フライト日記 (Delhi)

2009年11月
(DEL)
 
スタンバイに入って2日目に
「スタンバイ時間内に呼ばれなかったら翌日デリー便に乗務して下さい。」
という電話。
夜の12時まで制服でスタンバイしていましたが、結局呼ばれず翌日デリーへ。
 
機種はボーイング747-400。 
All Pax (=All Passenger) という大きな機材。
担当はUD (=アッパーデッキ=2階ビジネスクラス)です。
 
予約はオーバーブック。
・・・でしたが、結局20名近い No Show (=フライトの予約取り消し手続きをせずに当日空港に現れないお客様)があり、
お陰で随分リラックスしたフライトとなりました。
満席を予定していたので、ミールはフルに搭載してあります=沢山余るので、私達も味見をすることができます♪
インド路線のお食事は、ビジネスクラスもエコノミークラスもとっても美味しいのです♡
(ちなみに、インド路線のエコノミークラスのベジタリアン料理の方のミールトレイは、他の路線のエコノミークラスでも、Asian Vegetarian Meal という Special Meal を頼むと同じものが出ます。)
ついつい沢山食べてしまい、お腹いっぱいでデリー到着。
 
お腹いっぱいだったのに、クルードリンクで出されたクルーラウンジのおつまみのチップスがまたカレー味でとても美味しくて、ついつい沢山食べてしまい、お腹いっぱいでベッドへ。
 
翌日は、スロヴェニアからデリーに引っ越したばかりの高校時代の同級生がホテルに遊びに来てくれ、ホテルの中の南インド料理のレストランで一緒にランチしました。
シーフードカレーのセットメニューを頂きました。
これまたとっても美味しくて、ついつい沢山食べてしまい、お腹いっぱいにxxx
友人とのおしゃべりもとっても楽しくて、お腹同様心も満たされました。 
Yちゃん、ありがとう♡
 
1時間ほど仮眠を取って乗務。
満席。
 
ボーイング747-400のビジネスクラスの頭上の荷物入れは、サイズが小さいので、規定サイズよりも大きいキャリーバッグは収納できない為、
階段横のコートルームに保管するのですが、搭載重量の上限は90kg。
それ以上入れるとどうなるのか(・・・コートルームの床=1階のギャレーの天井が抜けてしまうのか???)わかりませんが、とにかく危険なはずなので90kg以上にならないように注意しないといけません。
キャリーバッグなら、一個10kgとしたら、9個までなら大丈夫。
ところがこの日は、お客様のほとんどが規定サイズよりも大きいキャリーバッグをお持ちで、しかも、キャリーバック同様の大きさのバッグを一人で2個お持ちのお客様も数人いらして、
気が付いたらコートルームには20個以上のキャリーバッグや大きな手荷物が・・・
このままではいけないと、1階のビジネスクラスのコートルームをチェックするも、こちらももう満杯。
アムステルダム到着後は、ビジネスクラスのお客様から先にお降り頂くので、エコノミークラスの頭上の荷物入れに入れてしまうと、降機する際に(エコノミークラスのお客様がお降りになってからでないと荷物を取ることができず)お待たせすることになってしまうし・・・
最善策は、階段を下りてすぐ正面にあるコートルームに入れること ひらめき
と思いつき、開けてみると、ここも既にエコノミークラスのお客様の荷物でいっぱいに・・・(;-_-;)
 
パーサーに相談して、階段前のコートルームに入れてあったエコノミークラスのお客様の荷物をエコノミークラス内の頭上の荷物入れの空いているスペースに移し、
そこにUDのお客様の荷物を入れられる限り入れる、ということに。
最初は私が自分で階段前のコートルームを空にして、2階から荷物を下ろそうと思ったのですが、
「腰を痛めるから、男性地上職員に頼んだ方がいい」
とパーサーに言われ、丁度通りかかったデリーのサービスマネージャーに説明し、
サービスマネージャーともう一人の男性職員が手伝ってくれることに。
事情を説明すると
「YES」
と、男性職員が2階に荷物を取りに行こうとしたので
(↑ 2階の荷物を下ろす前に、先に、階段前のコートルームの中の荷物をエコノミークラス内の別の荷物入れに移して、コートルームを空にしないと、階段下の通路が荷物で一杯になってしまうと説明したのに・・・)
呼び戻し、男性職員とサービスマネージャーに階段前のコートルームの荷物の取り出しをお願いして、私は2階に上がり、コートルーム内の荷物の中から(フリークエント・フライヤーのタグが付けられていない)荷物を選び、すぐに下に下ろせるよう階段近くに準備しました。
しばらくして、男性職員が荷物を取りに来たので、1個目のキャリーバッグを渡し、念の為一緒に下に降りると・・・
( ̄□ ̄;)!!がーーん!
階段前のコートルームの中は一杯のまま、そのキャリーバッグを無理やり詰め込んでいるではありませんか・・・(T_T)
(それまでの時間、彼らは一体何をしていたのだろうか・・・?)
驚いてサービスマネージャーと男性職員に
「先程もご説明した通り、下に移動しないとならない荷物は1個だけではなく、
 少なくとも5~6個は下ろさないといけないので、
 それで、先に、この階段前のコートルームを空にして下さいとお願いしたのです。」
 
オランダ人の同僚が、デリーに駐在しているオランダ人ビジネスマンとホテルで話をした際
「インド人は、口ではYESと言っても実際には実行しないので、ビジネスするのが大変だと言ってたわ」
と笑っていたのを思い出しました。
こういうことか・・・(-_-|||)
 
そうこうしているうちに、全てのお客様の搭乗済みの連絡が入り、ドアを閉めて出発しなければならない時間に・・・
サービスマネージャーが2階のコートルームを見て
「まだスペースはあるじゃないか。 20個くらい全部入るよ。」
とおっしゃるので、
コートルーム前に掲示されている"搭載重量90kg以下"という警告を指しながら
「確かにスペースはありますが、ご覧のとおり、フライトセイフティーの規定で、このコートルームには90kg以上の荷物を搭載してはいけないことになっています。  
 現在既に10個以上のキャリーバッグが入っていて、既に90kgを越えている可能性があります。
 これ以上ここに荷物を搭載するのは危険です。
 少なくともあと5~6個は、下に移動しないといけないと思います。」
サービスマネージャーは不満そうでしたが、一緒に4個下ろし、しかしもう階段前のコートルームは一杯で、これから空にして・・・
という時間はなかった為、そのビジネスクラスの荷物はエコノミークラスの頭上の荷物入れの空きがあるところに、バラバラに入れられてしまいました。
1個はどこに入れられたか確認できたのですが、残りの3個は確認できず。
残りは結局(90kgを超えていないことを祈りつつ)2階のコートルームに・・・。
パーサーに
「2階のコートルームが重量制限を越えていないか心配です。
 それに、到着後、すぐに荷物をご用意できないと、ビジネスクラスのお客様をお待たせすることになるので、
 こんなにバラバラに収納されてしまい、ものすごく心配です。
 地上職員がフライトセイフティーに無関心なことにも驚きました。」
と伝えると、
「エコノミークラスもフライトセイフティーの規定以上の手荷物の持込があり、サービスマネージャーに報告したけれど、聞き入れてもらえなかった。
 安全上問題のあることなので、これと合わせてクレームを書くつもり。」
だと言うので、私も別にクレームを書くことにしました。
 
そういえば、先日Discovery Channelでみた航空機事故が、丁度、
事故原因の一つが重量オーバー(←荷物の個数や重量の他、乗客の重量も規定をオーバーしていた為、機尾が重くなり=機首が上がって操縦不可能になってしまった)
でした。
デリーの地上職員の方々も、安全に関してきちんと真剣に考えて下さるようになるといいのですが。
 
UDに一番最後に乗っていらっしゃった女性客には、
「貴方達の会社はもう二度と利用しない!」
といきなり怒鳴られ・・・
デリーの地上職員には対応の仕方にも何か問題があるようです 悲しい
 
