フライト日記(Bonaire) つづき

それでは、お待ちかね(?)の
摩訶不思議体験
のお話を・・・

2006年4月 つづき

(BON)
 
ボネール滞在4日目の夜のこと・・・
 
深夜、大勢の人々の話し声で目が覚めました。 数名の男女がオランダ語で何やらしゃべっています。
最初、リマ往復便に乗務したクルーが戻って来たのかと思いましたが、それにしては声が大き過ぎる・・・声は部屋の中、ベッドの両脇から聞こえてくるのです。 
目を開きましたが誰もいません(いつもバスルームの電気を点けてあるので部屋は真っ暗ではないのです)。 話し声だけが聞こえています。 
体は金縛りにあっていて動きません。 「Hou op!(ハウ オップ!)(やめて!)」と(相手がオランダ語でしたので、こちらもオランダ語で)言おうとしましたが声になりません。 全身の力を振り絞って、やっとのことで金縛りを解き、なんとか「Hou op!」と言えたと同時に、声は止みました。
体を起してベッド脇の時計を見ると、午前4時。 この時計、30分進んでいるので、正確には午前3時半・・・これって「丑三つ時」??
  
1日を2時間ごとに区切り
干支で表現する方法
(深夜12時から午前2時までが子の刻。
以下、丑の刻、寅の刻…と続く)
が始まったのは戦国時代である。
「草木も眠る丑三つ時」などと言う時は、
干支と干支の間をさらに4つに分け、
丑一つ(2:00~2:30)、丑二つ(2:30~3:00)、
丑三つ(3:00~3:30)、
丑四つ(3:30~4:00)となり、
つまり丑三つ時は
午前3時から3時半ということになる。
(子の刻を午後11時~午前1時とする説もあり
この場合丑三つは午前2時~2時半の間となる)
 
声が止んで、辺りが再びシンと静まり返ったので、もう一度寝ることに。 
・・・なぜかとても冷静な私・・・慣れ(*)もあったのかもしれません。 
しかし、超現象はこれだけではなかったのです・・・
 
布団の中でうとうとしそうになった時、急に体の左側が涼しくなり、ハッと気付くと、お腹の上にあった私の右腕(手首と肘の間)を誰かがつかんでいる・・・恐る恐る左手を伸ばし、私の右腕をつかんでいるその冷たい手(多分相手は左手)をそ~っとつかみ、私の右腕からゆ~っくり離し、左側にそ~っともっていきました。 
それからしばらく左側が冷たかったので、しばらく隣にいたのでしょうか・・・(普段は、寝る前に冷房を切ってしまう為、暑苦しくて目が覚めることの方が多いのに)寒くて寒くて良く眠れませんでした。
 
そして朝、朝食を食べに部屋を出ようとしたら、なんとドアが開いていました・・・幸いチェーンは外れていなかったので、全開にはなっていませんでしたが・・・ドアノブについている内鍵はちゃんとかけていましたので、外からは開けられなかった筈・・・ということは・・・??? (私は開けてませんよ~!)
 
(*)実は、小さい頃(3~4歳の頃)から、よく、
   こういう体験をしていたのです。
    ほとんどの場合、今回同様、人の話し声が
     聞こえただけでしたが、そうでないパターンも。
    そのお話は、また改めて・・・
 
朝食をいただきながら、同僚達に昨晩の話をすると、"霊気"を勉強中だというCoralieが
「あなた、マッサージするときに"気=エネルギー"を伝えるようにやってるって言ってたわよね? エネルギーを伝えた後、ちゃんと回路を閉じないと、霊が集まってきてしまったりするのよ。」と言う・・・
 
"霊気 Reiki レイキ"
 
レイキは、大正末期に臼井甕男氏が創始した
「霊気療法」 が源流。
戦前にハワイへ伝わったものが、
1980年代以降アメリカから全世界に普及し、
ウスイ式レイキ(またはウスイ・レイキリョウホウ)
としてよく知られています。
イギリスやオランダでは、
健康保険の対象として公認されつつあります。
日本では最近、
逆輸入されたレイキ
が話題になっているようです。
レイキは、宗教とは無関係の太古から伝わる
誰にでもできる自然療法(手当療法)の一つ。
私たちが幼い頃、どこかに痛みを感じた時、
母親に痛みのある所に手を当ててもらったり、
無意識にその場所に手を当ててていた・・・
というのが手当療法。
霊気エネルギーは私達の周りに常に存在し、
いつでも使える状況にあるにもかかわらず、
その使い方を私達は忘れてしまっているのです。
気功でいうところの「外気功」のようなもので、
中国の気功術にも取り入れられています。
レイキを伝授すると
自分の手からエネルギーを出せるよになり、
脳の回路が開くので、
本人の持って生まれた潜在能力の開花や
霊能力の目覚めなど、
説明のつかない不思議な体験をする人も・・・。
 
「回路を閉じなきゃダメだ」と言われても、どうやったらいいのか分からない~
それに、オバケも久し振り(・・・もしかして、小さい時も"回路開けっ放し"だったってこと・・・?)で懐かしかった(?)し、まぁいいや・・・と放っておいた私。
 
「あなたもきっとヒーリングができるんじゃない?」と言われるがまま、ちょうど扁桃腺が腫れて辛いと言っていたLisetteを実験台に、試してみました。
扁桃腺が硬く腫れて、熱を持った状態の彼女の首に、優しく右手を当て、エネルギーが、いつもとは逆に流れるように集中してみると、なんとなく指先から何かがゾゾゾーっと入って来た気が・・・。
5分程して手を離すと、「あー、ホントに良くなった!」とLisette。 改めて首に触れてみると、さっきまで硬く腫れていた部分がやわらかくなり、少し腫れがひいている?! 反対に私の右腕にしこりが!? (で、これはどうやって取ったらいいの~??)
翌日、アムステルダムに戻る飛行機の中で、もう一度試してみると、アムステルダム到着時には彼女、扁桃腺の腫れがすっかりひいて、本当に良くなってしまったのです。
そのかわり・・・なんと私の扁桃腺が腫れていました。 その上、機内でやったのがいけなかったのか、まるで乗客全員の「悪い気」を吸い集めてしまったかのように、体調がみるみる悪くなり、帰ってから3日間寝込んでしまいました。
 
嘘のようなホントの話・・・

フライト日記(Bonaire)

2006年4月
(BON)
 
2月にスタンバイで呼ばれて行って来たばかりのボネール。
カリブ海に浮かぶ、オランダ領の小さな島です。
 
パーサーは乗務歴27年のIno。 
ブリーフィングでの「私達が乗務する一番の理由がフライト・セイフティーであることを忘れないように。」との一言に、改めて気が引き締まりました。
 
担当はビジネスクラス。 珍しく満席でなかったので、お客様お一人お一人に、余裕を持ったサービスができました。 
 
相棒は明るくチャーミングなInge。 サービスの合間にホット・カップ(機内でお湯を沸かす為にある電気ポット)で、特製トマトスープを作ってくれました。

(ホット・カップ)

 

材料は、(全て機内にある)カップ・スープ(ブイヨン・スープ)の素とトマト・ジュースとこしょう。 
(本当は赤ワインを入れるともっと美味しいそうですが、乗務中ですのでxxx)
 

1. まず、コーヒーカップにお湯を注ぎ、
カップ・スープの素を溶いて、
ブイヨン・スープを作ります。
 

2. 空のホット・カップに
トマト・ジュースを注ぎ入れます。
 

3. そこに先程作ったプイヨン・スープを入れ、
 

4. こしょうをお好みで加えます。
 

5. よくかき混ぜた後、ホット・カップの電源を入れ、
しばらく煮込んで出来上がり。
 
とっても美味しかったです! 
(今度家で、これに野菜を加えて作ってみようかな・・・)
 
出発同日の夕方ボネール到着後、夕食は、海沿いに新しくできたお寿司屋さん(!)へ。
こんな所にまで"和食ブーム"が・・・! もちろん店員さん達は日本人ではありませんでしたが、なかなか上手に握ってましたヨ。 お酒(月桂冠)も美味しかったです!
 
