あけましておめでとうございます

 
今年も日本で新しい年を迎えることができました。
 
昨夜は、『紅白歌合戦』と『ゆく年くる年』を見ながら年越しし、実家恒例の今年の抱負会をしました。
今日は、これから子供達と初風呂のあと、両親とお節料理・お雑煮などをいただき、夜は皆で映画を見る予定です。
 
その合間に私は引き続き年賀状書き・・・
今まで毎年450枚、宛名も手書きで書いていたのですが、今年は(経費&時間節減の為)400枚に減らしました。
オランダに戻るまでにあと約200枚、なんとか書き終えないとxxx
 
2009年も、皆様にとって、健やかで、幸せな一年となりますように!! ぴかぴか(新しい)
 

フライト日記 (Dubai)

2008年12月
(DXB)
今年は、丁度年末年始に冬のお休暇をいただけたので(←年によっては、冬休みが4月だったり、夏休みが5月だったりもするのデス)、
これが休暇前〝最後〝の乗務=今年〝最後〝の乗務 飛行機
リポーティングは午後7時10分。
土曜日だったので、子供達の日本語補習校のお迎えに合わせて家を出、元夫に補習校経由で空港まで送ってもらいました。
午後5時前には着いてしまい、リポーティングまで2時間くらいありましたので、社内報をゆっくり読むことに。
12月から新しくなった機内食の説明が写真付きで載っていました。
ビジネスクラスのメニューを担当するのは、ミシュランの三つ星星を保持するレストランOud SluisのシェフコックSergio Herman。
インターネットで検索してみたら、結構話題になっているようでした♪
Sergioの画像も沢山!
メニューは・・・

Starter
Crab cake with citrus jelly and pumpkin in cucumber coriander soup.
 

Main course
– Salmon caramelized with miso, soy butter, cream of fennel and spring cabbage;
– Slow-grilled chicken fillet with tarragon sauce, fondant potatoes and green pea purée;
– Slowly cooked pork belly with Asian barbeque sauce, served with mousseline of potato, spinach and lentils.

Dessert
Chocolate-hazelnut-coconut dessert, with cream caramel sauce and Macaron de Paris.

前菜も美味しそうですが、主菜のお魚メニューの〝miso〝が気になる(笑)
Sergioの料理のスタイルは、
『古典的フレンス料理にスペイン・イタリアそして日本の要素を取り入れたもの』
なのだそうですぴかぴか(新しい)

ビジネスクラス担当だったので、この新しいシェフのお料理を拝見するのを楽しみに飛行機に乗り込みました。

夜遅い便でしたので、ほとんどのお客様が離陸後すぐにお休みになってしまい、なんと、お食事が前菜からデザートまで全て余って、私達も試食することができました! 感激(>_<。。。

カニの前菜は見た目も美しく予想通りの美味しさ、
サケの味噌ソースは口当たりが優しく、和食よりも上品な感じ、
デザートも程よい甘さで・・・さすがミシュラン三ツ星ですバラ
同僚達の話では、(イスラム教国への便だったのでポークから変更された→)ビーフとチキンも相当美味しかったらしいデス (*^-^*)
Sergioのお料理は、2009年3月28日までお楽しみいただけるそうです。
エコノミークラスの方は、アメリカの料理番組のシェフDaniel Greenのメニューで、こちらもアジア風のお食事が『サケの味噌ソース』、アメリカ風のお食事は『BBQチキン』となっているそうです。
アメリカ人シェフの『サケの味噌ソース』もとても気になる・・・(笑)
今回は、機内でレポートを書かないといけないことがいろいろあって、エコノミークラスの方にまでミールを見に行く時間が取れず、残念でしたxxx
上記のとおり、夜中のフライト、お客様はほとんど皆様ず~~~っとお休みになっていらしたのでサービスは非常に楽だったのですが、機内でいろいろと不備を発見してしまい、(ちゃんと報告しないことには改善されませんから)そのレポートを書いていました。
※ 1つは、ウェルカム・ドリンク用のワイングラスに、会社のロゴを入れ忘れたものが混ざっていたこと。
  (パーサーの指示で、そのグラスは捨ててしまうことに・・・)
※ 2つ目は、出発前の機内に、それはそれは沢山の日本の雑誌が残されていたこと。
  (これらも残念ながら、全て処分されてしまいます・・・)
  ドバイ便の機種はボーイング777で、日本路線と同じ。 日本から戻ってきた飛行機だったようです。
  その日は土曜日・・・ということは、飛行機は金曜日に日本へ向かい、土曜日に折り返し日本から戻って来た・・・ということは、大阪便デス。。。
  (↑アムステルダムを金曜日に出て、土曜日に成田に到着し、折り返し戻ってくる東京便は、機種がボーイング747なのです)
  日本路線には、”Japanese Magazine Container”というコンテイナーがあり、
  日本の雑誌は、日本人乗務員が責任を持ってそこに戻すことになっていたはず・・・
  着陸前、忙しくて忘れてしまったのかな???
※ 3つ目は、出発前のビジネスクラスのトイレに(2か所、共に)、ハンドクリームなどの備え付けのキットが丸々残されていたこと。
  これらは到着前に専用のトローリーに戻し、ロックしなければいけません。
  ここがアムステルダムではなく、例えば南米路線やアフリカ路線の空港だったら、
  今頃きっと盗難にあって無くなってマス(笑)
  アムステルダムなら盗まれることはないでしょうが、ここで全てのトローリーが新しく搭載されますので、
  2セット余分にあるキットを到着前に片付ける場所を探す手間もかかるし、
  大阪から到着後、アムステルダムで下ろされたトローリーには2セットの不足が出て、ケータリングの担当者に迷惑がかかっているかもしれません。
  着陸前、忙しかったのかしら・・・
そう言う私も、到着前あんまり忙しくて、やるべきことを忘れてしまうことがもちろんあります・・・(^^ゞ
でも、そういう時の為に相棒がいる訳で・・・どちらかが忘れていても、どちらかが覚えていて、最終的に、飛行機を降りるまでに、やるべきことを全てやり終えられればOKウインク
なので、大阪便のビジネスクラス担当の二人が二人とも忘れてしまったのは本当に残念なことです・・・
さて、約1年振りのドバイ。
到着は早朝・・・朝日に輝く高層ビル群を眺めながらクルーホテルへ。
ドバイのクルーホテルは、何年もの間Crowne Plazaだったのが暫くの間だけ別のホテル(←どこだったかもう忘れてしまったxxx)に移り、再びCrowne Plazaに戻って来たので、勝手をよく知ったホテルの一つです。
前回久し振りに滞在してがっかりしたことは、以前はロビーに1台+4階のバーに1台、素晴らしく手入れされたYAMAHAのグランドビアノが置いてあって、毎回弾かせていただいていたのに、2台とも処分してしまったと聞いたこと・・・と、4階にあったJapaneseレストランの店長さん(←以前は日本人の方で、何度か御馳走して頂いたことも・・・(*^-^*))が変わってしまい、レストランの雰囲気が一転して“Japaneseもどき”(←店員はまるで忍者のような格好をしてるしxxx)と化してしまったこと・・・。
ホテル到着後は、仮眠を取る前に皆で朝食をいただきました。
中近東のホテルの朝食で私が必ず頂くのは、foul medammes というソラマメのお料理です。 もともとはエジプト料理だそうです。
やわらかく煮たソラマメに、タマネギとトマトのみじん切りをのせ、レモン汁とオリーブオイルをかけて頂くのですが、これが本当に美味しくてLOVE
写真は、私がホテルでいつも頂いているものとかなり異なりますが、でも作り方は恐らく同じです。
何度もおかわりしていたら、シェフの一人が、エプロンに隠して何か持って来てくれました。
温めて、タマネギ・トマトをのせて、レモン汁とオリーブオイルをかけただけで食べられる foul medammes の缶詰!
DSC03623
感激!(>_<。。。
「君、前にもこればかっり食べてたよね?」
そう、1年前にも、このシェフから、この缶詰、頂きました・・・(^-^;
「他にも好きなものがあったら遠慮なく言いなさい。 私はチーフだから、何でもあげられるよ。」
いえいえ、もうこの foul medammes だけで私は幸せデス・・・感謝!
仮眠を取った後、同僚達と夕方ロビーで待ち合わせをして旧市街へ行くことになっていたのですが、
まだ時間があったので、どこかにピアノを練習する場所がないか、試しにレセプションで聞いてみました。
前回(=昨年)聞いた時は
「ホテルのピアノは処分してしまったし、この近辺にはピアノはないですねぇ・・・」
と言われたのですが、ダメもとでxxx
ところが今回は
「ホテルのBall room前にグランドピアノが2台あるから、好きな時に弾いて構わないですよ」
「白いピアノよりも黒いピアノの方が傷んでないから、黒い方を弾くといいですよ」
と言われて
「もしかして、白いピアノというのは昔ロビーに置いてあったグランドピアノで、黒いピアノというのは昔4階のピアノ・バーに置いてあったグランドピアノですか?」
と聞くと、その通りだとのこと・・・それなら昔、ドバイに来る度に弾かせていただいたピアノです! 懐かしい・・・ぴかぴか(新しい)
DSC03632
早速弾かせていただきました。
長らく誰にも弾いてもらってなかったのか、調律は全然されていないし、元気がなさそうでしたが、
広~~~いBall room前の、これまた広~~~い 広間に、ポツネン・・・と置いてある(ように見える)2台のグランドピアノ。
再会できて嬉しかったです♡
天井が高いせいか、まるで夢の中で響いているような、とっても心地よい音色で、ショパンやドビュッシーなどを1時間弾かせていただきました。
旧市街地から戻った後も、また1時間ピアノの練習をして、皆で夕食へ。
Souk Madinat Jumeirah という、アラビアの伝統的な建築様式を模倣して作られたショッピン・モール内のレストランで、レバノン料理をいただきました。
ブルーにライトアップされた7つ星ホテルBurj al-Arabや、小舟が行きかう水路など、レストランに向かう途中のショッピング・モール内の景色がまた素晴らしかったです。
翌日は、朝食後(→朝食はもちろん再び foul medammes )1時間ほどピアノを弾いてから、同僚達とビーチへ。 
ビーチから、建設中のBurj Dubaiが見えました。
ホテルに戻った後、ホテル内にあるwagamamaという”日本食もどき”レストランで夕食を頂きました。
焼きそばにコリアンダーが入っていたり、焼きうどんにピーナッツが入っていたりしていましたが、美味しかったです♪
『カツカレー』が『katsukare』(←curryではなくkare)となってたのと、
デザートにあった『桃のアイスクリーム』が『momo koori』となってたのが面白かったです(笑)
Callingは午後23時20分。
空港に到着したのは午前0時ちょっと前。
出発ゲート前は、床に寝そべって仮眠を取る乗客でいっぱい・・・皆さんちゃ~んと床に敷くものとか毛布とか用意されていて感心しました。
でも、一帯は、(靴を脱いだ足and/or靴が)強烈な異臭を放っていました・・・( ̄_ ̄|||)
満席でしたが、再び夜中のフライトだったので、ほとんどのお客様がお食事も召し上がらずにお休みになってしまい、なんだか物足りませんでした(笑)
そうそう、離陸して間もなく、まだ『シートベルト着用のサイン』が点いている時に、クルー用インターフォンが鳴ったので、緊急事態かと思って急いで出ると
「あ、misae? 今、Burj Dubaiが目の前に見えるよ!」
という副操縦士の暢気な声xxx・・・ちょっと気が抜けました(笑)
心配そうにこちらを伺っていた相棒に
「Burj Dubaiが見えるんですって(笑)」
と伝え、
(ボーイング777は、シートベルトをしたままだとクルー用のジャンプシートから外があまりよく見えないので)お客様にわからないように(←『シートベルト着用のサイン』がまだ点灯してましたから)そ~っとシートベルトを外して窓の外を覗き込んでみましたが、それらしきものは見えずxxx
と思っていたら再びインターフォンが鳴り
「misae~! コックピットに来ないと見えないよ! すぐに来て!」
って・・・今ですか?
まだ『シートベルト着用のサイン』が点いてるんですが・・・
コックピットに入るの、お客様から見えちゃうんですが・・・
いいんですか???
暫く悩みましたが、パイロットからの指示なので、相棒にも伝えて二人でコックピットへ。
真正面に見えました、Burj Dubai。 絶景ぴかぴか(新しい)
椰子の木型の人口島 The Palm Jumeirah も見え、本当に素晴らしい夜景でした。 カメラが手元になかったのが残念!
・・・と思ったところでふと我に返り、そういえばまだ『シートベルト着用のサイン』も点いているし、
(コックピットの指示だったとはいえ)お客様の手前、キャビンに戻って着席していた方がいいのでは・・・
と、相棒と二人でコックピットを出ると、案の定、超不安げなお客様方の視線が・・・(^_^;)
離陸後間もなく2度もインターフォンが鳴り、CAが2人慌しくコックピットに入って行くのを目撃したら、それは不安になりますヨねあせあせ(飛び散る汗)
平静を装ってジャンプシートに戻りましたが、ちょっと反省・・・(^^ゞ
アムステルダムには定刻よりも早く午前6時前に到着。
クルーセンターで同僚達と一人一人、お礼を言いながら握手をしてお別れの挨拶をします。
パーサーが
「あなたは本当に素晴らしいCAだと思うわ。 今回、コンプリメントを書かせてもらったからね。 これからも頑張って!指でOK」
と おっしゃって下さり、とても嬉しい”2008年の仕事納め“となりました。
フライト・リーブに引き続き、今日から1月16日まで冬のお休暇に入ります。
(最初にも書きましたが、)今年は冬の休暇が子供達の学校のクリスマスクリスマス休暇(=冬休み)と丁度重なったので、
年末年始は日本で過ごします♪
お正月(=一年のうちで一番日本らしい季節)を日本で過ごせるのは本当に嬉しいデス!
皆さんも、どうぞ楽しいクリスマス&良いお年を!
休暇明けはスタンバイです・・・飛行機

