フライト日記 (Delhi)

2008年2月
(DEL)
 
今回で3回目のデリー便。
 
この路線はよく使用機種が変わります。
前々回はMD-11、前回はボーイング777、そして今回はボーイング747-400の、それもALL PAX (オール・パッセンジャー)(旅客機用B747には、機体の全てが客室となっているALL PAX と、機体の後部が貨物室となっているCOMBI の2種類あって、総乗客数は ALL PAX が428名、COMBI が280名)。
 
B747のALL PAX に乗務するのは本当に久し振りでした。 
以前は東京便も曜日によっては ALL PAX だったのですが、今は、スケジュール上は全て COMBI となっています。
 
担当はBゾーンと呼ばれる、エコノミークラス最前部。
フリークエント・フライヤー優先エリアです。
ブリーフィングの後、ドア12(=前から2つ目、左側のドア)から飛行機に乗り込んで機体の後ろに目をやると、最後部は遥か彼方・・・エコノミークラスだけで386席あるのです。
 
満席・・・こ~んな大きな飛行機が(こんな中途半端なシーズンに)満席になるなんて・・・!
 
インド人のお客様方は、アフリカ路線同様に、ゆ~っくりの~んびりご搭乗。 
やっと皆様お揃いになったかと思いきや、エンジンに不調箇所が見付かり整備点検。
 
機長からディレイをお詫びするアナウンスが入ります。 
日本路線だとこれを日本語に訳してアナウンスしないといけませんが、それをしなくて済むのはやっぱり楽デスね(笑)
 
「どうして遅れているんだ? いつになったら出発するんだ?」
というインド人のお客様方からの質問に、ブリーフィング時に見せられた『インド路線・参考ビデオ』での
「インド人に対しては、相手の目をしっかり見て、じっくり時間をかけて説明する」
というアドバイスを思い浮かべながら、
「私達も早くデリーに行って美味しいカレーを頂きたい!のですが、安全飛行が第一ですから・・・故障箇所の修理が完了するまで、今しばらくお待ち下さいね(✿ฺ^-^✿ฺ)」
と説明。
 
2時間遅れで無事出発~飛行機 
 
非常に忙しいフライトでした・・・皆様お飲み物を一度に2つも3つも頼まれ、トローリーに乗せていないものをご注文され・・・記憶力の良い訓練になりました(笑)
 
デリーに到着したのは午前0時過ぎ。
お客様が皆様お降りになった後、私達もデリーの地上職員の男性に従って入国審査場へ向かいます。
通路の先に、幅2mくらいの階段と、そのすぐ隣にエスカレーターが見えてきました。 どうもその下が入国審査場らしいのですが、近づくにつれ見えてきたのは・・・
入国審査場から階段の上まで続く、全く列を成さない人人人・・・エスカレーターも動いておらず、そこも人でいっぱい・・・
何百人という人がぐちゃぐちゃに立ち並び、ウンともスンとも動かない・・・まさにカオス状態・・・( ̄_ ̄|||)
 
通常、乗務を終えて疲れたクルーがスムーズに入国できるよう、専用通路があったりするものなのですが、そういうのも見当たらず・・・(;-_-)
 
私はマイナスなイメージは早々に削除してしまうタチなのですっかり忘れていたのですが、前に来た時もきっとこうだったんです・・・少し記憶が蘇りました。
ほとんどの国々が(少なくとも欧米の航空会社が乗り入れる国際空港があるような国では)年々発展して、どんどん便利になってきているというのに、この国は・・・変わらないのですね。
 
私達を引率していた地上職員の男性が何の行動も起こさないので、思い余った同僚達が
「すみません、通して頂いていいですか?」
と階段を降り始め、どうにかこうにか下の階へ。 
ホッとして改めて階上を見上げると、後から到着したフィンエアのクルーが何ということもなく人々の中を掻き分けて降りて来て、さっさと先に行ってしまった・・・(^_^;)
 
クルーホテルまではクルーバスで約1時間。 ひたすらデコボコ道でした。 
途中、硫黄のようなニオイがしたので、温泉?!(な訳ないのですが)と外を見ると、ゴミ捨て場・・・かと思うくらい酷い住居地。
こんな所で生活している人々がいる・・・ショッキングな光景でした。
 
クルーホテルは前回とは違うホテルに。 
既に午前3時近かったので、翌朝の集合時間を決めてすぐに休みました。
 
翌日は、午前10時起床。 オランダ時間で5時半(=時差が4時間半なので)・・・ちょっと起きるのが辛かったデス。
ロビーで軽く朝食を取った後、デリーに詳しい同僚達にくっついて買い物に。
同僚達は、パシュミナやらシルクのカーテン、テーブルクロス、クッションカバー、ベッドカバーなどなど、なんだかゴージャスなものをいろいろ買っていました。
私はマリアのお友達のお誕生日プレゼント探し♪ ネパール製のフェルトのバッグと鈴が沢山付いたブレスレットを買いました。 マリアとその仲良し、4人お揃いです。
あとは、妹と義理の妹(=弟の奥さん)用にもブレスレットを買いました。  気に入ってもらえるといいなぁ・・・♡
 
ホテルに戻って皆で早めの夕食。
私は大好物のドーサを注文しました。 美味しかったです!!
 
午後7時から仮眠を取りました。
いつもはCalling Time (=ホテルを出発する1時間前のウェイクアップ・コール)の30分くらい前に目覚ましをかけるのですが、前日のディレイもあって疲れていたので、(Calling がきたら大急ぎで支度しないと・・・!と思いつつ)初めて目覚ましをかけずに休んでみました。
 
電話が鳴りました電話
Calling だ!と飛び起きて電話に出ると何も聞こえません。
そういうCalling の時は大抵5分後くらいにもう一度電話がなるので、気にせずバスルームへ。
「あんなCalling じゃ、普通なら起きられないんじゃないかしら・・・私は寝起きが良いタイプでよかったわ・・・ε-(^。^*)ホッ」
などと思いながらシャワーを浴び、支度を終えてロビーに降りました。
 
Callingの50分後=出発10分前のはずなのに、同僚達が誰一人見当たりません。
おかしいなぁ~と思いながら、ルームキーを返却しにフロントへ行くと
「あの・・・ちょっと早過ぎではありませんか・・・?」
とホテルのスタッフ。
時計を見たらなんとまだ午後9時10分・・・( ̄_ ̄|||)
Calling Time は午後10時20分・・・(;-_-)
ではあの電話は単なる間違い電話・・・(恥)
ホテルのスタッフに
「1時間ほど前に電話があったので、てっきり Calling かと・・・(^^ゞ」
そそくさと部屋に戻りましたが、もちろんもう眠れませんでしたxxx
 
新しい教訓  
『Calling があったら時間を確認すること!』
 
帰りの便も満席。
空港の出発ロビーも満員。 
再び、ぐちゃぐちゃに立ち並ぶ人人人人人・・・の中をかき分けかき分け、やっと手荷物検査場に辿り着いた時には、既に出発予定時間の15分前でした(汗)
こんなんでは定刻出発なんて絶対無理ですxxx
ようやくゲートに着いて、機内へ乗り込む私達を見て、ゲート前のお客様が一斉に立ち上がったのにもビックリ・・・早く出発なさりたいお気持ちは察しますが、お客様はすぐにはご搭乗いただけません・・・(^-^;
 
行きの便でもそうだったのですが、帰りの便でも、飛行中にご気分が悪くなられるオランダ人の男性客が相次ぎました。
デリー便の前日に、AED(Automated External Defibrillator自動体外式除細動器)の訓練を受けたばかりだったこともあり、落ち着いて対応できましたが、体格の良さそうな男性客が次々具合が悪くなられるというのは珍しいなぁと思いました。
考えられる原因は、客室の温度が高かったこと。
多くのインド人のお客様からの要望で、客室の温度を通常よりも3度ほど高く設定してあったのです。
ちなみにこれは日本路線も同様。 日本路線では、最初から客室の温度を2~3度高く設定することになっています。
日本人の体温が欧米人よりも低い為(→日本人の平熱が35~36度であるのに対し、欧米人の平熱は37度くらいだそう)、寒さに弱いらしいのです。
インド人も体温が低いのかしら・・・?
 
次のフライトは東京便です♪
 

フライト日記 (Dar Es Salaam)

2008年1月
(DAR)
 
今年の初仕事です♪
2ヶ月前、全身関節痛で病欠を取った為に乗務できなかったダル・エス・サラーム(タンザニア)便が付きました。
 
病欠を取った時のブログにも書きましたが、ダル・エス・サラームは、オランダベースに移って間もない頃に乗務して、ステイ先で唯一寂しい思いをした、しょっぱい(←涙の味)思い出の場所・・・10年以上経った今、どんなにか変わっていることでしょう。
 
ダル・エス・サラーム便は、以前はリロングエ(マラウイ)便の経由地でしたが、現在は、アムステルダム—キリマンジャロ—ダル・エス・サラーム—アムステルダムというスケジュール。
私達はキリマンジャロでは降機せず、ダル・エス・サラームで乗務員交代をします。
 
ボーディングが始まり、リュックサックや登山靴を持ったお客様方(=バックパッカー?)が続々と乗っていらっしゃいます。 
今日は満席です。
接客のお仕事では、第一印象が肝心ですので、最高の笑顔でお迎えします。
お客様がついつられて笑顔になってしまうような、そんな笑顔・・・(✿ฺ^-^✿ฺ)
 
離陸時、ジャンプシート(=クルーが座るシート)に座って離着陸時の姿勢(=進行方向と反対向きに座っている場合は、背もたれに頭を付けて顎を上げる)をとった時、
「あ・・・頭のお団子が邪魔じゃない・・・!」
と思いました。 
新鮮でした。 
実は、1月2日に腰まであった髪をバッサリ切ったのです。 こんなに短くしたのは小学生以来? 
切った髪を計ってみたら51cmありました。 (←計ってるし)
そしてこれが髪を切ってからの初フライト。
人生の半分以上はロング・ヘアーだったので、短い髪に悪戦苦闘しています。 ワックスを付けて形を整えることの難しいこと!
でも、ジャンプシートに座った時に、頭の後ろがゴロゴロしないのは気持ちがいいです(笑)
 