翌日は、(前回日焼けし過ぎて散々な目に遭いましたので)お昼過ぎまでお部屋で大人しく(ピアノの譜読みをしたり、ビーズ・アクセサリーを作ったり)していようと思っていたのですが、同僚のEllenに「肩が痛いのでマッサージをして欲しい」と頼まれ、朝食後そのままビーチへ。 
 
実は私、毎フライト、機内で、サービスの合間に、同僚達に指圧マッサージをしてるのです。 10本の指全部を使ったオリジナル・マッサージですが、なかなか好評なんですヨ~。 
滞在先でマッサージすることは滅多にないのですが、ボネールのクルーホテルにはピアノがなく指も鈍りそうだったので(?)喜んで承った次第です。
 
椰子の木の木陰にビーチ・ベッドを置き、そこに座ってもらって(私のマッサージは、座った状態で服の上からするので・・・)背中全体にタオルを羽織ってもらい、マッサージ。 
触っただけで体の何処が具合悪いか分かる・・・とまではいきませんが、人によって「ここだ」というポイントは感じられるので、そこに「気」が流れるようにマッサージします。
ボネールには、私と一緒にボネール経由リマ行きの便で到着したクルーの他に、ボネール経由キト行きの便で到着したクルー、その日の午後からリマの往復乗務をするクルー、キト&グアヤキルを往復乗務するクルー、それらをテイク・オーバーしてアムステルダムに戻るクルー2組の計6クルー滞在していますので、ビーチでマッサージしているのを見たら、どんどん"お客様"(=同僚達)が集まってきます。
一人10分くらいずつ、20人程マッサージして、一旦部屋へ。 14時までピアノの譜読みをしてビーチに戻ると、マッサージの"予約客"(=同僚達)が待っていました。 
一日にこんなに大勢マッサージしたのは初めてでしたが、椰子の木の木陰で、エメラルド・グリーンの海から流れてくる心地よい風に吹かれながら、私も心身ともに癒された気分でした。  
相手に「気」を送るのに体内の通気口(?)が開いた状態だったので、こちらにも自然からの「気」が流れ込んできた・・・そんな感じでしょうか・・・?
 
ところが、体内の通気性が良くなった(?)ことで、あんな摩訶不思議な体験をすることになろうとは思ってもみませんでした・・・
 
(つづく・・・)
 

 

フライト日記(SaoPaulo)・つづきのつづき

2006年3月 つづきのつづき
(GRU)
 
置き引きに遭ったのは、カフェで私の隣(!)に座っていたニコル。
盗られたのは、買ったばかりのビーズがたんまり入ったビニールの買い物袋・・・と、その中に入れてあったハンドバッグ・・・ハンドバックの中には、財布・クレジットカード・携帯電話・パスポート・会社のID等、貴重品と呼ばれる物のほとんど全てが入っていました。
 
サンパウロ到着時に受け取ったクルーインフォに「置き引き、ひったくりに注意。 高価なものは身に付けず、荷物から決して目を離さないように」という文章が書き加えてあって、「クルーインフォにこんな注意書きが書かれている国、他にあったかしら・・・そんなに危ない国なのかな・・・」と思っていた矢先でした。
 
思い起こせば、彼女が「あああぁ~っ!!私の荷物はどこっ?!」と青くなるしばらく前、彼女の後ろで立ち話していた怪しい二人組み(男女?)がいたのです。 他の人々は全員テーブルに着いて食事をしている中、その二人だけが立っていて、「なんだか不自然だなぁ・・・」と思っていたのですが、ビーズの話で盛り上がっていて・・・しばらくして、その二人組みとは反対側からブラジル人男性が一人、宝くじの様なものを売りに来たので、皆で「ポルトガル語はわからないから、いらない」と断って、その男性が諦めたように(でも内心ニヤリとしながら?)立ち去っていったその直後に、ニコルが彼女の荷物が無くなっている事に気付いたのでした。 恐らく三人組の泥棒さんだったのでしょうね・・・
 
携帯電話を持っていたのが私しかいなかったので、私の携帯でオランダにいるご主人にクレジットカード会社etc.に連絡を取ってもらうようスカイメールを送った後、ニコルは警察へ。 
しばらくして私の携帯に電話が入りました。 いつもならフライト先では電話は取らない(オランダからの国際電話料金がかかってしまいますから・・・)のですが、これはきっとニコルの旦那様からだろう、ということで、丁度警察官数人を引き連れて戻ってきたニコルに電話に出てもらったのですが、良く聞き取れないらしく2~3分で会話を断念。 数分後にまたかかってきて、またニコルに出てもらったのですが、またダメ。 もう一回かかってきた時には、「よく聞き取れないのなら、出ても無駄なのでは・・・」と思いつつも出て、やっぱりダメ。 
 
ニコルがブラジルにいるということはご主人もわかっているはずで、オランダの携帯電話にオランダから電話をした場合、かけた方は国内電話料金でも、かけられたこちらは国際電話料金になるってこともわかってるはずなのに・・・ど~してこんなにかけてくるのかなぁ・・・
「おっかしいなぁ」と思って、ふと送信記録を見てみると、ニコルが送信したメールには・・・
「ダーリン 泥棒にあっちゃった クレジットカードをブロックしといて 携帯電話も家の鍵もない じゃあね」
しか書いていなくって、彼女、自分の名前を書いてない・・・。 名無しのこんなメールが、知らない番号から送られてきたら、どうする? オランダ国内の携帯番号だし、内容が内容なので、本当かどうか、電話して確かめよう!・・・私ならそう考えるだろうなぁ・・・だから電話してきたのに違いない。
 
ニコルとオランダ人同僚の一人が警察署に盗難証明書(?)書きに行くことになり、残りは先にホテルへ戻ることに。 
ホテル到着後、ニコルのご主人に
「ニコルの同僚のmisaeです。 彼女が盗難に遭って、携帯電話も盗られてしまった為、私の携帯からあなたへメールを送りました。 ブラジル・サンパウロより」
と、もう一度メールを送信。 その直後に彼からお礼のメールが届きました。 
一緒にいた同僚に「あの電話、やっぱりご主人からだったんだね。電話料金、ニコルにちゃんと請求しなよ~!」と言われ、警察署から戻ってきた彼女に(盗難に遭った上、電話料金まで請求してはなんだか可哀相・・・と気が咎められたのですが)その旨伝えると、「警察署から主人に電話入れたんだけど、彼、メールを返信しただけで、電話はしてないって言ってたわよ。」
・・・電話の着信記録には3回分共"電話番号非通知"としか出ていなく、誰がかけてきたのかわからないし・・・お役に立てたことだけ喜び、国際電話料金は(たまたま携帯を持ってた私が)不運だったってことで諦めよう・・・ 
と思ったら、別の同僚が「ちょっと、ニコル! misaeは普段はフライト先では電話には出ないのに、あなたのご主人からだと思ったから3回も電話にでたのよ! 電話してきたのは、別の人だったかもしれないけど、あなたの為に電話に出たんだから、ちゃんと支払うべきだと思わない?」と説得してくれたのでした。 (あー本当にその通りだ・・・と感心してしまった・・・私ももうちょっとしっかりしないといけないのかな・・・) 
 

(ホテルのバーのグランドピアノ)