私達CAは機内でのサービスと保安の担当で、機内でもチームワークが何より大切だと思っていますが、
全体像としては、
世界中で、宣伝やいろいろな手配をするオフィスの方々、機内食を用意するケータリング、チェックイン担当の地上職員、等々
社員全員によるチームワークなので、こういうことがあると本当に残念に思います。
 
満席で忙しかったですが、気持ちよくサービスができ、着陸までは満足して頂けていたお客様も
到着後、案の定、荷物がエコノミークラスの荷物入れのどこにあるかわからず、長らくお待たせしてしまい、
2名のお客様はもうカンカン 激怒 だったとのこと。
折角心を込めてサービスをし、喜んで頂けていたのに・・・悲しかったです。
でも!
「二度と利用しない!」
と怒っていらした女性客は、
「素晴らしいサービスをありがとう!」
と、にこやかに降りて行かれて・・・それがせめてもの救いでした スマイル
 
食べてばかりだったデリー便、(フォトアルバムの写真も食べ物だらけです・・・(^^ゞ)
オランダに戻ったら体重が4kgも増えてました・・・がっかり
 

2週間のスタンバイ

 
昨日から今月いっぱい2週間(!)のスタンバイに入りました。
最近導入された、新しいスタンバイ制度で、私も今回が初めて。
 
今まで5日間だけだったスタンバイ期間が2週間に延び、その2週間の間Deeltijder (=50%・67%・80%で乗務しているCA)も100%で乗務。
その代わり、その後の2週間は確実に休みになるというシステム。
拘束時間は、8時間(←オランダベースに移ったばかりの頃は12時間x5日間でした)から
6時間(1週目)or3時間(2週目)と短くなりましたが、
結局何も予定は立てられないので、やっぱり日数が短い方が良かったかもしれませんxxx
 
最初の週は、
1~5日目: 18時~24時スタンバイ
会社から電話があったら、1時間以内に空港へ飛行機
5日間呼ばれなかったら、6日目と7日目はお休み
(↑でも、そういうことは、まずない)
2週目は、
1~5日目: 7時半~10時半スタンバイ
会社から電話があったら、2時間以内に空港へ飛行機
5日間呼ばれなかったら、6日目と7日目はお休み
(↑2週目の6日目と7日目は、確実に休みになるという噂も・・・)
 
スタンバイの時間が夜だから、その前の時間は自由にできる音楽
・・・という訳ではありません。
朝は普通に7時に起き、子供達のお弁当の用意をし、
マリアを学校に送ってから、
(夜間の長時間フライトに呼ばれる可能性もあるので)仮眠を取り、
マリアを迎えに行き、習い事に連れて行き、
買い物をし、夕食の支度をし、
早めの夕食をとり、18時までに制服に着替え、
18時からスタンバイ・・・
スタンバイしながら、
マリアの補習校の宿題を見、バイオリンの練習に付合い、
(↑ミハーリは言われなくても自分でやってるので助かってます)
シャワーを浴びさせ、時間になったら寝かせて、
それからまだ3時間ほど制服でスタンバってないといけません。
スタンバイ中は、いつ電話がかかってくるかとドキドキしているので、
呼ばれないで終わると、ホッとしますが、
それと同時に、
せっかく制服を着ていたのに乗務しないというのも何か空しく、
翌日またドキドキしないといけないと思うと、
やっぱりさっさと呼んでもらった方が嬉しい気がします(笑)

・・・という訳で、今日も呼ばれぬまま午前0時を迎えました。

が、先程会社から
「今日呼ばれなかったら明日デリーへ行って下さい手(パー)」
という連絡が入ったので、
明日からデリーへ行って来ます飛行機

 
 

フライト日記 (Tokyo)

2009年10月
(NRT)
 
子供達との一時帰国から戻った翌日から乗務で再び東京へ。
(普段は乗務の前日にオランダに戻るようなことは滅多にしないのですが、今回は一日でも長く滞在したいと、ちょっと無理をしましたxxx)
 
冬のスケジュールになって初めての東京便。
アムステルダムの出発時間が約2時間遅くなり、成田到着がお昼を過ぎることで、何か航空安全上の規定にかかるらしく、
「現地で2泊以上しなければならない」とのことで、久し振りに2泊できるようになりました (*^-^*)
大阪便も同様です(嬉)♪
機種は、今までボーイング747と777の2機種で運行していたのが、東京便は747のみ、大阪便は777のみ、と変わりました。
 
という訳で、機種はボーイング747-400型機。
担当は、Bゾーン(=エコノミークラス最前部。 フリークエント・フライヤーのお客様が多く乗っていらっしゃるエリア。)
Aゾーン(=1階最前方にあるビジネスクラス)担当のカリンが
「日本路線のビジネスクラスのサービスは、私は全然わからない・・・Bゾーンのmisaeと担当エリアを代わった方がいいと思うのだけど・・・」
とパーサーに交渉したけれど駄目だった・・・と言ってきました。
Bゾーン担当者は、Uitstap CA (=オランダに戻ってきた際、先に降機して、ゲートのところで乗り継ぎ案内のお手伝いをするCA)も担当するから、
もしかしたら、それを、オランダ語と日本語の両方でお客様に対応できる私にやってもらいたい、ということなのかもしれません。
ビジネスクラスは満席、エコノミークラスは多少空席があったので、手が空いたらAゾーンを手伝うことを約束し、
エコノミークラスのサービスをしつつ、少しでも時間が余ったら、ビジネスクラスのトローリーの準備やギャレーの片付けをするようにしました。
いつもは、時間が余るとエコノミークラスの他のエリアのお手伝いに行くので、それがあまりできなかったのがエコノミークラスの同僚達に申し訳なかったですが、
必ず日本人乗務員とペアを組むUD(=アッパーデッキ=2階のビジネスクラス)と違って、Aゾーンは一人で担当しなければならないので、
他の路線とはサービス内容が異なる日本路線(←日本路線でしかサービスしないものが沢山あるのです)の乗務経験が少ないと不安に思うのは当然です。
・・・いや、でも、ほとんどのオランダ人CAはあまり気にせず自分なりにサービスしてしまっているんじゃないか
(→欧米ではスープは前菜なので、お味噌汁だけ単独で先に出てきてしまったり・・・)
とも思うので、日本のサービスを真剣に考えてくれているカリンに感心、感謝しながら、お手伝いしました。
 
シニア・パーサーのジェラルディネが、15歳の一人娘セシルを連れて来ていて、飛行中、しきりに成田到着後のことを心配していました。
成田到着後、私達クルーはお客様が皆様お降りになってから降機します。
が、入国審査も税関の手荷物検査もクルー専用のカウンターがあるので、結局お客様よりも早く空港を出られることが多いのです。
お嬢さんも私達と一緒にクルーバスでクルーホテルに行く為には、入国審査や手荷物検査をスムーズに通過する必要があります。
それで、成田到着後は私がセシルを連れて先に降機し、入国審査場と税関へ案内することに。
 
一足先に、セシルと一緒に到着ロビーに出たところ、
ビデオカメラと(世界各国のエアラインのロゴと会社名30社分ほどが載った)大きなボードを持った男女が歩み寄ってきて、
「ちょっとお伺いしてよろしいですか?」
日本テレビのインタビューだそう。
びっくりして戸惑っているうちに次々と質問が・・・
(何を質問されて、どう答えたか、疲れていたので全部は覚えていませんがxxx)
 
記者 「(ボードを見せながら)この中にあるエアラインの中で、転職するとしたら、どの会社がいいですか?」
え? 転職??
私 「・・・私は転職は全く考えていません。 今の会社で満足しています。」
記 「スカンジナビア航空ですか?」
ガクッ・・・
私 「違います・・・(^^ゞ」
記 「どうして今の会社がいいのですか?」
私 「世界で最も古い航空会社で、今年、そう今月がお誕生日で、設立90周年を迎えたのですが、
   "信頼の翼"というキャッチコピーの通り、とても信頼できる航空会社だと思っています。
   コックピットはじめ他の部署の同僚達を心から信頼して、毎回、安心しきって乗務しています。」
記 「このボードにあなたの会社がありますか?」
・・・( ̄_ ̄|||)  ない・・・
私 「ありません・・・(^_^;) 」
記 「では右下の"Others"というところを指差して下さい。」
 