フライト日記 (Panama)

現在住んでいるアパートの家賃があまりにも高いので、やはり家家を購入しようかと、夏休み明けから家探しをしていたのですが、
もう少しで購入が決まりそうだった家の不動産屋さんが、いろいろと事実と異なることを話していたことが発覚・・・( ̄□ ̄|||)がーーん!
パナマから戻ってから契約内容に関する交渉が続いていたことと、
11月29日に子供達の通う日本語補習校の学習発表会があり、マリアのクラスが歌う歌~『花』『夏の思い出』『もみじ』『たきび』~のピアノ伴奏をすることになって、
その練習(ただ弾くだけなら簡単なのですが、音質などを気をつけながら弾こうとすると、とても難しいのデス)で、
フライト日記のUPがすっかり遅くなってしまいました。。。m(_ _)m
 
2008年11月
(PTY)
 
3月に就航したばかりのパナマ路線。
初めての乗務です。
 
リポーティングは午前10時40分。
 
スキポール空港駅に着くと、本格的なクリスマスの飾り付けがされ、見違えるよう・・・びっくり
前々日、金曜日に、フライト・セイフティーのリカレントで空港に来た時には、まだ飾り付けはされていなかったはず・・・イヤミ
がオランダに到着したので、
もしかしたら毎年その日を境にクリスマスの飾り付けをするようにしているのかも・・・???考え中
 
機種はMD-11。
担当はビジネスクラス。 満席。
 
ブリーフィング時に、先月パナマ便に乗務した同僚から
「エコノミークラスはロシア人の船乗りが多く、ウォッカなどの強いお酒を持ち込み、隠れて勝手に飲んでいることが多い。
グラスに氷だけ、とか、コーラだけを何度も頼む乗客がいたら、持参したお酒を隠れて飲んでいる(←禁じられています)可能性がある。」
という忠告があって、なるほどなぁ~と感心。
また、パナマは今雨季で悪天候が予想され、到着前の乱気流を警戒しておくように、とのこと。
 
相棒のパオラは、46歳、乗務暦18年。 
同じく46歳の機長と友達で、2本連続乗務が一緒になったとのことで(←CA同士でもなかなか同じフライトが付くことはないのに、コックピットクルーと2回連続して同じフライトが付くことは、それこそ滅多にないことなので、他の同僚達からは不倫♡疑惑が上がっていましたが(笑))、コックピットに行ったきり戻らないことが多くて困った以外は、
サービスの手順など、さすが手馴れていて、仕事し易かったです。
その時その時の状況を見て、相棒と同じ作業をやった方が良いのか、それともあえて相棒がやっていない作業をやった方が良いのか、素早く的確に判断して立ち回る。 乗務の時に私もいつも注意している点の一つです。
そんな訳で、満席でしたがほぼ完璧な(→パーサーが、セールス・トローリーの鍵etc.が入った機内販売用アタッシュ・ケースをブリーフィング・ルームに置き忘れてしまった為、 機内販売ができなかったこと以外はxxx)サービスだったと思います指でOK
 
パナマに到着したのは現地時間の夕方。
クルーバスに乗り込む頃には、すっかり日も暮れて、薄暗い中、窓の外を眺めていると、
空港を出たバスはいつしか高速に乗り、よくよく見てみると、高速道路の両側は海! 道路と海の高さにほとんど違いがない為、まるで海の真ん中を走っているようでした。
(ハリケーン台風が来たりして波が高くなったら、確実に水没するであろう高速道路デス・・・)
海の上の高速をしばらく走ると、前方に煌びやかな高層ビル群が見えてきました・・・まるでニューヨークのよう?!夜 
 
夜景を楽しみながらホテル到着。
丁度出発するクルーがチェックアウトをしているところでした=彼らの部屋の清掃が住み次第、私達がチェックインできるようになるので、20~30分かかるとのこと。
ホテルからドリンク券が出たので、皆でクルードリンクしながら部屋の用意ができるのを待つことに。
私が頼んだのはカイピリーニャ。 甘くて、ライムがたっぷり入っているのでさっぱりもしていて、とっても美味しく、飲みやすいカクテルです。 
4杯目を飲んでいる頃、部屋の用意ができたとの連絡が入りました。
 
今回、パナマには3泊するので、同僚達は、翌日から無人島への航海ツアーに出ようかと話していました。 
パナマ在住の知人と会うことを予定していた私は、最初はホテルに残ろうかと思っていたのですが、友人からのメッセージがなかったので、急遽同行することに。
シニア・パーサーとジュニア・パーサー、年配のスチュワード1人以外は全員ツアーに参加することになりました。
 
翌朝7時に起きて、8時から朝食、9時にツアーの送迎ミニバスが到着。
向かうはカリブ海側にある村Puerto Lindo。
(パナマの首都パナマシティは、太平洋側・パナマ湾沿いにあります)
パナマシティから、パナマを北に向かって縦断する形で走ること(→ものすごい渋滞だったのでほとんどずっと徐行状態でしたが)約3時間。 
到着したのは、とってもオシャレな感じのロッジBambu Guest House。
オーナーは、若いオランダ人夫婦。 オランダ語はもちろん、英語&スペイン語も堪能です。
 
荷物を置いて、早速、無人島へ。
ロッジのオーナー、エスリが所有するヨットMINORCAで約1時間。
無人島に上陸後、海で泳いだり、シュノーケリングを楽しんだ後、浜辺でランチ。
雨を心配しましたが、雨季だというのがまるで嘘のような好天候晴れに恵まれました。
近くの木の上に、ナマケモノ発見! 
 
夕方までこの"パラダイス"を楽しんだ後、本土(?)に戻り、やはりオランダ人が経営するレストランで夕食。
取れたてのタコの料理をいただきました。 
見た目が、いかにも"オランダの家庭料理"だった(←肉or魚、おいもorご飯、野菜が、大皿にど~んとのっかている)のがちょっと笑えましたが、とっても美味しかったです♪
フレッシュ・パイナップルジュースも、これまたとっても美味しかったです。
 
ロッジに戻ってデザートのケーキとコーヒーを頂いた後、希望者はヨットに泊まってもよいとのことになり、副操縦士とその彼女、機長とパオラ(・・・やっぱり何かあるのでしょうか???)がヨットへ。 
雨季のパナマ、昨晩も夜中に土砂降りの雨の音がしていたし、夕食中も遠くで雷の音が聞こえていたので、私は、他の同僚達(男性1人+女性2人)とロッジに残ることにしました。
 
その日は全部で3部屋しか空いていなかったので、"年下の二人"ということで、(見た目が若いだけのウッシッシ)私とキルステン(彼女は実際に若い)が部屋をシェアすることに。
シェアした部屋は、キングサイズのベッドが1台とシングル・ベッドが1台・・・夫婦と子供1人用、という感じの部屋。
普段、ダブルベッドで子供達と"川の字"で寝ている私は、お陰で非常に寝相が良いので、小さい方のベッドで寝ることにしました。
建物に入ってすぐ正面に洗面台があり、寝室の入り口はその左手。 
洗面台の右側に、簾がかかっただけの謎の小部屋があったのですが、覗いてみるとこれがトイレ&シャワー・ルーム・・・
ドアも電気もない?! ( ̄_ ̄|||)
 
そういうこともあろうかと、携帯用懐中電灯を持って来ていた指でOKので、それで照らしながらシャワーしました。
トイレは逆に、下手に照らすと、見ない方がよいものが見えてしまうかもしれない・・・と、真っ暗な中でxxx
 
