大阪より愛を込めて・・・新年あけましておめでとうございます

12月31日にアムステルダムを発ち、1月1日に大阪に着きました。
今、乗務で大阪にいます。
といっても明日(日本時間ではもう今日ですが)オランダに戻るのですがxxx

今年は機内で(日本時間とオランダ時間の2回)年越しをしました。
仕事納めと仕事始めが日本路線だなんて、こんな幸せなことはありません。
(詳しくはオランダに戻ってからフライト日記に書きますネ。)

日本の家族や友人達にと書き始めたブログでしたが、今は沢山の人が読んで下さってる・・・心のこもったコメント、いつも感謝しています。 ありがとうございます。 
今年もよろしくお願い致します。

新しい年が、皆さんにとって良い一年となりますよう、お祈りしています。

フライト日記 (Cape town)

2010年12月
(CPT)

約2年ぶりのケープタウン。
今回初めてフライト先に友人を連れて行きました。

リポーティングタイムは午前8時50分。
いつもは(マリアの学校の送り迎えの時間を考慮して)午前10時以降リポーティングのフライトをリクエストしているのですが、
12月25日に日本で予定されていたピアノ仲間のクリスマス会(=夜通しピアノを弾いて過ごします♪)に参加する為のスケジュール調整の為、
贅沢は言っていられません。

機種はボーイング777-200。
担当はエコノミークラス。 (←こちらも今回スケジュール調整でビジネスクラスでアサインされる便はなかった為)

社員割引制度の内容は会社によって異なり、私達の場合は、配偶者(オランダでは結婚していなくても同棲証明があれば配偶者と同じ扱いになります)と子供は自分達と同等の社員割引がきき、親兄弟はじめ他の親戚や友人には、コンパニオン・チケットというのを利用できることになっています。
このコンパニオン・チケットというのは、社員と往復共に同行する場合に限り、社員と同様の割引になるチケットで、1年に4枚まで購入できることになっています。

今年は、このチケットを使って、一時帰国時に、スペイン在住の友人を一緒に日本に連れて行ったり、また、10月に両親をオランダに連れて来たりした訳です。

社員と往復共に同行・・・というのは、私は乗務でも乗客として乗ってもどちらでも構わないのですが、
日本路線以外のフライトに誰かを連れて行ったのは初めてで、少しだけドキドキしました。
というのも、万が一満席の場合は乗れませんので、空港まで行って結局一緒に出発できなかったり、あるいは、帰りの便が満席だと、現地に置き去りにすることになってしまうからです。

オランダ在住の友人T子さんとは、午前8時にスキポール空港で待ち合わせをし、彼女のチェックインを済ませ、私はクルーセンターへ。

3泊5日のフライト、コンパニオンを連れていたのは私だけではありませんでした。
一人の同僚は彼氏を、もう一人は息子さんとその友人、連れて来ていました。
ブッキングは満席・・・スタンバイが4名・・・

どうなることかと心配しましたが、ノーショウ(=予約しているにもかかわらず、キャンセル通知もなく現れないお客様の こと)があり、T子さんはビジネスクラスにお席を頂くことができました。 私がビジネスクラス担当でなかったのは残念でしたが、美味しいお食事とワインを楽しんで頂けたようでよかったです。

行きの便には、Ferry Corsten(http://www.ferrycorsten.com/)というオランダの有名なDJが乗っていらして、ケープタウン到着後すぐにお仕事されるとのことで、
ご招待頂いた私達は、約11時間の乗務の後、クルーホテルで着替えてATMOSPHEER(http://www.atmospheer.com/)というクラブへ。
クラシック以外の曲はあまり聴かないのですが、どんな音楽も元はクラシック音楽だと思うと結構楽しめました。 

ホテルに戻ったのは明け方。
翌日から観光!と思っていましたが、お昼まで休み、ランチはWaterfrontで。
食後はWaterfrontを散策し、お土産類を先に飼ってしまってから、ホテルに戻って最上階のプールとサウナへ。
ここの景色が本当に素晴らしいのです・・・!

夕方、パーサーからCamps BayのParanga(http://www.paranga.co.za/)というカフェレストランでこれから飲むという連絡が入り、T子さんとタクシーで向かうと、他の同僚達も丁度Camps Bayでお茶していたのでジョイン。

ホテルに戻り、ホテルのパーでクルードリンクの後、夕食は同僚お薦めのレストランAubergine(http://www.aubergine.co.za/)へ。
お食事もワインもとっても美味しかったのですが・・・かなり予算オーバーxxx

翌日はホテルの朝食ビュッフェからスタート。
大変ゴージャスなビュッフェで、ささやかながらお寿司やお味噌汁もあります。

朝食後、オランダ人の同僚のタマラも加わって、クルーホテルのすぐそばから出ている巡回観光バスHop On-Hop Off(http://www.citysightseeing.co.za/)に乗り、市内観光を楽しみながらテーブルマウンテンへ。
強風の為ケーブルカーが運行されておらず、頂上までは行かれませんでしたが、中腹からの景色も大変素晴らしかったです。
そのままバスでWaterfrontへ。 そこでランチした後、ロベン島へ渡りたかったのですが、こちらも強風の為、船が運行を見合わせてました。
諦めてホテルへ戻り、T子さんがお昼寝している間に私は再びサウナへ。 サウナ、本当はあんまり好きではないのですが、なんたって景色が良くって。

この日の夕食はホテルで。
夕食後はレストランのピアノを弾かせて頂きました♪

次の日は朝8時スタートのツアーに参加。
ペンギンが目的のツアーでしたが、アザラシにも会え、とんでもなく強風の喜望峰も素晴らしく、大満足。
ペンギンは予想以上にラブリーでした→http://www.youtube.com/watch?v=3_ZX8hbnxoI

ツアーの帰りにまたまたWaterfrontに寄り、ランチした後、私は夜の乗務に備えてホテルへ戻って仮眠を取りました。 T子さんはWaterfrontに残り、ロベン島渡航をトライするも今度は満席で乗れず、大西洋とインド洋の生き物を扱う水族館へ。

ホテルで夕食後、支度をして、出発までの時間、また30分くらいピアノを弾きました。
お食事中のお客様に
「心地の良い音で、すごくよかった、ありがとう」
とおっしゃって頂き、嬉しかったです(*^-^*)

空港へ向かう前に、ホテルのクリスマスツリー前で集合写真を撮りました。

空港に着くと、他にもスタンバイの人々が・・・
スタンバイのうち全員が乗れない場合、チケットの番号が良い順にお席を頂ける事になっていて、通常の社員割引チケットの番号は入社年+115、コンパニオン・チケットはそれに更に150加えた数字になり、数字が少ないほど番号が良い、ということになります。
結局、同僚の息子さんのお友達だけが乗れないことになり、一人残すのは可哀想だと息子さんも残ることに。

T子さんはラッキーにも帰りの便でもビジネスクラスのお席を頂いて、ゆっくり休んで帰られ、本当によかったです。

私のお薦めの街の一つケープタウンに友人を連れて行くことができて嬉しかったです。
他にもお薦めのフライト先があるのに、コンパニオン・チケットが1年に4枚しか使えないのが本当に残念・・・!

フライト日記 (Tokyo)

2010年11月
(NRT)

3連続で東京便を頂き、夏休み以来毎月帰っている日本。
以前はこんなことはなかったので、本当に嬉しい限りです(*^-^*)

今まで11日間だった東京便のトリップサイクル(=乗務に出ている日数+フライトリーブの日数)が、いつの間にか10日間になり(=2泊4日の東京便はフライトリーブが7日から6日に短くなった)、
50%で乗務している私のフライトリーブは18日から16日になっていました。
(↑ 50%で乗務すると、フライトリーブだけが2倍になるのではなく、トリップサイクル全体が2倍になるので、トリップサイクルが11日なら22日、10日なら20日となり、東京便は4日乗務+18日リーブだったのが、4日乗務+16日リーブになりました)

16日もあったら十分というか、本当は10日くらい休んだらもう次の乗務に出たいくらいなのですが、今回に限っては、トリップサイクルが今までどおりだったら伺えるはずだった教会のチャリティーバザーのお手伝い(着物でお手伝いすることになっていたのです)に伺えず、本当に残念でした。

リポーティングは午後4時5分。
「メールボックスに入らない大きな荷物が届いているので平日の8:30~15:30の間に取り来るように」
という手紙を先月受け取ったものの、東京便は16時過ぎ出社/18時過ぎ退社の為、ずっと取りに行けずにいたので、
今回は早めに、15:30前に空港に到着するように行こう!
と、14:00頃家を出て、ユトレヒト中央駅で14:28発の電車に乗ろうと思ったら、
会社から電話が・・・
「ディレイです。 新しいリポーティング時間は18:20。」

メールボックスの荷物も早く受け取りたいし、でも、2時間以上空港で待機するのも・・・万が一ディレイが長引いてキャンセルにでもなったら・・・

暫く悩みましたが、結局一旦帰宅してピアノの練習をすることに。
「学校から帰ってくる頃には、ママはもう空港へ行っちゃってるからね。」
と、朝見送った子供達にも会えました(*^-^*)

そして2時間後の16時、再びユトレヒト中央駅へ。
駅に近づくと、路面電車が運航停止になっていて、上空にはヘリコプター、駅前にはパトカーが止まり、警察官が大勢出動しているのが見え、少々不安に・・・

駅構内は人でごった返していました。
人をかき分けかき分け電光掲示板前まで来ると
「火災消火作業により、運航前面停止中」

どうする・・・?
運行再開の見込みはなさそうだし・・・
ユトレヒトからスキポールへのバスもないし・・・バスでアムステルダムに出てそこから空港へ向かうか・・・乗務前にそんなストレスを感じそうなことはしない方がいいか・・・じゃあタクシー? 一体いくらかかるだろう(←オランダはタクシー高いのデス)・・・