他に、
「社内で不景気を感じますか?」
とか
「会社のアピールをして下さい。」
とか聞かれましたが、何も準備していなかったし、アムステルダムから乗務して到着したところでもう脳は働いていなかったし・・・
で、質問の答えになっていないようなことばかり答えていたような気が・・・(-_-|||)(恥)
「空色の制服を着て、空色の飛行機で、
   働きやすいオランダ人の同僚達と、いつも和気藹々と乗務しているので、
 転職を考えたことは一度もありません。 
 私の子供達も将来この会社で働きたいと言っているし、
   定年までこの会社で働き続けたいと思っています。」
と言えばよかった・・・と後悔。
 
間もなく他の同僚達も税関検査を終えて到着ロビーに出てきました。
日本人CAの同僚(後輩)が同じインタビューを受けて
「(転職するなら)シンガポール航空。」
と答えていたのがちょっとショックでしたが、日本ベースの後輩達は終身雇用ではないので、仕方がないのかな・・・
 
日本人CAの後輩達との別れを惜しみながら、クルーバスでクルーホテルへ。
ホテルで3時間ほど仮眠を取ってから、実家へ。
乗務で来た時も実家に1泊できるようになって嬉しかった・・・! (*^-^*)
(↑ 今まで成田に1泊しかできなかったので、実家へは帰ってこられなかったのです。 冬のスケジュールから成田に2泊できるようになって、最初の1泊は実家へ泊まれるようになりました♪)
 
翌日は、朝からオランダ人の同僚達への東京案内。
クルーホテルから東京駅までの高速バスが出ているので、東京駅で待ち合わせて、
浅草(浅草寺+新仲見世通りでランチ)→原宿(明治神宮)→竹下通り(100円ショップ+クレープ)→表参道(オリエンタルバザール)→銀座(ソニービル)→有楽町(パチンコ屋・中に入って見たいというので)→東京(地下のレストラン街で夕食)→高速バスでクルーホテルへ。
みんな、
「すごく楽しかったし、食事もとっても美味しかった!」
と喜んでくれ、嬉しかったです。
Goodwill Guide としてボランティアの通訳をしていた学生時代、毎フライト後オランダ人CAに 東京案内していた日本ベースだった頃、唯一長いステイがあった札幌便のステイ中にオランダ人CAとレンタカーであちこち旅をしたことetc.を思い出しました。
 
翌日はCallingも(今までは朝7時半とかだったのが)お昼の12時で、のんびりできました。
これなら、東京で何かイベント(=同窓会とかピアノの練習会とかコンサートとか)があっても、乗務で出席できてしまいそうです。
いつまでも、この2泊ステイが続きますように・・・!!
 
帰りの便では、大先輩のSさんとまたご一緒。 
Sさんにも本当にご縁があって、たまにしか付かない東京便乗務の時や、一時帰国の時に、本当によくお目にかかります。
Sさんのサービスは、
「これぞ日本のサービスなり!」
という、真に優雅で美しいサービスで、勉強になりますし、
アナウンスも本当に上品で憧れます (*^-^*)
 
アムステルダム到着前に、シニア・パーサーのジェラルディネと娘のセシル、ジュニア・パーサーのイルマ、相棒のカリン、エコノミークラスの同僚ナーディが、私のギャレーに集まってきました。
昨日、一緒に東京観光を楽しんだメンバーです。
どうしたのかと思ったら、御礼にプレゼントとカードを頂きました!
そんな必要なかったのに・・・でも、GODIVAのチョコレートとBODY SHOPのクリームセット(←どちらも機内販売の品)と心のこもったメッセージが書かれたカードを頂き、
とっても嬉しかったです。
 
次のフライトは未定。
最近導入された新しいスタンバイ制度、『2週間連続スタンバイ』が付いています。
普段50%で乗務している私も、この2週間のスタンバイ期間だけ100%で乗務することになります。
一体どうなるのかしら・・・ちょっとドキドキです。
 

フライト日記 (New York)

2009年10月
(JFK)
 
約1年ぶりのニューヨーク便。
機種はボーイング777-200。
担当はビジネスクラス。 満席・・・10席近くオーバーブック。
 
777のビジネスクラスは、二人で35名を担当するので大変なのです。
(↑ 他の機種では大抵ビジネスクラスは二人で24名を担当)
大抵シニア・パーサーがお手伝いに来てくれるのですが、今回のシニア・パーサー、ウリッツァーは・・・
お客様からの質問への対応も曖昧・・・
お手伝いにも全く来てくれず・・・
しかも、丁度ミールサービスで忙しい最中に、ビジネスクラスのお客様お一人お一人へのご挨拶を始めて・・・
(↑ ビジネスクラスのお客様へのご挨拶は、パーサーの仕事ではあるのですが、普通はサービスの邪魔にならない時間帯、もしくは、
気の利くパーサーだと、2回のドリンクサービスの合間にご挨拶に伺って、ついでに私達の代わりにお食事のチョイスを伺ってきてくれたりするのですが・・・)
ミールサービスの真っ只中に通路をウロウロされるのは超邪魔&迷惑でした・・・(;-_-;)
でも、彼は彼なりに一生懸命パーサー職をこなそうと頑張っている様子だったし、
同僚とは、本当に必要(=サービスに支障が出てお客様にご不便ご迷惑をかけるetc.)でない限りは、揉め事を避けて、和気藹々と乗務したいので、
特に文句を言ったりはしませんでしたが・・・
 
アメリカ路線では、到着前に、アルコール飲料が搭載されたコンテイナーやトローリーの内容(=品名や個数、口があいているか否かetc.)を記載して、ロックすることになっていて、
シニア・パーサーが前もってその特別な用紙とロックを各ギャレーに配布するのですが、
ウリッツァーは、それもうっかり忘れてしまったようで・・・(^_^;)
代わりにジュニア・パーサー(=エコノミークラスを指揮するパーサー)のユップが、各ギャレーに配っていました。
今回はジュニア・パーサーとしてアサインされていましたが、本当はシニア・パーサーのユップ。 
乗務歴もウリッツァーより長く、ウリッツァーを度々サポートしていた様子でした。
 
ニューヨーク到着後は、クルーバスでクルーホテルへ。
今のクルーホテルは、Times Square と Madison Square の中間くらいにある、
「Macy’sに近い♪」
とオランダ人同僚達から大好評のホテル。
夕方5時頃にホテル到着後、皆、早速買い物へ。
買い物にはあまり興味のない私は、買い物が終わった後の集合時間(=午後7時)にホテルのバーへ。
でも、結局時間までに買い物が終わらなかったようで、現れたのはジュニア・パーサーのユップだけ(笑)
 
ホテルのコンシェルジュでお勧めのレストランを聞いて出発。
勧められたのは、毎晩ピアノの演奏があるというイタリアンレストランだったのですが、行ってみると皆正装で・・・
普段着の私達には不似合いxxx
諦めて、途中たまたま通りかかった日本レストランへ。
巨大な和食(・・・Koreatown にあるレストランだったからか、韓国料理も混ざっていましたが) ビュッフェ・・・!
うっかり写真を撮り忘れてしまいましたが、大皿に3枚分、お寿司や煮物などをお腹一杯頂き、和風デザートも1皿分たっぷり頂きました。
梅酒もあって、大満足。
Ichiumiというレストランです。
(日本食大好き!の長男ミハーリを連れて行ったら、きっと大喜びだろうなぁ・・・)
 