夕食後、同僚何人かとホテルのバーで飲むことに。
テーブルに案内されて間もなく、バーの支配人らしき男性が「ピアノを弾きたい時はおっしゃって下さいね。」と言いに来た・・・レストランと一続きになっているバーなので、皆さんご存知らしい・・・
丁度専属のピアニストが演奏していらっしゃったし、食事中ワインを(グラス7杯程)いただいていましたので、今は遠慮しておこう・・・と思っていましたら、演奏を終えたピアニストが近づいてきて「ピアノをお弾きになるそうですね。」と話しかけてきました・・・ピアニストまでご存知だし。 
現在は連弾のレッスンを受けている、ということを伝えましたら
「楽譜をお持ちなら、一緒に連弾しませんか?」ときた・・・
あまりに光栄で、まるで「お嬢さん、一緒に踊りませんか?」とでも言われたようでした。
ワインを飲んでいなかったらお断りしていた(?)でしょうが、お酒のせいで気も大きくなっていたのでしょう、早速部屋から楽譜(音大を卒業してから乗務員になった同僚も結構いて、たま~にですが、一緒に乗務することもあるので、連弾用の楽譜もいつも持ち歩いているのです)を持って降りて来て、一緒に連弾させていただきました。 
弾き終わって、ピアニストのエドワードさんが一言「君のピアノは独特の響きがあるね・・・」 
これ、よく言われるのです。 独特のトーンで、聴いていると、独特のエネルギーのようなものが伝わってくるのだそう。 
また同じことを言われて、独特の響き・エネルギーって何だろう・・・と考えてみました。
もしかしたら「気」と関係があるかも・・・20年くらい前に、何かの本で「体のエネルギーを心臓の所に集めて、それを徐々に腕から手へ移動させ、相手の体に手を当てることによって、指先からエネルギーを相手に受け渡すことができる」というようなものを読んで、指先にエネルギーを集め、それを指先から発する練習をしたことがあるのです。 もちろん目には見えませんので、本当にそんなことが起こっているのか確かめることはできませんが、体の中心に集まった温かい何かが腕から手・指先へと移動していくのが感じられるのです。 
普段は、同僚達に指圧マッサージをする時だけ、指先からエネルギーを受け渡すように意識しますが、今思うと、ピアノを弾いている時も(暗譜で弾ける曲だけですが)無意識にそうしているかもしれない・・・ピアノの音を通じてエネルギーが相手に伝わるとしたら、スゴイことだと思いませんか?!
でも、私のは眠りを誘うエネルギーかも・・・子供達のベッド・タイムに私がピアノを弾くと、本当に見事にすぐ眠ってしまうし、弾いてる自分も(自分の弾く曲を聴いているうちに)よく眠くなるので・・・ 
 
翌日も朝食後に1時間弾かせていただき、たまたま通りかかったホテル内飲食関係総マネージャーが「12時からのランチ・タイムにも是非弾きに来て欲しい」とおっしゃって下さったので、12時からまた1時間(なぜ毎回1時間かというと、暗譜で弾けるレパートリーと手持ちの楽譜の曲を全て弾き終えると丁度1時間だったのです)弾かせていただきました。 
 
午後5時過ぎのコーリングの前に数時間休んで、ホテルをチェックアウト。 
お世話になったコンシェルジェのグレゴリオさん、レストランのスタッフの皆様にご挨拶してホテルを後にしました。
 
帰りの便は満席。
パーサーがサービス・スケジュール(どのようなサービスをどのような順序でするか記載されたプリント)を紛失してしまい(・・・この頃には、パーサーの失態には誰も驚かなくなっていた・・・)、他の路線のスケジュールを参考に、夜の便でしたのでお客様になるべく早くお食事をお出ししてお休みいただこうと、ドリンク・サービスをスキップしてすぐにお食事のサービスをすることに。 ところが、ミール・サービスの最中に、きっとこの便をよくご利用下さっているお客様だったのでしょうね、あるお客様に「今日のサービスは酷いな。 自分達が早く休憩したいからって、ドリンク・サービスを抜かして!」と怒られてしまいました。 「パーサーがサービス・スケジュールをなくしてしまって・・・」なんて言えませんから、「夜の便ですので、お客様方がなるべく早くお休みになれるようにと、お食事を早くお持ちしたのですよ。」と申し上げました。 ご不満そうでしたが、到着前にはにこやかにされていて安心しました。 心を込めてサービスすれば、気持ちは必ず伝わるのだなぁ、とつくづく思いました。
 

オランダに戻って、3月15日に11歳になった長男ミハーリのお誕生日会をしました。
(お休みをリクエストしていたのですが、先月のスタンバイで長い便に呼ばれてしまい、フライト・リーブが長くなってしまった為、丁度誕生日にフライトに出ることになってしまったのです)
 
ところで・・・
オランダに戻って来てから不在時のメールをチェックしましたら、「出張先から何度か携帯に電話したのだけれど、別人にかかっている様だった」というメールが! ・・・あの電話、ニコルの旦那様ではなく、日本の友人からだったのです・・・(ニコルの旦那様、疑ってごめんなさいxxx)
 
  お願い  
今度お電話下さる時には、(フライト先では通常は家族からの電話以外出ませんので、)ブログでスケジュールを確認の上、フライトに出ていない時にお願いします・・・m(_ _)m
 

フライト日記(SaoPaulo)・つづき

2006年3月 つづき
(GRU)
 
サンパウロの空港からホテルへ向かうクルーバスの中で、クルー・インフォ(クルーホテルの名前・住所・朝食の時間帯や電圧などの情報、水道水を飲んでも大丈夫か否か・街の安全性などの情報、出発日のコーリングとピックアップの時間etc.が書かれています)を受け取ってビックリ・・・滞在ホテルが今までと違う?! どうやら、より都心に近いホテルに変わったらしい・・・同僚達は「買い物に出やすい!」と喜んでいましたが、私はというと「今度のホテルにもピアノ、あるかしら・・・」ということで頭が一杯でした。 
 
ホテルにピアノがなかったらなかったで、別に他に過ごしようはいくらでもあるのですが、日本路線に乗務する機会が少なくなってしまった今、機内での仕事の遣り甲斐は、他の路線はどうしたって日本路線に劣ります(他の路線でももちろん楽しく乗務していますが、日本路線では"日本人である""日本語が話せる"という当たり前のことが既にお役に立って、基本のサービス以外のエクストラのサービスができますから・・・)ので、何か他にも楽しみを見つけようと思うと、私の場合「現地の食べ物が美味しいこと」と「クルーホテルでピアノが弾けること」がポイントに・・・!
 
そういえば、オランダベースになってからというもの、オランダ人の同僚達に「日本路線ばっかりじゃなく、いろいろな路線を飛べるようになって嬉しいでしょ~?」とよく聞かれますが、私がこの仕事を選んだのは"いろいろな国に行きたかった"からではない(旅は好きですヨ)ので、「"日本と外国の橋渡し役"をしたくて外資系航空会社を選んだから、本当は今でも日本路線だけを専門に飛びたい。 ただ単に"いろいろな国に行きたかった"のなら日本の航空会社を選んでいた。」と答えると「なるほど~」とみんな納得します。
 
現地時間午後9時頃、クルーホテル(ラディソン・ホテル)到着。
(オランダ時間:翌日の午前1時頃=日本時間:翌日の午前9時頃・・・ブラジルと日本の時差は12時間=腕時計がいつも日本時間のままの私は、午前と午後を逆にするだけでよかったので楽でした♪)
チェック・インをしていると、機長が「misae! このホテルにもピアノがあるよ!」と指差す方を見ると、ロビーの斜め向かいにある、ホテルのバー・レストランにグランドピアノが♪
早速コンシェルジェに尋ねてみましたら、すぐにホテルのマネージャーに問い合わせて下さり、「明日ピアノを弾きたい時間に、レストランのマネジャーMr.Wilsonに声をかければ、いつ弾いても構わない」とのこと。 ありがたいことです。
 
前のクルーホテルはとてもクラシカルで重厚な感じでしたが、ここはモダン&シンプルな感じのお部屋です。
クーラーが富士通製でした。 
 

(NHKを見ることができました)

(やっぱり嬉しい!)

