フライト日記 (Tehran)

2008年6月
(IKA)
 
オランダベースになって2度目のテヘラン便。
 
湾岸戦争勃発前は、エアバス310でイスタンブールからの往復乗務だった(=ステイはなかった)テヘラン。
戦争中はもちろん、湾岸戦争後も確かしばらくの間は飛んでいなかったんじゃないかしら・・・よく覚えていないのですが・・・私が始めてテヘランに乗務したのは、テヘランに再就航して間もなく・・・だった気がします。
 
前回の機種はボーイング767。 今回はMD-11。 
担当はエコノミークラスです。 
車椅子のお客様がなんと30人以上!いらっしゃるとのこと・・・(驚)
そんな訳で、ボーディングは(アフリカ路線に匹敵するくらい)非常~~にゆ~~っくり・・・
 
イラン人のお客様の多くはアメリカからのお乗り継ぎで、若い世代の方は英語を全く問題なくお話になっていました。
同じアメリカからのお乗り継ぎでも、高齢の方は英語はお話にならず、ペルシア語Only・・・全然話が通じないのですが、イランの人々は皆様本当にとってもにこやかで、話は通じなくとも和やかに応対することができました。
どの国の人でも、こちらが微笑みかければ微笑み返して下さいますが、このイランの人々の笑顔は格別でした・・・
フライトの間ずっと"笑顔合戦"状態(笑)
 
テヘラン到着間際になると、女性客の着替えが始まります。
手荷物からヒジャーブ(髪を隠す為のスカーフ)とアバーヤ(身体の線を隠す為のコート)を取り出し、身に着けます。
アムステルダムでお乗りになった時と、テヘランでお降りになる時とで、外見が全く違う・・・!
 
そう言う私達も(←女性乗務員だけ)、お客様がお降りになった後、地上職員が機内に運んできたヒジャーブを頭に巻き、アバーヤを羽織ります。


(これがクルー用のヒジャーブとアバーヤ)

前回は、ヒジャーブだけで構わなかった(→しかも自前のスカーフでもよかった)のが、2007年4月30日から(?)イランで進められている厳しい服装規制が外国人や観光客にも求められるようになったそうで、今回はアバーヤも羽織らなければならなくなっていました。
飛行機を降りる前に、乗務員がこうして"イスラム衣装(?)"に変装しなければならないのは、恐らくテヘランだけです・・・他のイスラム教国圏のフライト先では、外国人はその服装規制に従わなくてもよいことになっているか、あるいは、ユニフォームの時はそのままで構わず、私服でホテルの外に出る時だけヒジャーブ&アバーヤを着用(→クルー用のヒジャーブ&アバーヤが、クルーホテル内のクルールームに用意されています)という国がほとんどだと思います。
 

全員が着替え終わると、まるで別の"航空会社のクルー"のようで面白かったデス。

(機内で写真写真が撮れたらよかったのですが、残念ながら、空港内は撮影禁止(T_T))
 
前回到着した空港は、THR=メヘラーバード国際空港。
今回は、IKA=エマーム・ホメイニー国際空港。
 気温は24度くらいだったかと思いますが、制服の上からコートを羽織、頭には(ポリエステル製の)スカーフを巻いていたので、飛行機を降りてから空港の外に出るまでにすっかり汗だくに・・・(^_^;)
 
クルーホテルまでクルーバスで約1時間・・・移動時間が長い時は、いつもならバスの中でビールやワインを飲みながらクルーホテルに向うのですが、イランはアルコール厳禁の国・・・ε-(-_-;)
 
クルーホテル到着後、5階のクルー専用フロアーへ。 
前回と同じクルーホテルでした。 前回は4階が滞在フロアだったのですが、今回4階にはAFのクルーが滞在していました。
クルー専用フロアでは、ヒジャーブ&アバーヤは不要。 
クルーのチェックイン、チェックアウトもこのフロアーの一室で行われます。
 
到着が早かったのか、出発クルーがまだいて、部屋の準備が整っていないとのことだったので、制服のままクルールームへ。
「あーっ! ヴィビとピアノ弾いた人!」
と出発クルーの目がが一斉に私へ??? 
滞在中、クルールームで会社のパーティー(詳しくは→http://fromholland-withlove.spaces.live.com/blog/cns!945B0BC82EE67D38!2748.entry)のDVDを皆で見たのだそうです。
(私が出ている部分だけ、ここでご紹介できたらいいのですが、やり方がわからなくて・・・(^^ゞ)
 
全員分の部屋の準備が整う頃には空が白み始めていました。 
真っ暗でわからなかったのですが、正面に高い山が! 美しい朝焼けを楽しんでからやっと部屋に。


(クルールームからの眺め)

翌朝(・・・と言っても就寝したのが明け方でしたので、5~6時間後)はクルールームで朝食。 ホテルのレストランでも朝食はいただけるのですが、またヒジャーブ&アバーヤを着けないといけないので面倒くさくて誰もレストランには下りませんxxx
質素でしたが、美味しい朝食を、同僚達と楽しくいただきました。 ・・・なんだかまるで合宿のよう?


(テーブルに朝食が用意されたクルールーム)

この週、イランは祝日(ファーテメ・ザフラー殉教追悼記念日=預言者ムハンマドの娘、初代エマーム・アリーの妻、第2代ハサン、第3代ホセインの母の命日)で、宮殿も博物館も全て閉まっているとのこと。 
観光を希望していた同僚達も諦めて、結局朝食後もそのままクルールームでおしゃべりし、昼食(←朝食と同じメニューxxx)を取りました。
私は前回既に宮殿や博物館には行ったので(+引越しの疲れを癒す為)、今回はホテルでのんびりするつもりで、本(→フランク=東京便での機長からいただいた『白馬の王子の見つけ方』という、精神科医が書いた本・・・オランダ語の本ですが、なかなか興味深いです)と、ユトレヒト音楽図書館で借りてきた楽譜(→リストの『3つの演奏会用練習曲』 第2番"軽やかさ"という曲・・・ヴィビが前回のサロン・コンサートで弾いた曲で、「是非弾いてみて!」と言ってもらえたのでトライしてみようかと・・・)、それから、日本のテレビドラマ(『のだめカンタービレ』や『鹿男あをによし』、『ロス・タイム・ライフ』)が入ったiPodを持って来ていましたので、朝食後はのんびり本を読んだり、譜読みしたり、ドラマを見たりしていました。
 
(リスト『3つの演奏会用練習曲』 第2番"軽やかさ")
(Etude de Concert no.2 "La Leggierezza")
      
(アルフレッド・コルトーによる演奏の動画を見つけたのでご紹介します)
(再生する前に、ブログのBGM=WMPの音楽を停止させて下さいネ♪)
 