翌日は、ホテルの斜め向かいにあるお店で朝食後、楽譜屋さんへ。
真っ青な空が広がる、気持ちの良いお天気 晴れ
ホテルの近くに楽譜屋さんがないか、コンシェルジュ(←このホテルのコンシェルジュは、売店の店員さんが兼ねていて、その日の店員さんの得意範囲だと沢山情報を得られますが、そうでないと何も教えてもらえません・・・(^^ゞ)で尋ねると、
前回は「わからない」と言われてしまったのですが、今回は、
「確かこの辺りに大きな楽譜屋さんがあったはず♪」
と、地図に丸を付けてくれました。
しかし・・・10ブロック以上含んだ大~きな丸xxx
以前、別のクルーホテルに滞在していた頃、コンシェルジュで教えてもらって、一度だけ、大きな楽譜屋さんに行ったことがあったのですが、
大きな丸が、なんとなく同じエリアのような気もしたので、とにかく行ってみることにしました。
Broadway (←路上にカフェが出来ていたり、自転車専用道ができていたりしてビックリしました)を上ってTimes Squareへ。
フライトに出る数日前に、ミハーリの中学の(『ニューヨーク2泊3日の旅』のプランを英語で書く、という)宿題を手伝った際に書いた、まさにそのままのルートで、
いつかミハーリと一緒に、(ミハーリはパイロット志望だから一緒の乗務で)ニューヨークに来ることができたら楽しいだろうなぁ・・・なんて考えながら歩いていました。
Times Square を過ぎて間もなく、コンシェルジュが描いた大きな丸の円内に入りました。
キョロキョロしながら歩きましたが、どうしても見つけられず・・・(T_T)
前方にSheraton Hotel が見えてきたので、思い切って、そこのコンシェルジュに相談してみました。
クルーホテルのコンシェルジュが描いた丸を見て笑ってました(・・・そりゃそうだ)。
テキパキとどこかに電話を入れて、楽譜屋さんの住所を教えてくれました。
Callingの2時間前にはホテルに戻って仮眠を取りたかったので、楽譜を見る時間は約2時間。
楽譜を見る(=読む)のは本当に楽しくて、あっという間に時間が過ぎ、まるまる2時間を費やし、
アローワンス(=会社から支給される食費etc.)も使い切って、楽譜を4冊購入♪ 
「あぁ、早く弾いてみたい!」
とワクワクしながらの帰り道、ふと、通りを行き交う(大きな買い物袋をいくつも持った)女性達を見て
「・・・もし楽譜を買ってなかったら、新しい服や靴を買えたのか・・・イヤミ
 ・・・でも、やっぱり楽譜の方が欲しい!」
などと思いを思いを廻らせていました♪
 
帰りの便も満席。
 
夜の便だったので、サービスの合間にコックピットで星を眺めさせて頂きました。 
オリオン座の辺りで時々流れ星が・・・オリオン座流星群の 極大日は10月21日でしたが、もうこの頃には活動が始まっていた様子。
コックピットからの星空は本当に素晴らしいです。
皆にも見せてあげたいなぁ・・・星
 
 

フライト日記 (Tehran) その2

2009年9月
  (IKA)
 
昨年も2連続で付いたテヘラン便・・・
今回も2連続。
 
「今月のスケジュールは、ラゴス~テヘラン~テヘラン」
だと言うと、オランダ人の同僚達は

「罰でも与えられたの?!(笑)」

・・・と気の毒がります、
が、同じ路線が続けば、サービスに関しては2度目は慣れることができるので、私はかえって
「ありがたい♪」
と思っていました(←路線が違うと当然サービスの内容も違ってくるので、毎回配布されるサービス・スケジュールをしっかりチェックして、間違いのない様にサービスしないといけませんから、結構大変なのデス)・・・(^^ゞ
 
機種はMD-11。
担当はビジネスクラス。
このところエコノミークラスの担当が続いていたので、久し振りです。
 
相棒は、20年来の友人の一人、ヴァウター。 
日本ベースで乗務していた頃に何度か一緒に乗務して、東京案内したり、実家にも招待したり、彼にも花市場に連れて行ってもらったり、お宅にもお邪魔したり・・・
という、本当に親しかったオランダ人の友人の一人。
満席でしたが、とても楽しく、仕事ができました (*^-^*)
 
テヘラン、今回は2泊あったので、同僚達がバザールに出かけるなら一緒に行こうと思っていたのですが、
数日前に街頭デモがあったとのことで、『クルー出入り禁止地区』(欧米人が狙われる危険のある場所)が書かれた手紙が配布され、
どうしようか迷った後、
1日目、女性クルーは皆でビューティーサロンへ行くことに。
行き帰りはホテルのクルー専用バスによる送迎なので安心です。
ビューティーサロンの中は、女性のみ。
ですから、入ったらすぐにヒジャーブとアバーヤは脱いでしまってOK。
イラン人の女性達、アバーヤの下は(背中がパックリ開いたTシャツだったりと)実はセクシーな格好をされています。
同僚達の何人かはフェイシャル・トリートメントを、他の何人かはネイル・ケア、私は・・・白髪染めをお願いしました。
美しくブローもして頂いて、お値段は約6000円。
 
一旦ホテルに戻って、クルールームでお茶をして、コンピューター専門店にソフトウェア(←すごく安いらしい)を買いに行っていた男性クルーと合流し、
夕食へ。 
去年も行った、アルボルズ山の麓の村・ダルバンド(Darband)にある山の傾斜を利用して美しく建てられたとっても素敵なレストラン。
午前中雨だったせいか、気温が下がり、ちょっと肌寒かったのですが、炭が沢山入った容器が足元に配置されてからは温かくなりました。
サラダ・ビュッフェと牛肉と羊肉のミックス・ケバブを頂きました。
 
ホテルに戻ってからは夜更けまでクルールームで同僚達が持ってきたDVDを見ました。
 
翌日は、朝食後、引き続きクルールームでDVD鑑賞。
私が持ってきたジブリのDVD集から、同僚達のリクエストで『千と千尋の神隠し』を見ました。
途中の(以前、子供達と一緒に見た時はなんとも思わなかった)"顔なしというキャラクターが(まるでエクソシストのように)もどし続けるシーン"で同僚達がどよめいていたのが印象的でした(笑)
 
夕食はクルールームでルームサービスのタイ料理。 
仮眠を取った後、アムステルダムへ夜間乗務。
ホテルを出る前に、クルールームで、ヴァウターが私のヒジャーブとアバーヤを着て記念撮影。
(公共の場でこれをすると罰せられるそうですので、男性の方、イランへご旅行される際はお気を付け下さい。)
 
テヘランの空港では、ステーションマネージャーが出迎えてくれます。
「あれ? 君は先週も来ていたね!」
覚えていて下さってました。
 
帰りの便も満席。
ビジネスクラスに、1歳半くらいの赤ちゃん連れのお客様がいらしたのですが、この坊やがまたとてもキュートで♡
サービス中もじ~っと見つめられて・・・可愛かったです。
アムステルダム到着後、降機の支度をされている時に、赤ちゃんを抱っこしながらでは大変かと
「お手伝いしましょうか?」
と近付いたら、その坊やが(だっこ~というように)両手を伸ばしてきたので、抱っこしてあげると、お父様が驚いた表情で
「この子は人見知りがひどくて、私達以外の人には抱っこされたがらないのに、いやはや珍しい!」
支度が終わり、飛行機を降りるのに、お母様が(さぁいらっしゃい、と)手を伸ばしても、私にしがみ付いて離れない・・・(^^ゞ
前世でご縁のあった坊やなのかもしれません。
 
今回もとても楽しいテヘラン便でした (*^-^*) 
 
 
 
 
 
 

フライト日記 (Tehran) その1

 
先週末、子供達の通う日本語補習校の保護者会総会があり、
その準備が本当に忙しくて、
フライト日記のアップがまたまたすっかり遅くなってしまいましたxxx
 
 
2009年9月
  (IKA)
 
ラゴス便のフライト日記にも書きましたが、
ラゴス便とテヘラン便は、不人気便の首位争いをしている路線・・・(^^ゞ
 
ラゴスで
「次のフライトはどこ?」
と聞かれて
「テヘラン」
と答えると、みんなそれは気の毒そうに
「一体何をやらかしたんだい?(苦笑)」
 って(・・・罰か何かだと思っている)・・・(^^ゞ
 
