フライト日記 (Kilimanjaro~Dar Es Salaam)

(引き続き、昨年末から長らくゆっくりと書く時間を持てずにいたフライト日記を少しずつ思い出しながら書きたいと思います(*^-^*))

2012年1月
(JRO-DAR)

2012年の仕事始めは、キリマンジャロ経由ダルエスサラーム便でした。
機種はMD-11。

ブリーフィングではパーサーから
「キリマンジャロまでの飛行時間が約8時間。1時間ほど停泊して、新しいお客様を迎え入れ、ダルエスサラームまで更に1時間・・・エネルギーをちゃんと残すよう、考えながら乗務するように・・・”minimum inzet, maximaal resultaat=minimum effort, maximum result”」
とのアドバイス。
最初からフル活動で途中休憩なしでも余裕で10時間以上乗務できる私にとっては新鮮なアドバイスでしたが、
疲れやすい人は確かにそうしないと到着前にバテてしまうかも。

飛行機に乗り込むと、小さなお客様が・・・↓


(↑ てんとう虫もどき?)


(↑キリマンジャロかダルエスサラームか忘れてしまいましたが、
髪にボールペンを挿したケータリングのスタッフと・・・)

ダルエスサラーム到着後、ホテルのバー(屋外)で
真っ暗な中、満点の星を楽しみながらのクルードリンクだったのですが、
翌朝行ってみたら、こんな素敵な場所でした↓

バーの先端からの景色↓

右手に降りるとなんともゴージャスなプールが・・・↓

同僚(男性)がフライトにいつも連れて行っているというクマちゃんをお借りして・・・
↓

バーから見えていた建物への入り口発見↓

行ってみました↓

潮が引いていて、何かを拾いながら歩いている人が・・・
潮干狩り?↓

夕食はタンザニア料理を頂きました(*^-^*)
(私は必ず現地のお料理を試します↓)


(↑Zanzibar Beef Pilau・・・美味しかったです♪)

・・・半年以上前なので、あまり思い出せなくてスミマセン(汗)

フライト日記 (Panama)

(引き続き、昨年末からのフライト日記を少しずつ思い出しながら書きたいと思います(*^-^*))

2011年12月
(PTY)

昨年は、クリスマスが乗務、年末年始はお休み(←クリスマスとお正月は、前の年に乗務した方がお休み、お休みだった方は乗務、という決まりがあります)の年で、
第2クリスマスにあたる12月26日からパナマ便が付きました。

2ヶ月前にも付いたパナマ便・・・これはきっとパナマ在住のCさんに会いに行きなさいという神様の思し召しか・・・?(*^-^*)

機種はMD-11、マザーテレサ(←MD-11には1機ごとに著名な女性の名前がついています・・・ちなみに帰りの便は、イングリッド・バーグマンでした♪)

担当はビジネスクラス。

クリスマスのフライトならではのものがいろいろと搭載されていました↓

 
(↑ サンタのイラスト付きコーラ)      (↑ クルーミールのパッケージにもサンタ)


休憩中には、パーサーが持参した↑ Roomboter amandelstaaf (←直訳すると、クリームバター アーモンド棒)を皆で頂きました。
オランダでは、クリスマスにはこのRoomboter amandelstaafかKerststolというパンを頂きます。

パナマまでの飛行時間は約11時間(日本からオランダまでとほぼ同じ)、2回のお食事のサービスの合間に軽食をお出しするのですが、
チョイスの中になぜか(日本路線ではお出ししない)ミニお寿司が・・・(日本路線には手巻き寿司とおにぎりが搭載されています)

パナマ到着後は、クルーバスで約1時間かけてクルーホテルへ向かうのですが、
クリスマス休暇と重なっていた為(・・・だったと思う・・・)道が非常に混雑していて、この日は2時間以上かかって到着。

 
(↑ 海にかかる高速道路・・・道路の反対側も海) (↑ 渋滞にひっかかっているうちに日が暮れて・・・)


(↑ 目の前で交通事故・・・)

クルーホテルもクリスマスの飾り付けでいっぱい・・・

 
(↑ ホテル入り口前のラウンジ=外です)   (↑ ホテル中庭・プールサイドのレストラン・バー入り口)

 
(↑ ホテル入り口前のラウンジの奥にある広場)


(↑ 昼間はこんな感じ)

ステイ中は、Cさんと一緒にランチをしたりお買い物へ行ったりしました。

(↑ パナマ名物サンコーチェ・・・でしたっけ?)

ランチはホテルのレストランでだったのですが、ピアノが置いてあったので、食後に弾かせて頂きました♪
(いつも練習室をレンタルする楽器屋さんもクリスマス休暇で閉まっていたので、ホテルで弾かせて頂けてラッキーでした・・・感謝.:♪*:・'(*⌒―⌒*))) )


 

Cさん、お忙しい中お時間を割いて会いに来て下さってありがとうございました♡
お勧め料理も美味しかったし、おしゃべりもとっても楽しかったです(*^-^*)
今度は日本でお会いしましょう!

フライト日記 (Tokyo)

(大変長らくご無沙汰してしまってスミマセン・・・昨年末以降、日本語補習校の保護者会会長としての仕事がたて込み、年が明けてから茶話会、役員会と保護者会総会が続き、そして次期役員への引き継ぎが済んだ今春からは、昨年に引き続き、震災被災地の為のチャリティーイベントのお手伝い、支援物資を送るお手伝いをしながら、機内のエンターテイメントシステムの日本語訳やビジネスクラスの日本語メニューの日本語訳の間違いに関して会社との遣り取りがあって、ゆっくりPCに向かってじっくり考えながら文章を書く時間をなかなか作れずにいました・・・これから少しずつ、ブログ再開していきたいと思っています・・・よろしくお願いします(*^-^*))

2011年12月
(NRT)

フライト日記、書かないまま危うく1年経ってしまうところでした・・・(⌒_⌒;

さて、昨年12月6日からの久し振りの東京便は、大先輩Sさんのラストフライトでした。

勤続20年以上のクルーは、ラストフライトのメンバーを全員指定できることになっています。
その一人としてラストフライトにご招待頂き、本当に光栄でした・・・(。♋ฺ‸♋ฺ。 )ウルウル

Sさんは、私のファーストフライト(当時は東京ベースの日本人乗務員)でお世話になった先輩。
あれから22年、勤続39年のSさんは変わらずお美しく、(私の母と3つしか齢が違わないとは思えぬほど)若々しく、
変わらず乗務を楽しんでいらして、
私もこんな風に定年(65歳)を迎えたいと心から思う、理想の大先輩です。

1機に3名乗務する成田ベースの日本人乗務員は、
ラストフライトのSさんと、同じく大先輩のTさんとFさん。
Sさんと同期でいらっしゃるHさんは、現在大阪ベースで飛んでいらっしゃる為、東京便の乗務は叶わなかったのですが、
フライトリーブ中にプライベートでアムステルダムにいらっしゃり、
お帰りの便に制服姿でお乗りになり、Sさんが入られたUD(=Upper Deck=ビジネスクラスの2階席)のギャレーでお手伝いをされていらっしゃいました。

そして、オランダ人CA7名中3名は私ともう2人のオランダベースの日本人乗務員でした・・・現在オランダベースの日本人乗務員は3名いて、私と同期のMちゃんと、1期後輩(でも学年は私と一緒)のYさん。
オランダベースの3人が一緒に乗務したのは初めてで、先輩方4名と私達で1機に7名も日本人CAが乗っていて(オランダ人CAはパーサー2名を入れて4名)圧巻でした。

スキポール空港のクルーセンターにはお見送りの同僚、元同僚が集まっていました。

ブリーフィングルームも飾り付けがしてあって、コーヒー紅茶&ケーキまで用意され、まるで小さなパーティー会場のようでした。

 

ランチョンマットはSさんの写真入り・・・

(フライトのインフォメーションが入った)パーサーマップの表紙にもSさんの写真が・・・

機種はB747-400。
B747は、ギャレーが、UD(=アッパーデッキ=2階のビジネスクラス)、Aゾーン(=1階のビジネスクラス)+Bゾーン(=エコノミーコンフォート)、4/5ギャレー(=前方のエコノミークラス)、6/7ギャレー(=後方のエコノミークラス)の4つあって、
通常、日本人乗務員はUDに1人、4/5ギャレーに1人、6/7ギャレーに1人、それぞれオランダ人CAと組んで入ります。

オランダ人CA内のアサインメントは、シニアパーサー、ジュニアパーサーに次いで、基本的にはセニョリティ順に、UD→Aゾーン→Bゾーン→4/5ギャレー→6/7ギャレーとアサインされます。

この日は、UDにラストフライトのSさんと私(オランダ人CAとしてアサインされています)、Aゾーンに同期のMちゃん、BゾーンにYさん(共にオランダ人CAとしてアサインされています)、4/5ギャレーに先輩のTさんとマリンケ、6/7ギャレーに先輩のFさんとコニーがアサインされていました。

Sさんと同じギャレーで働かせて頂けるのはとっても嬉しいけれど・・・大先輩であるTさんとFさんがエコノミークラスにアサインされていたことも気になり、
また、Sさんも、最後のフライトは、私とよりももっとずっと長く一緒に乗務してきたTさんやFさんと一緒に働けた方が思い出になると考え、
4/5ギャレーのTさんとポジションを代わって頂くことにしました。

AゾーンのMちゃんとBゾーンのYさんが、
「あまり日本路線は飛ばないから和食のサービスがよくわからない」
と言うので、
定期的に日本へ飛んでいる(乗務ではなくプライベートでですが・・・でも乗務するよりお客さんとしてサービスを受ける方がかえって勉強になってるかもしれません・・・(^_-))私がビジネスクラスに入った方がいいのかな・・・とも思いましたが、
4/5ギャレーのオランダ人CAマリンケとは偶然その前のフライト(ヨハネスブルグ便)でも一緒だったので、
(私と同じギャレーで働きたいという)彼女の希望もあって、そのまま4/5ギャレーに残ることにしました。

機内アナウンスはSさんと同期でいらっしゃる本来大阪ベースのHさんが担当して下さり、時折他の先輩方のアナウンスも入り、
久し振りに大先輩方の素晴らしいアナウンスを聞くことができ、感激でした(・・・録音したかった!)

