オランダのクリスマス

皆様、楽しいクリスマスを過ごされましたでしょうか?
第二クリスマスが明けた今日、
オランダは雪景色です。

(マリア作 クリスマスの飾り)
オランダにはクリスマスが
12月25日と26日の二日間あります。
25日が第一クリスマス(Eerste Kerstdag)
26日が第二クリスマス(Tweede Kerstdag)
です。
(イースターも第一と第二の二日間あります)
夫曰く
「父側・母側の両家族とクリスマスを過ごす為ではないか」
とのこと・・・なるほど!
我が家では、25日は家で家族4人で
(子供達からのリクエストで)
日本のカレーライスをいただき、
26日は夫の実家に親戚が集まって
クリスマス・ディナーをいただきました。

教会でのミサは
24日のクリスマス・イヴからあります。
11月に、シント・ニコラース(Sint Nicolaas)のお話
をしましたが、
本来オランダでは、
12月6日の聖ニコラースの祝日(の前日)に
子供達がシント・ニコラースからプレゼントをもらったり
パーティーでプレゼント交換をしたりするのですが、
最近は25日にもサンタ・クロース
(オランダでは、
シント・ニコラースと区別する為
ケルストマンKerstman
=クリスマスマン
と呼ばれています)
からプレゼントをもらうようになってきているようです。
アメリカから逆輸入です。 
・・・というのも
その昔、
17世紀にアメリカに植民したオランダ人が、
シント・ニコラースのお祭りをアメリカに伝え、
それがサンタ・クロースの語源になった
そうなのです・・・(ミハーリが教えてくれました)。
サンタ・クロースとシント・ニコラースが
どちらも同じ聖人聖ニコラス
が元になっているんだろうな~
とは
うすうす気付いていましたが・・・
(そう言えば
ニューヨークは当時
ニューアムステルダムと呼ばれていた
んですよね・・・)
本来、キリスト教国でのクリスマスは、
純粋にキリストの誕生を祝う日で、
プレゼントの習慣はなかったのです。
(我が家もプレゼントは
シント・ニコラースからのみで、
クリスマスに日本へ一時帰国した時だけ
サンタ・クロースからももらえる!
ということになっています。)
アメリカナイズされているのは日本だけじゃない
のですね~
(ちょっと悲しい気もします・・・)

今年もあと数日・・・
皆様
お健やかに
新年をお迎えになりますように・・・ 
良いお年を!

オランダへ戻って来た日に・・・

オランダへ戻る日・・・大寒波が訪れていた日本。 東京は気持ちの良い快晴。 朝6時30分に起きて、ゴルフへ出掛ける父を見送り、
(母が私の起床時間に炊き上がるようにセットしておいてくれた)炊き立てご飯をいただいた後、
妹が、丁度出勤時間の夫を最寄り駅に送りがてら、私を青砥駅まで車で送ってくれました。
 
青砥駅から成田空港まで、
(本当は映画を見る前に読み終えたかった)「さゆり」の下巻を読んでいると、1時間もあっという間でした。

(映画「SAYURI」ですが・・・とっても良かったです! 
俳優陣の演技も素晴らしかったですし、
何より映像がそれはそれは美しくて・・・
海外ではきっと
日本のイメージアップとなることでしょう・・・
オランダで公開になったら、また見に行きたい
と思っています。)
 
飛行機は満席だったのですが、地上職員の皆様とパーサーのお計らいで何とかお席を(しかもビジネスクラスに!)いただき、「いつもどこかでどなたかにお世話になって・・・なんとありがたいことでしょう・・・」とつくづく感謝したのでした。
 
間もなく離陸・・・という時に、担当のオランダ人スチュワーデス(もう日本ではこう呼ばないそうですが、オランダでは普通にスチュワーデス・スチュワードと呼ばれています)が客室のチェックに回って来て、私の後ろの席におかけの日本人客に「お手荷物は、頭上の荷物入れか、前のお座席の下にお納め下さいね。」と(英語で)言っている声が聞こえ、
そしてスチュワーデスが通り過ぎた直後「どこに置いたって、いいじゃない、ね~ぇ」(乗客A)「ね~ぇ」(乗客B)という(日本語の)声・・・
「いいえ、お客様。 まず事故など起こらないとは思いますが、万が一の場合に、お手荷物がきちんと収納されていないと、事故の衝撃で宙に舞い、お客様にぶつかってお怪我をされるかもしれません。 お客様ご自身の安全の為なのですよ。」と、よっぽど振り返ってお伝えしようかと思いました。 (もしお隣にお掛けの方だったら、さりげなくお伝えしていたと思います・・・)
 
