい」とおっしゃって下さり、翌日午後2時から練習できることに・・・嬉しい!
しかも、「島内に1台だけコンサート・グランドピアノがあるから、今度またボネールに来る時には連絡して。 弾けるように手配しておいてあげるから。」とまで・・・(>_<。。。感激!!
 
ヨルンからは「今度は「ウィンター・ロマンス」(←中村由利子の曲です)を弾いて!」とリクエスト。 
今度またボネール便が付いたら、「ウィンター・ロマンス」暗譜して、お酒は飲まずに伺います・・・(✿ฺ^-^✿ฺ)
 
Little Havana
Kaya Bonaire #4, Kralendijk Bonaire N.A.
Tel: +599 7860717
 
翌日朝食に降りると、昨晩一緒でなかった同僚達から
「ピアノ素敵だったんだってねー!! 私も聴きたかったなぁ~」
と口々に言われ、ちゃんと弾けていたならまだしも大失敗だったので、かえって非常に恥ずかしかったデス。
その日は一日中、会う同僚、会う同僚、他の便の同僚達にまで、同じことを言われました。 
噂は早い・・・悪い噂でないのが不幸中の幸い/幸い中の不幸(?)
 
午後2時からは、約束どおりLittle Havanaで練習させていただきました。
噂を聴いた同僚達が数人聴きに訪れました。
手持ちの楽譜はモーツアルトの「ピアノ協奏曲」だけだったので、暗部で弾ける曲(主にショパンやドビュッシー)を小1時間弾いた後、聴きに来てくれた同僚達と一緒にランチをしてから、買い物に。
 
長男ミハーリへの誕生日プレゼントを探しました。
15日はミハーリの12歳の誕生日だったのです♡
買ったのは、Vagabond Bannerfishという熱帯魚のモビール。

 
ホテルに戻ると、ロビーにいたホテルのマネージャーが
「私の家にカワイのグランドピアノがあるから、今度来た時は弾きにいらっしゃい」
と名刺を下さいました。
ピアノはないものと諦めていたボネール島でしたが、次回からは弾くことができそうです♪
 
夕食の後は、午後7時から仮眠を取りました。
 
アムステルダムへ戻る便の乗務です。 Calling(=ウェイクアップ・コール)は午前1時。
 
中間部担当だったナタリーが、その日のボネールからのキト・グアヤキル往復便のクルーに病欠が出たとのことで、急遽そのクルーに代わってキト・グアヤキル便に乗務することになり、ナタリーの代わりにマリンカが加わりました。 マリンカは、Dead Head Crew(=乗務しないクルー)として前日に到着したとのこと。
 
マリンカはオランダで茶道を習っているほど日本贔屓で、身のこなしも柔らかく穏やかで気配りがきき、満席でしたがスムーズに仕事ができました♪
 
順調にアムステルダムへ向かっていたのですが、到着前の朝食のサービスの後、ミールを配り終えてギャレーに戻ると、ジュニアパーサーのマリアンから
「到着が45分早まって、あと25分で着陸らしいから、急いで!」
との指示・・・コックピット・クルーが、スケジュールの変更を私達に連絡し忘れていたんですって・・・(;-_-)
通常なら到着の30分前にはミールのコレクトを終え、ギャレーの片付けやキャビン(=客室)の整理にあたるところ、ミールをたった今配り終えたばかりだというのにあと25分で着陸!?
 
(幸い経験したことはありませんが)飛行機事故が起こりやすいのは離着陸時。 
ミールトレイが出ている、つまりテーブルが出ているということ=万が一の時に脱出の妨げになります。
 
「まずは急いでミール・コレクト!」
というパーサーの指示で、ミール・トローリーの上にのせていたドリンク類を片付け、いざキャビンへ!
 