とりあえず、テレビでニュースを確認してもらおうと元夫に電話。
ユトレヒト駅の管制室で火災が発生したらしい。
ユトレヒトはオランダ鉄道網の中心なので、鉄道網は完全にマヒしてしまっている様子。
(こういう時、日本のように他にも沢山路線があるといいのですが・・・)

タクシーを使うのはもったいないからと、急遽、元夫が子供達も一緒に空港まで送ってくれることに(感謝!)
お陰で、リポーティングタイムの10分前に到着・・・ε-(^。^*)ホッ

しかし今回は駅を無駄に2往復もしてしまった(苦笑)

機種はボーイング747-400。
ディレイの理由を聞くと、故障した訳ではなくて、飛行機が足りなかったからとのこと。
今月から週末は一日2便、東京へ飛ぶようになり、飛行機を上手くまわせていないらしい・・・(^^ゞ

担当はビジネスクラス。
UD(=アッパーデッキ=2階のビジネスクラス)に日本人の大先輩Fさんと入りました。

前々回の東京便でもご一緒させて頂いたFさん。
ご縁のある人には本当に何度もお会いできるんだなぁ・・・と感心&感動。

一日2便になって間もないせいか、たまたまなのか、珍しくガラガラで、UDにはお客様がたったの6名。
通常は、ビジネスクラスは忙しいので、エコノミークラス担当の日本人乗務員が日本語のアナウンスを入れるのですが、今回は空いているからと、Fさんが担当して下さいました。
今は先輩よりも新人の方が人数が多い為、先輩のアナウンスを聞く機会もあまりないであろう新人の方々にとって、大先輩のアナウンスを耳にすることができるというのは滅多にないチャンス。
私も久し振りに大先輩の”これぞKLMのアナウンス”というアナウンス(←やはりアナウンスも会社によってカラーがありますから・・・私は先輩方の、とてもアットホームでありながら美しい日本語アナウンスが本当に好きです)を聞くことができて感激でした。

Fさんといえば、以前やはりUDでご一緒させて頂いた時、同僚が置き去りにしたバナナから湧いたショウジョウバエで大変な思いをした苦い思い出がありますが、
そういえばあれ以来、荷物入れの奥に腐ったバナナがないか確かめるようになりました(笑)

Fさんとのおしゃべりを楽しみながらのフライト、とても勉強にもなりました。
大先輩の心の行き届いたサービスを目の当たりにすると、自分はまだまだだなとつくづく思います。

ただ・・・前菜と主菜に分けて出すことになっていて、ずっと腑に落ちない和食のサービス。
Fさんは、これは『茶懐石』だから、ご飯を後から出すのは構わないのだとおっしゃっていました。

う~ん・・・そうなのかな・・・
『懐石料理』なら、ご飯と汁碗は最後ではなく最初に出るのではなかったかしら・・・
『会席料理』では、確かに最初のお料理はお酒のつまみで、ご飯と汁碗は最後に出されるけれど・・・
それに、洋食同様に前菜と主菜に分けて、ご飯を後から出すのであれば、和食のホットミールの容器も洋食同様、(丸いアンダープレートにぴったり合う)丸い形でよかったはず・・・
それをあえて楕円形にしているのは、
やはり『略懐石』あるいは『松花堂弁当』のような形で、全て同時に出すべくデザインされたのではないかと、
折角ホテルホークラの総料理長が考案されたお料理と、その為にデザインされた和食器・・・総料理長がお考えになった通りに(=前菜と主菜には分けずに一度にお出しする)サービスすべきなのではないかと、
私は思ってしまいます。

( ↓ 乗客として乗った時に撮影)
( ↓ 小鉢が前菜として先に出されます)

( ↓ 小鉢が下げられた後に、ご飯とお味噌汁が主菜として別に出されます)
( ↓ 楕円形の食器と円形のアンダープレートはサイズが合っていない為、
ちょっとグラついています)
( ↓ オランダ人がサービスすると、ご飯が右側になったり
お味噌汁が左側にくることもxxx)

( ↓ こちらは、乗務の時にギャレーで撮影)
( ↓ 前菜・主菜に分けずに全て同時に出すと・・・
ご飯の楕円形の食器が綺麗に納まります)

楕円形の和食器を、(円形の為、乗せると楕円形の端が浮いてしまう)洋食用のアンダープレートに乗せてお出しすることに、
他の日本人の同僚達は疑問を感じていないのかしら・・・???

「どうしてご飯が最初から出てこないのか」
というお客様の声も多いし、何とかしたいと思うのですが、私は一乗務員でしかなく、しかも今は日本人乗務員としては乗務していない(=毎回日本路線ではない)ので、自分が乗務した時に工夫するくらいしかできないのが、本当にもどかしいです。

成田に到着したのは午後4時頃。
クルーホテルに到着後、着替えて実家へ向かいました。
定刻どおり着いていたら寄って行くつもりだったピアノの練習会も間に合わず・・・
午後8時過ぎに実家到着。

お夕食を頂き、時々睡魔に気を失いながら、両親の年賀状の宛名の住所変更・追加・削除の作業をし、来月購入予定のテレビ用棚のデザインをし、午前3時過ぎ就寝。

翌日は午前9時に起きて、オランダ人の同僚達と待ち合わせをした東京駅へ。
日曜日はやはり混んでいますね(O.O;)
浅草寺も明治神宮も、ものすごい人でした。
丁度七五三のお祝いで着物姿の子供達がいて、また、明治神宮では結婚式も何組か見ることができ、同僚達はとても喜んでいました。 よかった!
竹下通りの100円ショップと薬局で、オランダ在住の友人達からの頼まれ物の買出しをし、後は表参道のオリエンタル・バザールに寄って、ツアー終了!
・・・の予定だったのですが、明治通りに出たところでちょっとした揉め事が。
今回は6人連れていたのですが、1人はForever 21へ行きたい、1人はスターバックスでコーヒーを飲みたい、1人はホテルに戻りたいと言い出して・・・
私としてもあまり遅くはなりたくないので、アメリカで行った方が安いに違いないForever 21には乗務でアメリカ行った時に行って欲しかったし、スターバックスに入ったら時間のロスが大きくなるし、さっさとオリエンタル・バザール経由で東京駅に戻りたかったのですが、
Forever 21にどうしても行きたいイェニーが
「じゃあ40分後にここで!」
と言い残してお店に入っていってしまい・・・
スターバックスへ行きたかった人も然り。
残った4人と私は近くでクレープを買って待つことに。
(すっかり暗くなって、クリスマスイルミネーションが綺麗だったのは不幸中の幸い?)

オリエンタル・バザールでは、「興味ない」と言っていた人達も結局いろいろ買って、私もクルーホテルの友人で1月にオランダに引っ越してくるマリーさんへの結婚祝いを買って、東京駅へ。
バスの出発時間まで時間があったので、夕食を済ませてしまうことにしたのはいいのですが、ここでまた一悶着。
お寿司が食べたいという4人とお寿司は食べられないという2人。
では、お寿司も食べられるし、他のものも食べられるお店へ行こう!
と散々歩いて見つけた日本料理屋に入り、7人で座れるテーブルも用意してもらい、英語のメニューも持って来てもらったにもかかわらず、
お寿司が食べられないと言っていた2人が、
「やっぱり中華料理にする」
と言って出て行ってしまい・・・
「だったらお寿司屋さんがよかった」
という4人。
中華料理屋へ行ってしまった2人が心配で見に行くと、やっぱり言葉が通じていない様子。 オーダーだけ手伝って、私は日本料理屋へ。

高速バスでホテルに戻ると、別れ際に
「食事の時、あんなことになってしまって、本当に恥ずかしかったわ」
と囁いたのはForever21に行きたくて皆を40分も待たせたイェニー。
「気にしてないから」と苦笑い・・・(^_^;)

皆が眠ってしまったので、私一人でクルーホテルのバーに。
もうすぐ渡蘭予定のマリーさんに早速お祝いの品を渡し、モスコミュールをビアジョッキで3杯頂き、閉店までカラオケ♪
クルーホテルでマリーさんに会うのは今回が最後だったので、バー閉店後、一緒にドンキホーテ(←初めて入りました)に買い物に行き、松屋(←初めて入りました)で食事。 夜中の2時過ぎにビビン丼食べてしまった・・・(ちょっと反省)

マリーさん、今度はオランダで会いましょう(*^-^*)

翌日はディレイもなく(→行きの便がディレイすると日本滞在が短くなってしまうので悲しいですが、帰りの便がディレイする分には、日本滞在が長くなるので嬉しい・・・お客様には申し訳ないのですが・・・でも滅多にディレイしませんxxx)、いつものようにほぼ満席で、オランダに戻って来ました。

この日も休憩中はOCR(=Overhead Crew Rest)には行かず、サービスリマークを書いていました。 いわゆる会社への苦情報告です。
日本語のメニューの日本語訳は相変わらず間違いが多いし、
今回はデルフト焼きのミニチュアハウスに落書きが見付かったり(ケータリングの悪戯?)、
また、スキポール空港のセキュリティーチェックでの非情な仕打ちに対するお客様からの苦情。 これは酷かったです。
アムステルダムに住むお嬢様を訪ねてオランダにいらした女性客が、スキポール空港のゲートでのセキュリティーチェック時に、前日買ったばかりのお土産のスカーフも外すように言われ、X線の機械を通したところ、それがロールに絡まって機械が止まってしまった際、セキュリティーの係員がそのスカーフをハサミで切り刻んでしまったとのこと。 元はといえば係員がスカーフをプラスチックケースに入れずにそのまま通してしまったせいで絡まってしまったのに、係員はスカーフを綺麗に取り出そうという努力はせず、無残に切り刻み、薄ら笑いを浮かべていたというのです。 お客様はどんなにショックを受けられたことでしょう・・・オランダの印象も、オランダ人の印象も、KLMの印象も、全てまとめて悪くなったに違いありません。
会社経由で空港に苦情が行くといいのですが・・・