夜中に雨の音で目覚めました。 予想通りの大雨・・・ヨット組は大丈夫かしら・・・
 
翌朝は午前9時から、ヨット組も戻ってきて朝食(←普通にオランダ風の"パンにチーズ"の朝食)
ヨット組は案の定、デッキの上で寝ていたところを大雨に降られ、ズブヌレになったそうです。
 
朝食後、パナマシティへの帰途、ジャングルでのCanopy Tourに。
カノピー・ツアーとは、ハーネスに着けた金属の滑車を、森の中に張り巡らされた太いワイヤー・ケーブルに取り付け、ターザンのように雲霧林の木々の上を滑空する、
中南米の熱帯林では非常にポピュラーなスポーツ(?)。
 
雨季だし、ホテルに留まって友人と会って・・・と考えていた私は、ジャングルに入るような格好(=長袖+長ズボン+頑丈な靴etc.)は全然用意していなかったので、カメラ係でも引き受けようかと思っていたのですが、
ルーム・メイトだったキルステンが彼女の服を貸してくれ、靴はそれでもサンダルしかなかったのですが、カノピー・ツアーのインストラクターが「サンダルでも大丈夫」だと言うので、ターザンの真似事をするには非常に不似合いな服装ではありましたが、私もトライしてみました。
 
木の上に作られた足場のような場所から、次の足場まで、地上数十メートルという高さを、まさに滑空する・・・という感じでした。 
全部で10ヶ所ほどの足場を渡りながら、ジャングルの中を見学。
足場に立つと、木の付け根は見えないくらい、本当に高いので、スリル満点でした。
また、野生のナマケモノを発見! ゆ~っくり、ゆ~っくり、木を登っていました。
途中、流れの非常に速い川の上を渡って行った時には、インディアンの乗るカヌーも見ました。
いつか子供達と一緒にやってみたいです、カノピー・ツアー (*^-^*)
 
そうそう、オランダ人の同僚やロッジのオーナー達につられてジャングルと呼んでいましたが、熱帯林はジャングルとは違うそうです。
(↓以下、MSNエンカルタ百科事典より抜粋) 

熱帯雨林は、もっとも寒い日でも平均気温が18°C以上の地域(熱帯)に分布する森林のことである。
熱帯林は熱帯の山地にできることもあり、そのような森林は雲霧林という。
一般的によくつかわれるジャングルという言葉は、未開の、自然のままの場所を意味するヒンドゥスターニー語(→インドの言語)のjangalからきているが、英語のジャングルは木々や下生え、蔓植物が密生していて、とおりぬけることのできない熱帯林の植生を意味するようになった。
熱帯雨林というとジャングルをイメージする人が多いが、実際の熱帯雨林では、樹木が密生し、林床まで日光がとどかないために、ほとんど下生えはなく、この意味で熱帯雨林はジャングルではない。

夕食は、副操縦士&彼女、キルステン、セカンド・オフィサーと5人で、ホテル内のレストランで。
ついつい、また、タコの料理を頂いてしまいました。 美味しかったです♡

翌日、最終日は、機長、パオラ、副操縦士&彼女、キルステンと6人で、パナマ運河へ。
偶然にも、丁度、日本の船が通過するところでした。 
隣接した博物館も興味深かったです。

ホテルに戻り、プールサイドでランチした後、Calling(午後5時40分)まで仮眠を取って乗務。
出発前にふと空を見上げたら、木星と、みなみのうお座の1等星・フォーマルハウトが輝いていました 星

機内では、同僚達が次々とお腹を壊して大変でした。 実は私も、初日にお腹を壊し、無人島からの帰りのヨットの中では、ずっとトイレに篭っておりましたxxx
みんな、船酔いだと思っていたようですが、結局全員がお腹を壊したお陰で(?)私もお腹を壊していたことを信じてもらえました(笑)

いつまたパナマ便が付くかわかりませんが、次回は是非、本場でラテン音楽とダンスを楽しんでみたいです♪
それから次回は、今回会えなかった知人にも会えることを祈りつつ・・・
(オランダに戻ったら、知人から「ホテルへ送ったメッセージを受け取りましたか?」というメールが届いていました・・・受け取ってません(T_T)
外国、特に暖かい国の人々は、良くも悪くも"適当"なところがあるので、仕方ないのかな・・・(^^ゞ)

次のフライトは、ドバイ便です。 久し振りに2泊あるので楽しみです♪

 

フライト日記 (New York)

2008年11月
(JFK)
 
乗務の前日、早朝から丸一日かかって行われる、年に一度のフライト・セイフティー・リカレント(=試験&訓練←年に一度のリカレントが2種類あるので、結局、一年に2回、試験&訓練があることになります)を無事終え、1ヶ月ぶりのニューヨーク便。
(←リクエストをした訳でもないのに、1ヵ月後にまた同じ便が付くのは結構珍しいデス)
 
前回同様リポーティングは11時55分。
近所のバス停で駅行きのバスを待っていると、体の前後に大きなリュックサックをしょった若い男性がバス停に歩いて来ました。
制服姿の私を見て
「あなたもこれから空港へ?」
と聞かれたので
「ええ。 ご旅行ですか?」
と聞くと
「ニューヨークへ行くんです。」
「まぁ、偶然ですネ! 私もニューヨークへ行くんですヨ。」
同じ便のお客様でした。
ニューヨーク・シティー・マラソンに参加する彼女(←既に現地入りしている)の応援に行くのだそうです。
 
先月と同じ便名だったので、機種はまたボーイング777-300型機(←働きにくいxxx)かと思ったら、今回は、行きも帰りもボーイング747-400型機(よかった・・・ε-(^。^*)ホッ♪)
スケジュールもキャビン・クルーは全員同じ1泊のスケジュール。 コックピット・クルーは2泊あるので、機長は奥さんを、セカンド・オフィサーはお父さんを連れて来ていました。
(私も、両親弟妹がオランダに住んでいたら、いろいろな所に連れて行きたかったなぁ・・・)
 
担当はUD(=アッパー・デッキ=2階のビジネスクラス)です。
相棒は、女優のエリザベス・ハーレイに本当にそっくりなオデット(←『白鳥の湖』のオデット姫からつけられた名前だそうデス)。
超~美人乙女座なのに、それを鼻にかけるところは全くなく、素直で優しい、と~ってもいい子でした指でOK
 
ほぼ満席で忙しいフライトでしたが、コックピット・ケア(←ボーイング747-400でUDにアサインされたCAは、30分に一度、コックピットに連絡を入れて無事を確認する=同時に食事や飲み物を運ぶ・・・という任務があります)は、ほとんどオデットがやってくれたので助かりました。 
このコックピット・ケア、昔からどうも苦手で・・・お客様の為にできることは通常のサービス以外でも探せばいくらでもあるので、ついついそちらにかかりきりになってコックピットを忘れてしまったり・・・また、元夫が異常にやきもちやきだったので、あんまりコックピットに出入りすると後で何か言われるのではないかと気になって、コックピットから足が遠のいてしまったり・・・
でも、今回リカレントの時に見せられた航空機事故の参考ビデオの一つに、
「コックピット・クルーが全員意識を失っていたことに気付くのが遅かった事が事故原因の一つになった・・・げっそり」
というものがありました・・・やはりコックピット・ケアも非常に重要です。 
 
今回一緒だったクルーに、元NWAのCAだったというアメリカ人のスチュワード、デイブがいました。
サービスがひと段落ついた時、UDのギャレーに来て
「僕はこの1年半、いつか君に出会えることを心待ちに乗務してきたんだ・・・今日、ついに出会えた!ぴかぴか(新しい)」
と言うので、
(え??? 愛の告白LOVEデスか???と)
ビックリして訳を聞くと、↓こんな事情でした。
 
デイブが初めて入社試験を受けた1年半前、オランダ語力不足が理由で採用されなかった時に、
「日本人CAでオランダ語を勉強してオランダにベースを移した子がいる。
日本語という西洋の言語とは全く異なった言語を母国語とする日本人に習得できるのだから、同じ西洋の言葉である英語を母国語としているキミにオランダ語を習得できないはずがない。
彼女とコンタクトを取って、どうやって勉強したのか聞いてみたらいい。 
名前は忘れてしまったが・・・そうそう、ピアノを弾く子だよ。」
・・・と試験官に言われたのだとか。
オランダ語は何とか自力で習得し、ついに2度目の入社試験で採用された後すぐに、Inflight Services部(←客室乗務員が所属する部署)のパーティーがあり、
そこで、Wibi Soerjadiと連弾していた私を見て、
「試験官が話していた日本人CAだ!!」
と思ったのだそう。
それから約1年後の、このニューヨーク便でついに本人に会えて、いたく感激しているとのこと。
なんだかとっても光栄でした・・・(*^-^*)
 
ニューヨーク到着後は、クルー・ドリンク&食事に出る人が誰もおらず涙 、(疲れている時に、アメリカで、一人で出歩くのはちょっと不安に思い)私もそのままベッドへ。
寝る前にTVをつけたら、どのチャンネルも翌日の大統領選挙のニュースばかり・・・すぐに寝付けました(笑)
前日のリカレント(の為の試験勉強)の疲れが出た(←分厚い英語のマニュアルを3日間かけて読んで、練習問題を解いたりしていたのでxxx)のか、珍しく8時間も寝てしまいました。
翌朝は、朝食後(→朝食の時、前日のマラソン大会に参加したオランダ人のグループが話しかけてきたのですが、その日の夜、私達が乗務する便でオランダに戻られるとのこと・・・今回は、行きも帰りも、乗務前にお客様との偶然の出会いがあって面白かったです)、同僚達と一緒に買い物に出かけました。 が、今回も結局何も買いませんでした。 でも、ウィンドウ・ショッピングだけでも十分楽しかったです♪
 
Calling前に2時間ほど仮眠を取って、空港へ。 
帰りの便もほぼ満席でしたが、夜の便はお休みになるお客様が多く、お食事も召し上がらない方が多いので、ちょっと楽です・・・(^^ゞ
前回、エコノミークラスを担当した時は、お客様が皆様お一人3~4こずつ飲み物をご注文なさって、まるで"記憶力テスト"のようだった(ので、今回も覚悟していた)のですが、ビジネスクラスのお客様は、普通にお一人1つずつご注文なさってました・・・ε-(^。^;)ホッ
 
アムステルダムには定刻より15分ほど早い午前7時頃到着。
外が真っ白で、まだ雲の中かと思っていたらランディング・・・霧に覆われた夜明け前のスキポール空港はとても幻想的で綺麗でしたぴかぴか(新しい)
・・・が、夜も明けても、ユトレヒトへ向かう電車からの景色も、いつまでたっても霧に覆われたままだったので、これはきっと飛行機のダイヤが乱れるだろうなぁ・・・と心配していました。
案の定、その日の東京便は出発が1時間遅れたとのこと。
寒くなると本当によく霧が出ますが、オランダは土地が低い(→スキポール空港は海抜マイナス4m)からなのか、いつまでも霧が立ち込めたまま・・・という状態によくなります。 
見ている分にはとても綺麗なのですが・・・