(正面の棚の奥には流し台も付いています)

 
翌朝、レストランで朝食をとった(小さな和食コーナーもありました。 なんと納豆も置いてありました! ふりかけの"たまご味"が同僚達から大好評でした。)後に、ホテルのスタッフに「ウィルソンさんとお話したいのですが・・・?」と聞くと、どうやら英語はお話にならないご様子で、レストランの入り口で接客している別のスタッフのところに連れて行かれました。 
「昨日コンシェルジェで、ここのピアノを弾いても良いか尋ねましたら、レストラン・マネージャーのウィルソンさんとお話するように言われたのですが・・・」
「あぁ~(コンシェルジェから)伺っていますヨ! ウィルソンさんはこの人です。」・・・最初に話しかけた英語をお話にならないご様子の方が、Mr.Wilsonでした。 
「いつ弾いても構いませんよ。 今から弾きますか?」と言っていただけたので、早速弾かせていただきました。 1時間ほど弾いたところで、同僚達が「一緒に買い物にいきましょう!」と誘いに来てくれたので、「また後で、あるいは明日、また弾かせて下さい。」と言って失礼しました。 
 
買い物に行った先は、サンパウロ最大のビーズ店通り。 同僚の一人が副業でビーズ・アクセサリーを製作販売していて、ビーズの買出しに行くという彼女に皆で賛同したのです。 日本で言えば(まだ行ったことはありませんが)浅草橋のような場所でしょうか・・・? お値段は日本と同じかちょっと高いくらいだったので、私は結局何も買わなかったのですが、同僚達はた~くさん購入していました(オランダはビーズがとても高いのです)。
 
戦利品を持って、皆でカフェで昼食をとっている時、大変なことが起きました・・・置き引きです。
 
 (つづく・・・)
 
 
 

フライト日記(SaoPaulo)

2006年3月
(GRU)
 
サンパウロへはこれが4回目の乗務。
今回も2泊4日のスケジュールです。
 
初めて乗務した時は、同じ2泊でもサンパウロ到着が早朝だった(のと、まだ若く体力もあった!)ので、同僚と二人で到着同日に空港でチケットをアレンジして、イグアズの滝(ナイアガラの滝・ヴィクトリアの滝と共に世界三大瀑布の一つ)(ブラジル・アルゼンチン・パラグアイの三国の国境に位置し、スケールの大きさと水量では世界一の滝)を見に行ったりしたのですが、今回は夜の到着で、ビーチでの日焼けも前回のボネールで懲りていましたし、クルーホテルのピアノを弾かせていただけることがわかっていたので、ステイ中はのんびりピアノの練習をする予定で出発。
 
アムステルダム・スキポール空港へは、今回初めて、ユトレヒトから空港まで直通のInterCity(特急列車)で行きました。 以前は、Duivendrecht(ダウヴェンドレヒト)という駅で乗り換えをしなければならなかったので、直通列車は本当にありがたかったです。
先週開通したばかりのこの路線、数年前から「2005年開通予定!」と謳っていたのに、2005年には開通せず(「開通予定!」だったのに開通しない、なんて・・・日本ではありえませんよねぇ・・・)、「・・・どうやら2007年になるらしい(自信なさげ)」という噂だったのに、突然「開通!」のニュース・・・おもしろい国です。
 
空港内のクルー・センターでリポーティングを済ませ、クルー・センター2階にあるパーサー用のブリーフィング・スペース(シニア・パーサーとジュニア・パーサーあるいはアシスタント・パーサーは、私達よりも30分早く出社して、全体ブリーフィングの前に、ここで打ち合わせをします)に挨拶に行くと、「パーサーがまだ来てないのよ・・・」と不安顔のアシスタント・パーサー。 しばらくして息を切らせながら登場したパーサー・・・パーサーが遅刻・・・(このパーサー、大丈夫かしら・・・と、ちょっと不安になる) 
 
ブリーフィングで、パーサーから「緊急脱出の際、どんなことに気を付けますか?」という質問。 
「ドア・モードがオートマティックになっているか確認する(=オートマティックになっていないと脱出用スライドが出てこない)」
「ドアの外が安全か(=火災が発生していたり、障害物があったりしないか)確認する」
等、マニュアル通りの回答が次々出されても、「まだありませんか?」とパーサー。
「注意深く聞かないといけないことがありませんか?」というヒントに、「・・・あっ!エンジンが止まっているかどうか確認する!(=エンジンが停止していない状態で脱出を始めてしまうと、脱出用スライドも、そして、最初に機外に出た人々も、エンジンに巻き込まれてしまう・・・考えただけで恐ろしい・・・!!)」 
正解!!(このパーサー、大丈夫かも・・・と、ちょっと見直す) 
 
機内に入るといつものように機内の非常用設備のチェック。 そして、ケータリング・チェック(トローリーやコンテイナーの中に不審物がないか確認)とキャビン・チェック(荷物入れやトイレなどに不審物がないか確認)をし(・・・機内のセキュリティー・チェックはどんどん厳しくなっています。 大変ですが、やっぱり安全第一ですからネ)、お客様をお迎えします。
 
機種はボーイング777。 飛行時間は11時間50分。
 
最初のミール・サービスが終わって、機内販売を始める際、アシスタント・パーサーが「外貨のコインって受け取ってよかったんだっけ? ユーロとドルだけいいのよね??」と言うので、「コインで受け取っていいのはユーロだけという風に、数年前(!)に変わったと思うけど・・・」と私が控えめに言うと、パーサーに確認しようということに。 (このアシスタント・パーサー、大丈夫かしら・・・と、ちょっと心配になる)
パーサーに聞いてみると「セールス・メイト(機内販売時に使用するコンピューター)に表示されてる通貨のコインならどれでも受け取っていい」とおっしゃる。 確かに10年位前まではそうだったけれど・・・ 
「でも、日本路線では、コインはユーロ以外受け取らないわよ。 日本円もセールス・メイトに表示があるけど、紙幣でしか支払えないはずよ。」と言うと、パーサーは「あら、私、他の外貨のコインもいつも受け取ってるけど、今まで会社から苦情レターが来たことないから平気、平気」とおっしゃる。 
・・・調べてみたら、コインでの支払いが可能なのは、今はやっぱりユーロだけ。 (このパーサー、大丈夫かしら・・・と再び不安になる)
 
ところで、3月から、ビジネスクラスに搭載されるケーキが変わりました。 
(メニューの日本語訳のお手伝いをしていますが、メニューにはどんなケーキなのかは詳しく書かれていないので)サービス終了後、早速味見に!
今月からアムステルダム発の便のビジネスクラスのデザートとして搭載されているのは・・・
 
「蜂蜜といちじくのケーキ」
 (Honey and Fig tart)

(上にのっているアーモンドスライスも美味!)