アムステルダム到着前に、今回東京観光案内した6人が揃ってUDに上がって来たと思ったら、
「案内してくれて本当にありがとう。とても楽しい一日だった。今回の東京便はこれからずっと忘れないわ!」
とプレゼントをくれました。 オランダのカードゲーム。
私のツアーガイドは趣味というか病気?(=「日本は初めてなの」とか聞くと放っておけなくなってしまう病気?)なので、お礼の品なんていらないのですが・・・でも、喜んでもらえて嬉しかったです。

次のフライトは約2年ぶりのケープタウン。
3泊5日のスケジュールなので、オランダ在住の女友達を一人連れて行く予定です♪

追伸:
帰宅後メールをチェックしたら、スペイン在住のオランダ人の同僚から、もうすぐフランスに引っ越すので、その前に是非遊びに来て欲しいというメールが・・・
「あなたに北海道を案内してもらった札幌便は今でも私の乗務人生の中の一番の思い出ヨ」
日本ベースで乗務していた頃からだから、かれこれもう20年以上続けているオランダ人同僚へのツアーガイド。 日本路線に良い思い出を持った同僚が増えることは、私もとても嬉しいです(*^-^*)

フライト日記 (Tokyo)

2010年10月
(NRT)

(2本目の東京便のフライト日記デス♪)

50%で乗務していると、大抵月に2本フライトが入るのですが、
10月は2本とも日本路線(*^-^*)

出発日は土曜日。 私が乗務の時はマリアの日本語補習校の送り迎えは元夫が担当することになっていたのですが、
午前中に予定を入れてしまったとかで(・・・ありえん(-_-#))
本当は乗務前はゆっくり休みたかったのですが、
朝7時に起きてお弁当作って、往復約3時間かけてアムステルダムの日本語補習校までマリアを送って、ユトレヒトに戻って来てから1時間仮眠を取って、大急ぎで支度をして空港へ。
乗務前から疲れちゃいそうxxxと心配しましたが、1時間仮眠を取ったら結構元気になりました(*^-^*)

朝のことを悪いと思ったのか、補習校へのお迎えついでに、空港までは元夫が車で送ってくれました。
(しかし車の中でまたありえない申し出が・・・また改めて書きます(^^;))

機種はボーイング747-400型機。
担当は(前回同様)Aゾーン=1階のビジネスクラス。 
(東京便に乗務する時は、UD=2階のビジネスクラスには既に1人日本ベースの日本人乗員がアサインされているので、通常はオランダ人乗務員がアサインされるAゾーンに、エクストラの日本人乗務員として私が入ることが多いです。)
満席。

今回のパーサー、ヨー(Joと書いて、オランダ語読みでヨーと発音します)は、本当に頻繁にタイミングよく手伝いに来てくれて助かりました(*^-^*)

今回も、洋食と和食のホットミールの仕上がり時間を調整して、
和食は前菜・主菜に分けずに、
見た目も美しい『松花堂弁当』あるいは『略式懐石』風に出せるよう工夫したのですが、
事情を理解してくれたヨーのアシストで、
「毎回、このようにサービスできたら完璧!」
というサービスができました♪
この、洋食は洋食式に、和食は和食式に、サービスする方法を、
なんとかしてオランダ人CAでも分かるマニュアルに仕上げられれば・・・
ちょっとやっぱり考えてみようと思い直しました。

普段は行かないOCR(=Overhead Crew Rest)ですが、
今回は成田到着後、クルーホテルへは行かず(=仮眠を取らないで)そのまま合唱の練習へ行くことになっていたので、
久し振りに行ってみました。
結局眠れませんでしたがxxx

成田到着後、クルーホテルには翌日チェックインする旨ホテルに伝えて欲しいとヨーにお願いし、
翌日午後7時のクルードリンクに間に合うよう戻ると約束して、
西日暮里に向かいました。

来年、『銀祝』と呼ばれる、中学高校の卒業25周年記念式典があって、
「私達は、毎年合唱祭(←渋谷公会堂で行われてました)で最優秀賞を総なめにした学年だったのだから、是非何か歌いましょう♪」
と、数年前から『合唱同窓会』なるものを開いていたのですが、
いよいよ本格的に練習することになり、
たまたま成田到着日が2ヶ月に1度の練習日に当たったので、
西日暮里なら実家への帰り道になるし・・・と、参加することにしたのです。

でもやはり、西日暮里に付く頃には疲れがジワリジワリと出て・・・
駅の売店でリポビタンD(←好物)を飲んで頑張りました(^-^)/

『合唱同窓会』では、中学高校時代に歌ったミサ曲等10曲を練習していたのですが、
これからは、『銀祝』で歌う予定の曲を集中的に練習。
ヘンデル作曲『ハレルヤ』(英語)
ハイドン作曲『御空は語る神の栄誉(天地創造より)』(日本語)
モーツアルト作曲『グロリア(戴冠ミサ曲より)』(ラテン語)
・・・の予定でしたが、
練習に参加せずにいきなり当日歌う人にはラテン語の歌詞を思い出すのは大変では?
という意見もあり、歌詞が日本語訳になっている
ロッシーニ作曲『信仰』
を歌うことに。

頭はボーっとしていましたが、やっぱり合唱はいいですね♪
気持ち良かったです。
日本に住んでいた頃は毎年歌っていた『両国国技館の5000人の第九コンサート』、
日程が合ったら、また参加したいな・・・まだ暗譜で歌えます(^-^)/

夕食は実家で。
途中から妹も加わって、ワイン(北海道のハスカップワイン)とリモンチェッロ(カプリ島土産)を飲みながら語らいました・・・気が付いたら午前3時を回ってました=オランダ時間だと日曜日の午後8時=ということは土曜日の午前7時に起きてから(1時間仮眠は取りましたが)37時間経過・・・翌日オランダ人の東京観光案内を入れないでおいてよかった・・・

翌日は11時までゆっくり寝て、実家で遅いランチを頂き、夕方成田へ向けて出発。
電車に乗る前に、ミハーリに頼まれたwii用の新しいゲームとマリアに頼まれたネイルチップ(小学校でのクリスマスディナーの時に付けたいのだとか)を駅前で購入、それから30分だけヤマハ音楽教室のピアノを借りて練習♪

クルーホテルには午後7時到着。
クルードリンクの待ち合わせ場所であるホテルのバーで同僚達と合流。
翌日の帰りの便の機長ロバート(←キャビンクルーは2泊のスケジュールだったのですが、コックピットクルーは1泊のスケジュールだった為、行きと帰りとでメンバーが異なるのです)も合流。

この機長のロバートとは割りと最近やはり東京便を一緒に乗務し、その時は行きの便だったので、到着日に実家へ向かった私は夜は別行動だったのですが、
東京便は1泊しかないというのに、クルードリンク後は20時発のホテルのシャトルバスで成田駅へ出て、何時にどこそこで夕食を食べ、何時にどこそこのバーで飲み、次に何時にどこそこのバーへ・・・といった、超緻密な夜の予定表をお持ちで(笑)
一見とっても真面目で大人しそうなのに、実はごくアクティブで、そのアンバランスさが可笑しい機長のロバート。
「今回もまた同じスケジュール?」
と聞いたら、そうだと言うので、今回、ついて行ってみることにしました。
ヨーや他のキャビンの同僚達は疲れたので遠慮すると言うので、ホテルのお向かいの日本料理レストラン『やまと』に案内し、注文のヘルプをして、梅酒1杯だけ一緒に飲んで、私は再びクルーホテルへ。

20時。 前回同様ホテルのシャトルバスで成田駅へ向かいます。
後から来た彼の同僚達(=副操縦士&セカンドオフィサー)も同行。
駅から10分くらい歩いたでしょうか、よくもまぁこんなお店を見つけたなぁ(O.O;)と驚くような場所にあるお好み焼き屋さんに入店。 お気に入りのお店らしい。
セカンドオフィサー、副操縦士、私、機長の順にカウンターに座り、
(この時なぜか「5人」と言った機長・・・ビールで既に酔っていたのかも)
お好み焼きとビール(私は冷酒)を注文。
副操縦士に
「男性の中に女性一人だと、大抵の女性は男性を意識した態度を取るけれど、
 君は変わらないね」
というコンプリメントを頂きました。
はい、私にとって、男性・女性関係なく、同僚は同僚です(*^-^*)

食後は、まず、ベルギー人の元スチュワードが経営しているというバー『ジェットラッグ』へ。
すっかり勝手知ったるという感じで奥のテーブルへ行き、ポケットからおもむろにトランプを取り出す機長・・・楽しいゲームがあるからやろう!とのこと(笑)
「A」「K」「Q」「J」だけを使ったゲームで、同じマークを揃えるのに不必要なカード1枚を左の相手に渡し、右の相手から渡されたカードを加え・・・というのを繰り返し、
どれでも同じマークが4枚揃ったら、テーブルの上のペンを取り、
誰かがペンを取ったら、4枚揃っていなくてもペンを取る。
このペンが、4人でプレイしているのに3本しかなくて、
ペンを取れなかった1人がバツとしておつまみのポップコーンを取ってくる、
というゲーム。
これを1時間くらいビール(私は白ワイン)を飲みながらやって、次のバーへ。