機種はMD-11。
担当はエコノミークラス前方エリア。
 
ダイエットに最適のワーキングエリアが、この、MD-11のエコノミークラスの前方エリア・・・というのも、MD-11は、エコノミークラスのギャレーが機体の一番後ろに一つしかないからです。
エコノミークラスの前方エリア担当者は、最後部のギャレーから最前列まで、100m以上ある長~い通路を、重~いトローリーをひっぱって行き、そこからサービスをスタート。 担当エリアのサービス終了後は、再び長~い通路を最後部のギャレーまで戻る・・・というのを何度も繰り返すので、歩く量が違うのデス。
丁度、一時帰国中に(また)5kg程太ってしまっていたので、はりきって前方エリアを担当させていただきました。 折角なので、お食事のサービスの後などには、全エリアにパンのおかわりをお持ちしたり、フライトの合間にもなるべく頻繁にキャビンに出て、空いたグラスなどをさげてまわりました。 
(↑機内で沢山歩くと、本当に痩せるんですヨ♪)
 
今回、10年ぶりに再会した同僚が二人いました。
二人とも、10年前に札幌便で一緒だったクルーで、一人はスチュワードのBert。 当時、ガールフレンドだった女性と結婚して、3児のパパになっていました。
もう一人は機長のErik。 10年前はボーイング747-400の機長でした。 
ボーイング747-400は一番大きな機種。 
その747-400の機長になったら、普通は定年まで機種を変更しないものだと思っていたので、どうしてMD-11に移ったのか聞いてみましたら、
「35歳から10年間747の機長をやったので、この先も同じ機種じゃつまらないからMD-11の機長になってみた」
・・・のだそうです。 
若干45歳の超ベテランキャプテン・・・なんと彼、最初はスチュワードとして乗務していたのだそうです・・・びっくり
 
アムステルダムを出発して約8時間後に到着したダル・エス・サラームの空港・・・天井は10数年前と変わっていません。
入国手続きを待っていると、私の反対側のエリアを担当していた同僚が
「私のエリアにいたアメリカ人のご夫婦が、あのスチュワーデスはフライトの最初から最後まで常に笑顔だった、最高の笑顔だった、って・・・あなたのことよ!」
と伝えてくれ、嬉しかったです。
 
クルーバスでホテルへ。 今のクルーホテルは、他の都市と変わらぬ、街中の高級ホテル。 
高床式で石の壁(←隙間に虫が徘徊する)+椰子の葉の屋根のバンガロー・ホテルは今、どうなっているのでしょう・・・?
(火事で焼けてなくなってしまったという噂も・・・)
 
ホテル到着後はいつものようにクルー・ドリンクへ。 
マラリア地域ですので、虫除けを全身に塗って!
ホテル到着が既に(現地時間で)午前0時頃でしたからホテルのバーも間もなく閉まってしまったのですが、余分に飲み物を頼んでテラスで引き続き飲んでいました。
2時間ほどして、ナイロビ便のクルーが到着。 ケニアでの暴動が収まるまで、ナイロビ便のクルーも、ここダル・エス・サラームにステイすることになっているのだそう・・・ナイロビからわざわざダル・エス・サラームまで・・・大変そうです
 
翌日は、プールサイドでタンザニア風お魚料理(←スパイスが効いた白身魚で、とても美味しかったデス)とタンザニア風ピッツァ(←茄子や人参などのお野菜ものっていて美味しかったデス)をいただき(→フライト先ではなるべく現地のお料理をいただくようにしています)、夕方からCalling (=ホテルを出発する時間の1時間前にあるウェイクアップ・コール) Timeまで仮眠を取りました。
 
ダル・エス・サラームのCalling Timeは21時10分。 
夜の9時に目覚ましをかけて、外が明るいうちからベッドに入る・・・ 
すっかり普通のことになっていましたが、よく考えると可笑しな生活ですよネ。
 
そういえば先日、子供達が通っているアムステルダムの日本語補習校で、保護者の茶話会があったのですが、お母様方が

「冬の間は真夜中のように暗いうちに起きなければならないので、朝がつらい。」
(↑ オランダは冬至の頃などには、朝の8時でもまだ真っ暗だったりするので)
と皆様おっしゃっているのを聞いて、
(そうなんだ・・・私はそんな風に感じたことないなぁ・・・)と興味深く思いました。
私達にとっては、フライト先によってはCallingの時間が朝とは限りませんから、"暗いうちに起きる"ことは特別なことではなくなっているのでしょうネ。
 
帰りの便もほぼ満席です。
アムステルダムから到着したクルーとの引継ぎ(→ご病気のお客様や何か問題のあるお客様等がいらした場合、それを同僚に伝えます)をしていると、
「つい最近、一緒に乗務しなかった?」
と全然知らない同僚が聞いてきます。
「つい最近、会社のパーティーのDVDを見たんじゃない?」
「あ~! あなた、Wibiとピアノ弾いた人? 髪型が違うからわからなかったわ!」
 
先月、昨秋の会社のパーティー(→詳しくはhttp://fromholland-withlove.spaces.live.com/blog/cns!945B0BC82EE67D38!2748.entry)でのDVDが配布されて、パーティーに出席していなかった同僚達からもよく声を掛けられるようになりました。
私が出ている部分だけ抜き出せたら、ここでお見せできるのですが・・・どうやったらいいのかわからなくて・・・(^^ゞ
(どなたかご存知でしたら、是非教えて下さい!・・・m(_ _)m)
 
ボーディングの最中、お隣で話しかけてきたお客様がいらっしゃいました。
元警察官だったというおじいちゃま。
「君は何年この仕事をしているのかね?」
「今年で丸19年です。」
「随分長いことやってるんだねぇ!」
「ええ! でも、今でも入社当時と変わらず、仕事は楽しいですよ!」
「仕事が楽しいと思えるのは素晴らしいことだね! ワシも仕事は楽しかった! 今は自由時間を楽しんでるよ!」
 
このおじいちゃまは私の担当エリアにお掛けではなかったのですが、私が通りかかる度に
「お! ワシのお気に入りのスチュワーデスさん!」
と声を掛けて下さって(笑)
「ワシは、楽しんで仕事をしている人を二人知っとるよ! 君と、ワシのお隣にお座りのシスター!」
おじいちゃまのお隣では、カトリック教会のマスールがにっこり微笑んでいらっしゃいました。
 
夜のフライトだったので、ビジネスクラスのお客様のほとんどがお食事を召し上がらずにお休みになってしまったとのこと=ビジネスクラスのお食事が沢山余っていたので、サービスの後、味見してみました。 どの路線も、アムステルダム発はほぼ同じメニューですが、帰りの便には大抵現地のお料理が搭載されるので、いつも(見るだけでも)楽しみなのです。
アフリカのお料理は、(暑い国だからでしょうか)スパイスが効いていてピリカラのものが多い気がします。
ビーフもチキンも、どちらもとっても美味しかったです♪
(↑はい、両方頂きました・・・ダイエット中だったはずなのにあせあせ(飛び散る汗))
 
アムステルダム到着後、今回私はDisembarking担当だった(CAML=Crew Assignment Movement List=担当ドアポジションや担当エリアなどが書かれているシートに追加事項として記載があります)ので、お客様より先に降機し、ゲート前に立って、乗り継ぎに関する質問に答えたりしながらお客様をお見送りしました。
 
全身関節痛になって動けなかった時には
「もう乗務できないのではないか・・・」
と思っていたので、復帰できて本当に嬉しいです・・・!!(>_<。。。
年末年始に実家に帰っていた時、父に
「なんだか妙に嬉しそうだなぁ~・・・恋人でもできたか?!」
と言われ、
「恋人なんていないのに(←いたら不倫ですってxxxたらーっ(汗))どうして???」
と思いましたが、今思えば、病欠明けのフライト(ケープタウン便)の直後の帰国でしたので、きっと、乗務に復帰できたことが(まるで恋人でもできたかのように見えるくらい)ものすごく嬉しかったのだと思います(笑)
 
次のフライトは、2月1日からデリー便です。 
 
追伸 機内であんなに食べたのに、
    フライトから戻ったら3kg痩せていました♪ 
    "MD-11エコノミークラス前方エリア担当ダイエット"
    (↑長っ)
    効果有り!ですぴかぴか(新しい)指でOKぴかぴか(新しい)
 

フライト日記 (Cape Town)

2007年12月
(CPT)
 
今年の仕事収めは、12月24~28日のケープタウン便。
関節痛で1ヶ月以上乗務を休んでいたので、
(仕事復帰できた!・・・という)嬉しさ半分+(痛みが悪化したらどうしよう・・・という)不安半分で出かけました。
 
気候の良い南アフリカでクリスマス~年末年始を過ごそうという観光客で、ビジネスクラスもエコノミークラスも満々席でした。
飛行時間は11時間40分。
機種はボーイング777です。
 
担当はビジネスクラス。 
35名のお客様(=満席)のうち、10名は社員割引利用者。 
12月24日発ですからクリスマス(オランダでは25日が第一クリスマス、26日が第二クリスマス)はフライト先で過ごすことになりますし、
ケープタウン便は3泊5日と長めのスケジュールであることもあって、
ビジネスクラスの私の相棒マフテルトの旦那様、パーサーの長男、エコノミークラスの同僚のパートナーetc.
同僚達も何人か家族を同行していました。
私もいつか子供達・家族・友人達を連れて行けたらいいなぁ・・・♡
 
ケープタウンは、もともと東アフリカ・インド・東アジア貿易に携わるオランダ船の食料基地として建設された街です。
ですから、ここで話されている南アフリカ語?(アフリカーンス)はオランダ語にそっくり。
例えば、ケープタウンの現地語読みであるカープスタット(Caapstad)はオランダ語と同様です。
 
ケープタウンに乗務するのは、確か今回が3回目。
初めて乗務した時は、まだ直行便はなく、ヨハネスブルグからの往復乗務でした。 
直行便はケープタウンの離発着が夜遅い為、夜景しか楽しめませんが、ヨハネスブルグからの往復便の時は日中のフライトだったので、テープルマウンテンの絶景が楽しめたものです。
機長がわざわざ航路変更してテーブルマウンテン上空を飛んだり・・・懐かしい!
 
ケープタウン到着後は、いつものようにホテルのバーでクルードリンク。
(遅い時間に到着するので、行った途端にラストオーダーですが・・・笑)
 
翌日は、朝食(お寿司もありました!)の後、パーサー親子と一緒にバスツアーに参加しました。
ガイドの説明を聞きながらケープタウン市内を観光し、テーブルマウンテンに登り、ビーチを巡って、再び市内に戻ってくる・・・というツアーで、1日1人R100(=約10ユーロ)。
クリスマス当日でしたので市内は閑散としていましたが、お陰で渋滞に遭うこともなく、すんなりテーブルマウンテンまで辿り着くことができました。
 
・・・が、天候がみるみる悪化し、バスがテーブルマウンテン中腹に到着する頃には辺りは霧で真っ白に・・・何も見えない上、寒い!
予報では、晴天で摂氏28度のはずだったのに・・・
よ~く見ると、頂上をヘリコプターが旋回しています。
バスの運転手が
「レスキュー隊が出てるなぁ・・・遭難者が出たかな?」
とボソリ・・・遭難者・・・( ̄_ ̄|||)
ここからケーブルカーで頂上へ登り、ケープタウンの街を見下ろしながらお茶をする予定は変更。
バスツアーを続行してビーチへ。
ビーチ到着時には天候も回復・・・テーブルマウンテンにも午後から行った方が天候が良さそうです(←次回は登るゾ!)
 