イランはイスラム教国の中でも戒律が厳しい国で、
女性は(外国人観光客だろうと誰だろうと)ヒジャーブ(髪を隠す為のスカーフ)とアバーヤ(身体の線を隠す為のコート)を着用しなければならないし、
アルコールも当然禁止。
欧米人の中でも自由を好むオランダ人が行きたがらないのも当然です。
 
でも、私はテヘラン、結構好きなのですバラ
イランの方々は、知らない人同士でもものすごく気遣い合う、とても良心的な印象を持っています。
それに、クルーホテルにはクルー専用フロアがあって、そこのクルールームで皆で食事をしたりDVDを見たりするので、
なんだか学生寮のようで、ステイもとっても楽しいのです。
 
リポーティング・タイムは13時55分。
その日は、アルバイト先の一つであるアムステルダムの小さな子供向け日本語学校のミーティングの為、
午前中はアムステルダムにおりました。
翌週パイロット授業を予定していたので、その打ち合わせです。
余裕を持って13時には空港へ向かいましたが、頭の中はパイロット授業の準備のことでいっぱいでした。
しかもパイロット授業の前日には、子供達が通う日本語補習校の保護者会総会があり、
保護者会会長を引き受けてしまった私は、その準備でも頭がいっぱいでxxx
電車の中での(フライトモードへの)頭の切り替えは失敗。
空港駅からクルーセンターへ向かう途中での切り替えも上手くいかず、
リポーティングを済ませてパーサーに挨拶してやっと、
フライトモードになってきました。
ブリーフィングまでコーヒーを飲みながら、リポーティングが同じ時間帯の日本人の同僚達とおしゃべりを楽しんでいたのですが、
このところ頭を使い過ぎたのか、だんだん体(特に頭)が熱ってきて・・・まるで知恵熱でも出たかのようでした(笑)
ブリーフィングまでには治りましたが・・・ε-(-_-;)ホッ
 
機種はMD-11。
担当はエコノミークラスです。
このところたまたまエコノミークラスが続いていますが、MD-11のエコノミークラスは最後部に1つしかギャレーがなく、
エコノミークラス担当だと歩く量がとっても多くなるので、ダイエットには最適なのです♪
 
搭乗が始まると、いつものように沢山の車椅子が・・・
テヘランは車椅子のお客様が多いことで有名です。 
(でも、到着するとなぜか歩けるようになっている方が多くて驚きます。←ブリーフィングでパーサーもそう言って笑っていました・・・(^^ゞ)
 
満席です。
飛行時間は4時間50分。
 
サービススケジュールは、ドリンクサービス→ホットミール→コーヒー/紅茶と食後酒のサービス→機内販売→軽食のサービス
となっていましたが、
「ラマダン中なので、暗くなってからホットミールのサービスをしてあげた方がいいだろう」
というパーサーの提案で、最初に軽食のサービスをしました。
・・・しかし、意表を付いて皆さん普通にお召し上がりになっていたので、同僚達は、
「到着前に大きなサービスをするのは大変なので、こんなことなら順序を変えなきゃよかった・・・(;-_-;)」
と後悔していました。
 
そして実際、
「こんなことなら順序を変えなきゃよかった・・・(;-_-;)」
という事態が!
 
(注: お食事中の方は、この先は、お食事が済んでからお読み下さい)
 
到着前のホットミールサービスが始まった直後、お手拭を配り終わった時に、
ご年配(70歳くらい?)の男性客の具合が悪くなってしまったのです。
近くの乗客(←テヘラン便の機内では、本当に、見知らぬ人同士がまるで親戚のようにお互いを気遣い合って、感心させられるのですが)に呼ばれて行ってみると、
そのおじいちゃまの顔は本当に黄緑色になっていて、今にももどしそうな様子。
周りの座席からシートポケットから吐袋をかき集め、おじいちゃまのお隣におかけだった奥様に手渡し、私は別の同僚に
*パーサーとコックピットに連絡を入れ
*冷たいタオルを持って来て欲しい
と頼みました。
 
おじいちゃまのところに戻ると、いよいよ戻されそうになっていらしたので、
右手で(シートポケットに入っている)『安全のしおり』を団扇代わりにあおぎ、左手で吐袋を持って・・・
角度的に、吐袋の中がどうしても見えてしまってxxx
・・・"何か食べ物ではない大きな物体"が見えたのですが、何だかわからぬまま、そのいっぱいになってしまった吐袋を受け取り、ウェイスト・トローリー(=ゴミ箱)にポイッ!
二つ目の袋に引き続き・・・
しばらくして吐き気が少し収まったようだったので、機内備え付けのファーストエイド用酸素ボンベで酸素吸入。
気が付くとパーサーをはじめ、私の他に3人も同僚達が集まってきてしまっていたので、
「そういえば、お食事のサービスを始めないといけないのでは・・・??? 急がないと、到着までに終わらなくなってしまうかも・・・」
と我に返り、
「こんなに大勢いなくても大丈夫でしょうから、私達は先にギャレーに戻ってミールトローリーの準備をしていますね!」
と同僚1人だけ残してギャレーへ・・・戻る途中に
「あそこの女性客が具合悪そうなのですが・・・」
と引き止められ・・・
 
呼吸困難に陥っている若い女性客。
同僚がファーストエイド用酸素ボンベで酸素吸入。
すぐに回復された様子でホッとしました。
 
すっかり遅れてしまったミールサービス、しかも、ラマダンを考慮して軽食サービスと順番を変えてしまった為、
ホットミールをお出しする=時間がかかる方のサービス。
(到着までに終えられるのか?!)
という不安を笑顔の裏に隠しながら、テキパキとサービスし、何とか間に合いました・・・ε-(^。^;)ホッ
 
テヘラン到着直前に、
「さっき具合が悪くなったおじいちゃま、入れ歯を一緒に戻しちゃったらしいんだけど、誰か知らない?」
と同僚。
吐袋の中にあった、あの、"何か食べ物ではない大きな物体"は、おじいちゃまの入れ歯だったんだxxx
「あ・・・それなら、吐袋の中だわ・・・うっかりそのままウェイスト・トローリーに捨てちゃった・・・」
と、私がウェイスト・トローリーの中を探そうとすると
「わーそんなことしなくていい! 時間もないし、おじいちゃまには新しい入れ歯を買っていただくことにしよう!」
おじいちゃま、ごめんなさい・・・m(_ _)m
 
テヘラン到着後、降機前に、ステーションマネージャーが持ってきたクルー用ヒジャーブ(髪を隠す為のスカーフ)とアバーヤ(身体の線を隠す為のコート)を着用。
(私達のは紺系なのですが、ルフトハンザは黒いそうです)
 
ホテル到着後はそのままクルー専用フロアへ。
クルー専用フロアでは、普通の格好ができます。 他のフロアーへ行く場合は、やっぱりヒジャーブとアバーヤを着用しなければなりません。
去年は5階だったクルー専用フロア・・・(射撃事件があったせいか)11階に変わっていました。 
 
同僚達とクルールームでクルードリンク(・・・といってもイランではお酒は飲めませんが)の後、就寝。
翌朝は同僚達と一緒にクルールームで朝食後、同僚達の何人かはバザールへ。
私は、補習校保護者会役員の仕事が気になって、ビジネスセンターでメールのチェック。
夕食も同僚達と一緒にクルールームで。
ルームサービスでタイ料理を頼んで食べました。 イランでタイ料理・・・というのも何だかちょっと変ですが、とても美味しかったです♪
 
テヘラン・・・学生寮あるいは修学旅行みたいで、やっぱり楽しい (*^-^*)
 
次もテヘラン便です・・・もう明日から!
今度は2泊あるので、何かDVD(ジブリのアニメにしようかな・・・)を持っていこうと思っています♪
 
 

フライト日記 (Lagos)

2009年9月
(LOS)
 