休憩中にマリンケが
「有名な柔道家が乗ってる」
と呼びに来たので行ってみると、
柔道グランドスラム東京2011に出場予定の柔道家の皆さんが乗っていらしたようで、
エルコ・ファンデルヘースト選手と記念写真を撮らせて頂きました。
長男が柔道をやっていると話したら、名刺も下さいました・・・優しい(❛ᴗ❛人)✧

成田到着前に、機長からオランダ語と英語、そしてHさんによる日本語の、Sさんへのメッセージがアナウンスされ、
お客様からSさんへの大きな拍手で機内が包まれました(感動・・・!)

成田到着後、お客様が皆様お降りになられてから、Aゾーンに集合し、ちょっとしたお別れ会をしてから
(名残惜しかったのですが、飛行機は折り返しアムステルダムに戻る為、出発準備を始めなければならず)
皆で入国手続きへ。

到着ロビーにはSさんを出迎える現役同僚&元同僚達が大勢集まっていて、
集合写真撮影後、皆で空港でランチをしました。


(↑日本人CAだらけ)

奇しくもこの日はKLMの日本就航60周年記念日で、
(そんな記念日に成田に降り立てた偶然にも感激・・・!)
出発ロビーに特別ブースが作られているとのことだったので、
ランチの後は皆でそちらを見学に・・・


(↑ 特別ブース前でSさんと・・・)


(↑ 右上に3Dの飛行機が飛んでいます)

盛り沢山のフライトでした♪

乗務暦39年・・・Sさん、お疲れ様でした・・・もうフライトではご一緒できないと思うととても淋しいです(;_;)
どうぞお元気で・・・!!

*・゜゚・*:.。..。.:**・゜゚・*:.。..。.:**・゜゚・*:.。..。.:**・゜゚・*:.。..。.:**・゜゚・*:.。..。.:*

この東京便の後のパナマ便のフライト日記は、今日からのフライトから戻ったら書きますネ。
今日からソウル便乗務です♪
(竹島問題が韓国でどんな感じになっているのかわからないので、少々不安ですが・・・)

フライト日記 (Johannesburg)

(こちらは1ヶ月遅れです・・・スミマセン)
(写真を追加アップしました)

2011年11月
(JNB)

久し振りのヨハネスブルグ便。
(南アフリカ路線はこのところずっとケープタウン便ばかりだったので)

機種はB777-200。
担当はビジネスクラス。満席。

ブリーフィングで印象に残っているのはパーサーからの
「私達自身が商品」
という言葉。
全てはプレゼンテーションする私達にかかっている・・・
乗務前に非常にやる気の出る言葉でした。

今回の相棒は、普段はジュニアパーサー(=エコノミークラスを仕切るパーサー)のロバート。
とても優しくて、協調性もあって、一緒に働きやすい一方で、
普段はエコノミークラスを担当しているからか、
満席のビジネスクラスではあまりしない(少なくとも私はしない)ことをしてしまうことも・・・

例えば、お食事が終わったお客様のトレイをどんどんギャレーに下げてきてしまったり・・・

エコノミークラスでは1トレイでサービスが終わりますが、
ビジネスクラスでは前菜の後、主菜、そしてデザート、とサービスが続き、
ギャレーでは次のサービスのトローリーの準備もしないといけないし・・・
下げ物をする前に、パンやワインのおかわりをお伺いしたりといったサービスもあるのに
そういうことを全て飛ばして、さっさとトレイを下げてしまって・・・(^^;;

他のお客様がまだお食事をされている中、 ギャレーとキャビンを行ったり来たりして、 お食事を終えたお客様から順に次々と下げ物をするというのは
お食事中のお客様を追い立てるようで失礼ではないかと思うのと、
(何らかの事情で目的地到着前に時間がなくなり・・・というような場合は例外ですが)
通路を挟んだ2つの担当エリア、揃って同時にトローリーでサービスに出た方が、
(エコノミークラスでも同じだと思いますが)
チームワークとして好ましいというか、見た目的にも美しいと、私は思うのです。

が、気付いた時には彼の担当エリアだけトレイがすっかり下げられていて、
ギャレーは下げられたトレイでいっぱい・・・

満席で、注意する暇などなかったので、とりあえず、ギャレーのトレイを片付け、
次のサービスのトローリーの準備をし、
サービス手順の話はとにかく全てのサービスが終わってからしようと思っていたのですが、
出発前に起きた別の問題(※)に関して話しているうちに、し忘れてしまいました・・・(^^;;

(※)出発前に起きた別の問題というのは・・・
今回、実は社員割引で乗っていらした方がお二人いて、
他社の社員の方々だったのですが、
なんと生後数ヶ月の赤ちゃん、1歳と2歳のお子さん連れで・・・
子供は子供でも(赤ちゃん1人ならまだしも)乳幼児3人・・・私だったら例え自社便でなかったとしても社員割引でビジネスクラスに座るだろうか・・・(多分、エコノミークラスへのダウングレードを申し出たでしょう)
しかしながら彼らは、ご搭乗早々、「席が離れてしまったから一緒に座らせて欲しい」とパーサーに頼んだらしく(∥ ̄■ ̄∥) 、
(社員割引の時は、空いたお席を頂くので、隣同士になれるとは限りません)
空席がある時ならまだしも、この日は満席。
ビジネスクラスでは、Welcome Drinkのサービスやらアメニティーキットの配布やらで忙しくしているというのに、
その社員割引一家を並んで座らせるが為に、パーサーが他のお客様にお席の移動をお願いし・・・
正式なビジネスクラスのお客様にご迷惑をおかけしてまで、
満席のビジネスクラスで、
乳幼児を3人も連れた社員割引の一家をそこまで優遇する必要があったのか・・・
パーサーの判断で、社員割引の乗客をエコノミークラスに移すことはあっても、こういうのは私も初めてで驚きました。
フライト中も忙しいサービスの最中に(「赤ちゃんのミルクを用意して欲しい」「離乳食を用意して欲しい」「子供が大人用の食事を食べないので何か別の物を用意して欲しい」等)大変注文が多く、満席のビジネスクラスに迎え入れるには相当迷惑な社員割引客で・・・
この件に関しては、相棒のロバートがパーサーに意見してくれていたので私からは特に何も言いませんでしたが。

そんなこんなで、てんやわんやのうちにヨハネスブルグ到着。
幸い、正式なビジネスクラスのお客様から(その乳幼児連れ社員割引客に対する)苦情が出ることもなく・・・(〃´o`)=3 ヨカッタ

同僚達の半数は翌日早朝から1泊2日のサファリツアーへ。
私は、クルーホテルのマネージャーに伺ったところ、夜、ホテルのロビーのピアノを弾かせて頂けるとのことだったので、
ホテルに残ることにしました。

翌日は、ホテル居残り組4人でとった朝食の席でたまたま話が出て、急遽、射撃場へ行くことに。
一見バッティングセンターのような入り口から中に入ると、
ドラマや映画でしか見たことのない大小様々な銃が・・・

見ただけでもう心臓ばくばくでした。
何のセキュリティーもなく、身分証明も何もしないで、本物の銃と本物の弾丸をレンタルできる・・・
というのも(いつどんな人がレンタルするか分からないというのが)
恐ろしく、
銃の扱い方の説明を聞きながら、辺りに様子が変な人はいないか気になって仕方がありませんでした(汗)