次のフライトは、初めての(今年の3月に就航したばかりの)パナマ便です♪

その前々日に、今度は、3年に一度のフライト・セイフティー・リカレントを受けます。
 

フライト日記 (Cairo) つづき

 
アムステルダムで出発が2時間遅れ、
クルーホテルに到着したのは翌日午前7時前。
 
目覚ましを午前11時にセットし、ルーム・サービスの朝食を午前11時半にお願いして、3時間ほど仮眠を取りました。
 
午前11時15分頃、シャワーを浴び終わったばかりのところにルーム・サービスが!
バスローブをはおって慌ててドアを開け
「11時半にお願いしたのですが・・・随分早いですね・・・(^^;)」
と言うと
「さっき機長さんに届けた時も、同じように言われました(笑)」
と全然気にしていない様子・・・(^_^;)
朝食の内容をいろいろと説明したかったようでしたが、こちらはまだ着替えてもいなかったので、説明は丁重にお断りしてお帰りいただきました・・・(^^ゞ
 
正午ロビー集合で、ボーイング777の機長ハンスがアレンジしてくれたピラミッド・ツアーに参加。
メンバーは、行きの便のボーイング777の機長ハンス、セカンド・オフィサーのペーター(←訓練が終わったばかりで、このカイロ便が初フライト)、
帰りの便のボーイング747の機長パウル、副操縦士のペーター、CAのジョイス、ヴェロニーク、ヴェロニークの旦那さん、そして私の8名。
行きと帰りで機種が変わり、777ではCA10名、747Combi(=機体後部が貨物室となっている飛行機)(→機体全部が客室となっている飛行機は747AllPaxと呼ばれています)ではCA9名と、1名余分になる為、ヴェロニークだけステイが長く、それで今回彼女は旦那様を連れて来ていたのでした。
 
前日インターネットでお天気を調べてあったのですが、
CNNでは・・・晴れ晴れ、
Yahooでは・・・晴れ時々雨晴れ雨
。。。イヤミ 
さて、どっちが正しいのだろう???
 
ホテルの外に出てみると、丁度小雨が降り始めたところで、車が出る頃にはザーザー降りに・・・雨 
運転手さんの話では、
「この辺りが雨でも、ピラミッドがあるギザは晴れているから心配しなくて大丈夫」
とのこと。
本当はホテルのプールサイドでのんびりする予定だったので、ツアーに参加して正解だったのかも・・・(*^-^*)
 
カイロ便は割りと定期的に(・・・と言っても1~2年に1本くらい?)付くのですが、来る度に道路の整備が進んでいて驚かされます。
ギザまでの道のり、途中きれいな写真が取れそうな場所でちゃんとストップしてくれ、
カイロにステイするのは初めてだという、ボーイング747の機長パウルも写真撮りまくってました・・・iPhonで(笑) 
なんと誰もカメラ写真を持ってなかったのです・・・(私もうっかり一時帰国のバッグに入れたままにしていてxxx)
だから全員、携帯電話で写真撮ってました(笑)
 
(運転手さんの予想通り)幸い、ギザでは雨は降っていませんでした指でOK
ギザに入ってしばらくして、車からラクダに(!)乗り換えました。
 
私は前にもここエジプトでラクダに乗ったことがあったし、今回ホテルでのんびりの予定だったので、
白いズボンにハイヒールのサンダル
・・・という、ラクダに乗るには完璧に不適切な格好xxx
(では、みんなにはラクダに乗ってもらって、私は歩こう走る人)
と思っていたのですが、ラクダに乗る時間が2時間と聞き、私も乗ることに。
 
ガイドさんに事情を話したら
「じゃあ、君にはなるべくきれいなラクダを選んであげよう!」
と選んで下さったラクダ・・・見た目にはあんまり他のラクダと変わらない気が・・・でも、以前乗った時に比べて全然臭くなかったかも?!
 
ラクダに揺られて砂漠を行くこと1時間弱。
ピラミッドの麓でラクダを降りると、ハンスが皆を集めました。
ピラミッドを目の前に、こうして皆が集まると、なんだか、考古学研究員の現地研修のような光景?(笑)
 
エジプトに魅せられ、研究書を読みあさり、エジプトを何度も訪れ、いろいろな人の話を聞いたというハンスの話、
非常に興味深かったです。
 
教科書で習う歴史は、権力者(=王)が自分の権力保持を目的に捏造したもので、
「王の指示で大勢の奴隷が石を運んで作った」
などというのは作り話だと言うのです・・・(O.O;)
人間も含め地球上の全ての物質は、宇宙から見たら、同じエネルギーの塊に過ぎず、
昔の人間は、そのエネルギーを操る力があり、その力によりピラミッドが造られ、
今もなお、ピラミッドのどこかに、人間のその力(=額にある3つ目の目)を甦らせる鍵が隠されている・・・
(→話を聞いていて、ふと霊気を思い出しました)
 
世界中に点在するピラミッドが、地球上のある一定のライン上に並んでいること、
ヨーロッパでも、ボスニアで、エジプトにあるピラミッドよりももっと巨大なピラミッドが発見され、それもまた、先述の一定のライン上にあること、
スフィンクスの頭がライオンなのは、獅子座の時代(=春分点に獅子座があった時期=紀元前約10800~8640年)に建てられたからで、
(エジプトから離れますが)ギリシャ神話に出てくるミノタウロスの頭が牛だったり、ヒンドゥー教で牛が神聖な動物とされたのも、やはり牡牛座の時代と関係がある・・・
 
などなど、
エジプトだけ、あるいは地球だけ、ではなく宇宙規模の話で、面白かったです。
高校時代、日本で大学へ行くとしたら、音大あるいは美大でなければ史学科に行ってみたいと考えていたので、もともと歴史には興味があったし、
学生時代に天文部にも所属し、宇宙にもとても興味があったので、
話を聞いていて本当にワクワクしました。
 
この話を聞いている最中、突然、砂嵐が発生台風
みるみるうちにピラミッドが砂にかき消されるように見えなくなり、その直後、突風と共に砂が!!
目はもちろん開けていられないし、息苦しくて少しでも口を開けると、口の中にも砂が・・・( ̄_ ̄|||)
30分くらい続いたでしょうか・・・
おさまった頃には、体中砂だらけ・・・髪はゴワゴワ・・・服の中にも砂・・・
砂嵐に巻き込まれたのは初めてでした。 
でも、ラクダに乗ってる時じゃなくてよかった・・・ラクダ、馬より大きいですからね、風に巻かれて落ちていたら大変でした(冷汗)
 
再びラクダに揺られながらスフィンクスの近くへ。
久し振りに近くで見ましたが、修復工事のせいか、以前見た時とちょっと印象が違いました。
ここからは歩いて車に戻り、夕食を食べに、ハンスの行きつけのレストランへ。  私は前にも来たことのあるレストランでした(・・・ということは、ハンスとも前に一緒に飛んだことがあったのかしら・・・覚えてない・・・(^^ゞ)
なぜかライオンの赤ちゃんがいて、抱っこさせてもらいました。 (←後から1ユーロ請求されました)
可愛かったです LOVE
 
夕食はケバブ・・・エジプト料理ではないですよね??? でも美味しかったです♪
 
ホテルへの帰り道、道路が車体ギリギリまで浸水していて驚きました。
ホテル近辺は大雨だったようです。
ますます、ツアーに参加してよかった~と思いました・・・(*^-^*)
(強引に誘ってくれたパウルに感謝!)
 
午後7時ホテル到着。 
午前0時15分のCallingまで仮眠を取りました。
 
支度をしてロビーに降りると、
パーサーと機長が何やら深刻そうに話している・・・またディレイか???
と思ったらそうではなく、機種変更。
 
ボーイング747Combiが来るはずが、パーサーに夕方電話が入り(→仮眠中起こされてしまったらしい・・・可哀想xxx)
「ボーイング777Combiに機種変更」
というFAXが届いていると知らされ、
しかし、ボーイング777Combiという機種は存在しないので(笑)、
パーサーがカイロの空港に電話を入れると
「ボーイング777に機種変更」
とのこと。
 
一人3~4機種ずつ飛行資格を持っている私達CAと違い、コックピット・クルーは一人1機種しか資格を持っていないので、
ボーイング747の代わりにボーイング777が来てしまった場合、
行きの便(ボーイング777)のコックピット・クルーが帰りの便も乗務しなければなりません。
乗務の前には十分に休まないといけないし、アルコールも飲んではいけませんから、
慌ててコックピット・クルーに電話を入れたものの、副操縦士以外みんなピラミッド・ツアーに出払ってしまって連絡が取れない・・・
 
すると間もなく再び空港から
「ボーイング747AllPaxに機種変更」
との知らせが。
それならコックピット・クルーの方は予定通りでいいとして、問題はキャビン・クルー。
747CombiだったらCA9名で乗務しますが、747AllPaxの場合は本来CA13名で乗務する機材・・・
 
「Extra Cabin CrewがDeadHeading Crewとして送られてくるのか」
(↑急な機材変更では、不足人数分のCAがデッドへッドで到着し、そのまま折り返し、帰りの便にジョインして乗務することがある)
は確認できなかったけれど、
長くステイするはずだったヴェロニークも乗務するようにとの連絡があり、
慌ててヴェロニークに電話を入れたものの、彼女もピラミッド・ツアーに参加していたので連絡が取れず・・・
 
・・・という状態で、ホテル出発時間も迫り、
(パーサーからの手紙や会社からのスケジュール変更のFAXも部屋に届いていたはずの)ヴェロニークからは何の音沙汰もなく・・・
困り果てたパーサーが、CA9名で747AllPaxの乗務が(フライト・セイフティー上)可能かどうか、機長と相談していたのでした。
フライト・セイフティーの規定では、脱出用ドアの数(→ボーイング747AllPaxの場合、脱出用ドアは12箇所)は関係なく、CA一人当たりが担当する乗客数が問題となります。
幸い満席ではなく、担当人数も規定内に収まったので、4名欠員のまま、CA9名で乗務することに。
 
遅延もなく、定刻にアムステルダムに到着しましたが、満席でなかったとはいえ、エコノミークラスはやはりCAの人数が4名分も少なかったので大変だったようです。
 
スケジュール変更の知らせに無回答のままフライトをミスした形になったヴェロニーク・・・会社からどんな処分を受けるのか、皆、心配していました。
「恐らくマイナス・イメージになるので、会社には、彼女が旦那様を連れて来ていたことは報告しないでおいた。」
というパーサーも
「スケジュール・チェンジを知った時にはもうアルコールを飲んでしまっていたので、乗務は無理です。」
という断りの電話でもなんでもいいから何かしら連絡を入れて欲しかった・・・と残念そうでした。
 
ちょっと後味は悪かったですが、
砂嵐に巻かれながら聞いたハンスの話が印象的なフライトでしたぴかぴか(新しい)
 
次のフライトは、(先月行ったばかりですが、また)ニューヨーク便。 
明日のフライト・セイフティー・リカレント(←朝から夕方まで試験と訓練がありますxxx)に無事合格したら、明後日から乗務です・・・飛行機
(今夜は試験勉強の追い込みデス!)
 