ところがここがガラガラで、混んでないとつまらない(機長のご意見)からと、成田駅近くのカラオケバー『ケージ』へ。
オランダ人の同僚達からよく耳にしていたお店で、エアラインクルーで混み合っていました。
ここでも彼らはビールで私は白ワイン。
カラオケに日本語の歌が入っていないとのことで、英語の歌を何曲か歌った後、
日本語の歌も歌える『スカイライン』(←クルーホテルの近くの、ペルー人が経営するカラオケバー)へ行こうと誘って、タクシーで行ってみると、残念なことにやっておらず。
クルーホテルのバーも閉まっていて、これでもうお開きか・・・と思いきや、
「お腹が空いたから、自転車借りて、どこかへ食べに行こう!」
って・・・機長、面白過ぎ(^_^;)
午前1時過ぎにホテルの自転車をレンタルして、夜道を自転車で10分くらい走ったでしょうか・・・機長が、アパートの2階のような場所にレストラン?発見。
そこでお食事して(アルコールは、乗務前の時間制限を過ぎたので飲まず)、
ホテルに戻ったのは午前4時。
12時15分のCallingまでぐっすり休めました(笑)

13時15分のPickUpTime前に、ホテルのロビーに集合すると
コックピットの3人が、パーサーのヨーに
「misaeをUD(=2階のビジネスクラス)にアサインして欲しいんだけど、いいかな」
と聞いています(O.O;) 
ヨーは特に驚くことなくあっさりと
「misaeに恋しちゃったのね(笑) UD担当の二コレットがAゾーン(1階のビジネスクラス)に移ってもいいなら、私は構わないわよ」
・・・という訳で、帰りの便は、UDで働くことになりました(笑)

相棒の日本人の同僚は、今秋入社されたばかりの方だったので、
いろいろ気付いたことを伝えながらの乗務となり、
結局コックピット・ケア(=ボーイング747の場合、UDにアサインされたCAが、コックピットの食事等のケアをします)には必要以上(=30分に1度←コックピットクルーの安全確認の為、コックピットケアにアサインされたCAは、少なくとも30分に1度はインターフォンで連絡を入れ、飲み物等を運んだりすることになっています。)には行かれなかったのですが、
コックピットからのご指名(?)、光栄でした(笑)

機長のロバート、到着前のフライト情報アナウンスの最後に、日本語でご挨拶していました・・・何年も前(もしかしたら10年以上前)、彼がまだ副操縦士だった頃、シンガポール便で一緒になったことがあって、その時にローマ字で書いてあげた日本語アナウンスのメモを今でも使っていてくれたのです。
日本路線で、オランダ人クルーが日本語でご挨拶・・・すごく好印象だと思います。 私も、到着後のお別れのアナウンスだけですが、オランダ人のお客様宛てに、日本語の後にオランダ語でご挨拶しています。 
「次の日本へのフライトでも、機上でお目にかかれますように・・・」
と。

今回もとても楽しい&いつも以上にアクティブなフライトでした(*^-^*)

フライト日記 (Tokyo)

2010年10月
(NRT)

(実は10月11月と東京便を3連続で頂き、先日2本目の東京便乗務から戻ったところなのですが、まずは1本目の東京便のお話から・・・)

両親とのナポリ旅行から戻った翌々日からの乗務は東京便。

この便で両親を日本に連れて帰ることもできたのですが、
オーバーブックしていたこともあり、
両親には(ドバイ便に引き続き再び)子供達と一緒にオランダで待っていてもらうことに。
(それはそれで楽しく過ごせたようでよかったです(*^-^*))

リポーティングは夕方4時。
午後2時半に出れば余裕で空港に到着(←電車に乗ってしまえば35分で空港に着くので)。
・・・のはずだったのですが、ユトレヒト中央駅に来てみると空港行きの電車が走っていない?!
インフォメーション前は人だかりでしたが、順番を待って、空港までどのような経路で行けばよいのか聞いて、指示された電車に乗ろうとホームへ行くと、電車は丁度出て行ってしまったところ・・・次の電車は30分後で、乗り継ぎが上手くいけばギリギリ間に合うかどうかという時間=少しでも電車が遅れたら遅刻・・・( ̄□ ̄;)!!
やむを得ず元夫に電話して、空港まで送ってもらいました(感謝)

機種はボーイング747-400型機。
担当はAゾーン(=1階のビジネスクラス)。
満席。

AゾーンはCA1人で18名担当するので(ちなみにUD=2階のビジネスクラスはCA2人で24名担当=CA1人あたり12名担当します)、
いつもパーサーが手伝いに来てくれるのですが、今回のパーサー(日本路線によく乗ってくるというエリック)はいつもタイミング悪く登場→丁度お手拭を配り終わった時に「お手拭配ろうか?」とか、丁度お食事のチョイスを聞き終わった頃に「食事のチョイス取ろうか?」とか・・・ヘルプが必要な時(=例えばお食事のサービスで主菜を出した後すぐにお出しするお味噌汁や日本茶をギャレーで予め作っておいてくれるとか)にはいないxxx
一人でももちろんこなせるサービスですが、お客様をお待たせしないで済むので、やっぱり手伝ってもらえるとありがたいのです。

先月、KLM OPEN(=KLM主宰のゴルフトーナメント・毎年行われているらしいのですが、
今回、東京便が増便されることもあり、1日だけ特別に日本企業をお招きするとのことで、お手伝いに呼ばれたのです)
(⇒写真はフォトアルバムにアップしてあります)で、
ホテルオークラ・アムステルダムの総料理長のお話を伺う機会を得、
これほど著名なシェフが考案して下さった和食メニュー、きちんとサービスしたいと改めて感じ、今回もそれを極力試みました。

会社からの指示では、和食も洋食同様に、前菜→主菜の順でサービスすることになっています
(⇒オランダ人CAの中には、洋食のように、スープ=お味噌汁だけ先に出してしまう人もいるらしい・・・(^^;))
が、
和食は前菜(お刺身などの小鉢)と主菜(ご飯)を分けないで同時に出すようにデザインされていることは、和食のトレーや、ご飯の器の形(←小鉢と共にピッタリ綺麗におさまるように楕円形をしています)を見れば一目瞭然です。
思うに、丁度『松花堂弁当』あるいは『略式懐石』のような形なのではないかと。

乗務以外に年に4~5回一時帰国しますが、その際にも、
小鉢だけが前菜として出されて、
「ご飯は付かないのですか???」
と多くのお客様が質問されている光景を目にし、
自分が乗務する時は何とかしたいといつも思っていたので、
前菜を出すタイミングや、オーブンの時間を調整して、
洋食は前菜→主菜、
和食は前菜+主菜+お味噌汁、
と、
"本来あるべき形"でサービスできるように工夫しました。
頭も使いますし、手間もかかりますが、できなくはありません。
ただ、オランダ人の同僚達にこれを望むのは難しいかな・・・とも思っています。
(実際、KLM OPENで日本路線のプロダクトマネージャーに提案したところ、そんな面倒なことはしなくていいと言われてしまいましたし・・・)
ホテルオークラの総料理長がセレクトして下さった(※)素晴らしいメニューなのに、残念ですが。
(※ 総料理長自らが調理していると誤解されることも多いようですが、調理自体は、オークラから指導を受けたオランダ人担当者の監督の元、オランダ人調理師がしているとのこと。)

そしてOCR(=Overhead Crew Rest=客室の上に設置された休憩室)には今回も行かず。
「横にならないで大丈夫なのか」と同僚達は驚きますが、私は睡眠補給よりも食糧補給した方が元気が出ることがわかっているので、
休憩時間中はひたすら食べています(笑)
休憩時間に準備を終えておくと後で便利なことも沢山あるし、他にもギャレーにいれば何かしらやることがあるし、
休憩中は他のギャレーに遊びに行って(なかなか話す機会のない)日本人の同僚とおしゃべりもできますし、
夜間飛行ならコックピットに星を見に行ったりもできますから、
OCRに行く時間は、私にとっては勿体無い時間に思えるのデス。

という訳で、眠らなくても元気に成田到着。
両親はまだオランダですから、今回は実家には行かず、ずっとオランダ人の同僚達と共に過ごしました。
クルーホテルで仮眠後、午後7時にクルードリンク。
夕食はホテルのお向かいにある日本料理屋『やまと』で。 メニューはいつもの生姜焼き定食と梅酒。
夕食後はホテルの近くにあるカラオケ『スカイライン』へ。 オーナーのダニエルさんはペルーの方で、スペイン語か日本語しかお話しになりません。 
帰りはいつも車でホテルまで送って下さいます。 近いのですが、ありがたいです(*^-^*)

翌日は、オランダ人同僚3人を連れて東京観光案内。
いつもは、クルーホテルから出る高速バスが東京駅に着くので、東京駅でピックアップしていたのですが、
今回はホテルから同行できるので、バスではなく電車で上野へ。

コースは、いつもの
浅草~原宿~表参道に、同僚の希望で渋谷と新宿をプラス。
浅草では、雷門・仲見世・浅草寺、ついでにアサヒビール本社ビル、そしてランチ。
(ふぐ料理屋の水槽で泳ぐふぐを見せた後、日本料理の『あづま』へ)
渋谷では、ハチ公(←リチャード・ギアの映画を見た同僚が大喜びで写真を撮っていました)とスターバックスから眺める交差点(←これが同僚の希望の一つ)
原宿で明治神宮を見学した後、新宿は都庁の展望台へ(←東京を見渡せる場所へ行きたいという同僚の希望で)
表参道に戻り、オリエンタルバザーで買い物。
東京駅で高速バスを待つ間、お寿司が食べたいというので、地下街の立ち食い寿司屋へ。
これが安くて美味しくてビックリ(O.O;)(次から観光コースに取り入れよう・・・φ(.. ) )