(生クリームとチョコレート・スティックを添えて・・・)

 
しっとり・なめらか・甘さ控えめ
先月まで搭載されていた「洋梨としょうがのケーキ」に劣らぬ感動の美味しさです
 
機内販売終了後、ブラジルの入国カードを配布。 ところが、(ブラジルの国語である)ポルトガル語のカードしか搭載されていません。 当然質問の嵐です。 スペイン語になんとなく似ているので何とか答えられましたが、英語のカードがないと本当に不便。 
パーサーに「いつもポルトガル語のカードしか搭載されていないの? ケータリングの搭載ミスなのであれば、サービス・リマークス(=機内での問題を報告する用紙)を書きましょうか?」と言うと、「大使館のミスだからサービス・リマークスは書かなくていいわ。」と言うので、「大使館のミスで搭載されていなかったのなら、ケータリングから連絡があるでしょうし、搭載されていないことをお詫びするPAS(=機内アナウンス)もあるはず。 (機内アナウンスの日本語訳をお手伝いしたので、そういうアナウンスがあることを知っているのです)」と言うと、「書いてもどうせ改善されないから書かなくていいわよ。」ときた・・・本来はパーサーがやるべきことだけれど、私が書くことにしました。 (このパーサー、大丈夫じゃないかも・・・と不安が増す)
 
パーサー、他にもいろいろ粗相(「気圧の変化でお腹がはって苦しい・・・」と小声で伝えた同僚に対し、まわりにお客様がいらしたのにもかかわらず「そんなの、おなOをすればスッキリするわよ!」と大声で答えたらり・・・)をしたらしく、サンパウロ到着時には四面楚歌状態に。 ちょっと気の毒でした・・・上に立つのって大変だなぁと改めて思いました。
 
(つづく・・・)
 

フライト日記(Bonaire)・つづきのつづき

2006年2月 つづきのつづき
(BON)
 

 
(ホテルのカフェ・レストランからの眺め)
 
リマへの往復便では、機長のHerman(ヘルマン)とスチュワードのDirk(ディルク)の2人が誕生日で、リマ停泊中に機内でバースデーケーキ(機長が用意したらしい=オランダでは、お誕生日の人が皆にご馳走することになっているのです)をいただき、ボネールに戻ってからホテルのロビーでシャンパン(これも機長が用意したらしい)で乾杯しました。
 

(ホテルのビーチから)

(ランディングする飛行機を見られます)

 

ボネール経由キト・グアヤキル行き、リマ行きの便が(ほぼ)毎日飛んでいるので、ボネールには"アムステルダムから到着したばかりのクルー"x2(=キト・グアヤキル行きとリマ行き)+"キト・グアヤキル往復乗務するクルー"+"リマ往復乗務するクルー"+"キト・グアヤキルから戻った便を引き継いでアムステルダムへ戻るクルー"+"リマからの便を引き継いでアムステルダムへ戻るクルー"の、全部で6クルー滞在している(=だからホテルの宿泊客の大半は同僚)のですが、私達とは別のクルーにも、もう一人、その日誕生日だった同僚がいて、明け方(午前4時ごろ)だったのですが、皆で彼女の部屋へ忍び込み、飛び起きた彼女に「誕生日の歌(オランダ版)」を歌ってあげていました。 ハダカ(!!)で休んでいた彼女・・・男性クルーもいましたので焦ってましたが、とっても嬉しそうでした。
 
ボネール・ステイ最終日は、午後から全員でヨットを貸しきってクルージング・・・ボネール本島の西側にある小さな小さな無人島クライン・ボネール(Klein Bonaire)へ渡って、バーベキューをしました。

(ホテルのヨット・ハーバー)

(このヨットでクルージングに・・・!)

 

アムステルダムへ戻る便では、同じ側の通路の後方部担当だった同僚とポジション・チェンジしました。
後方担当はギャレーでの準備も担当しなければならず、慣れていなかった彼女は別の同僚とぶつかってしまい、パーサーから「誰か代わってくれないか?」ということだったのです。 私も後方担当は初めてで、ギャレーの何処に何のトローリーがあるのか分からず梃子摺りましたが、16年も飛んでいればまぁ何とかなります。 ポジションを代わったことにより、ちょっと険悪ムードだった同僚達も仲直りした様でホッとしました。
お互い、思いを伝えたら、許し合わないと・・・ネ。 完璧な人はいないのですから。
 
キト・グアヤキル往復乗務、リマ往復乗務、に引き続き、この日も「今度こそ、日本人客が沢山乗ってくるはずだから!」とパーサー。 ・・・だから皆様中国人のお客様なんだってば!   
 
ボネール便は、「ボレチェ・スリッカー(=ボール状に包装した麻薬を飲み込んで、体内に隠し持って密輸入を試みる人達)」が多いことで有名で、時々機内でお亡くなりになる(=体内で包装が破損して、急性麻薬中毒になって急死してしまう)方もいらっしゃるので、アムステルダム到着後は、お客様がお降りになってすぐ、麻薬捜査官が入ってきます。 麻薬捜査犬も一緒に、機内を満遍なく捜査します。

 
(お仕事中の麻薬捜査犬)
 
長かった8日間のフライトを終え、久し振りに自宅のベッドで休んだ翌朝、バスルームの鏡に映った自分にビックリ・・・黒い・・・ボネールでは皆、日焼けしていたので目立たなかったのですが、オランダに戻ったら、この季節、誰も日焼けしていませんから(オランダには山がないので、スキー焼けしている人もあまりいませんし)ねぇ・・・
こんなに皮がむけたのは、小学生以来でしょうか(・・・小学校6年生くらいの時、沖縄で焼き過ぎて、背中の皮がベロベロにむけ、村のお婆ちゃんに「お嬢ちゃん火傷したのかい?かわいそうに・・・」とまで言われたことがあったっけxxx)。 
常夏の島へのフライト、冬は気をつけないと・・・
 

フライト日記(Bonaire)・つづき

2006年2月 つづき
(BON)
 
キト・グアヤキル便の乗務は、アムステルダムから到着した飛行機を引き継いで(=乗務員交代)、まずグアヤキル、そしてキトへ飛び、ボネールへ戻って、そこでまた乗務員が交代(飛行機はアムステルダムへ)・・・というようになっています。
 
キトでは1時間程停泊時間があるので、私達乗務員も機外へ出て、空港の免税店でお買い物をしたりできます。 私は、丁度その日誕生日だった義理姉(夫の姉)にショールを購入しました。 オランダ人の同僚達は、お花や車海老(安いらしい)を買っていました。
 
キト着陸の時、ひどく激しく着陸し急ブレーキをかけていたので訳を聞くと、「滑走路が短いので、わざと荒く着陸して、着陸した時点で既に少しブレーキがかかるようにしないと、滑走路から外れてしまうから」だそう・・・
キト離陸の時は、滑走路の正面が山なので、離陸後すぐに旋回しないとぶつかってしまうらしい・・・(過去に何度も現地の航空会社が山激突事故を起こしたそうです)・・・なんだかスリル満点の空港です!?
 
アンデス山脈に沿って飛行するこの路線は、窓からの景色もとても美しかったです。 

 
(アンデス山脈上空)
 
(残念ながら、あんまりきれい撮れませんでした・・・一番景色が良かった時は、サービスが忙しくて写真を取れなかったのです・・・)
 
こちらはなかなか良く撮れました。 MD11のトイレ:名付けて"Surprising Toilets"

 
(「ひまわり畑」のお手洗い)
 
昨年の12月15日からの試みだそうです。 「ひまわり畑」の他に、「ケープタウンのテーブルマウンテン」や「バンクーバーの港」バージョンもあるそうです。 MD11は日本路線は飛んでいないので、他の路線でしかお目にかかれないのが残念! (以前は、札幌・名古屋便がMD11だったのになぁ・・・)
 
乗務が終わってホテルに戻るとあちこちにイグアナが・・・ホテルの敷地内に生息しているらしい。

 
(人間慣れしているイグアナ達)
 
部屋で(アリ達と一緒に)シャワーを浴び、ビーチ・バーのハッピーアワーへ。

 
(ホテルのビーチ・バー)
 
夕日が海へ沈むのを眺めながらみんなで飲みます。 

 
(きれいな夕日)
 
夕食後部屋へ戻ると、アリはいなくなっていました。 
そして翌朝7時に皆戻ってきました。 他の部屋にはいないそうなので(私が以前このホテルに泊まった時も、アリが出たことはありませんでした・・・ゴキブリはでましたが・・・)、私の部屋のバスルームに何か美味しいものがあるのでしょうね・・・前の宿泊客が、シャンパン風呂にでも入ったとか・・・?!
 