おしゃれなカフェやバーが並ぶCamps Bay Beach、ゴージャスな別荘が並ぶClifton Beach(←ベッカム夫妻etc.著名人が別荘を持っているそうです)・・・
前は海、後ろは山・・・素晴らしい景色です。
ビーチや住宅街を警察官が馬に乗ってパトロールしているのも面白かったです。
(↑オランダでも、アムステルダム市街地など車が入りづらい場所は、乗馬パトロールだったと思います)
 
バスツアーの最後に通るウォーターフロント地区(Victoria&Alfred Waterfront)で下車。
ケープタウン港の波止場の上にあるウォーターフロント地区には、アフリカの民芸品のマーケット、海洋水族館Two Oceans Aquarium(大西洋とインド洋が交わる南アフリカならではの水族館)、ショッピングモール、ホテル、レストランが並び、観光客で賑わっています。
ここで、テーブルマウンテンを眺めながら、遅めのランチをいただきました。 
なるべく滞在先の現地料理をいただくようにしている私が選んだのは、南アフリカ料理の一つボボティ。 
辛くて美味しかったデス!!
 
ホテルに戻ってから、クルードリンクまでの時間、一人でサウナに行ってみました。
普段はあまりサウナには行かないのですが、ここのサウナは特別です。
ホテルの最上階にあるこのサウナ、前面がガラス張りになっていて、その眺めの素晴らしいこと!! 特に夕焼け~夜景がそれはも~美しいのです。
同じ階にある室内プールもガラス張りで、プールの淵にもたれながら外の眺めを楽しむことができます。
 
クルードリンクの後、皆で街のレストランでクリスマス・ディナーをいただきました。
南アフリカは、お食事もワインもと~っても美味しく、またレストラン・スタッフのサービスも大変行き届いていて、どこでお食事しても満足できます。
ワインも入って同僚達のジョークもいつもに増して切れがよく、お腹がよじれるほど笑いました。 
今頃になって、腹筋が筋肉痛になってます(笑) 
 
食後はゲイの同僚達と一緒に、ゲイのディスコへ・・・初体験デス。
カウンターの男性スタッフは上半身裸・・・(*^ ^*)
お化粧し、頭にティアラを付けて、セクシーに踊る女装の男性・・・(^^ゞ
機長(←クリスマス・ディナーで正装していた為、余計に目立っていた)に言い寄る男性・・・(- -;
男性同士見つめ合いながら仲良く踊るカップル・・・♡
みんなとってもラブリー♡でした。
(さすがに写真は撮れませんでしたxxx)
 
翌日は、朝食後ウォーターフロント地区(=ホテルから車で5分程)のショッピングモールへ。
家族や友人達へのお土産『レモン・ペッパー』(=レモン入り胡椒)(←日本の『柚子胡椒』のレモン版のような感じで、サラダやパスタにかけていただきます)を買ったらホテルに戻ってのんびりしようと思っていたのですが・・・
朝食後Clifton Beachに向かった同僚達から
「ショッピングモールで水着を買って、後からClifton Beachに来るように!」
(↑今回、水着をスーツケースに入れ忘れてしまったものでxxx)
と何度も何度も念をおされ、ショッピングモールにも
「一緒に選んであげるから」
と機長と副操縦士がついてきて・・・(汗)
ラインストーンが散りばめられた紫色のビキニ(恥)を購入、更衣室で着替えさせていただいてClifton Beachへ向かいました。
 
Clifton Beachは、第1~第4ビーチに分かれていて、第4ビーチが一般向け、第3ビーチがゲイ用なのだそう。
私達は(ゲイの同僚達に合わせて)仲睦まじく日光浴を楽しむ男性カップル達で賑わう第3ビーチへ。
大西洋に面したビーチは本当に美しいのですが、南極大陸の氷河の氷が解けて運ばれてくる為、水が・・・冷たいあせあせ(飛び散る汗)
海には入りませんでしたが、同僚達のジョークに再び大笑いの楽しい午後を過ごしました。
 
最終日は、ランチの前とランチの後に、ホテルのバーのピアノを弾かせていただきました。
鍵盤が軽過ぎて、ちょっと弾きづらいピアノ(←ジャズなんかを弾くにはいいのかもしれません・・・?)でしたが、高音部がとてもいい音で・・・ぴかぴか(新しい)
ドビュッシーの『月の光』は響き良く弾けたのでは・・・?と思います。
 
Calling Timeは21時40分。
目覚ましを21時にセットして仮眠。 Callingの後、22時過ぎにロビーに降りてチェックアウトし、また少しだけバーでピアノを弾かせていただきました。
 
ロビーに勢揃いした同僚達に挨拶を交わしていると、パイロットが一人多い?
副操縦士の一人が、滞在中、目に日光を浴び過ぎて目が焼けてしまい、乗務できなくなってしまったとのこと・・・げっそり
乗務はできませんが、Crewとして出国する場合はユニフォームを着用しなければならない為、彼の代行で呼ばれた(本当は明日乗務予定だった)副操縦士をいれて5名=それでパイロットが一人多かったという訳です。
 
帰りの便は幸い満席ではなかったので、より丁寧にサービスできました。
ミールサービスの後、コックピットに星を見に行きました。
飛行機は南から北に向かって飛んでいますから、コックピットの左側は西、右側は東。
西側には逆さまになったオリオン座(←南半球では逆さまに見えるのです)とその近くに赤く輝く火星、
東側には上りつつある蠍座と明るく輝く木星、その上に天秤座が見えました 星
 
行きの便では取らなかった休憩(←ボーイング777にも747同様、クルー用の休憩室があり、ベッドで横になって休むことができます)にもしっかり行って、体調を万全に整えてアムステルダム到着。
クルーセンターで同僚達と握手(&頬にキス3回)でお別れの挨拶を交わしてから、クルー用ロッカールームの奥にあるシャワールームで私服に着替え、荷物を入れ替え、
空港で合流した子供達を連れ、日本へ・・・飛行機
 
ケープタウンからアムステルダムまで飛行時間11時間40分
アムステルダムから東京まで飛行時間10時間15分
(南アフリカより日本の方が近いのデスねぇ・・・!)
出発到着前後を含めて、その日はほぼ丸一日飛行機の中にいたことになります。
まだちょっとボ~っとしていますが、
日本で年越しができて本当に嬉しいですハート達(複数ハート)
感謝しながら、新年を迎えたいと思います。
 
皆様もどうぞ良いお年を!!
 

シック・リーブ(病欠)

 
今日で休暇が終わってしまいます。
いえ、いつもだったら、またフライトに出られるので嬉しいのですが・・・
休暇明けまでになんとか治って欲しいと願っていた関節痛、上半身(首・肩・肘・手首・手の指)だけまだ治っていません・・・(>_<。。。
特に痛みが酷いのが腕・・・前後左右30度くらいしか上がらないので、着替えたり、髪をとかしたりするのでさえ大変でxxx
これでは、通路から遠いお客様に手を伸ばしてサービスしたり、ギャレーで頭より上にあるコンテイナーから物を取ったり、そして緊急時に非常用ドアを開けたり、といったことができません。
残念ですが、シック・リーブ(病欠)を取ることにしました・・・しおれたバラ
 
明後日から乗務予定だったタンザニアのダルエスサラーム。
オランダにベースを移して間もない頃、一度だけ乗務したことがあります。
~ 飛行機 ~
当時の機種はDC-10。 便数が少なかった(←恐らく週2便だったんだと思います)ので、8泊10日で、滞在中に一度マラウイのリロングウェへの往復乗務が入る、というスケジュールでした。
DC-10の飛行機には、それぞれ、有名な作曲家の名前が付いていて、行きはベートーベン、リロングウェ往復の時はショパンだったことを覚えています。
どうして覚えているかというと・・・ベートーベンは出発前に故障箇所が見つかってディレイし、ショパンも出発前に14番のドア(機体の右側の一番後ろのドア)が故障して閉まらなくなり、お客様をお乗せしたまま何時間もディレイして地上でお食事をお出しし、結局フライトキャンセルになった・・・という苦い思い出があるからデス・・・(^^ゞ
 
飛行機のことだけでなく、このダルエスサラーム便には、いろいろと思い出があります。
白い砂浜に椰子の木が並ぶ美しいビーチに面したクルーホテルは、トロピカルな感じで素敵だったのですが・・・
お部屋は一軒一軒、高床式のバンガローになっていて、壁は石、屋根は椰子の葉。
部屋の内側の壁も外側同様、大きさも形も異なる石を積み上げて造ってあり、隙間に虫が潜んでいそうで近寄りがたい感じでした。
実際、オランダ人の同僚で何人か、壁の石の隙間に得たいの知れない虫が何匹もいた!という人が・・・( ̄_ ̄|||)
 
停電はしょっちゅう。 断水も頻繁だったので、水が出ている時に、空のペットボトルに水を溜めて備えたりしていました。
水が出る、と言っても、思いっきり茶色い水です。 もちろん飲めません。 洗顔や歯を磨いたりする時にはミネラルウォーターで。
 
ホテルのレストランの食事はとっても美味しかったです。
特に、焼き立てのパンとアボガド・サラダ! 世界中いろいろな所で食べましたが、この2つは、ここのが一番美味しかった!
 
そして試練の夜(T_T)
ホテルの外には出られないことになっていたので、昼間はビーチで泳いだりしていましたが、夜は本当に何もすることがない・・・
オランダ人の同僚達は皆、クルールーム(ホテルの一室)に集まってボードゲームをしていましたが、オランダのゲームでよくわからない。
・・・困った
これが日本だったら(・・・あるいは日本人のグループにオランダ人が一人だけ混じっていたら) 気を遣って
「私が教えてあげるから、あなたも一緒にゲームしましょう!」
と誘ったり
「このゲームだとオランダ人には難しいから、みんなで一緒にできるゲームにしましょう!」
と皆に呼びかけたりすると思うのですが・・・いくら待てども、誰一人として気を遣ってくれたりしない。
・・・号泣
個人主義の環境にまだ慣れていなかったので、淋しかったですねぇ~あれは。
あの連夜でいろいろ学びました&本当に鍛えられました。
今なら、同じ状況でも
「ちょっと難しいから、誰かと組んで一緒にやっていい?」
とか
「トランプのゲームなら私もわかるから、トランプにしない?」
とか、自らガンガン仲間に入っていけるでしょう(笑)
 
10年以上ぶりに訪れられると楽しみにしていた思い出の地(?)ダルエスサラーム。
クルーホテルも変わり、停電や断水もなくなったとのこと。
フライトできず、本当に残念!!
 