フライト日記 (Cairo)

2008年10月
(CAI)
 
カイロ便のリポーティング・タイムは午後7時5分でしたが、
電車のダイヤの乱れに備えて、2時間余裕を持って午後5時には家を出発。
今回は電車も遅れずスムーズに空港に到着したので、アローワンス(=滞在中の食費等)を引き出したり、会社からの手紙を読んだり、ゆっくり乗務の準備をすることができました。
 
私達CAよりも30分リポーティングが早いパーサー達(=全体を仕切るシニア・パーサーと、エコノミークラスを仕切るジュニア・パーサー/アシスタント・パーサー)に挨拶しに、パーサー・ブリーフィング・ルーム(←全員で行うブリーフィングの前にパーサー達がCAのワーキング・ポジション(=誰がどのギャレーに入るかetc.)を決めたり、フライトの情報(=スペシャル・ミールの数の確認、車椅子のお客様の有無etc.)に関して打ち合わせをする部屋)へ行くと、
なぜかコックピット・クルーも勢揃いしていて・・・???
そこで、実はフライトが1時間ディレイしていることを知りました。
機体の一部に故障箇所が見つかったから、とのこと。
故障が見付かったのが遅かったので、クルーに連絡できなかったのだそう・・・
(ちょっと怪しい・・・イヤミ←単に連絡するのをはしょってしまっただけのような気も・・・)
 
修理が終わり次第出発するので、予定通りの時間でブリーフィングを済ませ、クルーセンター内で待機することに。
ブリーフィングにもコックピット・クルーが途中から参加し(→通常は、キャビン・クルーとコックピット・クルーは別々にブリーフィングします)、事情の説明がありました。
故障が見付かったのは、主翼のエンジンの1つの油圧系統。 パイプの交換が必要とのこと。
恐らくディレイは1時間では済まないだろう、という機長からの話でした。
 
午後7時30分過ぎにブリーフィングが終わってから、クルーセンター内で皆でコーヒーを飲みながら、最新情報を待ちました。
私もそうですが、夜中の乗務でリポーティング・タイムが夜であっても、子供がいれば普通に朝早く起きなければなりませんし、
同僚の中には、オランダ東部や南部、ベルギーなどから車を2時間くらい運転して出社してくる人もいるので、
(↑この日は道が混んでいなかったらしく、午後5時くらいからもう空港に来ていたという同僚もいました)
予想外のディレイが発生すると、結構大変です。
 
定刻だったら出発予定時間にあたる午後8時45分、機長から全員集合の指示が。
少し離れた所で立ち話をしていたパーサー達を、笛をならして呼んだ機長にみんなビックリ(笑)
ポケットに笛を常備しているらしい・・・(^^?
(つい最近ミハーリ・マリアと一緒に映画『サウンド・オブ・ミュージック』を観たばかりの私は、笛で子供達を呼んでいたトラップ大佐を思い出してしまいました)
 
機体の修理並びに作動テスト等の点検は無事終了し、機体はこれからハンガー(=航空機整備格納庫)を出、午後9時15分頃、出発ゲート到着予定とのことなので、
午後9時にクルーセンターを出てゲートに向かうことになりました。
 
しかし、ゲートに来てみたものの、飛行機の姿はなく・・・
地上職員の姿もなく・・・
 
機長がゲート前待合室内のお客様方に
「本日はご迷惑をお掛けして申し訳ありません。 まもなく機体が到着し、出発できる見込みですので、もうしばらくお待ち下さい。」
と(英語とオランダ語で)話しかけると
「なんで遅れてるんだ!!! 遅れている理由を説明しろ!!!」
と怒鳴る乗客の声が・・・
 
通常ならば出発予定時刻の1時間前から搭乗手続きを開始するはずなので、お客様方は1時間半くらい前の午後7時45分くらいからゲート前にお集まりだったはず・・・
地上職員から何の説明もなかったなんて・・・(-_-|||) 
というか地上職員、一人も来てないし・・・( ̄_ ̄|||)
 
機内でもそうですが、
どうしてもお客様をお待たせしなければならない状況で、
① 何の説明もせずにお待たせするのと、
② きちんと理由を説明してお待たせするのとでは、
お客様が受ける印象が全然違ってきます。
 
「機体に故障箇所が見付かって、安全に飛行する為に、修理+点検をしていたから出発が遅れているのだ」
という説明が地上職員からきちんとされていたなら、皆様こんなにはお怒りではなかったはず・・・(;-_-;)
 
飛行機も到着していないし、ゲート前に地上職員も警備員もいなかったので、私達は仕方なく待合室の手前で待機していたのですが、
エジプト人男性客が一人、
「明日結婚式なのに、飛行機が遅れて、本当に困っている!激怒 どうしてくれるんだ!」
とものすごい剣幕で怒鳴りかかってきました。
他にもお困りのお客様もいらっしゃったことでしょう・・・本当にお気の毒ですが、私達にはどうすることもできません。
 
機長が再びお客様方の前に歩み出て、遅延の理由を説明し始めると、皆様静かに聞き入っていました。
他の乗客達に
「うるさいぞ! シーッッッ!!」
と怒られて、明日挙式のエジプト人男性客も、黙って機長の説明を聞き始めました。
ベテラン機長のハンス・・・さすがだなぁと感心。
 
間もなく地上職員が到着。 
お客様に配るバウチャー(→空港内で無料で飲み物を飲めたり、電話をすることができるチケット)に、フライト・ナンバーと日付を記入する作業を手伝って欲しいと言われ、皆で記入。
もっと早くに配るべきだったのでは・・・?>地上職員
警備員によるクリア・エリア(=ゲート前での手荷物検査場の先にある待合室)のセキュリティー・チェックが済んだので、私達はクリア・エリアで引き続き待機することに。  
警備員の人達も、飛行機が到着して、搭乗前の乗客のセキュリティー・チェック(=手荷物検査+身体検査)が始まるまで、クリア・エリアで待機です。
 
なかなか飛行機が来ないので、待合室内でジュースとクッキーをお配りすることになり、
カップジュースとクッキーが入ったダンボール箱を抱えて皆で配った後、
(オートミールのクッキーが好評でした指でOK)
「乗務の前から沢山歩き回ったので、消費カロリーが高そう=機内で沢山食べても大丈夫(笑)」
などと考えながら、ゴミを回収。
 
騒がしい声がするので見ると、先程私達に怒鳴りかかってきた明日挙式のエジプト人男性が、今度は機長ハンスに食いかかっていました。
「おっしゃりたいことはよくわかりますが、普通にお話していただけませんか?
 このまま攻撃的な態度を取り続けるのでしたら、乗務妨害にもなりかねませんので、飛行機にお乗せするわけにはいきません。」
とハンス。
「なんだと~!激怒 客にそんなこと言っていいのか!」
と憤るその男性。
「私は本日のカイロ便の機長です。 機長の私には、安全な飛行に支障があると思われる場合、乗客の搭乗を拒否する権限があります。
 5分待ちます。 5分後にまだ攻撃的な態度をお取りになるようでしたら、本日の便にはお乗せできませんのでご覚悟下さい。」
と冷静に、かつ、堂々と対応するハンス。
5分後・・・周りの乗客にもなだめられたのか大人しくなったその男性客、ハンスに謝り、笑顔で握手をかわしていました。
よかった・・・ε-(^。^;)ホッ
 
午後10時過ぎ、ようやく機体が到着。 機種はボーイング777-200型機です。
乗客から拍手が沸き起こりました(笑)
と同時にアナウンスが入り、乗客のセキュリティー・チェックが始まってしまったので、クリア・エリアを追い出されるように私達は機内へ・・・
(でも、ちょっと搭乗には早すぎるのでは・・・)
と不安に思っていたとおり、警備員による機内のセキュリティー・チェックも済んでいなかったし、ケータリング(=ミール・トローリーやドリンク・サービス・トローリーなどのトローリー類や、コーヒー/紅茶のコンテイナーやメニューカード・コンテイナーなどのコンテイナー類etc.)も何もまだ搭載されていなく・・・
警備員やケータリングの方々がスムーズに作業する為にも、私達はまだ機内には乗り込まない方がよかったと思うし、
→つまり搭乗準備が整うまでまだまだ時間がかかるので、
乗客のセキュリティー・チェックも(「すぐに出発できる!」という間違った期待をお客様方に持たせるだけなので)こんなに早くから始めなくてもよかったと思うのですが・・・
なんでも、乗客のセキュリティー・チェックを担当している警備員達のシフト終了時間が迫っていた為、残業しなくていいように、早過ぎるとはわかってはいたけれどセキュリティー・チェックを開始したんだそうです(←個人主義のオランダらしい・・・(^^ゞ)
 
担当はビジネスクラス。 満席です。
 
警備員によるセキュリティー・チェックが済んだ後、私達も自分が担当するエリアのセキュリティー・チェックをし、ようやく全て搭載された(でも、慌てて搭載したからか、ポジションが全然合ってないxxx)トローリーから、お客様にお配りするメニューやヘッドセット、アメニティー・キット等を用意し、ウェルカム・ドリンクの準備をします。
出発が遅れ、お客様もお疲れなので、早くお食事をお出しし、早くお休みいただけるよう、離陸前にお食事のチョイス(=今月は、ラム・チキン・お魚からのチョイス)をお伺いし、離陸後のドリンク・サービスはスキップしてすぐにミール・サービスを開始することに。
離陸したのは結局午後11時過ぎ。 
飛行中も機長が度々客室を回り、乗客の質問に答えたりしてくれたお陰で、
最終的にカイロ到着は定刻よりも2時間遅れてしまいましたが、
お客様がお降りになる際には
「とても良いサービスでした!」
と皆様にこやかにおっしゃって下さり嬉しかったです。
 
カイロの空港、またまた綺麗になっていました。 改装工事がまだ進められているようです。 
20年前のエキゾチックな空港の面影は、もうどこにもありません・・・なんだかちょっと寂しいような気もします。
 
空港の外に出ると、真っ暗な空の中、モスクのスピーカーから祈りの声が流れていました。 これがものすごい大音響で・・・(笑)
「こんな遅いのに、まだ祈ってるの?!」
という同僚に
「こんな早くから、もう祈ってるの?!・・・でしょ!」
と笑う別の同僚。 時間は午前5時半です。
 
クルーバスの中で、
「明日、一緒にピラミッド見学に行く人には、学校で習った歴史を覆す、驚くべき真実を話してあげます・・・ウインク」
と機長のハンス。
エジプトに魅了され、プライベートでも何度も訪れているのだそう。
 