3年前、初めてボネールへ乗務した際、やっぱり8日間トリップで、「どこかにピアノはないものか」といろいろな人に尋ね歩いたのですが、こんな長閑な小さな島ですから、案の定どこにもありませんでした。 ・・・が、電子ピアノを持っている青年を発見! ボネールでカイト・ボーディングを教えているオランダ人で、趣味でギターも弾くとのこと。 ピアノを貸して下さるというので、3年前、お宅にお邪魔して練習させていただいたことがあり、ショパンなどのクラシックを一通り練習した後、何か日本の曲を・・・と思って中村由利子さんの曲を数曲弾きましたら、ギターを取り出してきて、即興で一緒に弾いて下さって・・・それがまたとっても美しく、いたく感動したことを覚えています。 初めて耳にした曲に、こんなに素敵なアレンジで、即興でギターを合わせられるなんて・・・カイト・ボーディングなんかやってないで音楽をもっと真剣にやったらいいのに!・・・と思いましたが、本職は体操の先生なんですって。
オランダに戻ってから、中村由利子さんのCD(「風の鏡」)を送り、(2回目のボネール便は1泊しかなかったので)それっきりになっていたのですが、今回、たまたま、彼のガールフレンドがお客さんで乗っていらして・・・3年前に郵送した中村由利子さんのCDも無事届いていて、彼女も毎日聞いている(!)とのこと。
今回もちょっとだけお邪魔して、ピアノの練習をさせていただきました 感謝!
 
 (つづく・・・)
 

フライト日記(Bonaire)

ボネールへの乗務から10日が過ぎ、只今"脱皮"の真っ最中です・・・
背中から始まり、ついに手足も・・・顔もむけるのかしら(不安)・・・
それでは、長らくお待たせしておりましたボネール便のフライト日記を・・・
8日間トリップでしたので、長いデスxxx

 
2006年2月
(BON)
 
5日間のブロックリザーブ(=スタンバイ)。 呼ばれたのは8日間のボネール便です。
ボネール(Bonaire)は、(アルーバやキュラソー同様)カリブ海に浮かぶオランダ領の小さな島。 
6泊8日の長いスケジュールですが、途中2日間は、エクアドルのキト(Quito)・グアヤキル(Guayaquil)とペルーのリマ(Lima)への往復乗務があります。
 
ボネールへの乗務は3回目ですが、3回ともスタンバイで呼ばれての乗務・・・8日間トリップは長過ぎて、(特に子供のいるママさんスチュワーデスに)当日病欠(=ズル休み)する人が多い、という噂(本当かしら・・・?)・・・(そりぁ~子供達に長いこと会えなくなるのは私だって寂しいですが)仕事は仕事ですし、長い便はその分フライト・リーブ(=お休み)も長くいただけますので「結局変わりないのでは?」と私は思っているのですが・・・
 
機種はMD11。 飛行時間は9時間45分。
担当はエコノミークラスです。
 
MD11は、客席数282席の大型機ですが、ギャレーは二つしかありません。 前方にビジネスクラスのギャレー、最後方にエコノミークラスのギャレーがあり、ビジネスクラスのギャレーにはビジネスクラス担当のクルーが2名、エコノミークラスのギャレーにはエコノミークラス担当のクルー全員の6名が入ります。 
一つのギャレーに2人ずつ入るタイプがほとんど(B777のエコノミークラスは3人ずつですが・・・)である中、一つのギャレーに6人で入るこのMD11は、とっても独特なのです。
 
サービスする時は、客室内には通路が2本ありますので、まず3人+3人に分かれます。 そして、その3人がまた、前方担当・中間担当・後方担当に別れ、後方担当者はギャレーでの準備も担います。
今回、エコノミークラス担当者の中で、私だけが2本線(制服の袖口に付いている白線の数が2本=ビジネスクラスを担当できる乗務員)(ちなみに、4本線はパーサー、3本線はアシスタント・パーサー、1本線はエコノミークラスのみ担当できる乗務員です)だったのですが、通常、前方担当になる(多分、担当エリアがビジネスクラスに近く、ビジネスクラスのお手伝いに行き易い為)ところが、今回は中間担当。 
 
やってみるとなかなか遣り甲斐のあるポジションでした。 
トローリーに不足が出た時に(例えば赤ワインが足りなくなったり、パンが足りなくなったり、トローリーに載せていないものを注文された時=例えば、食前のドリンク・サービス中に食後酒を頼まれたり・・・etc.)、それをギャレーに近い後方担当者に持ってきてもらうのですが、中間担当者は自分の分だけでなく、前方担当者の不足分も気遣ってあげないといけなかったり、また、自分の担当エリアが終わったら、直ちに後方担当者のエリアを引き継いで、後方担当者を先にギャレーに帰らせてあげないといけなかったり(=そうすることによって、トローリーの片付け+次のサービスの準備がよりスムーズにできるのです)(6人揃ってギャレーに戻ってしまうと、人間とトローリーでギャレーがいっぱいになってしまい、かえって動きがとれなくなってしまう)・・・
前後にいる同僚のサービスの進み具合を把握しながら、同時に、通路を挟んでサービスしている同僚達ともコミュニケーションを上手く取り、より手際よく、全エリアのサービスを終えられるように図る・・・
MD11では、同じエコノミークラス担当でも、担当エリアによって求められる仕事能力の内容が異なる、という訳です。 
 
今までMD11でエコノミークラス担当になった時はいつも前方担当だったのですが、考えてみたら、毎サービス、最後方のギャレーからエコノミークラスの最前列まで長~い通路を遙々トローリーを引っ張って行かなければならなかった上、担当エリアが終わると、ただでさえギャレーまでの道のりが長いのに(相棒達がサービスを終えている)中間エリア・後方エリアのお客様からの帰り道にお飲み物の追加注文を受ける為、なかなかギャレーに辿り着かなかったりしましたので、それを思うと、今回は体(=足)もちょっと楽でした。
 
ブリーフィングの時に、パーサーが「この路線はいつも日本人客が沢山乗ってるのよ!」とおっしゃるので、(なんでこんな路線に???・・・前に乗務した時は日本人客は見かけなかったけどなぁ・・・と思いつつも、日本人の私が乗務していて少しでもお役に立てるのなら・・・と)楽しみにしていたのですが、案の定、アジア系のお客様は全て中国人・・・でも、ビジネスクラスにお一人だけ日本人の女性客が乗っていらっしゃいました。 ジュネーブにお住まいで、年に数回、お仕事でリマへいらっしゃるとのこと。 飛行機は、ボネール経由リマ行きだったのです。
 
経由地ボネールで、乗務員が交代し、私達は空港から車で5分程(歩いても5分程で行けるらしい・・・)の所にあるクルーホテルへ。
 
ホテル到着が現地時間の午後4時過ぎ。 午後5時からホテルのビーチ・バーでは"ハッピー・アワー"(1ドリンク頼むともう一杯無料で付いてくる)だったので、シャワーの後、皆でそこで落ち合うことに。
 
ホテルは2階建てのコテージ風。 
初滞在時は1階の部屋でゴキブリが出没、2回目は2階でスーツケースを持っての階段の上り下りに一苦労・・・今回は・・・1階。 階段の上り下りが無いから「良し」とする・・・ことにする。
ここは部屋が広い!
 