夕食は成田に戻ってから前日と同じ日本料理屋で・・・
というのが同僚達の希望でしたが、残念ながら定休日。

仕方がないのでオランダ人から大人気の鉄板焼き屋『いまり』へ。
入ると他の同僚達が丁度食事中。
数分おしゃべりして着席しようとしたところ、
「21時ラストオーダーなので」
と断られ、時計を見ると21時1分。
「1分しか過ぎていませんが、駄目ですか?」
と聞いてみましたが駄目でした・・・(–;)
困惑した表情のオランダ人の同僚達には
「日本は規則に厳しいからネ(苦笑)」
と説明しましたが、日本人として非常に恥ずかしかったです。
たった1分・・・それにお店に入った時点ではまだ21時前だったはず。
何か事情があったのかもしれませんが
「折角来て頂いたのに申し訳ありませんねぇ」
といった言葉もなく。
ものすご~くイメージダウン&ガッカリでした(;-_-;)
多分私はもう行きませんxxx

その日はホテル近辺のレストランはどこも閉まっていて、 一日東京を歩き回った私達は疲れ果て、諦めてホテルのバーで食べることに。
食後はそのままバーで飲んで、カラオケもして、結局楽しい一時を過ごせました(*^-^*)

帰りの便も満席。
行きと帰りは同じワーキングポジションなのが普通ですが、
今回、尊敬する大先輩のFさんが、
「UDに入る新人の日本人CAと一緒に働いて、いろいろ教えてあげて欲しい」
とパーサーに希望を出され、
急遽UD(=2階のビジネスクラス)で働くことに。

私の新人訓練中お世話になったFさんとは本当にご縁があって、オランダベースになってからも度々ご一緒するのですが、
大先輩から新人の同僚の指導を頼まれ、緊張してしまって、離陸前からワイングラスを割ったり普段やらないミスをいろいろやらかしましたが、
どんなことが起こっても、慌てず、やるべきことを優先して、できることをできる限りやれば大丈夫(*^-^*)
・・・というお手本は見せられたかしら(笑)

日本人CA二人ならできるかと、
和食のサービスも、行きの便同様、会社指定のやり方とは違うやり方でやってしまったので、混乱させてしまったかな・・・と心配しましたが、
「misaeさんのサービスは”お客様目線”でのサービスですね」
とおっしゃって下さって、ちょっとホッとしています。
そんな風に考えたことはなかったのですが、そう言われてみれば、
自分が乗客だったらどうして欲しいか、というのが常に根本にあるので、確かにそうですネ。
彼女には、いろいろな人の異なったやり方を見て、沢山吸収して、そこから新たに”自分らしい”サービスを見出して欲しいな・・・と思っています。

(2本目の東京便のフライト日記、3本目の東京便の乗務に出る前に仕上げられるよう、頑張ります!)
(まだこのwordpressの編集ページの使い勝手がわからず、毎回今まで以上に時間がかかっています・・・なぜか急に文字のサイズが変わってしまって変更できなくなったりと苦戦中・・・(^^ゞ)
(リンクや写真は、とりあえず文章をアップしてから追加したいと思っていますので、もうしばらくお待ち下さいネ)

フライト日記 (Dubai)

2010年9月
(DXB)

3週間オランダに滞在予定の両親を東京へ迎えに行き、東京に2泊してとんぼ返りした翌日からのフライトはドバイ便でした。

19時リポーティングだったので、子供達が学校へ出かけた後、お昼まで仮眠を取る予定だったのですが、
電子レンジの設定時のピッピッという音や終了時のピーピーピーという音で結局眠れず。
両親が使っていたのですが、
台所の奥の壁の向こうが寝室だったことに気付きました(笑)

ドバイまでは飛行時間も5~6時間と短いので、仮眠が取れなかったことは気にせずに(*^-^*)

19時スキポール空港なら、17時にユトレヒトを出れば余裕で間に合うので、
15時に両親と一緒にマリアを迎えに行き(←オランダでは一般的に小学生の間は親が学校の送り迎えをします)、それから制服に着替えました。

スーツケースの方は、東京に両親を迎えに行く前に先に作っておいた(※)ので、楽でした♪

(※)KLM JapanのFacebookでの美パッキング術キャンペーン協力の為、
ニューヨークから戻ってすぐにドバイ便用に荷作りしたのです↓
http://www.facebook.com/klmjapan?v=app_7146470109
(キャンペーンは今月いっぱいです)
フライトにどんなものを持って行っているのかを写真で紹介します↓
DSC07515 DSC07513
(↑服とビキニ)                   (↑サンダル)

DSC07518 DSC07512
( ↑ 楽譜)                     (↑ クリスタル)

準備も整い、そろそろ家を出ようとしたまさにその時、電話がなり、
会社からディレイの知らせ。
リポーティングが19時から21時20分に変更になったとのこと。
約2時間半の遅れ・・・のお陰で、
両親、子供達と一緒に夕食を食べてから出られました♪

ドバイ便の機種は、行きはMD-11。
でも、明日の帰りの便はA330。

私はA330の乗務資格を持っていない(=フライトセイフティーの訓練を受けていない)ので、帰りの便はデッドヘッド(=乗客として乗り、乗務はしないクルー)です。
デッドヘッドは私だけかと思ったら、なんとキャビンクルー全員。
その代わり、私達が乗務する行きの便に、翌日A330に乗務するキャビンクルーが全員デッドヘッドで乗っていました。

担当はビジネスクラス。
満席(・・・といっても24名中10名はデッドヘッドの同僚)

エコノミークラスは満席ではなかったので、エコノミークラス担当の同僚達の内、Tweebander(=”2本線”=ビジネスクラス・サービスの訓練を受けたCAで、制服に2本白線が入っています)の二人がビジネスクラスを手伝ってくれることに。
24名を4人で担当したので、サービスがあまりに早く進み過ぎて、お客様がゆっくりできなかったのではないかとちょっと心配しました。
過ぎたるは及ばざるが如し・・・

ドバイ到着は現地時間で午前5時過ぎ。 (オランダ時間だと午前3時過ぎ)

ホテルのチェックインが済む頃には、もう朝食ビュッフェが始まっていたので、直行。
目的は、大好物のFoul Moudamas (←Wikipediaの綴りと異なりますが、ドバイではいつもこのように記載されています)
DSC07563
数種類の煮豆に、みじん切りのトマトとタマネギとパセリ、カルダモンのパウダー、レモン汁をたっぷりかけて頂きます。

それからお昼過ぎまで仮眠を取るつもりが、(帰りはデッドヘッドだし♪と)結局NHKを見てしまって一睡もしないまま、
午後はホテルのピアノを弾かせて頂きました。
世界中いろいろな国でクルーホテルのピアノを弾かせて頂きましたが、私はここのピアノが何故か好きで・・・とても気持ちよく練習することができました。

ピアノの練習を終えてロビーを通りかかると、パーサーと同僚達何人かが
ドバイ便も一日2便あるのですが、午後10時過ぎにcalling(=ウェイクアップコール)がある便(←ちなみに私達のcallingは午前4時過ぎ)の便が急に機種変更になって乗務員数が足りなくなり、
デッドヘッドで帰るはずだった私達の同僚の内の4名が、急遽、乗務して帰ることになったとのこと。

私達はディレイでドバイ到着も遅かったので、その4人にとっては24時間も滞在しないまま、しかも、デッドヘッドだと思っていたのが乗務することになり、ショックを受けていました。
朝食後に仮眠をちょっとでも取っていたら、私が代わりに乗務して帰っても全然構わなかった(というか私は乗務できた方が嬉しい)のですが、
(ドバイから帰った翌日から両親と子供達を連れてニースへ向かうことにもなっていたし)
どう考えても体力的に無理そうだったので、申し出ませんでしたが・・・
気の毒でした(>_<。。。

夕食はホテルに直結したレストランWAGAMAMAで。
オランダ人は”日本食レストラン”と言ってますが、(あとで写真もアップしますが)全然違います(^^ゞ

帰りはそんな訳でデッドヘッド。 ビジネスクラスでのんびり・・・しようと思ったら、たまたま気が向いて読んでいたPVS(=パーソナル・ビデオ・システム)の使用説明文の日本語訳に間違いを発見。 サービスリマーク(=機内での問題等を会社に連絡する為の報告書)を書いているうちにアムステルダム到着。

スキポール空港からはいつも電車なのですが、駅のホームで一人のおばあちゃまに声をかけられました。
「切符は電車の中で買うのですか?」
電車の中で買うととても高額になることを説明して、電車が来るまでまだ時間があったので、一緒に切符を買いに。
行き先を聞くと、ユトレヒトだとおっしゃるので、
だったら私の割引券が使えると(オランダの電車の割引券は同行者3名も同じ割引が使えるのです)、その割引切符代だけ頂いて、一緒に電車に乗りました。
電車の中でお話を伺うと、ノルウェーから学会の為にオランダにいらしたとのこと。
ユトレヒトに着いてからホテルにチェックインし、翌日、バスでユトレヒト大学病院へ行かれるとのことなので、
ユトレヒト到着後、駅の近くのホテルまでお連れして、バス停の場所をお教えし、
それから帰宅。
いつかノルウェーに行くことがあったら、おばあちゃまから頂いた名刺の連絡先に連絡してみよう・・・こういうのも何かのご縁。この出会いも大切にしたいです。

では、そろそろ時間なので、空港へ向かいます。
東京便のフライト日記は、今日からのフライト(・・・も東京便なのですが)から戻ったら書きますネ。 いってきます!