これから先ですが、12月3日に再びユトレヒト大学病院(感染症科)で検査を受ける予定です。
その後12月5日の便で帰国し、日本の病院でも検査を受けるつもりです。
こちらは膠原病科。 (父が、知り合いの内科の先生に相談したところ、病状から判断すると膠原病が疑わしいのだそう)
 
関節の痛みはありますが、12月8日の2台ピアノのコンサートは、まだ諦めていません。
今まで練習を重ねてきた『モーツアルトのピアノ協奏曲』・・・
痛みを我慢してでも、頑張って演奏したいデス音楽
 

フライト日記 (Dubai)

2007年11月
(DXB)
 
久し振りのドバイ便。
機種はボーイング777。
担当はエコノミークラス。
 
ビジネスクラス担当のオランダ人同僚二人のうち、一人は長い病欠から明けたばかりのパーサー、もう一人の同僚はビジネスクラスのトレーニングを受けたばかりでその日初めて実際にビジネスクラスを担当するというので、ボーディング前の準備からサービスの合間も、時間があるとビジネスクラスのアシストに出向いてお手伝いをしました。
 
今月から(?)ビジネスクラスのアメニティーキットが新しくなっていました。  
エコノミークラスのイヤフォンも新しくなって(こちらは先月末から)、お客様にお持ち帰り頂くタイプの物に。 
これは、MP3プレイヤーやニンテンドーDSにも使える優れもので、我が家の子供達(←日本からのオランダに戻る時の便で頂いた)も大喜びでした。
 
お食事のサービスが終わり、お客様がお休みになられてから、私達もお食事をいただきます。
夜の便だったせいか、お食事を取られないお客様が多くミールが余っていたので、エコノミークラスのお食事をいただきました。
シーフード・リゾットが(ちょっと塩味がキツ目でしたが)美味しかったです。


(手前がシーフード・リゾット)
(見た目は悪いですがxxxとっても美味しいです)

食後、窓の外を見てみました。
同じギャレーのベルギー人同僚のフランキー(←彼は元サベナのクルー)が
「砂漠の上だから何も見えないでしょう?」
と言うので
「そんなことないわヨ~! 街の灯りが綺麗よ~!」
どの辺りを飛んでいるのかインターフォンで機長に聞くと、窓の外に見えているのはバグダッド市とのこと。
「花火(=爆弾)は上がっていないけどね(笑)」
と冗談を言って笑っていましたが・・・ちょっと怖いなぁと思いました。


(バグダッドの街の灯り)

ドバイに到着したのは翌朝。 クルーホテルに着いたのは現地時間の午前6時過ぎ頃です。
しばらくノボテルだったクルーホテルが、昔のクラウン・プラザホテルに戻っていました。
懐かしい! 
 
ここにはピアノがあったはず!・・・と思って、フロントで聞いてみましたら、ロビーにあった白いヤマハのグランドピアノも、4階のピアノ・バーにあった黒いヤマハのグランドピアノも、2台とも処分してしまったとのことでした。 
ここのピアノ(←以前は、フライトで来る度に弾かせていただいていたのデス)はとても素敵な音だったのに・・・残念です(>_<。。。
 
ここの朝食に、お気に入りのアラビア風のお豆のスープ(?)があったことを思い出して、休む前に朝食をいただくことに。
ありました!
「これが大好物なんです♡」
と、朝食ビュッフェのスタッフに言うと、
「これはレバノンの料理なんですヨ」
と教えてくれ、なんと、そのお豆の缶詰をお土産に下さいました!(感激)

  
(レバノンのお豆のスープ)
(スープの上に、トマトとタマネギの微塵切りをのせ、レモン汁をしぼっていただきます)

 
朝食後、部屋で夕方まで仮眠を取り、夕方から、ホテルに隣接したショッピングモールに友人の誕生日プレゼントを買いに行きました。
素敵な、天井から吊るすタイプのキャンドルホルダーを見つけて、それを購入♪
 
もう午後6時になるところだったので、早めの夕食をいただこうと思い、フロントでホテル内の日本料理レストランの開店時間を聞くと、
「午後7時か7時半です。」
午後7時か7時半??? どうしてホテルのスタッフがホテル内のレストランの開店時間を知らないのだろう・・・???
「午後7時と7時半のどちらなのですか?」
フロントの人同士しばらく相談(?)した後、
「午後7時から7時半の間です。」
・・・(;-_-)
 
諦めて部屋に戻り、午後7時までテレビ(NHKが入っていました!)を見てから、日本料理レストランへ。
以前も、このホテルに滞在していた時は、毎回ここの日本料理レストランに食べに行っていました。
その頃は、大抵、昼間ロビーのピアノを弾かせていただき、時に夕方からレストランと同じ階にあったピアノ・バーのピアノを弾かせていただき、それからお夕食に伺っていたのですが、
いつも日本人のオーナーの方が話し相手に出て来て下さって、いろいろご馳走して下さったり(!)・・・
今は、ピアノ・バーはワイン・バーに変わり、その日本人のオーナーはどこか別の国へ行かれたとの事。
オーナーが代わって、レストランの内装も随分変わりました。
以前は、淡い色調で、いかにも和風の落ち着いた雰囲気だったのが、
今は、黒と赤が基調のモダンな内装になり、
またウェイトレスの皆さんが・・・以前は着物だったのに、今は黒字にピンクの帯の忍者風の制服に・・・( ̄_ ̄|||)
お食事は美味しかったですが、なんだか居心地が悪くて・・・早々に退散してしまいました。 
 
コーリング(=ウェイクアップ・コールがかかってくる時間=ピックアップタイムの1時間前)は午前5時20分。
午前5時に目覚ましをかけ、コーリングまでにシャワーを済ませ、ゆっくり支度をして、部屋でコーヒー(日本ではコーヒーの代わりにリポビタンD)を飲んでからロビーへ。
チェックアウトをし、ピックアップタイム(=空港へ向かうクルーバスがホテルを出発する時間)まで同僚とおしゃべりをして待ちます。
 
帰りの便では何度か気流の悪い場所を通過し、シートベルト着用のサインが点灯しました。
ギャレー内のコンテイナーやトローリーが全てロックされているか素早く確認し、また、全ての全てのお客様がシートベルトを着用しているかチェックをしにキャビンへ。
ほとんどのお客様がお休みになっていらしたので、毛布でシートベルトが確認できないお客様にはお声をおかけして、シートベルトをしているか確認します。
折角お休みになっているところをお起こしするのは、非常に心苦しいのですが、万が一乱気流に巻き込まれた場合、シートベルトをしていないと本当に危険なのです。
地震と同じで乱気流はいつ起こるかわかりませんので、(幸い私はまだ経験がありませんが、)お休みになる時にはシートベルトは必ず着用して下さいネ。 
毛布をお使いになる場合は、毛布の上からシートベルトをしていただけると(確認の為に起こさないで済みますので)大変助かります・・・m(_ _)m
 
アムステルダムには、定刻よりも約1時間早く到着。
乗務中、足首と膝の関節が痛くなり、数日前からの首の痛みも心配だったので、空港内のメディカル・センターに立ち寄りました。
メディカル・センターでは、最近どこへフライトしたか聞かれました。 
マラリアやデング熱を疑ったようでしたが、私の(ドバイの前の)フライト先は、10月は大阪、(秋休み中に行ったのは東京、)その前の9月はニューヨークとワシントン。
8月には2度、マラリア地域であるアクラへ乗務しましたが、発症するまでの期間を考えると関係なさそう・・・。
結局パラセタモール(アセトアミノフェン=解熱鎮痛薬)をいただいて帰りました。
 
ところがその晩、足の指から手の指まで、全身の関節が強烈に痛みだし、横になるのも、寝返りをうつのも、起き上がるのも辛く・・・
痛みの為になかなか寝付けず、夜中に、手が強張ってグーさえもできなくなっていることに気付いた時は
「痺れだけだったら何とかなったけれど、これが治らなかったら、仕事もピアノも諦める他ないな・・・」
と気が弱くなって涙が出そうになりましたが、
家族・友人に恵まれ、CAになる夢も叶い、可愛い子供達を授かり、有名なピアニストWibiと連弾までさせて頂いた今、
やりたい事はまだまだ沢山あるけれど、考えていたらキリがないし、これから先寝たきりになったとしても、悔いはないかも・・・
そう思ったら、妙に納得し、明け方からやっと眠れました。
 
ユトレヒト大学病院の感染症科で検査を受け、現在、検査結果を待っています。
鎮静剤(→今度は抗炎症作用のある強い薬)で痛みは大分軽くなりましたが、薬を飲んでいるうちは乗務は無理です・・・(T_T)
次のフライトまでに回復するといいのですが・・・
 

フライト・セイフティー試験&訓練

 
日本から戻った2日後、ドバイへのフライトの前日に、Flight Safety Recurrent (General) を受けました。
 
1年に1度のフライト・セイフティー試験。 (フライト・セイフティーの)一般常識とセキュリティーに関する試験と機種別の試験の2種類があります。

今まで同じ日に行われていた一般常識と機種別の試験&訓練が、今年から二日間に分かれて行われるようになり、セキュリティーの試験&訓練が加わりました。
 

今回受けたのは、前者の一般常識とセキュリティーに関する試験。 (機種別の試験は8月に合格しています♪)
 
朝、8時30分から試験が始まるので、朝6時30分には家を出て、空港へ向かいます。 訓練所があるのは、空港近くのSchiphol/Oostという場所。
最初の15分間に筆記試験が行われ、その合格者だけがそれ以降(夕方4時過ぎまで)行われるフライト・セイフティー・トレーニングに参加できます。
筆記試験に合格できないと、即、家に帰され、別に日に行われる追試に合格するまで 乗務停止となるので、毎年とても緊張します・・・困った
 
フライト・セイフティーのマニュアルは、分厚い(厚さ5cm以上)ので、毎年試験勉強が大変なのですが・・・どういう訳か、テストは結構好き(←小学校高学年時代、毎週塾でテストを受けていたお陰??)なので、毎年100点満点目指して気合を入れて勉強しています(笑)
 