  
 
シャワーを浴びようとバスルームに行くと・・・ものすごい数のアリが!!
手を洗う度に2~3匹流され、シャワーでは恐らく10匹以上流されてしまったでしょう・・・アリさん、許して・・・
 
アリに気を取られながらシャワーを浴びていたら余計に時間がかかって、折角の"ハッピー・アワー"を逃してしまいましたxxx
夕食の後、部屋に戻ると、アリさん、いなくなってました・・・ちょっと淋しかった・・・
 
翌朝、時差(オランダとの時差は-5時間)もあって、3時(オランダ時間の午前8時=子供達の登校時間)に目が覚めてしまって、朝食が始まるまでTVを見ていたのですが、昨晩姿を消したアリ達が、午前7時にゾロゾロと戻ってきました・・・なんだか嬉しい(!?)
レストランまでは、ホテルのハーバーの脇にかかる桟橋を渡って行きます。
 

 

(早朝のハーバー)  
 
朝食後、ホテルのシャトル・バスでソロボン・ビーチ(Sorobon Beach)へ。
エメラルド・グリーンの遠浅の浜辺です。
 

(まるで絵の様なビーチ)

 
同僚達はここでウィンド・サーフィンを楽しみます。 私もやってみようかと思ったのですが、初日は強い日差しに慣れておくだけにしておこうと、いつも愛用しているSPF50の日焼け止め(あまり焼くとアレルギーが出てしまうのです)を塗って、控えめに焼いていたつもりだったのですが・・・
部屋に戻ってシャワーを浴びようとして、ビックリ! また大量のアリ!・・・もいたのですが、それより体中真っ赤になっていたのです。 シャワーのお湯の痛いこと。 
その晩、夜中にキト&グアヤキルへの往復乗務があったので、空港の免税店で「アロエ・ボディー・ローション」を購入し、機内で早速塗りました。 他のオランダ人同僚達もこぞって同じローションを買ってました。 みんな予想外に日焼けしてしまったようです。
後から聞いた話では、冬に熱い国に行って日を浴びると、肌が冬仕様になっている為、普通以上に焼けてしまうとのこと。 オランダ人の何人かには熱を出してしまった人も・・・。
 
キト&グアヤキルへの往復乗務では、ボネール離陸時にコックピットに座らせていただきました!
離陸直前に雨が降り出すと、コックピット・クルーが3人で何やら相談しています。 何でも「雨が降った時用の離陸時エンジン出力リスト」があるそうです。 何だかサッパリわかりませんでしたが、とても感心してしまいました。
そして、いよいよ離陸という時、いつもの曲が頭の中に流れてきました。
実は、私、離陸時に必ず頭の中に流れる曲があるのです。 
オランダにベースを移してからだったかと思うのですが、飛行機が滑走路を滑走し始めると決まって、どういうわけだか
「宇宙戦艦ヤマト」の曲が・・・
滑走開始と同時に「タ~タッタ タ~タララ タッタタ~ タララ タッタッタッタ タ~タララッタ~ ・・・」という前奏が流れ、そしていつも、丁度離陸する時に「さらば~地球よ~・・・」と入るのです。 滑走路が長いと、もうちょっとあとの「・・・(宇宙~戦艦~)ヤ~マ~ト~!」のところで丁度離陸します。 ホントです!
(皆様も是非一度お試し下さい?!)
真夜中の便で、しかも何もない小さな島の空港でしたから、街の明かりもなく、星空に向かって離陸するコックピットからの光景は、正に"宇宙に飛び立つ"ようでした。 南に向かって飛び立ったのですが、真正面にキラキラと輝く木星が・・・! しばらくして東へ旋回すると、(木星以上に光り輝く)昇ってきたばかりの明けの明星=金星が・・・!
それはそれは素晴らしい生プラネタリウムでした
 
(つづく・・・)

 

 

フライト日記(SanFrancisco)

2006年1月
(SFO)
 
1月21~25日、サンフランシスコへ行って参りました。
 
機種はMD-11。 担当はビジネスクラスです。
相棒は、ひっきりなしに冗談を言い続けるゲイのスチュワード、ピーター。 コメディアンとしても十分やっていけそうです。 (芸風は「しゃべるMr.ビーン」という感じ?) 
でも、冗談を言うのはギャレーの中だけで、キャビンに出ると超真面目にサービスしてました(・・・そのギャップも可笑しかった)。
 
最初のミールサービスが終わると私達もお食事を頂きます。
クルートローリーに搭載されているクルー用のサラダやホットミール(オランダ料理もあって楽しい)の他に、今日はビジネスクラスのミールが余っていたので、私はビジネスクラスのお魚料理をいただきました。 
そして・・・食事の後は、楽しみにしていたケーキ!
今、アムステルダム発の長距離路線のビジネスクラスでお出ししているケーキが、本当に本当~にとっても美味しいのです!!

Pear and Ginger Cake with Whipped Cream
 
洋梨とショウガのケーキです。
2月いっぱい搭載されていると思いますので、ビジネスクラスでご旅行の際には、是非ご笑味下さい! 
 
さて、サンフランシスコは4回目のステイ。 
3泊もあったので、コックピット・クルーはレンタカーで3日間スキーへ出かけました。 私も誘われたのですが、先天性股関節脱臼(・・・私、2歳になるまで歩けなかったのです)の後遺症が数年前から出るようになり(スキーは負担が大きいので)お断りしました。 日本のスキー場だったら温泉やプールがあるので、スキーをしなくても楽しめるんですけれどねぇ・・・残念。
 

(ホテルの部屋)

 

市内観光はもうしてしまったので、ピアノの練習ができたらいいなぁ・・・と思って、ホテル到着後すぐコンシェルジュに尋ねると、コンピューターでテキパキと検索、電話で問い合わせをし、ホテルから徒歩数分で行ける楽器店のピアノ練習室の予約(翌日の午後1時)を取って下さいました。 
 

(時差ボケで午前4時に目が覚めてしまい
部屋の窓から夜が明けていくのを
眺めていました)
 

 (数分おきに飛行機が・・・
この写真の上の方にも
小~さく飛行機が写っているのですが
・・・見えないかナ)
 
翌朝、朝食を取りながら皆でその日の予定を話していると、観光組(自転車を借りてゴールデンゲートブリッジへ)と買い物組(最終セールへ)の他に、映画鑑賞組が・・・。 何の映画を見に行くのが聞いてみると「Memoirs of a Geisha」(=「さゆり」)を見に行くと言うので、(日本でも見たばっかりでしたが)もう一回見に行くことにしました。 時間がピアノ練習室の予約とダブってしまっているので、コンシェルジュに予約時間の変更を頼むと、またテキパキと手続きしてくださった上、私の名前をちゃ~んと覚えていらして、とても
感心しました。
 
アメリカで映画館へ行くのは初めてでしたが、行ってみると日本の映画館と変わりありませんでした。 でも、映画のパンフレットは販売していませんでした。 (オランダでも売ってないので、あれって日本だけなのでしょうか・・・)
映画を楽しみ、「綺麗だった!」「よかった!」というオランダ人同僚達の感想にも満足しながら、その足で楽器店へ。 練習室を2時間借りて練習しました。
 

(San Francisco Music Centreのピアノ)

 
翌日は、午前中は買い物組に同行し、お昼過ぎに1時間ピアノを練習した後、Japan Townへ。
Japan Town行きのバスの番号を聞くためにホテルのフロントへ行き(その日はコンシェルジュに誰もいなかったので)、"主任"のバッジを付けた女性に尋ねると、「I don’t know.  I never use the bus.」と言って立ち去られてしまいました。 (えっ? それだけ?? 調べて下さらないの??)
・・・そういえば、前回このホテルに宿泊した際も、フロントでラジオの番組について質問したら、やっぱり「知らない。」としか答えてもらえなかったことを思い出しました・・・
 
Japan Townでは(バスの番号は通行人に聞きました)、紀伊国屋やサンリオショップで子供達へのお土産を買い、ホテルへ戻りました。 
午後6時、パーサーのお部屋に集まって皆でワインを飲み、夕食へ。 
ホテルから適当に歩きまわって、とても落ち着いた雰囲気のレストランを見つけました。 
メニューにはイタリアンが多かったのですが、和風のお料理も!・・・前菜に「天麩羅のケイジャン・ソース」、主菜に「まぐろステーキのポン酢ソース添え」を頂きました。
 

(まぐろステーキのポン酢ソース添え)

 

もうお腹いっぱいだったのですが、デザートメニューに「苺のショートケーキ」を発見。 
日本以外で「苺のショートケーキ」はお目にかかったことがなかったので、オーダーしてみると・・・
 

(サンフランシスコ風・苺ショートケーキ)
 