前の日も夜遅くまで、当日も家を出るギリギリまで、
日本語補習授業校の保護者会役員のメール、(オランダ人向け)日本語講師のアルバイトのレッスン予約メール、(4月から始めた日本人の子供向け)日本語講師のアルバイトの掲示板へのコメント等におわれ、慌しく空港へ・・・頭の中のモードの切り替えは電車の中で。
 
ラゴス便はテヘラン便と、不人気便の首位争いをしている路線・・・(^^ゞ
理由は、ナイジェリアが未だに政情不安で物騒なこと(→滞在中は、クルーホテルから出られません)と、ナイジェリアの人々が不躾だということ。
・・・オランダ人は、ナイジェリア人の英語が失礼だと言いますが、日本人の私からすれば、オランダ人の英語が(オランダ語から直訳した英語を使うと)もう既にかなり失礼で驚き済みなので、
ナイジェリア人に「Give me Coke!」と言われても、(ナイジェリア語から直訳した英語はきっとそうなんだろうな・・・と思うと)特に腹が立つこともなく・・・(笑)
 
それに、ナイジェリアも他の国々同様、この10年で随分変わりました。
英語もすっかり達者になって、ちゃんと「Coke, please!」とほとんどの人が「Please」を付ける様になったし、
服装も、以前は民族衣装の方々が多かったのが、すっかり洋服になって、しかもオシャレです。
 
でも、ラゴスの空港からクルーホテルまでは前後に警備の車が付き、クルーバスの窓は(中にクルーが乗っていることを悟られないように)全て曇りガラス・・・というのは相変わらず。
 
クルーホテル到着後、ホテル内のバーでクルードリンク。 
飲んでいるのは、クルーと石油会社の駐在員で欧米人がほとんど。
以前のようには現地の娼婦の姿は見かけなくなりました。
 
同僚達と話していると、バーテンダーがグラスワインを持ってきました。 
「注文していませんが・・・」
と戸惑うと
「あるお客様から、あなたに・・・今夜最も可愛らしい女性へ、とのことです。」
「どなたですか?」
「お教えできません」
 
どなたか存じませんが、ありがとうございます・・・
 
翌日は、朝食の後、部屋に戻って(←ナイジェリアはまだ政情不安の為、滞在中ホテルの外には出られないのです)、週末の日本語補習校の中学部の茶話会と、その後の役員会の準備をしました。
ランチは、同僚達と約束して一緒に。 
前回いただいてすっかり気に入った、激辛チキンシチューをまた注文。
超辛かったですが、美味しかったです♪
 
仮眠を取って帰りの乗務。
ホテル出発前に、クルードリンクで親しくなったルフトハンザ航空のCAの方々と再会。
「是非一緒に写真を!」
と頼まれて写真を撮りました。 メールで送って下さるとおっしゃっていましたが・・・送ってくれるかな・・・?
 
帰りの便は満席。
今回、初めて「Bolletjes-slikker(ボレチェス・スリッカー)」(=直訳すると「小さい玉を飲み込む人」=麻薬を体内に隠して密輸する人)に遭遇しました。
体内でコカインが漏れてしまったらしく、痙攣を起こし、意識不明のまま(ギャレーに倒れたまま)スキポールに着陸後、救急車で病院へ・・・
助からないことが多いそうですげっそり  
ラゴス便は、50%でもフライトリーブが1週間しかないので、早くフライト日記を書かなくては・・・と思いつつ、補習校の保護者会役員のメール処理や、茶話会・役員会・総会・役員引き継ぎの準備におわれて、すっかり遅くなってしまいましたxxx
 
明日からテヘランへ行って来ます! 飛行機
 

フライト日記 (Montreal)

 
フライト・セイフティーの試験勉強(←無事100点満点で合格しました♪)や、日本語補習授業校の保護者会役員の仕事(←今月は茶話会や保護者総会があるので準備が忙しいのです)や、引越しの片付け(←まだ終わってない・・・(^^ゞ)で、
更新がまたまた遅くなってしまいましたxxx
 
2009年8月
(YUL)
 
4月にトロント便とバンクーバー便が付いて、今度はモントリオール便・・・
今年はなんだかカナダ路線にご縁があります。
 
機種はMD11。
担当はエコノミークラスです。
 
以前にも説明したことがあったと思いますが、
MD11はエコノミークラスを6名のCAで担当するのですが、ギャレーが客室の最後部に1つしかなく、
6人が1つのギャレーで働きます。
 
客室には通路が2本。 そこにCAが3人ずつ、前・中・後部に分かれてサービスします。
 
後方部担当者(2名)は・・・まず、ギャレーでの全員分のトローリーの準備を担当し、前方部と中間部を担当する同僚達をキャビンに送り出してから客室後方よりサービススタート=ギャレーでの手際良い働き振りが要求されるポジション 
 
中間部担当者(2名)は・・・前方部担当者が担当エリアのサービスを終えたら、自分のエリアを引き継いでもらい、自分は後部担当者の残りのエリアを引き継ぎ、後部担当者が先にギャレーに戻ってトローリーの片付け&次のサービスの準備に取り掛かることができるよう配慮する(←6人が同時に戻るとギャレーが混雑してトローリーの片付けが大変なので)=臨機応変な対応を要するポジション
 
前方部担当者(2名)は・・・サービス開始ギャレーからエコノミークラス最前列まで、トローリーを延々と引っ張って行き、自分のエリアのサービスが終わったら、中間部担当者のエリアを引き継ぎ、最後部のギャレーに戻るまでの帰り道に同僚の担当エリアのお客様のおかわりの要求にお答えしながら戻る=体力と気力(?)を要するポジション(笑)
 
MD11のエコノミークラスのサービスがスムーズに運ぶか否かは、チームワークの良し悪しで決まると言っても過言ではありません。
今回は、私は中間部の担当。 
本当は前方部担当が好きなのですが・・・沢山歩くと痩せるので(笑)
 
オーバーブックで満々席のフライトでしたが、パーサーのクラリサが本当によくフォローしてくれた(=ギャレーからこちらの様子を伺い、ギャレーから何か必要な物があると、すぐに察して届けてくれた)お陰で&最高のチームワークで、気持ち良くサービスすることができました。
 
モントリオール到着後は、クルードリンク+夕食へ。
クルーホテルに到着して30分後にロビー集合(←オランダ人は支度が早い・・・)だと言うので、(そんなに早くシャワーを浴びられない私は)行き先を聞いて、後からレストランへ向かいました。
 
最後にモントリオールに来た時(少なくとも5年以上前)は、別のクルーホテルだったので、なんだか知らない街に来たようでした。
ホテルから3ブロック先のCrescent通りにある、Winnie’sというレストランが、どうやら彼らのお気に入りらしい・・・(←クルーホテル内に好みのバーがないと、彼らはどこかしらホテルの近くにお気に入りのバー/レストランを見つけて、行きつけの店にする習性があります)
のですが、通りに面したテラスには同僚達が見当たらない・・・( ̄_ ̄|||)
どうしようか悩んでいると、シニアパーサーのシリルが
「あんまり混んでたから、斜向かいのお店に変更したんだよ」
とわざわざ迎えに来てくれました。
斜向かいと言ってもかなり遠い・・・よく見つけられたなぁと感心。
お店の名前を忘れてしまいましたが、ホウレン草のサラダをいただきました。 とっても美味しかったです!が、とっても高かったですxxx
 
翌日は、同僚達とホテルで朝食後、楽譜を探して本屋とHMVへ。 結局楽譜は置いていませんでした。
つい、全然安くもないのに、HMVでDVDを買ってしまいました。
の5本。
『Sliding Doors』と『Chances Are』はお気に入りの映画の一つ。
『The Man in the Iron Mask』は三銃士の続きのお話しで、子供達に見せたいなぁと思って。
『Alfie』は大好きな歌と同じタイトルだったからつい。
『Shall We Dance?』はなんとなく。
お店の人に
「カナダのDVDを見られるプレーヤーを持っていますか?」
と聞かれて、
「アメリカと同じNTSCですよね? 大丈夫です」
と買ってきましたが、家で再生しようとしたら再生できない・・・( ̄□ ̄;)!!
リジョンコードというのを初めて知りました。 
確かにアメリカとカナダは一緒ですが、日本やオランダとは別なんですネ。 (←日本が、アメリカでなくヨーロッパと一緒のリジョンというのも意外でした)
PCのリジョンコードを変更して何とか見ることができましたが、これからはアメリカやカナダではDVDは買わないようにしないとxxx
 
帰りの便も満席。
夜のフライトだったので、サービスの合間にコックピットで星を観ました。 木星が相変わらずとってもきれいでした 星
 
今回、エバリュエーション(=人事評価=パーサーに仕事ぶりをチェックされる)だったのですが、
シニア・パーサーのシリルが、ものすごく高く評価してくれて、過去最高のレポートをいただきました。
これからも、がんばろう!と思いました。 シリル、ありがとう!!
 