夕食くらいは何か別のものを食べたいけれど、祝日でレストランも閉まってしまっているのでは・・・(;-_-;)
と心配しましたが、調べてみましたらレストランは開いているとのこと・・・
ε-(^。^;)ホッ
「レストランの中ではヒジャーブもアバーヤも外して良い」というレストランを予約し、再びヒジャーブ&アバーヤを着用して(→暑い・・・)、ホテルのバスで街へ。
道中目についたのは、オートバイの3人、4人乗り。 夫婦で子供を間に挟んで乗っている(→運転するお父さんと、最後部に座るお母さんとの間に、小さな子供が1~2人座っている)のです・・・( ̄□ ̄|||) 
誰もヘルメットをしておらず、見ていて本当に怖かったデス・・・。
 
レストランは壁で囲まれていて、外からは見られないように作られていました。
中に入ってすぐヒジャーブ&アバーヤを預け、身軽で涼しい格好でお食事。
アルメニア料理のお店でしたが、ケバブ以外は欧米と同じようなメニューでした。
飲み物を注文する時に、男性クルーが口々に
「ビール!」
とか
「ワイン!」
と冗談を言っていたのがおかしかったです。
 
ノン・アルコールのビールを注文したペーターが
「misaeはビール頼まないの?」
と聞いてきました。
「・・・どうして私にだけ聞くの??」
「前に一緒にアルーバ(←カリブ海のオランダ領の島)にフライトした時のこと覚えてる?
バーで、メニューにあったカクテル、上から順番に全部頼んで・・・(笑)」
・・・メニューにあったカクテルを上から順に全部頼んだのって、ミネアポリスでだけだと思っていたのに、他の場所でもやっていたとは・・・(恥)
 
ホテルに戻ってからは、クルールームでDVD鑑賞。
を見ました。 
日本語の部分だけオランダ語の字幕が出なかったので、その部分だけ同時通訳したり、舞台が東京でしたから、いろいろと事情を説明しながら見ました。
私の目には「これってちょっと違うのでは???」と写ったシーンもいくつかありましたが、それが"外国人の目に映る日本"なのかもしれませんxxx
 
映画を見ながら、持参したおつまみ類を出し合ったり(→クルールームには甘いケーキ類しかない、という事情をわかっていた同僚達が、いろいろ持って来てくれていました)
「何か飲む?」
とお互い気遣いあったり、まるで誰かの家で映画を見ているようでした。
「何か飲む?」
と聞かれると必ず誰か一人は
「じゃあ・・・よく冷えたビールを!」
・・・だからアルコールはありませんって!
 
この二日間で、一体何杯コーヒー・紅茶を飲んだでしょう・・・
フライト先でお酒を全く飲まない、というのもなんだか不思議でした(笑)
 
翌日もほぼ同じスケジュール。
夕食は、ホテル内のタイ料理レストランからクルールームにルームサービスをお願いしました。
美味しかったです♪
 
食後はまたDVD鑑賞。
を見ました。 またまた日本が舞台の映画です。
この映画もやっぱり日本語の部分だけオランダ語の字幕が出なかったので、その部分だけ同時通訳をしたり、同僚達からの質問(→ex.「"えくぼ"って何?」etc.)に答えながら見ました。
最後のシーンでは皆うるうるきてました。 女性だけかと思ったら、男性のパーサーも目を赤くしていました。
 
Callingが午前3時15分(→ホテル出発は1時間後の午前4時15分、テヘラン離陸予定時間は午前6時30分)だったので、午後9時30分頃から仮眠を取りました。
午前2時45分に目覚ましをかけていたのですが、午前2時前にすっきり目が覚めてしまいました。
丁度4時間半眠ったことになるので、睡眠のサイクル(=90分)としてはいいのかな?
ちなみにイランとオランダとの時差は、プラス2時間30分(→だからイランと日本では、マイナス4時間30分)。 ちょっと計算し辛い(^^;)
 
支度をして、早めにチェックアウト。
(早く部屋を空ければ、早く清掃に入ることができて、到着クルーの部屋の準備も時間通りに整うかしら・・・と思って)
クルールームでコーヒーを飲んで待っていると、同僚達が続々と集まって来ました。
到着クルーが到着しないうちに、出発の時間に・・・ディレイしているのでしょうか・・・?
それでも私達は予定通り出発。 
ヒジャーブ&アバーヤを身に着け、クルーホテルを後にしました。


(出発前に・クルールームで)

東の空に上って間もない木星星を眺めながら、空港へ。

帰りの便も車椅子のお客様が20名ほどいらっしゃって、ボーディングに時間がかかりました。
出発予定時間になってもなかなか飛行機がゲートを離れないので、どうしたのかと思ったら、
「荷物の搭載に時間がかかっている」
との機長からのアナウンスが入りました・・・イランの方々、とってものんびりしていらっしゃいます・・・(^_^;)

早朝の便でしたので、離陸後いきなり朝食のサービス。
お客様も早くから起きられてお疲れだったので、朝食のサービスの後はほとんど皆様お休みになっていらっしゃいました。
到着前のサービスまで約1時間、同僚達みんなに指圧マッサージを。
今年の夏休みは、一時帰国中に霊気セミナーを受ける予定なので、サービスの合間に同僚達にいろいろしてあげられたらいいなぁ・・・と思っています。
 
アムステルダム到着は定刻より早かったのですが、車椅子のお客様が多かった為、皆様お降りになるまでものすごく時間がかかりました。
イラン人のお客様、相変わらずにこやかで、
「ありがとう! 最高のサービスでしたよ!」
と、皆様満面の笑顔でおっしゃって下さる・・・"笑顔合戦"負けたかもxxx
 
次回もテヘラン便・・・飛行機
次回は私も、クルールーム用に、おつまみ類をいろいろ持って行こうと思います♪
 

フライト日記 (Tokyo)

2008年5月
(NRT)
 

先月、ソウル便に乗務した翌々日から(『チューリップ休み』という、学校のお休み中だった)子供達と約1週間一時帰国し、
オランダに戻ってから約1週間(私達と同じ便でオランダに遊びに来てくれた)中学高校時代の友人2人のツアーガイドをした後、
その友人達をお客様として迎えての東京便乗務。
 
空港到着後、まずはクルー・センターでリポーティングを済ませ、私のスーツケースを預けてから、
友人達とレオニダス・チョコレートを買いにスキポール・プラザ(←空港ビル内のショッピング・センター) へ。
ここではIDを見せると10%割引していただけるのです♪
チョコレートをどっさり(←100ユーロ分!!・・・友人がデスよ)買い込んだ後、チェック・イン・カウンターへ。 
そこに、(オランダにベースを移して間もない頃=15年前に一緒に乗務し、昨年久し振りに再会した)機長のフランクが、わざわざ挨拶に来てくれました。
偶然にも彼も同じ東京便乗務だったのです。
 