でも・・・お客様がそう思われるのもわからなくはありません。 
実際、何事もなければ、手荷物がどこに置いてあろうと問題ないのですから。 車のシートベルトと同様です。 何か起こった時に違ってくるのです。
私共は年に一度のフライト・セイフティー・トレーニング(機内で非常事態が発生した場合の対処法を訓練する)で、毎年毎年、様々な航空事故の検証ビデオを見せられますから、実際に事故を経験していなくても、事故が起きた際、機内で一体どんなことが起こるのかわかっています。 
ただ床に置いてあるだけの手荷物は、飛びます。 手に持っている物(ハンドバッグや雑誌類)も、何か起これば手から離れて、飛びます。 
小さな物でも、勢いよく飛んで来れば十分に凶器となります。 (例えば靴とか・・・)
でも、そんなことお客様はご存知ありませんものネ。 (ですから、乗務の時は、なるべくその理由もお話するように心がけています。)
皆様もお気を付け下さいネ。  
 
さて、離陸後は、窓際の席だったのでしばらく外を眺めていました。
以前は、大抵、太平洋へ向かって離陸し、太平洋上で旋回して新潟方面へ向かったので、お天気の良い日には最初に飛行機の右手に富士山が見え、旋回後、再び左手に富士山が見えたものですが、(いつからかわかりませんが)この頃は、最初から西へ向けて離陸するようですね・・・
しばらくすると左手に朝靄に包まれた新宿の高層ビルが見え、そして(いつ見ても神々しい!)富士山が見えてきました。 左側のお席にお掛けの外国人客がカメラを取り出し、早速写真を撮っています。 「あぁ私も撮りたい・・・」と思いましたが、(右側の窓際の席からわざわざ身を乗り出して富士山を見ようとしている私は、既に外国人客から不審な目で見られていましたから、)ぐっと我慢し、右側の席だったことを悔やみました。 
 
・・・が、その数分後には、右側の席だったことを感謝していたのです。
と申しますのも、飛行機は再び右へ旋回し、鹿島浦辺りから太平洋岸に沿って北上を始めたのです。
このルート、(私は)初めてのルートでした。 陸地と海のコントラストが美しく、また、海の色が"日本の海"の色なのです。 今度は右側のお席にお掛けの外国人客が(外国人ではありませんが私も・・・)しきりに写真を撮っていました。
 

   

(茨城県上空?)
 
福島県上空だったでしょうか、陸の色が突然、白く変わりました。 一面雪景色です。
 

(宮城県上空?)
 
 

(岩手県上空?)
 
宮城県上空にさしかかった頃から雲が増えてきました。 ふと、子供の頃、北海道(母の出身地)へ向かう飛行機の中から見ていた景色を思い出しました。 雲の形が、子供の頃の記憶と同じなのです。 (東北地方独特の雲の形というのがあるのでしょうか・・・) 「自分も将来、空の上で仕事がしたい!」と思いながら眺めていた雲でした。

 

それにしても一体何処まで北上し続けるのだろう・・・フライト・トラッキング・システムの画面を見てみると、飛行機は下北半島を過ぎまっすぐ北海道へ向かっていました。
機長から「間もなく北海道上空」とのアナウンスが入り、窓の外を見ると、雲が晴れ、日を浴びて美しく輝く日高山脈が遠くに浮かび上がってきました。 その美しいこと! 
 

  

(太平洋の後ろに浮かび上がる日高山脈)
 
「"蝦夷富士"羊蹄山も見られるかしら」と期待していたのですが、生憎、雲海に飲まれてしまいました。
その後飛行機は、北海道を縦断してから左へ旋回して日本海を渡り、西へ向かったのでした。
 

  

(フライト・トラッキング・システム画面)
 
お食事をいただいた後、見慣れたシベリアの景色に目を遣って、一瞬ビックリ
 

(シベリア上空の龍?)
 
龍?!・・・かと思いました(つい最近、子供達と「千と千尋の神隠し」のビデオをみたせいかしら・・・)が、飛行機と並んで"飛んでいた"のは、飛行機と飛行機雲の影でした。
 
 

マリアのバレエ教室・公開レッスン

昨日、マリアが通っているバレエ教室の公開レッスン
がありました。
(写真はフォトアルバムをご覧下さい)
 
・・・上手なんですよ~これが。 私はバレエもダンス
もやったことがないのですが、
夫側の親戚には踊りをやっている人はいないし、
やっぱり私側の家系に違いありません!
・・・何を隠そう、叔父が「チャチャ遠藤」という
有名な振付師だったのです!
 