テストの後のトレーニングも、毎年非常に興味深く、特に、モックアップ(=飛行機の原寸模型)でのシュミレーションでは、毎年新たなヒントを得られます。

  

4種類くらい、別のタイプの緊急時での脱出訓練をするのですが、それぞれ、試験を受けに来ているCA(大抵約20名)のうち、5名が乗務員役、残りが乗客役をします。
 
私が乗務員役をやった時の緊急事態は・・・
   離陸前の滑走中に急ブレーキがかかり、機長が離陸を中止。 
   間もなく客室内に白い煙がたちこめ、「ピー・・・ピー・・・ピー・・・ピー・・・」というアラーム音が聞こえてくる
というもの。
 
冷静にマニュアルに書いてあることを思い起こすと、離陸中止の時は、
① 機長からの「全員着席して待機せよ」というアナウンスが入り、パーサーが機長と連絡を取って今後の指示を仰ぐ、というパターン
② 「ピピピピピピ・・・・・」という脱出アラームに続いて機長から「脱出せよ」のアナウンスが入って、(乗客の)脱出を開始する、というパターン
③ 機長からのアナウンスはなくとも、乗務員自身が脱出が必要だと判断した場合は、担当の非常用ドアを開け、(乗客の)脱出を開始する、というパターン
があります。
 
白い煙は、急ブレーキによって焦げたタイヤからのもの。
「ピー・・・ピー・・・ピー・・・ピー・・・」というアラーム音は、脱出アラームではなく、白い煙に反応した煙感知器のアラーム。
これらは離陸中止時によく起こる現象。
よって、脱出の必要はなし。 着席のまま、落ち着いて、機長からのアナウンスを待つ。
 
・・・というのが私の判断でしたので、着席したまま機長のアナウンスを待っていると、反対側のドア担当の乗務員役の同僚が突然立ち上がり、
「緊急事態発生! シートベルトを外して、脱出して下さい!」
と(もちろん日本語ではなく英語で)叫び、ドアを開けて乗客を脱出させ始めたのでちょっとビックリ。
 
どうして?!
煙を見て火災だと思ったのか?
煙感知器のアラームを脱出アラームと間違えたのか??
機長からのアナウンスはまだない・・・
どうする?!
 
他の乗務員役の二人を見ると、やはり困惑していました 考え中
 
間もなくして、脱出アラームと共に、機長から「脱出せよ」とのアナウンスが。
私と他の二人も、乗客の脱出を開始。 乗客役の同僚達が全員、脱出用スライドを滑り降りたのを確認して、乗務員役の私達も機外へ。

訓練が終了すると、その緊急事態について、そして乗務員の対応について、皆で話し合います。
トレーナーから全員へ
「自分は脱出の必要はないと思っているのに、同僚の一人が緊急脱出を始めてしまったら、とうすべきか?」
という質問が。
 
答えは・・・
「誰かが緊急脱出を始めたら、全員それに倣って脱出を開始する。 
One for all, and all for one = 一人は皆の為に、皆は一人の為に」 ( ← 『三銃士』の名文句)
それがチームワークであり、また、そうでないと乗客が混乱してしまうから。
・・・確かに!
 
そして、コックピットあるいはパーサー以外の乗務員が脱出を開始した場合に忘れてはならないのは、パーサーが直ちに脱出アラームのスイッチを入れること。
そうすることにより、客室で緊急脱出が開始されたことがコックピットに知らされ、コックピットは直ちにエンジンを切ることになっているのだそうです。
エンジンを切ることがどうして必要なのか・・・エンジンが切られる前に脱出すると、たちまちエンジンに吸い込まれてしまうからデス・・・( ̄□ ̄;)!!
エンジンが切られたことを確認(=脱出アラームを確認)してからお客様を脱出させるようにしないと・・・φ( . . )メモメモ
 
勉強になりました♪
訓練内容は(乗務員役をする人によっても)毎回異なるので、学ぶことも毎回異なります。 
これは重要ひらめき と思うことを学んだ時は、フライト前のブリーフィング時に同僚達と情報交換します。 
私はこれからしばらく、このお話"One for all, and all for one"をしようと思っています ウインク

フライト日記 (Osaka)

2007年10月
(KIX)
大阪便♪ 例え1泊しかできなくとも、日本路線に乗務できるのは本当に嬉しい・・・(>_<。。。!!
大阪で会う予定の友人達へのささやかなお土産をスーツケースにつめて、はりきって早めに空港へ・・・飛行機
うっかりリポーティングの2時間も前にクルーセンターに到着してしまいましたxxx
早過ぎるとリポーティングできません・・・(^^ゞ
仕方が無いので、の~んびりスーツケースを預け、の~んびりアローワンスを引き出し、の~んびりメールボックスをチェックし、の~んびり夫に頼まれていた免税品(=タバコ)を買い、
リポーティング再トライ。
コンピューターのスクリーンに現れたのは
You’re too early to report....
(↑実際に赤い文字で)
・・・まだリポーティングできない~(^^ゞ
の~んびりコーヒーを飲もうと2階のコーヒー・コーナーへ。
ここで働いているのは、諸事情により乗務を休んでいる同僚達。 多くの場合、妊婦さんです。
ワシントン便の時にコーヒーをご馳走してくれた同僚が、またコーヒーをご馳走してくれました!コーヒー
コーヒーを飲みながらコンピューター・コーナーでスケジュールをチェック。
東京でコンサートがある12月8日にお休み(冬の休暇)をいただけているのを再確認。 夫も乗務が入らなければ、確実にコンサートに出席できます♪
基本的には、スケジュールが出るのは2週間毎なのですが、リクエストしたフライトがある場合は、出発日の6週間前にリクエスト処理される為、もっと早く大体の予定がわかることがあります。
夫のリクエストフライトを確認してみると、フライトリーブ明けが12月8日になりそうな便(=12月8日フライトが入る)を11月にリクエストしていることが判明・・・( ̄_ ̄|||)
慌てて夫に電話を入れると、「あ~うっかりしてた。 コンサートの日が休みになる便に変えておいて。」とのことだったので、もっとフライトリーブの長い便に変更しました。
彼もリクエストが通るといいのですが・・・
リポーティングも3度目のトライでやっとできて、パーサーに挨拶へ。
機長も挨拶に来ていて、シニア・パーサー、ジュニア・パーサーと一緒に私もコーヒーをご馳走になってしまいましたコーヒー
機長のハリーさんは、見るからに穏やかで”仏様”のような感じの方。
わざわざ挨拶に来たばかりでなく、皆にコーヒーをご馳走してくれた機長は初めてで、感動しました。
「もしかしてあなた、パーティーでWibiとピアノ弾いた人?」
と、シニア・パーサーのミイケ。 彼女も9月17日の会社のパーティーに出席していたのだそう。
「Cabin Ready(=社内誌)にも載ってたよね?? 読んだヨ!」
と、ジュニア・パーサーのケース。
パーティーや社内誌の取材のお陰で、今までに増してオランダ人同僚達と打ち解け易くなりました(感謝)!
パーサーの二人も非常に陽気でしたが、他のメンバーもものすごくハイ・テンションで、ブリーフィング中に笑い過ぎてお腹が筋肉痛になりました・・・乗務前に笑い疲れたのは初めて(笑)
ブリーフィングの最後に見ることになっているキャビン・ジャーナル(=乗務員用社内ニュース・ビデオ)の今月の特集は、資源ゴミ。
機内で出る資源ゴミを分別しよう!・・・というのはもう随分前から行われているのですが、今月は特別強化月らしい スマイル
古新聞→ウェイスト・トローリー(=ゴミ箱)に捨てずに、到着後、座席の上に集めておく
空き缶→捨てずに、ドリンク・サービス・トローリーやミール・サービス・トローリーに入れておく
空き瓶→捨てずに、ドリンク・サービス・トローリーやミール・サービス・トローリーに入れておく
・・・そうしておくと、ケータリングの方できちんと資源ゴミとして処理してくれるのだそうデス。
他にも、
プラスチックカップなどは、呑み残しを流しに捨ててから、捨てる←(水分が多い程、ゴミを燃やす際に燃料を使うことになる為)
クルー・トローリー(=クルー用の食事が入っているトローリー)にあるものは、なるべく残さない←(到着後に全部捨ててしまう為)
・・・クルー・トローリーに食べ物が残っていることは結構多いので、最後にどっさり持って降りて、(フライト先が発展途上国の時は)現地の子供達や、(オランダにも多い)浮浪者にあげている同僚もいます。
今回のフライトは、そんなことを念頭に置きながら乗務しました。
機種はボーイング777。 ビジネスクラスを日本人の先輩Oさんと一緒に担当しました。
Oさんは、私の1期上の先輩です。 彼女の期までは、日本ベースの日本人乗務員も、終身雇用を選べたのでした。
ほぼ満席のビジネスクラスでしたが、やはり日本人二人で担当すると仕事が早い!
行きの便では、数年前に大阪からオランダの小学校の安全対策の調査にいらして(私が通訳のお手伝いをさせていただ)いた大学教授(←現在は事件のあった小学校の校長先生をなさっていらっしゃるとのこと)とそのアシスタントの方が乗っていらして、嬉しい再会をしました。
大阪到着後は、まず、その日誕生日誕生日だった妹に電話。
離れて暮らしていると、会って「おめでとう」が言えないのが残念・・・ケータイ
ホテルに到着すると、友人の一人が玄関前で待っていてくれて、お部屋で少しだけお茶(→お部屋にあった梅昆布茶をいただきました♡)。
私の大好物の『呼吸チョコ』のお土産に感激!(>_<。。。
仮眠を取った後、夕方から買出しに。
オランダ在住の友人達から頼まれた品々と、子供達へのお土産を買いました。
その後は、先月帰国され現在京都にお住まいの(3年前にアムステルダム日本語補習授業校で一緒に保護者会役員をやった)Tさんがホテルまで来て下さって、ホテルのカフェでお茶をしました。
いただいたのは『モンブラン・ケーキセット』。
やっぱりニッポンのケーキは、甘さ控えめでとっても美味しい!!&見た目も美しい!!ですねぇ・・・
『モンブラン』が大好きな母のことと、オランダでケーキ職人として頑張っている元後輩のことを想いながら、いただきました。
Tさんがお帰りになって、今度は今年4月に梅田LOFTでKLMとオランダのイベントを企画されたOさんがホテルにお越しになり、一緒にクルードリンクへ。
ホテル最上階のバーには、機長の呼びかけで、オランダ人同僚が勢ぞろいしていました。
夕食は、全員で牛鍋に。 オランダ人同僚からも大好評でした。
途中、奈良在住の友人Iさんが加わり、夕食後は、「まだ一度も行ったことがない」というジュニア・パーサーのケースの希望で、皆でカラオケに。
フライト前からハイ・テンションだった今回のクルー、カラオケ・ボックスでも大騒ぎでした(笑)
喜んでもらえて私も嬉しかったです・・・(✿ฺ^-^✿ฺ)
Iさんは相当ビックリされたかと思いますが・・・(^-^;
カラオケ・ボックスを出ると、外が明るい?! 時計を見たらCalling Time(=午前7時55分)!?
大慌てでホテルに戻ると到着したばかりのクルーがロビーに・・・こっそりエレベーターホールへ向ったつもりが到着クルーのパーサーに見つかり、ひどくお咎めを受け(滝汗)
・・・という夢を見て、朝5時くらいに目が覚めてしまいましたxxx
夢でよかった・・・ε=(-_-;)ホッ
目覚ましをかけていた午前7時までもう一眠りしてから出発準備。
Callingの電話を切った後、テレビが自動的について
「お目覚めのお時間です」
というメッセージと外気温や湿度が、ホテルの外の景色の中継画面上にあらわれました。
素晴らしい!!
チェックアウトをしてから朝食をいただきました。
ホテルのビュッフェもまた大変素晴らしく、オランダ人同僚達もいたく感動していました。
「単なるオムレツでさえ、丁寧に、完璧に、作ってある!(喜)」
のだそうです。
私はもちろん和食ビュッフェ。 ご飯もお味噌汁もとても美味しかったです。
(でも、関西には、やっぱり納豆はないのですネ・・・)
Pick Up Time(=クルーバスがホテルを出る時間)の5分前に私は外に出たのですが、オランダ人同僚達がなかなか来ません。
朝食が美味しいせいで、Pick Up Timeになってもクルーが集まらない・・・というのは初体験です(笑)
帰りの便もほぼ満席でしたが、相棒は日本人。 その上、エコノミークラスが満席ではなかったので、エコノミークラスから一人(←丁度ニューヨーク便での私のように)助っ人が来てくれて、ギャレー・ワークを担当してくれたので、スムーズにサービスできました。
アムステルダム到着後、例の如く、『お別れのアナウンス』だけさせていただいたのですが
(↑たま~に、他の路線に日本人の団体客がお乗りになると、急遽、日本語のアナウンスを頼まれることがあるので、日本路線に乗務した時に、時々これだけやらせていただくのデス)
日本語のアナウンスに続けて入れるオランダ語のアナウンスの途中、アンチョコ(←日本人乗務員として乗務していない私は、アナウンス・ブックを持っていないので、『お別れのアナウンス』部分だけ別紙に書き写して持ち歩いているのデス)の字が見えず、少しとちってしまいました。
・・・老眼??
今年になってから、近くの文字が見づらくなった気がしていたのですが、このアナウンスのメモの字が読めなかったのは初めて。
もともと目が良い(←両目ともずっと1.2~1.5でした)と老眼になるのが早い・・・とは聞いていましたが・・・ショック( ̄_ ̄|||)
老眼鏡を買わなければ・・・(T_T)
次のフライトはドバイ便です。
が、その前に、子供達の学校の秋休み中、一週間ほど子供達と一緒に帰国予定です♪
秋休みの一時帰国では、毎年、妹と(私の)合同の誕生日会をします=また美味しいニッポンのケーキが食べられます・・・! 誕生日