・・・と思ったら、反対側の通路の前部を担当しているアネット(=出発前に「アローワンスがおろせない!」とパニクってた同僚)が、
「私、オーバーウィング・トローリー片付けてくる♪」
と言う・・・
 
MD-11はエコノミークラスのギャレーが最後部に1箇所しかない為、前方にお掛けになっていらっしゃるお客様の為に、離陸後、ジュースやソフトドリンク、おつまみなどが入ったトローリーをオーバーウィング(=主翼の上)の左右2箇所にある非常ドア前のジャンプ・シート(=乗務員が離着陸時に座るシート)に固定し、到着前のミール・サービスが終わった後、着陸準備中に片付けることになっているのです。
 
慌てて
「前部担当の私達がまずコレクトに出ないと、後の同僚達がコレクトに出られず、サービスが遅れてしまうから、それは後にしようよ」
と言ったのですが、さっさと片付けに行ってしまったアネット・・・(;-_-)
オーバーウィング・トローリーは2台あるので手伝うべきか否か一瞬迷ったのですが、私までそちらへ出向いてしまったら、ミールのコレクトが遅れてしまう・・・
全体を考えたら、やはりミールのコレクトが先!と判断し、
「アネットはオーバーウィング・トローリーの片付けに行ってしまったけれど、こちら側の通路はミールのコレクトに出発しますヨ!」
と皆に声をかけ、キャビンへ。
 
お客様に、にこやかに(到着が早まったという)事情を話し、コーヒーのおかわりなどのサービスができないことをお詫びしながら、てきぱきとトレイをトローリーに収納し、ギャレーに戻ると、案の定、反対側の通路がまだ終わっていないようだったのでヘルプに向かい、残りの同僚達はギャレーでトローリー他の片付けを。
 
間もなくイヤホンのコレクトのアナウンスが入り、続いてコックピットからも着陸準備要請のアナウンスが。
時間との戦いで、長い徹夜フライトの疲れも吹き飛びました(笑)
 
乗務員着席のアナウンスが入り、自分のジャンプ・シートに座ったところで、隣に座っているアネットに
「さっきはオーバーウィング・トローリーの片付け、手伝えなくてごめんネ」
と謝りました。
ミールトレイのピックアップを優先させた方がいいと判断したことは間違っていなかったと思っていますが、同僚として謝っておくべきではないかと思って。
 
次は待ちに待った日本路線 大阪便です!
桜が見られるかしら・・・(◕ฺ‿◕ฺ✿ฺ)
 

フライト日記 (Bonaire)

2007年3月
(BON)
 

(ボネールの空港は"フラミンゴ空港"といいます。 ターミナルはピンク色です。)

 

ボネール便はリポーティングが午後9時55分と遅く、徹夜フライトとなるので、いつもなら午後に数時間仮眠を取ってから出かけるのですが、
この日、こちらで習っているピアノ連弾レッスンの相棒だったNaokoさんのお引越し先のEindhovenで、新しいお家のお披露目パーティーがあった為、午後はそちらへ出かけました。
そのまま空港へ向かうつもりで制服を着たまま・・・
 
お料理上手なNaokoさんと、同じユトレヒトに住む同じくお料理上手なMihoさんが腕によりをかけた、お寿司やコロッケなどの日本のお料理が並び・・・一時帰国中に3.5kgも体重が増え、制服のスカートが既にキツキツだったにもかかわらず、ついつい食べ過ぎてしまいましたxxx
 
そろそろ空港へ向かわないと・・・と思った頃、Naokoさんのリクエストで急遽一緒にピアノを弾くことに。
最後にレッスンでやったのは(NaokoさんがEindhovenに引っ越してしまったのと、彼女が間もなく出産予定であることから、しばらく連弾レッスンはお休みすることになっています)モーツアルトの「交響曲第40番」のピアノ連弾版だったのですが、彼女の希望で、その前にやったシューベルトの「ファンタジーD940」を弾きました。 
Naokoさんの方はどうやらそのつもりで練習されていらしたようだったのですが、私の方はというと、モーツアルトの交響曲を終えてからは、12月に演奏予定の曲・モーツアルトの「ピアノ協奏曲第20番」の練習に既に取り掛かっていた為、シューベルトは全く練習しておらず、案の定ボロボロ・・・申し訳なかったです・・・(T_T)
ゲストの皆さんの前で、それはもう恥ずかしかった・・・前にやった曲も時々ちゃんと練習しておかないといけないな、と反省すると共に、いつか私の家で、どなたかに演奏をお願いすることがあったら、前もってお伝えしておかないと恥をかかせてしまうこともあるのだな、と学びました。
 