ピラミッドは何度行っても本当に素晴らしいのだけれど・・・
 
今回は、オランダに戻った日に、そのままアムステルダム日本語補習校へ行って
小学校1~2年生対象の読み聞かせ、小学校3年生の歌の伴奏のお手伝い、そしてその後、小学校3年生対象の読み聞かせ、放課後は先生方との面談・・・
という予定があったので、ホテルで大人しくしていようと思っていたのです。 が・・・
 
隣に座っていた、帰りの便の機長パウル(←カイロ便も、東京便やニューヨーク便同様に日によって使用機材が異なり、行きはボーイング777、帰りはボーイング747となっていたので、帰りの便=ボーイング747のコックピット・クルーがDeadHeading Crewで、目的から出発する便に乗務するクルーとして乗っていたのです)が
「misaeも一緒に行こうよ、行こうよ~!
・・・ハンス!misaeも一緒に行くって!」
 
クルーセンターで会った途端に
「misae!」
と呼びかけてきたパウル・・・今年41歳になる若いキャプテン。
札幌便で一緒だったと聞いてもなかなか思い出せなかったのですが、乗務が終わって家に帰ってきてから思い出しました。
11年前の札幌就航便に一緒に乗務した副操縦士のパウル!
オランダ人の同僚達にとっては初めての北海道・・・(私は母が北海道出身なので、子供の頃から何度も遊びに来ている懐かしい場所です)
皆を連れて札幌の街へ繰り出したり、支笏湖の温泉に行ったり、本当にそれはそれは楽しいステイだったことを思い出しました。
11年振りに再会したパウル、立派な機長になっていて、結婚して子供も二人、幸せそうでよかった!
(11年振りだったのに、顔も名前も覚えていてくれて感激(>_<。。。
・・・それに引き換え私はすっかり記憶喪失で、お恥ずかしい限りxxx)
 
という訳で、翌日(・・・といっても、ホテルに到着したのがもう"翌日"の午前6時過ぎでしたから、"後で"と言った方が正しいですがxxx)、
777機長のハンスをツアー・リーダーに、操縦士4人(=777のパイロット2人+747のパイロット2人)+CA3人で、ピラミッド見学に行くことになりました。
 
(つづく・・・)
 

フライト日記 (New York)

2008年10月
(JFK)
 
待ちに待った1ヶ月ぶりの乗務♪
行き先は、1年1ヶ月ぶりのニューヨークです。
 
今回は、私がフライトに出ている間に秋休みに入る子供達を(日本に少しでも長く滞在できるよう)元夫が先に日本に連れて行ってくれることになり、
乗務の為の荷造りの他、子供達の一時帰国用の荷造り、そして、(私もニューヨークから戻った同日に空港で着替えてそのまま日本へ向かえるように)自分の一時帰国用の荷造りもしなければならず、大忙しでした。
 
リポーティングは午前11時50分。
子供達の学校があるので朝はいつもどおり7時起床、シャワーを浴びて制服に着替え、子供達のお弁当を作り、
(中学に入ってからは自分で自転車通学している)ミハーリを見送って、
(小学校卒業まで親が送り迎えをしないといけない)マリアを学校へ送って(←制服姿で初めて自転車に乗りました・・・(^^ゞ)、
(乗務の後そのまま約1週間一時帰国する為)掃除・洗濯・洗い物などを済ませてから、
午前9時30分過ぎ(かなり早めでしたが)駅へ向かいました。
 
(急で細い階段だけでエレベーターのない)アパートに引っ越して以来、部屋が2階にあって荷物の持ち運びが大変なので、
乗務の時は、機内持ち込み用の小型スーツケースだけ持って出ていたのですが、
今回は、一時帰国用の荷物を空港内クルーセンターのロッカー室に置いておく為、会社のスーツケース(→クルーセンターの中のロッカー室なので、私用のバッグ等をこの中に入れて、置いておくことにしたのです)も持って出ました・・・荷物を1階に下ろすのに一苦労xxx早く、1階の部屋あるいはエレベーターのあるアパートに引っ越したいデス(T_T)
 
ユトレヒトからスキポール空港までは、30分に1本、Intercity(特急列車)が走っています。
ユトレヒトはオランダで4番目に大きい都市だというのに、1時間にたったの2本しか(!)国際空港行きの電車がないのです。
しかもこの電車が結構頻繁に遅れたりキャンセルになったりします・・・(;-_-;)

まぁ2年前まではこの直通特急列車でさえ走っていなかったので、それを思えば、マシと言えばマシかもしれませんが。
 
この日も、案の定、遅延の案内が・・・何かの故障で20分の遅れが出ているとのこと。
9時43分の電車に乗り遅れたところだと思っていたけれど、20分遅れなら乗れるかも・・・!
と喜んだのも束の間、結局この電車はキャンセルになり、次の10時13分発の電車が20分遅れで出発。
 
このユトレヒトからスキポール空港までの特急列車は、途中、(有名なサッカーチームAjaxのスタジアムがある)Arenaと(ワールド・トレード・センターがある)Amsterdam Zuidの2駅に停車して、本来なら所要時間約35分で到着するのですが・・・
 
最初の停車駅Arenaが近付き、ドア近くに集まって到着を待っている人々(←出発が既に20分も遅れていましたから、お仕事の方々は当然焦っていらっしゃいます)と、その奥に見えている車窓からの景色を眺めていると
(↑乗務の時は荷物が多いので、大抵ドア付近の補助椅子に座ります)
なんと! 
Arena駅のホームには入らず、その脇の線路を通ってそのまま通過・・・(O.O;) 
降りる予定だった人々と一緒に唖然としていると
「皆様にお知らせします。 路線変更(?)時に間違った線路に入ってしまい、Arena駅に停車できませんでした・・・(^^ゞ」
とのアナウンス。
・・・有り得ない・・・( ̄_ ̄|||)
 
電車は何事もなかったように、最寄のDuivendrecht駅(←ユトレヒトからスキポール空港へ直通特急列車が走っていなかった頃の乗り換え駅)に停車。 
Arena駅へはここからメトロ(←地上を走る"地下鉄")で行けるので、Arena下車予定だった方々は皆様ここで降りられました。
次の停車駅は、いつもならAmsterdam Zuid駅・・・・
ですが・・・車窓からの景色が全然違う・・・(^^;)
でも見覚えのある景色???
・・・と思っていると、見えてきたのはアムステルダム中央駅。
ホームには入りましたが停車はせずに通過。
(ホームに立っていた人々が、なんで停まらないの?と怪訝そうに見ていました(笑))
 
次はどこへ・・・? ちゃんと空港に到着するのだろうか・・・?
と不安になりながらも、リポーティングまではまだ時間があったので、他の乗客と一緒に
「なんだかまるで観光しているみたいね(笑)」
と、いつもとは異なる車窓の景色を楽しんでおりました(←暢気者)
 
空港に到着したのは、結局、ユトレヒトを出発してから1時間後の11時30分過ぎ。
リポーティングにはギリギリ間に合いました。
が、改めて
「少なくても2時間は余裕を持って電車に乗らないと危ないな・・・(^_^;) 」
と思いました。
 
クルーセンターでリポーティングを済ませた後、クルー用のロッカールームにスーツケースを置き、ブリーフィングへ。
ブリーフィング・ルームには既にニューヨーク便のオランダ人CA達が数人集まっていたので、握手をして名前を告げると、
(例の如く、私を日本等アジアをベースとするLocal Cabin Crewだと思ったのでしょう)皆、困惑した顔をしていたので、
「ニューヨーク便ではもう何か予定ある?」
とオランダ語で笑いかけると、皆ホッとした顔に(笑)
後から入ってくる同僚達も、(いつものことながら)私を見ると途端に不安そうな目に。
「ニューヨーク便よ♪」
とオランダ語で笑いかけると、
「びっくりした~東京便か大阪便なのかと思った~ε-(^。^;)ホッ」
 
ブリーフィングでは、パーサーが、
「みんな知ってる通り、アメリカ路線ではキャビンのセキュリティー・チェックが他の路線より厳しくなっています。 しっかりチェックして下さいネ。 
それからボーディングの時のお客様の様子も、十分にチェックして下さい。 
飛行中に問題を起こす乗客が出た時、必ずと言っていい程、ボーディングの時おかしいな/変だなと思った・・・という意見が複数の乗務員から出ます。 乗務員としての直感を信じて、そういう乗客は、離陸前に降機させるように心がけて下さい。」
 
このパーサーの話を聞いて思い出したのが、2年前に遭遇した(恐怖の?(笑))ダイパー・マザー(→詳しくはhttp://fromholland-withlove.spaces.live.com/blog/cns!945B0BC82EE67D38!1395.entry)。
あの時、確かにボーディングの時に「何か変だな」と感じたけれど、最後の最後に乗っていらっしゃったので私も(あぁ、お客様、間に合ってよかった・・・!)という気持ちもあって、つい、"危険信号"を見逃してしまったんだと思います。 これからは気を付けなければ。
 
ブリーフィングの最後に、
「ニューヨークに2泊するのは・・・Carolineとmisaeの二人ね。」
とパーサーが言って初めて、他の同僚達は1泊しかしないことが判明。
 
日本路線もそうなのですが、異なる機種が就航している場合に、時々、Eenbander(=制服に白線が1本付いているCA=エコノミークラスを担当)だけ1~2人、長く滞在することがあります。
東京路線なら、行きはボーイング747-400のCombi(=機体の後部が貨物室になっている飛行機)(機体全体が客室になっている飛行機はAll PAXと呼ばれています)で帰りがボーイング777-200だと、CAの数が10名(747Combi)と8名(777-200)で2名分異なり、オランダ人CA2名が次の747Combiが来るまで1~2泊長く滞在して、1~2日後に777-200で到着して747-400でオランダに戻るクルーにジョインします。
 
今回のニューヨーク便の場合、行きは777-300(CAの数は10名)で帰りが777-200(CAの数は8名)。 それで2名だけ、次の777-300が来る翌々日まで皆よりも1泊長く滞在する訳です。
上にも書きましたが、通常はロング・ステイはEenbander用のスケジュールなのですが、なぜか今回は、Tweebandaer(=制服に白線が2本付いているCA=ビジネスクラスを担当)である私がアサインされていました。 
どうせなら東京便や大阪便のロング・ステイを付けてくれたら嬉しいのですが・・・♡
(↑こちらもやはりEenbander用のスケジュールなので、Tweebanderの私は、自分からはリクエストはできないことになっていますxxx)
 
1泊しかしないのに娘を連れて行くという同僚がいて、それは気の毒・・・と思い、スケジュールの交換を試みたのですが、お互いの次のスケジュールとの兼ね合いから、交換できませんでした。
 