次のフライトは、明日から・・・ラゴス便です 飛行機
 

フライト日記 (Tokyo)

 
先月末、一時帰国から戻ってすぐの東京便のフライト日記です。
 
2009年7月
(NRT)
 
ようやくリクエストが通りました。
前々日に子供達と一時帰国から戻ってきたばかりでしたが、
それでも嬉しい日本路線です♪
 
機種はボーイング777-200型機。 (日本路線にはB777-300型機は就航していません)
担当はビジネスクラス。
大大大先輩のSさんが相棒です。
緊張しました。 
日本人乗務員だった頃は、日本人同士で同じギャレーになることはありませんでしたからね。
 
大先輩のサービスを間近で見ながらの乗務、いろいろ勉強させて頂きました。

乗務歴20年とはいえ、まだまだ学べることは沢山ありますから。
「自分もいつか先輩のようなプロの日本人乗務員になりたい・・・!」
と夢見ていた頃を思い出しました。
 
オランダベースでオランダ人乗務員としてしか会社に残ることができないことになり、
ベースを移してからは、路線毎に、その国の習慣に合わせて臨機応変に対応するというサービスをするようになって、
日本路線ならではのサービスの仕方を、やはりだんだんと忘れてきてしまっているのだなぁと思い知らされ、
「本当は、先輩方のように日本路線のプロになりたかった!
・・・(>_<。。。」
とちょっと悲しくなりました。
 
私が外資系のCAを希望していたのは、
外資系航空会社で、日本人CAとして、外国人の同僚と日本人のお客様の間の"橋"の役目がしたかったからです。
16年前、日本人乗務員としての4年の契約が終了した時、
他社に移ることもできました。 
他社に移っていたら、もしかしたら、今もまだ日本人乗務員として日本路線を専門に乗務できていたかもしれません。
でも・・・
辞められなかった。
この会社が、オランダ人の同僚達が、本当に好きだったから。
日本路線になかなか乗務できないのは本当に本当に残念だけれど、
こうして今もこの会社で乗務を続けられていることは本当に本当に嬉しいです。
 
20年前に入社した私の期から、日本人乗務員は契約社員となり、
契約終了後オランダにベースを移すというオプションもなくなってしまった今、
終身雇用の先輩方(←私の期の前の期までは、終身雇用の採用だったのです)以外の日本人の同僚達は
契約が終わると辞めていってしまいます・・・本当に悲しい(T_T)
 
航空業界もこれからいろいろ変動がありそうですが、
65歳の定年まで、この会社で乗務が続けられるように、体調管理をしっかりしながら頑張りたいと改めて思いました。
 
さて、成田でのステイは、カラオケをしなかった(←行き付けだったクルー・ラウンジが2月で閉店してしまった為)以外はいつもと同じ。
仮眠を取った後、ホテルで自転車をレンタルし、同僚達を引き連れて100円ショップへ。
2時間程で戻ってホテルのバーでクルードリンク。
夕食はホテルの近くの和食レストランで。
ここでは毎回、豚の生姜焼き定食と梅酒をいただきます♡
 
フライト先では時々、ジョークで青いカラーコンタクトレンズを入れることがあるのですが、
今回も入れてみたら、パーサーのマルクが
「色が制服にとても良く合うじゃないか! そうだ、明日の乗務の時も入れてみなさい!」
「・・・でも、パスポートの写真の目の色と異なったらいけないのでは?」
「何か言われたら取ればいいヨ。」
「・・・でも、先輩がご一緒だったらちょっと・・・」
「明日はみんなジュニアだから大丈夫。」
「・・・でも、機長に何か言われるかも・・・」
「制服の規則にも違反してないし、何か言われたら僕が責任を取るから、心配しないで。」
食後の別れ際に
「明日、ちゃんとコンタクト入れるんだぞー!」
と再度念を押されて、一晩悩み、
翌朝もcallingの後、悩みに悩んだ末、
今回初めて、乗務の時にカラーコンタクトをしてみました。
 
成田空港の地上職員の方々に何か言われるかしら・・・とドキドキしましたが、
(明るい場所でないとあまり色が出ないようで)どうやらお気付きにならなかったご様子?
 
帰りの便の機種はボーイング747-400型機。
満席。
担当はAゾーン(=1階のビジネスクラス)です。
ここは18名のお客様を一人で担当するので、相棒はなし。
 
ドアの前は暗くて見えなかったコンタクトレンズの青い色も、明るいキャビンではよく見えるようで、
度々お客様方から目を見つめられましたが、
もともと目の色が人それぞれのヨーロッパからのお客様方は、
「普通に青い目の日本人なんだ」
と思ったのか(?)、何も言われず。
日本人のお客様お一人だけ、
「とても綺麗な色の目ですねぇ! 魅力的ですよ!」
と度々褒めて下さいました。
 
OCRで休む時にはコンタクトを外さないと・・・と思っていたのですが、
サービスリマーク(←日本語訳、特に、離陸後最初に上映する機内サービス紹介ビデオの日本語字幕があまりにヘンテコなので)を書いたりしているうちに時間がなくなり、
結局、そのままアムステルダムに到着。
クルー用のパスポート・コントロールで何か言われるんじゃないかとビクビクしていたのに、
「おっ! 綺麗な目だね!」
と、ここでもまた褒められ、なんだかちょっと気が抜けました(笑)
 
カラーコンタクトを入れて乗務しても全く問題ないということがわかったフライトでした(笑)
でも、今回のようにパーサーからリクエストがない限り、やめておくつもりデス(笑)
 
次のフライトはモントリオール便(なんだか今年はカナダ便が多い?)。
その前日に、年に一度のフライト・セイフティーの試験があるので、来週は試験勉強に励みます!
 

フライト日記 (Singapore)

先月末、一時帰国から戻り、東京便の乗務を終えた翌日から、車でスロヴェニア~ギリシャへ行き、
昨日、飛行機でオランダに戻って来ました。
ギリシャの村にもいよいよインターネットが開通したと聞き、PCを持って行っていたのですが、
村に落雷があり、インターネット不通となってしまいました・・・
そんな訳で、すっかり遅くなってしまいましたが、これから
シンガポール便、東京便のフライト日記と
スロヴェニア~ギリシャ旅行記、
できるだけ急いで書き上げたいと思います!
2009年7月
(SIN)
久し振りのシンガポール便。
機種はボーイング777-200型機。
 
担当はビジネスクラス。 満席。 
相棒のカリン、笑顔が魅力的なのですが・・・仕事が荒いというか雑というか・・・(^^;
ビジネスクラスでは、ドリンクサービスやミールサービス時に、乗客リストを持参し、お客様をきちんとお名前でお呼びしてサービスすることになっているのですが、
(きちんと毎回そうしていると、到着する頃にはもう皆様のお名前を覚えてしまって、リストは不要になったりもしますが)
「面倒くさい」
と言って持っていかないカリン・・・(^^; 

なんだかやたらに彼女のエリアだけサービスが早いと思ったら、
紙ナプキンを差し上げていなかったり、お皿の下に受け皿を付けずにお出ししていたり・・・(^^; 