私もやってみたら実は上手だったりして?!
何か習ってみるかしら・・・
気になっているのは
サルサとフラメンコですが・・・
(腰を痛めるかナxxx)
 
これから空港へ向かいます。
コメント下さった皆様
(ありがとうございます!)
日本からお返事しますので
少々お待ち下さいネ。
 

フライト日記(Manila)

2005年12月
(MNL)
丸1ヶ月あった冬の休暇が空け、待ちに待った最初のフライトはマニラ・・・
マニラへは、学生時代、エジプト・ギリシャへの一人旅の時に経由しただけ(当時、東京~カイロは南回りで、マニラ、バンコク、・・・あとは眠ってしまった為覚えてないxxxなどを経由して、ほぼ一日かかって行っていましたが、今では直行便が飛んでいるそうですね・・・道理でアムステルダム~カイロの日本人団体客を見かけなくなった訳だ・・・)だったので、実際のステイ、とても楽しみでした。
 
機種はボーイング777。 アムステルダムから直行便です。
担当はエコノミークラスです。 
満々席でしたが、飛行時間が14時間近くありましたから、慌てることはない、リラックスしてサービスしたらいい・・・と思っていたのですが、同僚達の速いこと速いこと! エコノミークラスは6名で担当するのですが、ドリンク・サービスもミール・サービスも、気が付くといつも私だけがキャビンに残り、他は皆ギャレーに引き上げてしまっているのです。 
「休暇空けでテンポが遅くなってる・・・?」と一瞬不安になりましたが、客観的にテンポを気にしながらサービスしてみると、やっぱり私は遅くない(乗務歴10年以上は私だけでしたしネ)・・・やっぱり同僚達が超速いのです。 
サービスが早く終わったお陰でレストが3時間半も取れました(飛行時間の長い路線では2~3時間の休憩時間が取れ、ボーイング747-400とボーイング777には乗務員用のクルーレストにベッドも用意されています)が、固い表情で黙々とサービスする同僚達を見ていて「これでいいのか・・・?接客で一番大切なのは笑顔なのでは・・・??」と疑問に思っていました。 
到着1時間前頃でしょうか、同僚達がパーサーに呼ばれて何か言われた後何やら相談しています。 どうしたのかパーサーに聞いてみると「お客様から乗務員の態度に関して苦情が来た」とのこと。 同僚達がそのお客様に謝りに行くと言うので、私も一緒に行こうとすると、パーサーに「お客様は、君だけが笑顔でサービスしていたと、君の事は褒めていたから、君は行く必要ないよ。」と止められました。 
接客業をしている皆さん、また目指している皆さん、やっぱり笑顔が大事です!!
マニラに到着後、例の如く、クルーバスでジャングルジュース(=半端に残ってしまったアルコール類を混ぜて作った秘密の飲み物?)を飲みながらクルーホテルへ。
今回久し振りにカメラを持っていったので、お部屋の写真を撮ってみました。

(703号室・NHKも見れました!)

現地時間の朝に到着したので、夕方まで仮眠をとって、ホテルのバーへ。
途中、ホテルが主催する、フィリピンの歴史ダンス・ショーが始まり、原始時代(?)のインディアン風踊りから、スペイン領時代のフラメンコ風踊り、現代のフィリピン民謡、最後はフィリピンのポピュラー・ミュージック(?)と、なかなか面白かったです。
夕食はコックピット・クルーお勧めのイタリアンへ。 シーフード・ウドン(!)をいただきました。 美味しかった!!
その後、ゲイのパーサー二人はゲイ・バーへ。 他はL.A.Cafeという所へ行って、飲んで踊ってビリヤードをして帰ったのですが、翌日、実はそこは”娼婦を買うお店”だったと聞き、本場の娼婦(1階にいたらしい・・・私達は2階で飲んでいたのです)を見そびれたことを悔いたのでした・・・実際、副操縦士は3人(!)買って帰ったそうです・・・
帰りの便では、パーサー(とっても優しく、面白くって、仕事もよくできる、ゲイのパーサーです)が、急にズボンの裾を捲りあげるので何かと思ったら、”現地の彼氏”にもらったアンクレットを見せてくれたのでした。 すごく嬉しそうでした Lovely!
 