友人達を出国審査場前まで送って、フランクと一緒にクルー・センターに戻り、パーサーに挨拶。
ブリーフィングの後、ゲートのところで地上職員に友人達のことを頼んで、機内へ。
私達CAは搭乗開始の15分前に飛行機に乗り込み、非常用設備の確認や、セキュリティー・チェック、ミールなどの搭載物のチェック、ビジネスクラスではウェルカム・ドリンクの用意などをします。
 
機種はボーイング777。 担当はビジネスクラス。
パーサーが 
「満席でなかったら、お友達をビジネスクラスにアップグレードして構わないわよ」
と言ってくれていたのですが・・・残念ながら満席。
 
サービスが一段落し、休憩時間。 
同じギャレーの同僚と、交代で約2時間の休憩を取ります。
日本路線他、長距離路線を飛ぶ飛行機には、機内に乗務員用の休憩室があり、このボーイング777にはOCR(=Overhead Crew Rest)という休憩室が、隠し扉から階段を上がった客室の天井裏にあって、そこにあるベッドで横になって休むことができるのですが、OCRには行かずに、友人達をビジネスクラスのギャレーに迎えて、ビジネスクラスのサービスの説明をしたりしていました。
 
ビジネスクラス担当の時は、『30分に一度コックピットと連絡を取り、無事(?)を確認する』という任務もあります。
私は休憩中でしたが(相棒は朝食のサービスの準備で忙しそうだったので)代わりにコックピットに電話。
機長のフランクが電話に出ましたケータイ(←機内のインターフォン)
 
私「担当ドア21番のmisaeです。」
(↑911のテロ以降、電話をする時には、自分の名前の他に担当ドア番号を告げることになっています)
(↑電話を受けた時も、自分の名前と電話を受けたドア=大抵の場合、自分の担当ドア・・・の番号を告げます)
フ「ヘ~~~イ(←「おぉ~~~」とか「よぉ~~~」とか「やぁ~~~」のような感じの言葉で、オランダ人の同僚がよく使います)misae!」
私「調子はいかが?」
フ「いいよ。 そっちは?」
私「今、休憩中。」
フ「OCR行かないの??」
私「友人達をギャレーにご招待しているの・・・コックピットに案内してもいいかしら・・・?」
フ「ん~・・・信用できる?」
私「もちろん!」
フ「本当に信用できる??(←半分笑いながら)」
私「大丈夫!」
フ「君の友達なら信用できるよネ・・・じゃあ連れておいで!」
 
911のテロ以来、お客様のコックピットへのご案内は禁止されていますが、このように、機長の許可が得られた場合に限り、お客様をコックピットにお連れすることができます。
テロ以前は、お客様がコックピット見学をご希望されれば、私達乗務員が同行することを条件に、(忙しい時でない限り)ほぼいつでもコックピットにお連れすることができたのですが・・・
コックピットから見える景色は、それはそれは素晴らしいので、皆様にお見せすることができず、本当に残念です。
 
コックピット見学、友人達に喜んでもらえ、私も嬉しかったです(*^-^*)
 
満席でしたが、相棒が日本人の同僚だったので、サービスは大変スムーズです。
大好評をいただいているホテル・オークラの和食ミールの数が(お客様の大半がご希望された為に)足りなくなるというアクシデントがあったりしましたが、誠心誠意を尽くして接することでカバーし、無事、成田到着。
 
機内アナウンスは、日本ベースの日本人乗務員が担当するのですが、友人も乗っていたので折角だからと
到着後のお別れのアナウンスだけ、私がさせていただきました。
(↑どうやら友人達は気付いていなかった様子ですが・・・(^^ゞ)
 
到着ロビーで友人達に別れを告げ、クルーホテルへ。
後はいつもの成田ステイのスケジュール=2~3時間仮眠を取った後、ホテルで自転車をレンタルして100円ショップへ行き、クルードリンクまでに戻って、夕食の後はカラオケ=です♪
夕食はいつもの鉄板焼き屋さんへ。
 
食事中、妹からのメールに返信していると、隣に座っていたフランクが
「深刻な顔して、どうしたの?」
と心配してくれたので、事情を話しました。
 
実は、祖父が亡くなったのです・・・丁度、前の週の一時帰国中に危篤になり、亡くなる前に会いに行けたのですが、明日が告別式で、明日の便でオランダに戻らなくてはならない私は、告別式で読み上げてもらうメッセージを妹宛に書いていたのでした。
 
それを聞いたフランクが
「どうしてもっと早く言わなかったんだ! 祖父母の告別式にはお休みがもらえるんだよ! 折角日本にいるのに・・・!」
と言うので
「え・・・でも明日は乗務だから・・・。 日本では『仕事は仕事、プライベートはプライベート』。 まさかお休みをいただけるなんて思ってもみなかったし・・・」
と答えると
「今から会社に電話するから社員番号教えて!」
それからフランクは携帯電話で会社(=オランダ)に電話を入れ、私が成田にもう1泊できるよう、交渉してくれたのです!!
あまりに急だった為、結局お休みはいただけなかったのですが、フランクが私の為にこんなにまでしてくれたことに、本当に、心底、感動しました。
 
こういう同僚達がいる会社に勤めることができて、私は本当に幸せ者です・・・(>_<。。。
 
夕食後は皆でカラオケへ・・・♪
いつものことながら、最初は
「私は歌えない」
とか
「歌いたくない」
とか言っていた同僚に限って、マイクを離さなくなる・・・(苦笑)
 
帰りの便は、機種が変わってボーイング747-400。(=コックピット・クルーが変わります=フランク達ボーイング777のコックピット・クルーは、成田にもう1泊して翌日の便でオランダに戻りました)
担当は1階のビジネスクラス。
満席でしたが、1階のビジネスクラスは18名のお客様を一人で担当するので、自分のペースで、ゆっくり丁寧にサービスできました。
 
次はテヘラン便です。
 
追伸 翌日の便で、また別の友人がオランダに遊びに来てくれたのですが、
    フランクの計らいで彼女もコックピットを見学させてもらえたそうです。
    フランク、ありがとう!! (このご恩はいつか必ず!)
 