銃声が轟く射撃場・・・
まさにドラマや映画で見たままの光景・・・

4人で4種類の銃をレンタルしたので、
5発ずつ撃って銃を交換しようということになったのですが、
一番小さい銃からスタートした私は、
(他の人が撃つ銃声にもビックリしまくっていたのですが)
自分の銃声にもビックリして、
撃つ度に体がビクッと飛び上がってしまい、
撃つ度にその衝撃で体が後ろに飛ばされ、
撃つ度に弾丸の外側の部分(←なんと呼ぶのでしょう?)が顔めがけて飛んでくるので、
その恐ろしさに、2つ目の銃でもうギブアップ。
 
そもそも撃つ時も(人型に狙いを定めるのが恐ろしくて)標的を見ていられない(=目を瞑ってしまう)ので、
射撃は自分には本当に向いていないと確信し、
それ以降はカメラマンに徹しました(笑)

命中率1番だったのは女性パイロット(副操縦士)のエレン。
格好良かったです(*^-^*)

銃を返却した時は心底ホッとしました(笑)

クルーホテルに戻り、夕方までのんびりした後、ホテルのバーでクルードリンク。
夕食はホテルのレストランで。
南アフリカは食事もワインも美味しく、毎日大満足でした。

夕食後は毎晩夜中までピアノを弾かせて頂きました。
 

時々同僚達が聴きに来てくれ、
(相棒のロバートは読書をしながら2時間以上聴いていてくれました)
中には感動して涙を流してくれた同僚も・・・
バッハの『G線上のアリア』を聴いて、無くなった旦那様を思い出したというエスメラルダ。
中村由利子の『Dear Green Field』を聴いて、音楽を聴いて感動して涙が出たのは初めてだというダイアン。
彼女には結婚式でこの曲を弾いて欲しいと頼まれました。
光栄です。.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))

ランチには、クルーホテルから歩いて数分の所にあるカフェレストランEuropaで、毎日お寿司を頂きました。

同僚のお勧めで、Wheat Grassという緑色のジュースにもトライ。

意外と美味しかったです♪

そして帰りの便。満席。

はっと気付いた時には時既に遅く、行きの便同様にお食事を終えたお客様から順にどんどんトレーをギャレーに下げて来てしまう相棒のロバート。ヨハネスブルグ滞在中にこのことを話そう話そうと思っていたのに(ロバートも初日はサファリに出掛けていたこともあり)すっかり忘れていました。

彼は通常はエコノミークラスのパーサーとして働くので、ビジネスクラスのサービスに関して細かいことを注意することに意味があるのか?
という迷いもありました。
が、シニアパーサーからも
「二人はスムーズにサービスできているのにも関わらず、チームワークが上手くいってるように見えないのはなぜかしら・・・?」
という指摘があったので、
シニアパーサーも交えて、
相棒同士はやはり(特別な事情がない限り)
一緒に準備して、一緒にキャビンに出てサービスし、
下げ物も(本来のマニュアルにある通り)二人同時に一緒にトローリーでキャビンに出てした方が、
見た目もバランスが良いはずだとお話ししました。

(こういった話を、パーサーも含め同僚同士で腹を割って話せるのも、この会社の良いところだな・・・と改めて感謝しつつ)

相棒が同じ2本線(=制服に2本白線があるCA=ビジネスクラスの訓練を受けたCA)の時には多分起こらない問題。
私も勉強になりました(*^-^*)

_____________________________________________

今年も残すところあと約1時間半(オランダ時間だとまだ9時間半ありますが)。
12月のフライト日記が2つ、年を越してしまいそうです・・・(^^;;

今年は久し振りにオランダで新しい年を迎えます。
(外では既に花火や爆竹の音がしています)

皆様どうぞ良いお年をお迎え下さい!!

フライト日記 (Panama)

(すみません、またもや2ヶ月遅れになってしまいました・・・(^^;;)

2011年10月
(PTY)

ボネールへのフライトから戻った後、週末3日間だけ一時帰国したのですが、
東京便の機内でオランダ人の同僚達と話していて
誰も東京便をリクエストしていないと聞いて(毎月東京便をリクエストしている私としては)ちょっと凹む・・・(T_T)
彼女達はシンガポールやパラマリボ、そしてパナマをリクエストしたのに東京便が付いたとのこと。
私は東京便(と大阪便)をリクエストしているのに、シンガポール、パラマリボ、パナマ便を頂いてます・・・(ー_ー?)
フライトリクエストが全てコンピューターで処理されるようになって大分経つけれど、
なんだかやっぱり上手く処理できてなさそう・・・(-_-)

という訳で、(本当は日本路線をリクエストしていたのに付いた)パナマ便。

機種はMD-11。満席。
担当はエコノミークラス。

ブリーフィング時に注意があったのは
* 緊急時に備えて、客室は常に整理(Ex.プラスティックの空袋等を片付ける)
* 赤ちゃんや子供が座席で横になって寝かせられている際、通路側に頭が来ていないか注意
* パナマ便は乗客に船員が多く、お酒を持ち込む人が多いので、特に注意する

パナマ便らしいと思ったのは最後のお酒に関するもの。
船乗りが多いのはパナマ運河があるから・・・?
実際、(私の担当エリアではありませんでしたが)ウィスキーなどを持ち込んでこっそり飲んでいらっしゃるお客様(←本当に船員でした)が数名→お酒は(到着するまで)没収+機内でのアルコールのサービスはなしという対応をした様子。

MD-11のエコノミークラスは、6人のCAが3人ずつ2つの通路に分かれて、客室最前部、中間部、最後部を担当します。
今回私の担当は右側の通路の中間部。
Tweebander(=2本線=制服に2本白線があるCA=ビジネスクラスの訓練を受けたCA=通常はビジネスクラスを担当するが、その月によって苗字のアルファベット順にエコノミークラスを担当)がエコノミークラスを担当する場合、
必要に応じてビジネスクラスのお手伝いにもまわれる様に、エコノミークラスの最前部の担当になるのですが、
今回、Tweebanderが6名おり(うち2名がビジネスクラス担当)、
アルファベット順+乗務暦で、私は中間部担当に。
普通(少なくとも私が最前部担当の時は)、ドリンクサービスでもミールサービスでも最前部が先に担当エリアのサービスを終え、
中間部を引き継ぎ、中間部担当者が最後部を引き継ぎ、最後部担当者は先にギャレーに戻って次のサービスの準備をする・・・
というのが、経験上、最も効率の良いサービス手順・・・
ところが、最前部担当になったエレンとタンヤ(←私同様20年以上飛んでいる二人ですが)、
自分の担当エリアが終わると、終わったところで止まったまま二人で立ち話をしてる・・・(-_-)・・・
(こら~~~手伝いに来い~~~)
よっぽど担当エリアを(最前部と中間部で)替わろうかとも思いましたが、
(私が彼女達のどちらかと担当エリアを替わることで、私の代わりに中間部に入った方は休んでいられず、最前部に残った方も、私は自分のエリアが終わっても同僚のエリアが終わっていなければ立ち話などせず手伝いに行くので休んでいられず、二人ともUnhappyになるでしょうし)
他の同僚達は彼女達がサボっていることに気付いていない様子だし、飛行時間は10時間45分、時間も十分あるので、
今日は事を荒立てずにのんびりいくことに。

そんな感じでのんびりと(笑)パナマ到着。

同僚達の何人かは翌日から1泊2日でパナマ運河&ビーチツアーへ。
私は、パナマ運河にも2回行き、無人島ツアーetc.色々なツアーにも既に参加済みだったのと、
今回はパナマに住んでいる友人Cさんに是非ともお会いしたかったので、ホテルに残ることに。

毎度のことながら、どこかピアノを練習できる場所はないかと探してみると、
クルーホテルからさほど遠くない所(タクシーで10分くらい?)にヤマハ音楽教室発見♪
同じく趣味でピアノを弾くというセカンドオフィサーのフィクターと2人で行って来ました。
彼もベートーヴェンのソナタを何曲も弾きこなしていて(←隣の部屋で弾いてるのが聴こえてきた)
こんなことなら連弾譜も持ってくればよかったと後悔。


(ヤマハ音楽教室の入り口)

フィクターとは音楽の話もいろいろできて、恐らく今回のパナマステイ中、一番親しくした同僚で、
食事の時はいつもさりげなくお隣に座って話しかけてくれ、
夕食前にATMにお金をおろしにいかなければならない時には心配して
「自分もお金をおろさないといけないから」と嘘をついてついて来てくれたりして
(↑こういう心遣いに弱い)
発してくれているサインは明瞭で、
実は(恥ずかしながら)ちょっと心揺れそうになったのですが・・・
年齢差20歳というのが・・・やっぱりどう考えても申し訳なさ過ぎますよね?ね?ね?
ミハーリの方が年が近いのですからwww

彼とは是非また一緒にフライトして、いつか連弾してみたいです(*^-^*)
(これからは連弾譜も常に持参しなければ・・・φ(.. ) メモメモ )


(ヤマハ音楽教室前にいた仮装した子供達)

2日は、パナマ在住の友人Cさんにも無事お会いすることができました。
その日の晩のハロウィーンパーティー用の衣装を探すのにお勧めのお店や、
(結局マリア用のゴスロリウィッグしか買わなかったのですが)
大きなショッピングモールにも連れて行って頂きました。
Cさん、とっても楽しかったです、ありがとう!!