フライト日記 (Washington)

2007年9月
(IAD)
 
前回のニューヨーク便の時差ボケが取れぬままワシントンへ。
ニューヨークとワシントン=同じ方向、同じ時差なので、かえって良かったかもしれません(笑)
 
いつものように電車でスキポール空港へ。
クルーセンターに到着すると、入り口前で喫煙中(←クルーセンター内は禁煙です)の同僚達が
「あーっ! あなた! Wibiとピアノ弾いた人??」
 
リポーティングをしてスーツケースを預けに行くと、すれ違う同僚達が
「あーっ! あなた! Wibiとピアノ弾いた人?!」
 
2階にコーヒーを買いに行くと(←クルーセンターではIDで格安でコーヒーが飲めます)
「あーっ! あなた! Wibiとピアノ弾いた人!?」
コーヒーご馳走してもらってしまった・・・(✿ฺ^-^✿ฺ)
 
ブリーフィングでも
「あーっ! あなた! Wibiとピアノ弾いた人!!」
 
時差ボケで夢の中のような状態の中、散々ミスりながら弾いたピアノでしたが、同僚達は皆口々に「素晴らしかった」と褒めてくれる・・・
Wibi Soerjadi の美しい演奏のお陰です・・・(>_<。。。
 
機種はボーイング777。 担当はビジネスクラス。
 
ブリーフィングの後、ゲートへ。
今月から新しいEUのセキュリティー・システムが導入され、専門のセキュリティー担当者が機内をチェックした後でないと私達も搭乗できないとのことで、ゲートで待機。
なんとこれで1時間ディレイ・・・
 
ビジネスクラスの相棒、マヘーシュ(スリナム人)が
「会社にESTを要求しないとね」
とパーサーに言うので、何のことかと思ったら
"Extra Shopping Time"だそうです・・・もちろんそんなものは存在しません。 
冗談言いっぱなしのスチュワード・マヘーシュのお陰で楽しく乗務できました(笑)
 
ビジネスクラスが満席でしがら、エコノミークラスは空いていたので、エコノミークラスからセバハティン(トルコ人)が手伝いに来てくれました。
この二人の遣り取りも(こっそり聞いていると)また可笑しくて
セバハティン 「マヘーシュはどこに住んでるの?」
マヘーシュ  「ん? 家だよ。」
セバハティン 「・・・(苦笑) 家に住んでるのはわかってるよ。 君の家はどこにあるの?」
・・・という具合です。
 
マヘーシュとセバハティンは二人ともイスラム教徒。
今、丁度ラマダン(※)なので、二人はどうするのか聞いてみたら、職業上どうにもならない場合や旅行中は無効なのだそうです。 というか、本来、ラマダン中は旅行もしてはいけないらしい。
 
(※) ラマダンとは、イスラム暦における聖なる月で(2007年は9月13日前後から10月13日前後まで)、イスラム教徒はこの1ヶ月の間、日の出から日の入りまで断食をします。
 
両親はトルコ人でもオランダで生まれ育ったサバハティンは、生まれた時からイスラム教徒だけれど実はイスラム教に詳しくないらしく、イスラム学校の先生をしていたこともあるというマヘーシュから、イスラム教について、食事休憩中などに、いろいろと教わっていました。 それを私も隣で(へぇ~~~)と感心しながら聞いていました。
 
真面目な話をしていたかと思うと一転、フライト先でどこに行ったら女の子と遊べるか・・・などという話もしていて、
「二人とも結婚してるのに、いいの? もしかして・・・イスラム教徒だから第2夫人とか世界中にいたりするの?」
と聞くと
「いない、いない。 もちろん奥さんには内緒だよ~。 証拠になるようなものは全部ちゃ~んと処分してるから大丈夫!」
と二人。 
そ、そうデスか・・・(^_^;)
 
ワシントンに到着。 クルーホテルまではクルーバスで約1時間。 途中、有名なワシントン記念塔などを通り、観光気分でホテルに向いました。
大きな川にかかる古めかしい石造りの橋や建物を見ていると、なんだか、アメリカではなく東欧のよう。
右側の窓から、川の向こうにある荘厳な石の橋を眺めていると、隣に座っていたマヘーシュが突然
「左を見て!」
と言うので左を見ると
「・・・そうすると、右の橋は見えなくなります」
(当たり前じゃ~!)
 
ホテルに着いて、急いでシャワーを浴び、皆で食事に。 食事を終えた頃にはオランダ時間で午前3時を回っていたので、すぐに休みました。
 
エレベーターの前の部屋だったことは今までにも何度かありました(="ピンッピンッ!"というエレベーターの到着音には慣れていました)が、今回のお部屋はハウスキーピング・スタッフの出入り口前でもあって・・・何か大きなものを運んでいたのか、何かが"ガツンッ!!"と金属製のドアに激突する音が度々して・・・ビックリして飛び起きたり、夜中に出先から戻って来た宿泊客の声で目覚めたり、と珍しく良く眠れないまま朝を迎えました。
 
よく朝、部屋のカーテンを開けると、目の前は森。 
ホテルは、Rock Creek Parkという大きな公園の隣に建っているのです。
 
朝食はホテルのビュッフェ。 お天気が良くて、外にテーブルがある時は、オランダ人は必ず外で食べます。 外が大好きな人達です。
私はどちらかというと(ビュッフェの時は特に取りに行きやすいので)中で食べる方が好きなのですが、このホテルのテラスは、目の前の庭園が本当に素晴らしくて、とても気持ちよく食事できました。
 
食事の後は皆こぞってショッピングモールに出かけて行きました。 私は、友人達から頼まれていたAVEDAのシャンプー&リンスをゲットすべく、一人、タクシーでジョージタウンへ。 
小さなお店が沢山並んだ可愛らしい街でしたが・・・シャンプー&リンスの大型サイズのボトル4本買ったら重くてxxx
他にも頼まれていた物があったのですが、前の晩よく眠れていなかったこともあり、数軒見て回ったところで(珍しく)体力の限界を感じ、タクシーでホテルへ戻りました。
 
Callingまで仮眠を取った後、支度をしてロビーに降ります。
キャビンクルー(客室乗務員)は全員揃っていましたが、クルーバスが出発する時間になっても二人のコックピットクルー(パイロット)が降りてこない・・・
私達と一緒に前日到着したコックピットクルー二人は、既に電車でニューヨークへ向ってしまっている(←そういうスケジュールらしい)・・・
だから、別のパイロットが二人(機長+副操縦士)が代わりに来ているはずなのですが・・・
 
寝坊?・・・だとしても、二人揃ってPick Up Timeに遅れる(=二人揃って寝過ごす)なんてことは考えられない・・・
パーサーがフロントでホテルのスタッフに聞くと、「このホテルに宿泊しているはずだ」と言う・・・
念の為、会社に連絡を入れると、やっぱり「同じホテルに宿泊しているはずだ」と言う・・・
でも、もう空港へ向かわないと遅れてしまうし・・・
 
「何かの手違いで代わりのパイロットが来ていないんじゃないか?」
「パイロットがいなかったらフライトは無理・・・」
「・・・ということは、もう1泊できる?!」
ショッピングモールが広過ぎて買い物し足りなかった同僚達は、延泊を期待しているようでした(笑)
・・・が、結局、代わりのパイロットは別のホテルに宿泊していたことが明らかになり、少し遅れて空港へ向けて出発。
 