フライト日記 (New York)

2010年9月
(JFK)

右手右腕の痛みと痺れで約1ヶ月乗務を休んだ後の、本復帰乗務はニューヨーク便でした。

機種はボーイング777-200。
担当はエコノミークラス。

エコノミークラス前方のギャレーに、オランダ人の同僚と3人で入ります。
今回の相棒は恐らく同世代のヘレーンとマルラナの二人。

今回は、ブリーフィング中にパーサーから注意があった機内の手荷物の収納(←緊急で離陸中止があった際、きちんと収納されていなかった手荷物が中に舞って通路に散乱し、緊急脱出時にその荷物に躓いた人々がドミノ状態に倒れてしまったことがあったので、手荷物は荷物入れに収納するか、前の座席の下に入れる場合は、きちんと奥まで入れるように!との注意・・・皆さんも注意して下さいネ)に特に気を付けて・・・。 

赤ちゃんの多いフライトでしたが、これが不思議と泣き止むんです、泣いてる赤ちゃん。
前にも書いたことがあったと思いますが、やっぱり私の肩の辺りをジッと見つめて、笑顔になる・・・赤ちゃんにしか見えない何かがのっかってるのかな・・・???

サービスの合間は相棒達と世間話をするのですが、
今回の話題はちょっと衝撃的というかちょっと勉強になりました。

相棒の一人ヘレーンは私の一つ年下で、私とほぼ同じ頃(約2年半前)に離婚。
離婚の数ヶ月前にフライト先のボネール島で知り合った現地の方と恋に落ち、子連れでボネール島に移住(←確か子供はまだ小さくて3歳くらい?)。
1年ほど同棲したが上手くいかず、子供と一緒にオランダに帰国。
間もなくして再びフライト先で知り合った副操縦士と現在恋愛中だが、彼は妻子持ち。
しかしながら、前のフライトで魅力的なビジネスクラスのお客様(オランダ人)と知り合い、偶然にも今ニューヨークに出張中で、偶然にも帰りの便に搭乗予定なので、今夜は彼とデートすることになっていて、フライト中もずっとそわそわしていました。

離婚して同じく2年半経つ私といえば、新生活に慣れるのに手一杯で、恋愛している暇なんてなかったというか、子供達との3人暮らしがあまりに平和で快適で、すっかり満足していたというか。
そうこうしているうちに元夫にLAT relation (Living Apart Together=別居でお付き合い) という形での復縁を申し込まれて、なんとなくOKして今に至る・・・

なんて対照的・・・ヘレーンを見習うべきなのか・・・???

ニューヨーク到着後は、買い物がある同僚達は早々に出かけ、残った者で夕食へ。
夕食組みは、機長と副操縦士とヘレーンと私の4人。
夕食後に、例のビジネスクラスのお客様とのデートがあるヘレーンは、スパンコールの付いたゴージャスで、胸元がざっくり開いて激ミニの超セクシ~な黒のワンピースで登場・・・彼女は平均的なオランダ人女性の体型(=身長180cm弱、がっちり型)なのでそれはもう、ものすごい迫力デス・・・(^^ゞ
同世代(=ぎりぎりアラフォー?)の私は「あり得ない・・・(^_^;)」とちょっと引きましたが、コックピットの二人はあからさまに嬉しそうだったので、またちょっと勉強になりました(笑)

夕食後、ホテルに戻ると、アムステルダムへ向けて出発予定のクルーが、ホテルpick up 予定時間を1時間も過ぎているというのに、まだロビーに。
事情を聞くと、なんでも、私達が到着した直後に大嵐が来て、空港閉鎖になり、私達の次の便(←ニューヨーク便は一日2便あるのです)はニューヨークに降りられず、ボストンに臨時着陸し、まだ、いつニューヨークに到着できるかわかっていない、とのこと。
私達の到着があと5分でも遅くなっていたら、私達もニューヨークに降りられず、どこかに臨時着陸することになっていたのかもしれません・・・毎度の事ながら、ギリギリのところで災難を免れることが多い私・・・(*^-^*)

ようやく彼と連絡が取れたと、ヘレーンは嬉しそうに彼の泊まるホテルへと出掛けて行きました。 一回機内で会っただけのお客様と・・・勇気あるなぁ・・・私にもできるだろうか。

翌日は、同僚達と一緒にホテルで朝食をとってから、行きつけの楽譜屋さんへ・・・
向かったはずが道を間違え(恥)、偶然見つけた紀伊国屋書店へ。
子供達が(私もですが・笑)ハマっていたアニメ『Death Note』の実写版の映画のDVDが売っていたので購入。 日本国外で買うと、確実に英語の字幕が付くので、子供達も友達と一緒に観られていいかなと思って。
その後、いつもの楽譜屋さんへ。 前回も名刺を下さった、奥さんが日本人だという店員さんから今回も名刺を頂く。 

Callingの2時間前にホテルに戻り、30分ほどマリアとスカイプで話し(スカイプは便利ですねぇ!)仮眠を取って、帰りの乗務。

ホテルから空港まではクルーバスで1時間くらいかかるのですが、外の景色を見ていてビックリしました・・・高速道路沿いの大木が、ことごとくなぎ倒されていて・・・それはもうまるでゴジラか何かが踏み倒していったのかと思えるくらいの凄まじさで・・・同僚達も声を失くしていました( ̄□ ̄|||)
一体どんな大嵐だったのかと想像しかねていると、日本の友人からこんな画像が・・・↓

マジで???

フライト日記 (Cairo)

2010年9月
(CAI)
 
右手&右腕の痺れと痛み。
パラセタモールを毎日1錠ずつのみながらフィジオセラピーや霊気の治療を重ね、
9月に入ってようやく(それまで悪化する一方だった)病状が少しずつ回復し始めました。
ピアノはまだ以前のようには弾けませんが、
ペンを持ったり、箸を使ったりもなんとかできるようになったこと、
また、
完治するには相当時間がかかると診断された為、
このまま完治するまでず~っと家に篭っているのは精神的に良くないのではと思い、
会社に相談して、
(私が乗務している路線の中で最も飛行時間の短い)カイロ便で仮復帰することに。
 
リポーティングは午後7時20分(←日本はもう暗くなっている時間ですが、夏時間のオランダはまだ明るい時間帯です)。
 
機種はボーイング777-200。
担当はビジネスクラス。
 
ブリーフィングで、現在ラマダン中であることが告げられました。
オランダとエジプトの間には、通常は1時間の時差があるのですが、
ラマダンの間は特別に時差がなくなっているとのこと。
(なぜかしら・・・???)
 
機内でプリフライトチェックやセキュリティーチェックをした後、
ウェルカムドリンクの準備をしていると同僚達が、
「イスラム教徒はアルコール禁止だからシャンペンは飲まないのでは?」
「確かにイスラム教徒のお客様は飲まないでしょうけれど、お客様全員がイスラム教徒とは限らないのでは・・・?」
と私が言うと
「あ、そうか・・・(^^ゞ 全員オランダ人のお客様かもしれないしね・・・(^_^;」
(→結局エジプト人のお客様は一組だけで、あとはオランダ人とイギリス人、フランス人でした)
 
B777のビジネスクラスは他の機種よりも座席数が多い為、満席になるとそれはもう本当に忙しいのですが、
幸いにも(会社にとっては不幸にも、ですが)この日はとても空いていて、私の"リハビリ"には丁度良かったです。
 
できるだけ右手&右腕を使ってみたり、できるだけ重いものを持ってみたり、
痺れと痛みが残っていても、やるべきことは全てきちんとこなせるか、念入りに確認しました。
 
カイロ到着直前に、エコノミークラスで病人が出て、
医師の呼び出しアナウンスが入ったりしていましたが、どうやら無事解決した様子。
 
カイロの空港に到着する度に、
新聞に客室乗務員の募集が出て応募する、ほんの数週間前に一人旅で訪れた時のカイロを思い出します。
あの殺伐とした古めかしい空港が、今や、先進国同様の超近代的ビルに生まれ変わって・・・
しかしながら、列を作らない人々でごった返す、このカオス状態だけは変わらない・・・
 
クルーホテル到着後、制服を脱ぐと、
しばらく使っていなかった(使えなかった)右手&右腕がやっぱりだるい感じ。
念の為、パラセタモールを1錠余分に飲んで就寝。
 
翌朝は、ルームサービスで大好物のエジプト料理foul medammes (ソラマメの料理)を頂きました。
(・・・本場のはずだけれど、ドバイのホテルの朝食で頂いたfoul medammes の方が美味しかったようなxxx)
 
午後はプールサイドへ。
カイロのクルーホテルは超豪華なホテルでとにかく広く、
ロビー前を通過して、別の棟へ行って、その先にプールがあるのですが、
まるで誰も宿泊していないかのように、
ホテルのスタッフ以外、誰も見かけません。
プールサイドに来ても、
私と同僚達だけ。
ホテルのスタッフはうじゃうじゃ大勢いるのに、
他の宿泊客は一体どこへ・・・???
これもラマダンだからでしょうか・・・???
 