ハロウィーンの夜は、クルー全員でお食事。
大雨の中、旧市街地へ。
レストランも素敵でしたが、レストランに入る前に皆で雨宿りしたバーもとっても素敵でした。
(どちらも名前を控えるのを忘れてしまいましたxxx)


(雨の旧市街地)

翌日は、Cさんがクルーホテルに来て下さって、
巷で有名だという、ホテルのSunday Brunchを頂きました。
夜、乗務だった為、シャンペンを頂けなかったのが心残り・・・(笑)

ブランチの後、仮眠を取り、帰りの乗務。
満席。
行きの便同様、のんびりサービス・・・の予定でしたが、
ジュニアパーサーのヘラルドが、エレンとタンヤのサボリに気付いたらしく(笑)、
注意されたのか、ちゃんと手伝ってくれるようになって、大変スムーズで快適なサービスができました。
こういうのはお客様も感じ取るはず。
同僚同士、助け合って、お互いに「ありがとう」と微笑あってサービスできるのが一番(*^-^*)
良いフライトでした♪

それから今回とってもスペシャルだったのは、
休憩中にコックピットから星を眺めていた時、初めて、おうし座流星群の火球を観たこと!
オレンジ色の大きな流れ星が、ゆーっくりと、長ーい尾を引きながら、オリオン座の上を流れていきました・・・
とっても綺麗でした〃⌒ー⌒〃 ~☆・:.;*
(あんまり綺麗だったので、願い事はし忘れましたwww)

フライト日記 (Bonaire)

2011年10月
(BON)

何年ぶり?3年ぶりくらい?のボネール便。

ボネール便はリポーティング時間がとても遅く(もしかしたら一番遅い?)
午後10時10分。
朝、子供達のお弁当を用意して学校へ送り出した後、仮眠を取って(・・・結局よく眠れなくて1時間くらいで起きてしまったのですが)
夕食後、子供達を元夫に預けてから空港へ。

クルーセンターはもう人気も少なく、スーツケースを預けに行くと(←クルーセンター内に、クルー専用の荷物を預ける場所があります)
セキュリティーの人達も少しずつ帰宅して行っていました。
ブリーフィングルームのある2階へ上がると正面にクルー用の免税店があるのですが、
その免税店も丁度店じまいをしていました。

以前ボネール便に乗務した時には気付かなかった光景・・・あるいは、昔はもっと遅い便があったのかな・・・?

リポーティングをして、スーツケースを預けた後は、ブリーフィングの時間まで自由にしていていいのですが、
(クルーセンターのコンピューターでスケジュールをチェックしたり、免税店で買い物したり、コーヒーコーナーでお茶したり・・・)
大抵皆、ブリーフィング前にパーサーのブリーフィングエリア(←ブリーフィング開始前に、シニアパーサーとジュニアパーサーあるいはアシスタントパーサーが、ここで打ち合わせ等します)に行って、予めパーサーに挨拶しに行きます。
私も挨拶へ・・・すると他のCA達が既に揃っていて、
ブリーフィングは(ブリーフィングルームではなく)ここでするとのこと。
さてはブリーフィングルームもこの時間には閉鎖されているのか・・・???

機種はMD-11。
担当はビジネスクラス。

ボネールまでの飛行時間は、8時間50分、約9時間です。

Tweebander(=ビジネスクラスのサービスの訓練を受けた、制服の袖に2本の白線があるCA)でエコノミークラスにアサインされたカタライネが
(ビジネスクラスは、Tweebanderでないと担当できないのですが、ほとんどの便にはTweebanderが余分に乗務している為、Tweebanderでもエコノミークラスにアサインされることがあるのです)
「できたらビジネスクラスを担当したいのだけど・・・」
と言うので、代わりましょうか?と名乗り出たのですが、
ビジネスクラスの相棒のアランカが何かキツイことを(冗談だったらしいのですが)言ったらしく(←私は良く聞いていなかったのですが)
交代はしないことに。
(MD-11のエコノミークラスは、キャビンが長~いので、沢山歩いてダイエットによかったのですが・・・残念!)

満席。
ボネール便は1週間のスケジュールなので、同僚達が家族や友人を連れて来ていたのですが、ジャンプシートも含め、どうにか全員連れて出発。
ボネール便は(クアラルンプールとかバンコクもそうなのですが)本当に毎回満々席なので、私は(万が一帰りの便に乗れなくて取り残されてしまうと心配で)誰も連れて行こうとは思わないのですが、
でも、今回、恋人を連れて来ていた同僚達を見ていて、やっぱりいつか私も誰か(できれば恋人)を連れて来たいかも・・・と思いました(笑)

さて、
今月10月7日は、会社の誕生日です。
設立92周年を迎えました。
世界で最も歴史の古い航空会社です。

ビジネスクラスのお客様へのお土産として、Blue Houseと呼ばれるデルフト焼のミニチュアハウスがあるのですが、
(オランダの何処かの街に実際に建っている家をミニチュアにしたもので、中にはJenever:オランダ語読みでユネーファーという オランダのお酒が入っています)
毎年、誕生日に新しい家が加わります。
今年加わった、92番目のミニチュアハウスはこの家↓
http://www.youtube.com/user/CabinNews#p/u/0/YFoM_SaurNA
(YouTubeの動画の埋め込みが上手くいきません・・・埋め込み禁止になってたりするのかな・・・)

誕生日月だからか、今月は the KLM From Holland food & wine festival というのを開催しています↓
http://www.youtube.com/user/CabinNews#p/u/1/BVioXnU9Jnc
(こちらも同様・・・)

衣食住のうち、住にしか重きをおいていないんじゃないかとさえ思えるオランダですが、
機内食、毎回とても美味しいです(*^-^*)
オランダ産のワインも意外と美味しい・・・ですが、私のお勧めは、ニュージーランドに移住したオランダ人夫婦が作っているSauvignon blancです。

他に、Orange Babies(=アフリカのHIVに感染した母親と子供達を支援する為の財団)と提携した絵葉書が配られ、
お客様が飛行中にかかれた絵葉書は会社が無料で郵送・・・というキャンペーンも行っています↓

夜遅くに出発する便(定刻で23:40発)でしたので、最初のお食事のサービスはほとんどのお客様がお休みになられていて
あっという間に終わり、休憩時間中はコックピットに星を見に行ったり、『胡桃割り人形』の連弾譜(クリスマスまでに全曲弾けるようになるのが目標←かなり厳しい)を読んだりして過ごしました。

ボネール到着は、午前2時半過ぎ。
飛行機は引き続きエクアドルのグアヤキルとキトへ向かう為、ここで乗務員が交代します。

クルーバスでクルーホテルへ。
ボネール便は週7便、ボネール経由キト・グアヤキル行きが就航していて、
ステイも長い為(・・・飛行時間は日本便の方が長いのに、日本には長く滞在させてもらえず残念(T_T))
6クルーくらい?(←1クルー=CockpitとCabin合わせて13名)滞在している為、
クルーホテルもDivi ResortとPlaza Resortの2つあって、(私はDiviの方がいろいろと便利なので好きなのですが)
今回はPlazaの方でした。
ちょっとがっかりしましたが、10月末の冬のスケジュールから、キトもグアヤキルも直行便が飛び始める為、
ボネールからのシャトル便はなくなり、滞在ホテルはDiviだけになるとのこと。
・・・最後にPlazaに泊まれてよかった!(*^-^*)(←単純)

Plazaはお部屋がものすごく広くて(↓)

 

(←入ってすぐその広さにビックリ)

・・・思い切りフラメンコの練習ができてよかったです(笑)

 
(↑ 部屋の外はテラスになっていて、その奥はホテルのプール、そのまた奥に海が見えます)
(↑ 時折降るスコールの水がテラスに溜まってマス)

ボネールは気候もいいし、食事も美味しいし、自然も素晴らしいし、人々も平和で明るく、
この世のパラダイスのような場所・・・
ピアノがないことだけが玉に瑕ですが・・・

ボネール滞在中は、毎度同じパターンなのですが、同僚達とほぼ毎日、Sorobonというビーチへ。
ここはWind Surfing(←クリックするとYouTubeの動画が開きます・・・多分)のメッカで、私も昔はやっていましたが、今は腰が心配で・・・(^^;;

ランチはJibe Cityのカニサラダ・・・本当はカニサンドの方が好きなのですが、ダイエット中につき炭水化物を我慢。

 

同僚達から新しいオランダ語を教えてもらいました・・・
”Brighten” 意味:Brightを飲む(Bright=ブライトというのは、ボネール島限定のAmstelビールだそうです)
(オランダ語では名詞に”en”を付けて動詞にすることがあります・・・例えばGolf→Golfen ゴルフ→ゴルフる、Ski→Skien スキー→スキーる)