次のフライトは、年末年始の東京便です!

バイオリンの発表会

昨日無事マニラから戻りました。
久し振りのフライト日記になりますが、
しばらくお待ちいただいても
いいでしょうかxxx
実は、今週末、
マリアの通っているバイオリン教室の
発表会があるのですが、
マリアが演奏する曲(「ちょうちょ」)はもちろん、
他の子供達と先生が弾く曲の
ピアノ伴奏を頼まれてしまいまして、
急遽その練習をしないといけないのと、
その他に、音大卒の方との
ピアノの連弾の練習
(こちらの曲の方がもっと難しいxxx)
もしないといけなくって・・・
ちなみに曲目は
バイオリンの伴奏の方は、
エルガー 「愛の挨拶」
(ブログのBGMにしている曲です)
バッハ・グノー 「アベ・マリア」
フォーレ 「子守唄 Op.16」
 
ピアノの連弾の方は、
ブラームス 「ハンガリー舞曲 第1番」
「ハンガリー舞曲 第6番」
ドボルザーク 「スラブ舞曲 Op.72 No.2」
シューベルト 「ファンタジー Op.940」
です。
どれもとても素敵な曲ですので、
機会があったら
是非聴いてみて下さい。

オランダで”ご覧になれる”もの

昨日、夫の目の手術を見学したお話をしましたが、その他にも、オランダでは、日本ではあまり「ご覧になれない」ものを「ご覧になれる」ことが多い気がします。
例えば、出産の時も、分娩室に応接セットがあって、夫ばかりか、家族・親戚・友達も分娩中同じ部屋で応援(?)していいことになっているし、分娩中、大きな鏡を持った看護婦さんに「ご覧になりますか(=赤ちゃんが出てくるところを自分でも見ていたいか)?」と聞かれ、(私は断りましたが)「ご覧になりながら産む人もいるのかぁ・・・」と驚きました。
そういえば、TV番組も医療関係のドキュメンタリーもの、多いです。 
一般の人の出産シーンや手術、動物病院での手術シーンを扱ったドキュメンタリーが、”特別番組”としてではなく”いつもの(=毎週O曜日のO時からと決まっている)番組”として放映されています。
そして私がオランダに来て一番びっくりした番組が、”お尋ね人探し番組”です。
警察や自治体がやっている番組のようなのですが、家出してしまった人や強盗・殺人犯の写真やビデオ映像を見せて視聴者の協力を呼びかけるのは、まぁ日本でもあるかと思うのですが、すごいのは、身元のわからない死体の身元確認の為の協力の呼びかけです。 死体の写真が(顔もよ~くわかるように)思いっきり映し出されます。 
もう慣れましたが・・・最初はホントにびっくりしました
長い休暇が明け、明日から久し振りの乗務です! 嬉しい!! 
マニラは(空港は行ったことがありましたが)ステイするのは初めてなので楽しみです・・・

手術

夫が目のレーザー手術(近視が治るという手術)を受けました。 
オランダではここ数年、この手術を受ける人が増えています。 (4000ユーロくらいかかるらしいので、もっと安くできるトルコや南アフリカへわざわざ行く人も多いとか・・・)
夫が手術を受けたのは、自宅から歩いて3分程のところにある、夫の親友で眼科医のエリックの、その友人ヨルンのプライベート・クリニック。
夫の付き添いで一緒に行ったのですが、待合室で待っていたら、助手が「ご覧になりますか?」と聞いてきました。
「ご覧になるって・・・手術を見学できるのですか??」
ちょっと怖かったですが、折角だったので見学しました。 
手術室の隣に用意された、壁に薄型TVが取り付けられた小部屋に案内され(TV画面には夫の片目のアップが画面いっぱいに映し出されていました)、しばらく待っていると、さっきの助手が来て、手術(といっても片目5分ずつくらいで終わってしまったのですが)の間ずーっと、何が行われているのか事細かに説明してくれました。 
まず、眼球に麻酔をし(眼球に注射するのかと思ってゾ~っとしたのですが、液体麻酔をたらすだけだそうです)、
(サランラップのような)手術用プラスチックでカバーされた上下両まぶたを金具で大きく開き、
瞳の部分にだけ金属の輪の形をした(まん丸の目玉焼きを作る為に使う型を小さ~くした感じの)型を押し当てて、
その中に膜(全部で5層あって、そのうちの上部2層を取り除くのだそうです)をふやかせる特別な液をたらし、
数秒待ちます。
大きな綿棒の様なもので液体を吸い取り、輪型を外し、シャーっと消毒液をかけ、
ふやけた膜を瞳の上の部分だけ2層分、スプーンのようなもので丁寧に取り除いていきます。
一見、ゼリーを食べ終わった後に器にうっすら残ったゼリーを丁寧にスプーンで剥がしている
・・・そんな感じでした。
再び巨大綿棒で眼球の水分をよ~くふき取り(乾いていれば乾いている程良いらしい)、
レーザーの標的(?)を瞳の中心に合わせます。
10秒くらい照射した後、再び消毒液が吹きかけられ、ソフト・コンタクト・レンズのようなもの(=目のバンソウコウ?)がのせられて
手術終了。
5分後に季節外れのサングラス(しばらくは光に敏感になるそう)をかけて夫が登場。
少しぼやけているけれど、視力は既にすっかり回復している、とのこと。 
 