帰りの便では、翌朝アムステルダムに到着するまでお休みになるお客様が多いので、最初のサービスを手際よく済ませ、早々に客室の照明を落とします。
到着前の朝食のサービスも(本当はエコノミークラス同様に到着の2時間くらい前から始められたら、サービス終了後に余裕を持って着陸前の準備ができて気が楽なのですが)、お客様になるべく長くお休みいただけるよう、ギリギリの時間から始めます。
 
着陸時には、またコックピットに座らせていただきました。
今年は当選率(?)が高いです・・・(✿ฺ^-^✿ฺ)
早朝、上も下も右も左も真っ暗な中に滑走路のライトが見えてきて・・・コックピットの前の窓で激しく左右に動く物体が・・・!?
ワイパーでした。 雨が激しく降る中、無事着陸。
飛行機にもワイパーがあるのですねぇ・・・当たり前か・・・(^^ゞ
 
次のフライトは、リクエストが通って今年3回目(!)の大阪便です♪
 

フライト日記 (New York)

2007年9月
(JFK)  

14日からのスタンバイが急に解除になって付いたニューヨーク便。
久し振りのNAD(北大西洋路線=北アメリカ路線)です。 
最後にアメリカへ乗務したのはいつだったかしら・・・思い出せない(汗)
去年の1月のサンフランシスコが最後?? 
(前のブログをチェックすればいいのか・・・と思いつき確認してみたら)
2006年の11月に行ってました、ニューヨーク。 だから10ヶ月振りのアメリカ・ニューヨークです。
 
行きはボーイング777。 
担当はエコノミークラスだったのですが、その日はエコノミークラスは70席ほど空席があり、ビジネスクラスが満席・・・
「misaeは離陸後すぐにビジネスクラスの手伝いに行くように。」
とパーサーから指示が出ました。
 
(ビジネスクラス担当の二人がドリンク・サービスに出ている間に、ミール・サービスのトローリーの用意をして、お手拭の準備をして・・・)
などと考えつつ、前に行って「お手伝いにきました!」と言うと、ビジネスクラス担当者の一人ナタリーが、
「じゃあ、あなたとミランダ(=もう一人のビジネスクラス担当者)がドリンク・サービス行って! 私はギャレーで準備してるから!」
(・・・お手伝いに来たのは私なのですがxxx)
と思いましたが、
「接客できた方が楽しいし、ま、いいか」・・・とドリンク・サービス開始。
 
2度目のドリンク・サービス(=おかわりを伺います)から戻ると、ナタリーが一人コーラを飲みながら、
「お手拭準備できてるから、配って来て!」
(・・・ミランダと私もちょっと一息入れたいのにxxx)
と思いましたが、
「お休みになりたいお客様も多そうだし、なるべく早くサービスが終わるようにした方がいいか」・・・とお手拭の配布に出発。 
ギャレーに戻ってすぐ、使用済みのお手拭と空いたグラスをさげに、ミランダと再びキャビンへ。
ナタリーはコックピットでパイロットとおしゃべり・・・(;-_-)
 
満席のビジネスクラスも3人でかかれば、当然早くサービスが終わります。
サービスが終わると、早速食事を始めたナタリー・・・(;-_-)
仕事はテキパキよくするようなのだけれど・・・ちょっと自分本位過ぎです、ナタリー・・・(;-_-)
「エコノミークラスはまだ終わってないみたいだから、私はちょっと後ろを手伝ってくるわネ」
と、私はもともとアサインされていたエコノミークラスのギャレーに戻り、エコノミークラスのお手伝い。
 
向かい風で飛行時間が7時間45分といつもより長かったので、到着前のサービスはのんびりスタート。
・・・とはいえ、そろそろ準備を始めないと!という時間になってもコックピットに遊びに行ったきり戻らないナタリー・・・(;-_-)
ミランダと二人でセカンド・ミール・サービスのトローリーを用意。
用意ができたところでナタリーがコックピットから戻ったので、思い余って
「ナタリー、一度くらいキャビンに出て、あなたの担当エリアのお客様にサービスしてみない? サービスの間、ギャレーではやることない(←セカンド・サービスはトローリーは1台しか使用しないので、ギャレーでの準備は必要ないのデス)でしょ?」
と言ってみた。
「ん~・・・じゃ、ブルーハウス(=ビジネスクラスのお客様だけに差し上げる、デルフト焼きのミニチュア・ハウス)の用意してるわ!」
とニッコリ(✿ฺ^-^✿ฺ)
キャビンには出たくないのね(笑)・・・でも、ブルーハウスの用意をするようだし、まぁいいか・・・(^_^;)
 
ニューヨーク到着後、空港からクルーバスで約1時間。 最近変わったばかりのクルーホテルは、『Macy*s』というデパートのすぐそばで、オランダ人同僚達から好評です。 
オランダ時間では既に午前3時をまわっていたので、クルー・ドリンクはなく、チェック・イン後はすぐに解散。
 
ホテルの部屋に入ってまず最初にするのは、(ドアの内側にあるホテルの見取り図を見ながら)非常口の確認。


(非常時の非難経路と注意事項がかかれた見取り図)
(廊下の消火器の位置なども確認しておきます)

次にエアコンのスイッチを切ります。 
必ずと言っていいほど、エアコンで喉をやられてしまうので、夏はどんなに暑くても、(マラリア地域でない限り)部屋にいる間は冷房を切りますし、冬はどんなに寒くても、部屋にいる間は暖房を切ります。 
しかし、このホテルの部屋のエアコンは、温度調整はできても、電源スイッチがない・・・しかも涼しいのに何故か冷房が入ってるし・・・(^_^;)
エアコンの電源スイッチを求めて、しばらく部屋のあちらこちらを捜し歩いたのですが、諦めてフロントに電話を入れました。
「○○号室のエアコンを切るのですね。 かしこまりました。」
と言われたので、てっきり
「フロントで調整しているのか・・・」
と思っていたら、5分ほどしてエンジニアが尋ねて来てビックリ・・・Verrast
こちらはシャワーを浴びようと、たった今、服を脱いだところ・・・慌ててバスタオルを体に巻いて
(こんな格好のまま、部屋のドアを開けて知らない男性を入れてしまっていいのだろうか・・・)
と思いつつ、フライトの疲れで頭が回らない・・・でもエアコンは切って欲しいし・・・
ドアを開けると
「おっ! エアコンのスイッチ切るんじゃなくて、マッサージの方がいいかい?」
とエンジニアのおじさん。
「・・・いえ、エアコンのスイッチを切って下さい・・・m(_ _)m」
と私。
スイッチは、窓の下に設置された大型エアコン本体の裏側にあって、おじさん、エアコンを壁からずらすようにして(翌日自分で動かそうとしたら、びくともしなかった・・・おじさん、すごい力持ちデス)スイッチを切ってくれました。
お陰でよく眠れました・・・zzz
 
翌朝は、同僚達と一緒にホテルのレストランで朝食後、彼女達と一緒に街へお買い物へ。


(手前左手がMACY*S)
(後ろに見えているのがエンパイア・ステート・ビルディング)


(MACY*Sのエスカレーターが木製でビックリ)

なんだかいろいろと買ってしまった・・・普段買い物しなれてない者がたまに買い物に出ると、余計なものまで買ってしまうんですよね・・・(^^ゞ
でも、フライトから戻った翌日、会社のパーティーに出席予定だったので、そのパーティー用のワンピース+ショール+チョーカーを購入できたのはよかったデス♪


(ワンピース+ショール)


(チョーカー)

本当はピアノの練習をしたかったのですが、サンフランシスコにあったような練習室付き楽器店はなく・・・残念ε=(-_-;)
 
帰りの便はボーイング747。
担当は1階のビジネスクラス。 満席です。
北アメリカ路線はセキュリティー・チェックが他路線より厳しく、キャビンだけでなくギャレーも、全てのトローリーとコンテイナーを開けて、不審物がないかチェックします。 
 
間もなく搭乗開始。
やはり最初が大事・・・!
搭乗していらして初めて目が合った、その瞬間にハートを射止める・・・とでも申しましょうか・・・
会った瞬間にお客様の心をつかめるように心がけています。
そして何か訳あってご機嫌がよくないお客様も、目的地到着までには心を通わすことができるように、最善を尽くします。
最強の武器(?)は、笑顔です。 
(口は笑っていても目が笑っていない)作り物の笑顔ではなく、(目にRood hartが浮かんでいそうな)本物の笑顔。
相手もついつられて笑顔になってしまうような、そんな笑顔です。 これは、顔だけでなく心から笑わないとダメです。 
どうしたら心から笑えるか・・・
『嬉しい! 楽しい! 大好き!』(←こんなタイトルの歌がありませんでしたっけ?)と心から思うことです。
この仕事ができて嬉しい! 
仕事が楽しい! 
同僚もお客様も(←一癖ある人も時々いますが)みんな大好き!
そう思っていると、どんなに疲れていても"自然と"笑顔になります。
 
入社してから18年・・・定年まで入社当時と同じ気持ちで、心からの笑顔で、この仕事を続けられたらいいなぁ・・・と思っています。
 
次のフライトも北アメリカ路線・ワシントン便です。
 
~ Vliegtuig ~ Vliegtuig ~ Vliegtuig ~ 
 
 ↓ こんなのを見つけました。


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赤い部分は私がこれまでに行った国・・・72カ国で全体の31%だそうデス。

フライト日記 (Accra)

 
(9月になってしまいましたが、先月のアクラ便のフライト日記、やっと書き上げましたのでアップします。)
 
2007年8月
(ACC) 
 
今月2度目のアクラ便・・・(日本路線は別として)同じ路線が2度続くのはあんまり嬉しくないのですが、アクラでは好きなだけピアノが弾けるので、ピアノ弾く気満々で(楽譜をドッサリ持って)出かけました。
 
いつものように早めに空港に行き、シニア・パーサーとジュニア・パーサー(←パーサーは私達よりも30分リポーティングが早い)に挨拶に行くと
「あなたmisaeね! 社内誌、見たわよ!」
ブリーフィング・ルームでも
「あなたmisaeね! 社内誌、見たわよ!」
と同僚達。
今月は社内誌に、"音楽は共通語"というタイトルで私のインタビュー記事(趣味でピアノを続けているというお話)が載っているのデス。
 