でも、話術に長けているのか、お客様からクレームが来るような様子もないので、
これが”彼女のサービス”なのでしょうネ(*⌒―⌒*)
シンガポールまでは飛行時間が12時間を越えるので、休憩時間があります。
各ギャレーに必ず1名はCAが残るように全体を2グループに分けて、順番にOCR(=Overhead Crew Rest)で休憩を取ります。
休憩に入る順番は、CAML(=CAの名前と担当ドア、担当エリア、担当ギャレーなどが記載されたシート)に、
AまたはBで表示されており(←Aグループが先に休憩に入ります=ファーストシフト)、同じギャレーのCA同士で交換することも可能です。
大抵の場合、行きの便で最初に休憩に入った人が、帰りの便では後に休憩に入るので、
遠くから通ってきている同僚の中には、帰りの便でのセカンドシフト(=後に休憩に入るグループ=Bグループ)を希望する人が多く、
その場合は大抵、行きの便で自らファーストシフトを取ります。
カリンも、本当はB(→行きの便がセカンドシフトで帰りの便がファーストシフト)でしたが、シンガポールから戻った当日、3歳の娘をピックアップしないといけないから・・・と、
帰りの便でのセカンドシフトを希望し、行きの便では最初に休憩に入りました。
カリンが休憩に入っている間に、到着前の朝食のサービスの準備をできる限りやっておくようにしました。
(彼女の仕事ぶりからして、彼女の準備してもらうのはちょっと不安・・・というのも正直ありました・・・苦笑)
お客様、それからコックピットのケア(←ビジネスクラス担当のCAは、コックピットクルーの飲み物や食事の用意もします)をしながら、
お客様がそれぞれ記入された朝食オーダーフォームを見ながら、朝食トレイを準備し、
朝食のホットミールの数を確認し、
朝食用のパンをコンテイナーからオーブンに移し(ミールの方は、ギリギリまで冷蔵庫に入れておいた方がよいので、休憩から戻ったカリンにお願いすることにして)、
別のギャレーに搭載されている、朝食用のアイオープナー(=ヤクルト、ヨーグルト・ドリンク、野菜や果物のビタミン・ドリンクetc.)を予めビジネスクラスのギャレーに移しておきました。
余った時間で、到着前にお配りするデルフト焼きのミニチュア・ハウスの準備もし、不要になったトローリーの入れ替えもして、
「ファーストシフトの休憩から戻ってきた時に、同僚がここまでやっておいてくれていたら、感激!」
と自分が思えるだけの準備を完了。
休憩を終えて戻ってきたカリンに、
「あとは、ホットミールをオーブンに入れて、新しいコーヒーを入れ、おしぼりを準備するだけヨ」
と伝えて、私も(普段は滅多に行かないのですが、今回は乗務から戻った翌日から子供達と一時帰国予定だったので久し振りに)OCRへ。
数時間後・・・休憩を終えてギャレーに戻ると・・・
朝食のサービスの準備(=ミールトローリーを出して、上にコーヒーカップやコーヒーポット、ジュース、ミルクなどをセットしたり、アイオープナーをトレイに並べたり、おしぼりを温めておいたりetc.)が全然できてない・・・( ̄_ ̄|||)
満席でなければ、エコノミークラスよりも少々遅れてサービスをスタートしても差し支えありませんが、この日は満席。
それに、単純な朝食サービスではなくアラカルトのサービスなので、コーンフレークやミューズりを召し上がるお客様には牛乳を注いで差し上げたりと、時間も余計にかかるし、
朝食のサービスの後にはデルフト焼きのミニチュア・ハウスをお配りしなければならないし(・・・カリンが休憩中に準備をしておいてよかった)、
シンガポールは到着前に、全てのアルコール飲料の数を(栓が開いているものと開いていないものと別々に)数えて、特別な用紙に記入するという面倒な作業もあるのに・・・
カリンはというと・・・
パーサーとお隣のギャレーの同僚に慰められながら、泣いてる…(T_T)
とにかく、とりあえずサービスの準備を始める私。
準備が整ったところで、カリンに
「どうしたの? 大丈夫?」
と声をかけてみたけれど、
「何でもない」
とだけ言って、お化粧室へ行ってしまった・・・
それで、その場にいたパーサーに
「私は彼女の相棒です。 チームワークが大切なこの仕事、相棒が泣いている訳を教えて下さい。」
と言ってみたところ
「・・・旦那さんから離婚を切り出されて、今、辛い毎日を送っているのですって。」
とのこと。
・・・思い切り公私混同( ̄_ ̄|||)
仕事に家庭を持ち込むなんて、日本ではあり得ませんが、こちらではよくある光景・・・
カリンを心配したパーサーや他のギャレーの同僚の助っ人を得て、なんとか時間通りサービスを終えることができましたが、
自分は同僚にこういう私的な迷惑をかけるようなことはしないようにしたい、と心から思いました。
シンガポールでは、客室の同僚達はほとんど皆お買い物に出かけてしまったので、私は残ったコックピットの同僚達と相棒のカリンとで
クルードリンクの後、お食事へ。
川沿いの、とってもロマンチックなレストランIndoChine。
シンガポール便がよく付くという副操縦士フーベルトのお勧めのレストラン。
さり気なく流れるボサノヴァやジャズのLive Musicを聴きながら、
多国籍料理風の凝ったお料理を頂きました。
ワインも美味しかったです!
夕食後は、(やはりフーベルトお勧めの)シンガポール名物Night Safariへ。
夜、開園している動物園です。
これが予想以上に面白かったです。
昼間の動物園では動いている姿を見ることができない夜行性の動物達を、間近で見ることができます。
オオコウモリ(←本当に大きい)がミニバナナを食べるところとか・・・
それからムササビがよかった!
意外と大きくて、一見アライグマのようなのですが、木々を伝って高いところに登っては、見学している人間達の頭スレスレのところを、
ビューーーーン!!!
と飛んでいきます。 非常にスリリングでした。
フェレットのようなの(暗くて良く見えなかったxxx)の赤ちゃんが2匹でジャレ合ってる姿も可愛かった♡
ここはいつか子供達を連れて来たいです。
副操縦士のフーベルトがまたとっても紳士で優しくて、
シンガポールへ来るのは今回が初めてだという後輩、セカンド・オフィサーのヨルンの面倒を本当に良く見ていて、感心しました。
彼がゲイでなかったら恋をしてしまいそうでした(笑)
KLM フーベルト&ヨルンと
(左がヨルン、右がフーベルト)
2日目の夜は、夕食後、(これまたフーベルトお勧めの)、InsomniaというBar/ClubでLive Musicを楽しんだのですが、2組目のバンドに見覚えが・・・
2006年の2月(←ブログを遡って確認)、香港のWan Chai(灣仔)にある”Dusk till Dawn“というBar/Club(←Insomniaと同系列のBar/Clubらしい)で演奏していたバンドでした!!
(普段クラシックしか聴かない私でさえ感動するくらい)ものすごく上手な演奏だったので、とても印象に残っていたのです。
とっさに近くにあった紙ナプキンで薔薇の花を作ってボーカルの人に差し上げたら(←我ながら思い切った行動でしたがxxx)ちゃんと受け取って下さって、耳にかけて歌って下さってました。
バンドの演奏が終わって、お化粧室に行った帰り、丁度そのバンドのメンバーの方々が立ち話をされていたので、(思い切りついでに)話しかけてみました。
 
皆さんとっても気さくな方々で、香港がベースの方々らしいのですが、バンドのメンバーの方々の名前やら、メールアドレスやら携帯電話の番号やら書いて下さいました。
バンド名は、charcoal。 日本で演奏したこともあるとか。
「hk charcoal band」で検索すると、YouTubeに動画も載ってました。
ご親切にも打ち上げパーティーにまで誘って下さったのですが、他の同僚達も一緒でしたし、遠慮しておきました。
いつかまたどこかで彼らの演奏を聴く機会があることを願っています♪
今回いろいろお勧めの場所に連れて行ってくれたフーベルトが、10月にヨルンと二人で一緒に東京便をリクエストするかもしれないとのこと。
私が丁度秋休みで一時帰国中だったら、お礼に東京を案内してあげようと思っています (*^-^*)