私は目が悪くなったことがない(子供の頃は両目とも1.5、昨年検査した時は両目とも1.2)ので、
この手術の”ありがたみ“が今一つピンときていなかったのですが、
夫が手術室へ入って間もなく、助手が
「もう、これは必要なくなるから」
と言って彼の愛用のメガネを持ってきた時、なぜか胸がぐっと熱くなり、
「あぁこれか・・・これが夫が感じている幸福感か・・・」
と思ったのでした(*⌒―⌒*)

ガイア・ハート・プロジェクト

昨日、子供達が通うアムステルダム日本語補習授業校の「学習発表会」というのがありました。
(いわゆる「学芸会」です・・・私が小学生の頃はそう呼ばれていましたが、今はどうなのでしょう・・・?)
マリアはまだプリクラスなので参加していませんでしたが、
ミハーリのクラス(小学5年生)は
「ガイア・ハート・プロジェクト ~地球の声を聴きながら~」
というタイトルで、
子供達がそれぞれ自分で選んだ環境問題に関する論文を発表しました。 
ミハーリが選んだテーマは酸性雨です。
「皆さん、酸性雨という雨を知っていますか?
酸性雨というのは、
車の排気ガスや
工場の煙に入っている
有毒なガスが混じってしまった雨のことです。
酸性雨が降ると、その強い酸性の毒で、
木が枯れてしまったり、
コンクリートや銅像が溶けてしまったりします。 
また、この写真のように、
毒によって緑の葉っぱが
病気になって白くなってしまったり、
湖や沼にも酸性の毒が増えて
魚が住めなくなってしまったりします。
今、酸性雨の被害が増えています。 
車や工場が増えているからです。
酸性雨が降り続けると、森がなくなって、
ぼく達の地球が砂漠になってしまいます。
ぼくは将来、地球を守るグループを作りたいです。 
そして、お金を集めて、
空気をきれいにする機械を作って、
車や工場に取り付けます。 
そうすれば、酸性雨がなくなって、
地球を救うことができると思います。
皆さんも、大きくなったら、
地球を守るグループに入りませんか?」
これが原稿です。 何度も何度も練習して、暗記し、昨日はつっかかることもなく、大きな声でゆっくりと気持ちを込めて、本当に上手に発表できました。 (よかったネ、ミハーリ!)
今回私も子供達の発表のお手伝いをさせていただきました。
子供達が歌った「いのちの森」(石田桃子作詞・作曲)という曲のピアノの伴奏を担当したのです。
ピアノの伴奏譜がなかったので、先生からCDをお借りしてオーケストラ伴奏からピアノ譜を起し、練習を重ねました。
ただでさえ、人前で弾くのは久し振りでドキドキしていたのに、ミハーリの同級生のお母様にプロのピアニストの方がいらしたり、補習校の先生方には本職が音楽関係の方が多いので、余計に緊張しましたが、何とかとちることなく弾くことができました・・・よかった・・・(ミハーリが上手にできたのに、ママがとちっては、やっぱり格好が悪いですからねぇ)
他の子供達の発表も素晴らしかったですよ。
「失われていくアマゾンのジャングルの話」「WNFの話」「地震の話」「死にゆく珊瑚礁の話」「人間が捨てたプラスティックを餌のクラゲと間違えて飲み込んで死んでしまうウミガメの話」「海の汚染・水道水の汚染の話」「地球温暖化の話(・・・人間に例えて、地球が熱を出して死にそうになっている、と上手に説明していました!)」
特に面白いなぁと思ったのが、「水道水を凍らせてもきれいな氷の結晶ができない」というお話。
なんでも、「湧き水など、きれいな水を凍らせるときれいな六角形の氷の結晶ができるのに、水道水や汚染された水を凍らせてもぐちゃぐちゃな形の結晶にしかならない」というのです。 
これに関しては、授業中に見たという実験ビデオと資料(「水からの伝言」)を私も見せていただいたのですが、湧き水に「ありがとう」という言葉を何度も聞かせたり美しい音楽を聞かせると、これまた美しい形の結晶ができるのに対して、同じ湧き水に「ばかやろう」などネガティブな言葉を聞かせると、驚いたことに醜い形の結晶になってしまう上、腐る速度が速まる(!)のです。 
人間の体の約70%は水分
・・・ということは、私達の体内の水も、
優しい言葉や美しい音楽を聞くと浄化され、
ネガティブな言葉を聞くと腐る?
・・・他の人に対して
醜い言葉ばかり発している人の
体内の水を凍らせたら、
醜い結晶ができる?
・・・ということ?!
 