ボネール島では、とりあえず皆”Brighten”
(普段はビールは飲まないのですが、私も郷に入っては郷に従って・・・スライスレモンまたはライムを入れて飲むので、普通のビールよりさっぱりしていて飲み易かったです♪)

↓ こちらはJibe Cityのビーチバー・レストランで働くFleur van Hövell tot Westerflierさん。

とっても陽気な、お店の”看板娘(?)”的存在。
日本にも行ったことがあって、3ヶ月間の滞在期間中、若い頃に留学先(?)で知り合った日本人の友人達と連絡を取ろうとしたのだけれど、全員引っ越してしまっていて誰にも会えなかったと、とても残念がっていました。
もしももしも偶然にもこのブログを読んで下さっている方々の中に、Fleurさんのお友達だったという方がいらっしゃったら、是非ご連絡下さいネ。

夕方皆でクルーホテルに戻り、シャワーを浴びた後、クルーホテルのビーチバーでクルードリンク後、夕食。


(↑ ホテルのビーチバーから眺める夕焼け)
波打ち際のレストランで、美味しいワインとお食事を頂きながら、海を眺めると、
夜の海がレストランの明かりに照らされて、かなり大きな魚もすぐ近くまで泳いで来ているのが見えます。
・・・やっぱりいつか恋人と来られたら素敵かもしれません(笑)

ボネール島は丁度Regattaという船のレースのお祭りの週で、
連日日中はウインドサーフィンフリースタイル競技会や漁船のレースが行われていました。
到着翌々日の夜、現地の友人Aminah(←以前Plazaで働いていたホテルスタッフです)にお祭りの会場を案内してもらいました。

 
(↑ 色々な物を売っている屋台がズラリと並んでいます)


(↑ 子供達に混ざって、記念にキラキラ・タトゥー・・・大人でやってもらっていたのは私だけでしたwww)

今回のボネール便は、(行きと帰りが機内泊になる為)5泊8日のスケジュール。
オランダに戻る前日に、早朝(というか真夜中)のキトとグアヤキルへの乗務が入ります。

Callingは午前2時10分・・・前日はクルードンリンクもノンアルコールで、早めの夕食をワイン抜きで頂き、長い乗務に備えて、午後19時過ぎにはベッドへ。
Pick Up Time 午前3時10分、Reporting Time 午前3時20分(←小さい島なので、ホテルから空港まで車で10分なのです)、出発時間は午前4時30分。

アムステルダムから到着した飛行機を引き継いで、ボネールからまずグアヤキルへ飛び、そこからキトへ。その後、再びボネールへ戻ります。
飛行時間は確か・・・グアヤキルまでが2時間半、グアヤキルからキトが1時間(?)、キトからボネールが2時間半、
グアヤキルとキトでそれぞれ1時間ほど停泊時間があって、その間に機内の清掃が入り、私達は次のフライトの準備をし、合間に食事を取ります。

飛行中の車窓ならぬ機窓の景色、すばらしかったです・・・!
 
(↑ グアヤキル到着前に夜が明けました)(↑ 富士山のように美しいコトパクシ山)

(↓ ボネール島のピンク色のフラミンゴ空港)
 
(↑ 到着後は徒歩でターミナルへ・・・) (↑ チャーミングで美しいフェムケと)

ボネール島はフラミンゴの生息地なのです。
ホテルのビーチにも時々やってきます↓

ボネール島滞在最後の一日も同僚達とBrightenしながら楽しく過ごし、
帰りの便ではアムステルダム到着前に、特に親しくしていた3人のアイデアで、ギャレーで記念撮影。
 
温和なパウリーン、冷静なフェムケ、情の厚いヒルデ・・・齢は一回り以上違う彼女達と過ごした1週間は、
(一緒に笑って一緒に考えた)特別な思い出です。

他にも沢山写真を撮ってくれたパーサーのピーターも、
「今まで出会った同僚達の中で君が一番愛らしい」なんて言ってくれたパトリックも、
みんなありがとう(*^-^*)

アムステルダム到着は午前5時半過ぎ・・・
まだ真っ暗なスキポール空港のクルーセンター前で別れを惜しんでもう1枚↓

彼女達に素敵な未来が待っていますように・・・!
そして、また近いうちに一緒に乗務できますように・・・!

フライト日記 (Tokyo)

2011年9月
(NRT)

震災から2ヶ月間、会社の配慮で東京便だけを乗務させて頂き、
6月の休暇(夏休み)後は2ヶ月間別の路線にアサインされていたのですが、
9月に入ってようやく久し振りに東京便のリクエストが通りました。

乗務の2週間程前に、日本ベースの先輩Oさんから
「日本で、日本人乗務員と会社との間で、ビジネスクラスの和食サービスに関するミーティングがあり、
和食サービスはまた2ステップ(=洋食同様、小鉢を前菜、ご飯とお味噌汁を主菜として、2回に分けてサービスする)に戻りました」
というお知らせメールが届きました。

以前にも書いたことがありましたが、
(→https://greetingsfromhollandwithlove.wordpress.com/2010/11/25/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%88%e6%97%a5%e8%a8%98%e3%80%80tokyo-8/)
(オランダに住むようになってからは、CAとしてよりも乗客として日本路線に乗る機会の多い)私は、
主観を抜きにして、本当に本当に本当に客観的に
現在の和食のトレイは、(上のリンク先の日記にトレイの写真を掲載していますが)
どこからどう見ても
前菜・主菜に分けずに1度にお出しするようにデザインされている
と思うので、
(日本人乗務員の中に「前菜・主菜に分けずに1度にお出しすると、まるで安い定食のようだ」と仰る方もいらっしゃるそうですが、私はそんな風に思ったことはありませんし、素人がそんなことを言っては、お料理を考案して下さったミシュラン1星を持つホテルオークラアムステルダムの一流レストランの料理長様にも大変失礼で、それを聞いた時は、正直、同じ日本人の同僚として、本当に恥ずかしくなりました・・・)
現状のまま2ステップサービスに戻してしまうのは、非常に残念だな・・・と思いましたが、
この和食サービス導入時には日本人乗務員の意見を聞き入れてくれなかった会社が、今回、
Inflight Service Managerをわざわざ日本に遣して日本人乗務員との話し合いの場を持ったというのは、
とても画期的で、ありがたいことだと、心から嬉しく思いました。

この和食サービスに関しては、スタートした当初から、
どう見ても1ステップ用にしか見えないトレイで2ステップサービスをすることに疑問を感じていました。
先輩方にサービス方法のアドバイスを伺いながら自分なりにサービスしてきましたが、
先輩方の間でも、1ステップ派と2ステップ派に分かれており、
昨秋のKLM OPENで偶然お目にかかったオークラの料理長様も、ご意向通りにサービスされていないと嘆いていらして、
折角素晴らしいお料理なのに、料理長のご意向通りでなく、トレイのつくりとサービス方法も噛み合っておらず、
故にサービスする側(=CA)も混乱してしまっている・・・
(お料理は本当にとても美味しいので、1ステップで出しても2ステップで出しても、お味はお楽しみ頂けているとは思いますが・・・)

手順が1ステップか2ステップか、ということよりも先ず
お料理の考案者と会社がサービス内容に同意していて、かつ
トレイのつくりとサービス方法が一致していて(=2ステップでサービスするならトレイも2ステップ用にデザインされるべき)
乗務員も考案者も会社も、全員が内容に納得して自信を持ってサービスできるようにすることの方が
ずっとずっと重要なのではないかと思いつつ・・・

Oさんからのメールを受信した後すぐ、両親を日本へ送り届ける為、東京便を利用したのですが、
行きの便に乗務されていらした先輩が
「misaeさんに相談しないで2ステップに戻してしまうなんて酷いわよね」
とお声をおかけ下さって
(私は和食サービスの手順を変更できるような立場にないので、ご相談頂く必要などないのに・・・???)
更にお話を伺ってみると、
4月に急遽和食サービスが2ステップから1ステップに変更になったことに、私が関与していると誤解されてしまっているらしい・・・
(1ステップに変更になった時の日記→https://greetingsfromhollandwithlove.wordpress.com/2011/05/09/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%88%e6%97%a5%e8%a8%98%e3%80%80tokyoosaka-2/)

確かに、3月末、ビジネスクラスの食器が新しくなり、
洋食用アンダープレートのサイズが小さくなり和食器をのせることができなくなった為、
(↑ 洋食用のアンダープレートは円形で、和食器は楕円形なので、サイズが大きかった頃も、のせると見た目が悪かったのですが、2ステップでサービスする為には、オーブンで温めたばかりの主菜をのせるアンダープレートが必要なのです)
「和食は1ステップにした方がいいのではないか?」
というサービスリマークス(=乗務中に気付いたこと等を会社に報告する用紙)は書きましたが、
その1週間後に会社がサービス手順を変更したのは、私(=一乗務員)が書いたリマークスだけが理由ではないはず。