 

ありがとう・・・(>_<。。。

いよいよ6月から新しい家(=賃貸のアパート)での生活が始まります。
同僚や友人達にも、離婚のこと・引越しのことを報告しておかないと・・・と思い、週末に新住所をお知らせするメールを送信したのですが、
お忙しい中、本当に沢山のお返事をいただいて・・・
優しい励ましの言葉に、思わず涙が出てしまいました。
このところ引越しで忙しく、知らないうちに気が張っていたのでしょう・・・それが一気に緩んで、30分くらい涙が止まりませんでした(>_<。。。
辛かった事も、悲しかった事も、こうして乗り越えて来られたのは、家族と
そして、友人達のお陰です。
「私はなんて、家族と友人に恵まれているんだろう・・・!!」
と、今日改めて思いました。
本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。
なかなか会う機会がないので、(会ってもなかなか直接は言えないので、)
ここに書かせて下さいね・・・
ありがとう!!
  ~~~バラ~~~バラ~~~バラ~~~バラ~~~バラ~~~
 
14年半の結婚生活で、多くのことを学びましたが、中でも考えさせられたのが、
愛とは何か?
ということ。
「見返りを求めない愛情を彼に与えたい」
と決心して結婚しましたが、
日本での結婚披露宴で、尊敬する叔父が書いてくれた
『求めるだけでも 与えるだけでも 
いけないよ 愛は』
というメッセージが、
(「求めるだけ」ではいけないのはわかるけれど、どうして「与えるだけ」もいけないのだろう・・・と)
ずっと心にひっかかっていました。
離婚した今、
「叔父が言っていた事は真実だったんだなぁ・・・」
と、しみじみ思っています。

フライト日記 (Seoul)

 
3日前に東京便の乗務から戻りました飛行機
でも、まずは先月のソウル便のお話を・・・
(遅くなってごめんなさいxxx)
 
2008年4月
(ICN)
 
オランダベースになって以来2度目のソウル便。
初めてのソウルは、同じオランダベースのYさんと一緒で、
 (・・・いつだったか思い出せないのですがxxx)
ソウルに詳しいYさんにくっついて、お買い物したり、美味しいものを食べたりしていたので、
今回2度目とはいえ、ほとんど初めてのようなもの・・・(^^;)
しかも、前回ちょっと怖い思いをしているので少々ビビリながらの乗務でした。
 
怖い思いというのは・・・
① 機内で韓国人のお客様に韓国語で話しかけられ、
  「申し訳ありません。 韓国語は話せないのです。」
  と答えたら、あからさまに嫌な顔をされたこと。
② ソウル滞在中、Yさんと一緒に屋台で何か食べた際、
   屋台のおばさんが言った値段を聞いた現地の若い子が
  「値段、間違ってる。 高すぎるヨ。」
   と教えてくれたのを聞いた屋台のおばさんが
  「日本人だから高くていいんだよっ!」
   と答えたこと。
衝撃的でした・・・( ̄□ ̄|||)
 
早めにブリーフィング・ルームに行くと、ソウルベースの韓国人CA達(←日本路線同様、ソウル便には韓国人CAが3名乗務しています)
が既に揃っていました。
「日本人ですか?」
彼女達から見ると、日本人はすぐわかるんだそうです。
日本人CAとして入社し、契約終了後にオランダにベースを移したという話をすると、一人、大学で日本語を勉強していたという韓国人CAが
「自分も何とか契約終了後も残りたいのでアドバイスが欲しい」
と言ってきました。
フライト中も、その彼女が頻繁にギャレーに遊びに来ては日本語でいろいろお話ししていました。
日本のドラマ、特に『のだめカンタービレ』が好きだというので、話も合い、楽しかったです♪
 
機種はボーイング747-400。 担当は、1階ビジネスクラス。 満席。
私の担当エリアには韓国人のお客様がいらっしゃらなかったので、韓国語が話せないことで気まずい思いをすることもありませんでした・・・
ε-(^。^;)ホッ
オランダ人のお客様が一生懸命韓国語で話しかけて下さったのが微笑ましかったです。
 
ソウルは生憎の雨模様・・・雨
オランダ人の同僚達が、
「この雨の中、ホテルの外には出たくない」
と言うので、
(インターネットで美味しそうな韓国料理店をチェックしてあったのですが、)
たった一人で街に出る勇気がなかった私は、結局オランダ人の同僚達と一緒にホテル内のレストランで夕食をとりました。
石焼ビビンバ・・・美味しかったです♪
 
帰りの便も満席。
韓国人のお客様が三人いらっしゃいましたが、ビジネスクラスなだけあって、
お二人は英語、もう一人はドイツ語をお話になりました。
ドイツ語をお話になる方は、60代くらいのおばさま。 私はドイツ語は
「お飲み物いかがですか?」
「お食事はいかがですか?」
くらいしか話せませんが、ラッキーなことに、彼女のお隣に、英語をお話になるドイツ人男性がおかけだったので、難しいことは彼に通訳をお願いさせていただきました(感謝)
 
ソウル便の機内食も素晴らしく美味しかったですヨ。
洋食か韓国料理のチョイスなのですが、韓国料理(=行きの便ではプルコギ、帰りの便ではビビンバが搭載されていました)はもちろん、洋食メニューのイカ墨のスパゲティも大変好評でした♪
 
今回印象的だったのは、帰りの便でのサービス・スケジュール。
3月の大阪便のフライト日記に・・・
 
>エコノミークラスのお食事のサービス・スケジュールが変更になり、今まで
>  ① 最初のミール・サービス
>  ② (起きていらっしゃるお客様に)カップヌードルorアイスクリーム
>  ③ 到着前に軽食のサービス
>だったのが
>  ① 最初のミール・サービス
>  ② 軽食のサービス
>  ③ カップヌードルorアイスクリーム
>という風に、②と③が入れ替わっています。
>これは、中国路線と同じサービス・スケジュールだそうで、「アジア人は皆同じ」
>と考えたオランダのインフライト・サービス担当者が、日本路線を中国路線に
>合わせたらしいのです。
>機内で眠らずに食事を楽しむ中国人客と異なり、
>日本人客は、最初のお食事の後、到着前の軽食のサービスまでお休みになる
>お客様が多いので、この順番だと
>お休みになっていらっしゃるお客様をお起こして軽食のサービスをすることに・・・
>起こさないと到着前にはもうカップヌードルかアイスクリームしかお出ししないの
>ですから。
 
・・・というお話を書きましたが、ソウル便では正反対だったのです。
 
サービス・スケジュールは
  ① 最初のミール・サービス

  ② (起きていらっしゃるお客様に)カップヌードルorアイスクリーム
  ③ 到着前に軽食のサービス

(=日本人客に好ましいとされる順番)

だったのですが、韓国人CAのアドバイスにより
  ① 最初のミール・サービス
  ② 軽食のサービス