考えさせられます・・・

オランダの台風??・・・つづき

午後3時に子供達を学校に迎え
(以前にも書きましたが、オランダでは
大抵、小学校卒業まで親が
学校の送り迎えをすることになっています)
に行ったのですが、
路上に
大量の落ち葉、
(栗の実が付いたまま)へし折られた
栗の木の枝
などが散乱し、
暴風雨の強烈さを物語っていました。
風と雨は大分収まりましたが、
学校の帰り道では
雪が降ってきました・・・
(横殴りのぼたん雪です)
子供達は大喜びでしたが・・・
 車はもちろんのこと
(オランダ各地で80kmを超える大渋滞)
電車もかなりの遅れが出て、
(アムステルダム・ユトレヒト間では落雷が
あったらしい)
飛行機も遅延・欠航が相次ぎ
相当な打撃を受けている様子・・・
Hoek Van Hollandでは今日
最大風速144km/時間(=40m/秒)
(台風15号を超えた!!)
を記録したそうです。
こんな台風並みの大嵐なのに
日本の「台風」やアメリカの「ハリケーン」
のような特別な名称はついておらず、
オランダ人は単に
「Storm ストルム=嵐」
と呼んでいます。

オランダの台風???

真夜中にも度々
ものすごい音で目を覚ましたのですが、
今日のオランダは
台風並みの風が吹き荒れています。
朝8時、まだ薄暗い中
子供達を学校へ送るのに外を見ると、
相変わらず暴風が轟音を立て、
庭の大木が前後左右に大きく揺れています。 
雨も
つぶは幸い小さいですが
横殴りで降り付けてきています。 
傘など全然役に立ちません。
フード付きの厚手のコートにくるまって
風に吹き飛ばされそうになりながら歩いていると、
時々正面から風が吹き付けてきて
(マジで)息ができなくなります。 
こんな暴風雨の中でも、
オランダ人のお母さん達は
カッパを着て、
子供と自転車で学校へやってきます。 
「気合入ってるなぁ・・・」
と感心してしまいます。
外ではまだ
風がゴォーゴォーと唸っています。
日本でこんな暴風が吹くのは
台風の時くらいじゃないかしら・・・
気になって風速を調べてみました。
11月25日午前8時の
最大風速
(オランダでは時速で表示されます)
ユトレヒトで風速76km/h(秒速に直すと21m)
・・・やっぱり台風並みダ・・・
ちなみに同じ時間、
アムステルダム・スキポール空港では
風速97km/h(秒速約27m)・・・
空のダイヤも乱れていることでしょう・・・
午前8時に
オランダで最大風速を観測したのは、
大西洋沿いの街Hoek Van Hollandで、
最大風速112km/h(=最大瞬間風速31m)
でした。 
最大瞬間風速が32.9m(石垣島)だった
9月の台風15号と変わりないのです。
でも、オランダの人々は
「すごい風ねぇ」と文句を言いながらも
いつもどおりに過ごしています。 
さすが“風車の国”オランダ。 
風には慣れてる?! 
(オランダ人は、台風の時に日本に来ても
へいっちゃらで観光し続けちゃうんだろうなぁ・・・)
今日の午前8時のヨーロッパの気圧配置図