が、その時、サービス手順の変更のお知らせがギャレーブリーフィング(=フライト中、各ギャレーに掲示される、その路線の特別なサービスに関するお手紙=日本路線なら、例えば、他の路線には搭載されない日本茶・ウーロン茶・日本酒・日本の雑誌etc.が搭載されていることや、他の路線ではドリンクサービスの後にお配りするHotTowelを日本路線ではドリンクサービスの前にお配りすること等が記載されています)にしか記載されないと聞いたので、
和食サービスのことなのに、日本人乗務員に前もって何も知らされないというのは、オランダ人の同僚達も???と思うだろうし、日本人の同僚達もびっくりするor恥ずかしい思いをするのではないかと心配して、つい
サービス手順が変更になっている旨私から先輩方にメールでお知らせしてしまい、
それがかえって仇となって、そういう誤解をされてしまったようです。
(思い起こせば、私は子供の頃から、そういう余計な気遣いをして自分で自分の首を絞めることが多い・・・(^^;;)

日本からオランダに戻る便では別の先輩から
「何故、日本ベースの先輩に相談せずに、和食サービスを2ステップから1ステップに変更したのか?」
「オランダベースなのに日本路線のサービスに関わり過ぎだ」
とご注意を受け、事情を説明しましたが、誤解はかなり深く浸透してしまっている様子でした・・・
なかなか直接会ってお話しできないので、誤解もうまれ易いでしょうし、一度うまれた誤解は事実と異なった方向に広まり易いもの。
日本ベースの先輩方は、私が「いつか私もこんなプロの客室乗務員になりたい」と憧れ、尊敬する方ばかりですから、
仮に私が日本路線のサービス内容の取り決めに関与できていたとしたら、間違いなく日本ベースの先輩方に相談していました・・・
が、そういう想いは、やはり口に出して伝えないと伝わらないものなのかもしれませんね。
また(当時は震災発生後間もなく、4月初めは、乗務時の支援活動、乗務の合間のチャリティーイベントやチャリティーコンサートのお手伝いで本当に忙しくしていた為)、サービス手順の変更のお知らせメール、いつものようにじっくり時間をかけて書けなかったので、言葉が足りなかったのだと思います。
今後は気を付けないと・・・(;>_<;)

前置きが長くなりましたが、
そんなことがあった後の東京便のフライト当日。
空港内クルーセンターにあるメールボックスにGroepscommissie(CA全体の意見をまとめて会社に提出したり、会社からの決定事項の詳細をCAに伝える、学校でいったらPTAのような存在?)からのお手紙が。
日付を見ると、日本ベースの先輩から
「和食サービスが1ステップから2ステップに戻りました」
というメールが届いたのとほぼ同じ時期に配信されたものだったのですが、
なんとそこには
「和食サービスは1ステップでサービスします」
という記載が・・・
オランダ人CAにとっては、ギャレーブリーフィング以外で初めての会社からの正式なお知らせ・・・
「和食サービスは2ステップに戻った」という日本人CAとぶつかってしまうのでは・・・

心配していたとおり、同じ便だった日本人の同僚達(全員まだ入社して然程経っていない新しい方々)は、
行きの便(←日本人乗務員にとっては日本発の便が”行きの便”で、私にとっての”行きの便”であるオランダ発の便は”帰りの便”になります)で
パーサーと揉めてしまったそうです。
日本人の先輩からのメールで「もう既に2ステップに変わった」と思って2ステップでサービスしていたところ、
Groepscommissieからの手紙を読んで「1ステップだ」と理解していたパーサーに
「1ステップでやるべきサービスをどうして勝手に2ステップでやっているのか」
と、厳しく怒られてしまい、非常にショックだったとのこと。
入社して間もなければ上からの指示に従う他なく、彼女達にとっての最新情報は先輩からのメールだった訳ですが、
オランダ人のパーサーに日本語のメールを見せてもわかってもらえるはずがなく・・・

その日の便では、パーサーには私から、
日本人CAはGroepscommissieからのオランダ語の手紙は受け取っておらず、また
日本人CAには「和食サービスは2ステップに戻った」という日本語のメールが廻っている旨伝え、
揉めることはありませんでしたが、
日本人の同僚達に早くこのGroepscommissieからの手紙のことを伝えないと・・・!
と思い、成田到着後、早速手紙を英語に訳してお知らせしました。

担当は、Aゾーン(=1階のビジネスクラス=18名のお客様を1人で担当)で、満席。
UD(=アッパーデッキ=2階のビジネスクラス=24名のお客様を日本人CAとオランダ人CAの2人で担当)は和食は2ステップでサービスするとのことでしたが、
私は、今回は、大先輩Sさんが「こんな風にサービスできたら・・・」と仰っていた方法を試みてみました。
それは、お酒を召し上がっているお客様には和食も2ステップで(→小鉢のお料理をおつまみとして先に召し上がって頂き、後からご飯とお味噌汁をお持ちする)、そうでないお客様には和食は1ステップで(ちなみに洋食は常に2ステップです)サービスするという方法。
お客様には喜んで頂けましたが・・・主菜をお出しするタイミングがバラバラ過ぎて、大変でした・・・これは機内でのサービスには向きませんwww

休憩時間には、(和食サービスの誤解のことも気になっていたので)OCR(=Overhead Crew Rest=客室の天井裏にベッドがあります)には行かず、
日本人の同僚といろいろ話をしました。
直接話せば誤解も解けるはず・・・!

成田到着後は、少しだけ仮眠を取って、実家へ。
初めて京成線で乗り過ごして上野まで行ってしまいました・・・(^^;;

翌日は、久し振りに青山のオフィス(東京支社)へ。
(日本ではNo.2のポジションにいらっしゃるという)旅客営業本部長のマーク=アークスフックさんにお目にかかり、
Japan Helpen Kan!(=私もお手伝いしているオランダの東日本大震災支援団体)主催のピアノとバイオリンのコンサートのスポンサーを快く引き受けて下さったことを
(なんと在蘭日本人ピアニストとバイオリニスト2人分の日本への往復航空券を用意して下さったのです・・・!)
(メールでは既にお礼申し上げてありましたが)直接お会いしてお礼申し上げたかったのです。

夜は、クルードリンクに間に合うように成田のクルーホテルへ戻り、
オランダ人の同僚達と夕食後、皆でカラオケへ。
オランダ人の同僚達は皆、最初は歌わないというけれど最後はマイク離さなくなります(笑)

翌朝はCallingの後、レストランで和朝食を。
やっぱりパンよりご飯だな・・・私は(*^-^*)

前日にお会いした旅客営業本部長のマークさんが、偶然にも私が乗務する便でオランダへいらっしゃるとのことで、
パーサーに座席番号(UD=2階ビジネスクラス)を伝えたら、
「折角だからあなたがサービスしなさい」
とおっしゃって下さり、
UD担当だったオランダ人の同僚と担当エリアを交換し、
帰りの便は、日本人の同僚(ご縁があるのか、新しい方なのにもう何度もご一緒している)Mさんと乗務。
相棒と日本語で話せると本当に楽ですねぇ!
二人で協力し合って、洋食2ステップx和食1ステップ(←今回は先輩のHさんから教えて頂いた方法)でサービス。
大変スムーズでした♪
このHさんの方法を和食の1ステップミールのサービス方法として会社に提案したら、オランダ人の同僚達にとってもわかりやすいのではないかしら・・・

どちらにしても、
オランダ側は1ステップとしているのに、日本側は2ステップでサービスしたい、
というのは、混乱ばかりか、乗務員同士の揉め事を招くかもしれないので、やはりここは統一すべきではないかと思っていたところ、
再び、日本人乗務員と会社との話し合いがもたれ、
楕円形の和食器がのり、見た目も和風のアンダープレートが見つかるまでは、
1ステップでサービスする、ということに決まったとのこと。
ホッとしました・・・(*´-`*) ホッ

しかしながら本当は、会社は、日本人乗務員と話し合うより先に、(トレイのデザインやアンダープレイトに関してなど)お料理の考案者の方と話し合った方がいいのでは・・・

・・・と、思うところは他にもまだまだ沢山あるのですが、
暫くの間は、これ以上誤解されぬよう、慎んで行動しないといけませんね・・・(〃⌒ー⌒〃)ゞ

フライト日記 (Lima) その2

リマ到着翌日から、急遽
1泊2日でMachu Picchu(マチュピチュ)へ・・・

8月18日(木)
3:00 起床。
4:00 ピックアップ。Limaの空港へ。
6:00 Peruvian Airlines(ペルビアン航空)(※)でCuscoへ。

7:30 Cuscoの空港ピックアップ。Hostal Monarcaへ。
 
(↑ホテルのロビーから) (↑応接間?)
高山病予防になるというMate de Coca(インカティ・コカ茶)を頂いて1時間休憩。
 
(↑ポットの中にお湯とコカの葉が入っています)


(↑最上階にある部屋の前はテラスになっています)


(↑部屋の中からテラスを眺めるとこんな感じ)

9:30 ホテルピックアップ。乗り合いタクシーでOllantaytambo駅へ。(所要時間約1時間)


(↑ここも有名な遺跡のある村らしい・・・奥に見えているのが遺跡)

10:32 Peru railでMachu Picchu(Aguas Calientes)駅へ。(所要時間約2時間)

(↑日本語ペラペラのスタッフがいました!(◎_◎;))

12:30 駅ピックアップ。バスでMachu Picchu遺跡入り口へ。(所要時間約30分)
(ガードレールなしの絶壁を車窓に急カーブをこなしながらのバスはスリル満点でした・・・(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル )
(いくつか動画があります→https://skydrive.live.com/?sc=photos&cid=945b0bc82ee67d38#!/?cid=945b0bc82ee67d38&sc=photos&id=945B0BC82EE67D38%218358)

13:00 観光

(↑まさに写真で見たとおりの空中都市!!)