  ③ カップヌードルorアイスクリーム
(=中国人客から好まれる順番)
に変更。
実際、飛行中にお休みになるお客様は少なく、①と②の間も頻繁にギャレーにお菓子を取りにいらっしゃっているご様子で、
確かにソウル便では、お食事のサービスを立て続けにした方が良さそうでした。
 
同じアジア路線でも、お客様の機内での過ごし方に違いがあるのですねぇ・・・びっくり
非常に興味深かったです。
 
————————- 飛行機 ————————-
 
東京便の乗務から戻った翌日、また別の友人が日本から遊びに来てくれました♪
再び連日ツアーガイドをしております=東京便のフライト日記、もうしばらくお待ち下さい・・・m(_ _)m
 
 

観光案内

 
子供達と日本から戻った同じ便で、中学高校時代の友人が二人、オランダに遊びに来てくれました・・・スマイル
連日観光案内に忙しく&楽しく過ごしています。
お天気も、信じられないくらいに良くて驚いています・・・びっくり
到着日から毎日ず~~~っと、雲一つない晴天・・・晴れ 
気温も今日は摂氏27度。 
気持ちの良いお天気のお陰で、友人達のオランダの印象もかなり良いはず・・・ウインク
 
友人達は私が乗務する便(11日アムステルダム発の東京便)で帰国する為、今日が観光最終日です。
ちなみに、今までの日程は以下のとおり↓
 
5月5日(月) オランダは終戦記念日でお店が閉まってる可能性が高い為、
         ベルギー(アントワープ)へ。 


(アントワープのノートルダム寺院)

         ランチにはベルギー名物のムール貝(←実はオランダ産)♪


(季節ではなかったので割高でしたが
とっても美味しかったデス!)

     
5月6日(火) 世界一の花の公園キューケンホフへ。


(何度行っても楽しめる
美しいキューケンホフ公園)

5月7日(水) 風車が有名なザーンセスカンスと、


(オランダらしい風景を楽しめる
ザーンセスカンス)

         民族衣装が有名なフォーレンダムへ。
         オランダ名物のハーリング(=ニシン)をいただきました♪


(新鮮なニシンをその場で捌いてくれます)
(タマネギのみじん切りと一緒にいただきます)

     
5月8日(木) ユトレヒト郊外ザウレン城へ。


(ユトレヒト郊外に佇む古城
ザウレン城)
(14年前ここで結婚式をしました)

                 午後、ユトレヒト市内を案内。
         ディック・ブルーナ・ハウス(=ミッフィー博物館)
          ドム教会(=オランダ最古の教会)
          ドム塔(=オランダで一番高い教会の塔)
         おやつにオランダ名物のパンケーキ♪


(私がいただいたのは一番手前の
ジンジャー&生クリームのパンケーキ)
 

         夜は、Wibi Soerjadi(=オランダで一番有名なピアニスト)
         のサロン・コンサートへ♪

5月9日(金)  引き続き、ユトレヒト市内を案内。

         オルゴール博物館
         
そして今日は(子供達を補習校に送りがてら)アムステルダムへ。
         ゴッホ美術館
         国立博物館
         アンネ・フランクの家
         運河クルーズ   
 
ソウル便のフライト日記がなかなか書けなくてごめんなさい・・・(^^ゞ
今はとにかく、大切な友人達にオランダを存分に楽しんでもらえるよう、精一杯頑張ってマス。   

一時帰国中

 
ソウル便の乗務から戻った翌日,ピアノを新居に運んでいただきました。
通販で頼んだベッドがまだ届かず(←注文してから4週間後に届くそうです・・・遅)、まだお引越しできていないので、
これからしばらくピアノの練習に新居に通うことになりますXXX
 
その翌日は、(2年前から4・5月だけお手伝いしている)ユトレヒトのツアーガイドをした後、
子供達と電車で空港へ向かい、日本へ・・・飛行機
 
家族や友人達の温かい心遣いに感謝しながら毎日過ごしています。
 
5月4日にオランダに戻る予定です。
 
ソウル便のフライト日記、もう少し待っていて下さいネ。

実は・・・

(ご存知だった方、なんとなくお気付きだった方もいらっしゃるかもしれませんが)
この15年余り家庭内暴力と戦っていました。
DV(←デジタル・ビデオではありませんヨ)&モラル・ハラスメント・・・
(↑本当に、本や雑誌、映画やドラマで見たとおりでした・・・非常に大変です)
暴力癖があるとわかっていながらの結婚。
全ての人同様に、良いところも沢山ある彼・・・そんな彼に暴力癖があることが残念に思えてなりませんでした。
こちらが理解を示してあげられれば良くなるのではないか、愛情を持って「暴力はいけないことだ」と伝えていけば、いつか治るのではないか・・・そう信じて、できる限りのことをしてきたのですが、結婚後、夫の家族と親しくなるにつれ、暴力癖が夫だけの問題ではないことがわかってきました。
義理母が訪ねてきていた時に、彼の機嫌が急に悪くなり殴られた私に
義理母は
「機嫌が良くなるまで口答えしないで黙っていればいい」
とアドバイスしたのです。
それでは彼の暴力癖は良くならない・・・彼がこんな風に育ったのは義理母のせい・・・?
更にわかったのは、暴力癖があるのが夫だけではなかったということ・・・夫の兄、叔父、祖父・・・どうやら義理母方の家系に暴力癖の血が流れているようなのです・・・( ̄_ ̄|||)
義理母は自分自身も暴力癖のある父親の元で成長していた訳です。
でも、だから仕方がない・・・と、何も言わないでいたら、暴力癖が代々引き継がれていってしまう・・・
暴力癖が子供達に引き継がれないように、夫の暴力を何とかしなければ!
そう思って、頑張ってきましたが・・・
「やはり専門家による治療を受けないとダメかもしれない・・・」
と悟った頃には、自分が鬱病にかかっていました・・・(;-_-;)
それまで、心配させてはいけないと思ってずっと話さずにいた実家の両親にも、その時初めて事実を打ち明けました。
テラピーを受けて鬱病が治ったと思ったら、今度は視覚異常に続いて右腕が痺れるようになり、
『多発性硬化症』の疑いがあるということで長らく検査を受けていたのですが(→http://fromholland-withlove.spaces.live.com/blog/cns!945B0BC82EE67D38!2214.entry)、
結局原因も病名もわからぬまま迎えた最後の検査の日・・・
お医者様に
「これは”zielpijn(魂の痛み)”かもしれない・・辛いことを我慢し続けていませんか?」
と言われて思わず
「・・・実は私も、もしかしたらそうなんじゃないかと、うすうす思っていました。 実は、この病状が出る約1年前に鬱病になって治療を受けていたのです。」