Eindhovenから一旦Utrechtへ戻り、夜遅かったので子供達を義理母宅に預けて、夫に空港まで送ってもらいました。
 
リポーティングしてスーツケースを預けた後、アローワンス(=滞在中の食費など)をおろしに専用キャッシング・マシーンへ行くと、専用カードが期限切れ。
新しいカードをもらいにクルー・センター内のサービス・センターへ。 そこに、もう一人、新しいカードを受け取りにきていたオランダ人スチュワーデスがいました。
この時間だともうボネール便しか出発便はないので、「一緒に働く同僚だな」と思って声をかけようと思ったのですが、サービス・センターの男性職員と話しっぱなしで声がかけられぬまま・・・
新しいカードを受け取って、改めてキャッシング・マシーンへ行くと、先程の同僚が「お金がおろせない!」とパニクっていました。
「大丈夫?」
と話しかけると、
「きっとこのカードが新しいからだわ!」
と言うので、彼女の隣のマシーン(→全部で4台あります)で試してみると、私はちゃんとおろせたので、
「私も新しいカードだけど、おろせたわよ。 こっちのマシーンは試した?」
と聞いたのですが、
「今、新しいカードもらってきたばかりなのよ~ ・・・すいませ~ん! お金がおろせませ~ん!」
・・・私の話は全く耳に入っていない様子で、向こう側のリポーティング・デスクの人に大声で助けを求めています・・・(;-_-)
彼女が新しいカードを受け取っている時、すぐ隣で私も新しいカードを受け取っていたのですが・・・全然気付いてない?
・・・一緒に乗務するのがちょっと不安になりました(苦笑)
 
ヘルプに来たリポーティング・デスクの人に
「他のマシーンは試してみたのか」
と聞かれ、(予想通り)
「Nee (=いいえ)」
と答えている彼女を後に、私は一足お先にパーサー(シニア・パーサーとジュニア・パーサー)にご挨拶へ。
握手をしてお互いの名前を告げていると、さっきの彼女も挨拶にやって来ました。
隣のマシーンですぐにおろせたらしい・・・やっぱり・・・(;-_-)
 
機種はMD-11。
担当エリアはエコノミークラスです。
 
MD-11は、こちら(→ http://www.seatguru.com/airlines/KLM/KLM_MD-11.php )を見ていただくとおわかりいただけるように、
エコノミークラスのギャレーが最後部に1箇所しかありません。
このギャレーに6名で入り、左右の通路に3人ずつ、前方・中間・後方に分かれてサービスします。
 
私が担当したのは、エコノミークラス左側の前方。 
最後方のギャレーからエコノミークラス最前列までトローリーを引いて行き(←お客様に背中を見せない様、トローリーは後ろから押すのではなく引っぱって行きます)、最前列から主翼の3列手前までサービスします。 次の担当者(中間部担当者)は、主翼の3列手前からスタートし、最後列からスタートする同僚(後方担当者)とぶつかるところまでサービスします。
 
今回、パーサーに「好きな担当エリアを選んでいい」と言われ、今月はエコノミークラス担当月だったので(→制服に2本白線のあるCAは、通常ビジネスクラスを担当するのですが、年に二回程、名字のアルファベットの頭文字によって、エコノミークラスを担当する月があるのです)、だったら「全体を把握しやすい前方エリアを」 と選びました。
前方エリアを担当すると、サービスの度に後ろのギャレーから最前列まで遙々トローリーを引いて歩かなければならず大変ではあるのですが、サービス後、ギャレーに戻る際に同じように、つまり他の同僚達が担当したエリアを通って帰るので、何かあった場合にフォローができます。 
今回、前方エリアを選んだ理由に、出発前にキャッシング・マシーン前でパニクっていたアネットもエコノミークラス担当だった、ということもありました。 何かあってもフォローできるかな、と思ったのですが、彼女は反対側の通路・・・でも、私と同じ前方の担当だったので、時々様子を伺いながらサービスしていました。
 