どうやらそのようで、夕方6時を過ぎて、日が傾き始めた途端、
ゾロゾロゾロゾロ・・・・・・
他の宿泊客が登場。 でもなぜか男性ばかり。
 
夕食は同僚達と一緒にホテル内のカフェで済ませ、Callingまで仮眠をとりました。
 
帰りの便はほぼ満席でした。
が、大丈夫、いつもどおり乗務できました。
 
オランダに戻って上司と再び相談し、翌週フライトセイフティーの試験&訓練を受け、ニューヨーク便で復帰することになりました。
 
今日からニューヨークへ行ってきます 飛行機
 
 
【追伸】
 
年に一度のフライトセイフティーの試験。
毎回しっかり勉強して満点合格してきたのですが、 
今回初めて不合格(→80%以上とれないと不合格)になって、翌日再試を受けました。
この試験、合格できないと乗務資格がなくなって乗務できなくなるのです。
再試は100%、いつもどおり満点。
不合格にになった時に間違えた問題は、全部コマンドで、
「~ Go To That Exit」の「Exit」を書き忘れたり、
「Cabin Crew And Passengers, ~」の「Passengers」を書き忘れたり、
頭の中では正しいコマンドを言っていたのに何故か書かなかったという
(見直したときも、頭の中ではちゃんとフルセンテンスで言っていたので、書き忘れていることに気付かなかったという)
「もう齢かしら・・・(;-_-;)」
というミスあせあせ(飛び散る汗)
あまりにおかしなミスだったので、試験官にも
「・・・あなた、これ・・・わざとですか??」
と言われてしまいました・・・(^^ゞ
 
今年は、毎年日本人の同僚達からまわして頂いていた"あんちょこ=既出問題リスト"を使わずに試験を受けたのですが、
その分いつもに増して勉強してあったし、
"あんちょこ"がなかった(=問題がわからなかったor答えがわからなかった)から不合格になった訳ではなかったので、
「"あんちょこ"なしでも満点取れるんだな・・・」
という自信も付き(←でも予想外のミスには注意しないといけませんがxxx)
案外そんなにショックではなかったのですが、
(ショックどころか、こんな変なミスをして不合格になって翌日再試を受けることになったのには、きっと何か訳があるに違いない・・・と、ちょっと翌日を楽しみにしたりしていました(*^-^*))
唯一、再試の為に翌日も早起きしなければならなかったのが辛かったですxxx
(↑試験は午前8:45からなので、家をを午前7時には出ないと間に合わないのです かたつむり)
大抵の場合、このフライトセイフティーの試験はフライトの前日(←多くの場合それはリクエストしたフライトだったりする)に入る為、
不合格になると翌日乗務ができなくなり、
(↑その為、不合格者が逆ギレして大暴れすることもあるらしいです・・・苦笑)
しかも再試が翌日受けられるとも限らないので、その後のスケジュールが滅茶苦茶になってしまうのですが、
今回たまたま私は試験とフライトの間に2日間あったので、スケジュールの変更はなし♪
よかった・・・ε-(^。^;)ホッ
 

フライト日記 (Tokyo)

 
1ヶ月経ってしまいましたが、病欠をとる前の最後の乗務のフライト日記、やっと書き終えました。
右手&右腕の痺れと痛みは相変わらずですが、
悪化する一方だった数週間前に比べ、症状が安定した様子なので、
これ以上は痛くならないと思うと、ちょっとホッとしています。
「いつか良くなる」という希望は捨てたくありませんが、
同時に
「一生このままである可能性もある」と仮定した上で何ができるかを考えて、
今週から少しずつ、右手もできるだけ使うようにし始めました。
オランダでの治療は、フィジオセラピーと霊気。
もう少し痛みがなくなってくれたら、乗務に復帰できるのですが・・・がんばります(*^-^*)
 
2010年8月
(NRT)
 
約5ヶ月振りに東京便のリクエストが通りました♪
 
機種はボーイング747-400。
担当はUD(=アッパーデッキ=2階のビジネスクラス)。
 
相棒は大先輩のFさん。
Fさんは、21年前、日本人アドバイザーとして、訓練中ずっと一緒に付いていて下さった特別な先輩。
優しくて、面白くて、本当に素敵な先輩です。
 
飛行機に乗り込んで、UDのギャレーに入って、すぐに何かおかしいことに気付きました。
臭い・・・
 
一時帰国中に遭遇した怪奇現象が気になって、オランダに戻ってすぐに読んだスピリチュアル関係の本に、
「良くない霊がいる時は異臭がする」
とあり、
そういえば、怪奇現象が起こっていた時、実家で確かにいつもと違う異臭(獣臭?)がしたな・・・
と思い出して、
まさかこのギャレーにも霊が~( ̄□ ̄|||)
 
なんて焦っている暇は(ボーディング前の忙しい時間には)ないので、
まずはボーディング開始までに済ませなければならないこと
=preflight check、security check、ギャレーの準備、ウェルカムドリンク等ビジネスクラスのサービスの準備などなど
を済ませ、
そうこうしているうちにボーディングが始まり・・・
 
お客様の搭乗が完了し、ドアも閉まり、前方のテレビスクリーンでフライトセイフティーのビデオ上映が始まって、
ギャレーでようやく一息。
 
・・・やっぱり臭い。
 
これはどう考えてもおかしい。
変な物があったら困るので(→例えば何かの死骸とか)
臭いの元を詮索すると、
どうもコーヒーマシーン下のクルー用の戸棚が怪しい。
自分達の荷物を取り出し、奥の方(←結構奥行きがある)を覗いてみると・・・
 
棚の奥~~~の方に、何やら黒い物体が・・・
トイレ掃除用の手袋をして、トレイで手前に引き寄せてみると・・・
 
それは、真っ黒に腐りきって蛆がわいたバナナでした・・・( ̄_ ̄|||)
恐る恐る取り出すと、ショウジョウバエが一斉にバナナから飛び立ち・・・( ̄□ ̄|||)
 
バナナをビニール袋に入れ、しっかり口を締め、ゴミ箱へ。
フライトセイフティービデオの上映が終わるまで、Fさんと二人で、ギャレーを飛び交うショウジョウバエ退治をしていましたxxx
 
北京から戻ってきたばかりの飛行機だったとのこと。
北京~アムステルダムでこのギャレーに入った同僚達(→オランダ人と中国人一人ずつ)がこのバナナに気付いて、
アムステルダムの清掃の方々にしっかりお掃除してもらっていたら・・・
こんなに臭くてハエもブンブン飛んでるのに、まさか気付かなかったのか・・・(^_^;)
 
離陸してサービスが始まってからも、何十匹といるショウジョウバエとの戦いです。
空のペットボトルにコーラやジュースを入れたものや、ハチミツの小瓶の蓋をはずしたものなどで、罠(←ギリシャでこうして蜂をとっていたので)をしかけたのですが、全くかからずxxx
(意外と賢いのか、ハエ・・・)
 
いつもはお出しするまえにギャレーで予め外しておく前菜などのプラスチックのカバーは、お出しする直前にキャビンで外すようにし、
ミールトローリーの扉も、サービス開始ギリギリまで開けないようにしました。
 
こんなことは初めて(←大ベテランのFさんも初めてだとおっしゃっていました)でしたが、
Fさんと二人で、臨機応変に、サービス方法を工夫して乗り切りました。
こういう時、相棒がオランダ人だったら大変だっただろうなぁ・・・ハエとか全然気にしなそう・・・(^^ゞ
 
最初のサービスが終わり、オーブンの並びにあるクルー用の戸棚にいろいろと片付けながら、
さっきから気になっていた戸棚の隅の小さな塊をよくよく見てみると・・・
ガム・・・?
しかも歯型付き・・・(-_-|||)
 
噛み終えたガムは、戸棚の隅にくっつけておいたりしないで、ちゃんと捨てて下さい・・・(-_-#)
 
腐りきったバナナにも驚きましたが、このガムにもビックリしました。
どちらも、ギャレー内のクルー用の戸棚の中にあったので、
犯人は100%同僚。
ガムの方は恐らく北京便の同僚。
信じられん・・・
初体験続きのフライトでしたxxx
 
成田到着後は、お客様がお降りになられた後、Aゾーン(=1階のビジネスクラス)に集合し、
その日ラストフライトを終えた後輩のYさんに花束とプレゼント(=皆のメッセージを書き込んだB747-400の模型)を贈呈。
(他の後輩達同様)辞めたくなくとも退社しなければならないYさんのお別れのメッセージ、胸が痛みました・・・(。♋ฺ‸♋ฺ。)うるるる
5年ごとに素晴らしい人材を手放し続ける会社・・・これだけは本当に本当に残念です。
 
クルーホテル到着後は仮眠を取って、実家へ。
翌日の晩は、夕食後に、トレーニングフライトで乗っていらした訓練生のお二人も一緒に、クルーホテル近くのカラオケへ。
トレーニングフライト、私が訓練生の頃は、なぜかアメリカ・カナダ路線をやらされたのですが、
今はちゃんと日本路線に乗せてもらえるようでよかった(*^-^*)
 
帰りの便は、これがラストフライトとなるY君と組ませて頂きました。
 
UDギャレーで最初にチェックしたのは、もちろん、コーヒーマシーン下のクルー用の戸棚(笑)
臭くなくて一安心・・・ε-(^。^;)ホッ
 
最後になるからと日本語アナウンスを担当することになったY君。
ボーディングの最中にパーサーのアナウンスが入り、UDのギャレーから日本語アナウンスを入れようとしたら入らなかったので、
メインデッキに降りてアナウンスを入れました。
 
電話機の調子が悪くてアナウンスが入らないことは時々あるので、その時は
「アナウンスの度に下へ降りないといけないかもしれないけれど、サービスの方は私がフォローするから、気にせず、下に降りてアナウンス入れて下さいネ♪」
なんて言って、気にしてなかったのですが、
ウェルカムドリンクやアメニティーキットなどをお配りしている時に、ギャレーでインターフォンの呼び出し音が・・・
通常、インターフォンのコールがあった時は、呼び出し音と、それから呼び出しのあった場所のピンクのコールランプが点滅するのですが、
ランプは点いてない・・・
しばらくして再び(ランプの点滅なしの)呼び出し音が・・・
出てみたけれど、何も聞こえない・・・
「コックピットからの呼び出しだったかも?」
と、コックピットにかけようとしたけれど、
受話器を取っても、発信音がしていない・・・故障?
コックピットはもちろん、どこにもかけられない・・・
 