と答えました。暴力があまりに酷かった(=子供達の身の危険を真剣に感じた)時に、友人のアドバイスで警察にも届け出ました。

オランダでは、万が一に備えて届けを出しておくaanmeldingと、通報のaangifteの2種類の方法があって、私は前者をするつもりだったのですが、うっかりオランダ語の単語を間違えてaangifte(=通報)をしてしまったら、警察官が即座に夫を逮捕に出動しそうになって・・・慌ててaanmeldingの間違いであることを伝えましたが、お陰で、私が今まで受けてきた暴力は逮捕に値することだったんだ・・・ということがわかりました。
それからはいろいろな専門機関に相談したり、思い付くこと、出来ることは全てやってきたのですが、オランダでは外国人である私には、これ以上どうしていいのかわからず・・・
行き詰っていた頃に、当時小学校6年生だった長男ミハーリが学校の先生に相談してくれ、先生を通じてユトレヒト州の家庭内暴力の専門機関と連絡を取ることができました。
夜中に夫が大声で怒鳴ったり、物が壊れる音がする度に
「ママを助けてあげたいけど、僕はまだ小さくて弱いから助けられない・・・(>_<。。。」
と、いつも布団の中で思っていたのだそうです。
ミハーリが4歳の時、
「ママ・・・どうしてパパと結婚したの・・・?」
と目に涙を浮かべて聞いてきたことがありました。
胸が痛みました。
夫の為にと思って頑張ってきましたが、大切な子供がその犠牲になっているかもしれない・・・と。
でも、ここで夫を否定してはいけない!と思い
「怒りんぼうなのはパパの悪いところ。 パパにもいっぱい良いところがあるでしょ?
人にはみんな、良いところと悪いところがあるのよ。 だから、その人の良いところを見てあげるようにしようネ。
それに、パパと結婚してなかったら、ミハーリくんは生まれてこなかったのヨ。
ママはミハーリくんが大好きだから、パパと結婚して良かった!って思ってるのよ。」
と話して聞かせました。
その4年後、マリアが4歳の時、やっぱり
「ママ・・・どうしてパパと結婚したの・・・?」
と目に涙を浮かべて聞いてきたのです。
ショックでした。
でもその時、
 「怒りんぼうなのはパパの悪いところ。 パパにもいっぱい良いところがあるでしょ?
人にはみんな、良いところと悪いところがあるんだよ。 だから、その人の良いところを見てあげるようにしようネ。
それに、ママがパパと結婚してなかったら、マリアちゃんは生まれてこなかったんだヨ。
ね? ママ?」

と、4年前に私が話したとおりに、ミハーリがマリアに説明してくれたのです。
子供のうちに、こんな風に悟ってしまうことが良いのか悪いのかわかりませんが、
ミハーリもマリアも、相手の気持ちになって考えられる、本当に優しい子に育っています。
神様に感謝するばかりです。
家庭内暴力の専門機関から派遣された職員との面談の結果、
私と同様に、ミハーリの希望も
「パパに暴力癖治療テラピーを受けて欲しい」
というものだったので、その旨、職員が夫に伝えたのですが、
夫は、話し合いの途中で(目に怒りの炎を燃やしながら)席を立ってしまいました。
学校の先生に事実を話したミハーリに対して
「裏切られた」
と言って怒っている夫を見て、
「大好きなパパの暴力がなくなって欲しい」
というミハーリの勇気ある愛情を、この人は理解できないのか・・・
と心底ガッカリし、ようやく決心が付きました。「完璧な人はいないのだから、その人の悪い所ではなく、良い所を見るようにしないと」
と子供達に(そして自分自身に)言い聞かせてきた私ですが・・・
子供達同様、夫(の良い所)が大好きな私ですが・・・
離婚することにしました。

離婚を決心した理由はもう一つ。
体のことです。
鬱病、右腕の痺れ(=多発性硬化症の症状)の他、昨年末は突然の全身関節痛(=リウマチの症状)、そして(寝ている間にものすごい力で歯をくいしばっているらしく)奥歯が割れ・・・
知らぬうちにストレスが溜まっていたのですね・・・ストレスが形を変え場所を変え、体に現れるようになってしまっていました。
彼が笑顔の時は安心し、表情や声色が変わる度にビクっとする。
「いつまた暴力を振るわれるかわからない」
という恐怖に怯えながら暮らすことに、心がほとほと疲れてしまったようです。
びくびくしながら過ごす・・・まるでいつ爆弾が落とされるかわからない”戦場”で暮らしているようでした。
鬱病を乗り越えてから、肝がすわったのか、彼の暴力にもさほど動揺しなくなったのですが、
いつだったか、森英恵さんのインタビュー記事を雑誌で読んだ時、彼女が地震に動揺しないことに対して、
「自分は暢気なのだと笑って答えるけれど、実際は、戦争を体験して以来、怖いものがなくなって、多少のことには驚かなくなったのだ」
とおっしゃっていて、私のもこの感覚に似ているな・・・と思いました。
家庭内暴力のある家庭は、(何事もない時でも、常に、自動的に、緊張して警戒してしまうところが)
いつ爆撃に遭うかわからない戦場と似ているのです。このまま一緒に暮らしていたら、私は本当に病気になってしまう・・・子供達の為にも、私は健康でいなければ・・・!

そう思って、離婚を決意しました。
夫のことは、それでも愛しています。
15年前に比べたら断然穏やかになった夫・・・頑張って添い遂げられず、申し訳ないと思っています。
でも、子供達の為に、自分自身の為に、私は離婚します。
子供達もその方がいい、と言ってくれているのは、本当にありがたいことです。
離婚コーディネーターを介しての離婚(=二人で一人の弁護士を介して、裁判にはせずに、話し合いによって離婚を成立させる)が間もなく成立し、私は子供達と一緒に引っ越します。
生活は苦しくなりますが、子供達と平和に暮らせると思うと嬉しいです・・・(*^-^*)
「君が大変になるだけだよ。 僕がたまにアグレッシブになるのを我慢すれば、今の余裕ある生活が続けられるのに。」
と彼は言います。
「出て行かないで。 暴力癖はテラピーを受けて直すように努力するから。」
とは決して言わない・・・
だからこれでいいのです。
本当は離婚したくなかった夫を、離婚によって悲しませることになってしまったことが、唯一、悲しいです。
もうすぐ新しい生活が始まります。
夫とは、離婚後も協力し合って子供達を育てていくつもりです。
それが夫の暴力癖の快復にも役立てば・・・と願っています。

庭の桜

 
昨日、庭の桜が開花しました・・・!
 
以前は毎年チューリップ休み(=日本のゴールデンウィークとほぼ同時期にある、学校のお休み)中に一時帰国している間に咲き終わってしまっていた庭の桜。
数年前から4月半ばに咲くようになりました。
 
桜が咲くと、なんだか嬉しい(*^-^*)のは日本人だから?
 
夏にはさくらんぼがなります♪ 