(←マチュピチュ行きを全く考慮していなかった服装)

(周りの方々は皆さん登山の格好でした・・・ハイヒールの革のブーツを履いてたのは私一人・・・歩くの大変でした・・・登山靴がお勧め)

(いたる所にラマが・・・可愛い・・・)

でもやっぱり今回のマチュピチュ観光で何より印象に残ったのは・・・

世界遺産でこっそり(あるいはもしかしたら堂々と?)ピクニックをする一家・・・トランプしてます・・・(^^;;
まさか、もしや・・・と思いながら近付いたら
やっぱりオランダ人でした(笑)
フロリアードの会場の噴水でも、至って普通に子供に水浴びをさせてしまう(しかもちゃんと水着を着せて!)国民ですから・・・
驚きを通り越して感心してしまう・・・

15:00  バスでAguas Calientesへ。

Cusco到着時間が遅くなりそうだったので、早めの夕食。
Cusco名物Chupe de Trucha(マスのスープ・・・だけれど他のお魚もお野菜もご飯も入った具沢山のスープ)

とっても美味しかったです!ライムを搾って、ウェイターさんお勧めのピリ辛ペーストを入れたら更に美味しくなりました!

ここのコカ茶はコカの葉がたっぷり。

(寝不足で体調が万全ではなかったのに高山病にならなかったのはコカ茶のお陰?)

17:30 かなり早いけれど他にやることもなくMachu Picchu駅へ。
(iPadで時間を潰す。)
19:00 Peru railでOllantaytambo駅へ。
21:00 バスでCuscoへ。そこからタクシーでホテルへ。
23:00 ホテル到着

8月19日(金)
4:00 起床
5:30 朝食
6:00 ホテルピックアップ。 Cuscoの空港へ。

クスコのガイドJusto Oviedo Huamanさん。
(ガイドといっても今回は空港とホテルの送迎のみでしたが)

(クスコでのガイドのご用命は・・・E-mail: jusovihu@hotmail.com )

7:15 LAN Airlines(ラン航空)でLimaへ。
(←Peruvianもそうでしたが、ペルーの搭乗券はスーパーのレシート風)

(↑Pervianではドリンク・サービスだけでしたが、LANではお菓子が出ました♪)
(箱にマチュピチュの写真を入れてアピールするのは良いアイデアだと思いました)

8:45 空港ピックアップ。クルーホテルへ。
9:50 クルーホテル到着。

今回のツアーをコーディネートしてくれたFernando Salasさん。

(リマからのツアーのご用命は・・・E-mail: hotelesenperu@hotmail.com)

同僚達がまだ朝食をとっていたのでジョイン。
「たった一人で行ってくるなんてスゴイ!」
「私も3泊あったら行きたかった・・・!」
と羨ましがられました。
アニータは
「実は私、マチュピチュがそんなに有名な場所だとは知らなくて・・・やっぱり一緒に行けばよかったわ・・・」
と残念がっていました・・・もっと熱心に誘ってあげればよかった・・・ごめんね、アニータ・・・

朝食後は部屋で子供達とスカイプした後、
同期のMikiちゃんとクルーホテルのお向かいにあるスターバックスへ。
Mikiちゃんはじめ、アニータと私以外の同僚達は、その日の夜の便でオランダへ。

アニータと私は、翌日一緒にフライトするクルーと一緒に夕食へ。
Pescados Capitales

ペルー名物セビチェと、マチュピチュで食べてすごく美味しかったチュぺを頂きました。
 
(↑セビチェは前菜として同僚と半分こ)(↑マチュピチュと違ってなんだか高級感あふれるチュぺ)

食後はクルーホテルの地下にあるバーへ。
幻想的なブルーの空間。

(↑以前は水槽にイルカが何頭かいたのですが、
動物愛護団体の反対?で今は水槽は空っぽです。)

帰りの便も満席。
ミールサービスが終わる頃、パーサーに、機長が呼んでるからコックピットへ行くよう言われ、行ってみると・・・

美しい日の出・・・!
ありがとう・・・!

念願のマチュピチュへ行くことができた、感激のリマ便でした。
”555のゾロ目”はマチュピチュだったのかな・・・?

(※)翌8月19日、ペルビアン航空が安全上の理由で、政府により90日間のフライト禁止の措置を取られたという記事発見・・・
http://death-in-cusco.blogspot.com/2011/08/peruvian-airlines.html
それで帰りの便はLAN に変更になってたのですね(^^;;

フライト日記 (Lima) その1

2011年8月
(LIM)

(相変わらず2ヶ月遅れの日記です・・・スミマセンm(_ _)m)

ニューヨークから戻った翌日から両親を連れて(元夫と子供達のいる)ギリシャへ行き、
1週間滞在してオランダに戻り、
その翌々日から2週間のRT(=Reserve Thuis=スタンバイ=自宅待機)が付いていました。

オランダ人クルーは、年に数回スタンバイのスケジュールが付くのですが、
以前は5日間だったのが、何年か前から2週間に。

丁度両親が来ている時にスタンバイが付いてしまい、先の予定が全く立てられなくなってしまったのは残念でしたが、
このスタンバイだけは変更不可能ということになっていて(他のフライトスケジュールは、2回まで変更希望が出せます・・・変更してもらえるとは限りませんが)諦める他ありませんでした。

でもまぁその代わり、スタンバイの後の2週間が丸々フライトリーブになるので、
両親を日本に連れ帰るには、余裕を持って日程を組めることになりよかったです。

スタンバイの間の自宅待機時間は、
最初の1週間は、1日、昼間なら8時間半、夜なら(確か)4~5時間、を5日間(呼ばれなかったら2日お休み)、
次の1週間は、1日3時間を5日間(呼ばれなかったら2日お休み)となっていますが、
最初の週にどこかに呼ばれると、大抵次の週のフライトもほぼ同時に決まることが多いです。

今回は、最初の5日間が朝6時から午後2時半までの8時間待機だったので、
朝5時に起きて支度をして制服のまま待機していました。
両親も必然的に一緒に待機状態となり、
1時間経つごとに「大変な仕事だなぁ・・・」と感心されました(笑)
結局1日目は呼ばれず、
「朝から制服着て待機してたのに・・・呼ばれないこともあるのか・・・本当に大変だなぁ・・・」
とまた感心されましたが、
実際、連日早起きはキツイので、できればすぐに呼ばれたかった・・・(^^;)

翌日も5時おきで6時から待機。

二日連続で5:55を見て、思わず”5のゾロ目”の意味を調べてしまいました(笑)
ゾロ目は天使からのメッセージと言われているそうなので・・・

【555】
シートベルトをしっかり締めてください。大きな人生の変化がやってくるからです。この変化は「肯定的」「否定的」というふうに見るべきではありません。なぜならすべての変化は人生の流れの自然の一部に過ぎないのです。この変化はあなたの祈りへの応えかもしれません。ですから心を静かにして自分自身を見つめ、感じ続けてください。

何が起こるのでしょう・・・???

8時半頃電話がきて、リマ便に呼ばれました。
リポーティングは10時半。

3泊5日のスケジュール・・・ちょっと長い。
スーツケースには、夏物と秋物の両方用意してあって、
1泊3日の短い便だったら、半分置いて行ったのですが、
とりあえずそのまま全部持って行くことに。

スタンバイ中は、最短で1時間後にリポーティング、という便に呼ばれることもあって、
ユトレヒトから電車だとギリギリ1時間で空港に着けるか着けないか・・・なので、
リポーティングまで2時間あってホッとしました。

空港にはリポーティング30分前に到着。
パスポート、忘れてません(笑)

乗務員リストを見てビックリ・・・同期で同じくオランダベースに移ったMikiちゃんの名前が!
同じオランダベースでも、彼女はアメリカ人と結婚し、普段はアメリカに住んでいるので、なかなか会えないので、
偶然にもスタンバイで呼ばれた便で一緒に乗務することになって嬉しかったです♪

機種はB777-300。
担当はエコノミークラス。

ギャレーは、B777-300が働きにくいと言われる原因の一つとなっている7a/bギャレー。
(7a/bギャレーは、まるで離れ小島のようなギャレーで、サービス中に何かが不足した際などに不便なのですxxx)
相棒のアニータも私と同じTweebander(=2本線=制服に2本白線が入っているCA=本来はビジネスクラスを担当するCA)で、私と同様にスタンバイで呼ばれ、私達2人だけが3泊5日のスケジュール(他は全員2泊4日)なので、
恐らく急遽機種がB777-200からB777-300に変更になって、普通ならEenbander(=1本線=制服に1本白線が入っているCA=エコノミークラスを担当するCA)が2人呼ばれるところ、Eenbanderのスタンバイ要員が足りなかったのか、Tweebanderである私達2人が呼ばれたのかもしれません。

途中、アンデス山脈上空を飛行・・・

雲海に浮かび上がる山々・・・!
素晴らしい景色に感動・・・!