ブリーフィングが終わって、ゲートへ。
機内ではアメリカ路線特別の厳重なセキュリティー・チェックが行われていました。
このセキュリティー・チェックが終わって、係官からの許可が出ないと、私たち乗務員も中に入ることができません。
30分くらい待たされてようやく搭乗。 今度は私達乗務員によるセキュリティー・チェックが行われます。
全てのコンテイナーやトローリーの、中だけでなく、上部や側面、そして底の部分は特別な鏡を使って(ひらめき)、不振な物が紛れて込んでいないかチェックします。
正直、ものすごく大変です(^^;)・・・が、安全な飛行の為、気を抜かずにしっかりやります♪
 
機種は、ボーイング777ー300型機。
総乗客数425名・・・ボーイング747-400型機(総乗客数428名)とほぼ同数の乗客を乗せる超大型機です。
777-300型機はまだ2機しか所有がないので、日本路線には使用されていませんが、通路が狭いと不評の機種・・・(^-^;
 
担当はエコノミークラス。
 
300型機には初めて乗務しましたが、確かに通路が狭いxxx
体格の良いオランダ人の同僚達は歩く度に体の側面が座席にぶるかるらしく、200型機との通路幅の違いを痛感しているようでした。
私は、通路に何もない時に歩いた時はそんなには200型機との違いを感じなかったのですが、サービスが始まってトローリーが出ると、違いがはっきり。 200型機では、トローリーの脇を通り抜けることができたのですが、300型機では全然無理でした。 つまり、トローリーの幅とほぼ同幅の通路なのです。 
飲み物や食事のサービスでトローリーを出す時は、お客様の腕や足にぶつからないように歩くのが(=少しでも腕や足や頭が座席からはみ出ているとぶつかってしまうので)大変で、サービスに余計に時間がかかりました・・・(^^;)
 
あとは、北米路線は久し振りだったのですっかり忘れていたのですが、この路線では、皆様お飲み物を一人3~4こずつ注文されるので、これまた非常に時間がかかりました(笑)
例えば・・・ジントニック+水+スプライトとか、赤ワイン+水+コーラ+オレンジジュースとか・・・(^^ゞ
(3人席だと12種類の飲み物を暗記しなければならなかったりして)記憶力の良い訓練になりました(笑) 
 
飛行時間は7時間15分。
マンハッタンのクルーホテルに到着したのは、現地時間の午後5時くらいだったでしょうか(←忘れた・・・(^^;))
オランダとの時差はマイナス6時間。 日本とオランダの時差は7時間なので、日本とニューヨークの時差はマイナス13時間。
(夏時間とか冬時間とか、いちいち時間を変えるのが面倒なので)私の腕時計は常に日本時間・・・時差が13時間というのは結局1時間差なので、計算し易くて楽でした(*^-^*)
 
ホテル到着後、同僚達のほとんどは、勇んでショッピングへ・・・クルードリンクに参加したのは、操縦士6名(→コックピット・クルーは、私達キャビン・クルーとはまた全然違うスケジュールで、行きの便に乗務していた3人は、翌日の夜の便でオランダに戻り、私と一緒に到着したキャビン・クルーと一緒に翌日の午後の便でオランダに戻る操縦士3人は、Dead Head Crewとして私達の便に乗って来ていたのです→それで6名)とパーサーと私の8名だけでした。
ペニンシュラホテルの屋上にあるテラスSalon de Ning(ホテルのサイトの最初の画面にテラスの画像が映ります)でワインを頂きました。 
夜景がそれはそれは美しく、ソーヴィニヨン・ブラン (Sauvignon Blanc)もと~っても美味しかったのですが・・・1グラス20ドル・・・そう頻繁には来られません・・・(^^ゞ
 
現地時間の午前0時にベッドに入ったのに、午前5時に目が覚めてしまい、「いつも午前7時から朝食を食べる」と機長のArjenが話していたことを思い出して、朝食にお供することに。
夜が明けたばかりのニューヨークの街を歩くこと約20分。 
Grand Central Terminal駅の向かいにあるカフェがArjenの行き付けの"朝食用レストラン"だそうで、
いかにもアメリカン・ブレックファーストというメニューが揃っていて、お腹いっぱい食べることができました。
 
朝食後、ニューヨークに詳しいArjen(←この街がなぜかとても好きで、フライト・リクエストをして頻繁に来ているのだそうデス)に案内してもらって、Grand Central Terminalの中を見学し、Rockefeller center (←ここの屋上Top of the Rockがお勧めだと言っていました)の広場前を通り、Trump Tower (←ここのカフェもお勧めだと言っていました)前を通って、Apple Storeに寄って(彼の買い物に付き合い)、Times Sqare 経由でホテルに戻りました。
 
Arjenは、その後もう少し買い物をすると言っていましたが、買い物にはあまり興味のない私は、カーネギーホールで何かコンサートはないかコンシエルジュで聞いてみることにしたのですが・・・
残念ながら、コンサートは翌日の夜・・・乗務があるので行かれません(T_T)
 
そこで思い立ったのが、美容院。 
美術館は既に何度か行ったことがあるし、ミュージカルはできれば誰かと一緒に行きたいし、美容院は翌週日本で行こうと思っていたのだけれど、子供達を長らく待たせないといけないし 困った
(ちなみに、もう一人ロング・ステイだったCarolineは、ニューヨークは初めてだったので、一人で自由の女神を見に行ったりetc.観光に出ていました)
・・・という訳で、コンシエルジジュに聞いてみると、すぐ近くに韓国人のヘア・サロンがあるとのこと。
そう言われてみれば、クルーホテルの界隈はどうやら韓国街(?)らしく、ホテルに面した通りには、韓国語の看板が付いたビルが立ち並んでいます。
「日本人の髪質をよくわかっていない外国人に切らせると、大変な目に遭う」
と聞いていたので、今まで外国で美容院に行ったことはなかったのですが、韓国人ならきっと大丈夫(?)
 
ホテルから歩いて1分弱、ちょっと寂れたビルの、わかりにくい入り口から階段を上がった2階がそのヘア・サロン。
日本とそれほど変わらない、明るい感じのサロン。
スタッフも客もみんな韓国人(掃除婦だけヒスパニア系アメリカ人)だったので、私も当然韓国人だと思われ
「여보세요!」(・・・と多分言ってた?)
ニコやかに英語で
「滞在ホテルの紹介で伺いました」
と答えると、スタッフ同士何か話した後、手前の椅子に案内され、日本語(!)のヘア・カタログを渡されました。
お願いしたのは、カットと白髪染め(・・・(^^ゞ)。
髪の色もカットも、担当者に任せました。 
カットは
『ヴィクトリア・ベッカム風』
にした、とおっしゃってましたが、どうでしょう・・・?
伸ばしていた前髪も切ってもらったら
「おぉぉ~!!! お客さん、す~っごく若く見えます!!!」
と担当者に真剣に驚かれてしまい、嬉しかったです(笑)
 
締めて140ドル(=白髪染め90ドル+カット50ドル)でした。
サロン内のどこにも料金表が提示されていなかったので、正規の料金なのか、"日本人観光客料金"なのか、わかりませんが。
アローワンス(=ステイ先での食費等)はこれで全て使い切ってしまいました・・・(^-^; 
 
ホテルに戻ると、昨日一緒に到着した同僚達が丁度空港へ出発するところでした。
『ヴィクトリア・ベッカム風』
のヘアースタイル、大好評でした指でOK
 
その約1時間後に、翌日私がジョインする予定のクルーが到着。 
誰か食事に出る人がいたら一緒に・・・と思っていたのですが、結局機長のTonco一人。(他は皆ショッピングへ・・・)
 
Toncoと二人、ホテルのベルボーイに勧められたLa Quinta Innというホテルの最上階のテラスへ。
イタリアに住んでいるTonco、着ている服が(他のオランダ人の同僚達と全然違って?)非常にオシャレ・・・さすがイタリアン・ファッションぴかぴか(新しい)
でも・・・そのテラスは、色使いがカラフルで、かなりカジュアルな感じのカフェ・バーだったので、ちょっと浮いていましたがxxx
そこで1杯飲んでから(←二人だけでも一応クルードリンク(笑))、クルーホテルの近所の韓国料理屋で夕食をいただきました。
そこでも(予想通り)普通に韓国語で話しかけられました。 英語で答えても韓国語が返ってくるので、食事のオーダー等は全部Toncoにお願いしました。
美味しかったです♪
 
現地時間21時くらいにホテルに戻ったのですが、時差のせいか(←オランダ時間ではまだ午後3時だったので)全然眠くならず、TVを3時間ほど見て就寝。
翌日も結局朝5時に目が覚め、
(↑携帯電話に番号非通知の無言電話が入って・・・ 泣き顔)
(↑万が一、家族に何かあった時にいつでも連絡が取れるように、携帯電話の電源はなるべく切らないようにしているのです)
(→お電話下さる時は、乗務のスケジュールを確認の上、時差を考慮してお電話いただけると助かります・・・m(_ _)m)
朝焼けを眺めながら街に出て、朝食後は、(デザインを見てみたくて)ジュエリーショップを見て周りました。
 
ブロードウェイを歩いている時に、(恐らく別の街から来たっぽい)アメリカ人女性に
「ここは5thアヴェニューよね?」
と聞かれ、
「いいえ、この通りはブロードウェイですよ。 5thアヴェニューはもう1本向こうの通りです。」
とスラスラ答えている自分にちょっと感動ぴかぴか(新しい)
(前日に街を案内してくれたArjenのお陰です・・・感謝!) 
ニューヨークで現地の人間だと思われた(・・・から、道を聞かれたと思うので)のも、密かに感激ぴかぴか(新しい)
(オランダでもよくオランダ人から道を聞かれるのですが、オランダで現地の人間だと思われると・・・そんなに変な格好してる???と不安になるものであせあせ)
それがニューヨークだと何故にこんなに嬉しいのか・・・道を聞かれただけで喜んでる自分がまた可笑しかったデスウッシッシ
 
帰りの便もほぼ満席。
飛行時間は6時間20分。
サービスの合間に、時間がある時は、同僚達にマッサージ(主に肩と首)(時々腕や手も)をしてあげるのですが、
ファミリー・ロウ(=小さな赤ちゃん用ゆりかごバシネットを取り付けられる座席の列)の赤ちゃんが時々大泣きしてご両親が大変そうだったので、
試しに赤ちゃんのお腹を両手で優しくさすってマッサージしてみたら、これが効果的面で、すぐに泣き止んで、そのうち眠ってしまい、ビックリ。
これは今後も使えるかもしれません。
 
アムステルダムには、(定刻よりも1時間15分も早い)午前6時30分に到着。
午後15時20分発の東京便まで空港で時間を潰さなければならなかったので、こんなに早く着いてしまってショック・・・
でしたが、クルーセンターでのんびりシャワーを浴び、ゆっくり着替え、スキポール・プラザ(=スキポール空港の中のショッピング・アーケード)を端から端まで見て歩いたり・・・と、普段しないことができてよかったです。
 