ブリーフィングでは、クルーの紹介、(乗客数や飛行時間などの)フライト情報、フライト・セイフティーの確認をし、最後に大抵(緊急事態などの)体験談の交換をするのですが、今回の体験談で印象的だったのは、トイレに閉じ込められたお客様の話。 
トイレのドアが壊れてしまった為、トイレに30分近く閉じ込められてしまったお客様がいらしたそう。 機内に設置してある斧(←機内火災で壁の裏側の消火時などに使用するのに各機2箇所に設置されています)でドアを破壊してこじ開け、救出したそうです。 
そういうこともあるんですねぇ・・・こういう体験談は勉強になります。
 
機種は前回同様MD-11。
担当はビジネスクラスです。
 
前回同様、皆様ごゆ~っくりご搭乗されます。
「娘の隣に座ってもいいですか?」
と遠慮がちに聞いていらしたガーナ人のご婦人。
ビジネスクラスは珍しく満席ではなかったので了解したのですが、お客様がお揃いになり、ドアが閉まって、ビジネスクラスの乗客リストを確認すると、一人多い・・・
なんと先程のご婦人、本当はエコノミークラスなのに、赤の他人を「娘」と偽って、勝手にビジネスクラスにお座りになっていらしたのでした・・・(;-_-)
エコノミークラスのお席に戻っていただきましたが、ビジネスクラスのアメニティーキットはしっかりお持ちになって行かれました(笑)
そういう方もいらっしゃるんですねぇ・・・ちょっと感心してしまいました。
 
今回も離陸時にコックピットに座らせていただきました。
離陸後、分厚い雲の中に突入していく景色に圧倒されていると、俄かに操縦士達が何やら忙しそうに地上と交信しています。
航路上に雷雲が発生したので、回避する為、航路を変更しているとのこと。
モニターを見ると、レーダー上に赤く表示されている部分があり、それを避けるように旋回しているようでした。


(コックピットのモニター)
(航路を変更しているところが映し出されている)

シートベルト着用のサインが消え、キャビンに戻ります。
相棒のスチュワード(ショーン=ペン似の)ヘルマンは、
「彼女はいるけど、結婚はしないよ。 フライト先での情事を楽しみたいからねウインク」
などと冗談(・・・?)を言いながらも、仕事は(コーヒーや紅茶のポットをきちんと予め温めるなど)非常に丁寧。


(相棒のヘルマン) 

ビジネス、エコノミー、両クラスのミールサービスが終わると、機内販売です。
ラゴス便もでしたが、アクラ便も、お買い物をされるお客様が大変多く、機内販売にとても時間がかかります。 そして、その売り上げ額の多さにビックリ・・・私が日本ベースで乗務していた頃の日本路線のようです。 
日本でのバブル崩壊以降、日本路線に代わって、この頃は、アフリカ路線が機内販売での売り上げ1位なのだそうです・・・Verrast
 
機内販売が終わると、お楽しみの(♡)お食事タイム。
今回は、満席ではないのにミールトレイが満席の人数分搭載されていたので、クルー用のミールではなく、ビジネスクラスのミールをいただいてみました。
前菜は、オランダ発は全路線同じ(=日本路線とも同じ)です。
主菜はお魚料理をいただきました。 ティラピア(イズミ鯛)です。 ピリカラで美味しかったデス。
デザートのチーズ、クランベリーのバヴァロワも美味しかった♡
到着前のミールサービスのメニューはラゴス便と同じ。 
お気に入りのライムとジンジャーのバヴァロワも試食(←もちろんサービスの後にですヨ)できてHappy!


(これがさっぱりしていて美味し~~~のデス!!)
(も~何個でも食べられマス♡)

アクラ到着後は前回同様、シャワーを浴びて(マラリア蚊に刺されないように虫除けをしっかり塗って)からクルー・ドリンクへ。
プールサイドで飲んでから、前回同様ピアノバーにピアノを弾きに・・・
前回よりも時間が早かったのか、バーではホテルの専属ピアニストがまだ演奏中でした。
 
「彼の演奏が終わるまで待ちましょう」
と言ったのですが、同僚達がピアニストに
「彼女のピアノを聴いてからベッドに行きたいので、少しだけ彼女に弾いてもらっていいですか?」
と交渉。
「どうぞ、どうぞ!」
と快く(ピアノの)席を譲ってくれたピアニスト。
 (↑・・・今までの経験では、腕の良いピアニストは大抵快く譲ってくれます。 あんまり上手でないピアニストは、途中で別の人に弾かれるのを嫌がります。)
 
(今回はりきって沢山持ってきていた)楽譜は全部部屋に置いてきてしまっていたので、暗譜で弾ける曲を何曲か弾くと、ピアニストが
「10年くらい前、ゴールデン・チューリップ・ホテルで仕事をしていた時、一度、やっぱりKLMのアジア人のスチュワーデスが、ホテルを出発する前に、素晴らしいショパンの『ノクターン』を演奏して行ったんだけれど・・・もしかして、あなたですか??」
 
ゴールデン・チューリップ・ホテルは、その当時のクルー・ホテルです。
そのホテルでも、滞在中はいつもピアノを弾かせていただいていました。 夜は専属のピアニストが演奏していたので、私は大抵、朝食後から夕方まで弾かせていただいていたのですが、一度だけ、同僚達からのリクエストで、ピアニストにお願いして、ホテルを出発する前に制服姿で、ショパンの『ノクターン(Op.9 No.2)』を弾いたことがありました。
その時のピアニストとこの新しいクルーホテルで再会するとは・・・!
 
「是非もう一度、あの『ノクターン』を聴きたい。」
とおっしゃって下さったので、最後にショパンの『ノクターン(Op.9 No.2)』を弾かせていただきました。
「明日も好きなだけ弾いていって下さい。 聴きに来ます。」
と去って行ったピアニスト・・・10年も前のことを覚えていて下さったなんて感激でした。
 
翌日も、前回同様、朝食後すぐにピアノ・バーへ。
バーの従業員さん達も私のことを覚えていて下さって(←10日前に滞在したばかりでしたから)、すぐに演奏させていただけました。


(ピアノバーのとても気さくな従業員)

今回は楽譜もいろいろ持って来ていましたので、演奏できる曲目も増え、1時間半演奏しては休憩し、また1時間半演奏・・・というのを夕方4時くらいまで繰り返していました。
 
一通りクラシックを弾いた後、中村由利子の曲を数曲弾いたのですが、ガーナ人のお客様方には『ウィスパリング・アイズ』という曲が好評なようでした。 イスラエル人のビジネスマンは、サティの『ジムノペディ』が好きだとおっしゃっていました。 また、バーの奥でコンピューターを開いて、ずっとお仕事されていた英国人ビジネスマンは、ショパンの『ノクターン』がお好きなのか、『ノクターン』を演奏する度に嬉しそうに拍手下さいました。
そう、今回は、ピアノ・バー、結構混んでいたのです。
 
朝食後の最初の演奏から夕方まで、ず~っとバーにいらしたお客様も何名かいらっしゃいました。 
ホテルのピアニスト、(先述の)『ノクターン』がお好きなイギリス人ビジネスマンと、それから、どことなく気品をただよわせるガーナ人男性2人。 
 
バーの従業員に
「これから同僚たちと昼食をとるのですが、食後にまた弾かせていただいてもいいですか?」
と尋ねていると、そのガーナ人男性2人の内の1人に
「是非また聴かせて頂きたいから、お食事が済んで、また演奏する時には、部屋番号○○まで電話で知らせてください。」
と頼まれました。 なんと光栄なことでしょう!
 
昼食後、ピアノ・バーに戻ると、『ノクターン』がお好きなイギリス人ビジネスマンが、バーの奥で相変わらずお仕事なさっていました。
従業員に
「先程あちらにお掛けだった男性(=ガーナ人男性)に、またピアノを弾く時に電話で知らせて欲しいと頼まれたのですが・・・」
と伝えると、こちらが部屋番号を伝える前にちゃんと○○号室に電話をかけて下さいました。 ホテルの常連さんなのかしら・・・?
 
早速お部屋から降りて来て下さり、数曲(イギリス人ビジネスマンの為にもちろん『ノクターン』も)演奏しました。 
演奏後、そのガーナ人男性が紅茶をご馳走して下さり(←お酒を勧められたのですが、乗務前10時間をきっていましたので、丁重にお断りしました)、お話を伺うと、その方は、在フランスガーナ大使でした。 
(↑だからホテルの従業員は彼の部屋番号を知っていたのですね・・・)
「是非パリに来て、ピアノを演奏してもらいたい。」
とおっしゃって下さったのですが、ヨーロッパ路線はもう乗務していませんし、乗務と関係なくパリへ行くとなると子供達のこともあってとても無理そうです・・・残念!
そうお話しすると
「お子さん達も是非ご一緒にパリへいらして下さい。」
と名刺を下さいました。 本当になんて光栄なこと!
 
「お見送りに降りますから、ご出発前にまたご連絡下さい。」
とおっしゃるガーナ大使に深くお礼申し上げ、
ピアニストには
「出発前にご挨拶に伺います」
と申し上げて、仮眠を取る為に部屋に戻りました。
 
出発前、演奏中のピアニストに
「またお会いできますように!」
とご挨拶すると、それまで弾いていたジャズを、クラシック曲のジャズ・アレンジにかえて弾いて下さいました。
エルガーの『愛の挨拶』・・・とても好きな曲です♡
ガーナ大使も見送りに降りて来て下さいました。
 
それだけで感動でしたのに、クルー・バスに乗り込む直前に、ピアニストがホテルの外まで走って来て
「今度いらっしゃった時には、是非、私のコンサートを聴きにいらして下さい。 
あなたはコンサート・ピアニストになるべきです。 
いろいろな人の演奏を聴いてきましたが、アマチュアであなた程印象的な音を出す人に会ったことがありません。 
またあなたの演奏を聴けるのを楽しみにしています。」
と・・・! そしてバスが出るまで手を振ってお見送りして下さいました。
 
(もちろん私の演奏技術では、コンサート・ピアニストになどなれないことはわかっていますが)プロのピアニストの方からそんな風におっしゃっていただけるなんて、本当に本当に光栄なことです・・・(>_<。。。(←うれし涙)
あぁ、もっともっと練習に励まなければ!!
 
(フライト日記がすっかりピアノ日記になってしまいました・・・(^^ゞ)
 
次のフライトは、未定です・・・9月13日まで夏の休暇、そして休暇明けは、14~18日の5日間、スタンバイがついています。
どの便に呼ばれるのか楽しみです・・・日本路線であることを密かに祈りつつ・・・(笑) 


(パイロットのお食事に
紙ナプキンのバラを添えてみましたバラ)


(お食事を下げに行ったら、
紙ナプキンのバラが、ちゃんと飾ってありましたバラ)