昔は毎年さくらんぼジャムを作っていたのですが、木が高くなり過ぎてさくらんぼの収穫ができなくなってしまいました・・・(T_T)
今では小鳥達が(きれ~に、残さず)食べてマス(笑)

フライト日記 (Osaka)

2008年4月
(KIX)
 
2回続けての大阪便♪
機種はボーイング777。 担当は久し振りのビジネスクラス(←エコノミークラス担当月が終わったのかナ・・・?)。
通常はオランダ人CAと日本人CAが一人ずつ入るビジネスクラス。 私は"オランダ人CA"として入った為、日本人二人での担当になりました。
 
日本ベースの日本人CAと組んでの仕事は、日本語で会話できること&文化・習慣の違いにお互い驚くことがないことetc.から、本当にスムーズ・・・(*^-^*)
 
ビジネスクラスのお食事は、和食のチョイスが、
ホテルオークラ・アムステルダムの和食レストラン『山里』
(↑オランダで本物の和食を食べたいならココ!と言われる高級レストラン)
のお料理・・・!
前回(大阪便)も前々回(東京便)もエコノミークラス担当だった為(+予想通り大人気でトレイが残らなかった為)、まだきちんと拝んだことがなかったオークラの和食ミール。
ゴージャスでした・・・!!


(と~~~っても美味しい
本格和食メニュー)

東京便に乗務した際、先輩方から
「何も言わないでいると、オランダ人の相棒が、お味噌汁を前菜として先に出してしまうので要注意・・・(^^;)」
とアドバイスを受けていましたが、今回は日本人が相棒ですから何の心配もありません(^-^)

お味噌汁は問題ないとして・・・あとは、和食では普通全部一緒にお出しするはずのおかずとご飯ものが、(洋食に合わせて)前菜と主菜に分けられてしまっていること。
洋食では、前菜をお下げしてから主菜(=ホットミール)をお出ししますが、和食はやはり、おかずだけで(横にご飯とお味噌汁がないので)は、やっぱり変なので、
和食の前菜と主菜を同時にお出しできるように=前菜のトレイをお配りした直後に和食のホットミール(=ご飯と温かいおかず)をお出しできるように、ホットミールのオーブンのスイッチを入れるタイミングを調整しました ウインク
・・・というのは嘘で、実は、ドリンクサービスに時間がかかり、ミールサービスに入るのが遅れた為、通常なら前菜をお下げする頃にできあがるはずのホットミールが、たまたま丁度ピッタリ前菜をお配りし終わった時に温まったのです・・・(^^ゞ
 
丁度良いタイミングでホットミールが温まったので、和食のホットミールを直ちにお持ちし(→洋食のホットミールの方は、いつも通り、前菜を召し上がり終わるまでお待ちして)、同時にパーサーにお味噌汁(フリーズドライ)を作っていただきました。 
お味噌汁初挑戦(?)のパーサー、お湯の量が少なすぎたらしく、かなりしょっぱいお味噌汁だったそうです・・・外国人のお客様は(濃い味付けに慣れているのか)皆様全部お飲みになっていらっしゃいましたが、日本人のお客様は半分くらいお残しになっていらっしゃる方が多く、反省・・・(^_^;)
 
デザートは、ケーキ、フレッシュ・フルーツ・サラダ、チーズの盛り合わせからのチョイスなのですが、ケーキが・・・
以前大人気だった『蜂蜜といちじくのケーキ』復活!
感激(>_<。。。
ほんと~~~うに美味しかったです!!
(↑ケーキはいつも余分に搭載されているので必ず余るのです)
皆様もお試しあれ!
(次のフライトにも搭載されていますように・・・!!!)

 
(涙が出るほど美味しい
『蜂蜜といちじくのケーキ』)
 

最初のミールサービス終了後、エコノミークラスに乗っているはずの友人の旦那様を探しに行きました。
空港でチョコレートを買って、機内でお渡しすることになっていたので・・・照明が落ちて薄暗い、満席のエコノミークラスの中、必死に探しました(笑)
よかった、旦那様発見・・・ε-(^。^*)ホッ♪
パーサーに紹介すると
「コックピットにご案内しては?」
とおっしゃっていただけたので、機長の許可を得てコックピットにお連れしました。
911のテロ以降、乗務員以外はコックピットには入れないことになっていますが、機長に事情を話して、機長からの入室許可がおりれば、お客様をお連れすることも可能です。
担当エリアが違った為それくらいしかできませんでしたが、旦那様、喜んでいただけていたら嬉しいです・・・(✿ฺ^-^✿ฺ)
 
到着前のミールサービスでは、メニューに間違いがあって(出発前に気が付いたのでお客様にきちんと訂正することができましたが)大変でした。
以前は、ビジネスクラスのメニューの校正をさせて頂いていた為、(時々手違いで校正なしで搭載されてしまったこともありましたがxxx)大抵の場合搭載前に訂正することができていたのですが、昨年末に翻訳会社がイギリスの会社からアメリカの会社に変わり、今度の翻訳会社は「校正不要!」とのことで、そのまま搭載されてしまっているのです。
2月に、日本人乗務員用に日本語のアナウンス・ブックが配布されたのですが、こちらも間違いだらけ・・・残念ですしおれたバラ
 
関空到着後、1時間クルーバスに揺られてクルーホテルへ。
もう散ってしまったと思っていた桜がまだ少し残っていて、ホテル前を流れる川沿いの桜並木がとても美しく、感動♪
 
今回は午後6時30分にホテルのロビーに集合後、貨物便のコックピット・クルー2人も加わって、クルードリンク(=夕食前に皆で飲むこと)は抜きで、いつものUSHINABE(←前の日記にリンク貼ってあります)に直行。
オランダ人の同僚達も喜んでくれて、お食事も梅酒も美味しくて、デザートのじゃんけんにも勝って(←グループの代表者が店員とじゃんけんして勝つと全員無料でデザート=バニラアイスor抹茶アイスor柚子シャーベットがいただけます♪)(→負けると全員デザートを注文しないといけなくなりますorz)、大満足 v(^-^)


(デザートじゃんけんに勝った瞬間)

梅酒がすっかり気に入った貨物便の副操縦士、レストランのお向かいのスーパーで早速購入していました(笑)
一方、"デザートじゃんけん"で見事に勝って一躍ヒーローとなったセカンド・オフィサー、明治のアーモンドチョコレートを10箱以上買占めしてました・・・大好物なんですって!
(私も高校時代、大好物で、毎日1箱食べてました・・・懐かしい)


(アーモンドチョコレート買占め)

食後は30分だけカラオケに。
オランダ人で唯一ついてきた貨物便の機長(←他の同僚達は眠気に襲われホテルへ戻りました)は、10年くらい前に札幌便で一緒にスキーに行って以来の友人で、その時に教えた日本語のコックピット・アナウンスを今でも日本路線でアナウンスしているとのこと。 最年少機長の一人で、まだ若く、ハンサム、真面目そうなのにさりげなくジョークを飛ばす、面白い人です。 そして歌もものすごく上手い!! ビックリしました。 


(真ん中に写っているのが