MD-11のエコノミークラスのギャレーは、6人で担当するだけあって広いのですが、それでもやはりトローリーが6台ギャレーに出ていると身動きが取れないので、サービスの時は、6人(=トローリー6台)が同時にギャレーに戻らないように、前方担当者は自分のエリアが終わり次第中間部担当者のエリアを引き継ぎ、中間部担当者が後方担当者のエリアを引き継いで、後方担当者から順にギャレーに戻って順にトローリーを片付けられるように心がけます。
・・・という理論を理解できていない同僚がいると、スムーズにいかないことがあります。
今回も、私と同じ左側の中間部担当だったナタリーが、私が
「前方は終わったので引き継ぐヨ!」
と言うと、
(「了解!じゃあ私は後方を引き継ぐネ!」という返答が望ましかったのですが)
「あ~私ももうすぐ終わるから~」
と引き継がせてくれず、(周りのお客様を見渡しても皆様お食事中で、私は何もすることがなく)困りました。
察する様子もなかったので、
「あなたの仕事を私が引き継いで、あなたがモニーク(=後方担当者)の仕事を引き継げば、モニークは先にギャレーに戻って片付けと次のサービスの準備を始められるから、そうモニークに伝えて!」
と説明し、ようやくわかってもらえました・・・ε=(-_-;)ホッ
 
後方担当のモニークは、乗務暦は短いですが地上職を長年務めていたせいか、とてもフレキシブルで、自分の仕事だけでなく全体を見通して動いていることがわかります。 非常に仕事がしやすい同僚でした。
それに比べてナタリーは・・・明るくてハキハキしたお嬢さんなのですが・・・
前の座席に足を上げていた(←もちろんやってはイケマセン!)お客様に、
「あなたは家でもこんなに行儀が悪いんですかっ? 
お母さんに怒られなかったんですかっ? 
今すぐ下ろさなかったら、これからアムステルダムに戻って飛行機降りていただきますからねっ!」
と厳しく注意していてビックリしました。
お客様、お怒りになるかと心配したのですが、意外にも大人しく直ちに足を下ろされて、二度と上げませんでした・・・(笑)
また、サービス中も、飲み物を二度注文された(←恐らく、ナタリーが無反応だったので「聞こえなかったのかな」と思って再度注文されたのではないかと察します)お客様に、
「待つことはできないのですかっ?・・・ったく。」
と注意して、この時はお客様怖がってました・・・ナタリー、もう少し優しく穏やかにに接することができたらいいのに・・・。
 
MD-11には、B747-400やB777と違いクルー・レスト(=キャビン・クルーが休むベッド・ルーム)がない(コックピット・クルー用のベッドはあります)ので、休憩時間には背もたれを大きく倒せるクルー・シートで仮眠を取ります。
2時間ほど順番に仮眠を取りましたが、やはり徹夜フライトは疲れるらしく、ボネール到着後のクルー・ドリンクには、コックピット・クルー3名とパーサーと私しか参加しませんでした。  現地時間で午前4時過ぎ=オランダ時間で午前9時過ぎでしたから、もっともと言えばもっともなのですが、ボネールは星がきれいなんですヨ~!(✿ฺ^-^✿ฺ)
セカンド・オフィサーのボブが、「昨年初めてのボネール便乗務で一緒だった」と私のことを覚えていて、私の名前ばかりでなく夫の名前、ピアノを弾くこと、星に詳しいこと、ユトレヒトに住んでいることまで言い当て、驚きました。
そういう私も彼の誕生日は例の如く覚えていて、射手座なのですが、丁度その時間見ることができたので星座の位置を教えてあげました。
お隣の蠍座の脇には美しい下弦の月と眩いばかりの木星が輝いていました・・・
 
(つづく・・・)