サービスの合間に、お客様から可愛いラマのブローチを頂きました♪

リマ到着後、私の担当エリアにいらした赤ちゃん連れのお客様に頼まれて、赤ちゃんを抱っこしての写真を撮って頂きました。
とっても人なつこい赤ちゃん(生後8ヶ月くらい?)で本当に可愛かったです(*^-^*)
赤ちゃんにとって今回が初めての飛行機旅行だと伺ったので、
だったら記念に機長とも一緒に写真を撮られては?とお勧めして、他のお客様がほぼ皆様お降りになってから、前方のドアのところでお見送りをしている機長のところまでご案内し、機長に事情を話すと、「折角だからコックピットで写真を撮りましょう!」
と機長がコックピットに案内してくれました。
操縦席に座って写真を撮って、お客様にものすごく喜んで頂けて、私もものすごく嬉しかったです。
機長に感謝!

クルーホテルにチェックイン後(午後9時くらい?)、ロビーのラウンジに用意されていたサンドウィッチ等を頂ながら、
翌日のツアーをアレンジ。

スタンバイで呼ばれた時は、
(8月中はフライトの合間に両親を連れての旅行が入り、疲れもたまっていたので)
リマではのんびり休もうと思っていたのですが、
同期のMikiちゃんに
「3泊あったらマチュピチュ行けるんじゃない??? 3泊のスケジュールなんて、Tweebanderの私達は普通ならもらえない(←本来はEenbander用のスケジュールなので)のだから、行ってきたら???」
と言われて、急遽(いつか行ってみたいと思っていた)マチュピチュへ行くことにしたのです。

相棒のアニータも誘ったのですが、現地の航空会社を利用するのは怖い・・・と言うので(実は私もちょっと怖かったけれど)、私一人で行くことに。

飛行機代(リマ~クスコの往復)+クスコでの宿泊代(1泊)+クスコからマチュピチュへの交通費(相乗りタクシー+列車+バス)+マチュピチュの入場料、全部込みで約800USドル。
恐らくちょっと割高でしたが、オランダから個人で来ようと思ったらもっとかかるでしょうし、全てアレンジしてもらえるのはやはり楽・・・
8月は(前のニューヨーク便で余計なタクシー代もかかり、iPadも買ってしまっていたので)赤字になりそうでしたが、
マチュピチュへ行かれるチャンスが今度またいつ訪れるかわかりませんから、一人でもなんでも、もう思い切って・・・!

クルードリンクにもちゃんと出席し、


(↑ペルー名物Pisco Sour)

午前0時就寝。

(つづく・・・)

フライト日記 (New York)

2011年8月
(JFK)

(こちらは2ヶ月前のフライト・・・思い出せるかなwww)

8月1日に両親を連れて日本からオランダに戻り、翌日はフライトセイフティーの試験勉強、その翌日が試験・・・
の翌日からニューヨークへ。

夕方のリポーティングだったので、午後、両親と一緒に家を出て、
両親は街へ散策に、私は空港へ。

空港で出発前にしなければならないことが色々あって(今となっては何だったかすっかり忘れてしまいましたが・・・(^^;;)
リポーティング・タイムの1時間半前に空港到着。
用事を済ませて、まだ1時間あるけれど、とりあえずリポーティング(リポーティング用のコンピューターにパスポートをスキャンして出社を報告します)しておくかな・・・と思ったら、
Σ( ̄ロ ̄lll) ガーーーン・・・パスポートがない!?

乗務に出る際、忘れてはならないのがパスポートとIDカード(社員証)。
他の物は何とかなるが、いやIDもパスポート用の写真があれば仮IDをそのフライトの間だけ発行してもらえるが、
パスポートだけは本物がないと乗務できません。

両親を迎えに日本へ行った時のバッグの中だ・・・
日本へ行く時に、IDカードとパスポートを一緒に、乗務用のバッグからプライベートのバッグに移して、
フライトセイフティーの試験の時に、IDカードだけ必要だったので、それだけまた移動させて、
そのまま・・・

家を出る前に確認した時、パスポートも入ってると見違えたのは、
期限がまだ切れていないアメリカのVISAがまだ付いている為、今も持ち歩いている昔のパスポートだった・・・(>_<)

どうする?
もし元夫が家にいたら、車で届けてくれただろう・・・けれど、彼は子供達とギリシャへ行ってる・・・
試しにユトレヒトを散策中の父の携帯に電話してみたけれど出ない・・・出たとしても、英語もオランダ語も話さない両親にタクシーで空港までパスポートを届けてもらうというのも心配・・・

ブリーフィングの時間まであと約1時間・・・ニューヨーク便の出発時間まではあと約1時間30分・・・
ユトレヒトまで電車ではもう往復していられないけれど、車なら、急げば1時間で往復できるかも・・・

Crew Controle (=病欠する時など緊急時に連絡を取ったり、スケジュールの変更があった場合などに連絡がくる部署)に電話を入れて事情を説明し、Auto Dienst (=空港近辺に住んでいるCAの送り迎えをする部署・有料ですが公共交通機関より安い)に相談。
残念ながらユトレヒトはAuto Dienstを利用できる距離よりも遠い場所なので社員割引は使えないけれど、クルーセンターと自宅を往復してもらえるとのこと。会社の車で運転手さんも事情をわかってくれているから一般のタクシーを利用するより安心だろうと判断し、即手配してクルーセンターの外で待機。

時折、前に一緒に飛んだことのあるオランダ人の同僚が通りかかり、世間話をした後に状況を説明すると
「えぇーーーっ!!!??? 大変じゃない|||||/( ̄ロ ̄;)\|||||||  なんでそんなに落ち着いてるの???!!!」
と私より焦って取り乱してました(笑)

確かに、どんな事情であれフライトをミスったら大変なことになるのだけれど、
特にアメリカ路線は、セキュリティーが厳しく、前もって乗務員のパスポートの情報等を送ってあるはずなので、きっと非常にまずいことになるのだけれど、
慌てたところで状況は変わらないし、今はできることをやるしかないと思うと変に落ち着くというか・・・

心の中のBGMもhttp://www.youtube.com/watch?v=ipzR9bhei_o&feature=BFa&list=PL8B3A3306DB3048E6&lf=BFa
というよりhttp://www.youtube.com/watch?v=E2j-frfK-yg&feature=BFa&list=PL8B3A3306DB3048E6&lf=BFp
という感じでした・・・

そして(途中Crew Controleに度々連絡をして経過を報告しながら)無事ユトレヒトを往復し(タクシー代は往復で152ユーロ)、パスポートをゲットしてゲートへ直行。
搭乗中のお客様に混ざって機内へ。
パーサーに挨拶し、CAML(Cabin Crew、Cockpit Crew全員の名前と、Cabin Crewの担当ドアやギャレーなどが記載されたリスト)を受け取って、担当ギャレーへ。

ビジネスクラス、満席。
機種はB777-200。

私の代わりにギャレーの準備をしてくれていた同僚達にお礼を言ってTake Over。
何事もなかったかのようにお客様をお迎えし、あとは普通に乗務。
最初のミールサービスが終わってから各ギャレーを周って同僚達に挨拶。

今回もまた日本人のお客様が乗っていらっしゃいました。
何年かオランダでの駐在を終えて、ニューヨークへご転任とのこと。

ニューヨークでは、いつもは楽譜屋さんにしか行かないのですが、
今回は別の目的地がありました。
Apple Storeです。
フライト前日のフライトセイフティー試験の時に、試験官が持っていたiPad・・・前から気になってはいたのですが、見れば見る程やっぱりとっても便利そうで、
「乗務でアメリカへ行くなら、そこで買った方がいい=安い」
という試験官の言葉に、
「ニューヨークで買う!」
と心に決めていたのです。
出発前に予定外の痛い出費(=タクシー代)がありましたが、
めげずに買いに行きました。
満足(*^-^*)

ニューヨーク便は、パスポート事件があまりに印象的過ぎて、他は思い出せず・・・スミマセン(^_^;)

いや、もう一つ衝撃的なことがありました!
味にうるさくない=なんでも美味しいと感じる私がビックリ仰天したジュース・・・
驚きの不味さでした・・・↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パッケージは美味しそうに見えるので、間違ってまた買ったりしないようにしないと・・・((((;゚Д゚)))))))