次のフライトはカイロ便。
今日、これから行ってきます! 飛行機
 

クリスマス・イルミネーション

昨日無事、子供達と一緒に日本から戻って来ました 飛行機
今回は、ニューヨークへの乗務の後そのまま日本へ向かい、出発前が諸々の準備で慌しく、一部の友人にだけしか帰国予告できないまま帰った為、デートのお誘い(?)もなく、ほぼ毎日実家でのんびり過ごしました。 
ニューヨークを出た土曜日から日本に到着した月曜日まで、3日間で3時間しか寝られず体力も大分落ちていたので、今回は予定が少なくて丁度良かったのかもしれません。
オランダに戻る前日には、上野の東京文化会館のスタインウェイでドビュッシーの『月の光』を演奏してきました。 


(↑ 一番最後に、今まで一度も間違えたない場所で、大間違いをしちゃいましたが、本当に気持ち良く演奏できました・・・.:♪*:・'(*⌒―⌒*))))
オランダに戻って驚いたのは、街中の通りが早くもクリスマス・イルミネーションで飾られていたこと。
ちょっと気が早い気もしましたが(笑)
ヨーロッパではクリスマスは一年のうちの最大イベントクリスマス
これで人々もクリスマスを一層楽しみに、毎日わくわくしながら過ごすことができるのでしょうネぴかぴか(新しい)
そういえば、日本ではハロウィーンの飾り付けがされていましたが、
(↑一体いつからハロウィーンの飾り付けをするようになったのでしょう・・・? 私が日本に住んでいた頃=15年前にはまだなかったはず・・・)
本来日本の行事ではないハロウィーン・・・
やっぱりなんだかとっても不自然で、
もっと”日本の秋もみじ“らしい飾り付けをしたらいいのに・・・
と、つくづく残念に思いました。
今日から3日間休んで(・・・と言っても、子供達の学校や習い事、日本語のレッスンetc.がありますが)、木曜日からまた乗務に出ます。
その前に、ニューヨーク便のフライト日記をアップできるように頑張ります♪

ロッテルダムの動物園

 
今週末は、子供達の日本語補習校が休校だったので、
元夫に誘われて、元家族4人(笑)で動物園に行ってきました。
 
ロッテルダムにある Blijdorp (直訳すると Happy Village =幸せ村) という動物園。
この動物園は、昨年5月、体重約110kgのオスのゴリラBokitoが檻から脱走し女性客の一人に噛み付いたという事件で有名(?)になった動物園です。
この事件以来Bokitoもすっかり有名になり、検索したらWikipedia(英語)にも載っていました→http://en.wikipedia.org/wiki/Bokito_(gorilla)
(これを読むと、どうしてこの女性客が襲われたのか分かります・・・)
 
ユトレヒトを出る時は、どしゃぶりの雨だったのですが、
ロッテルダムに到着する頃には雨もやんで時々日も差すくらいのお天気に。。。(*^-^*)
(でも気温は7度・・・寒かったxxx)
 
入り口近くにあった水族館からスタート。
スズキ、ヒラメ、カレイ、タコetc. (オランダが面している海→)北海で獲れる魚を見ては
「オイシー!」(←本当は「美味しそうだね!」と言いたい)
と笑う元夫。
そう言われてみると(=そういう目で見始めると)確かに美味しそうな魚でいっぱいでした(笑)
フグや海藻類の水槽のそばに、
「日本ではこれらが食されている(←彼らにとっては驚き!(O.O;)なんでしょうね・・・笑)」
という説明文があって面白かったです。
 
水族館の後は、動物の生息地別に配分された園内をくまなく見学。
子連れの動物も多く、可愛かったです♡
 
衝撃的だったのは、Otter (=ユーラシアカワウソ)・・・
何か食べてるなぁ~と思ったら、ドブネズミ・・・( ̄□ ̄;)!!
前足でネズミの体を押さえてがぶりと噛み付き、上にグィーっと引っ張って、時折骨が砕ける音を響かせながら、喰いちぎっては食べ、喰いちぎっては食べ・・・
とっても愛らしい見た目とは対照的に、非常にホラーな光景でした・・・げっそり
あまりの衝撃に、つい、食べ終わるまでじっくり観察して(写真もしっかり撮って)しまいました・・・(^^ゞ
(↑そういう画像が苦手な方は、フォトアルバムをご覧になる際、カワウソの写真は飛ばしてご覧下さい・・・ゴリラの親子の写真の後の、元夫とマリアの写真の次から8枚=46~53枚目が"お食事中"のカワウソの写真です)
 
子供達が
「あー! ○○だ♪」
とオランダ語で動物の名前を言う度に
「それは日本語では△△っていうんだよ~♪」
と訳すのが(時々日本語名が思い出せなくて)大変でしたが、カワウソとかバクとか、よく思い出せたな~と自分でも感心したりもしました(笑)
 
本当に楽しい一日でした!
 
「家族で行楽地に出かけるのは好きじゃない」
といつも言っていた元夫。
実際、4人で行楽地に出かけたのは多分これが初めてです。
以前だったら絶対に"怒り爆発爆弾"だった場面でも全く(!)怒ることなく、一日ずっと機嫌も良くて・・・
離婚して以来、別人のように穏やかになった元夫を見ていて、映画『ジャック・サマースビー』を思い出す今日この頃です。
______________________________
 
丸々一ヶ月あったフライト・リーブがもうすぐ終わります。
休暇でもないのに一ヶ月間も乗務に出ないと、本当に変な感じです。
 
久し振りの乗務はニューヨーク便。 珍しく2泊あるのでゆっくりできます♪
 
そしてその翌週(10月11~19日)は秋休みもみじ
私がニューヨークに発った翌日、子供達は(元夫が連れて)先に日本に向かいます。 私はニューヨークから戻った当日(空港で着替えて)そのまま日本へ・・・
楽しみです!(*^-^*)
賃貸のアパートで暮らすようになってからは貯金はほとんどできない状態ではありますが、子供達の学校がお休みの時には一時帰国できるよう、正直、今はただそれだけの為に頑張って貯金していますぴかぴか(新しい)手(グー)ぴかぴか(新しい)
 

『将来の夢』 オランダの小学校の課外授業にて

 
先日、マリアの学年(Groep 6=小学校4年生)2クラス合同の課外授業の引率のお手伝いをしてきました。

場所は、学校から歩いて5分くらいの所にある小さな劇場。

担任の先生二人が子供達の列の前後に付き、私は列の中程をガードして子供達が列を乱さないように注意し、道路を渡る時は車や自転車(←オランダでは、道路の横に自転車専用道があって、自転車もガンガン飛ばして走っているので結構危ないのデスげっそり)を止める(←ちょっと"緑のおばさん"クローバーのよう?)・・・という役目。

劇場に到着すると、学校で予め一人一人作ってあった"パスポート"を提示しながら中へ・・・
パスポートの表紙には、氏名・年齢・学校名などを記入する欄があり、写真を貼り付ける場所にはそれぞれ自分の似顔絵が描かれてあって、中には『将来の夢』が書けるようになっていました。

チェックイン・カウンターでパスポートを見せ、ダンボール箱で作られた小さなスーツケースが受け取ります。
それを持って、まずは『夢を叶える為のワークショップ』へ・・・

ワークショップでは、最初に、各自が、自分の『夢』と、『夢の実現に必要だと思うもの』を、絵に描きます。

次に、『夢を実現する為に必要な"資質"は何か』を各自考え、ビニール袋の上にそれをマジックで書き、その"資質"を表していると思う物質を(綿、小石、貝殻など100種類!から)選んでビニール袋に入れます。 (例えば・・・"優しさ"が必要な仕事が夢の子供は、柔らかい綿や優しい色合いの布切れなどをビニール袋に入れていました。)

最後に、『夢を実現させる為のお守り』を、鳥の羽やビーズなどで自由に作って、オシマイ♪
(作ったものは全て、最初にもらったダンボールの小型スーツケースに入れて、各自持って帰れるようになっていました)

 
ちなみに、マリアのスーツケースの中を見てみると・・・
 *絵=ベッドの絵(・・・何故(^^???)
 *ビニール袋の中身=ビーズ
                (↑色はピンク、黄色、黄緑、オレンジ、青)、
                 ビー玉
                (↑色は赤、青、淡い緑、透明に黄色の模様)、
                 半透明な石
                (↑ガラスが波で洗われた丸くなったもの?)、
                                 綿
                 (↑直径3cmくらいの丸い綿の塊)
 *ビニール袋にマジックで書かれている"夢の実現に必要な資質"
               =明るさ、幸運、冒険、情緒の4つ
・・・でした。

その後、(場所が劇場ですからウッシッシ)劇を見ました。
世界で初めてニューヨークからパリまで無着陸で飛行したチャールズ・リンドバーグの物語でした。
「実際に夢を叶えた人がいるんだヨ!」というお話。
男性3人による劇で、(飛行機のプロペラの音や雨の音など)効果音も全てライブ演奏(?) 面白かったです指でOK

小さいうちから自分の将来のことを考えるのって、子供にとってものすごく大事なことだと思うので、本当に素晴らしい課外授業だったなぁぴかぴか(新しい)と思いました。

数年前、ミハーリのお友達のお父さんに、彼が教師として勤めている小学校に招かれて、6年生(=groep 8)を対象に、乗務の仕事の話をしたことがあります。
その小学校では、いろいろな職業の人を招いて、6年生の子供達にそれぞれ仕事の話をしてもらい、子供達の疑問に答えてもらって、子供達が「自分は将来どんな仕事をしたいのか」を考えるきっかけを作るようにしている・・・とのことでした。

日本ではどうなんでしょう・・・?
小さい頃から受験勉強におわれ、「良い学校へ行く」ことが夢になってしまっている子供が多いのでは・・・??

日本は、入試があまりにも大変なので、
入学=ゴールぴかぴか(新しい) という人(・・・ばかりではないと思いますが)、
「良い学校へ行く」ことが夢・・・将来自分が何をしたいのかわからない・・・という人が多いのでは・・・

習い事も・・・
日本だったら、女の子ならピアノ(?)、男の子ならサッカー(?)・・・というように、子供に才能があろうがなかろうが、(他の子供達もみんな習ってるから)とりあえずこれを習わせておかないとあせあせ(飛び散る汗)
・・・みたいなのがありませんか?

オランダに来て、
「日本と違う・・・?」
と思ったことの一つが、
「趣味でピアノを続けている人が非常に少ない・・・?」
ということ。
連弾をしたくとも、オランダ人のパートナーを見つけようとすると、
初心者か音大生・音大卒のどちらか・・・私のような中間レベルがあまりいないといいますか・・・

「子供のうちから自分の将来を考えること」に対する真剣度が、オランダはとても高いのかもしれないなぁ・・・と、改めて思いました。