日本の「苺ショートケーキ」とはかなり違いましたが、とっても美味しかったです。
が、食べすぎでお腹が膨れ(妊娠5ヶ月くらい?)、ホテルへの帰り道、歩くのが辛かった・・・(その上、翌日、制服のスカートのボタンが留まらなかった・・・)
 
帰りの便には、機長の奥様が乗っていらっしゃいました。 機長より20歳くらい若そうな、ブルック・シールズ似の綺麗な奥様です。 
一緒に乗務していた同僚の一人がやっぱり機長(もちろん別の機長)と結婚しているのですが、彼女もまたキャサリン・ゼータ・ジョーンズ似の超美人!で、やっぱり20歳くらい若い。
(この機長さん達、機長になる前は別の女性と結婚していらしたそうです・・・)
 
ビジネスクラスの最後列に、サービスに伺う度に嬉しそ~な顔をされるお客様(東欧系のお名前の初老の男性)がいらして、
(以前のドバイ便の時を思い出して)「日本人を見るの、初めてなのかな・・・?」と思っていたら、お座席の脇に「Memoirs of a Geisha」の本が・・・本とイメージを重ねていらしたようです。 イメージを壊さないように、私も映画を思い出しながらサービスしました。 
 
そして、今回は、ランディング中に大変なことが・・・!
いつものように、ジャンプシート(離着陸時に乗務員が座る席)に座っていたら、(ピシッ!)という音がしたような気がして・・・急に右手の親指の付け根が痛くなり、見ると、指の付け根が青く盛り上がっています・・・
脳内出血ならぬ指内出血です。
着陸後、向かいの非常ドア前に座っていたピーターに
「指の血管が破裂したみたい」と言うと、氷を持ってきてくれました。 
乗務が終わってから、空港内のメディカル・センターへ。
やはり血管が破裂しているとのこと。 
「何処にもぶつけてないし、本当に何もしてないのに急に内出血したんです」とお医者様に申し上げると、「指の血管が破裂することはよくある」とのこと。 
腫れを防ぐ為に、包帯で右手をぐるぐる巻きにされて帰りました。
 
そんな訳で、なかなかフライト日記を書けないでおりましたが、今は腫れもひき、(まだうっすら青黒い内出血後は残っていますが)大丈夫そうです。
(破裂したのが指の血管でよかった・・・)

フライト日記(Tokyo)

遅ればせながら・・・         
     新年明けまして              
  おめでとうございます。

 
 一昨日、初乗務から戻りました。
戻った翌日イギリスの翻訳会社から機内アナウンスの日本語テキストが届き(昨年から翻訳のお手伝いをしているのです)、2日間、間違えチェック+新しく加わったアナウンスの日本語訳をやっていました。 (目が痛い・・・) 
 

 
2005年12月~2006年1月
(NRT)
  

年末年始の乗務は、リクエストが通って東京便でした。
 
一年の最大イベントであるクリスマスと年末年始は、公平に割り当てる為に「去年働いた人は今年は働かなくてもよい」ということになっていまして、私は去年クリスマスに乗務して年末年始はお休みだったので、今年はその反対・・・という訳です。 
普段はなかなか通らないフライト・リクエストも、クリスマスと年末年始だけは「勤続年数が長い人が優先」となる為、(今年で入社17年目になる私は)このときだけは通り易くなるのです
 
東京便(しかも通常よりも1泊長い2泊4日のスケジュール)のリクエストが通っただけでもHappyだったのに、間もなく会社から「トライアルで、このクリスマスと年末年始の乗務に、一人だけ、家族・親戚・友人・知人を連れて行ってよい」というお知らせが・・・!
早速、元同僚で、オランダで妹の様な存在の恭子さんに連絡しました。
 
行きの便の機種はボーイング747。 Aゾーン(1階席の最前部)の担当でした。
Aゾーンは通常ビジネスクラスなのですが、この日はエコノミークラスになっていました。
座席はビジネスクラスのままなので、お客様もとても(ビックリ&)喜んでいらっしゃいました。
ビジネスクラスの座席数のまま、エコノミークラスのサービスでしたので、いつもよりも丁寧な、ゆったりしたサービスができたと思います。 (単にのんびりサービスしただけ?!)
サービスが一段落して、クルーミールをいただき、その後にビジネスクラスで余ったデザートのケーキをいただいたのですが、これがと~~~っても美味しい!! 
洋梨のチーズケーキなのですが、この前のマニラ便の時も、ついつい2個食べてしまったくらいです。 2月いっぱいは、アムステルダム発の便で、このケーキをお出しすると思いますので、ビジネスクラスでご旅行予定の方は是非!
 
仕事の合間には、ギャレーに遊びに来てくれた恭子さんとおしゃべりしたりして、ふと日本ベースで飛んでいた頃 (当時は、一機に日本人乗務員が5名も乗務していたこともあって、仕事の合間によくおしゃべりしたものです)を思い出しました。
 
成田到着後、恭子さんはご実家へ、私も他の日本人の同僚の方々と一緒に京成線で実家へ向かいました。
 
東京は雲一つ無い快晴。 心も晴れ渡りました。
実家に着くと、正面の門にはしめ縄飾りと門松、玄関には鏡餅をはじめ、凧・羽子板・獅子舞の人形などが飾られ、「あぁ、にっぽんのお正月だなぁ」と感激しました。 
来年は、子供達と日本でお正月を過ごせたらいいなぁ・・・
 
年が明けて1日は、お昼から子供達へのお土産を買いに成田のショッピング・モールへ。 
自分のものは買わないつもりだったのに、呉服屋さんで「着物一式10000円」の福袋が・・・! 実家に既に13着、オランダにも1着(浴衣も入れると5着)あるのに・・・買ってしまいました。 
着物、好きなのです 日本に住んでいたら、(昔、母がそうしていたように、)毎日着たいと思っていました。 着付けを習わないうちにオランダに来てしまったので、それはもう叶わぬ夢ですが・・・(それともこれから習おうかしら・・・)
 
夕方クルーホテルに戻って、折角なので、買ったばかりの着物を早速着てみました。 (前述の通り、着付けを習ったことがないので、よくよく見るとあちこちズレていたりするのですがxxx)オランダ人の同僚達(&恭子さん)には大好評でした。 

(恭子さんに写真を撮ってもらいました)
 
翌朝、7時に起きてシャワーを浴び、前日買っておいた「納豆巻き」「明太子おにぎり」「岩のりわさびおにぎり」 を(私の部屋にお泊まりいただいた)恭子さんと一緒にいただき、リポビタンDを飲んで、いざ(2006年の)初フライトへ。
 
機種はボーイング777。 担当はビジネスクラスでした。 
ビジネスクラスでは、担当のお客様をお名前でお呼びすることになっています。 リストを見ながらお呼びしても構わないのですが、今回は頑張って離陸前に全員分覚えました。 そうしましたら、フランス人のお客様お二人に非常に感激していただけて・・・よかった!
 
乗務の方はいつもの様に楽しく&気持ち良く終えることができたのですが、機内に制服の冬のコートを置いてきてしまって・・・(オランダを出発する日が大寒波の予報だったので、もう何年も着ていなかった冬のコートを引っ張り出してきて着て行ったのです)

新年早々忘れ物xxx 気を付けなくては・・・!
通常は、まずセキュリティーに届けられ(制服ですからね~)、その後、数日経ってからやっとクルーセンター(私共乗務員がリポーティングしたりブリーフィングしたりする所)に届けられるそうなのですが、今回はクルーセンターの方がご親切にもセキュリティーに電話で交渉して下さり、そして、ご親切な方(セキュリティーの方)が帰宅ついでだからと30分程でクルーセンターに届けて下さったのです・・・
空港に迎えに来ていた子供達と遊びながら一緒に待っていて下さった恭子さん、ありがとうございました!
 
新年早々皆様のその優しさに感謝!
 

 
・・・こんな私ですが、
本年もどうぞよろしくお願い致します。