Σ( ̄□ ̄;)!
ギャレーだけならまだいいけれど、非常ドア横のジャンプシートのインターフォンも壊れていたら、緊急事態発生時に連絡が取れないことになってしまう・・・
=NO GO ITEM
=出発できない・・・
 
急いでUDジャンプシートのインターフォンをチェック。
受話器を取ったけれど、やっぱり発信音がない・・・
 
腐ったバナナや歯型付きガムも初めてでしたが、NO GO ITEMも初めて。
直ちにパーサーに知らせました。
パーサーはコックピットへ。
間もなく機長から
インターフォンの故障修理の為、出発が遅れる旨、アナウンスが入りました。
 
修理が必要な箇所は、部品の交換が必要とのことで、その部品が成田で入手できるかわからない・・・と聞いた時は、
Σ( ̄□ ̄;)!
もしかして、出発できなくなったら、日本にもう1日いられるかも・・・???
と、つい期待してしまいましたが(恥)
部品も手に入り、約2時間遅れで出発。
 
最北のルートで飛んだのか1時間挽回して、オランダ到着は約1時間遅れでした。
 
本当にKLMが大好きだったY君・・・
最後に一緒のギャレーで働けて、嬉しかったです!
ユトレヒトにも是非また遊びにいらして下さい。
新しい人生も充実したものとなりますように・・・!! 
 
 

フライト日記 (Kuala Lumpur)

 (結局一時帰国中はまとまった時間を作れず・・・twitterで時々つぶやいてはいたのですが・・・乗務から1ヶ月以上経ってしまってからのフライト日記のアップとなってしまいました・・・ゴメンナサイxxx)
 
2010年6月
(KUL)
 
4年ぶりのクアラルンプール。
機種は、
行きがボーイング777-200、帰りはボーイング777-300。
 
担当はビジネスクラス。
満席。
この便は、本当にいつ乗務しても満席です。
 
相棒のミシェルは、スリナム系オランダ人で一見怖そうだったのですが、
とても素敵な笑顔の持ち主で、
几帳面で真面目にテキパキ仕事をこなし、サービスもスムーズでした。
(クルードリンクで星座の話になり、彼は几帳面で有名な乙女座でした・・・そういう私も乙女座ですが)
 
この日も私は休憩時間にOCR(=Overhead Crew Rest=天井の上に作られたクルー用の休憩室/ベッドルーム)に行かなかったのですが、
いつもなら”眠らずに食べる”休憩時間、
(お正月+ゴールデンウィークに増えた11kgのダイエットがまだ終わっていなかったので←あと5kgのところでストップ中)
今回は食べるのはグッとこらえて、生姜紅茶を飲みながら、楽譜を読んで過ごしました。
 
この生姜紅茶はお勧めです。
体が温まります。
昨冬、冷え性が悪化して大変だったのですが(←もしかしたらそれも太った原因かもしれません)
それがすっかり良くなりました♪
家では生の生姜をすりおろしたり、チューブ入りのものを使うのですが、
乗務の時は(冷蔵庫にいれなくて済む)粉末のものを持ち歩いています。
 
クアラルンプール到着後はクルーバスでクルーホテルへ。
4年前と同じホテルです。
でも、『ドリアン持込禁止』(罰金まで!)の看板は初めて見ました↓

 
 
シャワーを浴びて着替えてから恒例のクルードリンクへ。
 
翌朝は(=クアラルンプール到着が既にアムステルダムを出発した翌日の夕方だったので、早くも3日目にあたる) 
部屋でNHKを見ながら、ルームサービスで、(本当は大好物のミー・カリー / Mee Kariを早速食べたいところだったのですが、ダイエット中だったことを思い出し)
ミシェルがしきりに勧めてくれていたツナサラダを頼んでみました。

 
やたら勧めていただけあって、と~っても美味しかったです♪
 
それからホテル内の美容院へ。 週末のW杯オランダ戦に備えて、オレンジ色のペティキュアをしてもらいました。
同様に、オレンジのペディキュアをしにきた同僚達と合流し、1時間ほどプールサイドで寛いで、夕方からはホテルのシャトルバスで街へ。
スーツケースを買いたいと言って一緒に街へ出たミシェルが、
「ショッピングモールの中に楽器店があるから」
と案内してくれ、なんとそこに音楽教室もあり、ピアノ室を借りられることに♪
1時間約300円!(アメリカだと1時間10ドル)
安い!
ピアノは調律してないし、クーラー効き過ぎで凍えるように寒かったですが、練習できて嬉しかったです。
ありがとう、ミシェル!
 
翌日、4日目は午後からジャカルタへの往復乗務でした。
朝食は、(ホテルのレストランの朝食も大好評なのですが、ビュッフェ・スタイルなので、食べ過ぎてしまいそうで・・・(^^ゞ)
再びルームサービスで、今度はシーザーサラダを頼んでみました。

 
これまた大変美味しかったです♪
 
そしてジャカルタ便。
こちらも往復共に満席。
クアラルンプール離陸時に、コックピットに座らせて頂きました。
離陸直後の景色は緑いっぱい!
暫くして海に出るのですが、ドバイにあるような埋立地がここにも!

 
飛行時間は1時間半=離陸直後と着陸直前の時間をひくと、機内サービスできる時間は1時間程度。
それでも、ホットミールのサービスがあり、機内販売もし、ブルーハウス(←ビジネスクラスのお客様に差し上げる、デルフト焼きのミニチュアハウス)もお配りするという
テンポの遅い私には結構きついフライトでしたが、
もたもたしてると到着してしまう・・・!( ̄□ ̄;)!!
という緊張感があってよかったです(?!)
ジャカルタでは1時間程機内で待機するのですが、機内清掃が終わってから皆でクルーミールを頂きます。
私はダイエット中だったのでサラダだけ・・・と思っていたのですが、
ビジネスクラスのミールが余っていて、そしてそれがまたあまりにも美味しそうだったので、ついがっつり食べてしまいました(^-^;

   

 
ホテルに戻った後は、クルードリンク。
翌日アムステルダムに帰るクルー、翌日ジャカルタ往復便に乗務するクルー、そして到着したばかりのクルーと、全部で4クルー、大勢で飲みました♪
気が付いたら朝までxxx 
(ワイン2本分くらい飲んでしまったかも・・・でも、おつまみは食べないようにしていたのでカロリー的にはセーフ?)
 
5日目。
お昼出発のホテルのシャトルバスで同僚達と再び街へ。
お寿司が食べたいという同僚のライダに付き合って、回転寿司でお寿司を食べました。
日本では見たことのない変わった具のお寿司も沢山ありましたが(笑)、どれも美味しかったです♪
ライダが買い物に行っている間、また先日の音楽教室へ。
2時間練習♪
夕方シャトルバスでホテルに戻り、
オレンジ色の服に着替えて、同僚達と一緒にホテルのバーでW杯観戦。
 
観戦前にパーサーのカリンと夕食。 
ダイエット中だから我慢しようと思っていたミー・カリーを我慢しきれず注文。
 

感激の美味しさ・・・(>_<。。。
 
W杯、その日は、オランダvs日本。
 
オレンジ一色のオランダ人同僚達に囲まれて、
一人だけ紫紺の服を着る勇気はありませんでしたが、
こっそりブルーのカラーコンタクトを入れました(笑)
 
同僚達にどちらを応援するのか聞かれ、
「オランダよ~(*^-^*)」
と答えたのにもかかわらず、
日本がゴールを逃す度に思わず
「あ~っ・・・」
と残念そうな声を上げてしまい、ちょっと恥ずかしかったですが、
無意識に日本を応援している自分に気付き、
自分はやっぱり日本人なんだなぁ・・・と、なんだか感動してしまいました。
 
試合終了後は、みんなで祝杯。
またもや朝まで飲んでしまい、しかもお腹が空いてしまって、
寝る前にルームサービスで、現地の麺料理(料理名を控えるのを忘れてしまいましたxxx)
をがっつり食べてしまいましたxxx

 
辛くて美味しかったです♪
 
食べ物が美味しい国でのダイエットは無理ですね・・・(^-^;
 
最終日は(朝7時に寝たのに)11時には目が覚めてしまい、
プールサイドで大好物のミー・カリー食べ収め。
Calling前に2時間程仮眠を取って、帰りの乗務。
 
もちろん満席。
でも、夜の便で、ほとんどのお客様がお休みになられるので、実は楽なフライトなのです ウインク
 
機内食も(←お休みになってお食事を召し上がらなかったお客様が多かったので沢山余っていたのデス)、そしてクルーミールも激ウマ♪
(帰りの便では、もうダイエットは諦めて、今までどおり食べまくってしまいましたxxx)
 

 

サービスの合間にミシェルに「付き合って欲しい」と告白されてちょっと困ったこと以外は、
いつもどおり、楽しい&美味しいフライトでした。
ミシェル・・・優しくていい人なんですが・・・
今は元夫とLAT relation (=Living Apart Together) というのを試みている最中ですし、
それに、もしもいつか別の方とご縁があるのなら、
やっぱり日本人で、一緒にカラオケに行けて、できれば一緒にピアノの連弾ができる人がいいです♪
(↑もっと若い頃に気付いていたら・・・)
 
アムステルダムに早朝(朝6時前に)到着する便だったのですが、
到着前の窓の外の景色が幻想的でとっても美しかったです・・・ ↓
 

次は久し振りにリクエストが通って東京便 飛行機
楽しみです!