歌の上手な機長)

翌朝は6時起き晴れ
本当は7時に起きるつもりだったのですが、なんということでしょう・・・(-_-|||)、時差の計算を間違えてしまってxxx(恥)
大阪便に出発した日(3月30日)、オランダでは冬時間から夏時間に変わったのですが、日本時間からの逆算で間違えてしまったようなのです(←フライト先ではオランダの携帯電話を目覚まし代わりにしているもので)。

 
そんな訳で1時間余分に時間ができてしまったので、ゆっくりのんびりシャワーを浴びて、テレビのニュースもしっかり見てから、朝食に降りました。
朝食は軽めの(=果物や菓子パンくらいしか食べない)オランダ人の同僚達は、朝からご飯&お味噌汁&おかずを(しかも2回おかわりして)食べる私を見て
「・・・( ̄□ ̄;)!! 昨日あんなに食べたのに、また朝からこんなに食べるの?!」
と驚いていましたが、"睡眠よりも食事"なのです、私の場合(笑) 
 
帰りの便もほぼ満席・・・でしたが、相棒が日本人ですので断然楽です♪
 
今回は、到着後に仮眠を取り過ぎて夜眠れなくなってしまった・・・というオランダ人同僚はいなかったのですが、それでも日本路線乗務の後現地で1泊しかできないというのは当然疲れます。
最初のミールサービスが終わって、クルーミールを取りに来たオランダ人同僚の一人が、
「やっぱり1泊はキツイ・・・2泊あった頃はまだ体が楽だったのに・・・ε-(-_-;)」
とため息混じりに言うので
「あなた達(オランダ人)は皆、疲れてもいいから1泊でオランダに戻って、その分フライト・リーブ(=フライトの後のお休み)が長くなる方がいいと思ってるのでは・・・?」
と聞くと、そういう人も多いけれど、そうでない人も多いと思うとのこと・・・ひらめき
 
今までずっと躊躇していたのですが、オランダ人の同僚の中にも同意見の人がいると知って
「日本路線を現地1泊でこなすのは、帰りの便での体力が万全でなく、万が一緊急事態が発生した場合に、思うように頭が働かない可能性がある。 現地での休息時間より、フライト・リーブの長さが大事だというオランダ人クルーも多いのかもしれないが、フライト・リーブよりもフライト・セイフティーの方が大切なはず。 日本路線は少なくとも2泊のスケジュールにして頂きたい。」
というリマークス(=機内で問題があった時などにかく報告書/質問書)を、思い切って書いてみました。
聞き入れて頂けるでしょうか・・・
 
アムステルダム到着後、Farewellの日本語のアナウンスを入れさせていただきました。
先月から、花の国オランダが誇る世界一の花の公園『キューケンホフ公園』が開園しているので、そのインフォメーションを日本語で加えた後、
「日本での滞在が素晴らしいものでありましたように・・・次回の日本へのご旅行でも、機上でお目にかかれますように・・・」
というメッセージをオランダ人のお客様宛てにオランダ語で入れました。
 
お客様からも、同僚達からも好評なアナウンスですが、日本人の大先輩の中には、
「アナウンス・ブックにない余計な文章は入れるべきではない。 オランダ語のアナウンスはオランダ人がすればよい。」
とおっしゃる方もいらっしゃるので、毎回は入れないのですが、私は、その季節季節に合ったアナウンスを加えるのはとても素敵なことだと思っています。
日本ベースで乗務していた頃、いつも季節毎にご自身で美しい文章を付け加えてアナウンスされる先輩がいらして、当時から私も先輩の真似をして追加文章を作るように試みていました。
オランダ語のアナウンスに関しては、時々
「日本人のお客様の為に少しだけ日本語でアナウンスしてみたいからローマ字で書いてもらえる?」
と、Wellcomeのアナウンスの一部だけ、頑張って日本語でのアナウンスに挑戦するパーサーや機長がいらっしゃるのですが、そんな時はもちろん日本人のお客様に(もしかしたら外国人のお客様にも)大変喜んでいただけるので、
オランダ人のお客様も同様に、日本人CAが頑張ってオランダ語でご挨拶したら、きっと喜んでいただけるのではないかと思って・・・
 
お客様に限らず、同僚達に対しても、どんなプラスαなことができるか?を常に考える・・・これも仕事の楽しさの一つだと思います。
 
次はソウル便です。
どなたかソウルに詳しい方がいらっしゃいましたら、是非いろいろ教えて下さい・・・m(_ _)m
 

“オランダの春”とイースター休み

 
ここ一週間程、オランダでは典型的な春のお天気が続いています。
 
オランダでは、春と秋に、
晴れていると思ったら5分後には雨が降り、また5分もすると晴れ間が広がって、そのまた5分後には雪が降り始め、やんだと思ったら今度は霰が・・・というような
異様に変わりやすい天気になります・・・(^^;)
 
テレビの天気予報にも、晴れ曇り雨雪のマークが全部出ていて非常にわかりやすい(?!)
外出時には、(丁度外に出ている時に降られるか降られないか)運の良し悪しを試すことができます(笑)
 
ものすごい天気ですが、こういうお天気になると
「あぁ、春がきたんだなぁ・・・チューリップ」
と思う・・・日本で言う『春一番』のようなものでしょうか。
 
昨日(23日)はイースター。
オランダでは、日曜日(=第1イースター)と翌月曜日(=第2イースター)の2日間が休日になります。
オランダは、クリスマスも第1クリスマス(12月25日)と第2クリスマス(12月26日)があるのですが、これは、父親側の家族と母親側の家族の両方でお祝いできるようにとの考慮ではないか、とのこと。
ほとんどの学校は、金曜日(=キリストが十字架につけられた日)から月曜日までの4日間がイースター休みとなりますが、今年はミハーリの中学校は金曜日までしっかり授業があり、一方マリアの小学校は木曜日からの5連休でした。
 
第2イースターの今日は、毎年恒例の『ユトレヒト子供マラソン』がありました。
毎年、ユトレヒト州各地から、200~300人の子供達が集まるこのマラソン大会・・・今年は、朝起きてみたら一面雪景色↓

 
(キッチンから見た庭の雪景色)

その上、スタート時間直前まで雪がちらついていたので、どうでしょう・・・我が家も「こんな天気の中、走らせるべきか否か」悩みに悩んでの出場。
登録した子供達、みんな出場したのかしら・・・?
(幸い、スタート時には空はきれいに晴れ渡って、走っている間も雪や雨に降られることなく無事快適に走ることができました・・・(*^-^*))
(ちなみに今はまた雪が降っています・・・(^-^;)


(出場すると記念メダルがもらえます)

ミハーリは3回目、マリアは2回目の出場。
今年から中学生まで参加できるようになり、距離は2kmから1kmに。
例年通り、全員、自動的に平均速度を測定するコンピューター・チップを運動靴に付けて走りました。

タイム&順位はわかり次第お知らせします♪